「なぁ。信玄って種無しなのか?」
唐突な政宗の質問に、幸村は盛大に茶を吹いた。佐助が懐から懐紙を取り出してさりげなく幸村に渡す。
「な、何を突然……」
「一年、だぜ。一年経つのに、ちっとも子ができねぇ」
懐紙で口許を拭い、幸村は政宗を見た。政宗は不機嫌そうな顔で茶を啜っている。
(お綺麗になられた)
髪を伸ばし、化粧を覚えたからだろうか。それとも、女の格好が板についてきたからだろうか。
口調は少しも変わっていないが、女らしさがどこかに漂う。
「一年くらいで、気に病まれる必要などないかと……」
笑ってごまかす幸村を、政宗はじっと見つめる。まっすぐ見つめる黒い目。
眼光は少しも衰えていない。
「フン」
政宗から視線を外し、菓子を頬張った。ぽりぽりと音を立てる様子も、武田の側室らしい品が漂う。
「少し、子のことから離れられてはいかがでしょう。何、お館様はまだまだお元気でござる。忘れた頃には」
「忘れた頃じゃ遅いんだよ。とっとと子を産まねぇと、奥州から、伊達が忘れられてしまう」
「そのような……」
「俺が、どこか悪いのか……?」
声に涙が滲む。幸村は眉を寄せた。一度佐助を見る。佐助も気づいている。
「政宗殿?」
「――悪い。なんでもない」
政宗は小さく笑って茶を啜る。
幸村は何も言えなくなり、赤い小袖を泳がせ、黙って茶を啜った。
拝領した菓子を一つ口に入れる。
感情の揺れが激しい。からりとした明るさがなくなっている。
政宗は、この棟から滅多に出ないという。正室が心配して「伊達はん、
今度一緒に寺に行かれしまへんか? 景色が見事ですえ」などと言って誘ったりもしているらしいが、
政宗は断り続けているらしい。
(お痩せになられた)
元々細かった体の線が、更に細くなっている。袖から覗く手首は、
幸村の記憶する政宗の手首より一回りは細い。
「――政宗殿。明日、紅葉狩などはいかがですかな」
「紅葉?」
「はい。たまには体を動かしたほうがよろしいでしょう。馬に乗り、甲斐の山々を散策されてはいかがか」
「……そう、だな」
政宗は顔を伏せた。
「お館様のお許しを貰えたらな」
そう言って、幸村とさりげなく距離を置く。
(分かっている)
信玄のことを話題にすると、政宗の雰囲気が変わる。何かを思い出しているような顔になり、
ふと顔を俯けることが多くなる。
何を思っているのだろう。
どんな風に、過ごしているのだろう。
信玄は足しげくこの棟に通っているという。子ができぬのが不思議だと、誰もが首を傾げる。
信玄はもう若いとは言えないが、まだまだ健康そのものだ。何人も子供がいる。
これ以上授からないということはあるまい。
ちり、と胸が焼けるような痛みを覚えた。
子を授かり、産み、育てていくのだ。幸村はそれを見守ることになるだろう。
それとなく信玄から言われている。
政宗の子が奥州を治めるとき、幸村も傍に置くらしい。政宗も共に奥州に行くのだという。
名誉だと言い聞かせる。
政宗は微笑み、湯飲みを置いた。一つ一つの動きに艶が滲む。
白い手は、もう武将として戦場を駆けた面影はない。
白い顔は顔色がよいとは言えない。
「その、ご無理はなされることはないですぞ」
「HA! すこぶる健康だよ」
「……ならば、よろしいが」
嘘だと思った。
健康ならこんなに白い顔にならないだろうし、細くもならないだろう。
屋敷の外に出ずに奥に籠っているから、体が萎えるのだ。外に出て馬を駆れば、気分も晴れるに違いない。
「では、それがしはこれで」
これ以上、傍にはいられない。
あまり長く傍にいると、政宗の立場を忘れてしまう。政宗と逢う時は、必ず佐助を傍に置いている。
佐助の目がないと、踏み込んではならない領域に踏み込みそうになってしまう。
頭を下げ、逃げるように立ち去った。
政宗が顔を伏せるのを見た。何を思っているのだろう。
「旦那。伊達夫人、だよ。ちゃんと呼ばないと、ダメだよ」
「……分かった。明日は気をつけよう」
もう名前も呼べないのか。
政宗は、政宗が奥州にいた頃よりずっと遠い存在になってしまった。
(政宗殿が選ばれた道だ)
政宗は、それが奥州のためだと言っていた。
では、政宗の幸せは何なのだろう。
幸村は空を仰いだ。明日も晴れるだろう。甲斐の山は美しい。紅葉にはまだ少し早いが、
陽気がきもちいい。
あの山々を見れば、きっと気も安らぐ。病など、気のせいだ。
唐突な政宗の質問に、幸村は盛大に茶を吹いた。佐助が懐から懐紙を取り出してさりげなく幸村に渡す。
「な、何を突然……」
「一年、だぜ。一年経つのに、ちっとも子ができねぇ」
懐紙で口許を拭い、幸村は政宗を見た。政宗は不機嫌そうな顔で茶を啜っている。
(お綺麗になられた)
髪を伸ばし、化粧を覚えたからだろうか。それとも、女の格好が板についてきたからだろうか。
口調は少しも変わっていないが、女らしさがどこかに漂う。
「一年くらいで、気に病まれる必要などないかと……」
笑ってごまかす幸村を、政宗はじっと見つめる。まっすぐ見つめる黒い目。
眼光は少しも衰えていない。
「フン」
政宗から視線を外し、菓子を頬張った。ぽりぽりと音を立てる様子も、武田の側室らしい品が漂う。
「少し、子のことから離れられてはいかがでしょう。何、お館様はまだまだお元気でござる。忘れた頃には」
「忘れた頃じゃ遅いんだよ。とっとと子を産まねぇと、奥州から、伊達が忘れられてしまう」
「そのような……」
「俺が、どこか悪いのか……?」
声に涙が滲む。幸村は眉を寄せた。一度佐助を見る。佐助も気づいている。
「政宗殿?」
「――悪い。なんでもない」
政宗は小さく笑って茶を啜る。
幸村は何も言えなくなり、赤い小袖を泳がせ、黙って茶を啜った。
拝領した菓子を一つ口に入れる。
感情の揺れが激しい。からりとした明るさがなくなっている。
政宗は、この棟から滅多に出ないという。正室が心配して「伊達はん、
今度一緒に寺に行かれしまへんか? 景色が見事ですえ」などと言って誘ったりもしているらしいが、
政宗は断り続けているらしい。
(お痩せになられた)
元々細かった体の線が、更に細くなっている。袖から覗く手首は、
幸村の記憶する政宗の手首より一回りは細い。
「――政宗殿。明日、紅葉狩などはいかがですかな」
「紅葉?」
「はい。たまには体を動かしたほうがよろしいでしょう。馬に乗り、甲斐の山々を散策されてはいかがか」
「……そう、だな」
政宗は顔を伏せた。
「お館様のお許しを貰えたらな」
そう言って、幸村とさりげなく距離を置く。
(分かっている)
信玄のことを話題にすると、政宗の雰囲気が変わる。何かを思い出しているような顔になり、
ふと顔を俯けることが多くなる。
何を思っているのだろう。
どんな風に、過ごしているのだろう。
信玄は足しげくこの棟に通っているという。子ができぬのが不思議だと、誰もが首を傾げる。
信玄はもう若いとは言えないが、まだまだ健康そのものだ。何人も子供がいる。
これ以上授からないということはあるまい。
ちり、と胸が焼けるような痛みを覚えた。
子を授かり、産み、育てていくのだ。幸村はそれを見守ることになるだろう。
それとなく信玄から言われている。
政宗の子が奥州を治めるとき、幸村も傍に置くらしい。政宗も共に奥州に行くのだという。
名誉だと言い聞かせる。
政宗は微笑み、湯飲みを置いた。一つ一つの動きに艶が滲む。
白い手は、もう武将として戦場を駆けた面影はない。
白い顔は顔色がよいとは言えない。
「その、ご無理はなされることはないですぞ」
「HA! すこぶる健康だよ」
「……ならば、よろしいが」
嘘だと思った。
健康ならこんなに白い顔にならないだろうし、細くもならないだろう。
屋敷の外に出ずに奥に籠っているから、体が萎えるのだ。外に出て馬を駆れば、気分も晴れるに違いない。
「では、それがしはこれで」
これ以上、傍にはいられない。
あまり長く傍にいると、政宗の立場を忘れてしまう。政宗と逢う時は、必ず佐助を傍に置いている。
佐助の目がないと、踏み込んではならない領域に踏み込みそうになってしまう。
頭を下げ、逃げるように立ち去った。
政宗が顔を伏せるのを見た。何を思っているのだろう。
「旦那。伊達夫人、だよ。ちゃんと呼ばないと、ダメだよ」
「……分かった。明日は気をつけよう」
もう名前も呼べないのか。
政宗は、政宗が奥州にいた頃よりずっと遠い存在になってしまった。
(政宗殿が選ばれた道だ)
政宗は、それが奥州のためだと言っていた。
では、政宗の幸せは何なのだろう。
幸村は空を仰いだ。明日も晴れるだろう。甲斐の山は美しい。紅葉にはまだ少し早いが、
陽気がきもちいい。
あの山々を見れば、きっと気も安らぐ。病など、気のせいだ。




