幸村が信玄の元に訪れたのは、一月以上の静養を取ってからになった。
「旦那、何そのかっこ」
「お館様が下さったものだ。纏わねば失礼であろう」
着替えをすませた幸村を見て、佐助は目を丸くした。
薄紅色の小袖に灰に小花模様の帯を締め、赤い打掛を羽織っている。
女の正装を纏う幸村を見るのは初めてではないが、普段の雄々しさとはまるで
雰囲気が変わってしまっている。髪はわざと広げて結われ、顔を伏せればえもいわれぬ色香が漂う。
「旦那、何そのかっこ」
「お館様が下さったものだ。纏わねば失礼であろう」
着替えをすませた幸村を見て、佐助は目を丸くした。
薄紅色の小袖に灰に小花模様の帯を締め、赤い打掛を羽織っている。
女の正装を纏う幸村を見るのは初めてではないが、普段の雄々しさとはまるで
雰囲気が変わってしまっている。髪はわざと広げて結われ、顔を伏せればえもいわれぬ色香が漂う。
――女、なのだ。
そう実感せざるをえない。
そう実感せざるをえない。
「佐助、お主も参れ」
「え、俺も? いいよ、屋根裏から見てるから」
「そうはいかぬ。お館様に顔を見せよ」
強い調子に、佐助は眉を寄せた。
女の格好。薄化粧。酷く胸が痛む。
長い間、幸村は戦をせず、鍛錬もせず、牢に似た場所に閉じ込められて陵辱の限りを
尽くされた。執着が情に変わり、憎悪が愛情に変わったところで、事実は曲げられない。
「え、俺も? いいよ、屋根裏から見てるから」
「そうはいかぬ。お館様に顔を見せよ」
強い調子に、佐助は眉を寄せた。
女の格好。薄化粧。酷く胸が痛む。
長い間、幸村は戦をせず、鍛錬もせず、牢に似た場所に閉じ込められて陵辱の限りを
尽くされた。執着が情に変わり、憎悪が愛情に変わったところで、事実は曲げられない。
その間に、幸村は女になった。
かつての幸村は、大口を開けて笑い、腹いっぱいの飯を食べて日が暮れるまで鍛錬に政にと
明け暮れていた。
ところが最近は、くすくすと鈴を転がすような笑い方を好み、食事の量も控えめになって
鍛錬よりも物思いに耽ったり書を読む事に時間を費やしている。
思う事があるのかと問うと、別にそうではない、と目を細める。
日焼けの抜けた肌を隠し、髪も切らずに「俺も女だからな」と変わらぬ口調で言う。
もやもやする。
あるべき場所に収まらないような違和感を覚える。
下働きは扱いやすくていいと笑い、女中たちはあの方も女ですよ、と佐助をたしなめる。
確かに幸村は女だ。だが、つい最近まで女に生まれたことを悔やんでいたような女だ。
女が急に女らしくなる理由など、一つしかない。
かつての幸村は、大口を開けて笑い、腹いっぱいの飯を食べて日が暮れるまで鍛錬に政にと
明け暮れていた。
ところが最近は、くすくすと鈴を転がすような笑い方を好み、食事の量も控えめになって
鍛錬よりも物思いに耽ったり書を読む事に時間を費やしている。
思う事があるのかと問うと、別にそうではない、と目を細める。
日焼けの抜けた肌を隠し、髪も切らずに「俺も女だからな」と変わらぬ口調で言う。
もやもやする。
あるべき場所に収まらないような違和感を覚える。
下働きは扱いやすくていいと笑い、女中たちはあの方も女ですよ、と佐助をたしなめる。
確かに幸村は女だ。だが、つい最近まで女に生まれたことを悔やんでいたような女だ。
女が急に女らしくなる理由など、一つしかない。
――片倉小十郎。
できることなら、殺してやりたい男だ。残酷に、死を懇願するまでいじめぬいてやろうか。
それとも少しずつ日をかけて命を削いでやろうか。
どちらでもいい。とにかく、殺してやりたい。
それとも少しずつ日をかけて命を削いでやろうか。
どちらでもいい。とにかく、殺してやりたい。
「――佐助?」
我に返ると、幸村の顔が間近にあった。紅を差した唇が妙に目に付く。
「……あ、ごめん。何?」
「何って、お館様が参られたぞ」
え、と顔を上げると、苦笑している信玄と、苦みばしった家臣たちが勢ぞろいしていた。
佐助は慌てて頭を下げる。顔が火を噴いたように熱い。
「佐助、疲れておるのか?」
信玄が笑いながら問いかけてくるが、佐助はひたすら平身低頭して答えなかった。
まぁよいわ、と信玄は視線を幸村に移して目を細めた。
「よい娘になったものよ。――いかがじゃ、具合のほうは」
「は。長らく静養に務めました故、依然と変わらぬ体になりましてございまする」
「左様か。――幸村よ、面を上げよ」
「は」
幸村は顔を上げ、まっすぐ主君を見た。
信玄は幸村に近づくよう言う。幸村はいくらか近づき、精一杯の所作で座る。
打掛を踏みやしないかとはらはらさせる所作だが、初々しいような、可愛らしいような、
人を惹きつける魅力があった。
「……此度の事、辛くはなかったか」
「いえ」
答えに迷いはない。
「確かに、それがしは片倉小十郎殿に捕らえられ申した。なれど、片倉殿はそれがしを生かし、
こうしてお館様にまたお会いできる体にしていただきました。片倉殿に助けられねば、
それがし、奥州の野にて息絶えておりました」
かっと胸に怒りがこみ上げる。
確かに、着物と食事を与え、静かな時間の中で静養できただろう。だが、幸村が目の前で陵辱されるのを見た。
それでも、片倉を庇うのか。
「なる程。片倉小十郎には、丁重に礼を申さねばのう」
ゆったりと言うと、信玄は脇息に凭れた。幸村の言葉を待つように扇を開き、自身を扇ぐ。
「……お館様。幸村、お館様にお願いの儀がございます」
長い間を置き、幸村は頭を下げた。佐助は固唾を呑んで言葉を待った。
我に返ると、幸村の顔が間近にあった。紅を差した唇が妙に目に付く。
「……あ、ごめん。何?」
「何って、お館様が参られたぞ」
え、と顔を上げると、苦笑している信玄と、苦みばしった家臣たちが勢ぞろいしていた。
佐助は慌てて頭を下げる。顔が火を噴いたように熱い。
「佐助、疲れておるのか?」
信玄が笑いながら問いかけてくるが、佐助はひたすら平身低頭して答えなかった。
まぁよいわ、と信玄は視線を幸村に移して目を細めた。
「よい娘になったものよ。――いかがじゃ、具合のほうは」
「は。長らく静養に務めました故、依然と変わらぬ体になりましてございまする」
「左様か。――幸村よ、面を上げよ」
「は」
幸村は顔を上げ、まっすぐ主君を見た。
信玄は幸村に近づくよう言う。幸村はいくらか近づき、精一杯の所作で座る。
打掛を踏みやしないかとはらはらさせる所作だが、初々しいような、可愛らしいような、
人を惹きつける魅力があった。
「……此度の事、辛くはなかったか」
「いえ」
答えに迷いはない。
「確かに、それがしは片倉小十郎殿に捕らえられ申した。なれど、片倉殿はそれがしを生かし、
こうしてお館様にまたお会いできる体にしていただきました。片倉殿に助けられねば、
それがし、奥州の野にて息絶えておりました」
かっと胸に怒りがこみ上げる。
確かに、着物と食事を与え、静かな時間の中で静養できただろう。だが、幸村が目の前で陵辱されるのを見た。
それでも、片倉を庇うのか。
「なる程。片倉小十郎には、丁重に礼を申さねばのう」
ゆったりと言うと、信玄は脇息に凭れた。幸村の言葉を待つように扇を開き、自身を扇ぐ。
「……お館様。幸村、お館様にお願いの儀がございます」
長い間を置き、幸村は頭を下げた。佐助は固唾を呑んで言葉を待った。
まさか。
でも。
でも。




