佐助は書院に入り、信玄に対して乱暴に頭を下げた。
「そう怒るな。――幸村は、こうと決めたら誰の言うことなど聞かぬところが
あることくらい、そちも知っていよう」
「そうですけどねぇ! なんで止めないんですか!? 旦那がどこに行くかなんて分かりきってるし、
しかもあんなの用意して! いっそ出家でもさせたらどうなんです!?」
顔を上げると同時に、矢継ぎ早に佐助はわめいた。信玄はおかしそうに笑うと、
扇で背をかく。鷹揚とした動作が、本気で腹立たしい。
「そう怒るな。――幸村は、こうと決めたら誰の言うことなど聞かぬところが
あることくらい、そちも知っていよう」
「そうですけどねぇ! なんで止めないんですか!? 旦那がどこに行くかなんて分かりきってるし、
しかもあんなの用意して! いっそ出家でもさせたらどうなんです!?」
顔を上げると同時に、矢継ぎ早に佐助はわめいた。信玄はおかしそうに笑うと、
扇で背をかく。鷹揚とした動作が、本気で腹立たしい。
今頃幸村は、愛馬を駆って奥州に急いでいるだろう。行く場所も、会う相手も分かっている。
先回りして止めようと思ったところに信玄の呼び出しが入り、佐助の計画は頓挫した。
先回りして止めようと思ったところに信玄の呼び出しが入り、佐助の計画は頓挫した。
「佐助。儂の妻は、京より参った。顔も知らぬ女子であった」
「……普通、そうでしょ。俺だって、里から言われたら、どんな相手とも結婚しますよ」
「戦に出て先陣を斬るような女が、普通か?」
「っ――」
「……普通、そうでしょ。俺だって、里から言われたら、どんな相手とも結婚しますよ」
「戦に出て先陣を斬るような女が、普通か?」
「っ――」
佐助は奥歯をかみ締める。
真田家の女当主ともなれば、いくつもの縁談が舞い込むべきだろう。
だが、幸村は並み居る武田諸将の誰よりも武勇誉れ高い。若い男は幸村に対して引け目を感じるようになり、いつしか縁談など遠いものとなっていた。
「男を見つけ、己で選ぶ。幸村は、それくらいで丁度よかろう」
佐助は不機嫌だった。
なんであんな男なんだ。もっと、他にいるだろう。
傍にいて、幸村を大切にしてくれる人。
真田家の女当主ともなれば、いくつもの縁談が舞い込むべきだろう。
だが、幸村は並み居る武田諸将の誰よりも武勇誉れ高い。若い男は幸村に対して引け目を感じるようになり、いつしか縁談など遠いものとなっていた。
「男を見つけ、己で選ぶ。幸村は、それくらいで丁度よかろう」
佐助は不機嫌だった。
なんであんな男なんだ。もっと、他にいるだろう。
傍にいて、幸村を大切にしてくれる人。
――いる。そう、いるはずだ。
「……もっと、いるでしょ。旦那を大切にして、真田の家を盛り立ててくれる人が」
「そのような男に、幸村が御せるとは到底思えぬわ」
信玄はおかしそうに笑い、懐かしむように目を細めた。
「全身全霊をかけてぶつかれる相手が見つかった。よいことではないか。
……それがたまたま、敵将であっただけよ」
「……もっと、いるでしょ。旦那を大切にして、真田の家を盛り立ててくれる人が」
「そのような男に、幸村が御せるとは到底思えぬわ」
信玄はおかしそうに笑い、懐かしむように目を細めた。
「全身全霊をかけてぶつかれる相手が見つかった。よいことではないか。
……それがたまたま、敵将であっただけよ」
これでよかったのだろう。戦に出て、干戈を交えるような相手を、幸村は選んだ。
それが、幸村の定めなのだろう。信玄といえども、どうすることもできない。
別れの時に、信玄は幸村の体を久方ぶりに抱きしめ、髪を撫でた。
しなやかな体。甘く香る髪。いつの間にか「女」になっていた。
娘を嫁に出すよりも辛いな、と幸村を撫でた手を見た。
信玄の知らない甘い匂いが残っていた。
それが、幸村の定めなのだろう。信玄といえども、どうすることもできない。
別れの時に、信玄は幸村の体を久方ぶりに抱きしめ、髪を撫でた。
しなやかな体。甘く香る髪。いつの間にか「女」になっていた。
娘を嫁に出すよりも辛いな、と幸村を撫でた手を見た。
信玄の知らない甘い匂いが残っていた。




