寒い寒い、と政宗が身体を震わせながらあぜに座り込んでいた。小十郎は大根を抜いて籠に入れ、
もう少し温かい格好をすればいいのにと思いながら主君を見る。
「真田幸村が、上田に戻ったそうだ」
「……左様にございますか」
もう少し温かい格好をすればいいのにと思いながら主君を見る。
「真田幸村が、上田に戻ったそうだ」
「……左様にございますか」
「お前が、匿ってたんだって?」
匿うか、と小十郎は自嘲気味に笑った。
政宗の持つ情報網は、小十郎ですら知らない。忍びを使っているようだが、
どんな規模なのか、どれ程の忍びを使っているのかすら知らなかった。
だが、政宗は事実を知っている。一つしかない目は、まっすぐ咎めるような目で小十郎を見つめていた。
「……俺を、処罰しますか」
「そうだなぁ……」
袂に手を入れ、政宗は背を丸めた。小十郎は大根を次々と抜いて籠を一杯にする。
いい漬物ができそうだ、と自画自賛をしてから籠を背負った。
匿うか、と小十郎は自嘲気味に笑った。
政宗の持つ情報網は、小十郎ですら知らない。忍びを使っているようだが、
どんな規模なのか、どれ程の忍びを使っているのかすら知らなかった。
だが、政宗は事実を知っている。一つしかない目は、まっすぐ咎めるような目で小十郎を見つめていた。
「……俺を、処罰しますか」
「そうだなぁ……」
袂に手を入れ、政宗は背を丸めた。小十郎は大根を次々と抜いて籠を一杯にする。
いい漬物ができそうだ、と自画自賛をしてから籠を背負った。
「……もし、幸村が立ち直れねぇようなことをしていたら――お前を殺す」
ならば、己の命はそう永くないなと目を伏せた。
自由を奪い、破瓜を奪い、貞操を踏み躙った。恨まれて当然だろう。
幸村のいなくなった離れは、寂しいものだった。女一人おとなしくしていただけなのに、
いなくなった途端寂しくてしょうがない。
女中に命じてすべて片付けさせると、幸村に与えたものは行李一つに収まってしまった。
与えたものすべてを覚えているわけではないが、着物が数枚と、小箱に溢れるほどの
小間物と鏡が一つ。こんなものだっただろうか、と首を傾げた。
あとは、小十郎の持ち物だった。孫子が数冊と、二人で思いつくままに描いた要塞の案が
二つ。幸村の考える要塞は、空でも飛びそうな形をしていた。
阿呆、とからかえば、俺の勝手だ、と幸村は唇を尖らして拗ねた。
ふ、と薄く笑う。
いつ終わりが来てもおかしくない奇妙な日々だったが、失ってしまえばひどく虚しい。
ならば、己の命はそう永くないなと目を伏せた。
自由を奪い、破瓜を奪い、貞操を踏み躙った。恨まれて当然だろう。
幸村のいなくなった離れは、寂しいものだった。女一人おとなしくしていただけなのに、
いなくなった途端寂しくてしょうがない。
女中に命じてすべて片付けさせると、幸村に与えたものは行李一つに収まってしまった。
与えたものすべてを覚えているわけではないが、着物が数枚と、小箱に溢れるほどの
小間物と鏡が一つ。こんなものだっただろうか、と首を傾げた。
あとは、小十郎の持ち物だった。孫子が数冊と、二人で思いつくままに描いた要塞の案が
二つ。幸村の考える要塞は、空でも飛びそうな形をしていた。
阿呆、とからかえば、俺の勝手だ、と幸村は唇を尖らして拗ねた。
ふ、と薄く笑う。
いつ終わりが来てもおかしくない奇妙な日々だったが、失ってしまえばひどく虚しい。
「何笑ってるんだよ」
「いえ、なんでもありません――」
小十郎は顔を上げた。荒々しい馬蹄が近づいてくる。
馬から人が転がるように降りた。もやを切り裂き、人が姿を表す。
全身から湯気が立ち昇っている。戦に臨むような気配。小十郎は咄嗟に政宗を庇うが、
政宗は鬱陶しげに小十郎を押しのけて前に出た。
「いえ、なんでもありません――」
小十郎は顔を上げた。荒々しい馬蹄が近づいてくる。
馬から人が転がるように降りた。もやを切り裂き、人が姿を表す。
全身から湯気が立ち昇っている。戦に臨むような気配。小十郎は咄嗟に政宗を庇うが、
政宗は鬱陶しげに小十郎を押しのけて前に出た。
「真田……」
政宗が眉を寄せる。幸村は身体を曲げて息を落ち着かせ、顔を上げた。
まっすぐ見つめてくる瞳に息を飲む。
つ、と一筋涙が伝う。小十郎は幸村を見守った。
二人を見比べ、政宗は小十郎から大根の詰まった籠を奪う。「漬物にするぞー」と
言い置き、その場から立ち去る。
幸村が近づいてくる。腕を取れる距離まで近づかれ、小十郎は腕を伸ばした。
小さな頭を両手で包んだ。
「帰ったんじゃ、なかったのか……?」
「上田には、もう戻りませぬ」
「何?」
「……お傍にいとう存じます」
まっすぐ見つめてくる瞳に息を飲む。
つ、と一筋涙が伝う。小十郎は幸村を見守った。
二人を見比べ、政宗は小十郎から大根の詰まった籠を奪う。「漬物にするぞー」と
言い置き、その場から立ち去る。
幸村が近づいてくる。腕を取れる距離まで近づかれ、小十郎は腕を伸ばした。
小さな頭を両手で包んだ。
「帰ったんじゃ、なかったのか……?」
「上田には、もう戻りませぬ」
「何?」
「……お傍にいとう存じます」
咄嗟に、頬を叩いた。
黙らせるためにいつもやっていた。まっすぐ見つめる目が時として腹立たしく、
見るなと叩けば叩くほど、殺気と憎悪に満ちた目を向けてきた。
もうあの時とは立場が違う。小十郎は咎められる立場に落ち、幸村は糾弾する立場に上った。
幸村は顔を上げた。腕が伸びる。
ぱん、と頬が鳴った。平手を打たれたと知覚すると、また頬を叩かれ、突き飛ばされた。
土の上に転がされる。
何をする、と体を起こそうとすると、幸村は小十郎の腹の上に乗った。ぐ、と臓腑が圧迫される。
「このような目に、いつも遭わされもうした」
「ああ」
頬がじくじくと痛む。
見るなと叩けば叩くほど、殺気と憎悪に満ちた目を向けてきた。
もうあの時とは立場が違う。小十郎は咎められる立場に落ち、幸村は糾弾する立場に上った。
幸村は顔を上げた。腕が伸びる。
ぱん、と頬が鳴った。平手を打たれたと知覚すると、また頬を叩かれ、突き飛ばされた。
土の上に転がされる。
何をする、と体を起こそうとすると、幸村は小十郎の腹の上に乗った。ぐ、と臓腑が圧迫される。
「このような目に、いつも遭わされもうした」
「ああ」
頬がじくじくと痛む。
髪の間からのぞく涙と充血した瞳。まっすぐぶつけられる感情。
いつそれらを愛しく想うようになったのだろう。
いつそれらを愛しく想うようになったのだろう。
「……他の女子にも、このような事を?」
胸倉を掴んで上体を引き起こされる。この細い腕のどこにそんな力があるのか。
いや、主君も大概細腕で、六爪という小十郎でも無理な荒業を平然と成し遂げるのだから、
女とはそういう生き物なのかもしれない。
「……いや」
閉じ込めて、捕らえた女は幸村だけだった。
「……もう二度と、俺は片倉殿に捕らえられぬ」
もやが少しずつ晴れてくる。この分だと昼には晴れるだろう。ああ鯨の値段を検分せねば、と
思考を飛ばす。
胸倉を掴んで上体を引き起こされる。この細い腕のどこにそんな力があるのか。
いや、主君も大概細腕で、六爪という小十郎でも無理な荒業を平然と成し遂げるのだから、
女とはそういう生き物なのかもしれない。
「……いや」
閉じ込めて、捕らえた女は幸村だけだった。
「……もう二度と、俺は片倉殿に捕らえられぬ」
もやが少しずつ晴れてくる。この分だと昼には晴れるだろう。ああ鯨の値段を検分せねば、と
思考を飛ばす。
「俺が、片倉殿を捕らえる」
「――お前、」
幸村は笑った。不敵な笑みに、思わず息を飲む。
――焦がれる。
顔が迫ってきた。冷えた唇が重ねられる。小十郎は幸村の背に腕を伸ばし、唇をわずかに
開けた。舌が入ってくるようなことはなかったが、呼吸を分け合うように唇が動いた。
長いような短いような接吻を終え、幸村はようやく小十郎を解放した。
幸村は笑った。不敵な笑みに、思わず息を飲む。
――焦がれる。
顔が迫ってきた。冷えた唇が重ねられる。小十郎は幸村の背に腕を伸ばし、唇をわずかに
開けた。舌が入ってくるようなことはなかったが、呼吸を分け合うように唇が動いた。
長いような短いような接吻を終え、幸村はようやく小十郎を解放した。
「……もし、俺を傍に置けぬというのなら、俺は片倉殿を――殺す」
ぞく、と背筋が震えた。
炯々と光る目。何度も見た、刃を思わせる眼差し。
薄く微笑む幸村に、小十郎は政宗の影を見た。
ぞく、と背筋が震えた。
炯々と光る目。何度も見た、刃を思わせる眼差し。
薄く微笑む幸村に、小十郎は政宗の影を見た。




