暗くなっても戻ってこない元就が気になり、元親は家康を寝かせてある船室へと向かった。
耳を押し当てて中の様子を覗ってみるが、しんと静まり返っている。
いきなり戸を開けるのも失礼かと思い、軽く叩き声を掛けた。
「…構わん、入れ」
元就の返答を待って、元親は戸を開けた。
既に日は沈み、部屋には灯りが灯されていた。
ぼうっとした光に浮かぶ元就の顔はよく見えない。
横たわる家康の枕元に胡坐をかくと、元親はそっと身を乗り出して彼女の様子を覗った。
規則的な呼吸を繰り返し、静かに眠っているのを確かめると、ほんの少し表情を和らげた。
「…落ち着いたのか?」
「ああ…ようやくな」
くくっと含んだ笑いを零す元就の声に、訝しげな表情をすると、元親はそちらを見た。
「…長曾我部」
「あん?」
「徳川が目を覚ましたら優しい言葉の一つでもでも掛けてやるが良い」
それが何よりの薬であろう、と言い残すと、元就は自分の役目は終わったとばかりに部屋を出て行った。
「おい…!」
ぱたん、と閉じられた戸は元就の拒絶を示しているように思えた。
耳を押し当てて中の様子を覗ってみるが、しんと静まり返っている。
いきなり戸を開けるのも失礼かと思い、軽く叩き声を掛けた。
「…構わん、入れ」
元就の返答を待って、元親は戸を開けた。
既に日は沈み、部屋には灯りが灯されていた。
ぼうっとした光に浮かぶ元就の顔はよく見えない。
横たわる家康の枕元に胡坐をかくと、元親はそっと身を乗り出して彼女の様子を覗った。
規則的な呼吸を繰り返し、静かに眠っているのを確かめると、ほんの少し表情を和らげた。
「…落ち着いたのか?」
「ああ…ようやくな」
くくっと含んだ笑いを零す元就の声に、訝しげな表情をすると、元親はそちらを見た。
「…長曾我部」
「あん?」
「徳川が目を覚ましたら優しい言葉の一つでもでも掛けてやるが良い」
それが何よりの薬であろう、と言い残すと、元就は自分の役目は終わったとばかりに部屋を出て行った。
「おい…!」
ぱたん、と閉じられた戸は元就の拒絶を示しているように思えた。
元親は彼女の後を追おうとしたが、くいっと袖を引かれてその場に留まる。
元就が何を言っているのか分からず、どうしろっていうんだ、と呟きながら鈍色の頭を掻いた。
「…家康?」
布団からはみ出た指が自分の服の袖を強く握り締めているのに気付き、そっと手を取る。
うう、と短く唸る声を聞き、その顔を覗き込み、少し汗ばんでいる額へと触れた。
「気が付いたか?」
そっと瞼が動き、黒い眼が元親を見詰める。
「どうだ、喉が渇いたりしねえか?食事はどうする?」
まだ意識がはっきりとしていないのか、ぼんやりとした表情をしていた。
「…元親」
「おう、どうした、何か欲しい物があったら言ってみな」
短い髪を撫でるように頭に手を置き、人懐こい笑みを浮かべ、家康の返答を待つ。
「も…元親ぁっ!」
目の前に居る彼が本物だと分かると、彼女は起き上がって彼の胸に縋るように抱きついた。
背中に回された手がぎゅうっと服を掴む。
「ん、どうした?」
肩を震わせながら、子供のように泣きじゃくる家康の背を軽く叩き、元親は優しく問い掛けた。
何か怖い夢でも見たのだろうか。
そんな事を考えながら、家康の気が済むまで待ってやる。
「……落ち着いたか?」
ようやく大人しくなった彼女の肩へと手を添えると、元親は涙で濡れた家康の顔を覗き込み小さく笑みを零す。
「すまん…」
そんなにひどい顔をしているのかと恥ずかしくなった家康は、俯いたまま額を元親の胸元へとくっつける。
「ほら、擦ると赤くなるからこれで拭けよ」
ちょっと待ってな、と言うと近くにあった桶へと手を伸ばし綺麗な手拭いを水に浸すと、よく絞って家康の瞼に当ててやる。
「…気持ちよい」
「しばらくそうしてな、腫れも引くぜ」
こくこくと素直に頷く仕草は可愛らしく、やはり彼女は年若い乙女なのだと感じた。
手拭いが温くなると、それを受け取り水に浸してやる。
何度か繰り返し、気持ちも鎮まったのだろう、家康は顔を上げて笑おうとした。
だが、頬が引き攣り、上手く笑えない。
「あれ、おかしいぞ、こんな筈ないんだが…」
乾いた声で笑いながら、家康は頬を擦る。
「無理すんなって、今のうちに何か食って腹ごしらえしておけよ、家康」
今持ってきてやるからな、と言って元親は立ち上がろうとした。
だが、家康は元親の手を離そうとせず、再びしがみついてきた。
「…頼む、今は一人にしないでくれ……元親」
「わかった…とりあえずお前が寝るまでは居てやる、それで良いか?」
「……うむ」
自然と表情が緩み、ようやく安堵したのか、家康は横になるとすぐに寝息を立てて眠ってしまった。
自分の手をしっかりと掴むふっくらした手を握り返してやりながら、元親は彼女の顔を覗き込む。
そして視線を少しずらした時、首筋に赤く残る痕に気付いた。
「………まさか」
瑠璃紺の隻眼を曇らせて、渋いものでも噛んだように顔を歪めると、家康の手を外して部屋を出て行った。
元就が何を言っているのか分からず、どうしろっていうんだ、と呟きながら鈍色の頭を掻いた。
「…家康?」
布団からはみ出た指が自分の服の袖を強く握り締めているのに気付き、そっと手を取る。
うう、と短く唸る声を聞き、その顔を覗き込み、少し汗ばんでいる額へと触れた。
「気が付いたか?」
そっと瞼が動き、黒い眼が元親を見詰める。
「どうだ、喉が渇いたりしねえか?食事はどうする?」
まだ意識がはっきりとしていないのか、ぼんやりとした表情をしていた。
「…元親」
「おう、どうした、何か欲しい物があったら言ってみな」
短い髪を撫でるように頭に手を置き、人懐こい笑みを浮かべ、家康の返答を待つ。
「も…元親ぁっ!」
目の前に居る彼が本物だと分かると、彼女は起き上がって彼の胸に縋るように抱きついた。
背中に回された手がぎゅうっと服を掴む。
「ん、どうした?」
肩を震わせながら、子供のように泣きじゃくる家康の背を軽く叩き、元親は優しく問い掛けた。
何か怖い夢でも見たのだろうか。
そんな事を考えながら、家康の気が済むまで待ってやる。
「……落ち着いたか?」
ようやく大人しくなった彼女の肩へと手を添えると、元親は涙で濡れた家康の顔を覗き込み小さく笑みを零す。
「すまん…」
そんなにひどい顔をしているのかと恥ずかしくなった家康は、俯いたまま額を元親の胸元へとくっつける。
「ほら、擦ると赤くなるからこれで拭けよ」
ちょっと待ってな、と言うと近くにあった桶へと手を伸ばし綺麗な手拭いを水に浸すと、よく絞って家康の瞼に当ててやる。
「…気持ちよい」
「しばらくそうしてな、腫れも引くぜ」
こくこくと素直に頷く仕草は可愛らしく、やはり彼女は年若い乙女なのだと感じた。
手拭いが温くなると、それを受け取り水に浸してやる。
何度か繰り返し、気持ちも鎮まったのだろう、家康は顔を上げて笑おうとした。
だが、頬が引き攣り、上手く笑えない。
「あれ、おかしいぞ、こんな筈ないんだが…」
乾いた声で笑いながら、家康は頬を擦る。
「無理すんなって、今のうちに何か食って腹ごしらえしておけよ、家康」
今持ってきてやるからな、と言って元親は立ち上がろうとした。
だが、家康は元親の手を離そうとせず、再びしがみついてきた。
「…頼む、今は一人にしないでくれ……元親」
「わかった…とりあえずお前が寝るまでは居てやる、それで良いか?」
「……うむ」
自然と表情が緩み、ようやく安堵したのか、家康は横になるとすぐに寝息を立てて眠ってしまった。
自分の手をしっかりと掴むふっくらした手を握り返してやりながら、元親は彼女の顔を覗き込む。
そして視線を少しずらした時、首筋に赤く残る痕に気付いた。
「………まさか」
瑠璃紺の隻眼を曇らせて、渋いものでも噛んだように顔を歪めると、家康の手を外して部屋を出て行った。




