しかし、彼には気にしていることがあり、共に寝る心は未だ持てなかった。
「いぬちよさまは、まだお休みにならないのですか」
思ったより近くでまつの声がした。
行燈のたよりない光だけが、漆黒の闇に飲まれかける二人をかろうじて浮かす。
「あぁ、今ちょうど寝るところだった」
「さようにござりまするか…ごめんなさい」
「いいんだ、いいんだ。それがし、まつが寝たら、部屋まで運んでってやるぞ」
「じゃあ、まつはいつ眠くなっても大丈夫にござりまする」
まつの頬が緩む。
思ったより近くでまつの声がした。
行燈のたよりない光だけが、漆黒の闇に飲まれかける二人をかろうじて浮かす。
「あぁ、今ちょうど寝るところだった」
「さようにござりまするか…ごめんなさい」
「いいんだ、いいんだ。それがし、まつが寝たら、部屋まで運んでってやるぞ」
「じゃあ、まつはいつ眠くなっても大丈夫にござりまする」
まつの頬が緩む。
かわいい、と思ったその時、
先ほどから自分の胸が早く打っていることに気付いた。
「ダメだ、やっぱり、自分で帰るのだ」
「いぬちよさま…」
「あ…えっと」
泣きそうになるまつの頭を行き場のない手で撫でてやると、
うれしそうな恥ずかしそうな、そんな顔で、懐いた子猫のように擦り寄った。
自分の手にすっぽり収まるほどの小さな頭。
先ほどから自分の胸が早く打っていることに気付いた。
「ダメだ、やっぱり、自分で帰るのだ」
「いぬちよさま…」
「あ…えっと」
泣きそうになるまつの頭を行き場のない手で撫でてやると、
うれしそうな恥ずかしそうな、そんな顔で、懐いた子猫のように擦り寄った。
自分の手にすっぽり収まるほどの小さな頭。
犬千代がまつと寝ない“理由”は、これであった。
二人には、少しばかり年の差があった。
もちろん、二十、三十と年齢を重ねるごとに
気にならなくなっていく程の僅かな差ではあったが、
歳若い犬千代には、これが何か一生かかっても埋まらない差のような気がしていた。
まつを想えば想うほど、一点の汚れのない彼女に自分が触れてはいけないと強く感じる。
頭を撫でるその行為すら罪悪に思えて、なんとなく手を離した。
目に見えないはずのその差を、形で見せ付けられた気がしたのだ。
二人には、少しばかり年の差があった。
もちろん、二十、三十と年齢を重ねるごとに
気にならなくなっていく程の僅かな差ではあったが、
歳若い犬千代には、これが何か一生かかっても埋まらない差のような気がしていた。
まつを想えば想うほど、一点の汚れのない彼女に自分が触れてはいけないと強く感じる。
頭を撫でるその行為すら罪悪に思えて、なんとなく手を離した。
目に見えないはずのその差を、形で見せ付けられた気がしたのだ。
そんな気持ちを知る由もないまつは、なんだか花見のようでござりまする、とか
金平糖、持ってくればよかったとか言いながら、はしゃぎはじめた。
金平糖、持ってくればよかったとか言いながら、はしゃぎはじめた。
「…そういえばまつ、先日、ここの近くで猫を見たのです」
「…あ、それがし、この間、団子をあげたぞ」
「知っておられるのですか?」
「三毛のだろう」
「さようでござりまする、喉のこのへんに、濃い茶色のぶちがあって」
「…あ、それがし、この間、団子をあげたぞ」
「知っておられるのですか?」
「三毛のだろう」
「さようでござりまする、喉のこのへんに、濃い茶色のぶちがあって」
このへんに、と言いながら犬千代の喉のあたりを触る。
そういうときは自分のでやってくれ、と言いたかったが、
まつがまた泣き出してしまいそうなので、やめた。
触られたところが熱を帯びた気がして、あわてて話題を変えようとする。
そういうときは自分のでやってくれ、と言いたかったが、
まつがまた泣き出してしまいそうなので、やめた。
触られたところが熱を帯びた気がして、あわてて話題を変えようとする。
「まつ、ところで」
「それで、猫はこのへんを触ると、気持ちいいのだそうです」
「それで、猫はこのへんを触ると、気持ちいいのだそうです」
まつは頑として猫から話題を変えようとしない。
こうなってしまうと、とことん満足いくまで彼女の話に付き合わなければいけないのだ。
それより、手を、離してくれないか…。
犬千代の願いなど知る由もなく、まつは喉を撫でてくる。
こうなってしまうと、とことん満足いくまで彼女の話に付き合わなければいけないのだ。
それより、手を、離してくれないか…。
犬千代の願いなど知る由もなく、まつは喉を撫でてくる。
「いぬちよさまもここ、気持ちよいのですか?」
「それがし、人間だから、その…」
気持ちを悟られないようにと目をかたく閉じ忍耐を極めると
心地よいのだと勘違いしたまつが更に丁寧に手を動かす。
やわらかい指先。
やめろと言いながらも、あと少しだけ、
このまま撫でていてくれればいいと思っているなんて、絶対に知られてはならない。
必死に耐えた。
「それがし、人間だから、その…」
気持ちを悟られないようにと目をかたく閉じ忍耐を極めると
心地よいのだと勘違いしたまつが更に丁寧に手を動かす。
やわらかい指先。
やめろと言いながらも、あと少しだけ、
このまま撫でていてくれればいいと思っているなんて、絶対に知られてはならない。
必死に耐えた。