「…雨も降らねば困るのだが」
そう言って毛利元就は薄暗い空を見上げた。
昨夜から振り続ける雨に軽く溜め息をつくと振り返る。
「夕刻には上がりそうですよ」
それでなくても貴女はいつでも不機嫌でしょう、と明智光秀は薄く笑いを浮かべた。
「用がなければ早々に立ち去れ!」
「まあまあ、そう言わずに」
むっと眉間に皺を寄せた元就の顔を見ながら、光秀はゆらりと立ち上がった。
縁側に立つ元就の肩へと手を置くと、再び庭へと視線を向ける。
「あちらをご覧なさい」
胡桃色の髪の合間から覗く白い耳朶へと唇を寄せて囁く。
そのまま小柄な体を後ろから抱きしめるように腕におさめると、すっと庭の一角を指した。
「雨に濡れた集真藍が綺麗ですよ」
光秀の視線につられたのか、元就もそちらへと顔を向けた。
しとしと振り続ける雨の中に、鮮やか青紫の花が浮かんでいる。
「こういう眺めもたまには良いでしょう?」
柔らかな声音に苛立っていた元就の心も不思議と和む。
「………ふん」
貴様にしては殊勝な心がけだ、と彼の視線から逃れるように俯く。
「私はこちらの花も愛でたいのですが、ね」
「何?」
はっと顔を上げた拍子にふわりと抱きかかえられた。
「少しだけ時間をくれませんか、元就公?」
端整な顔に微笑を浮かべつつも有無を言わせぬ口調で光秀は迫る。
「何が目的だ」
元就は相変わらずの無表情で色素の薄い光秀の瞳を睨み返す。
「言ったでしょう、花を愛でたいと」
「…戻らねば怪しまれるぞ」
「おや、私を心配して下さるので?」
お優しい言葉、と光秀の嬉しそうな声に、元就の眉間の皺は深くなる。
「我は要らぬ敵を作る気などない」
「そうですね…でも今の織田軍では毛利を倒す余裕がありませんから」
東の騒動を鎮めるまでは、と言いながら、光秀は腕に抱えた元就の唇へと軽く接吻を落とした。
「ふ………つまらぬ男よ」
嫣然と微笑を湛えながら細い腕を彼の首へと回すと、先程の返礼とばかりに口付けを交わす。
そう言って毛利元就は薄暗い空を見上げた。
昨夜から振り続ける雨に軽く溜め息をつくと振り返る。
「夕刻には上がりそうですよ」
それでなくても貴女はいつでも不機嫌でしょう、と明智光秀は薄く笑いを浮かべた。
「用がなければ早々に立ち去れ!」
「まあまあ、そう言わずに」
むっと眉間に皺を寄せた元就の顔を見ながら、光秀はゆらりと立ち上がった。
縁側に立つ元就の肩へと手を置くと、再び庭へと視線を向ける。
「あちらをご覧なさい」
胡桃色の髪の合間から覗く白い耳朶へと唇を寄せて囁く。
そのまま小柄な体を後ろから抱きしめるように腕におさめると、すっと庭の一角を指した。
「雨に濡れた集真藍が綺麗ですよ」
光秀の視線につられたのか、元就もそちらへと顔を向けた。
しとしと振り続ける雨の中に、鮮やか青紫の花が浮かんでいる。
「こういう眺めもたまには良いでしょう?」
柔らかな声音に苛立っていた元就の心も不思議と和む。
「………ふん」
貴様にしては殊勝な心がけだ、と彼の視線から逃れるように俯く。
「私はこちらの花も愛でたいのですが、ね」
「何?」
はっと顔を上げた拍子にふわりと抱きかかえられた。
「少しだけ時間をくれませんか、元就公?」
端整な顔に微笑を浮かべつつも有無を言わせぬ口調で光秀は迫る。
「何が目的だ」
元就は相変わらずの無表情で色素の薄い光秀の瞳を睨み返す。
「言ったでしょう、花を愛でたいと」
「…戻らねば怪しまれるぞ」
「おや、私を心配して下さるので?」
お優しい言葉、と光秀の嬉しそうな声に、元就の眉間の皺は深くなる。
「我は要らぬ敵を作る気などない」
「そうですね…でも今の織田軍では毛利を倒す余裕がありませんから」
東の騒動を鎮めるまでは、と言いながら、光秀は腕に抱えた元就の唇へと軽く接吻を落とした。
「ふ………つまらぬ男よ」
嫣然と微笑を湛えながら細い腕を彼の首へと回すと、先程の返礼とばかりに口付けを交わす。
しとしと振り続ける雨が、やがて二人の声を掻き消した。
(了)
追記:集真藍=アジサイ