音も無く霧雨が降り頻る中、かすがは少し離れた場所で気配を殺し控えて居た。
一体ここにどれくらいこうしているだろうか。
金の髪はすっかり濡れて張り付き、細い顎から雫が伝って身体は秋雨の冷たさに
じわじわ侵蝕されている。
琥珀を思わせるかすがの瞳が瞬くと長い睫毛が水滴を弾いた。
主が山寺の庵を尋ねて写経するのは決して珍しい事では無いが、
今日は神経質なまでに人払いされている。
主はこの頃何かにつけて物思いに耽る事が多い。
木の葉が色付く頃は決ってこうだと山城守が言っていたのを思い出した。
(一体、何を考えて居られるのか)
かすがは柳眉を顰める。
すぐ側に居ながら主を思い煩わせるものの正体が掴めず臍を噛んだ。
主を苛ませるものを皆消し去って自分だけを見て欲しい――あまりに子ども染みた
狂おしい想いで胸が張り裂けそうになる。
ほんの一瞬で構わないからあの麗しい眼差しを独占出来たらどれ程仕合わせだろう。
だが、かすがの思惑と裏腹に主の視線はズレてしまう。
周囲から見れば気付かないくらいの微妙な角度で主はいつも目を逸していた。
「お前は私のものだ」と言いながらかすがの真ん中を見て居ない。
甲斐の虎ではない別の面影――それも女だと自分の勘は告げている――が
主の内側に巣くっている様にかすがは胸を焦がした。
(謙信様…)
もう一度琥珀が瞬きそっと伏せられる。
(どうか、どうかかすがだけを)
柔らかい雨粒が冷えて俯くかすがを静かに包んだ。
一体ここにどれくらいこうしているだろうか。
金の髪はすっかり濡れて張り付き、細い顎から雫が伝って身体は秋雨の冷たさに
じわじわ侵蝕されている。
琥珀を思わせるかすがの瞳が瞬くと長い睫毛が水滴を弾いた。
主が山寺の庵を尋ねて写経するのは決して珍しい事では無いが、
今日は神経質なまでに人払いされている。
主はこの頃何かにつけて物思いに耽る事が多い。
木の葉が色付く頃は決ってこうだと山城守が言っていたのを思い出した。
(一体、何を考えて居られるのか)
かすがは柳眉を顰める。
すぐ側に居ながら主を思い煩わせるものの正体が掴めず臍を噛んだ。
主を苛ませるものを皆消し去って自分だけを見て欲しい――あまりに子ども染みた
狂おしい想いで胸が張り裂けそうになる。
ほんの一瞬で構わないからあの麗しい眼差しを独占出来たらどれ程仕合わせだろう。
だが、かすがの思惑と裏腹に主の視線はズレてしまう。
周囲から見れば気付かないくらいの微妙な角度で主はいつも目を逸していた。
「お前は私のものだ」と言いながらかすがの真ん中を見て居ない。
甲斐の虎ではない別の面影――それも女だと自分の勘は告げている――が
主の内側に巣くっている様にかすがは胸を焦がした。
(謙信様…)
もう一度琥珀が瞬きそっと伏せられる。
(どうか、どうかかすがだけを)
柔らかい雨粒が冷えて俯くかすがを静かに包んだ。