「お待たせ致しました政宗様。小十郎、ただいま戻りました」
「遅ぇ」
馬車内に戻った小十郎を迎えたのは、政宗の叱責だった。
本気の叱責ではないのはからかうような声音と薄笑いの表情でわかる。
それが政宗流の労いの言葉だとわかっていた小十郎は、申し訳ありません、と微笑みながら丁寧に詫びた。
御者たちも元の位置に戻ったらしく馬車も再び動き出した。振動が二人の体を揺らす。
「あんまり遅ぇから、待ちくたびれて眠くなっちまったぜ」
政宗は詰るようにそう言って腰を浮かせると、小十郎の膝の上に勢いよく座り直した。そうして半身を小十郎の胸に預ける格好で凭れかかる。
己の膝上に無防備に座る主に、小十郎は眉を顰めた。
「……政宗様。年頃の娘が軽々しく男の膝に乗るものではないと、何度言えば御理解いただけるのですか」
「Shut up.言っただろ、俺は眠いんだって。馬車の硬ぇSofaよりおまえの膝の上のが寝やすいんだよ」
「小十郎の膝とて十分に硬いと思いますが」
「慣れってモンだ。おまえこそいいかげん慣れろ」
政宗は小十郎の諫言など柳に風と聞き流し、一向に膝から降りようとはしない。
そのうちに、着いたら起こせと言い置いて目を閉じ、完全に寝る体勢に入ってしまった。
こうなってはもう何を言っても無駄だ。経験からそれがわかっていた小十郎は、仕方なさげに眉を下げて小さく溜息を吐いた。
眉間の皺は先ほどまでと変わらずに浮いたまま。
しかし口元にはうっすらと笑みが浮かんでいるだろうことに、小十郎自身も気付いていた。
つい浮かべてしまった笑みには幾ばくかの苦笑も含まれてはいるが、大方は堪えきれない喜びのせいだ。
政宗の性格を熟知していれば、一見ただの奔放と思える行為の裏に潜む真意など容易に読める。
凭れた小十郎の胸に耳を当てている政宗は、そこにちゃんと心音が響いていることを確かめ、安堵しているのだろう。狸寝入りを演じてまでして。
政宗は小十郎に剣術の指南を受けたのだから、小十郎の剣の腕はよく知っている。
主を護るための戦いに小十郎が負けるはずのないこともわかっている。
事実、小十郎はこれまで一度も負けたことがない。
己の主のためならば従者はどれほどの苦境でさえその手で覆すのだと、政宗は身をもって知っている。
それでも不安は消しきれず、されど素直にもなりきれず。
それゆえに政宗はいつも不安も心配もしていないという態度を取りながら、直に触れる形で小十郎の無事を確かめていた。
小十郎の安否に不安を覚えるのは信頼していないからではないのだろう。
信頼して、けれど大切に思うからこそもしもを考えてしまうのだと、政宗の表情や態度の端々が物語っている。
常に民のことを考え、最下層の使用人にすら目を向ける政宗ならば、己の盾として刃として命を捧げて付き従う執事の身も深く案じるに違いない。
主にそこまで心を寄せられている。従僕にとってそれ以上の誉れと喜びはない。実にありがたく、嬉しい。
意識して自らを律しなければ身の程を忘れてしまいそうになるほどに。
「…………」
小十郎は政宗の体にそっと腕を回すと、馬車の揺れから庇うように支えた。
かつては腕の中にすっぽりと収まってしまうほど小さかった体。
今ではそれが難しいほど成長しているのに、伝わってくる温みだけは昔とまるで変わらない。
胸に感じる愛しい体温に、ふと、小十郎は戯れに過去の記憶を手繰り寄せた。
「遅ぇ」
馬車内に戻った小十郎を迎えたのは、政宗の叱責だった。
本気の叱責ではないのはからかうような声音と薄笑いの表情でわかる。
それが政宗流の労いの言葉だとわかっていた小十郎は、申し訳ありません、と微笑みながら丁寧に詫びた。
御者たちも元の位置に戻ったらしく馬車も再び動き出した。振動が二人の体を揺らす。
「あんまり遅ぇから、待ちくたびれて眠くなっちまったぜ」
政宗は詰るようにそう言って腰を浮かせると、小十郎の膝の上に勢いよく座り直した。そうして半身を小十郎の胸に預ける格好で凭れかかる。
己の膝上に無防備に座る主に、小十郎は眉を顰めた。
「……政宗様。年頃の娘が軽々しく男の膝に乗るものではないと、何度言えば御理解いただけるのですか」
「Shut up.言っただろ、俺は眠いんだって。馬車の硬ぇSofaよりおまえの膝の上のが寝やすいんだよ」
「小十郎の膝とて十分に硬いと思いますが」
「慣れってモンだ。おまえこそいいかげん慣れろ」
政宗は小十郎の諫言など柳に風と聞き流し、一向に膝から降りようとはしない。
そのうちに、着いたら起こせと言い置いて目を閉じ、完全に寝る体勢に入ってしまった。
こうなってはもう何を言っても無駄だ。経験からそれがわかっていた小十郎は、仕方なさげに眉を下げて小さく溜息を吐いた。
眉間の皺は先ほどまでと変わらずに浮いたまま。
しかし口元にはうっすらと笑みが浮かんでいるだろうことに、小十郎自身も気付いていた。
つい浮かべてしまった笑みには幾ばくかの苦笑も含まれてはいるが、大方は堪えきれない喜びのせいだ。
政宗の性格を熟知していれば、一見ただの奔放と思える行為の裏に潜む真意など容易に読める。
凭れた小十郎の胸に耳を当てている政宗は、そこにちゃんと心音が響いていることを確かめ、安堵しているのだろう。狸寝入りを演じてまでして。
政宗は小十郎に剣術の指南を受けたのだから、小十郎の剣の腕はよく知っている。
主を護るための戦いに小十郎が負けるはずのないこともわかっている。
事実、小十郎はこれまで一度も負けたことがない。
己の主のためならば従者はどれほどの苦境でさえその手で覆すのだと、政宗は身をもって知っている。
それでも不安は消しきれず、されど素直にもなりきれず。
それゆえに政宗はいつも不安も心配もしていないという態度を取りながら、直に触れる形で小十郎の無事を確かめていた。
小十郎の安否に不安を覚えるのは信頼していないからではないのだろう。
信頼して、けれど大切に思うからこそもしもを考えてしまうのだと、政宗の表情や態度の端々が物語っている。
常に民のことを考え、最下層の使用人にすら目を向ける政宗ならば、己の盾として刃として命を捧げて付き従う執事の身も深く案じるに違いない。
主にそこまで心を寄せられている。従僕にとってそれ以上の誉れと喜びはない。実にありがたく、嬉しい。
意識して自らを律しなければ身の程を忘れてしまいそうになるほどに。
「…………」
小十郎は政宗の体にそっと腕を回すと、馬車の揺れから庇うように支えた。
かつては腕の中にすっぽりと収まってしまうほど小さかった体。
今ではそれが難しいほど成長しているのに、伝わってくる温みだけは昔とまるで変わらない。
胸に感じる愛しい体温に、ふと、小十郎は戯れに過去の記憶を手繰り寄せた。




