「……」
何も言わずにおどおどと自分を見つめている市の態度はさながら、いじらしさを煽る巧妙な罠のようだった。
――悪の権化、織田信長。その妹もまた奸計を用い正義に仇なす悪の一員なのか。
少女は確かに美しい。しかし市の上目遣いには卑しい根性が見え隠れし、その暗い瞳に狡猾な影を映している。
妖怪じみた、蠱惑の毒。
男を騙して精をすする狐狸よりもなお地獄に近い妖魔の類。それが市という少女を端的にあらわす言辞だろう。
依然、黙ったままの市に、浅井長政は憤りを感じて怒鳴りつけた。
「言いたいことがあるならば申せ、私は貴様の媚態になびくような卑しき男ではない!」
市の体がびくりと跳ね、薄紅色のちいさな唇がかすかに動く。しかしその唇から言葉は発せられない。
「……――」
彼に向けていた視線を下ろし、顔を美しく歪めながらうつむいた。
睫毛が涙に濡れている。
長政は逆上した。
「このっ……!」
頬から顎へつたい落ちた涙を追うように、彼は市の胸ぐらをつかみ、
「泣き落としなど、私には通用せぬ! この恥知らずが!!」
怒号とともに市の頬を打った。
「あうっ……」
涙が飛び散る。
平手打ちの鋭い衝撃に市は崩れ落ちた。
「……う……」
じわじわと赤みを増していく打たれた頬の色さえも、哀れみを誘っているように感じられて、長政の義憤を駆り立てる。
同時に名状しがたい劣情の波が長政の身内から溢れ、理性を流そうと押し寄せた。目の前の女の不気味な妖艶さもそれを手伝うように長政の心を溶かし、乱した。
市の瞳が再び長政を映し出し、その唇が今度こそ言葉を放つ。
「……長政さま、市のこと、嫌いなの……?」
「な、に……?」
張り倒した女の最初の言葉がそれとは思いもかけず、長政は二の句がつげなかった。
「ねえ、嫌い? 市のこと……嫌い?」
その間隙を縫うように入り込む市の声色は、脳の奥を甘くしびれさせる。
長政×市3
何も言わずにおどおどと自分を見つめている市の態度はさながら、いじらしさを煽る巧妙な罠のようだった。
――悪の権化、織田信長。その妹もまた奸計を用い正義に仇なす悪の一員なのか。
少女は確かに美しい。しかし市の上目遣いには卑しい根性が見え隠れし、その暗い瞳に狡猾な影を映している。
妖怪じみた、蠱惑の毒。
男を騙して精をすする狐狸よりもなお地獄に近い妖魔の類。それが市という少女を端的にあらわす言辞だろう。
依然、黙ったままの市に、浅井長政は憤りを感じて怒鳴りつけた。
「言いたいことがあるならば申せ、私は貴様の媚態になびくような卑しき男ではない!」
市の体がびくりと跳ね、薄紅色のちいさな唇がかすかに動く。しかしその唇から言葉は発せられない。
「……――」
彼に向けていた視線を下ろし、顔を美しく歪めながらうつむいた。
睫毛が涙に濡れている。
長政は逆上した。
「このっ……!」
頬から顎へつたい落ちた涙を追うように、彼は市の胸ぐらをつかみ、
「泣き落としなど、私には通用せぬ! この恥知らずが!!」
怒号とともに市の頬を打った。
「あうっ……」
涙が飛び散る。
平手打ちの鋭い衝撃に市は崩れ落ちた。
「……う……」
じわじわと赤みを増していく打たれた頬の色さえも、哀れみを誘っているように感じられて、長政の義憤を駆り立てる。
同時に名状しがたい劣情の波が長政の身内から溢れ、理性を流そうと押し寄せた。目の前の女の不気味な妖艶さもそれを手伝うように長政の心を溶かし、乱した。
市の瞳が再び長政を映し出し、その唇が今度こそ言葉を放つ。
「……長政さま、市のこと、嫌いなの……?」
「な、に……?」
張り倒した女の最初の言葉がそれとは思いもかけず、長政は二の句がつげなかった。
「ねえ、嫌い? 市のこと……嫌い?」
その間隙を縫うように入り込む市の声色は、脳の奥を甘くしびれさせる。
長政×市3