うふふふ、と妖艶に笑う女が目の前にいる。
甲斐の虎こと、武田信玄は敗軍の将として囚われの身となっていた。縛りつけられて
いるために、自害すらできない状況である。
触れればすぐにぽろぽろと崩れてくる土壁に背中を預けて、黴臭い臭気の漂う暗がりの中、
ぐうぅと、さながら手負いの獣のごとく唸ることが、今の信玄にできる精一杯の抵抗だった。
「甲斐の虎も、こうなってしまえば可愛いものね」
目の前にいる女が足を上げ、信玄の左肩を踏みつけた。
女の太ももには、鮮やかな青色の蝶の刺青がある。信玄は口の端で笑った。
「どこぞのおぼこ娘かと思うたら、美濃の蝮の娘か。なるほど、蝮の子は蝮よのう。
図太い腹の内側で、虎を恐れて縮こまっておるはらわたがよう見える」
「お黙り!」
女――濃姫は、鋭い声を信玄にぶつけた。
「うつけの妻が、ワシに物を命じるとは片腹痛いわ。無礼者よと笑われたくないのならば、
この汚らしい足をどけよ」
「お黙りと言っているのよ!」
濃姫は信玄の肩に乗せた足に、さらに力を込めた。
「お前は負けたのよ!」
「お主に負けたわけではないわ」
「もっと殊勝にしたらどうなの? 這いつくばって頭のひとつも下げれば、上総介様は
お前の首を刎ねず、特別に切腹する場を与えてくれるでしょうから」
信玄は声を出して笑った。
「うつけに下げる頭など持っておらぬわ。ワシが頭を下げるのは、御旗楯無の前でのみ」
踏みつけてくる足など意に介さず、濃姫を見上げて続ける。
「そんなにワシが恐いか、蝮の娘」
「……何ですって?」
「お主の言動は、踏みつけ侮辱することでワシへの恐怖を克服しようとする、いささか
知恵の足らぬ考えにしか見えぬ。弱い犬がことさら吠えよる理由と同じよ、違うか」
濃姫の顔から血の気が引いてくる。図星を指されて言葉も出ないか、と信玄は思った。
しかし次の瞬間、肩に乗った足の重みがさらに増した。
「山奥の虎ごときが、狩られてもまだへらず口を叩くのね。うふふ、いいわよ。私を
弱い犬と呼びたければ呼べばいい。キャンキャン吠える犬が、お前を……辱めてあげる。
お前の心も体も蹂躙して、陵辱して、徹底的に犯してあげるわ!」
濃姫はそう言うと、信玄の
甲斐の虎こと、武田信玄は敗軍の将として囚われの身となっていた。縛りつけられて
いるために、自害すらできない状況である。
触れればすぐにぽろぽろと崩れてくる土壁に背中を預けて、黴臭い臭気の漂う暗がりの中、
ぐうぅと、さながら手負いの獣のごとく唸ることが、今の信玄にできる精一杯の抵抗だった。
「甲斐の虎も、こうなってしまえば可愛いものね」
目の前にいる女が足を上げ、信玄の左肩を踏みつけた。
女の太ももには、鮮やかな青色の蝶の刺青がある。信玄は口の端で笑った。
「どこぞのおぼこ娘かと思うたら、美濃の蝮の娘か。なるほど、蝮の子は蝮よのう。
図太い腹の内側で、虎を恐れて縮こまっておるはらわたがよう見える」
「お黙り!」
女――濃姫は、鋭い声を信玄にぶつけた。
「うつけの妻が、ワシに物を命じるとは片腹痛いわ。無礼者よと笑われたくないのならば、
この汚らしい足をどけよ」
「お黙りと言っているのよ!」
濃姫は信玄の肩に乗せた足に、さらに力を込めた。
「お前は負けたのよ!」
「お主に負けたわけではないわ」
「もっと殊勝にしたらどうなの? 這いつくばって頭のひとつも下げれば、上総介様は
お前の首を刎ねず、特別に切腹する場を与えてくれるでしょうから」
信玄は声を出して笑った。
「うつけに下げる頭など持っておらぬわ。ワシが頭を下げるのは、御旗楯無の前でのみ」
踏みつけてくる足など意に介さず、濃姫を見上げて続ける。
「そんなにワシが恐いか、蝮の娘」
「……何ですって?」
「お主の言動は、踏みつけ侮辱することでワシへの恐怖を克服しようとする、いささか
知恵の足らぬ考えにしか見えぬ。弱い犬がことさら吠えよる理由と同じよ、違うか」
濃姫の顔から血の気が引いてくる。図星を指されて言葉も出ないか、と信玄は思った。
しかし次の瞬間、肩に乗った足の重みがさらに増した。
「山奥の虎ごときが、狩られてもまだへらず口を叩くのね。うふふ、いいわよ。私を
弱い犬と呼びたければ呼べばいい。キャンキャン吠える犬が、お前を……辱めてあげる。
お前の心も体も蹂躙して、陵辱して、徹底的に犯してあげるわ!」
濃姫はそう言うと、信玄の
(全てを読むにはワッフルワッフルと書き込んでください)