「ほらよ。これなら大丈夫だろう」
「…サンキュ、元親。恩に着る」
「いいって事よ」
生来面倒見の良い元親の心遣いに、政宗は素直に礼を言った。
「では、そろそろ参りましょうか」
どうにか支度の整った政宗を認めた小十郎は、ふたりの前を歩き始める。
「確かに、あまり待たせるのも気の毒というもの。…ですが、貴方は今、長宗
我部という先客をお迎えしている立場。用件を聞いたら、彼には早々にお引取
り願うのがよろしいでしょうな」
これから幸村に会う為か、手の平に何やら三度文字を書いた後で、それを飲み
込む真似をしている政宗はともかく、元親は、続けられた小十郎の言葉の裏に
隠された意図を何となく読み取ると、青みがかった己の右目で『竜の右目』を
盗み見た。
「…サンキュ、元親。恩に着る」
「いいって事よ」
生来面倒見の良い元親の心遣いに、政宗は素直に礼を言った。
「では、そろそろ参りましょうか」
どうにか支度の整った政宗を認めた小十郎は、ふたりの前を歩き始める。
「確かに、あまり待たせるのも気の毒というもの。…ですが、貴方は今、長宗
我部という先客をお迎えしている立場。用件を聞いたら、彼には早々にお引取
り願うのがよろしいでしょうな」
これから幸村に会う為か、手の平に何やら三度文字を書いた後で、それを飲み
込む真似をしている政宗はともかく、元親は、続けられた小十郎の言葉の裏に
隠された意図を何となく読み取ると、青みがかった己の右目で『竜の右目』を
盗み見た。
「政宗殿!お久しぶりにございます!」
小十郎の先導で現れた政宗を見て、幸村はその年齢の割りに幼い顔を、嬉しそ
うに綻ばせた。
彼の眩しい笑顔を目にした政宗は、瞬時に己の鼓動が早まるのを覚える。
「よ、よぉ。元気だったか?幸村」
「はい!そちらは…確か、長宗我部殿にございますな?」
「元親、でいいぜ。憶えててくれたのか」
「勿論。先の武闘大会では、とんだご迷惑を…」
「気にすんなって。お陰でいいモン見させて貰ったぜ」
元親が示唆しているのは、かつて『東西姉貴同盟』として、政宗と一緒に幸村
と対峙した時の事である。
突如卒倒してしまった幸村に、拍子抜けしていた元親はその直後、世にも珍し
い光景に遭遇したのだ。
小十郎の先導で現れた政宗を見て、幸村はその年齢の割りに幼い顔を、嬉しそ
うに綻ばせた。
彼の眩しい笑顔を目にした政宗は、瞬時に己の鼓動が早まるのを覚える。
「よ、よぉ。元気だったか?幸村」
「はい!そちらは…確か、長宗我部殿にございますな?」
「元親、でいいぜ。憶えててくれたのか」
「勿論。先の武闘大会では、とんだご迷惑を…」
「気にすんなって。お陰でいいモン見させて貰ったぜ」
元親が示唆しているのは、かつて『東西姉貴同盟』として、政宗と一緒に幸村
と対峙した時の事である。
突如卒倒してしまった幸村に、拍子抜けしていた元親はその直後、世にも珍し
い光景に遭遇したのだ。
『幸村!大丈夫か、幸村!?』
不戦勝という消化不良な結末に、暇を持て余していた自分を余所に、『隻眼の
蒼竜』と呼ばれる女武者は、武器を投げ捨てると、彼の元へ駆けていった。
大会の審判に咎められても「もう、勝負は決まったんだからいいだろ」と突
っぱねた政宗は、紅蓮の武者の目が醒めるまでの間、お付の忍が「後はこっち
に任せてよ」と言っても聞かず、彼の傍に寄り添っていたのだ。
気絶した幸村を切なそうに見下ろす政宗の瞳は、まさに恋する乙女のそれであ
った。
そしてそれは、似たもの同士の喧嘩友達である政宗の意外な一面と、「男の趣味
は違うんだな」という見解を、元親に与えていたのである。
蒼竜』と呼ばれる女武者は、武器を投げ捨てると、彼の元へ駆けていった。
大会の審判に咎められても「もう、勝負は決まったんだからいいだろ」と突
っぱねた政宗は、紅蓮の武者の目が醒めるまでの間、お付の忍が「後はこっち
に任せてよ」と言っても聞かず、彼の傍に寄り添っていたのだ。
気絶した幸村を切なそうに見下ろす政宗の瞳は、まさに恋する乙女のそれであ
った。
そしてそれは、似たもの同士の喧嘩友達である政宗の意外な一面と、「男の趣味
は違うんだな」という見解を、元親に与えていたのである。
「……盛り上がってる所悪ぃが、政宗様はお忙しい。手短に頼む」
小十郎の硬質な声が、幸村と政宗たちの間に横槍を入れて来た。
「これは片倉殿。ええと、実はお館様より政宗様にと、書状を賜りましてござ
います」
会話を中断した幸村は、懐から信玄の認(したた)めた書状を、両手で前に差
し出した。
「そうか。それは遠路はるばるご苦労だったな」
素っ気無く労いの言葉をかけた小十郎は、腕を伸ばすと、幸村の手から書状を
取ろうとする。
だが、
「野暮はよしなよ。それは、アンタが手にしていいモンじゃないだろ」
ちゃり、と複数の装飾に彩られた白い腕が、小十郎の動きを遮った。
無言の抗議という名の鋭利な視線を、元親は臆する事無くがっちりと受け止め
ると、言葉を続けた。
「真田は、甲斐の虎の名代として来てんだぜ?政宗が不在ならまだしも、目の
前にいる当主を差し置いて、家臣が先に書状を奪い取るってな、どういう了見
なんだよ?」
「…チッ」
気に食わないが、筋の通った元親の言い分に、小十郎はつい自身の感情に先走って
しまった己の迂闊さに、渋面を刻むと引き下がった。
「政宗。お前もぼーっとしてんなよ。その書状は、お前が受け取るべきモノなんじ
ゃないのか?」
「あ…ああ……」
頷きを返した政宗は、一歩進み出ると、幸村に向かってぎこちなく手を伸ばす。
すると緊張していたのか、書状を取ったつもりが、それを携えていた幸村の指に触
れてしまう。
「!?」
「ま、政宗殿?」
元親にはかなわないが、白く長い政宗の指先の感触を覚えた幸村は、僅かに驚いた
ような声を上げた。
そして、普通の人間よりも高い幸村の体温を感じた政宗も、弾かれたように手を引
っ込めると、そっぽを向く。
「わ、悪ぃ!」
「い、いいえ!」
そう言い合う政宗と幸村の頬が染まっているのを、元親と小十郎は、極めて対照的
な表情を浮かべながら眺めていた。
小十郎の硬質な声が、幸村と政宗たちの間に横槍を入れて来た。
「これは片倉殿。ええと、実はお館様より政宗様にと、書状を賜りましてござ
います」
会話を中断した幸村は、懐から信玄の認(したた)めた書状を、両手で前に差
し出した。
「そうか。それは遠路はるばるご苦労だったな」
素っ気無く労いの言葉をかけた小十郎は、腕を伸ばすと、幸村の手から書状を
取ろうとする。
だが、
「野暮はよしなよ。それは、アンタが手にしていいモンじゃないだろ」
ちゃり、と複数の装飾に彩られた白い腕が、小十郎の動きを遮った。
無言の抗議という名の鋭利な視線を、元親は臆する事無くがっちりと受け止め
ると、言葉を続けた。
「真田は、甲斐の虎の名代として来てんだぜ?政宗が不在ならまだしも、目の
前にいる当主を差し置いて、家臣が先に書状を奪い取るってな、どういう了見
なんだよ?」
「…チッ」
気に食わないが、筋の通った元親の言い分に、小十郎はつい自身の感情に先走って
しまった己の迂闊さに、渋面を刻むと引き下がった。
「政宗。お前もぼーっとしてんなよ。その書状は、お前が受け取るべきモノなんじ
ゃないのか?」
「あ…ああ……」
頷きを返した政宗は、一歩進み出ると、幸村に向かってぎこちなく手を伸ばす。
すると緊張していたのか、書状を取ったつもりが、それを携えていた幸村の指に触
れてしまう。
「!?」
「ま、政宗殿?」
元親にはかなわないが、白く長い政宗の指先の感触を覚えた幸村は、僅かに驚いた
ような声を上げた。
そして、普通の人間よりも高い幸村の体温を感じた政宗も、弾かれたように手を引
っ込めると、そっぽを向く。
「わ、悪ぃ!」
「い、いいえ!」
そう言い合う政宗と幸村の頬が染まっているのを、元親と小十郎は、極めて対照的
な表情を浮かべながら眺めていた。




