悲鳴は飲み込み、辛くも後ろへ逃れた元親の前で、もうもうと埃が舞い上がる。
その向こうから、くすくすと珠を転がすような笑い声が聞こえた。
吹き込む海風に洗われ、部屋に舞い上がった埃が引いていく。
まだ廊下に座り込んだまま、室内を探る元親の耳に、きりきりと金属質な音が聞こえてきた。
同時に、床板を押しつぶしていた天井がするすると上がっていく。
いつの間に作ったのか、部屋の隅に設置された異国風の滑車を動かしながら、元就が
にこりともせず良人を見返していた。
「もう五寸、大きくしておくべきだったな」
「釣り天井ときたか……落とし穴ばっかだったから油断したぜ」
「それも我が策のうちよ」
「いや参った。やっぱお前すげえわ」
素直にうなずいた元親の言葉に、元就の頬に微かに赤みが差した。
この程度に引っかかるとはお前もまだまだよ、などとぶつぶつ言いながら、頬を染めて
滑車を回す。
なんとなく、白い繊手の動きがぎこちない。
やがて、がしょんと重い音を立てて天井がはまった。
落ちてこないのを確認してから、ようやく元親は部屋へと足を踏み入れた。
ところどころ割れた床板を避け、部屋の中央まで歩み寄り、布団に戻った妻から三歩離れた場所で足を止める。
隻眼が、油断なく室内を見回した。
その向こうから、くすくすと珠を転がすような笑い声が聞こえた。
吹き込む海風に洗われ、部屋に舞い上がった埃が引いていく。
まだ廊下に座り込んだまま、室内を探る元親の耳に、きりきりと金属質な音が聞こえてきた。
同時に、床板を押しつぶしていた天井がするすると上がっていく。
いつの間に作ったのか、部屋の隅に設置された異国風の滑車を動かしながら、元就が
にこりともせず良人を見返していた。
「もう五寸、大きくしておくべきだったな」
「釣り天井ときたか……落とし穴ばっかだったから油断したぜ」
「それも我が策のうちよ」
「いや参った。やっぱお前すげえわ」
素直にうなずいた元親の言葉に、元就の頬に微かに赤みが差した。
この程度に引っかかるとはお前もまだまだよ、などとぶつぶつ言いながら、頬を染めて
滑車を回す。
なんとなく、白い繊手の動きがぎこちない。
やがて、がしょんと重い音を立てて天井がはまった。
落ちてこないのを確認してから、ようやく元親は部屋へと足を踏み入れた。
ところどころ割れた床板を避け、部屋の中央まで歩み寄り、布団に戻った妻から三歩離れた場所で足を止める。
隻眼が、油断なく室内を見回した。
床板に変化はない。
壁も、いつもどおりに見える。
部屋の三方に垂れ下がった御簾からは、夜の風と海の音が入り込んできている。
釣り天井で燭台が壊れ、灯は消えてしまったから、部屋を照らすものといえば御簾を透かして漏れ入る、満月の光ばかりだ。
薄い光に濃い影を刻む、布団や枕もとの香炉や紙入れ、部屋の隅の棚に飾られた異国の飾りを眺め、目線を妻に戻すと、元親は身構えたままそっと問いかけた。
「もう、何にも罠、仕掛けてねえな?」
「まだあるぞ」
「まだぁ!?」
壁も、いつもどおりに見える。
部屋の三方に垂れ下がった御簾からは、夜の風と海の音が入り込んできている。
釣り天井で燭台が壊れ、灯は消えてしまったから、部屋を照らすものといえば御簾を透かして漏れ入る、満月の光ばかりだ。
薄い光に濃い影を刻む、布団や枕もとの香炉や紙入れ、部屋の隅の棚に飾られた異国の飾りを眺め、目線を妻に戻すと、元親は身構えたままそっと問いかけた。
「もう、何にも罠、仕掛けてねえな?」
「まだあるぞ」
「まだぁ!?」
細い肩から、黒い紗の着物がゆったりと滑り落ちた。
背後からの月明かりを受けて、萌黄の着物は完全に透き通り、纏った女の体をすっかりあらわにしていた。
同色の帯も、僅かに肌の色を隠すばかりだ。
細く薄い肩も、大きくはないが形よい胸の膨らみも、すでに尖ったその先端の薄紅も、程よくくびれた胴から意外に張った腰、長い足と、その間の淡い翳りまで、すべてが元親の目の前で、宵闇の中にぼんやりと浮き上がっている。
白い手が、薄物の絡みつく肩に触れた。挑むように良人を見つめたまま、肩から胸、胴から腰へと手を滑らし、そっとその手を差し出すと、元就はその口元に、ほんの小さな笑みを浮かべた。
背後からの月明かりを受けて、萌黄の着物は完全に透き通り、纏った女の体をすっかりあらわにしていた。
同色の帯も、僅かに肌の色を隠すばかりだ。
細く薄い肩も、大きくはないが形よい胸の膨らみも、すでに尖ったその先端の薄紅も、程よくくびれた胴から意外に張った腰、長い足と、その間の淡い翳りまで、すべてが元親の目の前で、宵闇の中にぼんやりと浮き上がっている。
白い手が、薄物の絡みつく肩に触れた。挑むように良人を見つめたまま、肩から胸、胴から腰へと手を滑らし、そっとその手を差し出すと、元就はその口元に、ほんの小さな笑みを浮かべた。
「我だ」
どんな金銀財宝や、新しい重機を目にしたときよりも強い歓喜が、海を埋める敵の大軍を前にしたときよりも激しい、武者震いにも似た震えが体を貫いた。
「……そいつは、ぜひともかかっておかねえといけねえな」
にっと唇を吊り上げた元親を見た元就の、口元に浮かんだ笑みが僅かに引きつった。
抱く前に、元就はいつもこんな顔で良人を見る。
歓喜とも、怯えとも取れないその表情に、こいつには今、自分はどんな風に見えているのだろうとふと思う。
埃だらけでぼろぼろの大男か、掌中の珠を愛でる海竜か、はたまた女を引き裂き食らう鬼か。
思考はすぐに消えうせた。細身を覆う薄物に手をかけ、半分引き破りながら、元親は待ち焦がれた最大の罠へと溺れこんでいった。
「……そいつは、ぜひともかかっておかねえといけねえな」
にっと唇を吊り上げた元親を見た元就の、口元に浮かんだ笑みが僅かに引きつった。
抱く前に、元就はいつもこんな顔で良人を見る。
歓喜とも、怯えとも取れないその表情に、こいつには今、自分はどんな風に見えているのだろうとふと思う。
埃だらけでぼろぼろの大男か、掌中の珠を愛でる海竜か、はたまた女を引き裂き食らう鬼か。
思考はすぐに消えうせた。細身を覆う薄物に手をかけ、半分引き破りながら、元親は待ち焦がれた最大の罠へと溺れこんでいった。




