◇障害者に訓練きめ細かく/賃金、行政も負担
ゆったりと広い店内に野菜やパンや加工食品が並ぶ。商品の表示がオランダ語であることを除けば日本のスーパーと何も変わらない。小さな子どもを連れた女性が無料のコーヒーサービスを利用していた。
アムステルダム市南部のこの店で、知的障害のあるパトリックさん(34)は働いている。店舗奥の倉庫を清掃したり品物を運んだりすることが仕事だ。月曜日から金曜日まで毎朝早く出勤し、午前中で作業は終わる。「とても楽しい。順調だ」。にこやかな顔でポケットから折りたたんだ紙を取り出して見せてくれた。大きな字で作業内容が書かれている。毎朝、店長が書いてパトリックさんに渡しているのだという。
「いい笑顔だろう? 彼はとてもまじめなんだ」。ジョブコーチのデニスさん(35)は得意そうに腕を組んだ。「いじめるやつなんていない。店長がよく理解してくれて同僚たちとの関係に気を使ってくれるからね」
以前はオフィス勤務だったデニスさんは2カ月前、障害のある人の職場定着を支援するジョブコーチになった。頼りにされ、自分が役立っている実感が持てることにやりがいを感じているという。「パトリックも怒鳴られたりするとおびえて体が動かなくなる。働きやすい環境や同僚との関係をどう整えるかが大事なんだ」。午後からは別の障害者の支援に行くという。
パトリックさんの就労を支援しているのは「usg・restart」という民間の会社だ。300人のジョブコーチを抱えており、デニスさんはその一人である。「農業や園芸、オフィスでの補助的な仕事、製造業、ケータリング……障害者ができる仕事はいっぱいある。まずどういう仕事をしたいかを聞き、必要な職業訓練をして実際の就業先を探す」とヘルフカンス社長は説明する。
障害者の就労支援は政府が積極的に進めており、実際に障害者が就職すると最初の1年目は最低賃金の半分を行政が負担するという。その後、半年ごとに行政が個々の障害者の就労状況を査定し、能力が上がったと判断すると補助金を減額して企業側の賃金負担を上げていく。「賃金を得るためではなく、仕事を通して社会に参加することが障害者にとって意義があるのだ」と力説する。
オランダには09年現在、失業給付を得ている人が50万人、障害などの給付を得ている人が60万人おり、それらの4分の3は働いていないという。雇用の柔軟性と生活保障を合体させたフレキシキュリティー政策のねらいの一つは、そうした労働市場から排除されてきた人々を就業させることだ。
この10年、政府は給付の受給資格を厳しく制限し減額する一方、長期失業者や障害者にきめ細かい職業訓練を提供し、就労機会を増やしてきた。「福祉から就労へ」という政策は、何らかの社会参加なしに給付だけ受けるのは受け入れがたいという社会的合意によって支えられている。
最近、ロッテルダム市は福祉の給付を受けている人もできる範囲で仕事をしなければならず、それを断ったら受給資格を失うという試験的政策を発表し、論議を呼んでいるという。【野沢和弘】
◇長期失業「合理的に克服可能」
若者の失業率の高さは先進国に共通した問題だ。失業が長期になるほど再就職も難しくなり、福祉給付の負担が増えていく負の連鎖に陥っている。
restart社が支援している求職者のうち、身体障害者は15%、知的障害者は35%で、残りの半数は障害というよりも社会適応が難しい人々だ。オランダ政府の調査研究機関によると、長期失業はモラルの問題として語られることが多いが、むしろ生活習慣や就労機会の提供方法の改善によって合理的に克服できるという。
また、福祉から就労へ移行した人々の意識調査では、生活の満足度が明らかに改善されたとの結果が出たという。
毎日新聞 2010年9月4日 東京朝刊