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グ チ ャ リ … ッ … … ジ ャ ク ッ … … グ ジ リ ッ … ジ ャ グ … ッ … … ――――
満月の下でその一匹狼は血肉を貪る。
生まれ出でた本能に従うままに。それが獣としての性(さが)であるために。
その行為を咎める者はいない。ましてや獣に倫理などないのだから。
そう ―― 鳥が空を飛ぶように、魚が海を泳ぐように ―― これは当たり前のこと。
その「涙」に、理由を求めることなど――――――
人里離れた山奥には狼の群れが生息している。
人々は肉食な彼らを恐れ戦きながら、また群狼も人間を警戒して、
村と山に設けられた仕切りによって互いのテリトリーを維持していた。
そんな光景を静かに見下ろす一匹の狼がいた。
彼は狩りの合間にこうしてただただ人間の行動を、その生活を観察していた。
初めは得体の知れない存在の動向を探るための防衛本能からくるものであったが、
彼は次第に人間の生活模様に対しある種の感情が芽生えていた。
"憧憬"――― とでもいうのだろう
生きる為に畜生を追い立て、貪り喰らい、時に仲間と牙や爪を立てて縄張りを賭けて争う。
ただそれだけの生産性のない繰り返される行為。それが狼という獣に生まれた彼の決められた運命(さだめ)であった。
だが、人間は、違っていた。
総体的に見れば生きるために食物を食べて、仲間を守るために外敵に刃を突きつける様は獣のそれと変わりない。
しかし、彼らには"感情"というものがあった。
言葉はできないが愉快な話題に笑い、悪戯をする小僧に怒り、身内の死に泣いて、また生まれてくる命に喜んで。
獣である自分には持ちえないものに、一匹狼は興味の眼差しを浮かべていた。
ある嵐の夜だ。群狼が一羽の白兎を追いかけていた。
かの狼もそのうちの一匹として爪を光らせながら疾走する。
今日も生きる為に弱き者を喰らう…彼らにとっては代わり映えのない日常だ。
だが、かの狼はその日常の中で今迄に感じたなかったものを見出した。
今、自らが追い立てている兎が無我夢中に逃走しながら時々こちらへ振り返る。
その瞳に、兎の"恐怖という感情"を読み取ったのだ。
人間界を長く観察していたことで体感的に身についてしまったのだろう。
表情…ましてや感情などを一切表には出せない動物にそんなものがあるのかどうかと言われれば疑わしいものである。
だが、少なくともかの狼は感じ取ったのだ。
狼は群れを追い抜いて兎の白い首筋へ噛みつく。
一番乗りに獲物を獲得したと誇張せんばかりに振り返る
群狼は獲物を別けるように威嚇するが、その狼は彼らの前から獲物を持ち去るように夜の中へと消えた。
その後、洞窟に入り込んだ狼はそこで嵐をやり過ごす。咥えたままの兎をそっと下ろして開放する。
歯型はない。辛うじて持ち上げられるだけの弱い咬合だった。
洞窟の奥に身を下ろされ逃げ場の失った兎は恐怖に身を震わせる。
この狼は自分を独り占めにするためにこんなところまで来たのだ。
これから無残に食されるのだ、と。
最悪なことに、兎は先の逃走で片足を怪我していた。狼にとってはこれほど絶好な獲物はいない。
逃げられない獲物へ狼は静かに歩み迫る。そして、その兎を喰らう――――――
――――― ペ ロ
―――― ことはせず、その傷口を優しく舐める。兎の震えが止まる。
落ち着きを取り戻した兎に狼は踵を返して、いつの間にか止んだ嵐の果てに顔を出した三日月の夜空を仰ぐ。
ア オ ォ ー ー ー ー ー ー ン … ッ … … !
孤狼は、夜に鳴く―――――
嵐の夜を越えて、狼と兎は交わってはならない禁断の関係を結ぶ。
兎はすっかり狼に心を許し、狼もまた兎を通じてその感情を紐解いていくように知り得る。
感情知ることで、間違いなく自分の中で世界が広がっているのを感じ入る。
今まで見向きもしなかった同族以外の習性や行為。
人間の営みを観察していた時のように、狼として生まれた自分にはない余所者の世界を知ることで伽藍洞な自分自身を満たしていた。
血肉を貪り空腹を満たすこととは違う充足感に、狼は新たな進化を得た。
だが、獣が持ち得る理性など人間のそれには到底及ばず―――― 迎えた満月の夜
あれ以来、兎はすっかり怪我も治り、仲間のもとへ帰るとその小さな瞳で訴えた。
狼は引き留めることはなく、静かに送り出す。立ち去る兎。もう何度も目にしてきたその丸い背中。
獣として、獲物を追いかけていた時のことがリフレインする。
その生まれ持った決して変えられない"性"に、狼の理性が塗り替えられていく。
なけなしの小さな理性を抑え込むように、狼は涎を垂らしながら無理矢理固く閉ざした口の中で喉を鳴らす。
兎が尻尾を揺らしながらゆっくりと去っていく。
振り子のように左右に揺れる白い尾は頭上の満月のように綺麗な丸みを帯びている。
餌としてこれほど絶好で良質なものは存在しない。
" 食 べ 頃 だ "
それでも狼は悶え苦しむように爪を野原に突き立てて踏ん張り、無我夢中に固定しようと試みる。
これ以上、一線を越えないように。また獣としての繰り返される日常に戻ることを引き留めるように。
だが――――――
―――― ブ シ ャ ア ア ァ … ッ … … ! ! !
気付いた時には既に遅く、理性は一線を越えて脆く崩れ去る。
グ チ ャ リ … ッ … … ジ ャ ク ッ … … グ ジ リ ッ … ジ ャ グ … ッ … … ―――――
牙は赤く染まり、爪は肉を裂いてまた赤く塗れゆく。
ずっと理性の奥に閉じ込めていた本能の暴走に抗えぬまま、血肉を貪る。
そこに感情など介在しない。存在しない、はずだった。それなのに――――
ポ タ … … ポ タ … … ――――――
満月の下でその一匹狼は血肉を貪る。生まれ出でた本能に従うままに。
それが獣としての性(さが)であるために。
その行為を咎める者はいない。ましてや獣に倫理などないのだから。
そう ―――――――― これは当たり前のこと。
その「涙」に、理由を求めることなど――――――――
ア゛ オ゛ ォ゛ ー ー ー ー ー ー ン゛ … ッ゛ … … !
孤狼は、夜に哭く―――――
Generic Adaptable Disarm Genesis Equip Transformation ――――― 標準多機能可変武装機
『 G.A.D.G.E.T 《 ガジェット 》 』
対人戦及び対兵器用に開発した多機能兵装。正式名称は「マルチスクランブルガジェット」
陸海空などの立地・環境を問わず、考え得る様々な戦況に他愛王して変形する
特有機能「スクランブル」を搭載した世界政府の新生武装として企画
スーパーアロイを多量搭載した頑丈な造りに加え、物の数秒で別形態への即時変形が可能な設計を行い、
近接から遠距離、果ては移動形態など、高次元多関節機構による駆動システムの確立によってこれを実現
従来武装のような「固定形型」と、エネルギー物質を具現化する「不定形型」の2種類を想定し、
前者は汎用的生産を可能にし、後者は武装破壊の危惧を払拭した人為的永続耐久濃度を上げたものとなっている
(要は、質より量か、その逆かの話である)
詳細なスペック情報については別紙の仕様書の参照を推奨
以上をもって、『ガジェット』の完成をここに報告する
――――――――― 世界政府科学班兵器開発部6課責任者 『 ラタリア・トゥーユ 』
「しかし見たかね、ラタリア氏の報告書。添付されていた仕様書も隈なく目を通したが、あれぞ世界政府が目指した理想の新武装の完成だ…!」
「同じ課として、その開発の協力に携われた我々も鼻が高いもんだ。上層部はガジェットの本格導入に対し全面的に賛同。元帥の許可も下りたことでついに生産工程に入ることが決定した。これから忙しくなるな」
「だけど、初期構想時点ではテスト段階も兼ねてごく一部の隊にのみ支給されるらしいわ。政府には様々な精鋭部隊が存在するけれど、五万といる部隊の中で最初にその試行権を得るのは一体……」
「……そういえば、肝心のラタリア氏は?発表会を終えてから姿を見ないようだが…」
「これだから男は鈍感ね… あの人は今"育児休暇中"よ。現在妊娠8ヵ月…本当はもっと早くから休暇に入るべきだったのでしょうけど、あの人は無理をして新規プロジェクト発表会という大事な時期を見据えて、妊娠中にもかかわらず開発作業に明け暮れていたのよ。特設ラボで一人作業をしていたのだから、唯一入場許可をもらっていた女性スタッフ以外は知る由もなかったでしょうけど…」
「ラタリア氏……そんな… そちら(育児)の方が大事なはずなのに……」
「それがあの人なのよ。真面目というべきか熱心というべきか… とにかく、今は何とか区切りがついたことで一安心して休暇期間に入ったの。あとの開発工程は私たちだけでも実行に移すことができるのだから。」
「それを見越して後の工程を我々に一任したわけか…既に頭の中で完璧に逆算していたとは、恐れ入る。わかった、ラタリア氏不在の今、我々でガジェットの生産作業に移ろう。他の課からも何名か協力者を要請して――――」
「……ごめんね…ずっと楽な態勢をさせてあげられなくて。でも、先生は問題ないって言っていたわ。このまま無事、「キミ」を産むことができる…って。」
「 もうすぐ会えるよ……――――――― 『 リル 』 」
「――――失礼するよ。6課の皆さん。私は、開発部9課の『ウォーレン・トゥーユ』だ。」
「あ、貴方は…!9課の『ウォーレン』氏…!確か…ラタリア氏の……」
「ウチの『妻』…失敬、『同期』が完成させたという「ガジェット」の開発データは君たちが預かっていると聞いてきたのだが…」
「ええ。ただ、原本は氏からは「例え知人であったとしても渡してはならない」と強く忠告を受けておりまして…その為、開発作業において必要な一部のデータなら参照が可能ですが――――」
「悪いが、その原本が見たい。彼女からも許可をもらっている。すまないが、それを渡してくれないか…?」
「は、はぁ……わかりました。では…――――」
「失礼、ウォーレン氏。疑っているわけではないのですが、ガジェットの開発データ原本は超機密事項でして、開発責任者のラタリア氏ご本人から直接許可をいただかなければ、同じ課…ましてや配偶者であっても安易に閲覧することは氏より固く禁じられているのです。」
「それから…これは私個人の私情を挟むようで誠に失礼も承知ですが、氏が妊娠期間中…ウォーレン氏は本部や支部で開発作業に当たっておらず、数か月間「不在」だと氏からもお伺いしたのですが…」
「有給だよ」
「氏が確認したところそうではなかったようですが」
「細かいことを気にするのだね、6課の女性研究員は」
「氏の意向故、ご無礼をおかけして申し訳ございません。ですが、妊娠期間中にもかかわらず制作作業に当たっていたラタリア氏の傍にいてあげていないどころか、ご本人が育児休暇に入ったこのタイミングで、ご本人が不在の中でその努力の結晶である開発データの原本を貴方様にお渡しすることは難しいです。申し訳ございませんが、再度ラタリア氏より直接閲覧の許可をいただいてから――――」
「もういい」
「えっ?」
バ タ バ タ バ タ バ タ ――――
「な、なんだお前たちは…!?な、何故武装をして…ッ?」「政府の精鋭…ではない…!?認証バッジをつけていない…!?」
「……いったい何の真似ですか」
「大人しく開発データを渡していただければよかったのだ、哀れな凡人共。 始末しろ 」
ズ ド ド ド ド ド ド ド ド ッ
「――――― なんですって…ッ…!?旦那が……研究所を襲撃……っ…?」
『ラボには死傷者が3名…!いずれも6課に所属の研究員です…!監視カメラには、ウォーレン氏が犯行に及んだと思われる行動がはっきりと映されておりまして…』
「……わかりました、すぐに向かいます…ッ…!」
「……ずっと家を出て何をしていたのかと思えば……あのバカ……ッ……!!」
「ジェヌ…!ベン…!メーリン…っ……!……そん、な……」
「我々が駆けつけてきたころには、もう……」
「……!まさか……!! やっぱり……「開発データの原本」が…ない……っ……」
「先程、ウォーレン・トゥーユとその他数名の男性陣を実行犯と断定し、現在、捜索に当たっておりますが――――」
「――――― 探す必要はないよ」
「………ウォーレン……ッ…」
「動くなッ!!奴を包囲しろ…ッ!貴様……この期に及んで何故戻ってきた…ッ……!?」
「おっとと…抵抗はしないよ。大人しく手を上げておいてやる。だが、開発データの原本はすでに私の手から離れた。ここで私を捕らえても無駄だと思うがね」
「……私の妊娠が発覚してから、貴方はまるで人が変わったように性格が歪んでしまったと思ってたけど……悪ふざけにしては度が過ぎている。開発データを何処にやったの…?」
「愛する妻よ、どうかそんな怖い顔をしないでくれ。私は、お前を幸せにしてやるために遠回りに根回しをしただけだよ。開発データを失えばお前は責任者としてその立場を追われ、兵器開発に携われなくなる。お前が望んだ、世界の安寧はこれでまた一歩近づけたということだ。兵器などあるから争いは生まれる…違うか?」
「私がつくるのは奪うためのものじゃなく、その安寧を"守る"ためのものだって昔言わなかったかしら…?」
「無理強いをするな。お前はもう、その矛盾に苛まれることはない。お腹の中の赤子の為に、俗世から逃れてひとりその安寧の中でひっそりと暮らしていればよかったのだ。この、私と。」
「どこで頭のネジが吹き飛んだのかしら?それとも最初から?そんな男と生涯を約束した覚えもないのだけど…?」
「御託はもういいだろう。さあ、妻よ…私と幸せになろう。」
「私の旦那は私をわざわざ「妻」なんて言わない。ちゃんと名前で呼んでくれたはず。」
「私と…し……シ……」
「……ウォーレン……っ……?」
「おい、動くなッ!!妙な動きをすれば、その足を撃つッ!!」「博士は下がってください!」「とまれッ!!」
「ワタ…し…と………し……シ……し……―――――」
「―――――――――― "死合わせ"になろう ――――――――――」
カ チ リ ッ
「 ! ! ? ? 」
「しまッ――――博士ェェェェエエエエッ!!!!」
ズ ッ゛ ガ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ァ゛ ァ゛ ァ゛ ァ゛ ァ゛ ァ゛ ン゛ ッ゛ ! ! ! !
メ ラ メ ラ …ッ … … パ チ … ジ ッ … … ―――――
「…ぁ゛……ァ………ッ………」
からだが……あつい…… かためが、ひらけない…… くらくて……よく、みえない………
ての…かんかく、が……ない…… あしも…うごけ、ない…… こげくさい…つよい……むせるよう、だ………
おな、か……おなか………わたしの……あかちゃん……『 リル 』は………?
ぁ゛……ぁぁ……おね、がい……うごいて………から、だ……わた、しの……あかちゃん、が……
トス、トス、トス、トス……―――――
「…ハー……ァ……ハ……ァー……ッ……」
……『おおかみ』……?げんかくを、みている……?ほんもの、なのか……?
けんきゅうじょのそとから……きた……?わたしを……みて、いる……?
ああ、そう、か……きっと、ここでたべられるんだ……ぼろぼろで、にげることもできない、わたしを………
……だんなに、うらぎられ……あかちゃんも……まきこんで……すべて、うしなって……さいごは、たべられて、おしまい……
………わたしのじんせい……どこで、まちがえたのだろう……?いつから、くるいだしたの、だろう……?
こんなはずじゃ…なかった……のに…… わたし……ただ…ねがって……
……かぞ く……しあわ、せ………―――――――
「――――――――― ッ゛ ハ ! ! ? 」
「……!目が覚めたようだな…ラタリア……ッ…!」
「ハー…ハーッ……ッ……?ティネ…ル……?どうして…貴女が…… ここは……っ…―――――!?」
「……見ての通りだ。お前は…爆発事故が発生した研究所で重症体として回収され、緊急手術を受けて、今…数日かけてようやく目覚めた…。だが、爆破による身体の損傷はあまりにも酷く…両手両足はまともに機能しなければ、片目や鼻などの五感にも悪影響が及んで――――」
「そんなことはどうでもいいんだッ!!私の……私の、『赤ちゃん』は……!?お腹の中に、いたはずだよ…ッ!?この帝王切開の痕……赤子は、摘出されたってことでしょ…ッ!?無事だったの…ッ…?ねえ……!?」
「…………」
「ティネル……ッ!!!」
「………
ラタリア、落ち着いて聞いてくれ。お前の体内にいた赤子は……――――」
「――――― 焼死体として死亡が確認された 」
「――――――――――――――」
「…………」
「………ラタリア…」
「………本当は、わかっていたんだ。でも……微かな希望を抱いていたけれど… やっぱり、現実は…受け入れなくちゃいけないんだって……」
「………慰めにはならないが、今回の一件…お前が責任を負うことはない。お前の旦那…いや…容疑者「ウォーレン・トゥーユ」も死亡が確認された。あの場所で生き延びたのは…奇跡的にも
ラタリア、お前だけだった。いや……正確には…"救われた"というべきか……」
「……どういう、こと……」
「 ガ ラ ラ ッ ―――― 目を覚ましたみたいで、安心したわ」
「……!」
「紹介しよう。私の友人にして、政府赤十字病院院長の『
サナトリー』だ。死亡寸前だったお前の治療を成功させるほどの神の腕を持つと言われた名医だ。」
「いや…流石に…もしも今回の一件が"手遅れ"だったのなら、彼女を救うことはできなかった。あの『可愛い恩人』がいてくれなきゃ、ね…」
「……恩人……?」
「これを見てもらいたい。これは別の棟を映した監視カメラだが…見ての通り、ここで隔離した『恩人』が、治療を終えて眠っている。」
「……あの時の……『狼』……」
「信じられないと思うが、この『狼』が、君をこの病院まで運んでくれたんだ。この子も酷い重傷を負っていてね…研究所を抜け出す際、現場の火事によって被ったであろう火傷の痕が凄まじく、事件現場の研究所から7km以上も離れているこの病院へ、君一人だけを背負い運んできた。まるで…人間のような意思を持って、とでもいうべきか…」
「……うそ………」
「サナトリーは冗談を言うような奴ではない。事実、赤十字病院の入り口付近に設置された監視カメラには、深夜、確かにこの狼がお前を担いでやってきたのだ。スタッフが駆けつけたと同時に狼も気絶…だが、奴もサナの手術を受け、事なきを得た。今は隔離施設で大人しく安静にしている。」
「赤子の件については本当にごめんなさい。あらゆる手は尽くしてきたけれども…すでに手遅れだった。だけど、あの『狼』は…身籠った貴女に一切の危害を加えることなく、ここまで運んできたの。決して襲われたわけじゃない。」
「…………」
「落ち着いたら、会ってみるか。その『恩人』に。」
「…………」
「…………私を、助けてくれたって…本当……?」
「…………」
「……ありがとう……本当に、ありがとう……」
「……スタ……スタ……スタ……――――― ペ ロ 」
「わっ……!思ってたより…人懐っこい…… 君は、どうして、私のことを……」
「…………」
「………君も、一人ぼっち……?」
「…………」
「……私と、一緒だね………」
「 ペ ロ ッ 」
「……慰めて、くれるんだ… 優しいんだね……」
「……不思議なものだな、サナ。あの『狼』の目……まるで、人間のようだ。本能のままに目の前の畜生を狩る獣とは異を成す、不思議な目をしている。そうは思わないか…?」
「私にはわからない。でも、あのような個体は珍しいと言えば珍しい。人間とのコミュニケーション能力を有し、なにより…人間社会を理解している。重傷者を救い、その治療を行うための病院という施設を理解し、専門医に委ねるまでの一連の行動… まるで、狼と人間の姿が入れ替わったかのような…」
「そういえば…お前は過去に人体実験の一環として、他種別同士の意識の交換…その実験に加担していたらしいな」
「結果は失敗。だけど、成果はあった。それは…人間以外の哺乳動物を対象とした獣人化実験。人間の遺伝子物質の投与を加えながら人間と同じ環境下での生活を強制させることで、獣を人として派生進化させるもの… 」
「中でも、どの種よりも人間に対しての忠誠心が極めて高いイヌ科の動物であれば…実現が限りなく可能に近いと判明した。」
「―――――― 『 ストレイドッグ計画 』。政府が水面下で推奨しているという、あの奇妙な実験のことか?」
「人間の身体能力を遥かに凌駕し、かつ人間社会に順応出来得る優秀な動物の人獣化計画。政府は既に動いている。事実…つい2週間前、一匹を完成させた。二匹目は現在進行形で経過を様子見している。」
「………あの『狼』なら、きっとすぐに順応するわ。」
「……それは、彼女の気持ちに沿ってからの判断としよう。」
「………そんな計画があったなんて、初耳なんだけど…」
「だろうな、私もつい先ほどサナから話を聞いたばかりだ。だが、ラタリア…お前自身がそこの『恩人』が気がかりというのならば、人獣化を促し…あわよくば、言葉を介すことができれば…お前を救った動機が分かるやもしれん。あるいは…あの気がかりな『事故』の手掛かりにもつながるかもしれない。」
「…………」
「お前に聞くのも少し違うとは思うが、どうだ…?あの『狼』を、人間にしてみたいとは思わないか。……どうやら、『彼』もそれを望んでいるらしいが…?」
「……えっ……?」
「…………」
「………うん……願わくば、聞いてみたい。『この子』の、声を。私を救ってくれた…大事な、『恩人』だもの…」
「…お前は、良いのだな?」
「ゥォォーーーーン……!」
「やはり意思疎通が取れるのか…優秀な逸材だな。わかった、実験を決行しよう。サナ。」
「了解。それなら早速――――」
「ちょっと、待ってほしい…」
「……どうした…?」
「………『この子』だけじゃない……『私』も、改造手術を施してほしい」
「……気は確かか、ラタリア。確かに今のお前は重度の重症体。だが、長期的な治療を繰り返すことで将来的には―――――」
「―――― それでも、やってほしい。これは…私自身への"戒め"。そして…『あの子』への…償いなんだ…」
「…ラタリア………」
「お願い」
「…………サナ、大丈夫なのか。」
「ラタリア博士の強い要望なら断れない。でも、改造手術ということは……既に何か具体的な案を御所望で?」
「それは―――――」
「―――――………了解。要求を承りました。ですが博士、必ずしも望んだ姿になるとは限らないとだけ先に断っておく。あまり過度な期待はしないで。」
「ティネルが認めた優秀なお医者さんだ、大いに信頼しているよ」
「……それがお前の望むことなら、私も止めやしない。お前自身の決意表明だというのなら尚のこと。 サナ…ラタリアと彼を頼む。治療費の負担は、私がすべて受け持つ」
「ティネル……」
「ラタリア、お前が開発した「ガジェット」の論文を見た時、私は心の底から敬意を表した。友人として、そして共に"正義"を志す仲間として。お前をここで失うわけにはいかない。お前自身の希望も…だ。だからこそ…強く、生きてほしい。その為ならお前が望むことを私も惜しみなく後押しする。いつか私が発足する『 新部隊 』に、お前の技術が絶対に必要だ。」
「………ありがとう…」
「それじゃあラタリア博士、それと…狼君。行きましょうか。 "生まれ変わるため"に――――――」
「 ゥ ォ ォ オ オ オ ー ー ー ン … ッ … ――――――」
――――― あの一件から半年以上の月日が流れた
「ワタシ」は、言語を得た。理性を得た。感情を得た。あの丘の上から見下ろしていた、人間たちのように
今は、更なる進化を目指して、未だ慣れない人間生活に溶け込もうとしていた
目の前にいる、少女《 カノジョ 》と共に―――――
ラタリア「――――― トライボロジーとは、相対運動しながら互いに影響を及ぼし合う2つの表面の間に起こる現象を対象とする科学と技術のことら。一言で言えば「摩擦を科学する」学問… 潤滑や摩擦、摩耗、焼付き、軸受設計などに関する研究分野であって、機械工学や材料科学において重要な役割を果たしているんらよ。(ホワイトボードにペンで数式や気難しい用語を書き殴る少女。白い盤面と釣り合わない背丈を、乱雑に積み上げた分厚い書物を足場にしていた)」
劉狼「…………(教授として鞭撻を振る少女の前に、正座をしつつA4ノートに慣れない手つきでその盤面に書きなぐられたものを書き写そうとしている人狼。しかし、慣れない動作に字はふにゃふにゃに蛇行し、まともに読解することは困難。なにより、少女が語る言葉への理解さえもままならないでいた)」
ラタリア「で、その摩擦によって生じる帯電の法則から、電気を発生する現象をトライボエレクトリック…「摩擦発電」というんらけろ、例えばガラスとウールを擦るとガラスは正に帯電し、ウールは負に帯電するんらが、これは物質の電子が移動して起こることなんら。この原理は静電気発生装置や摩擦発電デバイスに応用されるんらけろも、ESD(静電気放電)は精密電子機器に損傷にも近い悪影響を及ぼすことがあるからして―――――」
劉狼「……ヌゥ……」
ラタリア「……ちょっと聞いてるのら?(むすぅ、と頬を膨らませる)」
劉狼「……なあ……何故(なにゆえ)、ワタシはこんなことを、覚えなければならない…?それよりも、「父君」から教わるような武術の修練に、吟遊詩などの古典学が、ワタシとしては学びがいのあるもので――――」
ラタリア「うるさいのらーーーー!(バサバサ)(サイズの合わない白衣、だぼだぼの袖をぶんぶん振り回して怒りを表現) 君は将来、「はかせ」の優秀な右腕となるのら!そのために、はかせと同じ機械工学の分野に精通してもらうのら!今から始めても遅くはないのら!いつかははかせと共に、後世に残るような偉大な発明を残す為に―――――
劉狼「(くどくどと説明している隙に忍び足でその場を離れようとしている)」
ラタリア「逃げるなーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!(ギュイイイイイイイイイイイイインッ)(何処からともなく取り出したチェーンソーを起動させて追いかけ回す)」
劉狼「堪忍ッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
― 某道場 ―
劉狼「―――― 子曰く、故きを温ねて新しきを知る、以て師と為るべしと。子曰わく、学びて時にこれを習う、亦た説ばしからずや。朋あり、遠方より来たる、亦楽しからずや。人知らずして慍みず、亦君子ならずや。(穢れの無い柔道着を着込み、毅然とした正座で薄い書物を朗読している)」
マハーエ「学は以て已むべからず。青はこれを藍より取りて、藍よりも青く、氷は水之を為して、水よりも寒し、と… (そんな人狼と向かえ合わせになるように座し、自身もまた朗読に耽っていた)………発音、抑揚、そして言葉に乗せる感情の重み… 大分人間らしくなってきたな、「劉狼」。(書物を膝上に降ろし、微笑ましそうにはにかんだ笑みを送る)」
道場・師範代――― 『 マハーエ・トゥーユ 』
劉狼「もったいなきお言葉です、「父君」。(書物を丁寧に畳んで膝上に降ろすると会釈を交わす)」
マハーエ「またラタリアから逃げてきたようだが……やれやれ、困った娘だ… 人の身になったばかりの君に無理難題を押し付けようとは…(はー、とため息をつきながら困ったように自らの額を小突く)」
劉狼「いえ…そもそもはワタシの、理解力の無さが招いたことでございます。まだまだ精進が必要です……」
マハーエ「人学を為すは、須らく時に及びて立志勉励するを要すべし。娘が君に叩き込もうとしていることは、君の本意ではないだろう。君は君の求めるものがある… 故に、獣の路を外れてきたのだろう。学ぶことは大切だが、何のために学ぶのか、その目的を、志を見誤るでないよ。」
劉狼「はっ…御意に…。」
マハーエ「………だが…そう、か……フフッ…… きっと、"嬉しい"のだろう。」
劉狼「……は……?」
マハーエ「人間(ひと)となった君といられることが、だよ。君は、娘を救った「恩人」だ。そんな君と、言葉を交わし、意思を交わし、同じ空間を享受できる、その一瞬を。(道場の縁側から広がる侘び寂びとした庭の方角に何となく視線を移す)」
マハーエ「……「あれ」もね、もともとは私の道場を受け継ぐはずだったんだ。だが、本人はやりたいことがあった。進むべき路が定まっていた。その志を遮ることなどあろうか?答えは、否。人は誰しも、決められた路を歩むだけの屍となることなかれ。己が見定めた路を往き、譲れなき本懐を果たせ。娘がそうしたように…。」
劉狼「……………」
マハーエ「劉狼、君は…「自分自身を押し殺した」ことはあるかい?君の「名前」の由来だよ。」
劉狼「自分を……おし、ころす……?ワタシの……この、名に……?」
マハーエ「 『劉』(リュウ)とは、古い言葉で「ころす、かつ、うちかつ」という意味がある。『狼』(ラン)はその名の通り「オオカミ」の意だ。この名を付けたのは私ではなく、「娘」だ。獣は、本能に赴くままに理性を捨て、ただ血肉を貪る腐乱となりえる。
そんな獣を「狼」(ラン)とし、人間(ひと)の路に進もうとした君にそうあってほしくないと願い、我欲を"おしころす"「劉」(リュウ)の心を持てと…そう願って、名を与えたそうだ。あれも、一応は私の道場に名を連ねた門下生だからね。古い言葉遊びには覚えがあるんだ。」
劉狼「……「はかせ」が……ワタシに…この、名前を……」
マハーエ「……他ならない自分自身への戒めも込められているようだ。あの娘は、進みたい路に突き進むがあまり、お腹の中に身籠っていた大切な小さな「命」を失った。あの一件を引き起こしたのは、自分のせいだと、今でもそう悔いている。」
マハーエ「だから娘は…自分から"子どもの姿に成り下がった"んだ。愛する我が子の未来の姿を自分自身に投影することで、二度と同じ過ちを繰り返さないように…と。……久しぶりに帰ってきたと思えばさすがの私も驚いたよ。つい昨日まであんなに美しく育った女が、今じゃ幼き頃の姿にそっくりそのままだ。……だが、私はそれを否定しなかったよ。それが娘の、選んだ路だ。」
劉狼「…………――――――(脳裏に蘇る。轟々と燃え盛る崩壊施設から、五体"不"満足の女性を背に乗せて、長い長い夜道を無心に渡り歩いてきた、あの時を――――――――)」
マハーエ「……劉狼。正直私ももう、歳のせいで長くはない。君はこの道場を受け継ぐに相応しい技量と知識を得たが、それは君の望むものの過程に過ぎないことは知っている。君は……ゲホッ、ホッ……!」
劉狼「……!師範代……!」
マハーエ「(慌てるなと、掌を突き出して制する)……君は… その「名」に恥じぬ生き方で、煩悩を押し殺し、君自身の路を進め。人間(ひと)も獣もいずれは路を踏み外す生き物…それが自然の摂理… しかし、その繰り返される節理の中で、一縷の過ちに気づけば、堂々巡りから解脱し…引き返すことができる。娘がそうしたように。」
劉狼「………」
マハーエ「…………子曰わく、我は生れながらにして之(これ)を知る者に非ず―――― 」
劉狼「――――― 古(いにしへ)を好み、敏(びん)にして以て之を求めたる者なり 」
マハーエ「 劉狼 ――――― 「娘」を頼んだ 」
その翌週、師は天に召された。享年八十六歳であった。
また一つ、身近な「命」を失った少女《 カノジョ 》にはもう、ワタシしかいなかった―――
ラタリア「………劉狼…… お父さん、最後に何か言ってた…?(亡き父の眠る墓の前に呆然と佇み、隣に立つ人狼へ振り返ることなく尋ねる)」
劉狼「………「未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん」、と。 「命」の儚さと尊さを、その一語から理解した。「拙僧」にはまだ、知らないことが多すぎる。だがその中で、ようやく掴んだものがある。何故(なにゆえ)、人間に興味を抱いたのか。何のために、理解を深めようとしていたのか。」
劉狼「――――――――― 「命」の在り方だ 」
劉狼「人間(ひと)も、獣も、限りある「命」が許す限り生き続けようとする。獣が弱者を貪るように、人間(ひと)もまた弱く儚いものを踏み台に生き永らえようとする。それが自然の摂理…抗うことも、異を唱えることもない。そうやって「命」は繰り返されてきたのだから。」
劉狼「しかし…そうして「命」は巡り合い、進化する。特に人間(ひと)のその在り様はあまりにも複雑で、猥雑で…だが、確かな"繋がり"を以て紡いでいこうとしている。拙僧は…そうして繋がった新たな「命」の産声に魅入られたのやもしれん。惰性に生と死を繰り返すだけの輪廻の中に、「何にも代えがたいもの」があるのだと。「それ」が課せられた軛からの解脱を齎す由縁となることを、私は…何処かで期待していたやもしれん。」
劉狼「…博士……貴女が、貴女の路を突き進んだように。拙僧も、与えられたこの「名」と「命」を胸に、貴女と共に往かん。父君より授かった意志、そして……「ご子息の命」は、今も、我々の中にあるのですから。」
ラタリア「…………うん、そうらね…。(やがて少しずつ流暢に、そして語彙を得たことで人狼の強かな意思を感じられるようになってきたのだろう。自分に言い聞かせるように小さく頷いて、目の前の墓に静かな黙祷を捧げた)」
ラタリア「………ていうか、なに、それ…?「拙僧」って……(思い出したかのように噴き出す) ……お父さんの影響をモロに受けすぎちゃったぁ…?」
劉狼「ムゥ……奇妙か……?」
ラタリア「いんや。いいんじゃない?(はにかみながら人狼の脇腹に自分の小さな頭を小突かせる)」
最後の教えを請うた日に、父君から聞いたことがある
愛する我が子そのものとなった少女《 カノジョ 》はあれ以来、
『 ラタリア・"リル"・トゥーユ 』と名乗り始めたそうだ
今も、『 親子 』は共に生きている
ワタシも……否…拙僧も、そう強く生きていかねばならない
少女《 カノジョ 》が魅せる、あの輝かしい「命」のように―――――――
― 数年後 ―
ラタリア「――――――『 調査兵団《レギュレイター》 』?」
ティネル「…ああ。近年目撃されている「反復現象」を対象に、その解明のために調査を行う組織だ。ようやく、上層部からその設立の認可が下りた。ラタリア、お前が開発したガジェットの実装は、この組織で試験的に執り行うことも決定した。ついては、お前にもこの組織に加わってもらいたい。無論、強要するつもりはないが、開発責任者の監修無しではガジェットの運用を行うことは容易ではなくてな……」
ラタリア「……ううん、いいよ。わかったのら。わた……はかせもその話に乗らせてもらうのら。それに、ティネルには恩があるからね。」
ティネル「恩返しなど不要だ。だが、お前が有無を言わず承諾してくれたことはありがたいことこの上ない。この組織は近い将来規模を拡大化させる。今は第1~第6までの部隊を設けようと考えているが、一小隊だけでも団員の数は今後増員される可能性は高い。ラタリア、お前には、『第3調査兵団』の団長を任せたい。また兼業にはなるが、ガジェット運用の開発管理業務の責任者にもなってもらいたいのだが…」
ラタリア「たはは…これはなかなか、早速骨が折れそうな大役らね……」
ティネル「だが、心配には及ばない。団長業務は「副団長」に肩代わりさせることも認められている。世界政府に属している人間であれば、本人の承諾を得れば組織に加入させることも可能だ。将来的に政府士官学校からの徴兵制度を用いて若い団員の確保も考えている。そんな若い団員たちを牽引できるほどの指導力や統率力を持った人間が好ましいだろう。お前の判断で構わない。まずは、「第3」設立に向けて考えてみてくれ。」
ラタリア「はぁ………―――――――」
ラタリア「―――――ってことがあってねぇ……(椅子の背もたれ部に前のめりに座り込みながらペロペロキャンディーを舐めている)」
劉狼「……なるほど…新たな組織の設立、そして部隊団員の勧誘…ですか……(
政府軍本部「中尉」の腕章が付けられた白いコートの袖から獣の手を伸ばし、数十枚にまとめられた書類を淡々と捲っていた)」
ラタリア「他の部隊の団長たちは既に身内で隊を固めているみたいらけろ…科学班で籠りっきりらった私じゃ頼れる宛ってのが、ねぇ……?」
劉狼「………ではこの劉狼、その第3調査兵団の副団長に立候補いたしましょう。」
ラタリア「本当!?」
劉狼「ええ…… 貴女のことです。端からこの拙僧めにその任に仕えさせる為に、このような話を持ち掛けてきたのは十分に考えられるので……」
ラタリア「バレちゃったか~☆(わざとらしくウィンクする)……でもね、適当な理由じゃあないんらよ。劉狼、君はこの数年で人間に限りなく距離を詰められるほどに進化を遂げてきた。その実力は今じゃ政府の誰もが認めている。「ストレイドッグ」の身でありながら中尉の階級まで登り詰めた。故に人望も厚い。君なら、私の不在を務めてくれる。いつか入ってくる新人団員だって引っ張ってくれる。大いに信頼しているんら。」
劉狼「畏れ多いお言葉です。ですが、今の拙僧があるのは博士…貴女のお陰です。その恩に報いるためならばこの劉狼、その責務を果たしましょうぞ。(胸元に手を添え深々とお辞儀する)」
ラタリア「……私も、君も…ともに救われた身ら。互いに互いの恩を返し合う日は来る。きっと、「今」がその時なんらと思う。」
劉狼「……博士……」
ラタリア「さーって!そうと決まれば…残りの団員をどうするか~…… 博士に宛はないから、劉狼の方で目星を付けてほしいのらけろ……」
劉狼「左様ですか……(顎元に手を当て天井を仰ぎ見、どうしたものかと思考を巡らせる)………では、拙僧に提案がございますれば。士官学校の方へ、「調査兵団の入団試験制度」を導入してみるのはいかがでしょうか?」
ラタリア「入団試験……?そもそも、どうして士官学校生から…?」
劉狼「博士が先程仰っていたように、他部隊では本来所属していた既存部隊から一部抜擢された、言わば眷属同士で構成されているのが殆どであると。ならば我が部隊は、新風を吹かせる若い団員…即ち、士官学校生から招集することで、彼らの養成カリキュラムに尽力し、生徒らの新たな選択肢を見出させる良い機会になるかと思います。」
劉狼「実は先日、同じ士官学校卒業生である大門我藤(ガトウ)殿に聞くところによれば、現在在学している生徒には単身で籠城事件を解決に導いた功績を残したという、勇敢な者がいたそうで。そんな若者たちの熱い情熱を…まずは新設されたこの組織で活かされるべきだと、拙僧は考えております。」
ラタリア「…な~るほろ……?そこまで劉狼が推進するというのなら……いいね、面白そうじゃん。じゃあ、その話をティネr……総団長につけてこないとね。」
劉狼「拙僧も同行いたします。」
ティネル「―――――……レギュレイターへの入団試験制度か…… 良い提案を思いついたものだな、劉狼。その推察眼…やはり鋭いものだ。(何処か不敵な笑みを含ませながら書類に目を通していた)」
劉狼「恐縮です、総団長殿。」
ティネル「実際、上層部としても士官学校生の徴兵については年々悩まされているところでな。卒業を迎える前の体験実習制度(インターンシップ)で軍人の肌をいち早く感じられるのであれば、より期待値の高い徴兵が望める。この件は私が預かり、理事長に取り合ってくる。」
劉狼「……!感謝いたします……!」
ティネル「……かくいう私も、その昔は叩き上げでこの地まで登り詰めてきたものだ。だからこそ劉狼、お前の考えには同意できる。世界の秩序維持を目指す我が軍には立ちはだかる障壁が次から次へと湧いてくる…だからこそ、常に革新が必要なのだ。この「レギュレイター」も然り…新たな課題に、新たな対抗策を、そのための新たな人材は必要不可欠。このプランが可決されたなら…劉狼、お前を含め数名の団員たちで試験の教官を担ってもらうぞ。」
劉狼「はっ、お任せを。」
ラタリア「よかったね、劉狼♪」
ティネル「ラタリア、お前も優秀な副団長に後れを取るなよ。新人団員のガジェットの確保も検討しなければならないからな。」
ラタリア「うッ………わかったのら……」
アルタール「HeeeeeEEEEEY!!
ライオット!!ユーは聞いたか!?本部からおNEWな組織へのスカウトがミーたちに来たってよぉ~~~~~!!!」
ライオット「ああ、聴いたぜ。なんでも早速一か月後には試験があるみてえだが……二次の実技試験はともかく、一次の筆記試験は自信ねェなァァァァァ~~~~………」
アサギ「予備役将校訓練課程つっても、高校・大学の一般的な基本知識さえあれば今回はOKなんすよね?ならこの学校に入学できる時点であたしらはそんなに悩まんでも大丈夫だと思いますよ~」
ライオット「お前は優等生だからそんな気楽なことが言えんだよ!俺なんて、親父のコネで入れたようなもんだし……」
レヴィ「まーまー、アタシも割と他人事じゃないし、今から我武者羅に勉強すれば間に合うっしょ。にしても…調査兵団か……いったいどういう活動を行ってくもんなのか……」
アサギ「最近ちらっと聞く「反復現象」?って奴の調査を専ら行う部隊らしいっすけど……過激な紛争地帯に駆り出されるよりは幾分マシに思えないっすか?」
ライオット「なんにせよだッ!俺はこのチャンスを棒に振るうわけにはいかねぇ!!早く親父みてえな立派な将校になるために、俺はやるぞ!やってやるぞ!!」
ガトウ「よく言った!!!流石俺の後輩だッ!!!!」
ライオット「ンゲェ!?!?ガガガガガ、
ガトウ先輩ィ…!?な、な…びっくりしたァ……!OBの貴方がなんでこんなところにィ…!?」
ガトウ「バッキャロウ、OBだからこそここは俺の庭みたいなもんだ。それより、お前ら、レギュレイターへの入団試験を受けるみてえだな?俺はちょうどその試験教官に任命されたばかりだからよ~、もしも受けに来るんならお前たちをビシバシしごくから覚悟しときな!だが…教官は俺だけじゃねえ。俺よりも厳しい「狼」みてぇな奴もいる…精々気張って挑んでくれ!ワハハハハッ!」
ライオット「……行っちまった……そうか…ガトウ先輩も今じゃ大尉に猛昇進したんだよな…すげぇなぁ……」
アサギ「大先輩に期待されちゃった以上は背中を見せられなくなっちゃいましたねぇ?(ニタニタ)」
ライオット「バカ野郎、誰が降りるっつったんだ…!こうなりゃあ意地でも受かってもみせるさ…ッ!」
ガレア「………………フンッ………」
― ラステルム王国直下・地下鉄国中層 ―
ティネル・カルロウが振りかざす凶刃。
調査兵団の選択と累積。示した成果、齎した結果、それらを裁決する審判が開かれる。
それと同時刻―――――
ラステルム中央公園噴水直下。
地下鉄国へ続く筒状の空間。光が届かない深淵まで続く壁沿いに連なった足場が崩れ行く。
爆撃に次ぐ爆撃、一人の"女性軍人"と"人狼"が繰り出す攻撃は全て重く、
掠めただけでも軽傷では済まない威力のそれが絶えず地下空間を揺さぶっている。
この威力の攻撃が、"何度も"繰り返され既に10分は経過していた。決着は尚も着かない。
既に足場の半分がひしゃげ、へし折られているがそれらはぽっかりと大口を開ける穴に落下することなく"浮遊"し続ける。
白衣の尾を翻し、追跡する両者を嘲笑うかのように"愚者"は浮遊する足場を飛び交い続けた。
彼の状況は――――
ウィリアム「――――― おっと。(『無傷』 正確に頸動脈に狙いすました刺突を、両腕を広げおどけながら仰け反り、胸板の上を攻撃が素通りする。そのままサマーソルトで腕を蹴り上げると、バックステップを踏み浮遊しつつ間合いからふわりと離脱してゆく) 」
劉狼「―――――― む゛ ェア ッ ! ! (それはもはや刺突とも言える鋭い拳。触れれば肉体を優に抉り貫き命を屠ることも叶う苛烈な一撃。それを躱され、余波が堅牢な壁を僅かに拉げる) ぐ ッ ――――― ズザザザァー…ッ…! (反撃に繰り出された蹴り上げにうめき声を上げ、人狼は滑るように後退する) 」
ラタリア「―――――(鈍重な鈍器型のガジェットをぶかぶかの両袖で持ち上げ、後退してきた人狼と並び立つ)……ッはー……清々しいね、ほんと… どういう"若作り"をしているのかしら…(憎らしげに、浮遊する男を幼女の素顔で睨み上げる) 」
ウィリアム「化粧の出来栄えに関しては君達に到底及ばんよ。骨格まで弄るとは、酔狂極まる。実に好ましい愚直さだとも(重力を感じさせない散漫な動作で着地。背に後ろ手を組み反撃の意思などないかのように振る舞う)――――だが人にせよ犬にせよ相応の年齢には違いない、体力の全盛期は過ぎているだろう。そこに腰掛けて私の出し物を鑑賞しても構わないのだよ、誰も咎めはしない 」
劉狼「………(咥内で「ヌゥ…」と囁くような唸り声を漏らす。図星を突かれたかのように。指摘の通り、自身にとっては既に老いた身。全盛期――無我夢中に獲物畜生を喰らっていた野性としての孤狼――とはもはや違うのだから)……鑑賞をするにも趣など皆無なものに意味は無し。貴殿の鄙俗な人形劇を見るよりも、赤子の言葉遊びに付き合う方が余程有意義と言えよう。 」
ラタリア「って…そう言えば昔、子どもたちの前で「赤ずきん」の読み聞かせをしたことがあったっけ…劉狼?あの時どういう心境だったの?(こんな状況で冗談交じりに苦笑を零しながら、フリーになった右袖をプラプラさせる。その内側の「手」で、密かにサインを送りながら)……ねぇ?冗談でも女性相手に年齢を弄るのはご法度だよ。そういう君はどうなわけ? 」
ウィリアム「私か?よく誤解されるので予め断っておくが、有機生命体と無機知性体の相違に関して優劣を定める気はない。それを前提として答えるが、肉体改造をしながら"人"に固執する君達と違い、年齢という概念が存在しないのでね。(快活に、世間話をするように応じる最中、敵対する個体の一挙一動をレンズのような動作を見せる眼球が精密に追従し、目を細める) 私に前進する理由はないが、君達には後退を許さない信念があるのだろう? (顎を引き、口端を緩め余裕を持って二人の出方を伺う) 」
ラタリア「……なるほどね。聞いた、劉狼? 」
劉狼「ええ。しかと。なれば相対するあの者は人に非ず、機械生命体の一種だと判断し、躊躇なく殺められる。 お気遣い感謝します、博士。であれば少しだけ――――― 理性の抑制を緩められるッ!(ドン、と爆音を鳴らしながら全身を発射。もはや地に足もついていないような低空飛行で瞬く間にウィリアム本人へと肉薄し――)―――― ふッ / はァッ / ッンウ / ぜぇンンッ ! ! (心・技・体。挙動に使う無益なエネルギーのすべてを拳と脚のみに込めることで、敵を屠るための威力と速度に転化したような気迫で連撃を叩き込んでいく) 」
ラタリア「―――――― フ ワ ァ ッ ! (連撃の応酬を叩き込む人狼の背後から飛び出す幼女。その手にガジェットは―――――"無い") いよッ――― ほっ ―― ッ ―――――!(繰り出されるは、徒手空拳の挙動。その小柄な体で行われる意表を突く様な攻撃手段の変換。人狼ほどの破壊力は乏しく、あくまで牽制として叩き込んでいくが―――)――――― バ ッ (人狼と比較して脅威性の無い攻撃。その油断を突くかのように突き出した掌に、四次元ポケットの稲妻が迸り――――) 」
ラタリア「――――― グ ォ オ ン ッ ! ! ! (――――武装召喚。本来の鈍器、その先端を勢いよく突き出すために召喚の位置情報を見定めいていたのだ。ウィリアムの懐、至近距離を狙って。何もない空間から伸び出した刃が、急速に伸び出し襲い掛かる) 」
ウィリアム「 ヒュ ル パシッ (白衣の袖から伸縮自在のステッキを取り出し逆手持ちに。円を複数描くようにして振り回し、劉狼の打撃を"予め把握してある武の術理"に則り、肘などの関節に当て軌道を逸らす。)………(尚も骨格に響く衝撃。それに気圧され後退、無重力化した空間内で浮遊する足場の残骸を飛び交う。 追撃するラタリア、トドメに強烈な一撃を繰り出す劉狼。両者の攻撃、矛先が喉笛に食らいつこうとするが……) 」
ヒ ゚ ッ (拳/矛 は、彼の喉を穿つ直前、一寸の狂いもなく皮膚に先端が触れる位置で動作を止めた。)
ラステルム王国民/第0護衛兵「 。 。 。 (さながら地獄にて聖者に縋る亡者の群れ。身に付けたアラタに肉体の主導権を奪われた者達がラタリア、劉狼へなだれ込み、一斉に彼等を背後から羽交い締めにして行動を封じていた。"意識のみを自由"にされているのか、両目、口から液体の筋を流し、恐怖に歪み救いを求めるような眼差しをで訴えかける) 」
ウィリアム「――――――(その結果を見越していたかのように、人を操り弄ぶ"傀儡"は真っ直ぐ敵対する両者を見据える。悪意も、敵意もない、ただ笑みを浮かべ) 」
――― Vs. 【クリティアス・ヘイヴン】 第2格/転秤:ウィリアム・ディミトリアス ―――
劉狼&ラタリア『 …ッ……?! (うまく決まると思っていた連携が、届かない。その結末に驚愕する間もなく、背後から押し寄せてきた魑魅魍魎立に拘束されて身動きを封じられる。互いに身を捩じらせ拘束を振りほどこうとするが、四方化から向けられた懇願する様な眼差しに、苦悶にも眉を大きく潜めた)』
0■・カプリコーン「 ゴ ゥ ウ ン (アルベルト、傀儡の片割れが糸を手繰り操る屍の纏う装甲が、ウィリアムの頭上から飛来。彼の背後に陣取り赤の光球を複数周囲に従え) ズォ ビ ィッッ (枝分かれし拡散する光線を放つ。両者をウィリアムから引き離そうとし、その最中彼等に纏わりついていたアラタ装備者達が精肉加工する初期段階のように、大雑把に細切れにされてゆく) 」
劉狼&ラタリア『――――――― ッ゛ ! ! (複雑的な軌道を描いて迫りくる赤弾を前に死期が忍び寄る感覚に促され、全身を捩じり互いに拘束から離脱。それと同時に自身らに纏わりついていた屍共が細切れにされていく様を、横転の最中に目に捉え…心中で静かに弔うに目を伏せた)』
ウィリアム「君達程の訓練を積んだ達人を2秒でも拘束したんだ。それを可能としたアラタの負荷、既に助からない命だ。(挑発とも取れる言動。だがその目には"悪意"がない、淡々と事実を述べ、それに対する彼・彼女らの反応に純粋な疑問を投じるかのような眼差しを送る) さて、広く使おうか。(両腕を広げ、左右それぞれ時計回りと反時計回りするように振るい円を描き、両腕を交錯させる。 その動作に呼応するかのように―――――) 」
グ ゥ ゥ ン ッ (ウィリアム本人を除く景色が反転、天地が絶えずひっくり返る。地下深くまで続く筒状の空間が、宙空に放り投げられた空き缶の中であるかのように縦、左右に回転し、流動し続ける重力の奔流にウィリアム・アルベルト・カプリコーンを除く一切が振り回される)
劉狼「――――――― ! ! ? (これは……景色が…天地がひっくり返った…とでもいうのか――――!)(人間の理解を越えたものなど、人狼が理解できるはずもない。常に反転し続ける空間に投げ出された中で戦慄にも等しい驚愕が脳裏を走る)―――――博士ッ!!(しかし、そんな状況に投げ出されようと自身の立場を見失う程、理性を放棄したわけではない。小柄な少女に手を伸ばし、彼女を背に乗せて己の身を宙に泳がせる) 」
ラタリア「―――――― ! ? (時空反転…ッ!?こんな芸当まで…ッ… 人間をやめてるどうこうの話じゃないじゃない…!)―――― うんッ!(人狼より伸ばされた手をがしっと掴み、その大きな背に飛び乗った)―――――(定まることを知らない重力の中でただ不動のままに浮かぶ三点の存在を鋭く見定める)……科学でも魔法でもこんな超常現象は引き起こせない… 『
クリティアス・ヘイヴン《 貴方たち 》』は何が狙い…!?空間を文字通り回すくらい、こんな小さな世界に干渉する理由は…!(あるいは、気づいていたのかもしれない。この少女 / 女性は。相対する無機知性体が、この世の存在でないことを―――) 」
ウィリアム「鋭いな……だがその問からして"計算式を省略した回答"なのだろう?第六感……そう言い換えるのが適切か。(絶えず回転する空間を泳ぐラタリア達を眼球だけが追い不敵にえむ)その聡明な頭脳で言い当ててはどうだ。私の正体という問題はまだ所属までしか回答できていないぞ。(片手を真横へ振り抜く。彼が指定した範囲、劉狼&ラタリアを含む空間ごと"回転し続ける壁側"へ追いやり、目まぐるしく回転するそれに叩きつけようとする) 」
0■・カプリコーン「 ズ ォ ビ ィ (回転し続ける空間。その外周へ空間ごと投げ出された劉狼&ラタリアを追い打つようにして光球から光球を射出。彼等の行く先に綾取りのようにして結ばれた光線が出現、障害物として立ち塞がる) 」
ラタリア「…っ……劉狼、私が指示を出す。動いて。(ぽんぽんと彼の肩を叩いて小さく耳打ちする。激しく回転する空間の中で少しずつ外壁が、振り返れば網目状に広がる光線の障壁が前後から迫っていることを示唆する) 」
劉狼「―――御意!(――― ド ゥ ン ッ ! )(人狼は、偶然にも付近を浮遊していた瓦礫を足場に並行へと飛び出す。外壁から離れ、真っすぐに飛び出した先には網目状に広がる包囲網。このままでは誘蛾灯に誘われ焼き絶える蠅のように沈むだけだが―――) 」
ラタリア「 ガ ジ ャ ゴ ォ ン ッ ―――― ! (鈍器から盾形態に変形させたガジェットを笠に、二人を包み込む防御幕として展開する) ズ ビ ィ ン ッ ―――― (光線によって形成された障壁をも退ける鉄壁をもってそのまま正面突破に成功すると防御形態を即座に解除し―――) 」
劉狼「―――――― 破 ァ ッ ! ! ! (盾の内側で既に振りかぶられた正拳。防御形態の解除と同時に曝け出されたその構えから、山羊座の名を冠する機械生命体へと空間を捻る勢いのコークスクリューパンチを叩き込む) 」
0■・カプリコーン「 グ /ガオ /ヂ/ ン ッ (重金属音、内部で血肉が混ぜ、爆ぜる音が人狼の骨身を伝う。拳が被弾し亀裂が走った胸部、関節から黒く濁った鮮血が蒸気のようにして溢れる。だが、それだけではない) ズ ッ (クチバシ、否、頭部を貫通した槍のような鋭利な金属が突出。至近距離で拳を放った劉狼の頭部目掛けそれが飛来する) 」
ウィリアム「―――――人の道をよく学んだものだ。だが兵の道はどうかな?(カプリコーンの背後に佇む。背からドラム状の機械部品が連なり、先端に突撃槍を備えた"芋虫の尾"のようなガジェットをカプリコーンへ伸ばす。"盾と入れ替わり攻撃するよりも早い奇襲"、『盾ごと穿つ』を実行していた。) 」
劉狼「―――――― ! (野生の研ぎ澄まされた直感が、脳に危機感を伝達する。ラタリアの指示よりも早く――あるいは彼女もこの間を踏まえた上だろうが――上半身を反り、目と鼻の先の頭上に伸びた鋭利物体を目撃した) 」
ラタリア「 グ ル リ ン ッ ――――― (ウィリアムの奇襲を間一髪回避するも一瞬の隙を曝け出す劉狼と入れ替わるように、彼の首筋に腕を通してその背面から頭上へと回り込むように飛び出し、ウィリアムの斜め頭上へと踊り出た) ―――― 吹き飛べッ!! (――― ズ ガ ォ オ ア ン ッ ! ! ! )(レールガン形態――瞬時に変形し顔を出した銃口に既に収束された青白い粒子の集合体が、閃光としてカプリコーン、ひいては背後のウィリアム諸共至近距離から発射した) 」
ウィリアム「互いを補う、連携の教本にすべき立ち回りだ。私の不足は道具で補うとしよう(芋虫のようなガジェットの先端をカプリコーンから分離。新たに先端となったパーツがパラボラアンテナのように展開し……)【城塞《ルーク》】(声紋認証、言葉を識別し『レギュレーター随一の防御力を誇る城塞』へ変形。 先頭で灰燼に帰すカプリコーンを他所に、自身は"オリジナルを凌ぐ強度"のそれでラタリアのレールガンを難なく受け流す) 随分と指数が減ってしまった……この被害は想定していなかったな。 」
ラタリア「――――― ! (白衣の男が発した名称、そして今まさに目の前で見せた圧倒的な防御力に目を見張った。)………っ……!?(―――間違いない…見間違えもしない…!あれは…私が初期に開発した――――) 」
―――― おおっ!これが俺の『ガジェット』か…!俺のガッチガチな肉体によく似た頑丈な盾だな…!
恩に着るぜ、ラタリア博士!これで俺は…もっと多くのものを守れる…!
劉狼「―――――(ラタリアがそうであったように、人狼もまた既視感に目を鋭く細める)……貴殿のその武装…見覚えがある。「それ」は『ガトウ』団長のものだ…ッ…!何故(なにゆえ)、貴殿が――――!? 」
ウィリアム「何を驚くことがある。特に博士、君が発言しただろう。私は"上層部"を経由しレギュレーターへ配属されたと。加えて言えばメカニック、第0における技術顧問だ。 不測の事態に陥った際に新設される本部直下部隊、故にこそ"君達を監督する"立場にあり、必然的に所有武装の一切を把握する事になる。 どうした?これでも不服か? 上層部、いや世界政府は『ゼレオロスと競合する五大国を排除する方針を固めた』と言ったほうが飲み込みやすいか?(淡々と、流暢な発音の読み上げソフトのように言葉を発し、自身の片割れ"アルベルト"を手繰り寄せその首を掴み上げる) 」
ウィリアム「 『キメラ・フォートレス』 (声紋認証。彼の宣言する"ガジェット"の名に応じ、"アルベルト"の胴体が真っ二つに裂け、鉄製の肋をむき出しにし……)『爆破《 スターマイン 》』 『漆黒《シュバルツ》』 『弓剣《シメオン・ボウ》』(骨盤が砲塔に、背骨が突撃やりに、肋骨を結ぶ糸が弓における弦に。 複数のガジェットから必要な要素を抽出し、新たに形をなした『主砲』を成し……) ┣" ギュ オ (槍の先端に収縮した熱エネルギーを、砲塔によって固定し、弦によって弾き出す。これにより巨大な矢印型のエネルギー弾が射出される) 」
ラタリア「―――――― ッ゛ ! ! (少し考えれば解ることである。それでも吞み切れない事実に少女は強く歯を食いしばる。今、目の前に悠然と佇むこの男を嚙み千切ってやりたいと思うほどに。命の冒涜に加え、自身がこれまで開発してきた数々の武装。それを、子どもが粘土を捏ねる感覚で模倣され、本来の用途にはない使われ方に激昂にも等しい激情を震わせるが)――――――― ! ? (以下に身を任せたことで生まれた隙に付け込まれ、主砲より放たれた膨大なエネルギーを前に硬直してしまう) 」
劉狼「―――――― 博 士 ェ゛ ッ゛ ! ! ! (我が身を呈して少女に手を伸ばすが――――) 」
ラタリア「――――― ゲ シ ィ ッ (人狼がこちらへ手を伸ばすよりも先に、少女の右足が彼の胸部を蹴り飛ばした。振り返ることなく、今まさに降り注ぐ高エネルギーの塊を眼前にし――――) 」
―――――――― チ ュ ド ガ ア ァ ァ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ア ン ッ ! ! ! (―――爆ぜる、少女だけを巻き込んで)
劉狼「……博士……ッ……―――――― 博 士 ェ ェ ェ エ エ エ エ ッ ! ! ! (蹴り飛ばされた先に浮かんでいた瓦礫の上で蹲り、頭上の黒煙に向けて遠吠えのように悲痛に張り叫ぶ) 」
ハラ……パラ……ッ……――――――(黒煙から滴り落ちる炭、小さな残骸、焼け焦げた白い衣服の切れ端。しかし、肝心の遺体が落ちる様子はない。生きている。あの一撃を受けていながら、立ち込める煙の中で。徐々に晴れていく煙の中から少女の頬が、右腕が、左脚が少しずつ曝け出されていく。黒煙の中に浮かぶ人影は何一つ欠損することなく五体満足であることが伺える。否、その表現は語弊があるといえる。何故ならば―――――)
ラタリア「――――― ……ハァ……ハァ……ッ………! ( 彼女の体は最初から五体満足ではない。『あの事件』以来、「ラタリア・トゥーユ」は一度死んだのだ――――― "全身のすべてを義体として生まれ変わるまで" ) ギ……ガチ、ギ……ッ……(損傷によって剥がれ落ちた皮膚。だがそれは人間の皮膚に擬態した外殻パーツ。その内側に手曝け出された漆黒色が義体が、先程の一撃によって全身の至る部位で顔を覗かせていた。だぼだぼなほどに長く伸びていた右袖の布はう焼け落ち、真っ黒な義手が、攻撃を受け止めたであろう挙動のまま痙攣していた) 」
ウィリアム「―――――ほう。驚いたな…………(自身を模した義体<ガジェト>を片手に、背後に無数のデータを蓄積した芋虫型のガジェットを従え、残る片手で顎をさすり目を丸くする)『ご友人』と言うべきか? そうまで弄っていながらその人間性を維持しているとは……。その体に共感も、その魂に感動も、何も感じない私自身に何より驚いているよ。(身を犠牲に部下を守護する、そうしてさらけ出した義体。既知の情報を上回る行動と、既知でなかった情報に何かしら動きを止めるはず、少なくとも善悪関係なく、人であれば) 」
ウィリアム「 飼い主に恵まれたな、ストレイドッグ。私も犬を飼うことがあれば貴女を参考にするとしよう、博士。最も、飼うのはモルモット《ロジェスティラ達》で手一杯だがね。(残るガジェット、キメラフォートレスの先端を"変形"させ、既に次段を装填していた。光の刃、そこに蓄積されるエネルギー。光量を除いて既視感のあるその有り様からして、閃光《グリント》に、遠距離ガジェットを複数融合したものであることが容易に推測できた) 」
ウィリアム「 5秒後に射出だ、その有り様では二人共対処できまいよ。よく奮闘したと誰もが評価するだろう、特に私がそうだ。だがもういい で は 死 ね 。 」
ラタリア「ハァ…はぁ……ッ……――――― ! (「モルモット」―――その言葉に敏感に反応する。曝け出された我が身の本性や、請け負った傷などどうでもいいと吐き捨てる程に。それ以上に触れてはならない逆鱗に、彼女の中で感情が強く煮え滾ったのだ。第3調査兵団の全員で共有し合った『ロジェスティラの手紙』が、脳裏を過ったから―――) 」
ラタリア「……ウィリアム……お前は……お前だけは……ッ…!!私の…私の『 子どもたち 』に近づけさせない…ッ!!『 あの子 』の「命」を軽んじたお前だけは――――ッ!!(前のめりに食らいつくような姿勢で訴えかけ、歪な金属音を掻き鳴らす義体を無理矢理起動させながら、破滅の閃光を眼前にしても殴りかかろうとする―――) 」
劉狼「―――――― 『 ラタリア 』 ッ゛ ! ! (それは厳格たる父の如き気迫をもって。命の恩人の名を呼び捨て叫ぶ。亡き父君に代わるように、理性を見失いかける彼女の冷静さを呼び覚ます為に) 」
ラタリア「―――――― ! ! (自らのを呼ぶ父の声――――にも似た、人狼の叫びにようやく振り返る。血走りそうな眼に戻る微かなハイライトが、亡き父に重なる人狼を見据えた) 」
劉狼「 憤りを鎮めよ。そして心臓に抑えよ。貴殿の「 命 」は、我らの「 子 」は、今も「そこ」にあるだろう…ッ!! 」
ラタリア「……劉…狼……っ…… 」
劉狼「拙僧は"押し殺す"!貴殿が与えてくれたこの『 字 』(あざな)のままに!!故に…ッ!!もしものことがあれば…"押し殺せなかった"時には…その時は……"頼んだぞ"?(――― ガ シ ャ ア ァ ン ッ ! )(獣が人の表情を模倣し、人間味を帯びた笑みを浮かべる。それは彼女への絶対的な信頼。そして忠義。小さく、しかして強かな唸り声と共に四股を踏み、残骸足場が拉げる) 」
劉狼「――――― ド シ ュ ウ ン ッ ! ! (地盤を真っ二つに砕き割る勢いで力強く飛び出し、ラタリアをも飛び越えてウィリアム本人へと真っすぐに突き抜ける)――――――― ゥ ゥ ゥ ゥ ォ ォ ォ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ ッ ! ! ! (対峙する生命をも畏怖させる強大な覇気を纏う拳を振りかぶったまま、立ち込めていく光の粒子の眩しさも動じずカッと開眼する) 」
劉狼「――――― " 狼 子 野 心 " ッ ! ! ! ( ド ゥ゛ ゴォ゛ ア゛ ッ゛ ! ! ! )(――――そして牙の如き鋭い狼拳が、深く叩き込まれる)」
ウィリアム「 ! 動けるのか。そうか、それがストレイ・ドッグの真価……軍が価値を見出した由縁(咄嗟に芋虫型ガジェットにトグロを巻かせ防御行動へ移行。エネルギーを装填しきれなかった先端はその拳を前に紙切れ当然に貫かれ、溜め込んでいた爆炎が白衣を焼く。同じく球体関節などの義体めいた体を晒しつつ後退。損傷は軽視できるものでないのか、ここで不快感を顕にする。) 洗練された武だ。"彼女" であればさぞ気に入るだろう。やれやれ、残念だ。よりにもよって…… 」
ウィリアム「 ――――― それが犬に宿るとは。 (低重力空間を彷徨う肉片。カプリコーンによって両断したそれをノールックでおもむろに手繰り寄せ) そら、餌だ。味わえよ ケダモノめ (赤の泡を舞わせるそれを、放り投げる) 」
劉狼「 ! ! (後退するウィリアムが次に繰り出すであろう反撃、その挙動のひとつひとつを見逃すことなく屈強にも姿勢を崩さず身構えていた――――が ) ス ン ッ (投げ放たれたのは攻撃ではなく、赤い水泡。それは、自身が生まれた時から何度も目にし、そして嗅いできた「赤」である。持ち前の敏感な嗅覚がそれを「血」と瞬時に認識したことで、脳の奥底に深く眠った野生の本能が…呼び覚まされる―――――) 」
―――― ブ シ ャ ア ア ァ … ッ … … ! ! ! (人間として過ごした日の記憶が、真っ赤な絵の具に塗りたくられる)
劉狼 → 狼「――――――― グ ル゛ ル゛ ル゛ オ゛ ォ゛ オ゛ 才゛ ン゛ ッ゛ ! ! ! (灰一色の空間を瞬く間に鮮血に染め上げるような、猛々しい哮けりが激しく残響する。人間のものではない、まさに獣そのものの雄叫びが地下世界から地上へ、その空に輝く満月に向けて伸びていくように) 」
狼「 グ ル リ ッ (ニチャリと生々しい水音が、開きだす咥内より零れる。糸引く唾液が歯間から爛れ、白い吐息が蒸気のように噴き出す。血肉に飢えた獣が、飢餓の限界を迎える。獲物を探さなくては。それはどこにある?探り当てるように振り返った先にいた「少女」に、牙が剝きだされる) 」
ラタリア「……!? 劉狼 ッ゛ ! ! ! (しまった…ッ…「本能」が向きだして……!それも、今まで以上に症状が…っ…!)(このような経験は何も初めてではない。既に見知った事実であると判断した彼女はすぐに懐から注射器――鎮静剤――を取り出すが…) 」
狼「 ガ ア ッ ――――― ド シ ャ ア ア ァ ァ ア ッ ! ! (少女が手を打つよりも疾く、紫狼は彼女へと食らいつく。浮遊する足場へ強引に押し倒すように、勢いよく―――) 」
狼「ハァ…ッ……!ハァ゛……ッ゛…!!グルル゛…ッ、グォア…ッ゛!!ハァ゛…ッ゛ッ゛ ! ! (理性も理解も失った人狼は、ただ生まれた時のままの獣として、獲物を貪ろうと襲う。それが獣の性(さが)である。宿命である。そこに善悪も異常もない、ただ普遍的なままの自然の摂理―――――) 」
ラタリア「 き ゃ ん ッ ―――――― ? ! (押し倒された衝撃で後頭部が足場に強打し、その衝撃で鎮静剤が奈落の底へと儚く落下しゆく。運悪く唯一のストックだったのか、必死に片手で自身の懐をまさぐるがそれらしい感触が定まらない) やめッ…て…ッ……! 劉狼…っ…!落ち着いて…ッ…!私……私だよ…劉狼ッ…!!(もう片方の左手で狼の顔面を押さえつけようと必死に抵抗するが、いくら抗おうと野生の力は科学のそれを予想外にも上回り、獣から爛れた唾液が自身の顔面に滴り落ちていく) 」
狼「 ガ ル゛ ル゛ ゥ゛ … ッ゛ ―――――――――――― グ バ ァ゛ ッ゛ ! ! ! (抵抗する少女に容赦なく襲い掛かる獣だったが、ついに少女の腕を鼻先で弾く。無防備に曝け出されたその幼い顔面へと、獰猛な牙を突き立てて喰らいつく―――――――――) 」
ラタリア「―――――………本能への帰依…?(コンピュータデスクを前に回転椅子を翻し、背後に佇む者へ訝しむような眼差しを向ける) 」
劉狼「はい… 時折、自我の喪失を感じ入るのです。人間(ひと)としての感性が朧気に消えていくような感覚… 衝動的に血肉を求める我欲が、我が理性を蝕むのです。忍耐の修練を徹底している所存ですが、それでも生まれながらの本能に抗うことに困難を極めているのが今の痛烈な悩みでございますれば…… 」
ラタリア「…………――――――― 」
サナトリー「―――― ラタリア博士、少しよろしいですか? 」
ラタリア「……? 」
サナトリー「 件の「ストレイドッグ」…今は『劉狼』氏と名乗られているそうですが、ひとつご忠告を申し出たく。 」
ティネル「 ラタリア、お前は「ストレイドッグ計画」について聞いたことはあるか?恐らく初耳だろう。世界政府本部が秘密裏に推進しているあるプロジェクトのことだ。動物を人獣化し、人間に近しい知性を得ながらも、人間には決して持ちえない類まれな五感能力を有する優秀な兵士を確保するために上層部によって提案されたものだ。これまで多くの…とりわけイヌ科の実験体を対象に人獣化を行ってきたが、既に二匹は完成したと聞く。 」
サナトリー「だけど当然、そこに至るまで数えきれない失敗も重ねてきました。その多くが、生前の野生の本能を抑制できず暴走し、結果的に人間への襲撃衝動を促すことになる…というものです。 」
ティネル「……私からすれば人間の業が招いた然るべき結果だろう。しかし、「完成体」の証言によれば人間の興味や好意、忠誠心から、ストレイドッグになることを望んでいたという。……お前を助けたあの狼も、恐らくは同じ気持ちだったのだろう。だが、人間が想像する以上に、野生動物の本能というものは理解には程遠いものだ。人間が人間を完全に理解できないように、当然の帰結だ。 」
サナトリー「そのため、何らかの原因によりストレイドッグが暴走する危険性というものは必ず発生します。動物の肉体や血液のように、生前の個体が好んで食するもの。或いはアルコールなど従来人間以外に与えてはならない物質など。個体によって様々ですが、理性喪失のトリガーとなるものはいつどこで発生するものかはわかり得ません。そこで、「これ」を…―――― 」
ラタリア「……これは…「鎮静剤」……? 」
サナトリー「ストレイドッグ用に医学会で開発したものです。定期的に、或いは症状の悪化が見られる際に即時に投与してください。でなければ、最悪の結果を招きかねません。鎮静剤の複製は既に完成しています。これから月に30本以上のストックを提供いたします。ラタリア博士と、本人にお渡しください。 」
ラタリア「……わかったのら…… 」
ラタリア「……………… 」
だけど私は、この鎮静剤を「彼」に渡すことはしなかった。
彼のことを…"信用していない"ことになるから。
だからこれは私だけが持つことにした。万が一の時には、私の手で自ら打つ。
命の恩人を…彼を支えると決めたのは、私だから―――――
ラタリア「―――――……劉狼は何も心配することはないんらよ。全部、博士に任せておくといいのら。 」
劉狼「しかし…っ…… 拙僧は…拙僧は……恐れているのであります… 貴殿を…忠誠を誓った貴女様に、いつか牙を剥いてしまうやもしれないことが…っ…… 」
ラタリア「生意気なこと言ってんじゃねーのら!上司に歯向かうと痛い目見せてやるらよ!?(ぷんぷんっ) 」
劉狼「……肝に銘じているつもりです…っ…… 」
ラタリア「…………劉狼、君は何か勘違いしているつもりかもしれないけろさ… その『名前』をつけた理由は、何も「自分自身を押し殺せ」って、その言葉の意味通りじゃないんらよ…? 」
劉狼「……どういう・ことですか……? 」
ラタリア「らってさ、無理なんらよ。人間だって、動物だって…自分の欲望を、衝動的な心を抑えることなんて。それができたらどんなことだって苦労はしない。いや…違うね。できたら、ダメなんら。衝動的な我欲を抑えて、抑えて、抑え続けていたら…それは自分自身を否定することになるから。自分という存在を、生まれもった意味を忘れてしまったら、それは死んでいることと同義なんら。 」
ラタリア「……お父さんから聞いたんれしょ?私が、君にその名を付けた意味を。 」
―――― 劉狼、君は…「自分自身を押し殺した」ことはあるかい?君の「名前」の由来だよ。
―――― 『劉』(リュウ)とは、古い言葉で「ころす、かつ、うちかつ」という意味がある。
『狼』(ラン)はその名の通り「オオカミ」の意だ。この名を付けたのは私ではなく、「娘」だ。
獣は、本能に赴くままに理性を捨て、ただ血肉を貪る腐乱となりえる。
―――― そんな獣を「狼」(ラン)とし、人間(ひと)の路に進もうとした君にそうあってほしくないと願い、
我欲を"おしころす"「劉」(リュウ)の心を持てと…そう願って、名を与えたそうだ。
ラタリア「―――― 「自分を押し殺す」ということは、その心や本能を閉ざすことじゃない。どんな難題に苛まれようとも「 自分自身に打ち勝つ 」ってことなんらよ。人間が生涯を全うするまでの長い年月の間に抱える最大の課題。それが、君が選んだ道なんらから。」
劉狼「――――――― ! 」
劉狼「………そうだったのですね…… 故に貴女は…拙僧にこの『名』を授けてくださった……… 」
ラタリア「誰しも心の中に「もう一人の自分」がいて、いつだってどんな時だって、向かい合って戦い続けている。それが「葛藤」ってやつら。そこには正義も悪もない。らけろ、「必ず乗り越えなければならない壁」であることに違いはない。君は今、「人間として生きていくことを誓った君」と、「それでも獣として生き延びようとする君」がいる。どっちも正しいことらよ。何故なら君は私とは違う。生まれた場所も、種も、意味も、運命も――― 」
ラタリア「……選ぶのは君自身ら。葛藤の末にもう一人の自分と何度もぶつかっていけばいい。答えはいつか必ず見つかる。らから……らからね…?それまれの間…私が君の支えになる。いつか、君が『 劉狼 』として生きていくことを決意するまで。らって、私たちは…――――― 」
ラタリア「――――――― 「 命 」を分かち合った『 家族 』なんらから 」
劉狼「 ! ! ! 」
劉狼「…………………精進します…っ……!そしていつか、必ずこのご恩に報いてみせます。拙僧に『 命 』とはなんたるかを教えてくださった、貴女に―――――――― 」
劉狼「――――――――――――(そして人狼は修練に励む。陽が昇っては沈む時も。雨風が強く降りしきる時も。来る日も来る日も――――) 」
獣ノ臓「ソレデモ オ前 ハ 逃レラレナイノダ 獣トシテ 生マレタ運命(サダメ) ニ 否ヲ唱エルナド 愚ノ極ミ 」
人ノ心「確かにその通りだ。だが、『あの人』はそんな私を否定しなかった!獣であろうと、人であろうと…私は「私」だと言ってくれた! 」
獣ノ臓「身勝手ナ妄想ダ。人間如キガ 獣ノ意思 ヲ 理解スルナド、解ッタ気ニナッテイルナド、烏滸ガマシイ。臓(ハラワタ) ヲ 見セ合ッタトコロデ、ソノ形 モ 異ナルノニ 何故同ジダト言イ張レル? 」
人ノ心「 「命」の形に違いはある。されどその重みは等しいものであるはずだ…あるべきだ!弱者を喰らうことも、群れる弱者で強者を喰らうことも、そこに生き延びようとする「命」があってのことだ! 」
獣ノ臓「ナラバオ前ハ 人間ニナッテモ同ジコトガ言エルノカ?己ガ生キ延ビル為 ニ 他ノ命 ヲ 喰ラエルカ?獣ノ掟 ガ 人間 ノ世界 デ 通用スルトデモ?人ハ 人ヲ 殺メルコトヲ 罪トスル生キ物。我々獣トハ、違ウ。ソレナノニ 他ノ種 ヲ 喰ウラコトヲ正当化シ、畜生トシテ貪ル。余リニモ身勝手デ業深イ。アレハ駄目ダ、コレハ良イト「命」 ノ 境界性モ曖昧。ソコニ「命」 ノ 平等サガアルトデモ…?煩ワシイコトコノ上ナシ。 」
獣ノ臓「シカシ 獣ハ何者ヲ喰ラオウトモ ソノ罪 ニ 苛マレルコトハナイ。何故ナラバ ソコニ感情モ理性モナイカラダ。「命」 ノ 重ミニ囚ワレルコトナドナイ。ソレナノニ 何故 オ前ハ「人間」ニ ナルコトヲ選ブ?コレホド不合理デ不条理ナ生キ物ハ世界中ノ何処ニモナイトイウノニ。ソレデモ矛盾ダラケノ道ヲ選ブ? 」
人ノ心「そうだ…人間はいつだって、己の良心の呵責に爪立てられる。すべての物事において正と悪を断定し続けなければならないほどに生きていけぬ脆弱な生き物だ… しかし、だからこそ…!己が誰よりも弱いと分かっているからこそ、自分の「命」を愛おしく感じ、また同じように他人の「命」に寄り添う心を持つ…! 」
人ノ心「私はこの目で視てきたのだ…我らの世界と、人間の世界の双方を…!産まれ、血肉を喰らい、新しい命を芽吹かせ、その意志を受け継がせ…そうして何度も「命」は廻っていた…!繰り返されてきた命運に、人も獣も委ねられている!私は、知りたいのだ!何故「命」が生まれ出ずることが繰り返されていくのか!何のために生き延びようとするのか!人も獣も理解できなかった答えがその先にあるはずなのだ!! 」
獣ノ臓「下ラナイ。生キルタメニ、生キル。ソレガ自然ノ摂理―――――――― 」
人ノ心「――――― 違うッ!!だから誰もこの葛藤し続けるだけの輪廻から逃れられなかったのだッ!! "乗り越えるために、生きる" のだろう!?人が、獣が!我等の祖が過酷な環境を乗り越えてきたからこそ、今の我等が"ここ"にいるのではないのか!?だから我等は「命」を育もうとする意思が絶えず根付いてきたのではないのか!? 」
人ノ心「生まれてからというもの…私は自分とは何なのか、何のために生まれたのか…その疑問に振り回されながら意味もなく生き続けてきた… だが、下界にいる人間たちの営みに、獣である私との相違を比べてずっと考えてきた。 決して理解し得ないこともあった…だが「あの時」、私はようやく一つの答えに気づかされた―――――― 」
―――― ぁ゛……ぁぁ……おね、がい……うごいて………から、だ……わた、しの……あかちゃん、が……
人ノ心「―――― 死してなお生に縋りつこうとする『あのお方』のように、私も乗り越えなくてはならないッ!!それが繰り返されるすべての「命」に与えられた…ただ一つの宿命なのだッ!! 」
獣ノ臓「……故ニオ前ハ、獣デアルコトヲ捨テタノカ? 」
人ノ心「捨てたのではない。これが「乗り越える」ということだ。人の心も、獣の臓も…異なりながらも等しき尊さのあるすべての「命」の重みが、我が胸の中にある……これが、私が至った『 人獣の心臓 』だッ!! 」
獣ノ臓「ソレデモオ前 ハ 獣デアルコト ニ 変ワリハナイ。牙ト爪ヲ捥イデモ生エ変ワルヨウニ、ソノ『命』ヲ血デ染メルコトニナルダロウ。 」
人ノ心「……孤独であったならばな。しかし、私はもう群れから逸れた孤狼ではない。『命』を育み合う者たちができたからだ。人間はそれを―――――――――――― 」
――――― 師匠! / し~しょ~♪ / 劉狼 ♪
―――――――――――――――― 『 家族 』 と呼ぶらしいな
血と肉に飢えた獣は眼下に広がる人型の獲物を喰ら―――――――わなかった
歯間から滴り落ちる涎…に交じるように、
理性を失ったはずの瞳から滴り落ちる「涙」が、鳥さえていた少女の頬に伝わっていく
狼「―――――――…………(紫狼は屈強な筋肉を持つ前足で取り押さえていた彼女の体から静かに離れ、剥きだして牙を口内に閉じ込めて座り込む。それは主の帰りを待つ忠犬のような佇まい。獲物を狩るだけだった獣が、「命」の恩人に忠義を尽くすことを覚えた瞬間であるかのように――――) 」
ラタリア「…………「劉狼」………?(目の色が変わった狼の様子を静かに伺いながら、少女はその上半身をゆっくりと起こす) 」
狼 → 劉狼「…………永き間…夢想に耽っておりました。何度も、何度も、巡りに巡って…やっと……この「頂」に辿り着きました。 長くかかってしまいましたことを、お許しください――――― 「博士」 (そして獣は人の姿形を経て深く頭を垂れながら跪く) 」
ラタリア「………―――――――― やっと、乗り越えたみたいだね。おかえり、「劉狼」 (それは再会を喜ぶ幼子のように。或いは、我が子の帰りを迎える母のように。あたたかな眼差しを、目の前にいるただ一人の人狼に向けられた) 」
ラタリア「―――――――――― ス ッ (そして彼女は跪く人狼に手を差し伸べる。ずっと長い袖に隠していた小さな素手を――)―――― 今ここで改めて誓いなさい。君は、私たち『 第3調査兵団 』の"副団長" 『 劉狼 』としてその使命を全うしなさい。団長『 ラタリア・リル・トゥーユ 』の名のもとに! 」
劉狼「――――――― ス ッ (差し出されたその小さな手に、人狼は躊躇うことなく手を添えた)………この身心に誓おう。拙僧は…『 劉狼 』は、『 ラタリア・リル・トゥーユ 』団長の右腕として!我ら『 第3調査兵団 』の栄えある活躍の為に、この命を捧げよう!貴女様にこの御恩を報いるため…拙僧が拙僧として生き続けるため、そして…!これからの未来を紡ぐ若者たちを導くために!! 」
ラタリア&劉狼『―――――――――――(そして、二人は立ち上がる。一度失った「命」を吹き返し、新たな「命」として生まれ変わり、乗り越えることを互いに誓った二人が)』
ラタリア「 ウィリアム。君がどれだけ「命」を模倣し、愚弄しても…そこに宿る「生きようとする意思の行く先」を解明することは決してできない。 」
劉狼「何故ならばそれは生きとし生けるすべての生命が持ち得ながらも、進むべき路はみな違うものであるからだ。 」
ラタリア「私が開発したガジェットには、幾多の形態に可変できるギミックが代名詞となっている。それは…未来に向かって進む者たちの、無限の可能性を表しているからだ! 」
劉狼「人は様々な葛藤に悶えながら戦いにその身を投じる。その中で小さくも大きく進化を遂げ、成長する。 無益な争いを繰り返すだけのこの殺伐とした世の中にも、確かな希望が根付いておるのだ。 誰もが「命」は尊いと説き、そのための平和を望むように…こんな世にもまだ希望を忘れずにいる者たちがいる…! 」
ラタリア「だから私たちは、そんな小さな「命」が失われることのない未来を目指す。繰り返される時間が彼らのその行く先を妨害するのなら、可能性を否定するのなら…それを打ち砕くのが先駆者である私たちの務めだ…ッ! 」
劉狼「故に…我等はここで立ち止まるわけにはいかぬ。先に旅立った者たちの報いに応えるためにも…これから先の未来へ旅立つ者たちの行く先を見届けるためにも…ッ!! 」
ラタリア&劉狼『 お前をここで ――――――― / ――――――― 穿つ ッ ! ! 』
ウィリアム「―――――。―――――――― 」
喝采。たった一体の傀儡が掌を弾ませ送る賛辞、形式的な称賛。
精一杯の、人間性の模倣。
ウィリアム「(乾いた賛辞の音を空洞に響かせ、新生を見届けたばかりの敵を見下ろす。どうあれ、生まれ直すというある種の克服、進化を立場を抜きに俯瞰すれば称賛せずにはいられない。声に出さずとも、何かしらの感情の動きはあるはずだ)――――驚いた、ああ、全く驚嘆させられる。 」
ウィリアム「思うに、人生とは砂時計に例えることが出来る。一つの器に不可逆的時間と経験の蓄積、砂が積もるようにして徳も罪も等しく積み上げられる。蓄積に対し可能な処理は忘却か、過去の記録に基づく反省、教訓とする程度だ。 」
ウィリアム「君達は違う、器をひっくり返し片や失われた幼子の生、その続きを継承し新生を果たした。 片や種の垣根を超え、人性と獣性に折り合いをつけ、この世に唯一無二の存在意義を見出した。大凡の凡人には不可能な奇跡と言えよう、少なくとも俗世の、世間一般の、多くの人々はそうあると統計が証明している。 その上で、私という個体の抱いた所感を伝えよう。 」
ウィリアム「―――――――「だからどうした?」 その意義 その有意性 その特異性 その可能性 全てに意味を見出だせずにいる。 驚嘆したとも、何も感じないという事実に。 」
ウィリアム「それ以上の成果を齎せ無いというならば、茶番は終わりだ。君達ならばこのやり取りが"何度目なのか"という答えにたどり着くかとさえ考えたが…… いやなに、私のミスだ。 この廃棄処分が何度目なのか、何体目のスクラップが積み上がったのかさえ不確かだが、仕事だからな、請け負おう。 」
―――――傀儡の広げた両腕が、白衣を引き裂いて枝分かれする。
肩から伸びていた腕は合計六本へ。関節という関節が分解、蛇腹剣のような骨組みを伸ばし、悪魔の両翼のようにして広がってゆく。
背にしていたガジェット、キメラ・フォートレスもまた、パーツが細かく分解され無数の"金の鍵盤"がヘイローを描くようにしてウィリアムを囲った。
♪ ゴ ♬ ウ ♪ ゥ ♫ ン ♪(六本の腕、三十本の指。それらが自身を中心に円陣を組む鍵盤をなぞり、パイプオルガンの音を奏でる。筒状の巨大空洞が音に合わせ、軋み、何層にも重なった輪であったかのように回転し初めた。 壁を這うようにして移動するナノマシンが一斉に発光、光線で網と弾幕を紡ぎ、この空間一帯が何層にも重なったミキサーのようにしてラタリア達を待ち構える)
ウィリアム「我々の目的を問うたな、ラタリア博士。答え合わせをしてやろう。 "我々"には何も無い、この世界の辿る顛末など些末な問題だ。 だが私個人には、"在る"。私という凡人から生まれた傀儡もまた、憧れたのだから。 」
ウィリアム「 だから私諸共地に朽ちて見届けろ。 我々は総じて、白鳥を見送る凡夫。 旅人の成り損ないに過ぎぬのだ。 」
ガ コ ン ("空間組み換え"。物理的干渉を伴わない、空間単位での位置の移動。これにより筒状の壁が位置を変えながら絶えず回転することで、触れるもの両断する光線の網も絶えず移動し、結び直され、ラタリア達を細かく挽き肉にしようとしてくる)
ラタリア「……同調はする。だけど一緒にはしないでほしい。私たちは、檻(ケージ)の中で意味もなく回し車に囚われるモルモットじゃない。(――― ガ ジ ャ ゴ ォ ン ッ !)(新たに追加した移動形態として変形したガジェットに飛び乗ると共に、傀儡としての本性を露わにしたウィリアムへと推進していく) 」
劉狼「左様。現状に悲観して来世を見届けるのではなく、自らこの地を旅立つのだ!(周囲に蔓延る光線の領域を直視せず、並外れた聴覚のみでその接近を感知するように耳がぴくりと反応。寸での所で足場が切り刻まれる直前、地盤を踏み込んでラタリアの飛行と並走しウィリアムへと獣拳を流す) 」
ウィリアム「(新武装、高機動、精密性向上、最高速度向上。スペック向上…… 規格変更、では、ない。 潜在能力の制限解除、評価段階上方修正、評価規格"枠内"維持) ガ ン ッ (両腕を交差させ掌底で双方の攻撃を受け止める。分解されより細くなった腕のそれとは思えない腕力で押さえつけ、副腕が鍵盤を叩き) ガ コ ォ オ ン ・・・ !!(空間ごとブロック状に切り抜かれた壁が二つ、巨大質量にも関わらず高速で飛来。ウィリアムを肩透かしに紙一重で避けつつも、挟み撃ちをしかけていたラタリア・劉狼をかっ飛ばしにかかる) 」
劉狼「(受け流された衝動に、自身と少女に迫る巨大な飛来物を即座に捉えるとウィリアムの複数腕の一本手に手を伸ばし、それを利用した躍動で一気にラタリアの盾となるように移動すると―――)――――"狼溺難如" ッ ! (――― ズ ガ ァ ァ ア ア ン ッ ! ! ! )(回れた"アンビション"により黒く硬質化した両腕を広げ、挟み討つ四角形を素手で受け止める。めり込んだ掌底を起点に亀裂が迸る) 」
ラタリア「ギャルルルンッ―――― ガ ジ ャ ゴ ォ ン ッ (飛行ボードとして足元に浮かぶガジェットを両足で巧みに踏み込み上げると同時に宙空にて逆立ちの態勢へ) ッ゛!( ガァイィンッ―――― ボ ッ グ ゥ ォ オ オ オ オ オ ン ッ ! ! )(急変形を遂げた戦斧型に変形させて回転するように横薙ぎ、四角形を長方形に…否、人狼が齎した亀裂を利用してもはや原形を留めぬほどに粉砕してみせる) 」
ウィリアム「(粉砕されたブロックの破片が頬を掠める。微動だにせず副腕は絶えず鍵盤を叩き、空間を回し、思考も回転を続けていた)―――――(――――何が足りない?) 機動力・推進力・運動エネルギー。回避行動と迎撃行動が両立するにはこれらの要素が必要だ。 ならば…… こうか(主腕を前方に翳し――――) グ ニ ィ (シャッターを絞るかのようにして前方の空間が捻れ、"狭くなる"。これによりウィリアムへ接近する道筋は一本道に等しくなり……) 」
ウィリアム「そして、こうだ。(――――拳を握る。) ゴ ン ッ (その一本道上に追いやられたラタリア・劉狼の両者を分厚い板以上に切り抜いた壁で"挟み"巨大ブロックを完成させ……)クン ク ン (人差し指を十字に切る。その動作に呼応し、両者を挟んだブロックはルービックキューブのように細分化され、それぞれが回転し、"中身"を空間ごと何度も切断する。 ) 」
最初の挟み込みで圧砕、執拗な空間断裂によって分解。 即死に死体蹴り……
当然のように勝利する。 そのはずだ。
パ ラ パ ラ … ッ … ――――――― (しかし、そこに遺体はない。あるのは焼き菓子のように零れ落ちる無機質な残骸のみである。ならば、彼らは何処へ消えたのか―――――)
劉狼「――――――――――― 遅 い ッ ! (傀儡の背後に旋回する紫狼。人間が理解するよりも疾い野生の底力による走力が、彼の計算を一時的に上回ったのだろう。少女をその背に乗せて、フリーであるもう片方の腕を振りかぶると――)――――― セ イ ッ ! ! ( ド ド ド ド ド オ ォ ッ ! ! )(片腕のみによる連続突き。それはひとつひとつが槍のように鋭く、しかして砲弾の発射速度にも勝る勢いで繰り出された) 」
ガ ガ ガ ガッッッ (どの部位に被弾しようとも余波で身体の半分が欠損するであろう刺突、その嵐。通常であれば詰みの状況だが、舞うのは血飛沫ではなくガラス片のような"砕けた空間"。 彼の背後、その手前にはヘキサゴンを凝集したかのような空間圧縮壁が複数層配置されていた。)
ウィリアム「( 死角を保護することは必然、他の誰もがそれを行わないことが不思議なほどだと自負している。故に敗北の可能性は度外視していたが……) ビスッッッ (糸のように細い"余波"が肩を掠め、副腕を一本弾き飛ばした。空間圧縮壁を、僅かに貫通されていたのだ。)―――――チッ(「何が足りない?」 踵を返し主腕を斜めに振り払う。帯状に圧縮し、捻れた空間の"槍"を、ラタリア・劉狼を囲い展開。オールレンジ攻撃で串刺しにしようとする) 」
ラタリア「 チ ィ ッ ―――――――― ! (劉狼の潜在能力は誰よりも理解していた。故に、つい数秒前のの窮地を逃れることができたのだから。しかし、獣が人間の理解の範疇を一時的に超えるというという事実を知られた以上、もはや劉狼ですら次の攻撃への対処は困難を極める。いつまでもおんぶにだっこしてもらっているわけにはいかない。『手札』を切るべきか―――そう思った次の瞬間、人狼のある行動に動きを止めた) 」
劉狼「 グ ッ ――――― (そう…人狼はこのような状況で、足場にしていた残骸の上で腰を低くし、クラウチングスタートのような態勢へと移っていたのだ。挙句、そこから駆け出すことが無いよう両拳の爪を思い切地面に食い込ませて全身を固定していたのだ) 」
劉狼「―――― ザッ ズザザッ ズザァ ッ ザァッ ズザザザザァアッ ! ! ! (その場で何度も足裏で地面を擦りあげる。何度も、何度も。徐々に速度と勢いを増して。今まさに飛び出そうとする我が身を必死に抑え込み、それでも両足だけが駆け抜けることで足裏が摩擦によって赤熱を帯び始めていく) 」
劉狼「 ギュ゛ ボ ォ゛ ア゛ ッ゛ ! ! ! (両脚から腰へ、そして胸部から頭部の天辺まで赤熱によって生み出された焔がその全身を一気に包み込む。火達磨となった人狼は食い込ませた両腕を地面から話してゆっくりと立ち上がる。それは不動明王の如き鬼神の気迫の籠った熱を帯びた焔狼。紫電のように逆立つ獣のけが、陽炎と共に業火のように揺れ動いていた) 」
オ゛ ゥ゛ ッ ―――――――(炎狼より迸る熱波が、圧縮された槍群が彼らの喉元に届く直前で焼け落ちていく――――――)
劉狼(狼煙)「 ボ ォ゛ ――――――― 【 狼煙の頂 】 ――――――― オ゛ ッ゛ ! ! (体毛全体が燃え盛るような高熱を帯びたことで全体的に焔そのものを彷彿とさせる朱色へと変色。高熱による蒸気が常に全身の至る箇所から噴き出す様はまさに「狼煙」の如し。孤狼《ストレイドッグ》を越えた人狼の弾ける心臓が、激しく鳴動する――――) 」
ラタリア「……劉狼……っ… その姿は……!?(暴発と共に突如として燃え盛る人狼…その予想外で論外な姿に、科学者として…否、同じ志を持つ仲間としても驚愕を隠し切れずにいた) 」
劉狼(狼煙)「 トライボラジー ――――-―――― これを「摩擦発電」と言うのでしたな、博士?(人狼は燃え盛る闘気の中で、小粋に口角を吊り上げる) 」
ラタリア「………!(いつかの記憶が蘇る。まだ彼が人間になり始めて間もない頃、自身が振るう教鞭のもとに勉学に励むたどたどしい人狼の姿を。結局のところ彼を科学者としての右腕にする悲願は失敗に終わったが…)………クスッ…♪ やっぱりまだまだ獣だね。そんなガサツなやり方で体現しようとするなんて、さ…!(…それでも、小さな教えの一つでさえ忘れもしなかった彼の忠誠心に、少女は小さく噴き出した) 」
劉狼(狼煙)「ムゥ…そうか、まだまだ科学の領域を理解するには程遠かったか… ならば今後は修練と並行して更なる勤勉に務めるとしよう。さて……(ラタリアと言の葉を交わした直後、その穏やかな眼差しが激しい熱を帯びた眼光をウィリアムへと送る) 」
ウィリアム「―――――。―――――(「何が足りない?」 理屈は解る、判る。"その程度の事"だ、その枠を出ない。だが処理できない。「何が足りない?」 打ち直したばかりの刃のような眼光を向けられてもなお、焦燥も高ぶりも感じない。だが、漠然とした疑問が絶えず繰り返される。 何が足りない? )―――――― ク ン (指で十字を切る。 劉狼の背後に生じる十字状に切り開かれた"宇宙"。"酸素"を絶えず吸い続けるそれは、熱を奪い、摩擦さえも無効にしてゆく。そのはずだ) 」
ラタリア「だったら…本当の「科学」を見せてあげる。これが、全身全霊を込めて造り上げた最高傑作。今の私にできる…限界を超えるための覚悟をね――――――(広がる宇宙。広大な闇に吸い寄せられる熱意を傍目に、少女の瞳が鋭く尖る―――――) 」
―― ⚠ Re:RELEASABLE ⚠ ―― (ラタリアの意思に呼応するかのように、彼女の義体胸部にある逆三角形のコア表面にてデジタルコードが表示される。ガジェットが誇る最後の切り札「UpG.《アップグレード》」…通称、団員はこれを「ブースト」と呼ぶ。しかし、その開発者である彼女の表記は、少し違っていた。「Re:」の頭文字が従来の機能との相違を意味していたのだ――――)
ラタリア「 ガ ギ ョ゛ ン゛ ッ゛ ―――――― ギ ュ゛ オ゛ ア゛ ァ゛ ッ゛ ! ! ! (首から下の義体、曝け出された黒い義手義足の表面に走る流動経路の赤い光。そこから蛍火のような高濃度の圧縮された光粒子が勢いよく噴出されていた) 」
ラタリア(Re:B00ST)「 ギ ュ ォ ――――― 【 Re:B00ST《 リ・ブースト 》 】 ――――― ン ッ゛ ! ! (全身を覆う赤い膜が不規則に揺れて輝きを増す。"ブースト"をも越えた未開の領域へ辿り着いた、科学者としての彼女が導き出した答えである――――) 」
ラタリア(Re:B00ST)「 ス…――――――― キ ュ オ ン ッ (赤い光を纏うその掌で、轟々と燃え盛る炎狼の肩に触れる。高い耐熱性を有するのかどうかは定かではないが、触れた指先から零れた粒子が瞬く間に人狼を包み込み、彼の体より吸い出されようとしている熱を閉じ込める膜として形成されたのだった) 」
劉狼(狼煙)「……!これは……(感じる…この身に確かに… 力を…否、博士の気配を… いや、これは……どこか懐かしさとも、あたたかさとも感じられる。この奇妙な感覚は……?)(逃げ往く熱が再び己が肉体に閉じ込められていく。その起因となる赤い膜を纏う両腕に視線を落として不思議に瞠目する) 」
ラタリア(Re:B00ST)「……ウィリアム、君は一つ勘違いをしている。ガジェットの"生みの親"は『私』だ。『母』より生み出された「子ども」たちが帰る場所はいつだって決まっている。そして『母なる存在』はいつでも「我が子」を迎え入れる。大自然が海から生まれたように… 星が宇宙の残骸から生まれたように… 私の『Re:B00ST《 リ・ブースト 》』の神髄は、"すべてのガジェットとその所有者を庇護下に置くこと"だ。もう何も奪えやしない。奪った気にはさせない。 」
ウィリアム「…………。(「何が足りない?」設計者が造物を熟知している事は必然であり絶対ではない。よりその分野に見聞の広い者が未熟ながら光る物がある技術を拾い、より昇華させる。技術とは継承と模倣、ある種の盗作によって進歩してきた側面が強い。その程度で揺らぐ事を彼女は主張しているに過ぎない。 だのに何故崩せない? ) 」
「何が足りない?」
ウィリアム「そうか、ならば奪うことも壊すことも止めてみるか。 パンッ (火花を散らす光のレーンで囲われた"円"が、ラタリア・劉狼の前後に挟むようにして発生する。 円の中には合わせ鏡のように彼、彼女が映し出されており……) 無限を前に尽きろ。 」
パンッ ッ (合わせ鏡が二人を挟む。 その正体はゲートの入口と出口。その間に挟むことで、進むも戻るも平面のように狭い回廊の中を行き来するしかない状況下に追いやる)
ラタリア(Re:B00ST)「―――――― 行くよ劉狼、全力でついてこい ッ ! ! 」
劉狼(狼煙)「―――――― 御意に ッ ! ! 」
―――――――――― ┣¨ ッ゛ ! ! (辛うじて浮かんでいた小さな瓦礫の足場から、瞬きの合間に二つの影が消えた。そこに粉微塵に砕けた残骸だけを残して――――)
BGM♪:(無音)
―――――――――――――(無音。沈黙。閑散。音も影もなく、合わせ鏡はただ「無」だけを延々と写し続けている。静寂の中でただ時間だけが過ぎていくと思われた、次の瞬間――――――)
ビキッ バキッ ギ ッ パリ ッ゛ ――――――――― パ キ ァ ァ ア ア ン ッ゛ ! ! ! (突如、前触れもなく合わせ鏡に亀裂が生じる。黒い罅を映すだけの無限回狼の軸が外れ、歪み、そして砕ける―――――)
ギ ュ オ ン ッ / ボ ォ ン ッ ――― ギ ュ オ ッ / ブ ゥ ン ッ ―――――― ズ ゥ オ ン ッ / グ ゥ オ ン ッ ! ! ! ( 砕け落ちるガラス破片が雪雨のように降り注ぐ反転空間にて、ようやく解放されたようにその気配の片鱗を見せる赤光と熱線。周囲に浮かぶ残骸も次々と砕かれる程の余波を纏い翔破する影の交錯により、もはや足場という足場が消滅していく。それでも、二つの残光の速度が衰えることはなく、少しずつ、空間の中心に浮かぶ一人の男にその包囲網を狭めていた――――)
劉狼(狼煙)「――――――― ボ ゥ オ ッ゛ ! (錯綜する熱線の実体がウィリアムの目と鼻の先に現る。それは太陽の如き眩さと熱を帯び、近づくだけで無機物が溶け落ちる程の圧力として) ガ ッ゛ ―――――― "狼狩(ルガール)" ッ ! ! ! ( ヒ ュ バ ァ ―――― ザ グ ン ッ ッ ッ ッ ッ ! ! ! )(既に水平へと広げられた両腕が左右から挟み込むように迫りくる。両拳より伸びる鋭爪が、猛狼が牙を剥きだして喰らうようなオーラを纏って、ウィリアムを挟み討つ) 」
ウィリアム「―――――― ザ (「亜光速……空間跳躍……壁のない無限回廊故に最高速を維持し続ける事で物理的高速から一時的に離脱、粒子レベルに分解,再構築することでこの座標へ戻ったのか。理屈さえ解れば対処は可能だ。面ではなく点の世界へシフトさせ、身体能力、スケールを虫同然に」) キ ゙ ィ ン 」
ウィリアム「 (「 ? 」 そう、発生した事態を把握する頃には"手遅れ"だった。低重力浮かんで自身の立ち位置を固定していた足裏。その庇護が失せている。上体が、胴体から泣き別れ浮遊しているのだった。水中を漂うかのように、散漫に感ぜられる時の中、ゼロ距離の間合いに踏み込んだ劉狼を眼球が追い……) ―――――(ガコ ン 肋骨が白衣を引き裂き蜘蛛の足のようにして展開。先端が鋭利な槍のようなそれで、頭上から串刺しにしようと試みるがーーーーーー) 」
ラタリア(Re:B00ST)「―――――― ギ ュ オ ゥ ッ゛ ! (人狼を真上から貫こうとするウィリアムの更に頭上――― そこに、彼女が既に回っていた。幼き表情に慈悲なき大人の赤い眼光を揺らめかせて) ブ ォ ウ ッ ――――― ギ ュ ル ル ル ル ゥ ッ ド オゥッッッッ!!! (斧型鈍器を両手に目一杯振りかぶり、横軸回転しながら眼下のウィリアムに向けて思いきり投擲する。しかし、それだけでは終わらない) 」
ラタリア(Re:B00ST)「 ギ ュ ン ッ ――――― ガ ッ (既に投げ打った鈍器へと瞬く間に追跡。回転を加えながら落下する自身のガジェットへ垂直に蹴りを叩き込むと―――)――――― ッ゛ ッ゛ ッ゛ ! ! ! (――――― ┣¨ グ ル゛ ァ゛ ア゛ ン゛ ッ゛ ! ! ! )(投擲による速さに、蹴り込んだ物理エネルギーが加重。二段階に別けて落下速度が急激を増した鈍器が一瞬でウィリアムへと迫り、直撃と共にその衝撃がトリガーとなってガジェット内部の火薬が爆ぜて引き起る大爆撃を見舞った) 」
劉狼(狼煙)「―――― ヒ ュ オ ッ (爆撃により吹き飛ぶウィリアムと並走するようにその真横へ距離を詰める) ヌ オ オ オ ォ ォ ォ オ オ オ ッ ! ! ! "風狼(フェンリル)" ッ ! ! ( ド ッ ガ ガ ガ ガ ッ ―――― ガ ス ゥ ン ッ゛ ! ! )(乱回転を折り込んだ旋風脚をもってウィリアムの懐を攻め崩した直後、その脳天目掛けて爪先蹴りを叩き入れ、浮遊する残骸にめり込ませる) 」
ウィリアム「(初段直撃。矛先が眼球を抉り、頭部が半壊。二段階攻撃、着弾。ゼロ距離で爆ぜる爆炎が視界を白く塗り潰し……) ―――――― ( 「 」 ) ―――――― ― ― ― - … ‥ ・ 」
途絶える。
意識が、思考が、彼の回す、彼が消費し持続させ続けた時間が、繰り返す歯車が、それが刻む波形が直線になる。
やがてその直線も点滅し……――――――
「 何が"足りなかった"? 」
爆 散 。
歪曲した空間、反転した時空、術者<ウィリアム>によって改竄されていた法則<ルール>が無効化し重力が正常化する。
上下に膨張する爆炎が、急成長する溶岩であるかのように体積を広げ筒状の空間を熱炎が掌握した。
足場だったもの、躯だったもの、それらの残骸が例外なく増殖する火種となって、底なしの暗がりへ落逝く。
――――"私"を自覚し、一個体として認識した。
その始点で見た景色は、足場として機能する個体のような液体の水面が地平まで続く黒、白、赤しか存在しない光景だった。
ジェームズ・ディミトリアスのバックアップ(予備)として用意された義体である私には、
彼の人格をベースにした対人UI、経験に基づく論理思考、そして記録が残されていた。
大凡、人の営みやあの世界における数学・歴史・異能に見聞があると自負する程度のスペックはあった。
だが、限りある膨大な情報を"無限"と錯覚してしまう程度には、ジェームズも私も"凡人程度"の知識量なのであったと思い知らされる。 私が目覚めて相対したそれは、見上げても果てが見えない、恐らくは地上に類しない次元まで高く聳える山を麓から見るかのような存在感だった。
星海が鯨の形を成した"生物としての銀河系"が足元を、頭上を、距離感の狂った四方八方を漂う異界。見渡せば"惑星の遺骸"が、地球儀の骨組みのような物体が乱立し、絶えず赤黒い血肉や臓物を溢れさせている。 そこはさながら、死に絶えた世界の墓標であった。
その中でも異質であったのは、唯一"生ける世界"であった存在だ。それは砂粒のような惑星の集合体が如き輝きを放つドレス、純白のそれを纏う白髪の少女の形を成した何か。 ある天体の影にのみ出現する、『 唯一の究極 』
■■■■「 ■■■■■■、■■■■■■? 」
後に『覇皇』と我等が呼び崇め、そして愚かしくも"撃ち落とそう"と矢を番える、超えるべき『崇高』だった。 その存在が齎した問いかけに、私は何一つ回答を提出できていない。仮説ですら。
我々は凡人に過ぎない。だが或いは……
自らの意思で、世界の外を目指す旅人であれば或いは、人類があの崇高を撃ち落とすかもしれない。
そして突きつけるのだ、その問いかけ、命題に対する答えを。
ならば探そう、その可能性を。
――――――何度世界を渡ってでも必ず、その"旅人"を。
―――――ティネル・カルロウ 『討伐』 とほぼ同時刻。
地下鉄国へ通ずる吹き抜け、ウィリアム・ディミトリアスとの戦いの舞台はあの爆炎に包まれても尚、
"黒く塗りつぶされる程度"に被害が留まっていた。
だが当の本人は、壁に発生したクレーターに背を貼り付け、"矜持"で半壊に被害を抑えた頭部を垂らしていた。
残っているのは右腕、肩甲骨から上、左側頭部のみ。
露出した回線が絶えずショートさせ、ノイズ混じりの"うわ言"を発している。
余程重い一撃だったのか、彼が埋め込まれたクレーターは足場として利用できそうだ。
ウィリアム「――ジ ――ジ ―。―― ジ ――残、念だ。実に惜しい…… この時点で発生した結果は覆らない。 私は、この輪廻の先を知ることなく舞台から降りる事になる。 旅人を 白鳥の羽ばたきを…… あの、『門を司る者』が見初めた少女の真価を…… 観測できないとはな…… 」
劉狼(狼煙)「……………(轟々と燃え盛る炎熱を滾らせる人狼は、半壊しても尚言の葉を紡ぐ傀儡の一挙一動を警視し、その熱を鎮める様子はなかった) 」
ラタリア(Re:B00ST)「……この衝突を経て気づいたのは、君は…少なくともこの時代の人間ではないということ。君が外側から観測(み)たかったものの真意を知る由はなかったけれど… たとえ君や私たちが如何なる選択をしたとしても、確かに結果は変わらなかったかもしれない。……でもね、"車輪はいつか擦り減って千切れる"ものだよ。 」
劉狼(狼煙)「然り。何度も反復する普遍的な世界にも、怠惰に耽る者たちにも、"明日へ進もうとする流動"はある。そしてそれは何ものにも止められはしない。そうして輪廻は巡ってきたのだ。 」
ウィリアム「それは良い。私はその未来を観測する事は最早叶わないが、君達がその先を記録し続けられる事に、心から期待しよう。 さて、敗北者として先"逝く"者へ、戦利品を渡さなければならないな。まずロジェスティラだが……既にアレは私の手の外だ、好きにしろ。他にはそうだな…… 」
ウィリアム「 『門を司る者』からの伝言を伝えておこう。 」
V■■■■「 座標L052024へ渡るのか。止めはしないが分が悪い賭けだと言っておく、十中八九君の敗けだろう。 」
V■■■■「――――それでもあの座標へ向かうならば、『イーティス・センシオン』を尋ねると良い。もし辿り着けなかったなら、『ライン・オーレット』か『ラタリア・リル・トゥーユ』を名乗る者へこう尋ねるといいだろう。 」
ウィリアム「 『 繰り返される今に、未来はあるか 』 」
ウィリアム「―――――答えを求め、精々この盤上を歩き続けると良い。それでは醜良い駝鳥の諸君、よい旅を…… 」
ジ ジ ジッ (ぜんまい仕掛けの玩具が歯切れ悪く息絶えるようにして、傀儡は機能を停止した。文字通りの眠りについたのか、この浮世とのつながりが途絶えたのかは定かではない。 ただ一つ、そこに悲嘆も後悔も、悦さえもない能面だけが残った。)
劉狼「…… フ シ ュ ゥ ゥ ゥ ……――――(機能を停止させた傀儡から感情という一切が消失したのを感知すると人狼の体から蒸発したように白煙が一気に噴き出し、鎮まる熱と共に体毛が本来の色を取り戻す) 」
ラタリア「――――――――― (その不思議な問いかけに、少女は思考を停止する。否、正確には目まぐるしい速度でその意味を汲み取ろうとあらゆる観点、知識、思考によって判断しようとするが、その時間を要するあまり停止するのと相違ない結果に陥っていた) キ ュ ゥ ゥ ン … ―――――(だが、その問いかけに応える間もなくこの世から旅立った傀儡が項垂れると、オーバースーツの体表を発行していた赤光が消え入り、絶え間なく溢れていた光粒子が空へ霧散した)……――――― カ ク ッ (張り詰めていた緊張感が一気に解けて体が崩れかけるが――) 」
劉狼「――――――― グ ッ (咄嗟のところで片腕を少女の懐へと回し、その落下を阻止するように抱きかかえる)…………よくぞ耐え抜かれましたな…博士… (人狼の鋭いな眼差しが、穏やかに緩む。またひとつ、人間味が深堀されたように) 」
ラタリア「……へ、へへ…っ………君もね…劉狼…(引きつった笑みの中で見せる信頼の眼差し。ここに至るまで距離を置くことなく身も心も寄せていた人狼に、種の垣根を越えた絆が輝く) 」
劉狼「……博士…拙僧は悔いておりませぬ。あの日、貴女様と共に歩くことを誓ったことを。そのお陰で…ずっと疑問であった「命」の尊さを、その意味を…知ることができたのですから。貴女様の中にあの「小さな命」が今も生きているように…ライオットも、アサギも…そして、ロジェスティラ殿も…我らが見守るべき新たな「命」。ならば、行きましょう。あの者たちが悔いなく生きられる明日へ導くために。 」
ラタリア「……うん。そうだね、劉狼。きっと私も同じ答えだよ。愛しい「子ども」たちが笑って明日を迎えられる世界を…私たちも歩んでいこう。彼らが大きくなって巣立っていく、その日まで… 」
劉狼「ええ。 さて…ではあれば、立ち止まっている暇(いとま)はございませぬな。(バサッ、と自身の中華風胴着を脱ぎ去ると、その衣服を…義体を晒した少女の肩へそっとかけた) 」
ラタリア「………!(羽織られた胴着を静かに、しっかりと小さな手で握りしめる)………うんっ…―――――― 迎えに行こう、新しい『 家族 』を (母の面影を持つ少女が、不敵にほくそ笑んだ) 」
最終更新:2025年06月01日 23:01