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土場藩国
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NWの夏(1)

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土場藩国の夏は短い。
これは、土場藩国に限ったわけではなく、一般的な北国に準じて短いといえよう。
その短い期間を惜しむように、平原の花は咲き誇り、森の木々も青々とした葉を茂らせ、
わずかでも日光を集めるように若葉を芽吹かせる。
虫たちは数少ない収穫の時期に喜び踊る。
 雪と氷で閉ざされる山頂付近ですら、このときばかりは色鮮やかな緑が芽吹き、
その様は祭のときに人々を飾る織物のようだと称されている。
山頂ですら、そうなのだ。平原にいたっては色とりどりの花が咲き、それに誘われた鳥たちのさえずりが
絶えることなく聞こえる。
 その姿は氷に閉ざされた冬の間、人々の心を慰めるための絵となったり、織物となったりしたといわれるほど。
まさしく、命の鼓動が聞こえるような季節である。

 例外は、そこにすむ人々だけであろう。

 兵の訓練も普段のファンブルや、ワクテカ遺跡周辺からグリード港付近に移動していた。
新規に作られた都市で、新規に建造されたRBの訓練や、整備試験が繰り返されている。
はずなのだが、ほとんどの兵士がへたりこんでいる。
 極寒の地を何十キロもの整備ツールや装備がはいった背嚢を背負って歩く整備歩兵たちも
夏の暑さはなれない分少々苦手であった。
 それぞれ適度に休息をとりながらメニューをこなしているが、その姿はどことなく精彩を欠いている。
いつものように元気溌溂としているわけでもなさそうだった。
 RBの特性を見るために海の近くで作業している2人の兵士もまた、彼らと同じように夏の暑さと
海辺特有の湿気に体力を奪われているようだ。
 一人は整備兵、もう一人はパイロットである。今日は二人一組でお互いにRBのチェック方法や、
RBの運転方などを研修しあうというプログラムになっていた。
 まあ、簡単にいえば監督するほうも暑さでだるいから自主的にやっておくように、という
実にいい加減な訓練日程である。
「あっつ」
「氷うめぇ」
 パイロットがガリガリという音を立てて氷を噛み砕く。暑いからせめて、と付近の人に差し入れられた氷をありがたくいただいているのだ。
 彼の手にはちょうどいい大きさに砕かれた氷が何個か入った紙コップが握られている。結露をつくっていたがその冷たい水すら手に心地いい。
「だっる・・・」
 はあ、と手にしていた整備工具を取り落としそうになりながら額の汗をぬぐった。
「氷うめぇ」
何個目かの氷を頬張りながらパイロットが呟く。整備士は少しだけ肩をすくめる。
「もうさ、地上訓練やめて水泳大会しようぜ!」
 目の前に海だろ、およごうぜ、犬掻きで!と気合いを入れる。鍛錬はしなければいけないが、この暑さのなか地上で運動したくないという気持ちの表れかもしれない。
「えー、氷うめぇじゃん」
 海に入ったら氷が溶けちまうだろ、と隣のパイロットは渋っている。暑さのなかでまだバテていないのは、基礎訓練はパイロットのほうがハードなせいだろうか。
「氷うめぇとか関係ねーよ。あちーんだよ。」
 そういいながらもパイロットの持ってる紙コップから氷を奪う。冷えた氷がのどにつめたい刺激を与えてくれる。
 訓練そっちのけで氷を片手に涼みながら不毛な言い争いを始めようとした二人に、鋭い声がかけられる。
「ちょっとあんたたち、氷ばっかり食べてないでちゃんと訓練しなさいよね!」
 夏の暑さも気にしないという顔で、一人の整備士から声が近寄ってきた。
 意思の強そうな瞳には力がこもり、整備兵のツナギも使い込まれた色をしている。
トップクラスの成績をあげている先輩整備士だった。
ミスティ、とパイロットがのどの奥から搾り出すように名前を呼んだ。
「森覇(シンハ)、さぼってると今度の班分けで剣舞組に回してもらえないわよ!」
 RBと剣舞という2つのI=Dを作ることになった土場では、整備士を大きくRB組・剣舞組とわけ、それぞれ別の勤務地で勤務することになっていた。
 剣舞組の勤務地はファンブルであり、RB組の勤務地はグリードである。
 どの整備士がその組に配属されるかは決定していないのだが、一般的に帝國共通のRBよりも剣舞組のほうがいい人材が送られると予想されていた。
「い、いやその」
 森覇と呼ばれた整備士は思わず口ごもる。さすがに「だって暑いです」などと言おうものなら何を言われるかわかったものではない迫力があった。
「だいたい、次の移動では絶対ファンブル勤務に戻るっていってたじゃない、しっかりしなさいよね」
 婚約者がファンブルにいるという、森覇を気遣うように肩をたたいた。
「それにあんた!」
 口調とは裏腹にやさしい先輩はこの一時的な相棒となったパイロットに妙につっかかる。後で聞いた話では、二人は幼馴染らしいのだが。パイロットのほうは何か悟ったかのような顔をしている。
「いやー、氷食べる?」
 ヘラヘラ笑いながら手にしていたコップを差し出す。
「いらないわよ!チュアス」
 ミスティは、ツンと差し出されたコップから顔を背ける。
「だいったいねえ、訓練ぐらいちゃんとしなさい。戦争は準備万端で始まることなんてないんだからね」
「はいはい」
「ちょっと、ちゃんときいてるの!?」
「きいてますってばー」
 はいはい、いつも元気っすねぇとチュアスがのんきな声をあげる。
「まったく、いつもいつも…うー」
 駄々っ子のように唇をかみ締めていたミスティの足元がぐらり、とふらついた。
ミスティが『あ』と思うまもなく地面が近づく。もうだめかもしれないと、ミスティは
きつく目を閉じた。しかし、地面にたたきつけられる衝撃はやってこなかった。
 うっすら目をあけると、チュアスの顔がすぐ近くにある。
森覇が、手を差し出すより早くチュアスが動いた。しっかりと先輩整備士を抱きとめている。地面にチュアスが手にしていたコップが転がる。コップから氷が周辺に撒かれ地面に染みを作っていく。
「な…んで」
 間に合ったのとまではいえなかった。ふふん、と鼻をならし笑ってみせる。
「訓練の成果、俺の未来予測は完璧だろ?」
 こう見てても期待の星なんだぜ、と軽口を叩いてミスティの額をつつく。
「昔っから、調子だけは…いいんだから」
 つんと横を向いたミスティを抱えあげて、チュアスは森覇のほうを見た。
「ちょっと、医務室いってくるわ」
「あー…はい」
「平気よ、これぐらい」
 抱えられたまま強がるミスティを黙らせるようにチュアスが告げる。
「寝てないだろ、昔っからそうじゃねーか」
「さ、最近暑くて寝苦しいから・・・」
 別になんでもないと、言いかけて口ごもる。
「パイロットも使える整備マニュアルつくってたんだろ。無理して倒れるなよ」
 それにちょっと熱っぽいぞと、ぶっきらぼうにいうと、チュアスは暑い中走り出した。何事かミスティが叫んでいるのと遠く聞きつつ「あー、なるほどねー」と森覇はつぶやく。
 うすうすそうかなと思っていたが、正直目の前でやられるとなんというか気恥ずかしい。そして今は遠くファンブルの地にいる婚約者の顔を思い出した。
「うん、訓練しよう」
 RBのチェックを開始し、マニュアルを確認する。ハイドロジェットの確認から操作系まで一通り一人でこなした。
 そしてひそかに、明日遊びにくる婚約者とは、絶対グリードの海水浴場で過ごそうと決意を固めるのであった。

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