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美濃(みの) 蒼海(おうみ)

性別

男性

表の職業

牧師

空の繋ぎ手(ザッピング・アーツ)

一つの身体動作から別の動作へと瞬時に切り替わる。
早い話、一つの技からどんな技にでも繋げられる。どんな技のコンボでも作れる能力。

例えば、右腕を前に突き出すとする。右ストレートである。出し終わった直後は伸び切った右腕だが、もう一度右ストレートを出すには、腕を引き戻さなければならない。しかし、空の繋ぎ手を発動すれば、右ストレートから腕を戻さず、即座に次の右ストレートを放つ体勢へ移行する。
厳密には一つの技から次の技の間に「全ての動きを内包し、かつどんな動きでもない」カオスのようなザッピングが挟まれる。これによりどんな技と技でも連携させられる。
このザッピングは0.1〜0.5秒の任意の時間で設定可能。

0.1秒はギリギリ常人が反応可能な速度を上回るが、かなり上澄みのプロ戦闘魔人なら反応する連中もいるかもしれない。

ただし、全く防ぎようのない能力ではなく、以下の制約が存在する。
  • ザッピング時間は0.1〜0.5秒
  • 連続発動は不可。なので能力で繋げられるのは1コンボまで。2コンボ以上は作れない
  • 作れるコンボのパターンは3種類まで
  • 一試合に6回まで発動可能
  • ザッピング時は肉体と脳に負荷がかかる

これらにより、読み合いとリソース管理に基づいた能力運用が成立する。

隠し玉として、「相手の動きも作れる」。
例えば、相手が右ストレートを放てば、次に左ミドルを放つように強制できる。
ただし、相手が一撃目の技を使うタイミングにドンピシャで当てないと発動しない。また作れるコンボは相手が使える技であり、美濃自身が相手がその能力を使えることを知っていないと成立しない。

ザッピングを駆使して締め技からエスケープすることも可能だが、これも能力制約に基づき、あらかじめ動きを作っていないと成立しない。

能力原理

一つの技から次の技の間に「全ての動きを内包し、かつどんな動きでもない」ザッピングが挟まれる。ザッピング時間0.1~0.5秒の間は全ての動きを内包しながら、どんな動きでもない空であるため、あらゆる技へと繋げることが可能。
ただし、複数の厳しい制約のもとに成り立つため無敵ではなく、ましてやどんな技でも使えるわけですらない。使える技は自分が習得している技のみ。
文字通り繋ぎとしての運用しか出来ない。
この能力メカニズムは、どんな技と技を繋げるかという、組立ての発想から生じているためである。

参戦動機

女のため

会員との契約内容

『鴉天狗』が勝利した場合はアンダーグラウンドが長浜伊吹(旧姓:小谷)に対して有する専属契約(事実上の従属契約)を破棄する。
敗北時は『鴉天狗』はアンダーグラウンドに逆らえなくなる。
試合勝敗結果に関わらず、『鴉天狗』は長浜伊吹の結婚式に黄色いチューリップを贈る。費用はアンダーグラウンドが負担する。
詳しくは下記「アンダーグラウンド選手契約・魔人闘技会出場契約書」第四条3、4および第五条を参照。



アンダーグラウンド選手契約・魔人闘技会出場契約書

会員_アンダーグラウンド(以下「甲」という)
闘士_美濃蒼海(以下「乙」という)

は、互いに地下MMAアンダーグラウンド信義誠実原則およびアンダーグラウンド公序良俗原則(以下「アンダーグラウンド原則」という)に基づき、下記各条項の内容にてアンダーグラウンド選手契約および魔人闘技会出場契約(以下「本契約」という)を締結する。

第一条(試合への出場等)
乙は、アンダーグラウンドの選手となり、また甲に対し、魔人闘技会が主催する試合(以下「本試合」という)に出場し、闘士として試合を行うことを約する。

第二条(本試合におけるルールの遵守等)
乙及び甲は、本試合において、魔人闘技会が提示するルール、および魔人闘技会が指定する立会人(以下「立会人」という)の判断が本契約の内容となることに、それぞれ合意する。

第三条(開催場所、対戦相手等)
1 本試合の開催場所、および対戦相手の決定は、魔人闘技会の指示に従う。
2 甲は、乙に対し、本試合の開催場所および対戦相手を明かしてはならない。
3 乙は、本試合の開催日時に、本試合の開催場所へと転送されることを約する。

第四条(対価等)
1 甲は、乙に対し、金銭報酬(出場料および勝利報酬を含む)を支払わない。
2 甲は、乙の交通費、滞在費及び食費を負担しない。
3
乙が本試合において勝利した場合、甲は長浜伊吹(旧姓小谷。以下「長浜伊吹」という)に対して過去に締結された一切の専属契約、債務担保契約その他これに準ずる契約を解除し、これらに基づく支配権、身柄拘束権その他一切の請求権を放棄する。甲は、今後長浜伊吹に対し、当該契約に関して何らの請求も行わない。また、当該契約に関する記録・証憑は全て消去されるものとする。乙は、これをもって、本試合への出場および勝利に対する一切の対価が充足されたことを確認する。
4
出場者が本試合に敗北した場合、甲が長浜伊吹に対して有する専属契約は解除しない。また、乙は甲に対する専属契約を締結し、今後甲の指定するいかなる試合出場要請・処分・命令に対しても応じる義務を負う。これを拒否した場合は死を以て償う。

第五条(贈花等)
本試合の勝敗に関わらず、乙は長浜伊吹の婚礼当日に、指定された教会へ黄色のチューリップの花束を一束送付する。甲はこれに対する費用を負担する。乙及び甲は、当該行為の実施事実を第三者に漏洩してはならない。

第六条(譲渡等禁止)
乙及び甲は、本契約上の地位又は本契約若しくはこれに関連する債権又は債務を、譲渡、担保提供その他態様の如何を問わず処分してはならない。

第七条(本試合中の怪我または死亡に関する措置等)
1 乙の疾病、負傷、死亡、その他試合中の一切の異常事態等に対しては、魔人闘技会の指示に従う。
2 本試合外での疾病、負傷、死亡、重篤な後遺障害、その他の結果について、甲は一切の責任を負わない。

第八条(秘匿義務等)
1
乙および甲は、本契約の存在、内容、および長浜伊吹に関する契約解除の事実を、長浜伊吹本人を含む第三者に一切開示してはならない。これに違反した場合、第四条3、4と第五条を無効とする。
2 その他、秘密漏洩に対する死を以ての償いは魔人闘技会の指示に従う。

本契約は、自由意思によって締結される。
署名欄
会員_アンダーグラウンド
闘士_美濃蒼海

キャラクター説明

街外れの教会で牧師をしている黒髪長髪の男。
その正体は地下MMA(魔人異能格闘技)アンダーグラウンドの常連ファイター、『鴉天狗』。

日頃から慇懃無礼な敬語に、敬虔さとは程遠い発言をするため、周囲からは牧師にも関わらず軽薄な人間と見なされている。
だが、身寄りのない子供たちに教育の機会を与え援助する善行も行う。
一方で、裏では正体を隠して地下MMAに出場し、ルール無用の野蛮な試合に身を投じるなど、その行動は矛盾している。

戦闘スタイルとしてはカウンター重視のストライカーだが、実際は打倒極全ての技をバランス良く習得している優等生。立ち技メインから自身の能力を用いて立ち技・投げ技・極め技と変幻自在に試合展開をスイッチする。
さらに磨き上げた左ストレートは屈指の威力を誇る。

地下MMAアンダーグラウンドの運営にも一枚噛んでいる。
過去には何人もの借金漬けになった表社会の武術家を手ずから葬り破滅させてきた。だが数年前から有志の戦闘狂たちによるマッチングへと体制を移行している。その理由は不明。

また数年前に古びた武術道場を、借金で首の回らなくなった跡取り娘から買い上げている。道場の娘とは現在も表社会で交流しており、娘は自身の父を試合で破滅させ、道場閉鎖の危機に追い込んだ『鴉天狗』の正体が美濃であることを知らない。
娘の名は伊吹。道場近くに住む幼馴染と近日結婚予定。

プロローグSS

 師は私に
 花の植え方を教えた。

 貴女は私に
 その花が好きだと教えてくれた。

*

 魔人異能格闘技。
 略称MMA。
 特殊能力を持つ魔人たちの異種格闘技戦。

 特にアンダーグラウンドは完全非合法。
 八角形の金網リングの中で、己の能力を駆使し、命懸けで闘う。
 表社会にいられなくなった魔人格闘家くずれが行き着く掃き溜めだ。

「……で?テメェはなんだ?」

 都市郊外の雑居ビルの地下、秘密裏に造られた八角形金網リングで、二人の男が睨み合っていた。
 一人は、黒装束を纏った男。嘴のようなアイマスクに覆われ、素顔は窺い知れない。

「ただの学生です」
 もう一人は、道着を纏った青年だ。
 明らかに、場に似つかわしくない。

「表の人間がアンダーグラウンドでお遊びかよ?」
 男は口元を歪めた。
 非合法の戦いにカタギの素人が参加することへの不満を隠せない様子だ。

「古武術の門下生です。道場の借金返済がかかってます」
「どんな事情だろうが気に入らねぇ」

 裏社会はルールを重んじる。
 明文ではないルールは特に重要だ。

 男にはルールがあった。
 『表は表に。裏は裏に』。
 その線引きが、地下闘技場の現場運営に関わりながら、ファイターとしても出場する、男の矜持だった。

「来いよ。『鴉天狗』が直々に引導を渡してやる」


*


 開始から3分。
 試合は、一気に動く。
 初動から両者ともに前へ。一歩も引かぬ猛烈な打ち合いを制したのは『鴉天狗』だった。

 鴉の黒い右フックがボディに突き刺さる。
 青年に苦悶の表情が浮かぶ。

ザッ
【SLOT1: 右フック→右フック】

「!?」
 0.1秒の違和感が会場に走る。
 次の瞬間、既に刺さっていたはずの右フックが再び青年の胴へと突き刺さった。

 青年は突如として、混乱と激痛の極致に立たされる。呼吸も防御も、理解も間に合わない。

 だが、喰いしばる。
 劣勢でありながら、青年の闘志に翳りはない。
 逆転の機会を窺う。

「おいおい、もっとショーを盛り上げてくれよ!?」
「……っ!」

 次の打撃に全神経を注ぐ青年に対し、『鴉天狗』は右フックの反動から左足を前に踏み出す。

「そんなんじゃ、とっとと終わっちまうぞ!」

 腰を落とし、目線を青年の腹部に向け、再びフックの軌道を見せる。
 三打目の右フック。

 鴉の黒い右拳の微細な予備動作を、青年の目が捉える。青年は半ば無意識で腹部に力を込め、肘を絞り脇腹を守る。

 そこへ、「左ストレート」が「顔面」に炸裂した。
 三打目の右フックはフェイント。
 二打目の不可解なボディを餌に、青年のガードを無理やり下げさせた。

 魔人能力を交えた格闘技は、必殺技より手数の多さが優劣を決める。能力そのものは決定打でなくとも良い。

 が、これは魔人格闘技。
 能力を交えた戦いだ。
 それは互いに、である。

「!?」
 左ストレートのインパクトの瞬間。
 理不尽が、今度は『鴉天狗』に襲いかかる。
 視界が突如弾け飛ぶ。ホワイトアウト。
 左ストレートを青年の顔面に命中させるのと同時に、青年の左拳が鴉の頬骨に炸裂した。

 ボディへの警戒からガードを下げた状態からのカウンター。予想外の一撃に、『鴉天狗』必殺の左ストレートは威力を減衰させられる。
 クロスカウンター。
 両者被弾というあり得ない事態。

『鴉天狗』は青年の魔人能力を考察するより早く、相手の足元を見る。
 格闘技で相打ちになった際、何よりも確認すべきは敵の状態。被弾ダメージで打つ手が変わる。

 ボディへの二度の直撃。
 顔面への左ストレート。
 だが、青年は踏みとどまっていた。

「なるほど、タフだあ!」
 冷静に、鴉は斜め後ろへバックステップする。

 青年はタックルで突っ込む。
 誰の目にも、明らかに死に体の組みつき。

 鴉は落ち着いて、タックルを切る動作に入る。
 自身の腰を引き落とし、下半身を地面に接地させる。スプロールだ。

 体勢が崩れ、美しさとは程遠いフォームのまま、青年は『鴉天狗』の懐に潜り込む。頭部は鴉の脇の下、指が鴉の首筋に掛かる。

 鴉は瞬時に悟る。
 崩れながらタックル?
 とんでもない。

 相手は古武術道場の門下生。
 古武術にはおそらく、ここから寝技に持ち込む技術が存在する。このままでは投げられる?

「エスケープ……」

ザッ
【SLOT2: スプロール→飛び膝蹴り】

「!?」
 会場が再び違和感に包まれる。
 0.5秒の余白から、瞬間的に『鴉天狗』は青年の左横へ移動する。そのまま、左顔面に膝蹴りを放つ。

「ガッ」

 膝蹴りを受けた青年はそれでも崩れない。
 一方、『鴉天狗』はバックステップから距離を取り、呼吸を整える。
 鴉の能力は心身の疲弊を伴う。カウンターでダメージを受けたなら尚更である。

「ハァ……お遊びかと思いきや、とんだ誤算だ!まだ目が死んでねぇな!嫌な目だ!」
「僕は、大切な人のためにここにいる。貴方のような人間にはわからない!」

 これまでのダメージの中で、青年の目は尚も闘志に燃えている。
 が、口論には乗った。

ザッ
【SLOT3: 会話→会話】
『鴉天狗』の空の繋ぎ手(ザッピング・アーツ)は予め設定した三種類のコンボを実現する能力。装弾数は6発。その対象は相手にも適用可能。
 三つ目のスロットは空けている。それは試合中に相手の動きを見切ったうえで対処するため。
 組み立て次第では、相手に会話を強制することも可能。

「何故、それほど素晴らしい実力を持ちながら!貴方はこんな場所で……」
 発言の最中、左ストレートが青年の顔面に命中する。

 青年の捨て身の反撃(リスク・カウンター)は相手の攻撃に対し、どんな体勢からでもカウンターを打てる能力。意識さえあれば被弾直後でも発動可能。
 そのためにはフィジカルと反応速度の弛まぬ鍛錬が不可欠である。

 だが度重なるダメージは確実に青年の意識を削っていた。一度目のカウンターを発動出来たことが既に奇跡。加えて、今の左ストレート。

 どんな理由だろうと。
 非合法リングに立つ以上。
 殴り合いの最中に喋る方が、悪い。

「知ったこっちゃねぇ!」
『鴉天狗』の左ストレートを二度受けて意識を保つことは、不可能。


*


「お前こそ、どうしてここへ来た?」

 鴉が踏み込んだ、その時。
 観客席のざわめきを割り、ひとりの女が金網の前に現れた。
 刀に手を掛けると、猿叫とともに金網を蝶番ごと造作なく断ち切る。スイング式のドアを開け、抜き身のままリングに上がる。

 袴に道着、結んだ髪、真剣。今まで道場で稽古していた帰りのような佇まい。
 その女は、倒れかけた青年の横に立った。

「ここで何してるんです。帰りますよ、彦根」
「伊吹さん……」
「小谷流兵法はこんな場所で使うものではありません」

 その目は真っ直ぐ『鴉天狗』へ向かう。
 鴉は口元を歪める。

「つまるところ女のためか」
「彦根は私の門下生です」

 短く息を吸い、女は続ける。

「道場の問題は私の責任です。後は引き継ぐので、今宵はお開きです」

 何もかもが甘い。
 一度始まった試合は最後まで行われなければならない。この場はそんな一言で収まるものではない。
 それでも、彼女は引かない。
 鴉は言葉に詰まる。

「じゃあ……お嬢さんがこの『鴉天狗』の相手でもしてくれんのか?」
「お断りします。あなた方は武を履き違えている」

 女は静かに言った。
 観客たちの嘲笑が木霊する。

「アンタの言う武ってなぁ何だ?」
「武とは人を活かすもの。どんな理由があろうと……」

 女の目が突き刺さる。
 射抜くような視線に、『鴉天狗』は動けない。

「……本当はこんな場所で傷ついていい人など、誰もいないのです」

 鴉の周囲で、音が消えた。

「俺もか?」
「……私も、貴方も」

 鴉は推し黙る。ただ己の足下が、ひどく薄暗く感じる。

「……そいつは最後まで立ってた。道場の債権は俺が買い取ろう。借金はチャラにしてやる」
「ご勝手にどうぞ。それに、そいつではなく長浜彦根です」
「……あんた名前は?」
「小谷伊吹。道場でなら、再戦はいつでもお受けします」


*


 数日後。
 小谷道場は、古い臭いが漂う。
 板張りの床は丹念に磨き上げられ、壁には真剣、鎖鎌、分銅、寸鉄や薙刀などが掛けられている。

 道場主である小谷伊吹は、入門希望の男と向かい合って正座していた。

「彦根から入門希望者が来たと聞いた時は驚きました。まさか牧師様がウチのような貧乏道場で学びたいとは」

 入門を申出たのは、黒髪長髪の男。牧師の服装が、どこか妙に目を引く。
 男は肩をすくめる。

「入門したいのは私ではなく、子供たちです。教会を運営する傍ら、身寄りのない子を何人か預かってまして」
「子供たちに、武術を……ですか」
「説教だけじゃあ、守れないものもありましょう」

 牧師のあけすけな物言いに、思わず伊吹は吹き出した。

「いいんですか?牧師様がそんなこと言って」
「良くはないでしょう。しかし、小谷流は活人術と聞きました」

 伊吹は少しだけ肩の力を抜く。

「確かに……ウチは人格形成に重きを置いてはいますが」
「それです。できれば礼儀とか、世間様の役に立つこととか、そういうのをちゃんと教えてやってほしい」
「月謝はいただきますし、子供たちだからと言って容赦はしませんよ」
「もちろん。人数分きっちりお支払いしますよ」

 言葉に、嘘はないようだった。
 伊吹は男の目を見て、それから小さく頷く。

「じゃあ、今度子どもたちを連れてきてください。見て決めます」

 男は嬉しそうに微笑む。
「出会いに感謝します。美濃蒼海です」
「小谷伊吹です」


*


 それから二年、小谷道場と美濃の奇妙な交流は続いた。
 はじめは道場で子供たちを指導するだけだったが、やがて小谷道場も地域の炊き出しに参加するようになった。

 美濃も子供たちを引率する傍ら、足繁く道場に通った。道場の修繕にも携わり、皆で祭りにも行った。

「美濃さんには感謝してます」
「私に、ですか?」
「ええ。最初はちょっと胡散臭いと思ってましたけど」
「ひどいな」
「でも、今は兄がいたらこんな感じかなって」
「それは光栄です」

 伊吹は少し首を傾げる。

「蒼海さんって、不思議ですね」
「私が?」
「いつも笑ってるけど、時折すごく無理してる」

 出会いから二度目の春を迎える頃。
 小谷伊吹と長浜彦根の婚約が決まった。
 式は、美濃の教会で行われる。


*


「……事実か?」
 地下闘技場の事務室で、『鴉天狗』は男と会合していた。
 名は南宮。『鴉天狗』と旧知の仲であり、現在はアンダーグラウンドの上役連中とのパイプ役を務める。

「間違いねぇ。上はやる気だ。小谷道場との『専属契約』はまだ生きてる」
「なぜだ?道場の借金は俺が抑えてる」
 鴉は激昂し、南宮の胸ぐらを掴む。

「嬢ちゃんの父親さ。借金だけじゃねぇ。地下格闘技界との『専属契約』を結んでる。お嬢ちゃんが道場を相続した時、その契約まで引き継いだ。少なくとも、上の連中はそう見なしてる」

 裏社会で約束事は絶対である。
 それは、『鴉天狗』自身が最も良く知る。
 アンダーグラウンドとの『専属契約』は単に八角形リングで戦うことのみを意味しない。裏社会に対する事実上の従属契約であり、死より苛烈な戦いに放り込まれることを意味する。
 タチの悪いことに、地下格闘技界アンダーグラウンド上役の一人は魔人闘技会の会員でもある。

「方法はある」

 暗い地下室で、『鴉天狗』は呟く。

「おい……おいおい正気か?これは魔人闘技会まで絡む案件だ!」
「正気さ。代わりに俺が出る。『専属契約』握ってる上役と、そう話つけりゃ良い」
「それは……話は動くけどよぉ」

 鴉は静かに思案する。
 結婚式には、黄色いチューリップを送ろう。
最終更新:2026年05月01日 18:45