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戦闘の始まり。

ムナゴ=サヤナは転送された山林で周囲の状況を確認する。
鬱蒼とした木々に囲まれた林の中。

某国の戦場で戦っていたときは廃墟で戦うことが多かったが、クローン兵士として作られたサヤナはこのような戦場での戦いもインストールされている。
だから、簡単に適応できた。

肩に提げられた壊れたアサルトライフル。
友が残してくれた拳銃と弾丸。

今日の戦いで意味を証明する。
姉妹達の死が無意味でなかったことを。

木々の中で息を潜めながら、今回の対戦相手を探すサヤナ。
彼女は転送初期位置からそれほど距離を取らない場所に敵がいるであろうと考えていた。
一発しかないとはいえ、エクスキャリバーで離れた位置から奇襲ができるサヤナに有利すぎるからだ。

そして少し進んだ先、鬱蒼とした林の中に一人の男が立っていた。
素肌の上からジャケットを羽織った壮年の男。

(……今回の対戦相手か)

サヤナは
良くも悪くも有名人である塚克勝だが、戦場で生き続けたサヤナは彼がどのような人物かを知らない。
彼が10年間『パンクラチオン・クラブ』 でチャンピオンであったことも、その栄光が八百長疑惑で地に落ちたことも。




「戦場帰りか」

克勝は視線の先にサヤナの姿を認めて、面白そうに笑った。

克勝は以前見た某国の戦争に関するニュースを思い出す。
目の前の少女の服装はそのニュースの写真で見た装備に似ていた。

 「なるほど。キミ、某国で戦争を終わらせたっていうクローンだよな。大量生産のゴミ共の無意味な戦いにずっと命を費やしてご苦労なこった。乃公ならごめんだぜ。あんなくだらない戦闘で命を落とすなんてよ」

肩をすくめる克勝。

「ゴミ……?」
「だってそうだろ。一人一人の命の価値なんて戦場じゃあゴミみたいなもんだ。まして、意味の無い戦争をするために作られたクローン兵士なんてゴミ以下だろ」

その言葉を聞いて、サヤナの胸に熱いものが込み上げた。
克勝の言葉は完全にサヤナの地雷を踏んでいた。

「私の姉妹を侮辱する気ですか」
「なんだ怒ったのかよ?事実だろ」

克勝が軽薄に笑う。

「それとも何か?ゴミ共の代表として参戦してるのがキミって事か。価値が欲しいんなら、乃公が与えてやろうか?ベッドの上でな。ハハハッ!」

克勝の下品な笑い声が林に響き渡った。

「黙れ」

克勝の言葉は聞くに堪えない。これ以上こいつと話しても無駄だ。

サヤナがライフルを低く構える。そして怒りのままに一直線に克勝に向かっていく。
サヤナが銃剣を槍のように突き出し、克勝の喉元を狙う。
だが、彼の足元から伸びた”碑”によりその場から飛び上がり回避する。

ライフルの剣先が空を切った。
そのままサヤナに向かって、拳を振るう。

サヤナは克勝の放った拳打を銃床で受ける。
そのまま銃床による打撃を繰り出すが、克勝によって防がれる。

その後も山林で激しい死闘が繰り広げられた。

サヤナが銃剣を横薙ぎに振るう。
遅延して発動された”碑”が銃剣を弾く。

戦場にたくさんの”碑”が生み出され、まるで墓場かといった様相になったころ。
だんだんとサヤナは克勝に押されていった。
そのせいで元々戦場で薄汚れていた彼女の服はボロボロになっていた。

サヤナには実践の経験が不足していた。
もちろん自動化された戦争の経験はある。
だが、多脚戦車のような機械たちには勝てないし、姉妹との殺し合いも本意ではない。
結果、サヤナは戦場では逃走に時間を費やしていた。
百戦錬磨の闘士である克勝に立ち向かうには生まれつきインストールされていた戦闘技術だけでは全く補いきれなかったのだ。

”碑”が掠める。サヤナの頬から血が流れる。だが、彼女の目は光を失っていなかった。

「気にくわねえな」

克勝が吐き捨てる。

「まだまだ希望を失っていない目だ。そんなんで勝っても勝利とは言えねえ」

かつて塚克勝が対戦相手に恋人や家族を差し出させたのは、自分の欲望を満たすためだけではない。
彼の前では弱者に過ぎない対戦相手に、己の分を理解させ、塚克勝には八百長でもしなければ見せ場すら作れない程度の実力なのだと理解させることだ。
つまらない連中との試合を盛り上げてやったのだ。批判される筋合いなどないと彼は本気で思っていた。

塚克勝は単なる勝利では満足できない。
であるが故に、彼は対戦相手の全てを蹂躙する。それが彼にとっての勝利だった。

そしてさらに激しい戦闘が続いた。
サヤナが銃剣を振るい、地面から”碑”が射出される。
克勝の拳打の一撃がサヤナを捕らえ、

サヤナの呼吸が乱れる。流れる血の感触がサヤナの身体を伝う。

そしてついに訪れたのだ。

サヤナがずっと狙っていたエクスキャリバーを使うチャンスが。

大量生産の弾丸の中から生まれたエラー品。
それは奇しくも大量生産のクローン兵士たちの中に生まれたエラー個体であるサヤナと同じだった。

(見ていてよ、シシム)

自分達がただの消耗品でなかったことを証明する。
クローン兵士達の死に意味が無かったなんて言わせない。
それをシシムが残した遺品(エクスキャリバー)で証明する。

渾身の力で引き金に指を掛ける。
そして、銃口から光があふれ出す。
それはまるで死んだ姉妹達の魂がサヤナを後押ししてくれるように。

「エクス…」

サヤナが叫んだ。

「キャリバー!!!」

金色の光が銃口から放たれる。そして、その戦場をなぎ払うように伸びていく金色の光線は塚克勝を飲み込み、そのまま焼きつくす―――



ことはなかった。


克勝はエクスキャリバーの一撃を回避していた。
遅延して発動した”碑”が銃弾の射線から外れるように克勝の身体を吹き飛ばしたのだ。

「は?」

「キミが何か狙ってるって言うのは予想がついたからなあ」

呆けた顔で立ち尽くすサヤナに不敵に笑う克勝。



エクスキャリバーもまた彼の勝利を祝う号砲に過ぎない。

「ここまで撃たなかったっていうことは何発も撃てるもんじゃねえんだろ。所詮一発芸だ。乃公には通用しねえ。」

サヤナの身体が”碑”に吹き飛ばされていく。

虎の子の弾丸を失った。
それでも全てが無意味だったなどと認めるわけにはいかない。
彼女の姉妹達の犠牲が無意味だったなんて言わせない。
だから、諦めるわけにはいかないのだ。

這いつくばりながら、サヤナがアサルトライフルに手を伸ばす。
アサルトライフルに手が届いた。

次の瞬間、”碑”がアサルトライフルを吹き飛ばした。

そして、克勝はゆっくりと近づき、倒れたサヤナの身体に脚をかける。

「よかったな。偉大なチャンピオンである乃公の新しい伝説の踏み台になれて」

サヤナを嬲るように克勝が彼女の身体を踏みつけた。体重がのしかかる。
肺が圧迫される。息を吸う度に激痛が増した。

「おかげで価値がない量産型の兵士にも価値が生まれたってもんだ」

さらに力を掛けるサヤナの心をへし折り、圧倒的な勝利を彼に捧げさせるために、トドメを刺さずなぶり続ける克勝。

「お前の同類やら死んだ姉妹とやらにも伝えてやれよ。乃公という存在の偉大さをな。それがお前が生まれた意味だ」
「ちくしょう!ちくしょう!!ちくしょう!」

サヤナの瞳から涙が零れ落ちる。
屈辱。恥辱。
本当に何もかもが無意味だったのか。

「ハハハハっ!そろそろいいか」

克勝が嘲るように笑うと、脚元から”碑”が射出される。
それはいとも簡単にサヤナの身体を突き破り、致命傷を与える。

激痛で視界が歪む。

脳裏に浮かんだのはシシムがまだ生きていた頃。
互いに渾名をつけていつ死ぬか分からない戦場でたわいのない話をした時のこと。

(ごめん……何も証明できなかった……)

サヤナの意識がゆっくりと沈んでいった。



—-


戦闘後、ムナゴ=サヤナは、ベッドの上で目を覚ました。

全て失ってしまった。
魔人闘技会に参戦したことに何の意味があったのか。
クローン兵士達の戦いに。
彼女たちの死に。
意味があったのだと証明するはずだったのに。
それが彼女に与えられた存在意義だったはずなのに。

「畜生!ちくしょう!ちくしょおおおおおおおお!!!」

サヤナはシーツを掴んで叫び続けた。
自然と涙が溢れてくる。
無力だ。
惨めだ。
糸が切れた操り人形は結局何もできない不良品でしかなかった。

一頻り叫んだ後、天を仰ぐ。そしてやがて声が枯れ果てた時――
病室のドアが開いた。

「やあ、残念だったね」
「……」

サヤナがゆっくりと声のした方を見る。
そこにいたのは魔人闘技会に彼女を勧誘した会員の男だった。


「………………何をしにきたんですか?」

平静を装い、男に対応をする。
負け犬には何の用もないはずだ。
愚かで惨めなクローンを笑いに来たのか。

「何だい。つれないね。雇った闘士の様子を見に来るのが、そんなにおかしいのかい?」
「………………」



「次の試合の話をしたいと思ってきたんだけど」

「………次?」

思いがけない言葉にサヤナの目が開いた。

「……私は試合に負けてしまったのに?」

そもそも次の試合など考えていなかった。
たとえ勝利をしたとしても一つしかないエクスキャリバーの銃弾は失われてしまう事に変わりは無い。
だから魔人闘技会での戦いを継続するなどという選択肢は存在しない。

だからここで終わりのはずだった。

そのはずだった。


「彼はああ見えて表の格闘団体のチャンピオンだったからね。問題を起こしすぎて追放されてしまったが」

そもそも彼が魔人格闘界に興味を持つきっかけだったと会員の男は言う。
「だから、今回敗戦しても、彼に善戦した君のことを私は評価している。勝利報酬を渡すわけにはいかないけどね」

会員の男が軽い調子で笑う。
男の言葉を聞きながら、サヤナは天井を見つめていた。

「…………ですが」

躊躇うサヤナ。
エクスキャリバーは失われてしまった。
姉妹たちの死に意味があったと証明することはもうできない。
サヤナが戦う意味はもうない。
彼女が戦う理由は失われてしまったのだ。





本当に?
本当にそうなのだろうか?


何かがサヤナに問いかけた。

これで本当に終わりなのか?



そうではない事に気付く。

ムナゴ=サヤナ自身が長き戦いの末の成果なのだ。
そのことを魔人闘技会の場で示し続ければいい。

そうせずにただ朽ちていくだけならば、本当に無駄になってしまう。
ならば、戦い続けることが必要なのではないだろうか?

サヤナが息を吐いた。シシムの顔が浮かぶ。

「……いえ、わかりました」

サヤナが頷いた。
男は彼女の答えを聞き、満足そうに笑った。

「オーケー。報酬は同じで良いね?」
「はい」


ムナゴ=サヤナは再び歩き出した。
姉妹たちが生き、死んだ意味を示すために。
あの屍の山に意味があったのだと示すために。

サヤナの歩みに意味があったのだと示すために。

最終更新:2026年05月25日 19:32