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 事務所に残された一通の手紙。『リシアンサス』の面々はその文面を各々の思いを抱えて覗き込んでいた。

「今日、五月雨さんから連絡があって…暫く、レッスンをお休みするみたいなの」
「それで、こんな手紙を残したのね…」

 スピカはため息をつきながら手紙へ視線を向けた。
 そこには丁寧な文字で『私が何とかします。皆さんはレッスンに専念を』と書かれている。
 こんな状況で単独行動をしようとする理由など明白だ。
 珊瑚にあって彼女たちに無い一つの武器がある。故にこそ、彼女は事態解決のために動いたのだ。

「あの時はスピカもちょっと冷静じゃなかったけど…一番必死だったのは珊瑚だったのかもね。
 凄い覚悟決めたみたいな顔してたし」
「いつもの珊瑚やと思ったんやけどな、たまにああいう顔しとったであの子」

 2人の後ろでただじっと手紙の文面を見つめる冬は、無意識のうちに口を開いていた。

「だめだよ…」
「冬?」
「レッスンに専念なんて…できるわけないよ!
 私たちは4人で…私と、こころと、スピカ…珊瑚も一緒じゃなきゃ『リシアンサス』じゃない!」

 いつもの冬からは考えられなかった感情の吐露に、スピカとこころは思わず振り返った。
 センターで、いつも前に出がちな自分たちを諫めてくれる彼女がこうも取り乱すことは珍しい。
 だからこそ、2人はより強く決意を堅くする。

「マネちゃん、レッスンスタジオの予約頼んだで。
 次のライブに向けて振り付けも歌も全部、今までのアタシらよりさらに磨いたる」
「そういうと思って取ってありますよ!出発の準備しておきますね!」
「珊瑚がちょっとの間いなかったことを後悔させられるくらい完璧にしちゃいましょ」
「ちょ、ちょっと…!なんで珊瑚がいないのにレッスンなんて――」
「だからこそよ!スピカたちはトップアイドルを目指してるの。
 1秒だって無駄にできないんだから」
「それにな、珊瑚なら大丈夫や。
 別に才能だとかそういう話やないで、あの子なら、上手くなったアタシらについてこれる。絶対に。だから、ほら」

 こころがスマートフォンを掲げ、3人が映るようにカメラを起動する。
 カシャリ、淡いフラッシュが3人を照らし出し、その一瞬を切り取った。

「アタシらが頑張ってるっていうのを、珊瑚に届けようや!」
「大星さん、麦穂さん、師子王さん!いつでも出れます!」
「マネちゃんありがとっ!冬、スピカたちは止まっていられない…
 だけど、仲間を置いていくなんて絶対にしない。でしょ?」

 マネージャーが車のキーを手に階下へかけていく。
 ――そう、スピカの言うとおりだ。冬は力強く頷いて、2人の手を取った。
 涙を浮かべかけていたその瞳には決意の光が宿っている。

「そうだね…ありがとう、皆」
「いいってことよ。
 アタシらは同じアイドルグループなんやから」
「時間は待ってくれないし早くいくわよ!
 スピカたちの夢のために、皆で一番星になるために!」

—-

 闘士専用控室。
 そこはこの闘技大会に出場する者たちが各々に割り当てられた部屋だった。

「…」

 あの手紙を残してから、彼女たちには何の相談もせずに出てきてしまった。
 『リシアンサス』のためとはいえ、申し訳ないことをした自覚はある。
 けれど、私にとってこの解決策こそが最善かつ最速だった。

「冬、貴方の輝きはこのような壁を前にさえぎられてはいけないのです」

 お守り代わりに持ってきた音楽プレイヤーが『リシアンサス』の楽曲を奏でている。
 冬たちと奏でた歌の音程は決して安定していないが――この曲は、私に元気をくれる。

「あれ…暫く公式での発言は…」

 突如響いた通知音。ちらりと目をやるとそれは『リシアンサス』のSNSアカウントが投稿をしたというものだった。
 私が一時離脱している間を、ちょっとしたトラブルという体で投稿を控えていたはずだ。
 そのアカウントが発信をしている。この異常事態がもつ意味を知るべく、私は指を動かしていた。

「…!」

 そこに映っていたものは、眩しくて、手を伸ばせば届きそうで。
 ――ああ、そうだ。私が冬をトップアイドルにするべく歩んだ道は。
 この道を選んだ理由は。

「ますます一層、気合が入るというものです」

 自分でも気づいていなかった思いは、焔となって心を焼いている。
 只一振りの刃として冷徹に、迅速に任務を完遂する血にまみれた猟犬。
 それが私だったのだ。
 だが…冬との出会いは、そんな私を否応なく変えた。

「――私はここにいる――♪」

 口ずさむメロディラインは慣れ親しんだ音階。
 ここが終着点ではない。
 ここから、始めるのだ。そのためにも黒澤を納得させる戦いを。

—-

 転送された先は無人島。ここが戦いの舞台、ということだろう。
 周辺に生きている人間の気配はなし…少なくとも私の対戦相手は人間であったはずだ。
 近くに転送されていないならこちらから仕掛けるチャンスがある。
 幸い隠密行動は得意分野だ。
 木々の間を縫い、人の気配を探る。
 幸いにして、探し人はすぐに見つかった。リーゼントの男がどこへ行くともつかず歩いている。

 この無人島には私と対戦相手のみが来ることになっているはずだ。
 つまりここで人に会えばそれは確実に敵となる。

「?」

 突如彼の視線がこちらへ向けられる。気付かれたわけではない。
 恐らく、第六感的な感覚による気配察知だ。
 視線にも態度にも敵意が見受けられない。
 奇襲をかけるならば適した立地と状態で。
 例えばそう、足元に根が張り巡って不安定なこの状況とか。

「――!」

 仕掛けるならば今。蛇の如く這いより機動力を奪う一撃を。
 奇襲一つでやられる相手であればそれでよし、だがこの戦いに参加するということは並の相手ではないことの証左だ。
 無論この奇襲とて成功する確証はない。だが、先に仕掛けることに意味がある。

「やっぱなんか――」

 静かに鋭く、呼吸音さえ殺し放った一撃は、偶然(・・)振り返った男に視認された。

「ッ!?」

 私の奇襲に気付いた彼は驚きの反射神経で私の足払いを躱してきた。
 だが奇襲による思考の混乱は健在だ。まだ体勢の整わぬうちに追撃を仕掛ける。
 それを黙って受けてくれる相手ではないことは重々承知の上だ。

「オラァ!」

 身体構造を無視したような強引な動きで彼の拳が迫る。
 視界に映る鋼鉄の塊は岩堂の右腕につながっている。
 義手というものは厄介だ。中に機構を詰め込める分能力意外に警戒する要素が発生する。

 彼の右拳に私のサマーソルトキックが激突する。
 激しい激突音を奏でてお互いの身体が弾かれるように距離を取った。

「アンタが俺の対戦相手か。いい一撃だったぜ、楽しいケンカができそうだ」
「ケンカ、ですか。蘇生されるとはいえ命が掛かった戦いではあるのですがね」

 奇襲が失敗した以上、ここからは正面切っての闘いだ。
 また隠れて…ということも考えたが、それはだめだ。隠れる猶予は与えられないだろうし…
 なにより『リシアンサス』らしくない。

「五月雨珊瑚、この戦いにてお相手を務めさせていただきます。
 是非、覚えて帰っていただけると嬉しいですね」
「岩堂一心。早速始めようぜ、オレの記憶に残るかどうかはアンタの強さ次第…
 ま、あんな奇襲しかけてきたやつが弱いワケねえわな!」

 身体を捻り、全身の力をバネに私のもとへ突っ込んでくる。
 速い、とはいえ元くノ一である私の眼であれば十分に追える速度だ。
 狙うはカウンター、軌道の読める拳の一撃を躱し返す一撃で喉を抉る。

「危ねッ?!」
「今の一撃を防ぎましたか…」

 私の貫手は岩堂の首を掠めていた。かなり強引な肉体運動だ、明らかに身体に負荷のかかる避け方。
 だからこそ私の一撃を避けられたのだが…最初の奇襲と合わせて岩堂の能力の一旦は垣間見えた。
 歯を食いしばりながら私へタックルを仕掛けてくる。
 両腕でその一撃を受け止め、衝撃を利用して距離を取った。

「成程、痛みは感じるのですね」

 腕が少しだけ痺れている。岩堂の力は私の能力による自己強化さえも幾分貫いてきているようだ。
 悠長に分析している暇はなく、岩堂の追撃が迫りくる。
 振るわれる拳に合わせて身をかがめ、掬い上げるように掌底を顎目掛けて放つ。

「ははッ闘士に戻ってよかったぜほんとによ!
 アンタみたいな強え奴とこうしてケンカできるとはなぁ!」

 スウェーバックで攻撃を避けた岩堂の拳が私の髪を散らした。
 今のところ義手から暗器が出てきた形跡はない。言動からしてもそういったことはしなさそうだ。
 勿論警戒するべきではあるが、今は岩堂の動きへ対応することに比重を割く。

「私としてもありがたいことです。
 すぐに斃れられては私の実力も十全に発揮できませんからね」
「ハッ、啖呵もいっちょ前と来たか!いいね、愉しもうじゃねえか、なあ!」

 少々大雑把だが速度のあるジャブ、防御に徹すれば攻め時とばかりに振るわれる強力な一撃。
 こちらが動きを変えれば完璧に対応してくる場慣れ。
 相当な回数戦いを繰り返してきたのだろう。であるがゆえに弱点も一つ。

「素直、ですね。真っ直ぐでとてもいい拳です」

 少し誘うようにガードを緩め、攻撃の意志を見せる。
 即座に岩堂は反応してきた、仕掛けるには絶好の好機だ。
 足を軽く踏み鳴らすようにステップを踏んで、岩堂の攻撃に合わせて腕を取る。

「うおッ…?!」
「そんな君の前だから――♪」

 メロディを口ずさみながら、能力をフル稼働させて岩堂の身体を引き寄せる。
 魔人能力『スタン』。冬への感情が原動力となっているこの力は、私が冬の事を考えれば考えるほどに強度が増していく。
 戦いの最中でも、冬の歌を、ステップを、思い出してしまえば私は冬の力になるためならなんだってできる。
 冬と一緒に同じステージに立っていたあの日。あのライブで歌った記憶が私の背中を押してくれる。

「いつも頑張っちゃってるんだ――♪
 たまに弱音も見せちゃうけど――♪」

 私の力が予想以上だったのか体勢が崩れた岩堂の胴へ一撃。
 間髪入れず一瞬動きの止まった岩堂の頭へハイキックを叩き込む。
 しかし即座に反応した岩堂の義手が私の足をせき止めていた。

「効いたぜ、今のはよ…!」

 獰猛に笑う岩堂の腕に力がこもる。
 体力を少しは消耗させた、そう思っていたがまだその膂力は衰えていない。
 それでも、僅かな呼吸の乱れがある。決してノーダメージというわけではないようだ。

「オラァッ!!」
「――ッ」

 遂に拮抗を破り岩堂の義手が私を押し返した。
 姿勢が崩れ、一瞬の隙を晒した私の身体に岩堂の体当たりが突き刺さる。
 呼吸が乱れ歌が途切れた。吹き飛ばされる私へ追撃を仕掛けるべくぐっと屈んだ岩堂の姿が見えた。
 まともに一撃もらってしまったが、まだ戦える。
 だって、私には夢がある。
 冬をトップアイドルにする。そのために、私は『リシアンサス』のメンバーになり、支えることを決めたのだ。

—-

 控室で見たあの動画は、否応なく私の心を揺さぶっていた。
 それは『リシアンサス』のこころが、スピカが、そして冬がレッスンに励むムービーであり――
 最後に3人が画面の向こうに――私に向かって、手を差し伸べていた。

『珊瑚――――!私たち、待ってるよ!珊瑚が頑張ってる分、私たちもいっぱい頑張るから――
 珊瑚の思う通りに進んで!それが終わったら…いつもの場所で!』

 最初は、冬の事しか目に無かった。
 けれど、いつしか4人でいる『リシアンサス』という居場所は私にとって代えがたいものとなった。
 当然冬が一番好きだ。けれど、こころもスピカも私にとって大事な仲間で、チームメンバーなんだ。
 『リシアンサス』をトップアイドルにするだけならば、冬の活躍を見るだけなら同じチームである必要はない。
 プロデューサー、マネージャー、はたまたファンとして。
 彼女を支援する方法などいくらでもある中で共に歩む道を選んだのは――

「紛れもない 私の思い――♪」

 隣で歌ってほしかったのだ。すぐそばで輝きを目に焼き付けたかったのだ。
 何より共に――同じ舞台の上で輝きたかったのだ。
 手に届かなくても良かった。
                       ―――それは諦観だ。
 ただずっと輝いていてほしかった
                       ―――それは紛れもない本心だ。
 だから私は――

「届くなら 手を伸ばすよなんどでも――♪
 君の隣で輝きたいから――♪」

 拳を構えた岩堂の姿はもはや目と鼻の先。
 引き絞られた拳が放たれれば1秒とたたず私の顔を砕くだろう。
 故に私は跳んだ。ライブでの演出のように、冬の着地に合わせるいつもの振り付けを。

 冬のためなら――『リシアンサス』の仲間のためなら、どんな困難だって乗り越えて見せる。
 瞬間、身体が加速する。岩堂の拳を放った形で伸びた義手にトンと着地し顔面を蹴り上げながら宙を舞った。
 仰け反った頭を強引に戻してきた岩堂の拳をステップを踏みながらひらりと躱す。
 躱した瞬間避けた先目掛けて振るわれる蹴りに合わせてこちらも拳を放ち迎え撃った。

「そういえばアンタがこの戦いに来た理由を聞いてなかったな。
 腕試し目的か?」
「…私の所属事務所が他大手事務所の妨害でライブ会場が確保できずに芽吹けない。
 よくある大手からの嫌がらせですよ」
「オレにはムズカシーことはよくわかんねえ、だがなあ」

 お互いに力強く放った一撃同士がぶつかり合い距離を取った。

「そいつはいただけねえ。同じ土俵にすらあげねえで潰そうとするたあセコいマネをしやがる!!」
「そういうものですから。勿論それに納得していないから私はここにいるのですけれど」
「へへっ、いい根性してやがる!ケド勝つのはオレだ!
 ヤッパ強え奴とやれるんなら勝ちてえしなあ!いいケンカってのはそれがすべてじゃねえけどそれはそれ、だ」

 再び地面を蹴り、肉薄する。
 足場の悪いこの木の根が蔓延ったこの地面は、いつぞやの古いライブハウスのようだ。
 冬はあの乱雑に走ったケーブルを踏まぬよう懸命に踊っていた。

「私も、勝つつもりでここに立っていますので」

 首筋を狙ったハイキック、カウンターで振るわれる右拳を首を反らして避けつつ、ジャンプからの回転力を加えた廻し蹴りを肘に叩き込んだ。
 確かな手応え、あらぬ方向へ曲がったその有様だけで折れたことがうかがえる。

「ぐッ…!」

 呻きながらもお返しとばかりに義手の右拳が顎を掠める。
 無理な体制から放っていたため威力も低くなっていたが、それでも頭が揺れる感覚がある。
 万全、且つ直撃したらただでは済まない。

「そこから見える景色が 今の私を動かすの――♪」

 ターンを交えて少し距離を取り、次なる一撃を繰り出すべく足を後ろに引いた――

「いッ…?!」

 突然右脇腹に走る鈍い衝撃。
 視線を下げるとそこにはあらぬ方向に曲がっていた岩堂の腕があった。
 握りこぶしさえ形作っている上に今の一撃は決して腕を振り回した程度の威力ではない。
 重さと技巧の乗った力ある一撃だ。
 それゆえに私の身体は軽く吹き飛ばされた。彼の腕力が少しでも抑えられていなかったのは不幸中の幸いだろう。
 なにせ、今のような動きができるならば打撃で動きを止めた後即座に私を拘束できてしまう。

 彼の能力は、恐らく肉体操作…攻撃から攻撃、防御からの反撃、そして極めつけは折れた腕による正確な打撃。
 彼の動きを止めるとしたら…止めを刺すか、四肢すべてがもげるか。
 気絶程度で止まる相手とも思えない。

「ッ…は、あ…」

 吹き飛ばされた先は廃墟の中だった。
 木造だったのか激突と同時に柱が壊れたようで、左足が下敷きになっている。

「まずい、ですね…」

 ここからの脱出は決して難しいことではない、が、折れた柱が刺さっているようで満足に動ける時間は限られるだろう。
 そのうえ、上空に岩堂の姿が見えている。構えられた拳は確かに私へ狙いを定めていた。

「仕方ありませんね…!」

 足に力を込め、ささくれだった柱が突き刺さることもいとわず脚を思いっきり振り上げた。
 私の脚を押さえつけていた柱が吹き飛び、上空の岩堂へと向かっていく。
 足止めになるとは思っていない。
 一瞬の間をおいて岩堂が落下してきた。拳を叩きつけられた地面が砕け、衝撃波が伝わってくる。

「結構本気で殴ったつもりなんだけどなあ、まだ動けるか!」

 背後からの蹴りは彼の腕によって防がれていた。
 無理やり動いている分傷口からの出血はおおい。赤い軌跡を残しながらステップを踏むほどに痛みが頭をさいなんでいる。
 それでも、冬の事を考えれば、なんてことはなかった。

 腕が折れているとはいえ、彼の両腕は万全と同じ。
 それ以上に義手であることを最大限生かして攻防一体の構えを取っている。

「貴方の力であれば、確かに腕の一本を持って行ったほうが効果的なのでしょうね」
「あん?違うぜ、コイツは俺が全力でぶん殴った結果だ」
「…自分の身すら賭けての全力、ですか」

 それは、今までの私にとって選択肢にすら上がらないものだった。
 くノ一として、任務遂行が優先であった私だが、何より生き抜いて完遂することも最重要事項だ。
 自分の身をかけての一撃、その後に残る私の亡骸がクライアントや他くノ一の情報漏洩につながりかねない。
 故に、この身は任務を完遂したうえで生きて帰ることが求められていた。

「そんな大層なもんじゃないさ。只全力でぶつかった、そんだけだ。
 けど、腕が義手になったからってオレの力が落ちたわけじゃあねえ」

 拳を構える岩堂は、既に打ち合いの中で負傷を重ねている。
 損傷としてはこちらの方が上かもしれないが、私の攻撃は確かに彼へ通っていた。

「私は義手ではなかった頃の貴方を知ってはいませんが…
 十分に使いこなしている以上今の貴方は強い闘士に相違ないでしょう」

 警戒すべきは折れた腕による変則的な攻撃…
 普通の人体の動きを想定していては先程のように一撃をもらってしまう。

「冬、私は――」

 覚悟を決める。不思議と、恐怖は存在しなかった。

—-

 同時刻、レッスンスタジオにて。

「珊瑚、今頃何処行ってるのかな…」
「冬、それもう10回目やで…心配しすぎや!」
「絶対大丈夫!一応マネちゃんも色んな人に聞いて探して回ってもらってるし…
 今はスピカたちにできることをしないと!」

 冬は本日何度目かも分からないため息をついた。
 勢いづいて3人でレッスンスタジオに来たのはいいものの、やはり1人欠けているだけでなかなかうまくいかない。
 持参したボトルからドリンクを啜る冬の頬に冷たいモノが当てられた。

「正直、アタシも心配。やけど…珊瑚をここまで動かしたんは、アタシとスピカが口げんかしとったからな気もしてな。
 申し訳ないと思う反面…そんなら珊瑚が一時離脱してる責任はアタシがとらなアカン。
 これでも最年長やし、アタシは『リシアンサス』の…3人のために何かやってあげたいんや」
「スピカも、珊瑚に心配を掛けちゃったのは良くなかったし…」

 ボトルを握る手に2人の掌が重ねられる。

「心配なら、お祈りしよ。
 珊瑚が無事に帰ってこられますように―って、な」
「お祈りかあ…いや、珊瑚にはいらないかも」
「冬、はっくじょ~う」
「そうじゃなくって!もう…
 珊瑚なら大丈夫だって、行く前にみんなで言ってたじゃない?私も、そう思えるの」

 さんざん心配しておいて、と冬は自嘲気味に笑った。
 それでも、数秒後には2人の手を握り、いつもの笑顔で言い切った。

「珊瑚は、いつもみんなに合わせられる…優しくて、強くて、すっごいアイドルなんだから!」

—-

 覚悟を決めた、次の瞬間岩堂が眼前に迫っていた。
 もう迷わない。不思議と、胸の奥が熱い。いつも冬を思っている時以上に、何か燃え盛っているような、焦げ付いてしまいそうなほどに熱い。
 それが何によるものなのか、私は直感的に理解していた。

 いつも、4人で一緒にいるときはいつも感じている熱だったから。
 ライブ会場で並び立てば同じくらい心が震えていたから。
 ――お互いの事を、より強く思っていたコトを知っているから。

「いつも見てくれてる君に――
 一番よく映りたいんだ―――♪」

 リズムに合わせてステップを踏み、渾身の右拳で岩堂の拳を迎え撃つ。
 能力による強化は今までのモノより数段上だ。
 激突するだけで周囲にソニックブームが巻き起こる。

「おおおッ!!」

 気合で押し込もうと岩堂の拳が私の拳とせめぎ合う。
 微かな音が戦場に響き渡った。私の指の骨にひびが入った音か、岩堂の義手にひびが入った音か、はたまた両方か。
 その音をきっかけに、私の拳は岩堂の拳に押し負けた。
 弾かれたように腕が持ち上がる。その間に踏み込んでくる岩堂、そして迫りくる折れた腕が私の襟をがっちりと掴む。

「くっ…」

 逃げることはできない。襟をつかんだ腕ごと引きちぎれば脱出はできるだろう。
 だが、それよりも早く岩堂の攻撃が私を斃す。
 自身の腕を爆散させるような一撃など、まともに喰らえば死は免れられない。

「行くぜ――!」

 義手を嵌めた右腕が降り上げられる。
 ざり、と地を踏みしめた脚が砂地と擦れる音がした。
 だが、恐怖はなかった。
 それは、負けたとて死ぬことはないというものではなく。

「冬…私、やって見せます…!」

 限界まで引き絞られた拳は亜音速の弾丸となって私を叩き潰さんと襲い掛かる。
 冬のためなら、死んだって死んでやらない。
 死なないならなんだってやれるはずだ。
 彼の拳を受け止めるべく私は手を伸ばし――
 振り下ろされた拳は先程の激突とは比べ物にならない衝撃波を伴って周囲を吹き飛ばした。

—-

 ボロボロと崩れ落ちる義手が叩きつけられたそこには小さな血だまりができていた。
 まるで隕石でも落ちてきた爆心地の如きクレーターの只中で岩堂は蹲っている。

「はは、コレでも死なないたぁ――」
「死に体では、ありますがね」

 右肩から右半身を大きく持っていかれた私は全身を苛む苦痛の中でただ冬の事だけを思い続けていた。
 そうでもしなければ一瞬のうちに失血死しかねなかった。
 先程の一撃は、魔人能力による身体強化を一点集中させ彼の攻撃が着弾する時間を少しだけ遅らせたのだ。
 勿論、遅らせた代償として受け止めた右腕もろとも持っていかれた。
 蹲った岩堂の左眼窩にはぽっかりと黒い穴が開いている。

 どさりと私の身体に岩堂の身体が落ちてきた。流石に脳を壊せば動きは止まるようだ。
 だがどちらもほぼ瀕死、このような泥くさい戦いで黒澤は納得してくれるだろうか…

「冬―――」

 脳への酸素供給が足りないのか、意識が薄れていく。
 閉じ切る前の視界は、揺らいでいく世界を捉えていた。

—-

 決して小さいとは言えないライブハウスは満員御礼。

「皆~~!今日は来てくれてありがと~~~!」
「スピカたちのライブ、楽しみにしててくれたんだよね!」
「皆さんの心に、私たちの歌声とダンスを届かせて見せます!」
「せやから、瞬きゲンキンな!今日はアタシらも皆も、サイッコーに盛り上がってこうな!」
「「「「Fooooooo!!」」」」

 ステージ上に立つ4人の少女はまばゆいスポットライトに照らされている。
 BGMと共に、思い思いに、されど息の合ったパフォーマンスが観客を魅了している。
 あの魔人闘技大会から一か月。
設備点検がねじ込まれていたライブハウスが急遽別日に点検実施を宣言し、予定通り 『リシアンサス』のライブが決行された。

「いつも君は何処か 他のモノばっかりみてる――♪」

 約束通り黒澤による介入があったのだろう。
 近々開催のフェスにも、一応名前は連ねてもらえたが、まだまだ新人アイドルグループということもあり順番は後ろから数えたほうが近い。

「そんな君の前だから あれやこれや試しちゃう――♪」

 とは言えこうして私たちは予定通りライブもでき、冬を…『リシアンサス』をトップアイドルにする道は着実なものとなった。
 ここからは私たちの努力次第だ、だがその点について私は心配していない。

「いつも頑張っちゃってるんだ たまに弱音も見せちゃうけど――♪」

 こうして、私がいなくなっていた間にも3人の技術はかなりの水準になっていた。
 足手まといになってしまっては元も子もない、追い付くべく猛練習したのは言うまでもないことだ。

「振り向いてほしいし もっと一緒にいたいの――♪」

 サビへの演奏に合わせて思い思いの位置にいた4人が並んでいく。
 この振り付けも、振付師さんと一緒に知恵を絞り合って出したものだった。
 大きく動いて観客へのファンサを欠かさないスピカ、おしとやかな、それでいて動きのあるフリで緩急のあるこころ。
 センターで4人を取りまとめる冬、そしてその冬に合わせて動く私。
 個性がバラバラだからこそ、そろえる場面ではきっちり揃えるのがいい…ということだった。

 曲の最後に向けて、揃えられたステップが踏まれていく。
 ラストの盛り上がりに合わせて、4人は高く跳びあがった。
 お互いの背をお互いで支えるように、正確な位置調整とタイミングの把握が着地と同時に一瞬の静寂を産む。

 次の瞬間、ライブハウスが割れんばかりの大歓声が響き渡った。
 私たちの目の前には、色とりどりの光でできた海のような光景が、一面に広がっていた。

—-

 ライブが終わり、ファンたちが帰ったライブ会場。
 数多のスタンドフラワーが並べてあった。
 小さなライブハウスで活動していたころからのファンもいれば、今回から来たというメッセージを添えた人もいる。
 それだけ、私たちの努力が多くの人に認められたのだ。

「大成功だったね~次のフェスに向けてがんばろうっ、おー!」
「当然よ!スピカたちは止まってられないんだから!
 でもその前にご飯いこ~~~スピカ頑張ったからお腹すいちゃった」
「あれだけ動けば当然やな。どこがええ?珊瑚、なんか食いたいモンある?」
「冬は、何が食べたい?」
「返答がノータイムすぎて逆に怖いわ」

 そんなくだらない話でスタンドフラワーを見て回る帰り道。
 一つ、目に留まるものがあった。

「あれ…珊瑚、これ珊瑚宛てだよ!」

 冬がそのスタンドフラワーの前で大はしゃぎしている。

「なんや珊瑚、アタシらと離れてる間になんかあったんとちがう―?」
「何もないです。全くもう…」
「怪しいわ!今日ご飯食べながらちゃんと喋ってもらうわよ!」

 スタンドフラワーに添えられたメッセージは一言。

「『アンタはすげえやつだ!五月雨珊瑚!』です、か。
 名指しは少し恥ずかしいですね…
 箱推しで来てくださいよ…私たちは4人で『リシアンサス』なんですから」

最終更新:2026年05月25日 19:36