数多のキャラクター達の世界と完全に地続きの物語としてお楽しみください。
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つまりどういうこと? |
ハッピーさん:ファイの守っていた山乃端一人を護衛に向かい、典礼を撃破(第一話)。山乃端一人が複数存在することを知り調査を始める。
ファイ:『大体何でも屋レムナント』として、アグレッシブな山乃端一人を護衛中。
ジョン・ドゥ:シスター服姿の山乃端一人を護衛中。我が花嫁として丁重に扱う。山乃端一人に害するものは容赦しない。
山乃端万魔:囲碁部の山乃端一人の親友。父親であるクリスプ博士と離反してでも山乃端一人は守りたい存在。
すーぱーブルマニアンさん十七歳:変態から守ってあげた少女が山乃端一人であった。変態は私のことではないぞ!悪しからず!
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◆◆◆
魔人警察の一室に、タイピング音と資料をめくる音が響く。
「だ!終わりが見えねえ!!」
大量の書類とデータを相手に格闘するのは、金髪の大男。
魔人警察に属する警部、遠藤ハピィ。通称ハッピーさん。
山乃端一人の調査のため、彼は魔人警察に保管されている膨大な資料をあさっていたのだ。
「ハピィ警部、お疲れ様です!」
「お、サンキュ。でもハッピーさんでいいぞう。」
協力してくれる部下の差し出してくれたコーヒーをグイっと飲み干し、またしても書類に向かう。
山乃端一人。
自身の死をトリガーとして災厄を引き起こす魔人能力者。
彼女を保護することで災厄を事前に防ぐことが出来る。
「…と考えて『大体何でも屋レムナント』に保護された山乃端一人を迎えに行ったのによぉ…」
そう。山乃端一人は一人ではなかったのだ。
ジョン・ドゥに守護されたシスター服姿の山乃端一人の出現により事態は大きく変わってしまった。
【山乃端一人は一人ではない】
それを前提に調べ始めたら、山乃端一人の気配が東京中に転がっていることに気づかされた。
「死が災厄を呼ぶ少女なんて大々的に知らしめるわけにはいかない!」と理性に基づいた最少人数での対応が各地で行われ、結果として全体共有が出来ていなかったのだ。
「スカイツリーの黒龍も山乃端一人絡んでいるのか?列車でのデモンスレイヤーによる無差別殺人は?東京タワーでの寿司テロは?…クソ!俺一人じゃどうにもならん規模だぞこれは!!」
ハッピーさんは、事実の解明と協力者の選定を急ぎ進める。
これは徹夜の作業になるか。そう覚悟を決めて動き出したところに、部下の言葉が飛び込んできた。
「ハッピーさん。どうしてもお会いしたいという方がいらしています。山乃端一人の件とのことです。」
「…!?通してくれ。」
急ぎ面会を許可したハッピーさんの前に現れたのは、瓜二つの顔を持つ二人の少女。
山乃端一人と山乃端万魔であった。
「ここにも山乃端一人かよ…!」
◆◆◆
またしても山乃端一人。
一体何人山乃端一人がいる?護衛しなくてはならない対象はどこだ?
この二人は何をしに来た?
ハッピーさんは高速で思考を始める。
そんなタイミングに、ハッピーさんの携帯がけたたましく振動をした。
「…こんなタイミングに誰だよ…って、ウゲェ…」
携帯のディスプレイに表示される通話相手の名前に顔を歪めながら、ハッピーさんは電話を取った。
妙にハキハキとした声が部屋中に響き渡る。
「ハッピーさん!お久しぶりですー!少女の味方!ブルマニアンです!」
「…切るぞ。」
「ヘイヘイヘイ!ストップ!山乃端一人!山乃端一人の案件に私も絡んでいるんですってば!」
ブルマニアンが山乃端一人の案件に絡んでいる。
この事実にハッピーさんは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに思考を改めた。
確かにブルマニアンは変態。ハッピーさんとは別ベクトルで組織活動が出来ないタイプであり、同じ魔人警察ながら相性が良いとは言えなかった。
しかし、その正義感に関しては疑うところがない。
ブルマニアンが少女を守ると口にしたならば、それが破られたことは無かった。
「…マジか。どんな感じで。」
ブルマニアンはこれまでの経緯をハッピーさんに語る。ハッピーさんも情報を提供する。
互いの立ち位置が明確になったところで、話は次の段階へ進んだ。
「なるほど。お前がこの二人のお嬢ちゃんを俺のところに寄越したのか。」
山乃端一人と山乃端万魔。
彼女たちは池袋での騒動で仙道ソウスケに襲撃された。
紆余曲折あってなんとか窮地は脱したものの、組織だった襲撃の恐ろしさというものを嫌というほど痛感した。
個人では山乃端一人を守り切ることはできない。
そう感じた山乃端万魔は、組織の力を頼ることにしたのだ。
最初は警察に頼ることに不安を感じていたが、当の魔人警察に囚われ収監されている父親、クリスプ博士の
「山乃端一人の件に関して、魔人警察は味方のようだ。悪用しようという気配がない。」
という言葉を信じて魔人警察に出頭。対応したのがブルマニアンだったのだ。
「その通り!私も山乃端一人の護衛をしているけど、複数守るなんて無理無理。というか複数いるってことにビックリ。今、魔人警察で信用出来て、山乃端一人の件に絡んでるの、ハッピーさんくらいしか思いつかなくて!」
ハッピーさんは山乃端一人を守るため、典礼と代々木公園で派手に交戦した。
一般にその情報が漏れないように統制はしたが、裏、および身内に対して隠しきるのは難しく、ブルマニアンの耳に届いていたのだ。
「じゃあ、そこの二人についても話しちゃうね。」
ブルマニアンは続けて山乃端一人と万魔の情報も提供した。
ハッピーさんは新たに入った情報と、今目の前にいる二人、これまでの人脈、様々を加味し何をすべきか組み立てていく。深い思考に潜り込んでいくハッピーさんにブルマニアンがもう一声かけた。
「――最後、これが一番大切な話。」
ブルマニアンらしからぬ真面目な声色。
その声に本気を感じ取り、ハッピーさんは静かに言葉を待つ。
「あの憑坐 操が、そこの山乃端一人を狙っているらしい。」
憑坐 操。その名を聞いた瞬間、ハッピーさんの獅子を思わせる髪がざわりと揺れた。
額にはハッキリと血管が浮かび、こめかみがぴくぴくと震える。
「あの憑坐が、か。戦後最悪の寄生能力者。人から人へ移り、数多の破滅をばら撒きながらも、魔人警察の追跡を躱し続けた厄介な腐れ外道…!あの野郎の痕跡を追うのは酷く困難なはずだが、どうやってその情報を?」
「宵空あかね…って名前でいっても分かんないよね。ちょっと前に、幽霊の女の子と知り合う機会があって。」
幽霊?とツッコミを入れたかったが黙って話の続きを待つ。
「彼女は幽霊だから、何かが憑いてる存在が分かるんだって。何かに憑かれた大男が、そっちの山乃端一人の写真を見ながら、『これが山乃端一人ねえ…新しい駒を確保してからヤッちまうかぁ…』って呟くのを聞いたとか。彼女は山乃端一人って名前に反応してコッソリ写真を覗き込んだけど、自分の知ってる山乃端一人じゃなかったからそこで興味を無くしてそれ以上追いはしなかったみたい」
「何かに憑りつき、次の憑依先を物色し、山乃端一人を狙う存在…限りなくビンゴに近いな。あの腐れ外道がこちらの山乃端一人を狙っている、か。助かったブルマニアン!その情報があるかないかで全然違うぞ!」
「役に立ったなら良かった!じゃあ私は、こっちの山乃端一人の護衛があるので!じゃあね!正義執行!」
上司の決め台詞をパクったブルマニアンの別れの言葉と共に電話は切れた。
山乃端一人と万魔は、ブルマニアンとハッピーさんの通話を不安そうに見つめていた。
その視線に気が付いたハッピーさんは、頭を乱暴にガシガシと掻いた後、ニッと音が聞こえてきそうな笑顔で二人に向きあう。
「心配するなお嬢ちゃんたち!俺はこう見えてもプロだ!ああいう外道の考えることはよ~く分かる。お嬢ちゃんたちは俺が守って見せるさ!」
不安を与えない、風のような声だった。
「…ただな、それでも強敵が相手なのは間違いない…」
そうして万魔に真っすぐ目を合わせる。
「協力してもらうぞお嬢ちゃん。この戦いは、準備が肝心だ。これから作戦会議をする。やることをしっかり頭に叩き込んでくれ。」
「一人を守るためなら、俺は何でもする!」
「その意気だ!始めるぜ!…外道狩りを!」
◆◆◆
霧雨が降る午後であった。
魔人プロレス地方団体のエースである、リカルド権藤は特に何を想うこともなく商店街を歩んでいた。
この程度の雨ならば傘をさす必要もない。
そう考えながら進むリカルドの前を、少女がふさぐ。
プロレスラーとしての本能。リカルドは瞬時に筋肉を緊張させた。
肩まで垂れる三つ編みにしたおさげが軽く揺れる。
「リカルド権藤さんですよね!?ファンなんです!サインをいただけませんか!?」
ファンに対して一瞬警戒をした己を恥じ、リカルドは応じる。
「…あ、でも、この雨でサインが濡れるのは嫌だから、屋根のあるところに行きませんか?すぐそこに倉庫があるので…」
少女の提案を受け、リカルドは倉庫に歩みを進めた。
倉庫、という点を少し怪しくは思ったが、少女の挙動に怪しいものはなく、殺気のかけらも感じなかったため杞憂と判断した。
仮に何か罠のようなものがあったとしても、自分ならば問題なく対処できるという自信もあった。
しかし、その自信は慢心であった。
「…は?」
倉庫に踏み入れた瞬間、リカルドの二の腕に深々と光の剣が突き立てられた。
予兆…というより殺気は一切なかった。日常の一部、トースターから焼けたパンを取り出すかのような気軽さで光芒一閃は発動していた。
リカルドの腕には剣が突き立てられたというにもかかわらず傷一つない。
それでも筋肉を切り裂かれる痛みだけはリアルなものとして襲い掛かって来ていた。
そう。リカルドを誘った少女の名は光芒一閃の使い手、神凪ひかり。
少女は何でもないことのように、再び光の剣を振るう。
しかしリカルドとて魔人プロレスのエース。
瞬時に精神を立て直し、豪風のような一刀を躱す。
そしてそのままの勢いで膂力に任せたボディーブローを神凪に叩きつけた。
神凪の左あばら骨がベキベキとへし折れる音が倉庫に響く。
何本かの骨は内臓に突き刺さり、妙に鮮やかな血が彼女の口から吹き出た。
リカルドは神凪をここで殺すつもりはなかった。
ボディーブローの痛みで動きを止めたところで、関節を決め警察に引き渡すつもりだった。
――その優しさを弱さと呼ぶのは酷というものだろう。
神凪ひかりは、内臓を痛めつけるほどの一撃を受けたにもかかわらず、少しも動きを止めなかった。
すぐさま光芒一閃を振るい、光の剣をリカルドの脳髄に突き刺した。
光芒一閃は生物を斬っても傷が入ることはないが、斬られたことによる痛みは伝わる。
脳に直接伝わる痛みという、未だ経験したことのない激痛を前に、リカルドは意識を手放した。
地に伏す大男を、神凪ひかりは、否、憑坐 操は歪んだ笑顔で見下ろすと、ゲラゲラと笑った。
「やっぱりこの体はなかなか優秀だあ~。見た目の割に能力の出力が高いから良い感じに不意打ちが出来るなぁ!」
倉庫で起きた一瞬の凶行。
その一部始終を、体の中から見ている存在があった。
それは、精神牢獄に囚われた、本物の神凪ひかりの精神。
まるで巨大ロボットに乗った操縦者がコクピットから外部を見るような感覚。
映画のスクリーンよろしく目の前に展開された映像に、神凪ひかりは涙をこぼす。
「やめて…もうやめてよ…私の体で!これ以上酷いことしないで…!」
リカルドの一撃による痛みを全て押し付けられ、口から血を吐きだしながらも、彼女は懸命に目の前の外道に抗議をした。
「うるせえなぁ~~??ま~だ学習しねえのか?」
相対するは憑坐 操の精神体…という名の本体。顔には意地の悪い笑顔が張り付いている。
弱者の命をもてあそぶことに愉悦を感じる者特有の、歪んだ笑顔だった。
キヒっ、と一つ笑うと、憑坐は神凪ひかりの体を操りナイフを一つ取り出した。
その様を精神体の神凪ひかりは内部から見ていることしかできない。
「いや…やめて…それだけは!」
少女の必死の懇願を無視し、神凪ひかりの首筋にゆっくりとナイフが深々と突き立てられた。
「あ…ぐげぇ…!」
憑坐が憑りついた宿主への痛みは、内部にいる寄生された被害者の精神にフィードバックする。
リカルドの一撃による痛みのときと同様、神凪ひかりの精神体の喉元がゆっくりと切り裂かれ始めた。
ゆっくりと、ゆっくりと刃が進んでいく。
ごぼごぼと口元から血の泡が吹き出て、少女らしからぬ蛙が潰れたようなグゲェという悲鳴が零れた。
そうして、酷い痛みと屈辱の中で神凪ひかりは息絶えた。
その瞬間、彼女の肉体からずるりと憑坐が這い出た。
憑坐 操は、寄生先の宿主が息絶えると表に出てくるのだ。
しかし、憑坐は少しも慌てず、再び神凪ひかりの死体に憑りついた。
するとどうだ。神凪ひかりの首元の傷も、あばら骨の粉砕骨折も、まるで無かったかのように治癒をした。
これぞ、精神牢獄最大の特徴。
憑坐は死にたてであれば、死体であろうと強制的に治癒・生存させ、寄生することが出来るのだ。
寄生するにふさわしい強力な宿主に寄生するにはある程度痛めつけなくては憑りつく余地がない。
仮に多少やりすぎて殺してしまったとしても問題なく憑りつけるように、最悪の蘇生能力が備わっているのだ。
そしてこの能力は、宿主を屈服させるためにも使われる。
自殺、生存、自殺、生存を繰り返し、死の絶望を何度も与えることで反抗心を刈り取るのだ。
「…あ…はが…」
自死からの強制的な蘇生により、焦点の合わない目でぜひゅーぜひゅーと荒い呼吸をする神凪ひかり。
「キヒヒ!お前さん、結構タフだねえ。何回死んだ?これだけ死んで、まだ反抗的な目を出来るやつは、そんなにいなかった!」
心からの賞賛を憑坐は繰り出す。
「そうだなあ…大体50人もいなかったんじゃないかな?」
さらりと憑坐は告げる。――いったいどれだけの宿主を踏み台にしてきたのか。
その悍ましい有様に、神凪ひかりは叫んだ。
「…人でなし!こんなことして…それでも人間!?」
神凪ひかりは、折れていなかった。
あばら骨を滅茶苦茶にされ、精神をズタズタにされて、何回も殺されて。
それでも彼女は闘志をもって憑坐に嚙みついた。
その闘志を、憑坐は酷く滑稽なものとして笑い倒した。
品のかけらもない笑いだった。
「ギャハ…!ギャギャギャハハハハァ!!まだ、まだ理解してなかったのかよ?おめでたいなぁ!お前、俺が、この俺が、人間に見えるのかい?」
――憑坐 操。
正確には尸童と書かれる。祭礼に関する語で、稚児など神霊を降ろし託宣を授かるべく育てられた少年少女の意味だ。実際には「寄りまし」が語源とも言われているが、真偽のほどは定かではない。
なんにせよ、憑坐 操という存在は、『何か』を求めて祈り続ける尸童の懇願が歪んだ形で現実化した存在だ。ここまでして祈り、求めるならば、寄ります存在があってしかるべきだという人々の集合意識が生んだ邪念だ。
人々の願いに応え、降ろされたはいいが邪悪のまま振舞う怪異。
醜く歪んだ黒い流れ星。長年人々の祈りを糧に人から人へ憑りつき渡る大怪異。
それが憑坐 操の正体だった。
「ああー、笑った笑った。本当にお前は馬鹿だな…っと!」
憑坐は容赦なく神凪ひかりの精神を締め上げる。
「俺はお前の意識なんざいつでも粉々に出来るんだぜ?ま、リアクションが楽しいから生かしてやってるけどよ。もっと媚びな!犬っころみてえによぉ~!」
(ま、本当は意識を残してるのは痛みの生贄にするためだけどな)
とことん神凪ひかりを侮辱しながら、憑坐は続ける。
「俺の目的はよぉ、死と引き換えにハルマゲドンを起こす山乃端一人に憑りつくこと…。俺の能力なら何度だって山乃端一人を殺せる!ハルマゲドンのバーゲンセールだ!死体の山の中から、せいぜい使い勝手のいい宿主を見繕ってやるよ!ギャギャギャハハハハァ!!」
濁った眼が神凪ひかりに向けられる。
「そうしてよぉ~、山乃端一人に憑りつくときには…お前は用済みさ。…今度こそ、完全に、死ぬ。俺に利用されたまま、一生陽の目を見ることも無く消滅する…」
その死刑宣告に、神凪ひかりはぶるりと震えた。
体の芯に、氷の柱を突きさされたような底冷えする感覚に襲われる。
「ほら、言ってみろよ?『命だけは助けて』ってさぁ~~?ヒヒッ!」
それは酷く歪んだ、卑しい笑いだった。
「ほら、ほら、ほらほらぁ!芋虫みたいに這って、無様に媚びながら『命だけは助けて』って言ってみろ!」
ペッ、と一つ唾を顔に向かって吐きつける。
薄く濁った液体が、少女の頬を穢した。
「もしかしたらその滑稽さに俺様も絆されて、お情けをやるかもしれねえぜ?ウケケケケ!」
そんなはずはない。
こんなことを言いながら、結局は憑坐のような悪党は、宿主を無残に殺してから次に移るに決まっている。
懇願し、生を媚びたくなる欲求に襲われながらも、神凪ひかりは必死に己を奮い立たせ、何も言わずにキッと憑坐を睨みつけた。
「いいねえ~。その負けん気!その強情ごと、あとでぐちゃぐちゃに犯してやるから覚悟しな!」
言うが早いか、憑坐は神凪ひかりを蹴り上げ、腹を殴りつけ、後頭部を叩き気絶をさせた。
そうして、肉体の操作に戻る。
「イヒヒィ!」
憑坐は神凪ひかりの肉体を再起動させると、地に伏せたままのリカルドの頭部をグチャリグチャリと踏みつぶし、床の染みに変えた。倉庫中に血の嫌な香りと雨の湿気が満ちる。
「ギャハ!ギャハハハハァ!!お前らを踏み台にして、俺は先に進む!まだ、まだまだ先に飛べる!」
神凪ひかりの体で憑坐が笑う。
欲望に歪み切った笑顔が、少女の顔に張り付くさまはグロテスクと言っていいほどであった。
憑坐は自らの栄華を疑わずに笑い続ける。
先に広がる勝利と栄光の道を確信し揺るがない。
―――憑坐は確かに恐ろしい存在だ。
長年、人から人に移り寄生し続けてきた。
狡猾にして残忍。悪辣にして陰険。人を利用することを一切躊躇わず、望むままに生きてきた。
彼を害することが出来る存在など、この世にほとんどいないであろう。
しかし、ゼロではない。
数多の人生に憑りついてきた大怪異を誅することの出来る者は存在する。
憑坐は知らない。
このあと彼が対峙する相手が、現代日本最強の「怪異殺し」であることを。
ハッピーさんであることを。
◆◆◆
ハッピーさんと
外道の最期
◆◆◆
新宿。入り組んだビル街をハッピーさんと山乃端一人、山乃端万魔が練り歩く。
ハッピーさんの策はシンプル。
山乃端一人を囮にし、襲い掛かってきたところを仕留める。
大通りであれば罠を警戒し、あるいは逃走経路がないことに難色を示して憑坐は襲ってこないかもしれない。
しかし入り組んだビル街であれば逃走経路は十分用意されているし、目撃者も少ない。
襲撃には格好のスポットである。――だからこそ動いてくる。
そうハッピーさんは確信していた。
「…じゃあ事前の打ち合わせ通りに。」
山乃端一人と万魔は既定のルートを通る。
新宿のビル街は複雑怪奇かつ広大なので、いくつかのルートを組み合わせた動きをするだけで、自由意思に基づいて歩き回っているかのような印象を与える。実際はハッピーさんの規定した通りの動きをしているなど初見では見抜きようもない。
(こうして歩き回っていれば釣れる可能性が高いだろ…問題はどっちを狙ってくるかだな…)
二人の移動経路、タイミングを完全に把握しているハッピーさんは、敢えて二人から距離を取る。
監視の存在を感じられては、憑坐は釣りだせないと考えたからだ。
既定のコースをぶらつく山乃端一人と山乃端万魔。
位置を把握しながらも接触しないハッピーさん。
ヒリヒリするような時間が流れる。
(…まあ、いきなり奴が釣れるなんざ思っちゃいないさ。今日は駅中のベルクあたりで一杯ひっかけて帰るかな)
空が夕闇に染まり始めたあたりで、ハッピーさんは撤収を考え始めた。
その、ほんの少し、気が緩んだ瞬間。
側を歩いていた女学生が予兆を全く見せずに光の刃を振るった。
その凶刃を、ハッピーさんは当たり前のように受け止めた。
「…やるねえ…。どうして俺に気付いた?厄介そうな保護者から潰しちまおうと思ったが…初手を防がれるとは思わなかったぜ。」
「簡単な話だ。俺はお前みたいな外道の考えることはよく分かる。手を出しにくい、若い女性に憑依して不意打ちしてくることくらい読めてんだよ。…『怪しさのない若い女性』にだけ警戒を絞っていたってわけだ。」
ハッピーさんの答えに、憑坐は歪んだ笑みで返す。
「奇遇だなあ。俺もお前みたいな正義気取りは何人もぶっ殺してるから、考えがよく分かるんだよ…!」
人から人へ寄生する大怪異と、現代日本最強の怪異殺しの戦いが幕を開けた。
「こっちに出た。手筈通りに!」
ハッピーさんは開戦直後に一本の電話をかけた。
この電話が全ての結果を左右する一手であったことを、憑坐はまだ知らない。
◆◆◆
「オラァ!喰らえや!」
憑坐は神凪ひかりの能力を十全に使用し、『光芒一閃』を繰り出す。恐ろしい冴えを見せる光の剣がハッピーさんに襲い掛かった。
「『時よ止まれ、君は。』!!」
しかしハッピーさんは動じず、光の剣を傷つけた瞬間に箱に閉じ込める。
『光芒一閃』は光を物質化し、干渉可能な存在とする能力であるが、物質化するという事は傷をつけられるという事。ハッピーさんの愛刀である妖刀武骨が煌めき、傷をつけ能力発動の条件を満たしたのだ。
光の剣が箱化したのに合わせて、ハッピーさんは憑坐の腹部に強烈な足刀蹴りを放った。
真っすぐに押し出すような動きをする空手の技が、憑坐の鳩尾に突き刺さるかと思われたが、僅か手前でハッピーさんの蹴りは動きを止めた。
『光芒一閃』の応用。
淡い光の防御膜で全身を覆い、守備力を格段に高めていたのだ。
それは、さながらエアバッグ。決まるはずであった一撃は幕に阻まれダメージとならなかった。
(チッ、攻防一体の能力か!相手にしにくい!)
内心毒づきながらも、ハッピーさんは顔色を変えずに憑坐を攻め立てる。
達人であるハッピーさんと、長年寄生を続けてきた憑坐が操る神凪ひかりの戦闘力は拮抗していた。
互いに決め手に欠けるまま、一進一退の攻防が繰り広げられる。
(いい宿主に憑いてやがる…。光を体にまとっているのか?箱化しようにも中身を巻き込んでしまう使い方は出来ない…どうしたもんかね)
攻め手を考えながら、ハッピーさんは再度蹴りを放った。
全身を覆う光の防御幕であっても、何発か撃ち込むうちに摩耗するのではないかと推察したのだ。
何回も蹴りと斬撃を入れることで防御のための光を削る。
それは作戦として正しかった。
神凪ひかりを相手にするのであれば、その戦法がまさに正着と言っていい一手だったであろう。
しかし、ハッピーさんが相手をしているのは神凪ひかりではない。
その中に巣くう、憑坐 操こそが相手なのだ。
ハッピーさんはその違いを理解しきっていなかった。
ハッピーさんの鋭い蹴りが叩きつけられる刹那、憑坐は『光芒一閃』による光の防御幕を解除した。
「な…!?」
憑坐のどてっぱらにハッピーさんの一撃が綺麗に決まる。
メキメキとあばら骨の砕ける嫌な感触がハッピーさんに伝わった。
ゴポリ、と嫌な赤色をした血潮が、憑坐の操る神凪ひかりの口から零れた。
「…どうして…?」
神凪ひかりが涙をこぼし、何故自分を痛めつけるのかと責め立てる。
ハッピーさんは世界一諦めの悪い男だ。
ありとあらゆる手段を用いて神凪ひかりを助けるつもりであった。
そのプランの中には、彼女を五体満足ではなく、ある程度負傷させてでも助け出す次善の策もあった。
ハッピーさんは、人質を傷つけてしまう事も覚悟していたのだ。
しかし、この瞬間、全く予想をしていないタイミングで少女を傷つけてしまったことに、愛と正義の人であるハッピーさんは僅かながら揺らいだ。
これが外道の策であると理解しながら、少女の涙に心を揺り動かされてしまった。
その、ほんのわずか生まれた隙をつき、憑坐はハッピーさんの側頭部に鮮烈なハイキックを撃ち込んだ。
意識が一瞬吹き飛ぶほどの一撃に足踏みをした瞬間を狙い、光の剣が四肢を傷つける。
拮抗していた攻防が一転、ハッピーさんは地に崩れ落ちた。
「キヒヒィィィィ!!言ったよなあ!?正義気取りの考えることはよく分かるってよお!」
崩れ落ちたハッピーさんに対し、何の容赦もなく追撃が行われる。
拮抗していた戦闘力。天秤が一旦傾いてしまえば、あとに待っているのは一方的な蹂躙であった。
ハッピーさんはなんとか攻撃を防ごうと努めたが、何もかもが一手遅い。
あっという間にハッピーさんの全身は血に染まり、肩で息をし始めた。
だが、それでもハッピーさんの表情に絶望はない。
圧倒的に不利な状況にもかかわらず、ハッピーさんは笑顔で話しかけた。
「俺は、言ったよな…外道の考えることはよく分かると…」
血にまみれながら言葉を紡ぐハッピーさんを、憑坐は嘲笑った。
「ああ、言ったなあぁ~。そして俺はこう返したぜ。『俺も正義の味方の考えることはよく分かる』ってなア!もう忘れたか?記憶が朦朧としてんのか?」
ハッピーさんの顔面に、容赦なく憑坐の蹴りが突き刺さる。
「お前みたいなタイプは、俺が憑いている少女を犠牲に出来ねえ!」
『光芒一閃』がハッピーさんの内臓に、切り刻むかの如き痛みを与える。
(コツはよお~、嬲ってやることだ。『このままだと死ぬかもしれない』と思わせたら、この宿主の命を無視して襲ってくるかもしれないからな~。じわじわ痛めつけて、抵抗心を削いでやるよ!)
「ギャギャギャハハハハァ!お前のようなお人好しは!俺みたいな悪者に利用されるって決まっているんだよ!」
容赦ない暴力がハッピーさんを打ち据える。
それでもハッピーさんの目の光は一向に濁らず。
血反吐を吐きながらも、ハッピーさんは言葉を紡いだ。
「何度だって言うぜ…俺はお前みたいな外道の考えはよく分かる…。『嬲ってやればいい』とか思ってんだろ?外道はいつだってそうだ。一方的に相手をいたぶることに夢中になる。」
憑坐は、この期に及んで余裕を見せるハッピーさんが気に食わなかった。
ムカついたので鼻っ柱に強烈な一撃をお見舞いし、鼻骨をへし折った。
「キヒヒィ!良~い感じになったじゃねえか色男!」
徹底的に蔑む憑坐に、ハッピーさんは酷く冷めた言葉を投げた。
「…違うな。クソ野郎。色男ってのは、俺じゃなくて、お前の後ろの男みたいなやつに使うんだぜ…!」
ハッピーさんの言葉が耳に届くか否かというタイミングで、憑坐の背を、何者かの手が触れた。
その瞬間、神凪ひかりの内部に異変が起きた。
「…あ?なん…だ!?ちょっと待て!なんだこれは…!?俺の…俺の能力がぁぁぁ!?」
「言っただろ!?外道は相手をいたぶることに夢中になるってな!背中がお留守だ!光の防御幕があれば大丈夫だとでも驕ったか?なんにでも例外があることは、魔人なら常識だろうが!!」
酷く呆気なく、精神牢獄は解除された。
神凪ひかりの口から、精神体である、エクトプラズムのような憑坐の本体がずるりと飛び出た。
(何が?何が起きたっていうんだ!?)
混乱のままに、憑坐は自分に触れた手の正体を確認する。
そこには、まさに色男と呼ぶにふさわしい、人間離れした端正な顔立ちにホストのような華美なスーツを着た青年が立っていた。青年の後ろには、シスター服姿の女性が不安げな顔で立っていた。
「『大侯爵』」
青年は能力名をビル街に放り投げる。
対象に直接接触している間のみ持続するその能力は、魔人能力を無効化する能力。
能力者の名は、ジョン・ドゥ。
【こっちに出た。手筈通りに!】
ハッピーさんが憑坐と接触したタイミングで電話をかけた相手は、万魔ではなく、前回の戦いで縁が出来たジョン・ドゥであったのだ。
(何が起きた、じゃねえ!まずいまずいまずい!逃げろ!!逃げるんだよ!)
ジョン・ドゥの能力で剥き出しになった憑坐は、恐慌をきたしながら逃げの一手を打つ。
「ジョン・ドゥ!ありがとなぁ!この借りは近いうちに返すぜ!!」
礼を叫びながら、剥き出しの憑坐を容赦なくハッピーさんが追う。
「…ふん、俺を都合よく使ったことには一言言いたいが…我が花嫁の望みであるのなら叶えないわけにはいかんのでな…!」
ジョン・ドゥは、自らの役目は終わったと言わんばかりに、花嫁を優しく抱きかかえ去っていった。
「俺をここまでさせるのはお前だけなのだぞ?」
愛の言葉を吐くのを忘れぬままに。
◆◆◆
ビル街の入り組んだ路地を、必死に憑坐が逃げる。
(畜生…畜生!能力解除の能力者!?天敵じゃねえかクソが!!)
内心で罵詈雑言を吐きながらも澱みなく逃走をする。
新宿の入り組んだビル街が憑坐に味方をする。
多種多様な曲がり角を十全に利用し、憑坐は一心不乱に逃走をした。
その熱意が起こした奇跡か。
はたまた、ただの偶然か。
一つの曲がり角で、憑坐は見知った少女と遭遇した。
写真で何度も確認した存在。
丁寧に身につけられた制服。上品にカットされた髪。穏やかでありながら芯の通った空気感。
憑坐が狙っていた、山乃端一人がそこにいた。
(やった!!ついてる!俺はついている!情報では山乃端一人は魔人であるけれど、死亡時のハルマゲドン能力以外に何かをすることはできない!だったらすぐに憑ける!本当に憑いているぜ!)
憑坐は喜色満面で山乃端一人に襲い掛かる。
怪異が急に襲い掛かってきたことに怯えたのか、山乃端一人は恐怖で失神をした。
糸を切られた操り人形のごとく、ぐにゃりと倒れ込んだのだ。
憑坐はすぐさま失神した山乃端一人の肉体に憑りついた。
もう少し落ち着いた場面であれば、憑坐も気が付いたであろう。
あまりに都合のいい展開であると。これがハッピーさんたちの用意した罠であると。
事前の打ち合わせ通りに待機していた万魔の策であると。
憑りついた瞬間に憑坐は山乃端一人の精神体を掌握しようとする。
しかし、奇妙なことに山乃端一人の精神体が存在しない。
憑坐が憑りついた体には、魂が含まれていなかったのだ。
困惑する憑坐に対して高らかな声が降り注ぐ。
「彼誰時」
山乃端一人と瓜二つの顔ながら、白い髪に褐色の肌。
山乃端万魔がそこに立っていたのだ。
「まんまと引っかかったね。あんたが憑りついたのは、一人の変装をした私。あんたが襲い掛かってきた瞬間に能力を発動させて別のボディに移ったのさ。」
――つまり。
憑坐は魂の存在しないボディに憑りついてしまった。
死体であろうと憑りつくことの出来る応用性の広さが災いした。
憑坐は、人質がいないまま憑りついてしまったのだ。
◆◆◆
フッ!と一つ息を吐き出したハッピーさんのジャブが、万魔のスペアに憑りついてしまった憑坐の顔面に刺さる。めきりと嫌な音を響かせ、鼻が歪に曲がる。
「……?……??」
憑坐は何が起きたか分からずに棒立ちをした。
ハッピーさんのジャブが着弾してから数瞬の時を経て、爆発的な悲鳴がビル街に轟いた。
「…!!???い…痛ぇ~~!!あ!あ!痛っ、痛、痛い~!!??」
それは当然の道理。憑坐は今まで痛みを宿主の精神体に押し付けていた。
憑坐が憑りついてしまった万魔のスペアには精神体が存在しない以上、痛みは全て憑坐が負う。
何十年何百年と、痛みとは無縁で存在してきた憑坐にとって、久方の痛みは深く、鋭く、重く突き刺さった。
(痛い!痛い!痛い!どうしてこんな!?)
声も出せずに混乱し悶絶する憑坐に、万魔がお手本のようなローキックを叩きこむ。
太ももからブチブチと筋繊維の断絶する不愉快な音が響く。
「…俺と同じの顔の相手をぶちのめすなんて、気が乗らないと思ってたけど…そんだけ気持ち悪い笑顔をしている奴なら容赦はしない…!外道でいてくれてありがとう!容赦なくぶちのめせる!!」
「今までの分…きっちりお返ししなきゃなあ!」
「やめ…やめろクソったれぇぇえ!!!」
憑坐の叫びを無視し、二人の溜まりに溜まった感情が爆発する。
万魔の左フック。ハッピーさんの右ミドルキック。
万魔の肘打ち。ハッピーさんの廻し蹴り。
万魔の目突き。ハッピーさんの金的蹴り。
万魔の掌底。ハッピーさんのアッパーカット。
「「うおらぁぁぁぁああああああ!!!!」」
暴力の嵐が憑坐を痛めつける。
内蔵が潰れ、眼球が飛び散り、骨が砕かれ、四肢がひしゃげる。
「あ!ぎゃ…ぎゃぶ!ぐげぇ!」
汚い悲鳴と共に血を撒き散らす憑坐。
もはや彼に道はなく、こうして成す術もなく死んでいく。
――そんな未来を、憑坐は信じていなかった。
長年人間を食い物にしてきた大怪異の面目躍如。
絶望的状況であっても、自身の生に貪欲であり、何とか生き延びようとする。
久方ぶりの痛みに情けなく悲鳴を上げながらも、諦めてはいなかった。
ハッピーさんの渾身の右ストレート。
万魔の裂帛の左ハイキック。
強烈な一撃に対して、憑坐はあえて脱力した。
今までは痛みを極力抑えるように、攻撃に対し抵抗し、身を固め、衝撃を逃がす努力をしていた。
その戦法を繰り返し、相手に意識付けしたうえでの脱力。
強大なパワーをそのまま受け入れ、ぼろ雑巾のように吹き飛ばされる。
そうして、その瞬間に寄生を解除した。
猛烈な勢いで憑坐が射出される。精神体が加速し、一直線に離れていく。
二人の達人の一撃を利用し、推進力と変えて逃走を図る。
(タイミング!完璧!俺は貴様らから逃げきって見せる!少し、ほんの少し別の路地に逃げさえすれば、そこら辺の一般人に憑りついて逃げることが出来る!!)
ハッピーさんと山乃端万魔の手の届かぬ位置に消えゆく憑坐。
しかしハッピーさんも万魔も、欠片も慌てるそぶりがない。
「言っただろ?外道の考えはよく分かっているって…。倒したいだけなら妖刀武骨を抜けばいいだけだ。そっちに逃げるように仕向けたんだよ。」
逃走の成功を確信した憑坐 操の前に、死神が待つ。
因果応報の具現が、路地裏に構えを取る。
肩まで垂れる三つ編みにしたおさげが夕焼けに照らされ、燃えるように赤く光る。
憑坐 操に寄生されていた少女、神凪ひかりがそこに立ちふさがっていた。
あばら骨を砕かれ、精神を徹底的に痛めつけられ、命乞いを強要されても折れなかった少女。
満身創痍なれど、その瞳は爛々と輝き、憑坐 操を睨みつける。
ペッ、と一つ口に溜まった血反吐を路上に吐き捨て、渾身の構えを見せた。
憑坐 操の顔色が青に染まる。
(いいいいいつの間に???何故まだ立てる??何故何故何故???!!)
完全に恐慌状態に陥る憑坐。
結局のところ、彼は人間を甘く見ていたのだ。
たまたま上手くいっていた現状を当然と思い、刹那に輝く人間の意地を舐めていた。
ハッピーさんは、握り拳をグッと神凪ひかりに突き付けて叫んだ。
「お嬢ちゃん!!ぶちかませぇぇぇえええ!!!」
ハッピーさんの声援をブーストに、神凪ひかりが輝きを増す。
魔人能力『光芒一閃』による、淡くも美しい光の剣が生成される。
彼女の剣閃は霊体である憑坐 操にも容赦なく干渉し斬り捨てることが出来る。
憑依し能力を十全に把握していた憑坐は、誰よりもそれを理解していた。
憑坐 操の脳裏を、高速で記憶が駆け巡る。
自身が神凪ひかりにしてきたことを反芻していたのだ。
彼女の精神を散々に嬲り、犯し、痛めつけ、蹂躙し、利用し、踏みにじった。
――笑いながら。
反芻の結果、結論は一つ。
許されない。赦されるはずもない。
如何に傲慢で人を人と思わない憑坐であっても、神凪ひかりが自分を赦さないことくらい理解できた。
この期に及んで神凪ひかりが、自分を見逃すはずなどないと理解できた。
思うが儘に過ごしてきた長き悦楽の日々の終わりが、まさに眼前に迫っていることを理解できた。
「い…嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ!」
霊体であるにもかかわらず、彼の全身をねっとりと脂汗が包んだ。
涙と鼻水、絶望で顔面をぐちゃぐちゃにしながら、夕陽に照らされ美しく佇む少女に向かって叫んだ。
「命だけは助けてぇぇぇえええええ!!!!」
外道の命乞いが、ビル街に惨めに響いた。
その汚い悲鳴を切り裂くかのように、凛とした声が押し通る。
「光芒一閃ァァァ!!!!」
「あぎゃああああぎぃぃぃぃいいいい!!!!」
憑坐 操は絶望を顔に張り付けたまま両断され、夕闇のビル街に霧散していった。
勝者:ハッピーさん&山乃端万魔&神凪ひかり
敗者:憑坐 操。完全敗北
◆◆◆
――激戦を終えて――
◆◆◆
魔人刑務所の奥。特に危険な人物、もしくは特殊犯を収監するための施設。
山乃端万魔の生みの親であるクリスプ博士が収監されている部屋に、今回の事件の関係者が集っていた。
山乃端万魔、山乃端一人、クリスプ博士、ハッピーさん。
そしてもう一人。
坊主頭に鍛え上げられた肉体、身にまとうはボサボサの袈裟。
まさに修行僧そのものといった巨漢が同席していた。
クリスプ博士が感心したように言葉を漏らす。
「ふむ…日本の警察は本当に優秀だねえ!まさか数日で彼を発見し連れてくるとは!」
「名前と、あんたが接触した時期さえ分かればな…ベタなセリフだが、日本の警察を舐めないでいただこう、ってやつだ。」
ハッピーさんが連れてきた男は、『他人の能力を知る魔人能力者』。
その名は贋真。物事の真贋を見抜く者。
クリスプ博士が山乃端一人のハルマゲドン能力を知るのに使った能力者である。
「あんたがコイツの名前と接触時期を教える条件に出したのは、これからすることを共有すること…。約束通り、あんたの目の前で行うことにしたぜ。」
その言葉を合図に、贋真がぬらりと動く。
大きな手を、山乃端一人の頭にピタリと付けた。
「…拙僧の魔人能力は遠隔でも発動し、対象者の能力を看破できるが…直接触れた場合は能力をより深く見抜くことができる…」
「山乃端一人が複数いて、同じ能力を有している…ならば、能力の解析をより深くできれば秘密が分かるのではないか、ってわけよ。」
贋真の手が薄ぼんやりと光りはじめた。
その瞬間、贋真の眉がビクビクと痙攣し、顔面が脂汗に染まった。
どんどんと呼吸が荒くなったかと思うと、ぶはぁと大きく息の塊を吐き出した。
「…こんな…こんなことが…!」
贋真の反応に嫌なものを感じながらも、万魔は思い切って尋ねた。
「一人の能力…分かったのかよ…?」
贋真はこくりと頷き、
「良い情報と悪い情報がある。」
と、どこかの洋画にでもありそうなセリフを吐いた。
「まず良い情報であるが…彼女にハルマゲドン能力を与えた大いなる存在…仮に『神』とでも呼ぼうか。『神』はどうやら今回はどうしてもハルマゲドンを起こしたかったようだ。そのために本来1人に与えるべき能力を25人に分割した…。どの山乃端一人が死んでもハルマゲドンは起きる。これで発生確率は跳ね上がる。」
ハッピーさんが眉をひそめて食ってかかる。
「待て待て!どこが良い情報だそれの!」
「焦るな。続きがあるのだ。分割した故に、能力の有効期限が極端に短くなってしまった。…山乃端一人のハルマゲドン能力は、この冬を終えて春が来れば消失する。」
一瞬の沈黙。
「やったー!!!」
万魔が一人に抱き着く。
「うわ!万魔!何急に!」
「だってよお…春になれば一人が狙われる理由はなくなって!そうしたら、そうしたらさ、俺たち、普通に学生出来るわけじゃない?…一人はさ、もう危ない目に合わなくて済むわけじゃない?」
万魔の目にジワリと涙が浮かぶ。
それにつられたのか一人の鼻も赤くなった。
「あ~、お嬢ちゃんたち。水を差すつもりはないが…喜ぶのは、『悪い情報』とやらを聞いてからにしようや。」
ハッピーさんの言葉に万魔は気を引き締めなおす。
空気が再び緊張をはらんだものに変わったのを見届け、贋真は口を開いた。
「悪い情報は…彼女を確実に仕留めるために『転校生』が呼ばれる…!そういう能力!」
先ほどまで喜びと興奮で朱に染まっていた万魔の顔が、一瞬で蒼白に染まった。
――『転校生』。
無限の攻撃力と無限の防御力を持つ、魔人とすら一線を画す存在。
それはもはや厄災の一種であり、過ぎ去るのを祈るしかできぬ相手である。
その恐ろしさはこの世界に生きる者であれば誰もが骨身に染みている。
「…やれやれ。やっぱり忙しくなりそうだぜ」
ハッピーさんのため息が、静かに収監施設に響いた。
◆◆◆
「――――と、そんな秘密が山乃端一人にはあるそうですよ」
クリスプ博士が収監されている施設には、他にも稀代の悪党が存在していた。
その男は情報を操る。
人知れずに施設内の会話を傍受するなどお手の物であった。
その男の名は仙道ソウスケ。
一度この施設を抜け出し池袋で暴れたソウスケは、紆余曲折あって再び施設に戻っていたが、情報網はいささかも衰えていなかった。いかにして看守を買収したかは知らぬが、看守の目前で堂々と携帯で外部と通話をする。
――その通話相手は。
「ペーラペラペラ!!面白い情報だな!それをオレに教えてどうしようってんだい!?」
「特に他意はありませんよ。池袋でお世話になった方々に、山乃端一人の情報を提供したまで…今後のお付き合いを考えたアフターサービスというやつです。」
軽薄な口調でソウスケと通話するのはウスッペラード。
「つーことは、ジャックや餅子にもコレ伝えた?ペーラペラペラ!あいつらどう動くかなあ!」
(ま!考えても分からね~けどな!)
彼は薄っぺらかった。
「なんにせよ良いタイミングで知らせてくれてサンキュー!」
興奮気味にウスッペラードは通話を切った。
その行為とすれ違うかのように、ウスッペラードを呼ぶ声が響く。
「ウスッペラードさん!出番です!」
彼を呼んだのはテレビ局のスタッフ。ウスッペラードは、『新春大特番!生でお笑い東西戦』のゲストとして呼ばれていたのだ。ペストマスクの怪人という分かりやすいビジュアルを持ち、特撮によく呼ばれる影響で子供たちへの知名度は高く、薄っぺらながら場を盛り上げる能力もあるウスッペラードはバラエティ番組で重宝されていた。
しかしテレビ局は理解していなかった。
ウスッペラードは「マジで本物の悪役」であり、正真正銘の「異次元からの侵略者」なのだ。
予定調和が重んじられる生放送番組に彼を呼ぶという事の意味を、少しも理解していなかった。
~五分後~
「ペーラペラペラ!カメラ!もっとちゃんとこっち向いて!オレの言葉を届けるんだよ~!」
ウスッペラードは大物司会者を頭から丸呑みにして紙化。
人質にしてスタジオで暴れていた。
何故いきなりウスッペラードはスタジオをジャックするなどと言う暴挙に出たのか。
なんのことはない。
ただそっちの方が悪役っぽいかなー!
こう、全国電波に乗せて関係者には伝わるメッセージとかイケてない?
と思っただけだった。
彼は薄っぺらかった。
スタジオをジャックしたウスッペラードは高らかに笑った。
「ペーラペラペラペラ!山乃端一人たちに告ぐ!25人いる、山乃端一人たちに告ぐ!」
「山乃端一人?」「誰だそれ?」
「え、コレってドッキリじゃなくてガチ?」「警備員何やってんの!」
スタジオと全国のお茶の間に広がる困惑をよそにウスッペラードはペラペラ喋る。
「山乃端一人!お嬢ちゃんの能力は~、春になったら消えちゃうぜぇ~!良かったなぁ!ラッキー!」
軽薄の極み。彼はどこまでも薄っぺらく、特に責任感も持たず秘密をぶちまけた。
「だけどアンラッキー!絶対仕留めようと『転校生』が来るってよ!『転校生』が来るってよ!一人でも殺されたら…ドカン!ハルマゲドンだ!ペーラペラペラ!」
全国の電波に乗って、秘密の共有が行われた。
それが何を引き起こすのか、ウスッペラードは特に考えない。薄っぺらいから。
彼にとって世間だとかど~うだってよかった。
他の山乃端一人もど~うでもよかった。
自分なんかのファンでいてくれる、奇特な山乃端一人以外のことは知ったことではなかった。
この放送をみれば、他にも山乃端一人がいることを知って、刺客はバラけるんじゃね? だとか
鏡に姿すら映らなくなった、重圧を背負うあの山乃端一人も少しは楽になるんじゃね? だとか
ウスッペラードが考えていたかは分からない。
彼は薄っぺらだから。
ただまあこれは「わるいこと」だろうな、とだけは思っていた。
◆◆◆◆
「『転校生』まで来るかい…たいぎいのう。」
だぼだぼの学ランをまとった少女が呟いた。
「儂の獲物を横取りする愚か者がおるか…同胞達!戦の支度じゃあ!」
並行世界の超越者が咆えた。
「『転校生』っすか…。相手が誰であろうと、こっちの取立が優先っす。」
最速の取立屋が静かに燃えた。
シスターが。幽霊が。配信者が、メイドが、殺し屋が。
それぞれの山乃端一人に思いを馳せて、それぞれが行動に移った。
様々な思惑が絡み合いどのような物語が生まれるのか。
それは誰にも分からない。
ただ一つ確かなことは。
この物語の終着はハッピーエンドである、ということだ。
――――間もなく、冬が終わる。
了