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第一回戦【洋館】SSその1 - (2013/04/29 (月) 22:16:47) のソース

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*第一回戦【洋館】SSその1

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この世界は3次元の世界だと言われている。

縦、横、そして奥行き。
この3つの次元によって空間が成り立っている。

私たちはこの空間の世界に生きている。その空間を時間が一方向へと流れている。
(※注:この「時間」という要素も考慮した場合、
 この世界を表現するのに時空という呼び方を採用することもある。
 私達が日々過ごしている世界において時間は空間とは独立した次元であるため、
 同じ「次元」という一要素でありながら特別扱いをされるのである)



ここで誤解してはならないのだが、
「3次元であること」イコール「縦、横、奥行きで構成されている」
とは、必ずしもならない。

わかりやすい例で説明するならば、2次元を考えるとき、
「縦」と「横」で構成された平面……「画像」を考える者が多いが、
それがあなたの前に「壁」として存在するならば「縦と横」の平面であるし、
「床」として存在しているのであれば「横と奥行き」の平面である。
(※注:言うまでもないがあくまで例であり、地球が球形であることは考慮しない)


私たちの生きている空間以外の3次元の例としては、「動画」が挙げられる。
平面の画像が再生時間に沿って変化していく。巻き戻せば画像も元に戻る。




……そこで私は考える。

もし私たちが生きているこの世界以外の世界が存在するとして――

それが、この世界とは異なる次元の組み合わせによって成り立っているとして――

それが、この世界と接するということがもしあるとすれば。


先ほどの「床」と「壁」の例で言うならば、その2つが接する部分は「線」となる。
その「線」は、2つの平面が共有する次元――「ひとつ下の次元」である。

ならば、この世界と「もうひとつの異なる3次元世界」が接する部分は。



「平面」になるのではないか。


#right(){――ある数学系魔導書の一節より。}


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ダンゲロスSS3
「一回戦第七試合」

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洋館。

元は安出堂という名家の所有だったらしい。
住み手がいなく持て余し気味だったその館は、
過去に七葉樹グループによって買い上げられた。
もちろん、試合会場にするなどという冒涜的な意図でなく、居住目的で。

規模こそ大きいが、七葉財閥は基本的に同族経営である。
つまりこの洋館は、七葉樹の経営者の住むところとして存在していたのだ。
現在の七葉のトップに据えられている七葉樹落葉もまた、この場所に住んでいた。
――ごく短い間だけ。

思い出の残る場所さえも機関のために差し出す、現七葉総帥。
現在の目高機関と七葉財閥の力関係を示したわかりやすい構図の一つだ。

(――と、思いたい奴には思わせておけばいい)
本会場内に特別に設らえられた観戦室で、銀髪の少女、落葉はひとりごちた。

戦闘が始まる。


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弓島由一。

参加者の中では高島平四葉と並んで最年少である彼だが、
自分こそが優勝するのだという熱意に満ちていた。

(使いどころさえ間違えなければ、オレの『ガンフォール・ガンライズ』は無敵だ)
と、普段から認識している。
一対一の状態で向き合えば『転校生』のような怪物をも倒すことが可能だろう。

能力の内容は、銃弾を当てた対象にある効果を与える「特殊銃」を作るというもので、
その弾丸の効果に囚われた者は床に沈められるか空へ浮かばせられるか……
とにかく由一の意のままに上下移動をさせられてしまうのである。

さらに弾丸の発射音の大きさを極小にコントロールすることで、
防ぎようのない不意討ちが可能である……かわりに弾速が犠牲になるが。

恐ろしい性能ではあるが、由一に油断はない。
むしろ逆だった。
「ガンフォール・ガンライズ」には弱点がある。
能力の効果を解除する方法があるのだ。

(まあ、簡単にできることじゃないけどな。
 念のため、一発で仕留めるようにしねえと)

ちょうどそう思った時点で、洋館の正門に彼は降り立った。


会場内のどこかにランダムで参加者が飛ばされる。
それが開始の時であるという事前説明の通りに、由一はすぐに動き出す。
「こういうのは、先に相手を見つけた奴が絶対有利……! 行くぜ!」

勢いよく彼は駆け出した。
臆するところはない。気合は十分。最高の調子だった。

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「これは日頃の行いがいいってことですかね、ノートン卿」
駆け出す対戦相手の姿をしっかりと視界に映しながら、相川ユキオはぼやいた。
相手の姿を早々と確認できたのは幸いだが、喜んでばかりもいられない。

裏門に現れたもう一人の対戦相手、倉敷椋鳥の姿も見えた。
現在ユキオとノートン卿がいるのは館の3階の書斎である。
挟まれる形になってしまった。

『慌てふためくな。英雄譚に苦難はつきものである――
 従者がきみのようなやつであることも含めてだが』
「いや慌ててはいませんが」
『前門の虎、後門の狼。だが我らには地の利がある』

ノートン卿は魔導書である。
戦闘には精通している(本人の弁だが)卿の状況分析は実際大したものだし、
ユキオが事前に用意した策もある。
(もっとも、その案を実行するにあたっては一悶着あった。
 基本的に、ノートン卿は姑息な行為が大嫌いなのである)

「で、どうします? やりますか?」
『むろんだ。行くぞ』

ユキオとノートン卿は部屋を出る。
向かうは大広間。
隠れて残りふたりの潰し合いを待つという選択肢は端から放棄して、
魔導書と編集者は進軍を開始した。


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倉敷椋鳥は他の二人とは違い、隠れる案を採るかどうかを直前まで決めかねていた。
椋鳥の召喚能力はまさにそのような戦術にはうってつけである。
……が、結局のところ攻め手に回ることにした。

(いちいち考えるのは面倒だ)
隠れるのは結局は保身のためである。
そして、椋鳥はここ5年間そのような思考とは無縁だった。

守りたいと思うようなものは彼にはない。
それは自分の身の安全とて例外ではないのである。

この大会においても、椋鳥は惰性でそのような思考に流れたのだった。


もっとも、椋鳥がどちらの選択をしようと意味はなかっただろう。
館に入った椋鳥はすぐに直面する。








「うわああああああ!」
「助けてくれええええ!」
「見逃してくれ! 頼む!」
「うおおおお! 死にたくない!」





――そこにいたのは人間の群れだった。
恐慌をきたしたように叫びながら、出口へ……つまり、椋鳥のほうへと殺到してくる。
椋鳥の表情が固まった。


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解説席。
実況と解説担当の少女たち二人もまた、そろって同じ表情で固まっていた。


「え、えー……と、これは?」
実況担当のほうが困惑する。


口々にわめきながら殺到するそいつらは、一様に同じ格好である。
全て同じ服……安物のシャツとボトムス。
背格好はバラバラだった。共通するのは全てが若い男性だということぐらい。

解説担当のほうの少女が叫んだ。

「ひ、人の群れです! 全て相川選手と同じ洋服の!」

これが相川ユキオの用意した小細工その一である。
『携帯する城塞』ノートン卿は、
その能力を最大展開すれば一個師団を収容できるほどの城塞と化す。

これを利用し、ユキオは百人規模の人間を会場内へと持ち込んだ。

「……これ、ありなのかしら?」
「え? それは……どうなんでしょう?」
実況担当のほうの少女のつぶやきに、解説担当のほうが首をかしげる。

困ったように視線を審判のほうに向ける。
――と。


「……問題ない。進行を続けて」

いつの間にか隣の特別観戦室から入ってきていた七葉樹落葉が断じた。
当然、秘書の森田も同行している。

「……い、いいんですかー?」
「ええ、仕方ない。彼らが戦力として雇われていて、
 試合に参加するというなら話は別だけど……
 今の段階ではルールには抵触していない。微妙なラインだけどね」
「わ、わかりました!」

反則行為ではないという旨のアナウンスをする実況担当。

もちろん、大会における禁止事項に抵触しない場合でも、
大会運営者が著しい悪徳行為と判断した場合は選手を退場させることはできる。

しかし落葉はそうしない。

可能な限り参加者の実力を測りたいという思惑。

微妙な裁定で参加者を退場させた場合、
大会運営そのものに批判が殺到するかもしれないという危険を回避するための選択。

そういった考えとは別に、落葉はこうも思っていた……
作戦も強さの一つ。

そしてまた、ユキオの敵が真の強者ならば、この程度はものともしないだろうと。
――そうでなければ、落葉の目的には必要がない。


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椋鳥と時を同じくして由一もそれらに遭遇した。

思考は固まったが身体は動いていた……咄嗟に大きく横に避ける。
はたして人の群れは由一にはちょっかいをかけることなく我先に出口へとなだれ込む。

「なんだってんだ、くそっ!」
毒づく。
館の入り口は狭く、ホールはなかなか外へ出られない一般人でいっぱいになった。
由一は警戒する。

これは「木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中」の格言の通りの作戦だ。
どうせ選手同士は初対面であるため、巧妙な偽装は必要ない。
戸惑えばその隙に相川ユキオが襲いかかってくるだろう。

『ガンフォール・ガンライズ』で全部地面に沈めてしまう手もあったが、
それには時間がかかる。
撃っている間に暴徒と化した男たちに襲われる可能性もあったし、
何よりまだ姿の見えない相手に手の内をさらすことは避けたかった。

由一は耐え続けた。


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(思ったより辛抱強いですね、あいつ)
『もちろん、予測の範囲内だ』
魔導書とその編集者は声を介さずとも意思の疎通が可能だ。
ユキオとノートン卿は由一の様子を眺める。

……ガキだけど、馬鹿ではないな。

ユキオは直感した。
古本屋としては末端のバイト以下の品性しか持ち合わせない彼だが、
人の器のデカさを量るのは得意だ。

数ある魔導書の中からノートン卿を手にしたのもその選定眼ゆえである。

『だから私は反対したのだ。やるなら徹底すべきだろう。
 あの者たちを兵士に仕立て上げて使えばよかったのだ」
(――そんなことをしたら、一発で退場させられちまいますよ)
ノートン卿には伝えないように、脳内でぼやく。

彼らにはカネを握らせ、ただひたすらパニックを装いつつ、
できるだけ時間をかけながら会場から脱出しろと言い含めてある。

ねらいはあくまで撹乱であり、ある程度の成果はあったが。
それだけでは弓島由一の底を引きずり出すことはできなかったということだ。

第二段階に入る必要がある。
そう判断し動き出そうとしたその時――





ノートン卿が。


ぶるり、とふるえた。



『この――神格は』
(あ? ……なんですって?)


『《天使》――』


言葉が終わる前に。


エントランスホールの壁に穴が開いた。



そこから出てきたものは。











「どうも、空飛ぶスパゲッティ・モンスターです」






楕円形の胴体から、かたつむりのように目玉がにょきっと生えていて。

うねうねとした触手を伸ばしながら浮遊する、異形の存在がそこにいた。
その体には厚みがない。
正面から見ると、どことなくカニに似ていた。


触手の一本で倉敷椋鳥を持ち運んでいる。
椋鳥はわけがわからない、という表情だ。


「何だあれ」
由一がその場の全員の疑問を代弁するのが聞こえる。



「私は5000年前に世界を創造した者です。
 お隣の世界からこの方のおかげでこちらへ来ることができました。
 この世界の皆さんはまことに素晴らしい。
 私の世界は、作る時に空気を入れ忘れたので、みんな平たいのです」


『おのれ、やはりあの男……』

オレイン卿の力の汚染を受けている――!
ユキオは思念とともにノートン卿の憤怒と嫌悪の感情が流れ込んでくるのを感じた。


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――空飛ぶスパゲッティ・モンスター。


「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」という宗教において、
それは造物主に設定されている。


それは大酒を飲んだ後に宇宙を作った。
その身からヌードル触手を伸ばす。



……スパゲッティ・モンスター教は、「知性ある存在が宇宙を作った」とする説を
進化論と同列に扱って学校で教えようとする者たちをおちょくるために作られた。
つまりは一種のジョークである。


スパゲッティ・モンスター教は他者へいかなる信仰も強要しない。
スパゲッティ・モンスター神が存在しないという明確な証拠さえ提示されるのであれば、
スパゲッティ・モンスター神が存在しないという事さえ否定しない。
いまのところそのような証拠は提出されていない(当たり前だが)。




椋鳥は、しかしわけのわからないこの存在を呼び出してしまったのだった。
――おそらくは、相川ユキオの格好をした男が大量に押し寄せてくるという、
非常にカオスな状況に困惑したことで、このようなことになってしまったのだろう。
咄嗟に異世界への『ゲート』を開き、手近にあった柱時計を蹴り倒したことが、
このような混沌を招いてしまうとは、全く予想できなかった。


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「ぜひ皆さんを私の世界へ招待したいと思います。
 こちらの方だけは招待するわけにはいかないようですが」

召喚の能力の使用者である椋鳥は、
この世界に空飛ぶスパゲッティ・モンスターを繋ぎ止める楔である。

それ以外の者に向けて、スパゲッティ・モンスターはヌードル触手を伸ばし始めた。
当然、最初に餌食になるのは相川ユキオが連れてきた、力を持たない人間たちである。



「うわあああああああああああ!」
「たっ、たすっ、助けてくれえええ!」
「こ、こんなの聞いてないぞ! 見逃してくれ!」
「ひ、ひいっ! し、死にたくないっ! 死に……うわあああああ!」
今度は演技でも何でもなく叫びながら逃げようとする彼らは、
無数のヌードル触手にあっさりと捕らえられる。
「……ふむ、とりあえず私の口の中にしまっておきましょう」





そして、エントランスホールは無人となった。





相川ユキオの姿も、弓島由一の姿もない。





倉敷椋鳥だけが残っていた。


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『――などという結末が許されるか? ユキオ』
「言うまでもないでしょ?」

ノートン卿を手にした『編集者』として。
このようなわけのわからないままに物語を締めくくるわけにはいかない。

隣室で、ユキオは決意を固めた。

「しかし、どうしますかね。あれこれ武器は調達しましたけど……」

影でコーティングして不意討ちをするための小型拳銃。
あるいは手りゅう弾。火炎放射機。チェーンソー。ボウガン。斧。スタンガン。
ユキオの用意した小細工その2だが。

『ヤツには通用しない。狙うなら“本体”だが……』
「銃じゃ無理ですよ。あの本数の触手……」



「おやおやこちらでしたか」
ノートン卿との交信の最中に声をかけられ、ユキオは飛び上がった。

「怖がることはありません。こちらの世界も素晴らしいですが、
 私の世界も、きっと気に入ってもらえると思います」

ヌードル触手が伸びる。
影の城塞も槍も、その量に押され、絡め取られる。

敵わない――

ユキオとノートン卿に魔手が届く、その直前。



――銃声が空間を切り裂いた。


「むむっ、いったいなんでしょうか?」

疑問を呈する空飛ぶスパゲッティ・モンスター。
ダメージを受けた様子はない……が、その身体がどんどん浮き上がり始める。

たちまち天井をすり抜け、空飛ぶスパゲッティ・モンスターは消えた。
椋鳥は天井をすり抜けることはなく、触手から解放される。


「――デカいわりに軽くて助かったぜ」

そこにいたのは銃を構えた少年――弓島由一。


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それを見るなり椋鳥は頭を切り替え、跳んだ。

ユキオとノートン卿も同様。
遮蔽物の影に身を隠し、銃弾を回避する。

(そんなその場しのぎは……オレの『ガンフォール・ガンライズ』には通用しねえ!)

由一がまず狙うのは椋鳥のほうだ。
小細工を弄してきたユキオは実力のほうは大したことがないと判断し、
椋鳥へと連続で発砲する。

棚が。
机が。
姿見が。

椋鳥が盾にした物は全て、床をすり抜けて沈む。

「くっ! こいつの能力……『銃弾を当てた物を移動させる力』か!」


椋鳥が吐き捨てるのが聞こえる。

身を隠すための盾はあっという間に尽きた。

(出し惜しみは――)

とどめの一撃を放つべく、由一は引き金を引く。

(――しない!)

爆音とともに、超高速で特殊弾が射出される。

「ガンフォール・ガンライズ」は、発射音を大きくすればするほど弾速が上がるのだ。
椋鳥がいくら人生経験を積んでいようが――

(時速100キロメートルを超える弾丸の連射をこの距離で避け続けることなど――できない!)


弾丸が命中した。
特殊弾には破壊力はない……が、命中すればその対象は無力化されたも同然である。
先ほどの触手の化け物と同じように。

――終わりだ。

そう確信した次の瞬間。
椋鳥の足下に落ちた影から、数本の槍が伸びるのが見えた。

椋鳥がくし刺しになる。


訝しんでいるゆとりはなかった。

「ぐっ!?」
焼けるような痛みと、とてつもない冷たさの、喪失感。

由一の胸から黒い槍が生え、顔の前まで飛び出しているのが見えた。




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「いやいや、ご苦労さん。助かったぜ」

絶命した弓島由一に、無傷のユキオはねぎらいの言葉をかけた。

『携帯する城塞』――ノートン卿の真骨頂。
地形と同化し、この洋館そのものを城塞化したのだ。
……そして。


堅牢な城塞の攻略手段の一つに、少数の人間に手引きをさせるというものがある。
しかしノートン卿にはその手段は通用しない……
城塞内部には、最強の迎撃システムが敷かれているのだ。

『ウォール・ファイア』と呼ばれるそれは、敵を識別し、容赦なく貫く。
難点は地形との同化には時間とエネルギーを食うことだが――

『言っただろうユキオ。――“我らには地の利がある”と』
「……まったく、ノートン卿の偉大さには恐れ入りますよ」

ユキオは手放しでノートン卿を称賛した。

「しかしこいつ、いい能力を持ってるな。
 ノートン卿、こいつを従者にしたらどうです?」
『……気を抜くな愚か者め。まだ終わってはいないぞ』
「わかってますよ。わざと急所は外したんですから」

ユキオは影溜まりで倒れ伏す椋鳥を見下ろす。

肝は冷えたが、ユキオとノートン卿の勝利は確定したといえるだろう。
とどめを刺さなかったのは、『尋問』する必要があるからだ。

「さて、お前には聞かなきゃいけないことがあるんだ。わかるか?」

影で貫かれた椋鳥の手足にも新たに影の槍が刺さる。
放っておけば失血で死亡するだろう。

「わかってるとは思うが、少しでも変な動きを見せたらすぐ死ぬことになるぜ」
「ぐ、ぐぐ……」
「それにお前にも得になる話だ。
 答えれば『オレイン卿』の精神汚染、解除してやるよ」
「何……?」

痛苦にあえぐ椋鳥の声に疑問の色を感じ取り、ユキオは眉を寄せる。

「あー……自覚はないか。だが何か覚えはないか?
 人間の精神を操り、《天使》を扱う魔導書。
 そいつは人じゃない何かを装って人間を利用する、最悪だ」
「人じゃない、何か……」

椋鳥の声が変わる。
ぼそぼそと呟くような声。

(――体力の限界か?)

椋鳥が喋る……が、ユキオは聞き逃した。
「悪い、聞こえなかった。もう一回言ってくれるか?」

二歩だけ椋鳥に近づく。
必要以上に接近するのは危険だ。

椋鳥のほうも一度咳きこんで、いくらかマシな声で言い直してきた。

「……あんたが言う《天使》ってのの意味はわからないが、
 人じゃない何かっていうのには、心当たりが……ある」

椋鳥はまた咳きこんだ。血を吐きだして、続ける。

「俺の能力は、違う世界のなにかを呼び出す能力……だ。
 代償に、何かこちらの世界のものを、『ゲート』に入れる必要が、ある。
 何が出てくるのかは俺にもわからないし、制御できないこともある。
 だが……『魔導書』なんてものに関係があるとは思えない」
「どうかな。それだけか?」
「あとは……そうだな。箱根で、俺は幽霊に会った」

『――幽霊だと?』

ノートン卿が反応するのをユキオは感じる。
椋鳥にはその声は聞こえない。

「それで?」
仕方なくユキオが先を促す。
だが返ってきたのは、独り言のような呟きだった。

「――そいつが、俺を操っているというのか?
 だが、あいつは俺と同じ姓を名乗った……
 『魔導書』とやらが、俺のことを調べたというのか」

ユキオは舌打ちした。

「ちっ……これ以上話しても無駄か。悪いが、終わりだ」

「――そうだな」


静かな声だった。
一瞬、椋鳥以外の人物が発したのかと思ってしまうほどの。


「……あ?」


そして衝撃が走り、ユキオの意識は闇に飲みこまれた。



----



椋鳥はふらつきながら立ち上がった。
負傷が酷い。
早く処置しなければ手遅れになるだろう。

とりあえず一番酷い胸の傷を手で押さえて止血をしようとする。


床は酷い有様だった。


ユキオの身体の破片が飛び散っている。

凶行の主は天井を突き破って落下した「柱時計」だった。
それもまた粉々に砕けている……
椋鳥が空飛ぶスパゲッティ・モンスターを呼び出す際に使用した物だ。


椋鳥の能力が解除された時、
柱時計は空飛ぶスパゲッティ・モンスターと入れ替わるように戻ってきた。
能力が解除された理由はわからないが、
空飛ぶスパゲッティ・モンスターが上空1キロメートル地点を突破したか、
空飛ぶスパゲッティ・モンスターが酸欠か高所恐怖症かで気絶したか、そんなところだろう。

能力が解除されたのを感じ取った椋鳥は、
勝利を確信したユキオを、喋り声の大きさを調節することで誘導した。
――「落下点」へと。


もちろん、いくら柱時計がしっかりした材質の物体だとはいえ、
空気抵抗や風の流れ、落下中の回転の仕方、
洋館の屋根への激突の仕方によっては落下点はまるで変わってくる。

博打と呼ぶのもおこがましいほどの、薄い確率。




ユキオの敗因は一つ。不運だった――その一言に尽きる。
あるいはそれも、魔導書を持つ者に降りかかる「災い」だったのかもしれない。


(精神汚染――ね)

椋鳥はユキオの言葉を思い返す。

自分が操られているのかどうかはわからない。

しかしたしかに『汚染』はされているだろう――
人と接し、影響を受けること……それを汚染と呼ぶのなら。

(それを言うなら俺はもう手遅れだよ。核が落ちた日からな)

汚染というなら、椋鳥の精神はすでに真っ黒に染まっているのだろう。
そして、それは何も椋鳥に限った話ではあるまい。

関西滅亡。東京への核攻撃。新黒死病の蔓延。
どれもこれも、人の心に深い傷を残すのには十分だ。十分すぎる。


その傷は。あるいは汚染は。いつか拭い去られるのだろうか?


椋鳥は目を閉じた。




一回戦終了。
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