裏プロローグ

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裏プロローグ

『ザ・キングオブトワイライト ~夕闇の覇者~』試合場の一つ、図書館。
男は、慇懃無礼を絵に描いたかのような薄笑みを張りつけた眼前の女、銘刈耀へと、
決断的な口調でもって告げた。

「第一回戦の敗者による、もう一つのトーナメントを開催させてもらおう」

耳の奥がシンと痛くなるほど静かに張り詰めた空気に満ちた、書架の並ぶ空間に、
発言者の強靭さを感じさせる意志の篭った声が響き渡る。
その言葉を聞き、しかし対する銘刈は特に動じた様子もなく、
目尻をいっそう下げると、事も無げに返答した。

「畏まりました」

怖れを微塵も見せず、事務的に、慇懃に、しかし酷薄に、はじめの一言を。
継いで、端を上げたままのその口で、相手の退路を断つ二の句を。

「森田一郎様、改め――――フジキド様」

時は第一回戦を全て終え、第二回戦が始まらんと大会参加選手たち、観客、
大会に関心を寄せる世間、そして大会運営が忙しく盛り上がる最中の事であった。










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――










「このまま、あの才能を見逃す手はないわ」

WL本社ビルの取締役室に七葉樹落葉の低く抑えた声が零れた。
その声は、黒衣を纏った少女の背後に直立する森田にのみ聞き取れる、
用心深い囁きであった。

「第一回戦は期待以上の激闘を見せてもらったわね。
 勝ち残った選手たちはもちろん、敗者たちも。
 彼らをこちら側につけられれば、これ以上ない目高への武器になる」

森田が銘刈と図書館にて対峙する前日。
表向きの大会主催者である落葉は、懐刀の森田と二人きりの会議を行なっていた。
議題は当然、大会の陰で暗躍する裏組織、目高機関の打倒についてである。

「敗者復活戦については――」

森田が静かに首を振るのを察し、落葉は口を噤んだ。
――今大会の参加選手を自分の戦力とし、目高機関に対抗する。
――そのためにはできる限り、有能な人材を多くこの機会に確保しておきたい。
そう考える落葉は、第一回戦の敗者たちをこの場に留めるため、
表のトーナメントとは別――敗者たちによる裏トーナメントの開催を目論んでいた。
しかし、それは目高機関の思惑とは合致するものではない。
当然、目高機関の手先である銘刈が素直に首肯するはずもなかった。

「『世界最強の存在を決めるならば、一度の敗北で切り捨てるのは損失ではないか』
 この提案も受け入れられませんでした。
 『我々が求めるのは統計的に世界最強である場合が多い存在ではない』、
 『紛れもなく世界最強の存在を求めているのだ』……と」

銘刈の作り物じみた表情を思い出しながら、苦々しげに森田が戦果を報告した。

「そう……やはり何か餌がなければ食いつきもしないか」

ある程度の予測はしていたのであろう。落葉は森田の言葉に頷くと、
眉間の皺を深くし、どうするか――と独りごちた。


暫し、部屋に沈黙が流れた。


だが、それまで落葉の小さな背中を見守っていた森田が沈黙を破った。

「餌であれば、一つ、心当たりがあります」
「森田?」

その声は、普段の森田からは考えられない、迷いを含んだものであった。

「銘刈は先の会談時に、今回の大会を続けるにあたり、
 魔人公安や軍部に睨まれないよう、その辺りにコネクションが出来れば有難いと、
 六年前の大会の時のように、取引を持ちかけられるツテはないものかと、
 世間話でもするように言っておりました」
「あの雌狐、あなたの出自を知っていると……」
「そういうことでしょう」
「わたしのみならず、あなた自身を直接の手駒にしたいと……」
「そういうことになるでしょう」

落葉は再び沈思した。
その歳相応の小さな顔に、歳に似つかわしくない苦悩を浮かべる。
七葉の長としての責務、七葉樹落葉個人の想い、成すべき自らの復讐。
それら全てを混ぜ込み、撹拌し、悲壮を決意で塗り潰し――


落葉は最後に、

「森田、あなたに任せるわ。あなたが良いのなら……」

唇を震わせながら、そう言った。










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「まったく、もうちょっと歯ごたえある仕事だと思ってたら、
 客席で暴れるのなんて与太者か、最近の教義も弁えてないカルト教団のヤツばかり。
 嫌んなっちゃうわねーホントに。バウンサーなんていらなかったんじゃないかしら」

大会会場に設置されたレストランの一つ、『レストラン・カーマラ』。
既に深夜となり、客もいなくなった店内から、店員である千歯車炒二の声が漏れる。
落葉との場を離れた森田は、古馴染の千歯車がいるこの店を訪れ、酒を呑んでいた。
閉店時刻を過ぎてからやってきた森田を見て、千歯車は深く問わずに席へ通した。
それから今に至るまで、千歯車のおしゃべりを、森田は黙って聞き続けていた。

「で、アータ。そろそろ言っちゃってもいいんじゃない?どうしたってのよ」
「……」

黙したままの森田を前に、千歯車は肩をすくめて見せた。
千歯車にとって、森田は付き合いの長い相手である。
たとえ何を言われなくとも、ある程度、森田が何を悩んでいるか、検討がついていた。

「大方、またあのお嬢ちゃんに何か言われたんでしょ。
 で、アータはそれに従うのがイイって思ってる。
 でもそうするとあの子が危ない目に遭うんじゃないかって心配してる。
 そんで堂々巡りしてる。違う?」

カウンター席を挟んで、千歯車は身を乗り出した。

「アータってば自分には『一族の才能が無い』だなんて飛び出しておいて、
 それでも手芸者の腕を磨いたんじゃない。素手で相手を爆発四散なんて大したもんよ。
 あの子が危ないんならアータが守ってあげりゃいいんじゃない。
 今までもそうしてきたんでしょ?」

森田の握っていたグラスが、カウンターへ置かれた。

「アータ……優しすぎるのよ」

カランと、グラスの氷が小さな音をたてた。

「あの子はアータに命を預けてるんでしょ?アータを信じて危ない事してるんでしょ?
 だったらアータは後は黙って命がけであの子を守ってあげりゃいい。
 それがイイ男ってもんだと……少なくともアータにお似合いだとアタシは思うわよ」
「……そうか」

スッと、音もなく森田は立ち上がった。
背筋の伸びたその姿勢からは、森田の決意が見て取れた。

「夜分に邪魔をしたな」
「いーわよいーわよそういうの。イイ男の相手できたんだから安いもんよ」

灯りが落ち、カウンターの周りのみがオレンジ色に照らされた店内から、
男の影が一つ、闇に溶け込むように消え去った。


――そして物語は冒頭の図書館へと繋がる。










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一部の隙もなく、ピシリとしたビジネススーツに身を包む女、銘刈耀。
絵に描いたような微笑を浮かべ続けるその女に、森田は決然と向かいあっていた。
森田の心は定まっていた。
たとえ七葉の末席を与えてもらった証である自分の名を、今日、再び捨てようとも、
己の信じた道を、己を信じる少女の進む道を拓くために、成すべき事を為そうと。

「裏トーナメントの開催を認めてもらいたい」
「そのお話でしたら、先日、認められないとお伝えしましたが。魔人公安や軍など、
 最近の物騒な世相では何かと目を光らせているところもございますし、
 やはり魔人同士による戦闘大会となると、なかなか各所への手回しも煩雑ですし――」
「公安や軍へは、私から手を回そう」

森田の言葉に、銘刈がどういうことでしょうかと聞き返す。
白々しさの感じられない、どういうことかさっぱりわからないという風の、
白々しい言葉である。

「どちらにも、私の顔が利く」

銘刈の白々しい言葉に、心を乱される事もなく、森田は続けた。

「森田一郎というのは今の名前でな。元の名前はフジキドという。私はフジ一族だ」

爆弾を愛する一族、フジ一族。
多くの爆破系能力魔人を輩出してきた一族は、その圧倒的殺傷能力を頼られ、
魔人公安や軍部に多くの関係者を持つ。
たとえば――六年前の魔人能力大会裏で暗躍した陸軍一佐フジクロのように。

「成る程……」

銘刈はいたずらの成功した子供のように、微笑んだ。

「裏でフジ一族が暗躍していたとなると、
 今回の大会は正に六年前の再現だったという訳ですね」

そして、それならば雑務をお願いできますでしょうかと銘刈が聞き、
これまで森田と名乗ってきた男は、黙って頷いた。


「第一回戦の敗者による、もう一つのトーナメントを開催させてもらおう」

爆弾の能力を持たず、魔人ですらなく、しかし只管に空手の腕を磨き、
素手で人を爆発四散させるようになった男、手芸者、フジキドは、
決断的な口調でもって告げた。

「畏まりました」

世界の裏で暗躍する目高機関の尖兵、どこまでも慇懃で、誰よりも無礼な女、
銘刈耀は、事務的な口調で応えた。

「森田一郎様、改め――――フジキド様」

時は『ザ・キングオブトワイライト ~夕闇の覇者~』第一回戦を全て終え、
試合に敗れた者たちが或いは悔しさを、或いは名誉欲を、或いは金銭を捨て切れず、
新たな魔人能力バトルトーナメントを始める、その少し前の事。



果たして今回の大会は、六年前のあの日のように、
後の世に語り伝えられる戦いの花々を咲かせるであろうか。



『ザ・キングオブトワイライト ~夕闇の覇者~』裏トーナメント――――開幕。