第一回戦【雪山】SSその3の2

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第一回戦【雪山】SSその3(大会後修正版)

 白と黒の世界である。幾重の吹雪が影をなす。
 山の中腹部から見下ろす景色も山も空も四葉のオムツも白い。オムツ? まだおしっこ少女(おねしょうじょ)なのだろうか? まさか。
 200Kを下回る世界で下半身を露出し体内の体温安定剤(おしっこ)を放出する必要はない。五重の防寒具を着たまま股に力を入れたり抜いたりして四葉がぶるぶるっと震えると暖かい小便が下腹部に広がり、ほのかな母体回帰願望を思い起させる。じゅわじゅわ滴る前に手早く取り替えて外に出す頃には既に凍りつく。まさに「極寒の雪山」そのものだ。下見としてGoogleMAPで確認したことも無意味すぎた。佐倉光素を信用するなら雪山の(戦闘範囲内の)中腹な筈だ。
 パキパキに凍ったオムツを洞窟の隅にほうって入口に近づく。雪のカーテンの合間合間にちらつく「黒点」に向かって念じる。
「モア」「モア」「モア」
 何も反応しないことを見て四葉は息をつく。口腔に侵入する空気が痛い。
 ――寒いな。この自然め。私を殺す気か。
 四葉は指を振り念じる。
「モア」
 パッと空中に生み出された白い塊は濃霧を生み出しながら落下する。
 目線を落として塊を観察する。どうやらこの極寒の地で蒸発しているようだ。
「すごく冷たいものかや?」
 雪に対して「炎」が得られるわけではない。
 自然が「雪」という「寒さ」を武器にしているのならより強いより冷たい武器を得るだけだ。
 極寒の雪山でさえ瞬時に昇華するような個体――固形窒素が召喚された。
「これをぶつければダメージ与えられるか?」
 という考えは刹那で忘れた。相手も防寒しているだろう。露出が少ないことは命中範囲の狭さを意味する。持って投げれないだろうし、投擲武器類もない。せめてつまんで投げられれば……四葉は思い出した。
 殺すべき敵の一人・聖槍院九鈴(せいそういんくりん)の奇天烈な武器を。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 聖槍院は雪山頂点から高速移動で駆ける――滑る。
 巨大トングの下刃をソリ代わりにしている。見事な体捌きだ(しかし48の大トングで1024つの小トングを自在に同時に操れる究極体トンゲリスト(トング・ジツ・マスター)と比べれば未熟だ)。
 目指すは小さな洞穴。人が隠れられる程度の――人影がちらついてみえた洞窟。
 下刃はソリ、上刃は屋根がわりにして滑走する。雪は当たらないが風がひどく冷たいだろう。しかし加速する聖槍院は平静である。なぜか?
 彼女の魔人能力〈タフグリップ〉はつまんだものを決して離さず、保持し続ける。それは「掴んだものが失われない」と同義である。ゆえに、(ふもと)の空気を捉えた巨大トングの刃間は絶対に暖かいのだ。
 ぐんぐんと洞窟が近づく。速度は加速の一途。トング滑走術は音速を超えうる。マッハ0.8直前の加速度。目前に目標が。音と並走する聖槍院。
 轟音におびき寄せられ洞窟から人が顔を出す。人影は敵の侵攻に気付くや洞窟の中へ逃げ込む。
 聖槍院はトング斜角を大きく傾けた。岩壁に思い切りぶつかる! しかし聖槍院は止まる気も――ましてや死ぬ気もさらさらない。
 聖槍院は自身の体ごと洞窟にぶつけた。衝撃は超合金巨大トングであってもぐにゃぐにゃに。しかし聖槍院自身はまったくの無傷である。なぜか? 今は伏せておく。
 さて、洞窟に隠れたる者――赤羽ハル。彼は熟練の殺し屋ではあったが、激しい爆発音と衝撃と、UFOを思い起こさせるひしゃげた巨大トングとのダブルインパクトで反応が0.5秒ほど停止。聖槍院は鰐の構え――トングの刃部を両手で添える、聖槍院流古式トングの超攻撃(スタイル)
「死ね」
 言葉が打出るのと同時にトングのバネを8倍活用した打撃を放ち、みぞおちと頸にめり込む拳。さらに手を引きながらトングで両肩を固定(タフグリップ)
 聖槍院の奇襲&不意打ちは見事成功した。吐血する赤羽ハル。並みの魔人なら――いや、どんな魔人であっても鰐の構えがクリティカルに決まれば死ぬ、(そうじ)負している。聖槍院は警戒心をさらに上昇させ、懐の脇に挟んでいた2ndトング〈YiSe〉を引き抜く。
 ――なぜ赤羽ハルが聖槍院の攻撃に耐ええたか?
 理由は一点。赤羽ハルが「日本銀行拳」の使い手だったことだ。彼は腹部と頸部に受けた衝撃をストップ高としてこらえ、株価と肉体のダメージは全身を覆う紙幣帷子に流す。
 暴落した「呑気(情)」が即時上場廃止し「殺意(激おこ)」が上向きになる。この市場混乱により約1億個の細胞(パンピー)が負債を被ったが脳細胞(トレーダー)は「殺意(激おこ)」を大量購入したのだ――。
 追撃を食らわせようとした聖槍院。それよりも早く赤羽は手を胸前でクロスし防御する――そのかたちで肩のトングを掴み、〈ミダス最後配当〉により換金した。力で外さなかったわけは、防御のかたちが崩れることと、素早く貨幣(ぶき)を手中に収めるためだ。これは考えたことではなく、経験則に基づいた行動だった。考える暇などない――聖槍院が突撃してまだ2秒も経っていない。
 ――硬貨に換金し即撃ち込む。
 そしてトング〈カラス〉が換金された。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 四葉はそう遠くない北北西から轟音を聞く。ラピュタの動力室が爆発した音だ。雪崩の危険を察知し外へ出る。雪は降っているが風は弱まっている。
 上で雪崩が起こっていた。異様にきらめく色付きの雪崩が向かってきた。
「死ぬ!」
 四葉は反射的に自らの能力〈モア〉を発動する。
 雪崩に対してならより強い雪崩が生まれる。彼女が飲み込まれることはない。自身に対して安全なのが〈モア〉の能力の一部である。
 ――より強い雪崩で下に誰かいたら殺す。
 だが彼女は誤認していた。
 色付きの雪崩は「雪崩」ではなく「換金」あるいは「発行」である。
 より強い発行。
 四葉は建物の中にいた。
 召喚したものは「日本銀行」。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 聖槍院の持っていたトング〈カラス〉。
 素材は隕鉄であり色も黒っぽいのでダークパワーが宿ってそうで強い。闇トング道者・トング太郎Jrは有り金はたいてでも欲しがっている。彼の総資産は約1兆円。
 聖槍院九鈴は1兆円の中に埋もれ、押しつぶされた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 四葉が日本銀行を召喚した直後。
 召喚した本人とはいえ、あらわれた日本銀行に驚いた(当然だ)。
 何をすべきか――。どう勝つべきか――。
 真っ先に思い浮かんだのは「対魔人用の金庫の中に閉じ込める」と「買収」。
 前者の実現性は低いと判断。後者は二秒ほど真剣に考えた。
 ――赤羽ハルは莫大な借金を負っているらしい。この銀行には金、金、金の山! 金「だけ」であれば買収も可能だろう……が不安も残る。どちらにしよう――二者択一で考える狭さは子供らしい。結局「できそうならどっちも」に。とかく新たなるMAP・日本銀行を知る必要がある。
 コントロール室的な場所を探し出す前、四葉は服を脱ぎだした。すべて。幼児体型をあらわにしても寒くはない。むしろ空調がガンガン効いてて暑いくらいだ。すっぱだかになった四葉は床にゴロゴロ転がる。サービスシーンではなく、足跡を消すため、水を吸わせている。すっくと立ち上がって部屋札を見ながら小走り。すたこらさささ。 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 四葉が想定外の召喚をしたように、赤羽もまた想定外の換金をやってしまった。彼にとってはトングはトングであって、多少高くても1000円、安くて50円。ならば確実に10円に換金して即打ち込むべし――しかし実際は1兆円。
自らが換金した硬貨の雪崩に飲み込まれている。
 彼は硬貨(10)を次々と紙幣(10000)に換金し、呼吸の確保に努めるが(450000000t)には勝てない。流され飲み込まれ圧死する――かに思われたが、幸運にも流された地は日本銀行。
 赤羽は、体中を覆っていた圧力の塊が朝露のように消えていくのを感じた。目をカッ(ぴら)いて動物めいた半回転で立ち上がり周囲を確認する。正面、大きな受付の役所感、大手感、銀行感。背後、雪山ではなく硬貨の雪崩。しかし、雪崩は入った途端に消滅してゆく。なぜ? 答えは出ない。
 悩むというのは答えがないからであり、答えがないものをいくら考えても無意義だ。
 この銀行のような建物が何らかの結界として作用しているのだろう。それは金銭の侵入、つまり入金にのみ発動することかもしれない。銀行の力とうまく合致する。貨崩(なだれ)がやめば、この空間にも雪は入るのかもしれない。かもしれないかもしれない……想像だけを重ねることは無意味ではない。魔人同士の戦いであるから常識は通用しないが、あらゆるを密に対処するにはファジィに包み込む必要がある。抽象的に。
 しかし、それにしても雪山に日本銀行とは。異常な空間だ。空調は暑すぎるほどバッチシ。赤羽はやや思案して防寒具を脱ぐ。室内戦ならば消音に努めなければならない。待つを待ちつづけるソファにジャケットをほおる。コッと音。
「おっと」濡れたジャケットの中から黒い――M10(ミリタリー&ポリス)――拳銃をつまみ出す。
「知ってるヤツ対策のつもりだったんだがなァ、銀行で金が使えんったァ、俺が負債者だからか、なァ?」
 問いかけ。返事はなく、受付をひょいと乗り越え彼はふだん入らない領域へ足を踏み入れた瞬間に背後で爆発音が鳴り響く! 硬貨と硬貨がぶつかりあう高い破壊衝動が湧き上がる背後を注意、そこには「おおっ!」聖槍院九鈴が!
 赤羽は急襲者の心臓狙い引き金がガチャリ。 !ダッ!ダッ! 二発の弾丸は聖槍院の合トング術にいなされる。
 聖槍院は足を緩めず。無表情には少しの躊躇いも焦りも怒りも疲れも見えない。
 3発目は頭部を狙い、はずす、4発目は頭部を狙い、かわされる。
 やはり聖槍院はなおも赤羽に猪突猛進。両手にはトング。トング。そのトング。
「ちぃっ!」
 赤羽は六発まで撃ち切り懐の紙幣帷子の一枚(10000円)一万枚(1円)に換えて(アルミ)幕の煙幕を張らんと手をかけるがなんと紙幣帷子も消滅している!
 ――しまった。
 動きを止めることはできない敵はすぐそば。服を破いて換金→わずか7円を、散弾銃のように噴射しつつ後ろに飛び退き、回れ右で建物の中へ。
 男の脚力とはいえ、初速は遅く、つかまる――ことはなかった。
(赤羽の脱税はなかば合法のもので、7円は聖槍院の足肉をびしびしえぐりるのだ)
 聖槍院は顔を苦痛に歪める前に、その端正な顔を思いきし絨毯に叩きつけた。こけた。起き上がるころには、赤羽の姿はない。
 赤羽は左の戸を壊し右の戸に入る。500で人が通れる程度の穴を開けながら逃走しつつ思考――
 ――奴の能力はなんだ! 巨大で超加速のトング、弾丸を止めるトング、全身に無数個張り付けたトング。能力の仕掛け自体は分かってる、固定だ。あの超高額トングを換金したとき、異常なほど肩の動きが鈍かった。おそらく関節レベルで固定されていて、だからこそ、無意識的にとはいえ、ミダスを使ったんだ。それはいい、それはいいとして問題はさっきだ、一発目と二発目はトングに「固定」された、三発目は俺が外して、四発目はかわされた。その次。五発目と六発目はたしかに命中したんだ、だけどまったく顔色を変えなかった!
 赤羽は口から4万円を取り出す。金歯を換金。
 ナイフを持つように4万円をかまえつつ、走る。階段。下りはない。駆け上がる。二階。三階はない。そう広くない。
長くのびる通路にかかる絵画。そのそばに、なにか服がある。雪解けでぐっしょりと濡れた、防寒具と、もこもこと、さらさらと、スポブラとパンティ。
「やはり高島平もいる、か」
 敵:高島平四葉=小学生の情報は事前に仕入れていた。不可解なのは、その能力と、彼女の服がこんなところにほおり捨てられていることだ。どちらも同じくらい推理すべき情報だが、同時にこなさなければならない責務がある。
「……82000円か、ガキにしちゃあ高いな。ブルセラ込みか?」
 赤羽は、廊下正面に立つ全裸の少女に向かって笑った。
 ――挟み撃ちかよ。
「あのトングほど高くはないよ」
 一兆円のトングを理解していったわけではない。あの銭の雪崩を起こした者は赤羽だが、原因は聖槍院にあると推測しただけだ。聖槍院についてはトング使いだとしか知らない。
 動揺を隠す赤羽。
 高島平四葉がゆっくりとあげる細く白い手、伸びきる寸前に地面が揺れた。
 床が崩壊した! そして空へ吹き飛ばされる!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 おおっこれは赤羽にとっては想定外であったし、四葉にとってもまさか地がブチ壊れるとは思いもしなかった(億単位を手にした赤羽ならこれくらいできるだろうとは思ったが)。
 張本人である聖槍院にとっても予期せぬ成果であった。
 彼女は一階の待ち受け室に、まだいた。
 彼女は両腕をクロスし、手のひらを伸ばし、四股を踏んだような格好のまま、きっかり一分、待った。
 エネルギィが溜まるのを。
 気が「固定」されずに流水のごとく流れるのを。
 体内を駆け巡る気を、水が低きに流れるように、両手に貯める。
 彼女の手には何も入っていない。
 しかし彼女の手には、彼女の両腕がある。
 両腕。
 二本の腕。
 お気づきだろうか?
 ――人間の両腕は、まさしくトングの形状である。
「聖槍院『九鈴』流奥義・沌殻螺死(トングアラシ)!」
 叫べるものなら、きっとそのように叫んだであろう。
 全身を挟むトングの大部分を「タフグリップ:解除」する。九鈴の身体は爆発的に弾け、回転とバネをフルスロットル。抑圧されて暴発寸前のエネルギィが、空を切る、渦を巻く、螺旋気流を放つ。身体が激しく回転する、巨大な竜巻を生み出す、肉体はボロボロになれども。竜巻は、違法建築の銀行を浮かび上がらせてしまうほど! 聖槍院が新たな地軸になったような錯覚を覚える間もなく、体に固定されていたトングがミサイルの速度で順々に発射され――単価2200000円の威力!
 全身の気を込めた奥義で九鈴の体は奇妙な形に折れ曲がっているし、上腕骨は内部で一回転している。肉体の損傷を顧みない奥義。
 嵐の中心にあった聖槍院の衣服はカマイタチに切り裂かれているし、頸部の自傷がひどい。大嵐のカマイタチで、自身の頸を綺麗にスパッと切断している。
 目が、ぎょろぎょろと回る。
 わお。
 首に一文字の赤色が滲む。
 彼女の背を見ると、カマイタチでズタボロになった上着が、いま、美しい切れ目に促されて、するりと落ちた。あらわとなったのは、銀色。銀色の鎧。肩と腰とを四点で固めた『トング帷子』。
 トング帷子は、「聖槍院そのもの」をタフグリップする。帷子がきらめく。
 光沢は一瞬で消える。
 空が暗くなる。
 顔をあげる間もなく、押しつぶされる。
 塗りつぶされる。

 正体は、雪。
 聖槍院奥義の副作用で、雪崩が――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 宙に投げられた高島平四葉。彼女はまったく状況を把握できていない。
 ぐるんぐるるぅうんと回転する視界で彼女は発動した――モアモアモア。
 とかく目を見開いて。とかく感覚を研ぎ澄ませて。
 巨大な岩巨大な岩お札巨大な岩固形窒素お札巨大な岩巨大な岩巨大な岩爆風爆風爆風トング巨大な岩
 さまざまなものを召喚しつつ飛ばされる。
 まだまだ上空へ、上空へ、上空へ。
 明記しておくが高島平四葉は全裸である。
「モア――瓦礫瓦礫瓦礫瓦礫」
 四葉の背に大岩が現れ、風を遮る。まだまだ上空へ。まだまだ上空へ。
 四葉は閉じそうな目、凍えた瞼を気合入れて見開く。
 閉じてしまえば発動できない。
 発動できなければ四葉にはなにもない。
 モア以外、なにも、一切、ないのだ。
 四葉らが浮かび上がって五秒たつ。
 視線が俯瞰で、山をやや見下ろす。真っ白な山肌にごちゃごちゃした場所があり、それが銀行跡地だと脳の片隅でぼんやりと認識する。
 ぼんやりとでしか認識できない。
 四葉は歯を食いしばり、発動。
「モア――」
 ざっ、と音がした。
 音がした気がした。
 山の斜面を、狼が横に列をなして駆けるような影が走る。
 あれは――
 あの影は――
 ふっ飛ばされる体が、ゆるりと、スピードを緩める。
 四葉は賭けに出た、わらにもすがる思いで。
 ――私にとっては安全なはずだ!
無限回召喚(モア∞モア)!」
 四葉は『無限回』のモアを発動した。
 そして、
 聖槍院の奥義の副作用で、雪崩が生まれ――
 モアによって無限の雪崩と変貌した。
 無限の雪崩とは?
「わぁ……」
 邪気あるいは無邪気な感嘆を呟く。
 無限回の能力発動して0.9秒後、上昇の頂点にあった四葉は、その二本足で、その裸足で立っていた。
 足元は、雪。
 景色は、雪原。
 あたりに山はなく、雪、パラノマ。雪しかない。一面が雪だけ世界。あと青空。
 見渡す限りの、大雪原。

 ――状況を説明しよう。
 まず、四葉は空中で『雪崩』に対してモアを発動した。
 そのため、より強い雪崩が『四葉にとって安全な状態で』召喚された。
 四葉にとって安全というのは、まず、四葉より低い位置で発生する雪崩である。山頂にいるものにとっては、いかなる雪崩も「安全」である。
 よって、上空に浮かぶ四葉より低い位置で、無限回のモアが試行された結果、雪山は雪原と化した。雪崩が「崩れない」状態まで、均された。もっとも、山頂部だけが小山となって残っているが。
「おい審判! 聞こえてんのか勝ち決まったろうが私で! ア゙!?」
 銀行壁の瓦礫の影でぶるぶるして歯がガタガタなっている。ふるえふるえの声で現れたのは光、と声。
「まだ決着はついておりません……」
 空から忘れ形見の瓦礫やなにやらが落ちてきてズヌリと雪にめり込む、そのいくつかの内に人影がある。
「埋めれてなかっ…………た……?」
 四葉は瓦礫の影から立ちあがりとどめをささんとした――が、咄嗟の動きに体がついていかない。膝が『タフグリップ』されたかのように、つんのめる。(寒さにやられたためであり、聖槍院は関係ない。)
 オイルではなく雨粒ばかりさしたブリキ人形のような動作で、巨大な銀行壁の成れ果てに手をついて立ち上がる。
「……動け、足ィ……」
 苦闘むなしく膝からがくりと落ちる。
 歯をむき出しに、怒る。身体から力が漏れていく。無理に心を焚きつけなければ今にも命の炎が凍ってしまいそうだ。
 四葉はキッと天上を見上げる。宇宙を考える。
 地球のことを考える。
 地球は温暖化している。
 地球が温暖化している「原因」を遡ってのぼってのぼりつめれば、犯人は太陽である。
 敵は太陽。
「モア――太陽」
 太陽がひとつ。
「モア――太陽」
 太陽が、もう一億。
 もはや地球に青空はない。空はミラーボール。空一面が黄色あるいは白色。太陽。太陽のみ! 夜なし! バカみたいな日差しが雪原に反射して、目も開けられない。色がなくなった世界に塗り替わる。だが四葉には関係ない。四葉にとっては『安全』であるからして。
「きもち、あったかくなったかな……」
 えいっと四葉は立ち上がる。
 視界は白塗りで、目に痛い黒が、いくつか散らばっている。その中で、ゆらりゆらりと動く影が1つ。人影、赤羽ハルの影。
「四葉ちゃんよ、いま、なにがどうなってる? なんだこの天気は、地面は、山はどこ行った、空はなにが起きた?」
 四葉は一歩一歩距離を縮めていく。億の太陽が照っても、全裸の雪原では、体感気温は氷点下を超える。
 ゆっくりと一歩ずつ一歩ずつ、歩み寄る。
「敵にそんなこと聞くなんて、スーパー殺し屋の名が泣きますよ?」
「そんな通り名、ねェよ」
 赤羽は、落ちていた二本の棒――いや、一対の黒いトングを拾い上げる。
「さっき――そんなに前の話じゃないはずだ、銀行にいたとき、あのとき、お前、なんてった?」
 ――あのトングほど高くはないよ。
「憶えてないよ」
「何年も昔のような気がするぜ、こんなおかしな空間だとよ」
 赤羽の手中の黒いトング――四葉が混乱空中で召喚した聖槍院のトング、彼女の控えである「二番目のトング」より強い「一番目のトング」――すなわち〈カラス〉。
 その値段はご存知の通り――
 しゅるしゅるしゅると赤羽の手のひらで一枚の紙切れになる。
「一兆円札だ」
 一兆円札!
 ――仮に一兆円札があるとするなら、それは、「赤羽自身の能力によって1兆円1枚=1万円1億枚に変換できる」。適切に換金できるものは適切な紙幣である。逆説的に一兆円はその価値を認められる。
 一兆円札は一万円×一億の威力!
 赤羽が一兆円札を横薙ぎにすると、はるか地平線――太陽と雪のはざまに糸のような裂け目が生まれ、広がり、ズレ、天球のふたはとれた。そこからのぞくコスモ。さらに宇宙の奥の奥まで斬撃は届く。点と点とが輝く地域、ノーマル宇宙をも、ズパッと切裂くと、外側、液体のオーロラが感触を持って燃え続ける空間がのぞき見える。
 大宇宙すら切裂く〈桁違い〉の、核より恐ろしいオブ・ザ・最強兵器・カネ。

 ――最強より「ちょっと」強いものは?

「こんなにお金、あってもね。使えないよね」
 ゼロ秒で発現した、姿を隠すほどの十兆円札ピラミッドが四葉を守った。全宇宙で最も欲磁場の強い空間がポンと発生されている。
 赤羽は、もう、驚くほかなかった。
 ……言ってしまえば、赤羽の「殺し屋」という職は、サラリーマンである。
 サラリーマンは奴隷である。奴隷をつかさどる商人は金の奴隷である。金はすべての王である。その王を、奴隷とすら思わず、空気とすら思わず、神のような振る舞いをしているこの小娘は――。
「モア」
 四葉が掲げた手のひらの上に、黒玉がひとつ浮かぶ。
「全額、入金せよ。暗証番号は四葉ナンバーワン(4281)
 黒玉は渦を巻いて稲光を散らす。内部から槍のような影が走り、ピラミッドの山をとらえ、引き込み、闇の中へと取り込む。
 赤羽の一兆円札を、闇がつかむ。物理的な力とは別の力によって、手のひらの金が奪われた感触がする。手から離れかける瞬間にミダス最後配当で換金。あの銭崩(なだれ)が再び発生した――一瞬だけ。すぐに、暗黒の中に、吸い込まれる。
 四葉が鼻で笑う。
「きみが息巻いて使ってた一兆円札って、モアで出したトングでしょう? なら私のだね」
 全てを飲み込んだ黒玉が、今度は立方体に形を変える。
「まっ、手間賃くらいはあげるよ。口座番号は――」
 赤羽が青ざめる。四葉が唱えた番号は、赤羽が6000億円を支払うべき口座。
 ――なにをする気だ!
「振り込んであげるよ6000億円!」
 黒い物体から竜のような札束――札列が飛び出す。
 赤羽は反射で身体を動かす。動きつつある身体を思考によってよどみなくサポートする。上着を換金して400円分の衝撃で地面にクレーターを作り、もぐりこむ。
 思考。
 ――あの暗黒物体は「出金モード」なんだ。奴は金を操る能力なのか? なら雪や空はなんだ? さっきは入金。だから今はミダスが使える、地面を経由して下から襲う。まめに換金していけば服代で殺れる。雪は柔い!
 ドン、ドン、と地が揺れる音が、四葉に近づいてくる。
 雪原に浮かぶ6000億円の竜が、赤羽の作った坑道を追って遡る。
 ドン、ドン、の衝撃は、四葉の前方1メートル前で止まる。
 と同時に地表から金龍が奔出! 龍の頭は赤羽の肛門から侵入、そのまま突き上げるかたりで雪原上に姿を見せている。
「もいっちょ6000億!」
 四葉が放った第二の龍が、赤羽の口から入り込む。悶絶する赤羽の腹が膨らむ。
「ああっ、口座(クチとケツ)がパンクしそうです!」
 ついに赤羽の腹は、約3000億ほど呑みこんだあたりで破裂(バースト)した。

 四葉の持つ黒い物体は、預金クレジット一体型カードより強い「なにか」である。銀行を発生させたとき、買収などの戦略上に役立つと思い作成した。カード作成中に分かったのだが、銀行になだれ込んだ小銭は、すべて、ある口座に入金されていた。
 現在の入金相手と同一であるから、追尾機能で、赤羽を経由して振り込みできた。
「借金、返せてるといいけど」
 四葉は爆散した赤羽の四肢から、服の形をしているところをはぎ取った。靴はぶかぶかだが、無いよりましである。
 元銀行壁に戻って少しでも寒さを和らげようとしたら、元壁は、あたたかい。
 ――あっ太陽一億はやりすぎたかな。
 とか思いつつあおむけに。日向ぼっこ。うたたねいい気分。
 太陽の大きさと星の大きさと、空の広さと地球の丸さを、足して掛けて割って引いて、いろいろ混ぜ合わると、後悔の念が強まってきた。
「まあ、私のせいじゃないし……」
 明らかに自分のせいなんだけど。
「地球温暖化でも……でも……たくさん雪崩したから……イーブン……………」
 疲労と寒暖の差。安心感。強敵の殺害。勝利の余韻。
 四葉は深い眠りに落ちる。
 二十分後。
 まだ寝てる。
 爆睡。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ……勝利してしまった! 忌々しい小娘!
 ……四葉(あれ)の能力って死んだら消えるんですかね。
 ……あの憎きあれを殺すチャンスですよ!
 ……殺すなら今の内ですよ! なに躊躇ってんですか審議長!
 ……いや君たちが焦っているんだ。もしあれが起きていたら……あれが演技でないなら、即座に我らWL社が、あれの敵となってしまう。
「…………白ぶた……いや……」
 ……絶対寝てます!
 ……確かにあれが死んでも天が元通りになるとは限りません! が! あれを殺せる数少ないチャンスなんですよ!?
「………………ちくわだあ~……三人くらい来るのか」
 ……森田はどう思う?
 ……思うに、高島平四葉は脆く、暗殺やスナイプで殺しうる、と思われます。いま強権発動して勝手に信用を落とす必要は感じられません。
 …………ですが、僭越ですが私としては
 ……僭越だ。私を誰だと思っている。
 …………自害いたします。
(ウッと息が詰まる音。砂袋が倒れる音)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 三十分後。
 雪がこんもりと持ち上がり、日を遮り、人影が立つ。
 いや、それは人影とは呼べない。
 足があり、胴があり、肩があり、腕があり。
 だが首がない。
 頸から上が、スッキリ、ない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ……し、し、し、審議長!
 ……実審を呼べ。
 ……おります。
 ……あれは? 聖槍院の死体が動いているようだが?
 ……ええ、いまでも確かに心臓は動いています。
 ……首がないぞ! 一体どういうことなんだ!
 ……雪に埋もれていた拍子に、ぽろっと取れてしまったのでしょう。
 ……んなことがあり得るか!
 ……みなさま誤解なさっておられますが、私は、聖槍院九鈴が敗退したと宣言した覚えはございません。彼女はまだ「生存」です。心臓は動いていますし、脈もありますし、脳みそ――思考自体もあるようです。肉体で考えいるのでしょうか、(ファントム)があるのでしょうか。私は、魂がある、と推測しています。
 ……魂?
 ……はい。彼女の能力『タフグリップ』は固定です。背中のトングで、肉体と魂を固定しているのでしょう。そう考えれば理屈は通ります。
 ……なっ、そんな……。
 ……そうか。ならば試合開始直後の、
 ……洞窟への体当たりでおそらく死んでいますね。もっとも、以前から――彼女の言う核体験の時から、いえ、より前から死んでいる可能性もあります。すでに死んでいるために、首がとれた程度で死亡していると裁定するわけにはいかないのです。
 ……奴を殺すには――殺すと判断されるには、トングを破壊するしかないのか?
 ……破壊も不可能(むつかしい)でしょう。私はボディチェックで彼女の身体に『触れ』ました。彼女のトング帷子は三枚重ねになっており、そしておそらく、背中の一部にトングを埋め込んでいる――あるいは肉体をトングの一部だと認識して、パズルのように組み合わせて、お互いがお互いを補強しあっています。首は落ちてしまいましたが、固定されている肩から腰は、彼女が望むままに「保持」され続けるでしょう。決して損なわれずに。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 むにゃむにゃと眠る四葉。
 その頸に容赦ないトング(ギロチン)が落ちる!

 ……。

 寝返りをうつように、ころりと四葉の首が、どんぐりころころ。
「勝者、なんと、首なし聖槍院九鈴、決着ゥウウ!」
 モニタで見ている会場の全員が、悲鳴であれ歓声であれ(笑)であれ絶叫であれ、なにか声を、なにか感情を、吐き出さずには入られなかった。
 会場自体が喚くように揺れ響き、肝心の、中継の音すら聞こえないほどの轟音。

「……」

 会場は一瞬で静まり返る。

 勝者である聖槍院九鈴、

 彼女は、四葉の頭を――――――――――――――――自分の首にタフグリップ!



■勝者:聖槍院九鈴(?)



 億の太陽が「彼女」の怪笑を照らす。