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第一回戦【遊園地】SSその2

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dangerousss3

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裏第一回戦【遊園地】SSその2

 2015年、関西滅亡の日――衛星軌道上から降り注ぐレーザーの雨は日本はもとよりアジア圏全域から視認出来、その様に人々は終末を予感した。

 それから5年――2020年4月某日、千葉県浦安市のとある遊園地にも同じことが起こっていた。直径3mの光の柱は空をまばらに覆っていた雲を容易く貫通。命中したアトラクションのレールを飴細工の如く刳り貫き、チュロスを売る屋台を炭化させ、プールの水を蒸発させた。

 その時、園内にいた数少ない人間である雨竜院雨弓も偽名探偵こまねも、浦安市民も、数km離れた大会本部から光の雨を目撃した者たちも、この試合を警戒していたはずの政府・自衛隊関係者も、つまりはあらゆる目撃者が五年前のあの日と同様、その様に度肝を抜かれていた。

(うん、上々ね――)

 雨が止んだ後、唯一平静な人物・高島平四葉は目の前の窓から覗く光景と、手元の端末に表示される俯瞰での光景――「夢と魔法の王国」の無惨な姿に満足気に頷く。殺したり壊したりすることで自分がそれを手に入れたと再確認する。白のワンピースに身を包んだ清純を絵に描いたような美少女・高島平四葉はそういう人種だった。

(流石だわ、『伯母』)

 「伯母」とは彼女の頭上500kmを漂う、このレーザーの雨を降らせた人工衛星を指していた。

彼女の魔人能力「モア」は敵対する相手の持つ「武器」を、少しだけ強化してコピーすることが出来る。数日前、彼女は世界の裏で暗躍する巨大組織「スズハラ機関」の仮面の13人(マスケーラ・サーティン)が1人、飛騨はじめの地元商店街を襲撃した。高校時代から、実家の和菓子屋を継いだ今はよりいっそう商店街を愛する彼は、自分のいぬ間に商店街を灰にして去っていった「高島平四葉」なる悪魔を激しく憎んだ。その時から、紛れもなく彼は四葉の「敵」となったのだ。   
何故彼女はそんなことをしたのか? それは、飛騨が2015年に関西を焼いた衛星兵器「母」の現所有者だったから。
 つまり「伯母」とは、四葉の「モア」で生み出された「母」の上位互換なのである。出力は5%上昇し、レーザーの発射間隔は0.2秒縮んだ。雪山より障害物が格段に多い遊園地に合わせて、また赤羽ハルに敗れた反省から防御不可能な攻撃として衛星砲を選んだのは四葉にとって大正解と言えた。

 レーザーは照射位置を計算し、他の2選手には命中しないように撃っているが、その気になれば彼らも一瞬で蒸発させられる。圧倒的戦力差。況してや、彼らは雪山での試合で(四葉の電波妨害により)何があったか知らず、四葉のことをただの幼女と思っているはずだ。そこにこれである。あまりの落差から勝てるはずが無いと思うに違いない。

 秀麗な顔に氷の微笑を浮かべ、四葉はマイクのスイッチをONにする。
 「夢と魔法の王国」はそのイメージを守るため、園内放送を極力していなかったが、無論設備自体は緊急時に使えるよう存在していた。
 放送で降伏を呼びかけるのだ。1回戦の2人は理解し難いことに拒んだが、この2人は受け入れるに違いない。もし断るならレーザーを浴びせるまでだが。

「…………?」

 口を動かし、紡いだはずの言葉の代わりに口から出たのは1つのシャボン玉。
 そのシャボン玉はやけに頑丈で指でつついても割れる気配を見せないが、摘んで力を込めれば流石に弾ける。

『雨竜院雨弓、偽名探偵こまね。降伏なさい。キミたちに勝ち目は無い』

 と同時に響く四葉の声。マイクからは距離があるので、流れはしなかった。

(この能力……偽名探偵こまねの……)

 「音玉」――有効範囲内で発生した「音」をシャボン玉に変える能力である。
そういった情報を知らない四葉が見た1回戦では「おちんぽおっきぃれしゅう♡」という自分の言葉だけを飛ばす使い方をしていたので、他人の声(音?)もシャボン玉に出来るというのには少しばかり驚いた。
 この状況でこの能力に対処するのは簡単だ。掴んだシャボン玉をマイクに近づけて割れば問題無く用を果たせる。

(でも……気に入らないわね)

 自分がこまねの能力に合わせなくてはならないことが、である。世界征服を目指す程だから生来驕慢な性質なのは言うまでもないが、幼さもそれに拍車をかけていた。警告なしで蒸発させてやろうか、と考えていたところでその思考は遮られる。

“マスター、ヒトト思ワレル熱源体接近中。サイズカラ『偽名探偵こまね』デアルト判断。迎撃態勢ニ移行シマス”

 オペレーションルームのすぐ外に待機するガードロボットがそう伝えてくる。飛んで火に入る夏の虫とはこのことか。

「わっ……ちょ! 撃たないで!」

 ガードロボットが光学迷彩を解除し、銃を向けたのだろう。外から聞こえてくるこまねの慌てた声。いつもの間延びした口調とは違う。アレはキャラ作りなのだろうか。
端末には、シャボン玉数個を引き連れた少女の姿が映し出されていた。首にヘッドホンをかけているあたり1回戦とはやや趣が異なるが、制服の上に羽織ったパーカー、銀のショートボブ、紛れもなく偽名探偵こまねだ。

 ドアを開け、ガードロボットの陰から半身を出す形で外に出る。そこは焦げ臭い、戦場の空気の中だった。

「四葉ちゃんだ~可愛い。あ、もう喋っても大丈夫だよぉ」

 また締りのない口調に戻ったこまねが言う。姿勢はホールドアップ。スカートに差した拳銃を、ガードロボットに射殺されず抜くのは不可能だろう。

「何故ここが?」

 オペレーションルームの場所は地図には載っておらず、また園内放送もされていない状況ではそこに人がいるという予想すらつかないはずだ。

「私の能力、有効範囲の特定の音をシャボン玉にするってのは察しがついてると思うけどぉ~、それを操作も出来るのね。
 だから、能力でシャボン玉が出来れば、それがどの辺にあるかってのも感じれるのさ~」

「……成る程」

 四葉が1回戦の映像を見て持った印象よりは、ずっと便利な能力と言えた。とはいえ、この状況で役に立つとは思えない。能力に直接的攻撃力は無く、こんな風に正面切って向かい合っていては撹乱の余地も無い。
 加えてガードロボットは、身長3mと1回戦で用いたTA‐35に比べると遥かに小型だが、しかし標準的な魔人数名を簡単に駆逐できる能力を持っている。こまねが銃を持っているだけで太刀打ち出来るはずがなかった。

「私聖槍院さんに聞いて四葉ちゃんがいっぱい兵器をぶっ込んで来るって知っててさ~。勝つなら奇襲をかけるっきゃ無いってことで来たんだけど~、こんな風にバレてるんじ
ゃもう勝ち目無いしぃ、降参で。四葉様の軍門に降りますぅ」

 ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべてこまねは言う。四葉にはその態度は不快だったが、しかし楽に勝てたなら言うことは無い。ガードロボットに銃を取り上げさせると、AIの敵選手認識を解除する。

(まずは1人目、後はあの雨竜院雨弓だけか)

 こまねから奪った銃を手に、ふと考える。彼女はこうして簡単に拘束できたが、しかしあの男は幻術に加え、あの「ファントム」化が完全に抜けているのかわからない。もしファントム化され、あのファントムルージュを叩きつけられたら……。一応対策はしているが、リスクは排除した方がいい。ならば近づけるなどあってはならない。

「悪いけど、キミにはそのまま死んでもらうわ」

 直後、視界の右奥、サイバーパンクな外観の建物の裏にまた光の柱が降りる。対魔人手錠をかけられたこまねはそちらを見やった後、四葉の顔に視線を戻した。

「……あそこに雨竜院雨弓がいたの。今死んだわ」

「じゃあ四葉様の勝ちか~。こんな楽勝なんて流石だね~。
私、仲間になってよかった~」

軽薄を絵に描いたような態度だが、しかしこれがこれから支配する愚民共の本質なのだと、四葉は彼らを導く自分の姿を頭に描いた。そのとき、ひゅう、と爽やかな春風が彼女の黒髪をなびかせる。何の気なしに、彼女は後ろを振り向いた。

黒曜石のような瞳に映るのは、背後の空間を埋める圧倒的な数の泡の群れ。

「……は?」

 さっと再び元の方向――こまねの方へと向き直れば、彼女は繋がれた両手で首にかけていたヘッドホンを着けている。

「ごめんねぇ四葉ちゃん。弾けて、響けぇ~」

 次々と破裂する、背後のシャボン玉。そして解放される、閉じ込められていた言葉たち。

「俺、――になら裏切られてもいいよ」「自分らしく生きるってことじゃねぇのか?」「――は人殺しじゃない」

「あっあああああああああああああああっ!!」

 それはどれも、こまねが悍ましい記憶の中から再現した「ファントムルージュ」の台詞だった。無論、単に台詞だけを切り出したならそれは他のクソ映画のそれと大差ない陳腐なものである。
が、こまねはその異能レベルの声真似スキルによって役者の声や口調のみならず、ファントムルージュを見せつけられた際、台詞の1つ1つに覚えた絶望感(◯◯はこんなこと言わない)をも再現し、それらを呪言めいた言霊へと昇華したのだ。映像の数百分の一という情報量の差は埋めがたいが、それでも精神汚染能力はハレルア・トップライトや黄樺地セニオが「ファントム雨弓」に受けたそれに匹敵する。

「外の世界は楽しかった?」「昔からそこで隙が出来んだよ」「友達なんかいらない」

「なんでぇっ!! 私特訓したのにぃ!!」

 こまねは、哀れむような視線を足元でもがき苦しむ四葉へ向けていた。自分がこれを作り出した、というのが我ながら恐ろしい。
 彼女には武器が、必殺技が必要だった。警察がいなくても、強い相棒がいなくても、ドーピングコンソメスープ(犯人の暴力)に対抗できるキック力増強シューズ(必殺の武器)が。

ガードロボットは、半径500mの熱源、音を探知できるセンサーを備え、AIによる高度な迎撃能力を持つ。しかし、シャボン玉の温度は外気と変わらず、その接近は無音であった。だから「音玉」による攻撃は隙を突いたものと言えるのだが、四葉の敗因は本質的にそこには無い。

「ファントムルージュは雨竜院雨弓1人じゃない。ここにもいたということだ」

「腐った林檎のように生涯を閉じろおおお!!」「一緒だぞ、――」「人形を宿せば、その念能力が使えるのだ」「俺は絶対に、友達を裏切ったりしない!!」

「やめてえええええっ!! なんか、なんか来ちゃうううううううううううっ!!」

「――は俺の傍にいてよ!! 俺、――と一緒がいい!!」

「ゔあ゛っ!!」

 全てのシャボン玉が割れると、カッと白目を剥き、大きく身体を反って痙攣をやめる四葉。そのままどう、と倒れて動かなくなる。
 あたりは四葉が撒き散らした吐瀉物と尿で汚れており、清純(っぽい外見)な美少女の面影は無い。

「いっぱい悪いことしてたみたいだしぃ自業自得だけどぉ~これで終わりにしたげるねぇ」

 ヘッドホンを外し、四葉に預けて落とした銃を拾い上げる。まず手錠の鎖を撃ち抜き、そして浅く呼吸を繰り返す四葉の額に照準を合わせ、引き金を引く。

「バイバイ」

「『モア』」

 額に風穴を空けるはずの銃弾は虚無から突如出現した朱塗りの番傘に弾かれ、届くことは無かった。

「……え?」

 驚きに眠たげな半目が見開かれる。先程、シャボン玉の大群を見た四葉のように。

「起こしてくれてありがとう、名探偵」

「……っ!」

 言葉を返す暇も与えず。突剣はこまねの胸を貫く。

 こふっ、と血を吐いて倒れた足元のこまねを、緋色の双眸が見下ろしていた。
 ざわざわと黒髪が蠢き、そしてその内の半分ほどが急激に伸びて触手のように彼女に絡みつく。陵辱? 否、食事である。絡みついた触手は服の下に入り込み、その柔肌の細胞から直接精気を吸収し始めたのだ。

「処女の血ならぬ精気……『ファントム四葉』誕生祭のメインディッシュには相応しい。ん? おお、おお!!」

 精気を啜っていた四葉が突如歓喜の声をあげ、見やった先。道の角から現れたのは、死んだはずの男だった。
 熱線に焼かれたはずの身体には火傷1つなく、それを包むジャケットとジーンズにも、手にした得物「九頭竜」にも焦げ跡は見当たらない。雨竜院雨弓、無傷。

「生きていたか兄弟!! 嬉しいぞぉ!!」

「誰だ……お前?」

 緋の眼を持つ四葉を見たとき、雨弓は心の奥底にざわつきを感じていた。

✝✝✝✝✝

「これが……『ファントムルージュ』」

 四葉は手の中のBlu-rayディスクを見つめ、ゴクリと生唾を飲んだ。闇のルートで手に入れたそれは、見てもいない現時点では単なる記録媒体に過ぎないのだが、何か瘴気めいたものが漂って感じられる。

 世界征服を企む四葉が人類を滅ぼし得ると言われる悪魔の映画「ファントムルージュ」に強い興味を抱いたのは当然のことだった。ディスクを彼女に売った老境の商人は語っていた。

「芸術作品ってぇのは時として魔が宿ることがある。
 持っていると破滅する絵、聴くと自殺する音楽、人を斬りたくなる妖刀……。
 そして『紅の章』はそれらの中でも最も濃い魔を秘めている。
 こいつはカルピスで言えば空き瓶に水を注いで振った程度の劣化版だが、それでも覚悟した方がいいぜお譲ちゃん」

 「紅の章」とはこの映画の名前を呼ぶことさえ恐れる者達が付けた通名だという。いくらなんでも馬鹿な、たかが映画だろうと、四葉にはどこか馬鹿にした気持ちがあった。

 Blu-rayの再生が始まり、95分が過ぎたとき、四葉は嘔吐し、糞尿を漏らし、放心していた。劣化してこれならば、本物はどれほどのものなのか、とまた恐怖した。
 だが四葉はこの映画を毎日見なければならなかった。「夕闇の覇者」(ザ・キング・オブ・トワイライト)を世界征服への足がかりとするなら、きっとあの男・ファントムルージュの化身偽原光義との対決は避けられまい、何らかの耐性はつけておくべきと。

 だから四葉は毎日ファントムルージュを見た。毎晩悪夢にうなされ、夜尿をするようになっても、見るのをやめなかった。気づけば「世界征服のため、耐性を得るため必死に見ている」のでは無く、この悪魔の映画に魅入られていたことに、四葉は気づいていかなかった。
 その後まさかの1回戦負けを喫した四葉だが、しかしなんたる上映(うんめい)……否運命の悪戯か。或いはファントムルージュが運命を引き寄せたのか。今、3人のファントムルージュが揃ったこの裏トーナメント1回戦第1試合において、植え付けられた「種」は萌芽の時を迎えていた。

✝✝✝✝✝

 高度500km――衛星兵器「伯母」は地上の雨弓へと照準を合わせる。エネルギー充填完了。誤差0.002%以内。照射。

 地上――光の中に消えるはずの雨弓は、何食わぬ顔でそこに立っている。彼を狙ったはずの熱線はその上空で大きく軌道を変え、数十m離れたガードロボットへと降り注いでいた。
 ボディを構成する合金が耐熱限界を超えて融解し、そして巨大な爆炎をあげてこの命なき従者は哀れにも砕け散る。後に残ったのは、残骸と黒く焼け焦げた地面。

「『幻術』じゃない……『光を操る能力』。お前に光線は効かないというわけか」

雨弓の「睫毛の虹」は、本来光の反射や屈折を操る能力であり、幻術はその最も使用頻度の高い応用に過ぎない。因みに、この技のスケールダウン版として彼は夏、自分に降り注ぐ光量を調節して暑さを凌いでいる。

「そういうことさ。まあ、乾燥した晴れの日だったらアウトだったけどな」

 荒れ果てた王国で、対峙する2人の戦士。
 片や赤い番傘を手にした偉丈夫。片や瀕死の少女を抱いた緋の眼の幼女。

(こいつ……やっぱあの時の俺と同じか)

 雨弓は四葉が何故こうなったのかは全く知らない。だから根拠は特に無い。ただ、「兄弟」と呼ばれたことを抜きにしても、確信があった。

(ま、どうでもいいやその辺は。こいつとは……)

 どうやら最後までやれそうだ、と舌なめずりし、武傘「九頭龍」を構えた。

「『モア』」

 精気を吸われ、死が間近のこまねを四葉はその場に放り捨て、戦闘態勢に入る。
 コピーしたのは3つ――「雨竜院雨弓の筋力」と「ベンズナイフ」、そして……。

「行くぞ、兄弟」

「兄弟言うな」

 四葉は愛らしくその場で小さく跳ねる。

 ――トン――、――トン――、――ドッ――。

爆ぜる足元! 四葉、消失! 
次の瞬間、20m近い間合いがあったはずの雨弓にナイフによる斬撃! 170kgの雨弓の脚力を25kgの四葉がコピーしたのだ。当然遥かに速く動ける。

(迅えぇっ!)

 しかし斬撃は回転する九頭龍に止められ、届くことは無い。激しく火花を散らしてぶつかり合う。

「やるな」

 四葉は九頭龍の骨にナイフを思い切り振り下ろした。ナイフは砕けたが、その反動で高く跳び上がる。 

「『モア』」

 新たなナイフが2本手元に出現、そして投擲。
 雨弓は四葉を追って跳躍し、上空からの投げナイフを「雨流」で防ぎながら刺突を繰り出した。
 対空の雨月――逆雨(さかさめ)
 空中では身動きも取れず、そのまま串刺しになるかと思われた四葉は、髪の毛が変化した触手を伸ばして最も近いガス灯を模したオブジェに絡ませ、それを支えに自身を引くことで回避する。

「ハーン……!」

 刺突が空を切り、今度は自分が空中で隙を晒す形となった雨弓だが、嗤う。

 オブジェを支えに滞空する四葉は更に「モア」でこまねのマシンガンをコピー。発射。と、同時に髪を鞭の如くしならせて打つ。音速の数倍の一撃は受ければ雨弓でも致命傷を負うだろう。
 銃撃と鞭。両方を傘で防ぐ余裕は無い。重傷は必至。

「甘ぇよ!」

 雨弓は九頭龍で銃弾を弾きつつ四葉に向け、引き金を引いた。
 大気を劈く爆裂音と共に放たれる九頭龍の牙は四葉の脇腹を大きく抉って後ろのホラーハウスの外壁に突き刺さり、そして猛烈な反動は雨弓を触手の横薙ぎの軌道の外へ吹き飛ばした。

「ぬっ……!」

 それだけのダメージを負っても四葉は怯む様子を見せず、剣の刺さった外壁へピタリと身体をつけ、そして全力で蹴った。オブジェに撃ち込んだままの触手もパチンコのように使い、超音速の砲弾と化して反対側の建物の壁に貼り付いた雨弓へ直進する。

(あの傷で死なねえ上に突進かよ……!)

 獣はまた嗤う。
 「九頭龍」が分解したため四葉の突進を両腕で受け止めた雨弓だが、そのまま壁をぶち抜き、更に2階の空間へ転がり込んだ。
 土産物屋であったその建物からは数秒間、ガラスの工芸品が次々に粉砕される音や数発の銃声、何かが崩れるような轟音が聞こえ、そして最後、今度は1階の外壁を破壊して2人が飛び出してくる。
 先に飛び出した雨弓は四葉が先程使い捨てた九頭龍のコピーを拾い上げ、遅れて出てきた四葉は弾切れの銃を捨て、また「モア」でベンズナイフを生成する。
 共に重傷だった。互いにあちこち流血しているのに加え、雨弓は腹と脚を撃たれ、四葉は首筋に九頭龍の親骨が突き刺さっている。

(あー……たーのしぃなあ)

 雨弓は眼前の幼女を見据える。見た目には彼我のダメージは同等に思われるが、まるで違った。

「ふんっ……!!」

 首の筋肉の力で、刺さっていた親骨が勢い良く抜け落ちる。わずかな血が噴き出したがすぐに収まり、そして数秒で傷は塞がってしまう。無論、先程腹に負った傷、各所の小さな傷もだ。再生力のみならず、敵との衝突時は皮膚が硬化することで打撃力・防御力共に大きく増大する。この力が無ければ、速さで勝っても体重が5倍近く離れた四葉は今のように雨弓と狭い空間で組み合えばすぐに殺されてしまうだろう。
 ファントムルージュによる肉体の変質だけでは無い。「農大」で、上級教員に移植されている万能細胞(通称・農大細胞。准教授以上で無ければ拒絶反応で死ぬと言われている)もモアでコピーし、2つの相互作用がファントム四葉を超生物たらしめていた。

「さあ、続きをしようか」

「……」

 新たな傘を構える雨弓。血に染まった顔に狂笑を浮かべて。
 四葉もまた、ナイフを構え、そしてじりじりと距離を詰めていく。

 そんな2人を、死んでいるのか生きているのかも定かで無い状態のこまねが虚ろな瞳で見つめていた。

✝✝✝✝✝

 ――暗い……、暗い意識の底にて。

『おい、このままじゃあ死ぬぞ』

「黙れ!! 知るか」

『俺に代われ、俺なら勝てる』

「黙れって言ってんだ。クソッタレ」

✝✝✝✝✝

『お前の願いを叶えてやる……大人しくそこで見ていろ』

「違う……こんなの、違う……私は」

『何をほざこうと、そこではどうすることも出来まい』

「嫌だ……私は、私の」

✝✝✝✝✝

――噴水前広場。戦いは続いていた。
 アトラクション、シアター、モニュメント、売店やレストランを2人は次々に破壊し、レーザーの雨で既に穴だらけになっていた園内は加速度的にその無残さを増してゆく。
 世界征服を企み、その上ファントム化した高島平四葉も、市民の平和と安全を守る警察官・雨竜院雨弓も、夢と魔法の王国には純然たる破壊者――まさに「魔人」と呼ぶに相応しい存在だった。

(脳味噌が焼き切れそうだ……いつ以来だこんな戦いは……)

 雨弓は四葉の触手を掴んで振り回した上城壁にハンマーのように叩きつけ、全身に「篠突く雨」を見舞い、四葉はその圧倒的な速度で雨弓の全身を切り刻み、肩や腕に何本ものナイフを突き立てた。
 互角の戦い。否、雨弓はどんどん死へ近づくのに対し、四葉はダメージが遅くとも数分で治癒してしまい、無限とさえ思われる体力を見せている。勿論実際には限界が存在する。先程こまねから精気を吸収していたことから、体力切れは懸念しているのだろう。ただ、先に限界を迎えるのが雨弓なのは間違い無い。

(互角じゃあ……ジリ貧だわな……確かにそろそろ死にそうだ。
 勝負、決めに行くか)

 楽しい時間が終わるのは寂しいが、終わらせるつもりで戦うからこそ、戦いは楽しい。

 雨弓が濡れた地面に剣先が着くかどうかというくらいに九頭龍を垂らし、高速で回転させる。と、風圧で足元の水が巻き上がり、周囲を濃い霧となって覆う。「霧雨」という、本来単に意表を突き隙を作るための技だが、雨弓が用いれば意味は違う。大気中により多量の水分を存在させ、彼の魔人能力「睫毛の虹」を高精度で展開できる幻覚空間を形成するのだ。

「ぬ……!」

 一瞬、霧に溶けて消えたかの如く映った彼の姿が再び現れる。そして、今までと違う構えを取った。突進からの全運動エネルギーを乗せた刺突、最大の威力を誇る傘技「雨竜」の構えである。 

「行くぜ……!」

 水飛沫をあげ、最高速の「蛟」で突進する。

(疾い……! 濡れているとこうも違うか)

 しかし、直線的な攻撃。捌くのは容易い、と思った四葉の目に映ったのは、右肩から伸びる9本の腕と、それぞれに握られた武傘。

(これは……!?)

(さあ、当てっこだ……)

 全くの同時に迫る9つの剣閃。
 九頭龍――八虚一閃。

(ここ)狙いだろう!?)

 恐るべき再生力を持つファントム四葉を倒すには、また、今の体力を考えれば即死させる部位で無ければ……両方の観点から言って、脳を破壊するため頭部を突くのは当然に思われた。逆に、他の部位を突いても殺されるだけだ。
 眉間を狙って突き出された九頭龍に四葉は手をかざし、そして触手で彼の胴を貫こうとする。しかしその刺突は、否、他の全ての刺突が四葉の身体をすり抜けた。そして触手もまた雨弓の身体を。

「は?」

 雨弓は突いていなかった。それ以前に、彼の身体そのものがもう1m程後ろを走っていた。そして、今生まれた致命的な隙を突かんと、今度は本物の雨竜を繰り出す。

 音の壁を破った破裂音、そして爆裂音。
 九頭龍の牙は四葉の頭部の上半分を爆砕し、数百m先まで霧の中に赤い尾を描いて消えていった。

「凄い男だな……」

「ガッ……フッ……!!」

「私が脳を動かせなければ、確かに負けていたよ」

 触手に貫かれて血を吐く雨弓の目に映るのは抉れた頭皮と頭蓋の断面から覗く、無傷の脳。
 四葉が触手を引き抜けば血が噴き出し、雨弓はよろよろと後退する。致死量の出血に力が入らず、九頭龍を手から落とす寸前だ。

「お前はよくやったが、限界だ。さあ、出てこい兄弟」

『おう』

 雨弓の口が、その意志とは全く無関係に言葉を発した。右目が端から緋色に染まってゆく。
 ファントム雨弓、再臨。

 雨弓の中のファントムルージュは、消えてはいなかった。美術館での試合において、雨弓が自らの意志で支配に抗い、その後死によってリセットされたことで表面的には見えなくなっていたが、精神の奥底、雨弓も自覚せぬ深みから再浮上の機会を伺っていたのだ。
 それは雨弓が再びファントムルージュを摂取するか、或いは彼の意志力が限りなく弱まる瞬間。つまり今のような――。

「この男には強靭な肉体と、我らとの相性が素晴らしい魔人能力がある……」

「ああ、この能力なら世界を緋色に染め上げることが出来そうだ、感謝する」

 ファントム四葉は雨弓に接触した瞬間から、彼の中にファントムの残り火があることを感じ、その「残り火」もファントム四葉に共鳴し、顕在化しようと、戦いに夢中になる雨弓の精神世界で自身の存在を肥大化させていた。
 そしてファントム四葉はファントム化で得た戦闘力で雨弓を圧倒し、自身から滲みだすファントムルージュのオーラを浴びせつつ死の寸前まで追い込むことで再ファントム化を促したのだ。

「この試合の勝ちはお前に譲ろう。
勝ち上がってより多くに『ファントムルージュ』の上映を見せてやってくれ。
あの偽原という男とも接触が必要だ」

「ああ、わかっ……んぅ!?」

ファントム雨弓が呻き声をあげた。右足に鈍い痛み。九頭龍の親骨が、足の甲を貫き、地面へと突き刺さっている。

「どうした?」

「いや、俺の右腕が勝『いいかげんにしろ』なんだ『出て行け!!』動いて『俺の喧嘩だ』
オッ……オオオオオオオオオオオオオッ!?」

 ファントム雨弓の右腕は自分の意志を持つかのように動き、そして緋色に染まった右の瞳を抉り取ろうとしていた。

「待てっ……やめ『うるせえええええええええええええええええええええええ』」

 左手に掴まれても尚右手は止まること無く眼窩に指を突っ込み、そして眼球に指を突き立てて引き抜いた。

「……っ」

「……またか。情け無ぇ……」

「貴様……戦いが好きではなかったのか? 世界を緋色に染め上げる――その過程でいくらでも戦いは……」

「そりゃあ……お前らの戦い、だろうがっ……」

 右目があった黒い穴からボタボタと血を零しながら、絶叫するように雨弓は言葉を搾り出す。

「俺が、勝つのも……負けるのも全部、俺のもんだ……。
 俺の戦いも、人生も……俺の、アイツの……人生はアイツの……。
お前らなんざに……やれるかよ……!」

 「アイツ」が誰を指すのか、知る者はこの場にいない。ロケットペンダントがチャリ、と鳴った。

「理解出来ぬ……殺『私の』何? これ『征服は』おいやめ……」

 ファントム四葉もまた、苦悶の声をあげる。雨弓がそうであったように、それとも雨弓に触発されてなのか四葉もまた抗っていた。

「そこで見ていれば『私の世』お前の望んだ世界征服を我々が『邪魔を』!!
 この世界は、緋色に、染まるのだあああああ」

 1度敗れているファントム雨弓に比べ、ファントム四葉の意志力は強固であった。両腕がわなわなと震えてはいるが、ファントムの支配力が上回っているようで、自由にはさせていない。

『海は見ている~世界の始まりを~
 海は知っている~世界の終わりも』

「な、なんだこれは……?」

 やけに渋い、中年男の歌声が突如響き渡る。

『アイツ……とんでもないぞ!!』

『いいえ。あなたはただの人殺しです』

『空、零れ落ちた2つの星が~』

 見ると、数m程離れた宙にフワフワと浮遊していたシャボン玉が次々に割れ、そこから声の違ういくつもの台詞が飛び出している。
それはどれも、サバンナ戦後、集中治療室でこまねが見せられた、原作を尊重したメディアミックス作品の台詞だった。ファントムルージュの絶望に比べれば吹けば飛ぶような希望だが、それでもこの世には幸せな作品があるのだと。ファントムルージュが存在しても、いい作品は生まれるのだと、思うことが出来た。
自分がファントム化させてしまった少女の元へ、死を待つだけのこまねはシャボン玉に先程と真逆の思いを込めて送っていた。

「これは……あの探偵『私、自分の』おのれ私を起こしたのは貴様『世界が欲しい』だろうがあああああ『お前なんかに』この腐った林檎めがああああ『私の世界征服は譲らない』」

 ファントムの支配を突破した四葉の両腕はその顔を覆い、そして雨弓と同様に、緋色の両目を抉り抜いた。

「あああああああああああああああああああああああッ」

「……っ!」

 顔に暗い穴が空くだけになった美少女は、絶叫した後、一呼吸置いて言葉を発する。

「私……戻ってこれた……?」

「……みたいだな」

 彼らの足元に転がっている3つの目玉がシューシューと赤い煙をあげ、元の白へと戻っていった。

「そうか……私」

 赤羽ハルに敗れて以来、四葉の心にはずっと引っかかりがあった。
 「お前は武器を持っている『だけ』の子供だ」という彼の言葉。アレは単に挑発だったのかも知れないが、それでも四葉の心に波紋を起こす力を持っていた。
 自分の能力は強い。天才の自分が強い能力を十全に使っているのだから、それ以上の強さなど無い。そう思っていた。
 しかし今ならば少しわかる気がする。恐らく、赤羽ハルと聖槍院九鈴が自分の誘いを拒んだのも、彼らの「強さ」と無関係で無いのだろう。

「きっと、さっきのが私の……うっぐ!」

 ほぼ無傷だった四葉が突然激しく血を吐く。
 ファントムルージュの力が失くなった今、農大細胞への拒絶反応や異形化した肉体の反動が一気に押し寄せて来ている。

「なんか……お互い死が近いみてえだな」

 両目の無い四葉にはわからないが、雨弓がまた笑ってそう言う。

「そう、ゴホッ……ね」

「じゃあ、決着を、つけ……ようか」

 そう言って、自分の残った左目も抉ろうとした雨弓は、そこでぐらりと傾き水飛沫をあげて前のめりに倒れた。水が赤く染まってゆき、ピクリとも動かない。

「……死んだ、のか」

 心臓の鼓動を聴こうと胸に耳を当ててみれば、彼の死はいっそう確実なものとわかる。その際、彼が自分の左目に指を突っ込んでいると気づいた。
 ここに来てもまだ。思えば彼は、あのレーザーをガードロボットでなく四葉に当てれば勝てていたはずだった。

「戦うことしか考えてない。
大人のくせに、馬鹿なんだから……でも……」

 そこまで言ってまた激しく血を吐き、そして彼女も仰向けに倒れる。頭を強く打ったが、何も感じなかった。

(私の欲しい世界……生き返ったらもっとちゃんと、考えて、みよう……)

薄れ行く意識の中で、そう思った。四葉には見えなかったが、彼女が雲を消し飛ばした青空には大きな虹がかかっていた。



裏トーナメント1回戦結果:選手全員死亡。各人の死亡時刻は判然としなかったが、偽名探偵こまねを倒した(当人の談)高島平四葉の推薦により、雨竜院雨弓の勝利とする。








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