その他幕間7

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dangerousss3

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黄金の水

高島平四葉編


 春の風に長い黒髪がさらさらとなびいた。どこの資産家の家だろうか、と思われるような大きな洋館の庭に朝日が差し込み、そこに佇む少女を照らしている。
 美しい少女である。小さな体躯は彼女を実年齢以上に幼く見せているが、顔立ちはずっと大人び、精緻なバランスと完成度を誇っている。
 しかしその内に秘める邪悪さは世界史上の様々な奸雄達を凌いでいた。
 一片の躊躇も無く故郷に殺人ウイルスをばら撒いた。ひょっとしたら人類滅亡の引き金を引くかも知れぬ行為を平然として見せる。
 それが彼女・高島平四葉だった。

 全ては世界を掴むために――。四葉は白い手をす……と伸ばす。今確かに、彼女の掌は世界を掴んでいた。
 布団に尿で描かれた「世界」は冷たかった。ここ数日嫌な夢にうなされて、失敗してしまうのだ。

「よーつばちゃん! 学校行こうー!!」

「あ、はい!! ちょっと待ってー!」

 玄関で呼ぶ声がする。希望崎学園初等部(がっこう)のクラスメイトだ。

「ごめんね……今日は病院に行かないといけなくて、学校おやすみするの。梨花ちゃんと由紀ちゃんだけで行って」

「そうなんだぁ。あれ? あのお布団……四葉ちゃんおねしょ?」

「ち、違っ!!」


 数時間後、とある地方都市の、新幹線が停まる駅からバスで15分程の商店街前に彼女は立っていた。
 アーケードの入り口には「そよかぜ銀座商店街」と名前が掲げられ、立て看板では数ヶ月前に放映されていたこの街を舞台にしたアニメ「風の吹く街」のメインヒロインが微笑んでいる。

「おやお譲ちゃん、どうしたんだい? 見ない子だね」

 商店街の名物おばあちゃんと言われ、アニメでヒロインの祖母のモデルにもなったオマチばっちゃんが声をかける。
 刻まれた皺が年輪のようで、しかしどこか愛らしいおばあちゃんだった。

「私、東京から来たんです」

「あらま、東京の子!!」

 見慣れた地元の芋臭い子供たちとは違う。老婆の目にも子供ながらに都会的で洗練されて映る美少女だった。
 東京者など、最近では放映中にしか来なかったキモオタばかりで印象が悪かったが、流石は都会の子だ、とオマチばっちゃんは心中で感心する。

「実はね、おばあさん私……」

「うん」

「この汚物みたいな街、消毒しに来たんです」

 次の瞬間、手ぶらだったはずの四葉はオマチばっちゃんが見たことも無い物を手にしていた。
 背中に何やら大きなタンクめいた物を負い、そこから伸びるホースをこちらへ向けている。
 驚き、魔人か! と思い、そして放水するつもりだと考えて止めようとしたばっちゃんだが、ホースから次の瞬間噴きだしたのは予想の真逆――炎!!

「高島平四葉です!! 高島平四葉です!!」

 自分の名を声高に叫びながら、楽しげに炎を放つ少女。
 戦前に始まり、戦火を逃れ、ジャスコにもAmazonにも負けず、関西・東京滅亡後の大混乱を、パンデミックを生き残った商店街は、一人の悪魔によって焼き尽くされた。

 和菓子屋の若旦那が仕入先で報を聞き、駆けつけたときには悪魔の姿は既に無く、灰となった愛する街を前に立ち尽くすばかりだった。

偽名探偵こまね編


 都内の総合病院――。
 ここには、大会で負傷した選手達が多数運び込まれており、入院している者も何人かいた。
 そのうちの、一室。今は使われていない大きな部屋に一人、偽名探偵こまねはいた。
 ベッドもその他備品類も無いガラリとした無色の空間にポツンと佇むこまねと、その様子を部屋の前から大きな窓ガラス越しに見つめる姫将軍・ハレルア=トップライト。

 二人共、一回戦で敗退した身であり、更にどちらも史上最悪の映画「ファントムルージュ」が敗因だった。
 そんなことから意気投合し、友人となったのだが、今ハレルアが見つめるこまねは、迫る裏トーナメント一回戦に向けてある「特訓」に励んでいるところだ。

✝✝✝✝✝

「必殺技?」

「うん、私正直言って弱いじゃん? でも~裏トーナメントでは探偵としてなんとしても勝ち上がらなきゃだし~、必殺技を会得しようと思うのだよ」

 だから特訓するのだ、というこまねの言葉に対してハレルアは否定的だった。
 武芸の技量というものは平時の鍛錬と実戦経験、両方の長い年月での積み重ねから成るもので、一朝一夕で出来る小さな改善などでは実力差は到底埋まらない。
 こまねが数日特訓を重ねればあの雨竜院雨弓相手に食い下がれるなどあり得ない。況や必殺技など。
 それに比べれば、武人の自分としては不本意だが、持ち込み可能なのだから強力な武器を揃えるとか、それらを用いて作戦を練るだとかの方が数日で出来ることとしてはずっと現実的では無いか。

 こまねはそうしたハレルアの意見にもっともだと頷きつつも、しかしやはり必殺技が必要なのだと語り、その構想を語ってみせた。

✝✝✝✝✝

(こまね……)

 友人を見つめるハレルアの顔は青ざめていた。そして、特訓中のこまねはそれ以上に青い。事情を知らぬ者がハレルアと共に特訓を見ていたら、異常に体調の悪そうな少女が何か口を動かしていると映るだろう。

 こまねの「必殺技」案を聞いた時、戦慄が走った。確かにこまねにはそれが可能かも知れない。そしてそれは間違いなく強力無比な必殺技だ。
 だがそれ以上に恐ろしかった。こまね自身がそれをすることに耐えられる気がしなかった。

 しかし、今ハレルアの視線の先で、こまねは特訓を完遂しようとしている。顔面を汗だくで蒼白にし、全身をガタガタと震わせながら。
 部屋に入ることも、声をかけることさえも許されない自分が悔しくて、ハレルアは拳をギュッと握る。
 ――そして。

「……っ」

 こまねはハレルアの方へ向き直って力ない笑みを浮かべ、サムズアップするとその場に倒れ込んだ。

「こまねっ!!」

 慌てて部屋に入り、倒れたこまねを抱き起こす。患者用の水色の浴衣は汗でぐっしょりと濡れていた。エロイが、そんなことを言っている場合では無い。

「ハレルちゃん~やったよ……私。……あっ」

 ハレルアの腕の中、こまねは小さく声をあげる。
 浴衣の股間に染みが広がり、やがて温かな迸りはハレルアの浴衣も汚していく。
 耐えられなかったのだ。自分がしていたことのおぞましさと、それから解放された安堵感に。

「ご、ごめんね……」

「ううん、いいよ。むしろ、お漏らしするほど怖かったのに、本当に頑張ったね。えらいよこまね」

 自分の浴衣が汚れることは一切気にならず、むしろこうして一番近くで彼女を讃えられることが、ハレルアは嬉しかった。

「でも、このままじゃ汚れちゃうし、看護婦さん呼んでお風呂入ろうか。綺麗にしてあげるから」

「あうう~」

 病院内にもかかわらず腰に差していた刀が、ガタガタと震えた。

雨竜院雨弓編へ続く