第四話/親父
ブラジル、サンパウロ郊外に生えた破壊樹 “豆の木” 。直径は70mほどだが、高さは5,000mまで達していた。エルフであるジャックが下層に住まい、上層部には巨人一家が暮らす“シェルタービーンズ”……この大木が切り倒されるまで2日もかからなかったという。
「地点A固定完了!」
「地点B、巨人の子供が隠れていたため捕縛。固定も完了!」
「地点C、不要な枝の打ち落とし完了です。付近の住居への被害なし!」
「地点D、E……」
「よーし!!!いくぜーオラーーー!!!お前ら退避しとけよー。」
高橋ルカの親父が10mはあろうかと思われる大斧を思いっきり振り下ろした。
“カーン!!カーン!!!カーーン!!ドギャ…メキッ…ゴグシャーーーーーーーンンン!!!”
乾いた破裂音が数発・・破壊樹 “豆の木” はゆっくりと傾き始める。
「ええか!しっかと支えとけえええ!!」
十数名の部下たちがロープを引っ張り倒れかけた豆の木が完全に倒れることを防ぐ
地域警察に住民の避難状況を再確認にした親父と幹部たちは木を駆け上がり、5,000m先の先端から丁寧に切断していった。当然、市街地とは逆方向に木を倒しているので、地域住民への被害はない。
「伐採した木材はタンカーに積載可能な大きさに切断。キチンと4等分しとけよ。売り先は4箇所だからなー!」
「へい!!」
「回収した豆も一纏めになー」
「棟梁ぉー!捕まえたエルフと巨人どもどうしやす?」
エルフは大人しく捕まっていたが、巨人は暴れたらしく顔が大きく腫れている。部下のワンパンで従順になったようだ。
「おー、そいつらは後でワシがアメリカさんとこの総領事館に連れていくから、そこで逃げんよう見張っといてくれ!!」
高橋ルカの親父が大五郎片手にテキパキと部下に指示を出す。
彼は、身長こそ168cmと比較的小柄であるが、その場の誰よりも分厚い身体を持った、髭面の親父。誰もが納得し、憧れる漢の中の漢という相貌備えている。大斧と焼酎が良く似合う、現場第一の林業家である。
破壊樹から得られる木材などの物資/生命体は、親父の会社の所有物になる。そのようにブラジル政府との契約を結んである。破壊樹が発見されてから十数年、その需要はうなぎ上りであった。木材部位は建築部材、食料、医薬品原料とその用途は多岐にわたる。また、エルフや他の生命体はアメリカ政府が高値で引き取ってくれていた。もちろん、破壊樹の撤去費用自体もかなりの金額である。
破壊樹ほどの大木を倒せる技量を持つ林業家は親父たちを含め世界で3つの組織しかない。親父の提携先の陳さん一家、オーストラリアのジョンソン氏のカンパニー。彼らが世界を飛び回り生えてきた破壊樹をなぎ倒しているのだ。当然儲かる、めっちゃ儲かる。すでにこの3名はGAFA創業者と並ぶ世界有数の富豪として名を知られていた。
「よっしゃ、これから根っこを引っこ抜く、手空いてるもんは手伝ってくれ」
親父が数名の部下とともに、巨大な根粒菌だらけの豆の木の根を引っこ抜くと、その下に何かがいた。
一瞬、ヤツはヒューマンを見てギョッとしたが、そそくさと地下に潜っていこうとしている。
「捕らえろ!」親父が叫ぶや否や、部下のサジが「ヒャッハー!!」と叫びながら飛び込み、そいつを羽交い絞めにする。
捕らえたそいつをエルフであるジャックの前に連れていくと、ジャックの顔が明らかに変わった・・。
「……お前は!!」
その後、ヤツが潜ろうとしていた穴を掘ってみたが、タブレットが置いてある部屋を見つけた以外なにも無かった。
◇◆◇◆◇
ジャックを軽トラの助手席に、巨人と雁字搦めに縛ったエルフっぽい何かを荷台に積載し、ルカの親父はアメリカ総領事館を目指す。大五郎を飲みながらだが、気にしてはいけない。大五郎は漢の必需品だ。
「いやぁ、怖い目に合わせてすまんかったのー。ウィ~」
漢の中の漢特有のむさ苦しい笑顔でジャックに話しかける。
「すまんが、お偉いさんに会う前にヤツのことを教えてくれんかの?知っとるんじゃろ?」
この状況下、ジャックに拒否権はない。ポツリポツリと正直に話始めた。
「なるほどな…、だいぶ裏が見えてきた。もうすぐ総領事館に着くでな。なに安心せーや、お前さんと後ろの巨人は悪いようにはされん。」
総領事館に着くと総領事が恭しく出迎えてくれていた。直ぐに親父とジャック、巨人は部屋に案内される。そこでは既にテレビ会議が繋がっており、画面の向こうでアメリカ合衆国大統領とエルフらしき者が待っていた。
「今回もお手柄だったようだね?ミスタータカハシ。」
「あ、あなたはキッリ・ストー!!」ジャックが叫ぶ。大統領の隣に座っているのはどうやらキリストのようだ。
「大統領……ヒックッ…実は時間がない…ジャック君、やつのこと、それとやつが持っていたタブレットの内容を大統領に話してもらえるか?」大統領の前でも大五郎は手放さない。
エルフたちの中にもいろんな考えのヤツがいる。キッリ・ストーみたいにヒューマンを導こうというやつもいれば、ヒューマン嫌いのエルフも一定数いたのだ。長くなるので省略するが、逃亡しシェルターでコールドスリープする前には反ヒューマン主義エルフとの間で戦争も勃発してた。これらと今の状況をも考慮すると一連のシェルターの暴発はこのヒューマン嫌いのエルフ一派の仕業ということになる。今日親父に捕まったヤツもヒューマン嫌いで有名なエルフだ。こいつが書いた反ヒューマン主義の本を大昔に本屋で見かけたことがあるし。
タブレットの中には今回の計画が書かれていたファイルがあった。
1 しばらくは逃亡した一般エルフのシェルターを地上に隆起させ、シェルターでどの程度ヒューマン文明を破壊できるか確認する。
2 その後、密かに開発してきた特大シェルターを世界12都市(ニューヨーク、シドニー、東京、北京、ロンドン、パリ、カイロ、ドバイ、エルサレム、ブエノスアイレス、モスクワ、デリー)の中心地に同時に生やす。特大シェルターは直径2,000m、高さ10,000mにも及ぶ大破壊樹となる。
3 ②の実行日時はニューヨーク時間で2020年8月22日11:00。つまり、明日・・・あと一日でヒューマン世界文明の大部分が崩壊する。
「なかなかヘビーな報告だね。ミスタータカハシ。」
「安心してくれ、ウィ~…大統領。場所と時間が分かっていれば、ワシら林業家が対処できる。関係各国のトップを集めてもらえないか?こっちは陳さんとジョンソンに連絡をとる。」
「了解した。ミスタータカハシ。30分後で良いかな?」
「ああ、十分だ。」
◇◆◇◆◇
「先ほど陳さん、ジョンソンと相談し、担当地域を割り振った。まずワシらはニューヨーク、ロンドン、パリ、ブエノスアイレスを担当する。アメリカ合衆国大統領、サンパウロにいるワシらの半分を輸送機でニューヨークまで運んでくれ…ヒック。残りの連中はブエノスアイレスに移動。そして、ベネチアで破壊樹を伐採していた副棟梁チームがロンドン、パリを担当する。」大五郎を飲みながら説明する。
「陳さんのところは北京、デリー、モスクワ。ジョンソンのチームがシドニー、カイロ、エルサレム、ドバイを担当する。それぞれ各国首脳には輸送の手配をお願いしたい。それから、アメリカ合衆国に匿われてるエルフと樹上で生活してた生命体にも協力を仰ぎたい…ウィ~。」
「承知した。エルフたちの振り分けはキリストにお願いしたいと思う。それと、我がアメリカ合衆国は責任をもって、本日捕らえた反人間主義のエルフから更なる情報を得られるよう、ありとあらゆる手段を講じることを約束する。」大統領の言葉に側近がニヤリとする。
「大統領、承知しました。ワレらエルフを追いやった反ヒューマン主義エルフを悔い改めさせる良い機会です。」
キッリ・ストーも同意する。
「それでは各首脳とそれぞれの林業家と詳細を詰めてもら・・。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!!」
「わ、わ、我が国のた、担当林業家は?? と、と、東京はどうなるのです?さ、先ほどの高橋さんのおはなし…」
「あー、すまんかったな安部さん。」
「東京は問題ない。なんせ、ワシの息子が埼玉におる。」
「手前味噌やが、あいつなら東京を救えるだろう。ワシが林業の全てを叩き込んでおるんや。ヒックッ…。」
親父の漢らしいウィンクとサムズアップがテレビ会議画面いっぱいに映っていた。
◇◆◇◆◇
「ま、ま、全くどうなっているんですか!」
「わ、我が国だけ、な、何も実績のない林業家ですらない、ただの自称芸術家のガキで対処しろだなんて…」
「と、とにかく全閣僚を招集してください!すぐにです!それと都と警視庁に連絡の上、都民の避難計画を提出するように通達!」
「総理、埼玉県知事よりお電話です。」
「は、はい、代わりました安部晋三でございます。」
「はい、ええ・・・ええ、なるほど、さ、流石高橋さんのご子息だ。ご報告ありがとうございます。」
幾分か、総理の顔がホッとした表情になっていた。
「例の高橋さんのご子息な・・小規模ではあるが破壊樹をたった一人で消滅させたそうだ。」
◇◆◇◆◇
おれは世界の情勢、人類の危機なんか知らずにパンダと一進一退の攻防を繰り広げていた。
こいつは強かった。なんせ、チェンソーまで食おうとするしな。
でも、一時停戦だ。
「キャー、モフモフで気持ちいい♡♡可愛いー♡♡」
最愛の妻である西野カナタさんが地球上から滅ぼすべき害獣を気に入ってしまったから仕方ない。
害獣を虐めてたと認識されてしまったおれには冷たい目線しかくれなくなったが…
「おのれ、パンダ……!」
カナタさんと婚約した途端にこの仕打ち…。
これが愛し合うもの同士乗り越えなければならない壁なんですね。
チャンスがあれば銀髪エルフ女もろとも駆除してやるからな、クソ害獣。カナタさんから離れろ。
「バカヒューマン、女ヒューマンは数日だけ泊まっていいと言ってただけだぞ。早く次の家探せ。」
「お前だけだろがー!!このアホエルフ!!!!」
でも、こんなつかの間の平和な時間も一瞬で壊されるもんなんだな。
“ピンポーン”
「はーい」
カナタさんの声は今日も可愛い。こんな声がこれから毎日聞けるなんて幸せだなぁ。
「どちら様でしょうか?」
「私、日本国内閣総理大臣安部晋三でございます。」
(続く)
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最終更新:2020年08月23日 01:09