【※GK注:このSSは2020/08/23 0:04に投稿されており、遅刻ではありますが、締め切り直前に遅刻が可能かの旨を相談いただいていたため、今回は掲載する判断をいたしました。投票していただくことも可能です。】


樹を捨てよ、街に出よう

戦いがあった。
そして、これはその後の話だ。

◆  ◆  ◆

「はい、ではシルクハットにこのカードを入れてー。そしてハンカチをかけてー……」

黒色のシルクハットを手元に構えた少女が、満面の笑みで観客に語り掛けた。
少女の格好……燕尾服にシルクハットという、いかにも【私は手品師です!】と全力で主張する姿がやや受けしたのか、道行く人々がそれなりに足を止めて見守っている。
その視線に気をよくしたのか少女は笑みを深め、すう、と息を吸い込む。

「わーんつー……すりー!」

雑な発音のカウントと同時に、ハンカチがぱっと取り除けられた。

「なんと、カードが花束になっちゃった!」

なんでだ。
この手品を見た観客の反応は大きく三つに大別された。
脈絡の無さに苦笑いする者、突然の事にぽかんとする者、素直に感心し拍手を送る者。
俺は1番目。そして。

「おおー!!」

婦警は3番目だった。
それはもう目をキラッキラさせて拍手喝采している。

「はーい、婦警のお姉さんありがとう!」
「どういたしまして! でもワタシは府警じゃないんですけど」
「またまたー。あ、せっかくなんでこれはお姉さんにあげるね!」
「わ、と……あ、ありがとうございます!」

手品師の少女に渡された花束を手の中で持て余しながら、婦警は少女に一礼した。
多分、この少女は婦警の中で「守るべき一般市民」に分類されているのだろう。その機嫌を損ねるような事はしたくない、といったところか。
婦警は俺の方を見て、ちょっと困ったような笑みを浮かべている。

「……後で持ってやるよ」

俺が小声でそう伝えると、婦警の笑みから憂いが消えるのが分かった。
やれやれ。だがまあ、悪くない。
俺は小さくため息をつくと、頭上を見上げた。
そして、何にも遮られていない、青空を見た。


◆ ◆ ◆


「ありがとうございますウォーたん。そんなに持ってもらっちゃって」
「構わねえさ。どうせ両手は空いてたし。……しかし」

横を歩く婦警をチラ見した後、俺は大きくため息をついた。

「あのお嬢ちゃん、まじでこれしか持ち芸なかったのな……」

俺の両手には紙袋。袋の中身は、大量の花束。
言うまでもなく、さっきの手品師嬢ちゃんから貰ったものだ。
彼女の芸は、全てが『何かを花束と入れ替える』ものであり、婦警と俺以外の観客はすぐに飽きて三々五々去っていき。
そして、彼女に気に入られた婦警はその花束を逐一手渡され、荷物持ちの俺がそれを運ぶことになった、という流れである。

「そうですねえ。きっと……」

言うまでもなく、これは手品師少女の魔人能力だろう。
『視界外にある所有物を花束に変える能力』といった辺りか。
だが。

「きっと、この芸がすごく好きで、それだけをずっと練習したんでしょうね。すごいです!」

婦警がそう認識すれば、そうなる。
哀れな魔人手品師は、熟練の一芸手品師へと書き換えられる。
……今更ながら、俺は『常識強制』の恐ろしさを腹の底から味わっていた。
街をちょっとパトロールするだけでこの始末だ。いつの間にか一般人にされた魔人の数は十や二十ではあるまい。
警察が何を考えてこんな女を抱えているのか、万能ならざる俺には分からなかった。
考えたところで、何か回答が与えられるはずもなかった。
なので、俺はもう一つため息をついて。

「……ま、そうなんだろうさ」

適当に相槌を打った。婦警は我が意を得たり、といった顔で頷いている。
やれやれ。出来る事なら、こんな危険物との付き合いはとっととやめて、久々の一般人ライフをエンジョイしたい所なのだが。

「……どうにかやめられないのかね、このデートもどき」
「デートもどきじゃありません! あ、もちろんデートでもないですけど」
「そこ、念を入れて否定する必要あったか?」
「ウォーたんには乙女心が分からないんですね。ところで質問の答えですが」

婦警、カチュア=マノーは人差し指を立てると、笑顔で言った。

「もちろんダメです。忘れたんですか、ウォーたん? あなたが『世界樹消失事件』の重要参考人だってこと」


◆ ◆ ◆


世界樹は跡形もなく消え去った。
ドンダーの奴が望んだとおりに、それは何の痕跡も被害も残さず、きれいさっぱり無くなった。

だが、それが存在した記録、人々に植え付けた記憶まではそうもいかない。
これまで当たり前のようにあった物がなくなる事による混乱は、手をこまねいていれば世界を三回は転覆させただろう。
必然として、この世界を治める側の連中はその辺りの対応に奔走することを強制された。

それは国府州警(けいさつ)とて例外ではない。

元々その辺り、治安の維持は彼らの管轄であるのだから、当然と言えばそうだ。
だが、表向きには秘されたものの、その消えた経緯を知る当事者を抱えるとなると話が変わってくる。
この辺りについて詳細を語り始めると明らかに本筋から脱線するので、詳細は省略するが。決して面倒だからではない。

結論から言えば、おれは国府州警(かれら)の重要参考人となり、婦警(カチュア)はその護衛と監視、さらにパトロールを兼ねて俺とともに街に出ている、という訳だ。
無論、忘れていたはずは無い。
ないが、納得できるかと言うと話は別だ。


◆ ◆ ◆


「ダメか」
「そうです」
「どうしてもか」
「どうしてもです」
「いや、でもなー」

俺はため息をついて、周囲の街並みを見渡した。

電気屋の街頭テレビでは最近世間を騒がす謎の怪盗とやらの特集番組が映し出され、一人の少女がそれを真剣に見ている。
車道では、荷台に様々な荷物を積んだ軽トラが信号待ちで止まっている。荷物にいくつか家具が見えるところからすると、引っ越しだろうか。
電気屋の隣の喫茶店からは店長らしき老年の男性が出てきて、大きく伸びをしている。
その横を、巨乳の姉ちゃんが側転で通り抜けていく。

呆れるような日常だ。
俺がしばらく前に失い、そして再び手に入れたものだ。

「こう……こういう失った物をかみしめる的シーンを、他人と一緒にやりたくはないというか」
「まあ、ずっとあんな所にいたら息が詰まる、というのは分かりますけどね」
「だろう?」
「でも、それとこれとは別の話です。ウォーたんにどんな事情があったとしても、法規にのっとってワタシが監視することに決まっているんですから」
「……まあ、そうなんだが」

でもなあ。四六時中、風呂とトイレと寝るとき以外監視のために大体一緒にいます、が法規に書いてあるとは思えないんだが。

「あれか? 俺がイケメンすぎて惚れ」
「あ、すいません電話が」
「せめて最後まで言わせろよボケを!」

恥ずかしいだろうが! と食って掛かろうとした俺を静かにのジェスチャーで黙らせ、婦警は携帯電話を耳に当てる。

「はい、カチュア=マノー。はい……ええ!? 脱獄!? 彼がですか!?」

ああ。俺は実感する。
どうやら、新しく手に入れた日常は……。

「分かりました、急行します。重要参考人は……はい、規定にのっとり協力要請。わっかりました!」

……ひどく、騒々しい物らしい。


◆ ◆ ◆


この話は、四人の候補者の物語だ。
この節は、異能の特異点の終着だ。

天に根を張り、地に枝を伸ばし、さかしまにそびえ立つ、世界樹のまやかし。
愚者が世界へ至る、()彼方(かなた)への行程の、終点。
世界樹の形をした神秘現象(アルカナータ)は、ここで潰える。

だから、俺がアンタたちに話しかけるのも、これが最後だ。
ただ、一つだけ覚えていてほしい事がある。

例え道が分かれ、再び交わらなくても、俺は歩みを止めない。
そして、アンタたちも歩んでいる事を、俺は疑わない。

だから、どうか。
アンタたちにもそうあってほしい。
歩みを止めず、俺が歩んでいることを疑わないでほしい。

それを、俺、異能の特異点ウォーダンとアンタたちとの、最後の約束にする。
それじゃあ、縁があれば、また。


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+ 蛇足
  • 蛇は靴下を履かない

「……ああ、帰ってたのですか? お帰りなさい、ホリィ」
「ただいま。帰りたくなんてなかったのですが。また、死ねませんでした」
「うーん、相変わらずですね。そんなだから“矛盾の特異点”なんて呼ばれるのですよ」
「……別に、私は特異でも点でも、何より矛盾しているつもりもないのですけどね。呼びたい人がそう呼ぶのは構いませんが」
「ははは。まあそんなことより、世界樹殺し(ミッション・ニーズヘグ)、お疲れ様でした」
「……その命名はどうかと思いますが、結末はしかるべく。本当に、その命名はどうかと思いますが」
「おや、蛇はお嫌い?」
「靴下を履かない生き物は嫌いです」
「左様ですか。……まあ、ともあれ無事に始末できたようで幸いです」
「……“先代”の手を借りざるをえなかったのは嫌な気分でしたが」
「そう言わないでください。使える手は何だって使うでいいじゃないですか」
「私の趣味に合わない、と言っているのですが通じませんでしたか、“虐殺”? そもそもがあなたの尻拭いなんですよ、これは」
「おっと、これは失敬“自殺”の令嬢。それを言われてはぐうの音も出ませんね」
「危うく識家に魔人工場とのコネクションができるところでした。……自覚しているのなら何より」
「やれやれ。……これからどうするのです、ホリィ?」
「そうですね。1年喪に服します。……知人が死んだので」
「……それはそれは」
「……では、失礼しますね」
「はい。お気をつけてホリィ。……ところで、なぜそんなに急いでいるのです?」
「……分からないのですか?」

「「こんな“名探偵”と一緒の部屋になんていられるか! 私は一人でいさせてもらう!」」

「ではまた」
「ええ、また」



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最終更新:2020年08月23日 00:58