第四話/アドルフ・ヒトラー


 1945年/ベルリン
 一陣の風が吹く。
 それは瓦礫の上で揺らめく炎を高く舞い上がらせた。

 ただそれだけだった。
 その他に起きたことは何もない。戦時下にあって大量の爆弾が毎日のように降り注ぐ瓦礫の上では、最早静寂以外の何も起こりようはずがない。

 後に第二次世界大戦と呼ばれる戦は、当初はナチスドイツ率いるヒトラー第三帝国の優勢に運んだ。
 だが、ヨーロッパの大山崎とも言われるダンケルクの戦いで、突如乱入したソ連軍によりナチスは壊滅的な被害を負い、戦局は一気に劣勢へと傾いた。

 ソ連軍の最大の強みは、トロツキー率いる無敵のパンダ軍団と、『破壊樹』を加工したデサント戦車によるキューティ&デストロイ作戦だった。
 可愛らしいパンダちゃんが笹の葉を食べながら、その辺の農村から誘拐してきたロシア人を突撃させる。それはまさにキューティ&デストロイ作戦としか形容出来ない有様だった。

 一方、追い詰められたナチスは最後の賭けに出る。
 ゲルマン民族の優秀さを世界に知らしめるため、タイムマシンでジュート人やデーン人、クリミアゴート人やアングル人などをベルリンに召喚したのだ。彼らゲルマン民族は召喚先のベルリンで略奪の限りを尽くした!

 ナチスドイツはゲルマン民族の優秀さゆえに!タイムスリップしたご先祖様によって滅ぼされたのである!!この野蛮人どもめ!!!!!

 ベルリンは一夜にして古代ローマもかくやといった具合の民族大移動っぷりを見せつけた。これにはトロツキーもびっくり。

 一方、ヒトラーはその辺を歩いていたランゴバルド人に後頭部を石で殴られ昏倒した。
 だが、彷徨う意識の中でヒトラーはトロツキーに殺害されたスターリンの魂と邂逅、融合を果たすことで、時空戦士高橋ヒトリンとなり、現代の日本に降り立ったのだ。

 まことに仏様を信じる心は国境や時空すらも超えてヒトラーとスターリンを合体させるのだなあ。
(『我が弁証法的唯物闘争と史的唯物闘争』/時空戦士高橋ヒトリン著より抜粋)

 ◆◇◆◇◆

 2020/朝霞市
 一陣の風がそよぎ、世界樹と呼ばれていた木の枝を揺らめかせる。

 世界樹は破壊樹と呼ばれていた。今となっては、その破壊樹も跡形なく食い尽くされてしまったのだが。
 そう、何も揺らめいてなどいない。
 もしなにか揺らめいたとしたら、それはおれの心象風景的なやつだろう。

 食い尽くされた。
 全て食い尽くされた。
 おれのマイホームは破壊樹によって理不尽に奪われた。そしておれのマイホームを理不尽に奪った破壊樹を…さらに奪った者がいる!
 パンダだ!

 このパンダは俺のマイホームごと、マイホームの乗っかった破壊樹を平らげてしまった!

 そこには、もはや破壊だけが残った。

 この怒りをどうしてくれる!
 俺のマイホームを返せ!

「いくぞオラァァァーーーーーーッッッ!!!!!」
「パンダァァァーーーーーーッッッ!!!!!」

 住むべき家を失った!
 理不尽な怒りの矛先は、今まさに破壊樹からパンダに変わった!
 そう、八つ当たりである!
 理屈だけではどうにもならないことがある。

 かくなる上はこの両手に持ったチェーンソーでパンダの野郎を切り刻むのみ!

 俺は布団から起き上がり、殺生を肯定する仏教の教えを口にしながら拳を振り下ろす!

「うおおおおおお南無三!」
「ギャァァァーーーッ!何するんですかこのバカヒューマン!!」

 振り下ろした俺の拳は銀髪の妖怪バンブーエルフの脳天に直撃する!

「思い知ったか!このパンダやろうめ!」
「ギャアーーーッギャアーーーッ!パンダ違うッ!私エルフッ!バンブーッ!エルフッ!」

 そうだぞ、このバンブーエルフめ!笹でも食っとけ!腕ひしぎ十字固めをお見舞いだ!
 どこからかウザい叫び声が聞こえるがきっと幻聴だろう。

「思い知ったか!バンブルビーめ!」
「グゥアアアアーーーッ!肩ヤバイ肩ッ!バカヒューマン!か弱いエルフになんてことするんですか!!目ぇ覚ませャァーーーッ!」

 誰がバカヒューマンだ。
 確かにおれはヒューマンだが、バカではない。高橋ルカという、れっきとした名前が……うん?

「……」
「ギブッ!ギブギブギブッ!ギャー肩!バカヒューマン!ギブーーーッ!」

 ふと目を凝らすと、そこにはパンダではなく、腕ひしぎ十字固めから必死に脱出しようとする銀髪のエルフがいた。
 あれ?これ夢だったのか?
 ……そう、また夢オチである。

 そして、今まさにおれの寝相の巻き添えを食らって腕ひしぎされている銀髪エルフは、カグヤという名のアホだ。

「で、どこからが夢だったんだ?」
「ヒューマンはバカですか!?『南無三』とか叫んで一撃でパンダにノされましたよ!!肩ガァァァ」

 ああ、そこから夢か。
 つまりおれはパンダの一撃で、敗北したと認識する間もなく昏倒してしまったのだ。
 それで、夢の中で戦っていたわけである。

 そしてまた西野カナタさんの家にリスポーンしたというわけか…

「あー…どうりであたまがまだクラクラするわけだ」
「バカヒューマン!本当にバカなのですね!?あの巨大で頑丈なシェルターバンブー(破壊樹)を一晩で食い尽くすような生物ですよ!市販のチェーンソー如きが通用するとでも!?」
「それもそうか」

 畜生。世の中は理不尽なことばかりだ。
 どうしておれがこんな目に遭わなければならない。
 経験上、理不尽なものに対する怒りは理不尽な目に遭うほど、さらに膨れ上がっていく。そういうものだ。

 おれはバンブーエルフの肩をアレすると立ち上がった。
 差し当たってパンダに一撃でも入れないと気が済まない。例え勝てないとしても、我が家を食われておいて、そのまま終わりでは情けないことこの上ない。

『逃げるのか、情けない』
『————』
『それではゲルマン民族の風上にも置けんな』

 一瞬だけ嫌なことを思い出す。
 いかん。思考を切り替えよう。
 そうだ、今は西野カナタさんの家にいるのだ。カナタさんを探すのが先決だ。

「なあバンブーエルフ。そういやカナタさんはどこ行ったんだ?もう市役所から戻ってきたのか?」
「肩ァァァァァァァ」

 肩を破壊されたバンブーエルフは悶絶しながら布団のうえを転がり回る。

「まったく朝から騒がしいやつだ」
「誰のせいですか!?」

 パンダを殴る前にひとまずカナタさんに会いたい。マイ女神、いったい今どこで何をしているのだろうか。
 会ってからあまり時間が経っていないが、あの透き通るような声、華奢な体躯、悪戯な瞳が好きだ。
 好きだ。
 炊き立ての白米と味噌汁の付け合わせくらい好きだ。

 なんと言っても、やはりカナタさんの家にいると心が落ち着く。彼女が近くにいるのが感覚で理解できるぜ。

 そしておれは落ち着き払い、自分がパンツ一丁になっていることを自覚した。

「なんで!?」

 おれのゲルマン芸術的裸体が露わになってしまっている!いかん!このままではゲルマンがゲルマンしてグッモーニンだ。グッモーニンは生理的現象のため仕方ないゲルマンなのだが、つい今しがたまでカナタさんを想像してた手合、何となくゲルマン的なものもあるし、万一この光景を見られでもしたら端的に犯罪である。

 犯罪の証拠になるものを抹消せねば!
 おれはバンブーエルフに布団を被せて姿を隠そうとする!痛みに悶えながら転げ回るエルフは布団を蹴る!いいから隠れてくれ!!こんな光景を誰かに見られたら暴行の現場だと思われるだろうが!

 あれ、こうやってエルフ覆いかぶさると、まるでおれがエルフに襲い掛かろうとしているように見えないか…?
 そのとき部屋の襖が開いた。

「ァァーッ!違うんですカナタたん!おれはパンツ一丁ですが決してこれは趣味などではなく!いえ、自分の体に決して自信がないという意味ではないのですが!!」
「なーにしてるんですかバカヒューマンは。バカですか」

 襖の向こうから出てきたのはなんとカナタさんではなく、銀髪バンブーエルフ、カグヤだった。

「えっ…?なんで襖からカグヤが出てくるんだ!?だってさっきまでカグヤはおれと格闘してて…」
「ふふん。やはりバカヒューマンは知能が低下しているようですね。よく見なさい、それは私ではなく、私の身代わりですよ」

 そう言われて、布団をめくる。
 するとどうであろうか。なんとたった今までおれが格闘していたカグヤはカグヤではなく、忍者装束を纏った太い竹筒ではないか。
 これぞまさしく本体と偽物を気づかぬうちに入れ替える、忍法身代わりの術に相違なかった。

「カグヤ…お前、忍者だったのか」
「ふふん、私は忍者でもあるのですよ。そんなことよりカナタがリビングに呼んでますよ」
「なるほどな…おれがパンツ一丁なのもお前の忍術のせいだったんだな」

 カグヤは怪訝な顔でパンツ一丁のおれを見る。

「えっ知りませんよ」

 えっ………

「えっ…知らないの、マジで?」
「少なくとも昨日家に運び込まれたときは服を着てましたよ」

 じゃあなんで…?怖…
 それは現代科学の力では解決しない恐ろしい謎だった。

 さて、気を取り直しておれとカグヤはカナタさんのいるリビングへ向かう。
 リビングに着くと、そこには俺の服を着てニコニコと笑顔のカナタさんがいた。

「やあやあ!騒がしいと思ったらもう目が覚めたんだね!パンダがルカくんを背負って運んできたときはどうなるかと思ったよ」
「だから何で!?」

 なんでカナタさんがおれの服着てるの!?
 そのシャツとズボン、結構汚れてるんですけど良いんですか!?いやおれが良くないし!!
 カナタさんはおれのシャツの襟元を引っ張っている。やめて、寄れちゃうからやめて。

「いやあ若人の服を見ると我慢出来なくてね!思わず追い剥ぎしちゃったけどすごくブカブカだねえ!やっぱり男の子って感じ」
「ええ…カナタさんは変態だったんですか?」
「趣味だよ!」

 趣味か。
 なら仕方ない気もする。カナタさんだって、自分の貸し家がパンダに喰われてしまっては、おマンマの食い上げってやつだろう。しかもおれのようなかわいい弟分がボロボロにされてパンダに運び込まれたとあっては、趣味に走りたくなる気持ちもわからなくもない。いやすみません、やっぱり全然わからないです。

 変態か…若い男の服を追い剥ぎして自分が着る変態だったんだなカナタさん。
 だから家の中に男の気配が微塵もないのか……犯罪行為とかしてんのかな…心配だな……

 パンダ…パンダに運び込まれた!?おれが!?

「ちょっと待ってくださいカナタさん!パンダがおれをここまで背負ってきたって言いました?」
「ルカくん!」
「はい!」

 カナタさんはおれの両肩を鷲掴みにする。揉んでくる。口が酒臭い。怖いよこの人。

「今度はルカくんがあたしの服を着る番だよ?」
「ええーーーッ!」

 バンブーエルフが「うわマジかよ…ヒューマンマジかよ…」とでも言いたげな顔つきで俺たちを見つめている。お前そんな無口なキャラだっけ?視線が辛い。
 しかし、ここで問題が発生した。おれは今パンツ一丁だ。

 そう、パンツ一丁だ。
 おれの服をカナタさんが着ている以上、おれがカナタさんの服を着る以外に逃げ場がない。
 着ても変態、脱いでも変態の変態地獄とはこのことだ。変態になるしかない。

『女装も出来んとはどういうことだ!ゲルマン民族の風上にも置けんな』
『————』
『ふん、女物を着こなしてこそ一流だ』

 嫌な思い出が頭を過ぎる。
 忘れろ。

 おれが渋い顔を作ると、カナタさんも嫌がる人に無理矢理自分の服を着せるのは気が引けたのか、胸の前で小さくパンと手を叩いた。

「じゃあ取引しよう、あたしの服を着てもらう代わりに、ルカくんとデートをしよう!」
「ええっ!?じゃあします!」
「しかも自宅デートだよ?」
「します!絶対にします!」

 これは千載一遇の機会ではないだろうか。
 カナタさんは酒に酔っている。まあこのまま放っておくわけにもいかないし、自宅に留めおいておいた方がご近所様への迷惑も少ないだろう。
 自宅を破壊樹に持っていかれて、パンダに食われたとか、絶対にストレス溜まるもんな…実際おれもめちゃくちゃ怒ってるしな…

 こんなことになってしまうのも無理のない話だ。そう、だから下心などない。

「わかりました!男高橋ルカ、カナタさんの頼みとあっては女物の服も見事に着こなして見せましょう!」
「じゃあこれを着て欲しいの!」

 カナタさんがクローゼットから出したのはTシャツだ。
 受け取る。
 Tシャツオンリーかよ!

 俺はまずTシャツを着る。ピチピチだ。
 ピッチピチだ。ピチピチのシャツだ。
 しかもこのTシャツ、新品だ。だまされた。この女ブラフだった。冷静だった。
 新品のうえにこのTシャツは明朝体で「サフランD」の文字とイエロー単色のヒマワリがデカデカとプリントされている。

 ピッッッチピチだ。新品のうえにひと回り小さいからピッチピチだ。あと疲れ目になりそうな黄色だ。泣きそう。

「ルカくん。落ち着いて聞いて欲しい。実はズボンは履いて欲しくないの」
「どうして!?」
「そのシャツ、思ったとおり似合ってるよ…」

 カナタさんはニッコリと笑う。
 おれは察した。きっとカナタさんは、怒りによって目の前が見えなくなっているおれの目をパンダから逸らすためにこんなことをしているのだ。
 でもズボンはきたい。

「あの…ヒューマン…良かったらこれ…カー族の伝統のタイツです…」

 流石にかわいそうだと思ったのか、カグヤが銀色のタイツを差し出す。
 それは銀色の(カグヤサイズの)タイツだった。

「カグヤ…おまえ、意外と良いやつだったんだな。おまえの気持ち、しかと受け取ったぜ!」

 俺は銀色のタイツを着る。
 ミッチミチだ。ミチミチ音が鳴る。
 触り心地すごい。すべすべする。これがエルフの技術力で織られた天の羽衣なのか。すべすべを通り越してヌメヌメする。ハッキリ言って気持ち悪い。

「すげえ…生魚にでもなったみたいな着心地だ」

 カナタさんもようやく罪悪感が芽生えたのか、少し申し訳なさそうな顔をする。

「ルカくん…このタイミングで言うことではないんだけど、言って良い?」
「今更ですけど、良いですよ」

 おれは全てをゆるそう。だってカナタさんも、悪気があっておれに変態みたいな格好にさせた訳じゃないんだから。おれも心まで変態になるつもりはない。

「実はあたしね、自衛隊員なの」
「マジでっ!?」

 おもむろにカナタさんが俺の服を脱ぐと、自衛隊の迷彩服を身に纏ったカナタさんがそこにいた!
 成る程!カナタさんが無理におれの服を着ていたのは、自衛隊員であることを隠すためだったのか!!

「今まで黙っててごめんね。ここ埼玉県朝霞市に自衛隊の駐屯地があるのは知ってるよね?あたしはそこで少佐を務めているの」
「今更すぎません!?自衛隊なら破壊樹とか対策しなきゃいけないんじゃないんですか!?」
「だってあたし、昔から都合の悪いことからは目を背ける性分だし…」

 なら自衛隊員とか向いてないんじゃ…
 そっか、貸し家が崩壊したから、任務とかどうでも良くなって逃げ出したくなったんだな、カナタさん。

 じゃあ、もうパンダ殴りに行っていい?
 良いよな。だって他にこの家でやりのこしたことって自宅デートだけだもんな。
 そっか、自宅デートか。

 こうしておれはカナタさんとの自宅デートの誘惑に負けて、家でゲーム大会をすることにした。
 勝てるか?ダメな大人の女性との自宅初デートだぞ?勝てるやついるか?いないだろ!

 まあ自宅デートじゃなくてゲーム大会だったんだけどな!

 ゲーム大会にはカグヤの謎の計らいにより、なんとパンダも参加することになった。これにはビックリだ、「ちょっと近所のパンダ呼んでくる」とのこと。
 あのパンダ野郎、近所の家に間借りすることになったのか。

「よお!待たせたないけすかないBOYたち!パンダさんのご登場だYEAH!」

 カグヤがパンダを呼びに行って15分。やってきたのは近所の心あるラッパーの手ほどきにより、すっかり日本語が上達したパンダだった。
 あとパンダもサフランDのTシャツを着ていた。
 このふざけたデザインにおれの怒りは頂点に達した。

「あいやBOY!BOYの言いたいことはわかるぜ!きっとおれが破壊樹ごとBOYの家を食っちまったことに腹を立てるんだろう!?実際めちゃ悪いことをしたよな!いや、ホントマジですみませんでした。人の住むとこ奪うとかホント最低なことしました自分」
「ふざけんなよこのDJパンダぁ〜っ!じゃあなんで昨日はおれのこと襲ってきたんだよ」
「あのときは自分も日本語全然わからなかったんです。それで混乱しちゃって…怖くて……」

 そっか…
 おれの怒り、どうしたらいいのかなー

「いやホントマジすみませんでした。自分そんな、悪気とかあったわけじゃなかったんすよ。ただあのとき、久しぶりに地上に出たらだいぶお腹空いてて。パンダって笹以外食わないんですよ。人の家とか食べたらお腹壊しますよ実際。今もすごい体調悪くて…何言ってんすかね自分、ハハ…」
「……おれは…」

 おれはゲームのコントローラーを握りしめる。
 ソフトは一昔前のものばかりだ。どれも見たことのあるタイトルばかり。見たことのあるものばかりだ。畜生。

 嫌なことばかり思い出す。
 ここでも縛ってくるのか。クソ親父。

 おれはゲームのコントローラーをパンダに差し出す。

「聞いてくれパンダ。おれの名前は高橋ルカ。生まれは千駄ヶ谷。親父の名前は高橋ヒトリン。それで、このゲームは一般に広く流通してるものだ」
「何を…」
「まあ聞けよ。いろんなゲームがある。『クリフォト』。さかしまの樹っていうダンジョンをクリアしていく人気作だ。三作目まで出てる。この樹は空から生えてるように見えるけど、本当は反対側の世界から見たセフィロト、生命の樹なんだ。」

 今現在、四作目の開発中だ。外伝も含めて七作出ている。

「それでこれが『バニーガールクエスト』。R-18だから絶対にプレイするな。こっちが『サフランD』。開発段階では『イン・マイ・ルーム』だったらしいが、Dは地上のDだから、こっちの名前にしたんだと。サフランの意味は知らん」

 どちらも続く作品に恵まれず、次回作は出ていない。

「ルカくん、ゲームに詳しいんだね」
「ああ。おれの親父はヒトラーだったんだ」
「マジでっ!?」

 そう、おれの親父はヒトラーだった。正確にはヒトラーとスターリンが仏様のありがたさで合体してうまれた時空戦士高橋ヒトリンだ。
 おれは高橋ヒトリンが拾ってきた日本人の子供だ。だからゲルマン民族ではない。
 親父は日本で、全権委任堂というゲーム会社を立ち上げた。

「親父は頭…おかしくてな。よくわかんねーけど、日本に来てから、世界樹を加工してデスゲームを作って、別の世界に輸出してる。らしい。それで、別の世界で得た成果を、またこっちの世界でTVゲームにして大儲けしてんだ」
「そんな…だからルカくんは父親が嫌でこの家に来たんだね」

 おれはうなずく。ゲルマン的に父親のことは尊敬している。虐殺者や独裁者かもしれないが、今ではおれのことを立派に育ててくれた恩人だ。
 一方で、おれの中のコミュニストが叫ぶ。卑劣なナチスを許すなと。

 おれはデスゲームで食っていきたくない。千駄ヶ谷はデスゲームの里だ。だけど、おれは芸術家になりたい。

「親父はいろんな世界をモデルにテレビゲームを作った。だから、もしこの世界をゲームにするんだったら、って思うときがある」

 ゲームには目的がある。目的がないと主人公は永遠にゲームをクリアできない。
 ずっとこのゲームを続けないといけなくなる。
 だけど、おれはゲームが下手だ。

「昨日までは、この世界は家に住むゲームだと思ってた。樹に登って、家に住み尽くすゲームだ。けど今は、この世界はデスゲームだと思う。全てが理不尽で、理不尽な怒りに満ちたデスゲームだ。このゲームを続ける限り、おれは一々色んなことに怒り続けるんだ。家に住むことも出来ずに」
「パンダパンダ…」

 急に、カグヤが近づく。それでため息をつくと、人差し指でおれの胸をついた。
 カグヤは眉間にシワを寄せている。

「バカですねヒューマン。この世界はゲームではないし、仮にもしゲームにするとしたら、それはきっとみんなでルカの怒りを収めるゲームですよ」
「お前こそバカだろ。なんだよそのゲーム」
「なんだとこのヒューマン」

 カグヤがおれを睨む。

「ヒューマン、お前の父親が大量虐殺者なら、私もシェルターバンブーで大勢のヒューマンを殺した大量虐殺者ですよ」
「あっ」
「だけど、それは生存圏を拡大するためだったんです」

 シェルターバンブーもとい破壊樹は、全世界で何十万人もの人の命を奪っている。

「さあ、答えの出ない問題を考えすぎても喉が渇くだけですよ。お茶でも飲んでゲームでもしましょうね!」

 場の空気に耐えられなくなったカナタさんがテレビのチャンネルをつけた。空気読んで。
 カグヤに至ってはもう話は終わったとばかりにお茶を飲んでいる。なんだこいつ。

 テレビではレポーターが半裸の男二人組に銃を突きつけられていた。

『ご覧ください!生中継です!たった今キッリ・ストーと名乗る男と、ヤハ族のウェイと名乗る男の二人組が武器を携えて銀行強盗を行ったのち、大量に人を殺害しながらここ朝霞市に潜伏しています。ギャァァァ〜〜ッ!』

 パンパンパン!テレビから渇いた音が鳴り響く。

『ヒャァァ〜皆殺しだ!』
『汚えヒューマンは滅びろ!』

「ブビィぶぼぉ」

 カグヤは飲みかけていたお茶を噴いた。

「えっ今キッリ・ストーとか言ってなかった?カグヤ知り合い?」
「…いえ、あんな優男知りませんが、ヤバい二人組が近所にいるみたいですね。ここは危険なので避難しましょう」
「…」

 なんか途中から釈然としないまま、おれたちは凶悪な二人組から逃げるために外に出た。

 外に出る。そう、そこは破壊樹が全てを破壊し尽くし、その破壊樹すらパンダが食い尽くした、何もない場所。
 当然、そこには何も残っていない。

 ただ、破壊の跡だけが残っている。

 そのはずだった。

「木が…生えてる!?」

 そこには『破壊樹』があった。
 破壊されたはずの、破壊樹が。

 巨大な建造物が直立している。
 破壊樹が生えている。

「違う…アレは破壊樹なんかじゃない!見ろ!あの窓を!」

 パンダが破壊樹を指差す。
 その一点、人工的に備えられたとしか思えない窓から、ちょび髭の男が顔を覗かせていた。

「お前は…親父!!」
「ええーー!」
「久しぶりだな!我が息子よ!」

 俺の親父、時空戦士高橋ヒトリンがそこにいた!

「今度は何をしにきやがった!クソ親父!」
「別れを告げにきたのだ。息子よ」

 親父はナチス式敬礼をした。
 窓からは親父以外にも、様々なゲルマン民族や共産パンダ達が顔を覗かせている。

「この世界はシミュレーションゲームである!ルカ!これは夢の船だ!私はこれよりゲルマン民族や共産パンダを連れ、この地球上全ての潜在世界樹を加工したロケットで、月へと移住する!!」
「何言ってんだよ親父!」

 唐突すぎるよ親父!

「全ての問題は解決するはずだ!全ての問題がだ!危険な世界樹は月へと隔離し、ゲルマン民族は月に理想郷ゲルマニアを建設するのだ!私はこのために千駄ヶ谷でデスゲームを作っていたと言っても過言ではない!」
「意味わかんねえよ親父!」
「お前から理不尽を取り除いてやろうというのだ!」

 頭おかしいのかよ親父!
 問題しか残らねえよ!

「やがて月は高度な文明を築き、地球を支配する!ルカ、お前はゲルマン民族の風上にも置けず、共産主義者でもないから置いていく!お前は本当にダメで…俺がいないと、何もできんやつだった!千駄ヶ谷の家は残していく!お前はそこに住み尽くしてしまえばいい!さらばだ!」

 親父…認めろよ!自分がただの頭のおかしい一般人だって認めろよ!みんな許してくれるよ!

 そのときである!カグヤが何かを決心したように、片手で印を結んだ!身代わりの術だ!
 ドロンという音とともに、親父とカグヤが入れ替わった!

「えっ!?」

 親父が困惑する!
 カグヤは破壊樹製のロケットの窓から顔を覗かせ、独裁者の服を着ている!
 一瞬躊躇するカグヤ!

「ふははは!今から私が時空戦士ヒトリンだ!」

 何言ってんだよカグヤ!
 唐突すぎるよ!

「これから私が月に移住しゲルマン民族と共産パンダを忍術で支配する!だから、…助けてー!」

 破壊樹ロケットが火を吹き、轟音とともに打ち上げられた!
 唖然とする一堂を置き去りにして、破壊樹ロケットは月へと飛び去ってゆく。ゲルマン諸部族と、共産パンダとエルフを乗せて…

「ふざけんな!待てよ、親父〜!」



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初回 第2回 第3回 第4回 最終回
第一話/高橋ルカ 第二話/かぐや姫 第三話/パンダ (このSS) 最終話/彼方に対するは最後の敵

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最終更新:2020年08月23日 01:11