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野試合 ????

名前 魔人能力
XTA-45HL 感染兵装7008
速川いずみ 東亰チェヰンソウマサクゥル
次動ギルロイ ギルロイ参上
???? (不明)

採用する幕間SS
【どうしてみずきちゃんは転校生化の条件なんか知ってるの?】
(公安部の干渉する『図書館の男』の存在)
【どうして歓楽街にモブがいるの?】
(女神のダンジョンには『生身の人間』が紛れ込む場合がある)

試合内容

 中二階に佇む二人の男女の姿を不吉に照らし出す、赤い西日。
 広く設けられた窓から覗く並木の上では、列を成して固まる烏の群れが、監視するかのように見下ろす。
 ダンジョン下層、本棚に埋め尽くされた近代的な大図書館。標的はこの建物内に存在するという。

 そして二つの影の内の一つ。
 バルコニー上に突き出したそこから階下の様子を見下ろすのは、特攻服を纏う上級ホスト――次動ギルロイだ。
 傍らには旧式の二輪、スズキGT380。愛車のエンジンは今は停止させている。
 音と排気が自身の存在を知らせる可能性を危惧しての事である。
 ……だが、内に潜むエンジンを押さえ込んでいるのは後ろに佇む小柄な少女も同様だろう。

「ったく、ヤな予感がするよなぁ」

「……ど、どうしました……」

 この速川いずみに対して、次動は良い印象を抱いていない。
 今はおどおどと次動の表情を伺う彼女は、連続殺人犯だと聞かされている。
 複雑に政治的事情が絡む池松叢雲や、『仮面武闘會』の後ろ盾を持つ医死仮面とは訳が違う。
 彼女の場合、元より表舞台のトーナメントへの参加は不可能だったはずだ。

「図書館での野試合の話は聞いていた。リザーバー志望の俺を『図書館の男』に当てる予定は元からあったってわけだ。
 だが試合は突然非公開になって、しかもテメーらみたいな余計なオマケまでついてきた。
 ……運営は何を考えてる? 『図書館の男』は何者だ?」

「も、申し訳……ありま、せん。わた、私には……
 はは、測り……か、かね…………」

「いたぞ」

 口ごもるいずみを遮り、次動が階下の一箇所……貸出口の受付内に座る男の存在を認める。
 仮眠でも取っているのだろうか。背もたれにも体を預けず、俯いた顔を片手で覆ったまま、動かない。
 年齢は20代後半ほど。高級感のあるダークスーツに、濃紺のネクタイ。
 型どおりの身なりからしても、まずは裏社会の人間ではない。企業勤めの魔人だろうか。

(が、魔人を積極採用する企業も限られてる――その中でも戦闘向きの能力者となると、更に数は限られるよなァ。
 運営側の対応からしても、スポンサーの魔人企業絡みの人間か。あるいは……)

 ものの数秒で簡潔なプロファイルを終えると、いずみの手を引いて即座にバルコニーから離れる。

「あ、あの……? こ、攻撃……殺すの、は……?
 だってあの人、て、敵……」

「一階にいる事が分かっただけで十分だ。こっちの位置を悟られる方がまずい。
 まずは隠れて……戦闘が始まったらすぐ、戦闘音に紛れて仕掛けを作る。
 テメーにも協力してもらうからな」

「せ、戦闘……って……?」

 後ろをついて歩きながら疑問の表情を浮かべるいずみとは対照的に、
 次動はオールバックの銀髪を撫でつけつつ、事もなげに答える。

「おいおいおい、敵の戦闘手段と能力を知らなきゃあ、安心して戦えねえだろうがよォ~~ッ。
 それにこういう使い方が――『アレ』の正しい用法ってとこだろうさ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ずん、と肚に響く重音が、彼の座る簡素な事務椅子を振動させた。
 大図書館、一階受付。男はゆるりと顔を上げるが、この事態に別段表情を崩す事もない。

「来たか」

 埒外に巨大な人型が、前方の視界を遮っていた。
 クローム色に輝く、丸みを帯びたボディ。頭部を思わせる隆起の中央でチカチカと輝く、赤い単眼。
 先程から継続する地響きの周期は、この異形機械の歩みと同期している。

[おはようございます。おはようございます。
 こちらはオオツキ重工製治安維持システム、XTA-45HL、です]

 男性的な電子音声が響く。スーツの男は苦笑した。

「旧式とはいえ、対魔人兵器というのは予想外だが」

[警告レベルIII。あなたは鎮圧ターゲットとしてロックされています!
 よってそちらの攻撃の有無に関わらず、12秒後に自動的に鎮圧行動モードに移行します。
 同時に、クライアントは常に投降の権限を認めております……]

 対魔人兵器――XTA-45HLは、無機質な音声で自らの目的を告げる。
 『3人目』であった。オオツキ重工がトーナメントに送り込んだ試作兵器……
 標的を自動的に追跡し叩き潰す戦闘機械だ。

 視線を切らぬまま慎重に後退するスーツの男だが、
 XTA-45HLは警告を垂れ流しながら、間合いを保つようにその巨体で歩み寄っていく。

[鎮圧を]

(45式……HL型、か。これが試験機だとすれば、考えられるのは何らかの特殊兵装――)

[開始――]

 警告と共に大質量の腕が振るわれる、その初動を見逃さずに男は動いた。
 後ろ飛びで受付のカウンターを越え――

「っぐ!?」

 無様に床へと転倒する。
 正体不明の苦痛が、空中で彼の体勢を崩したのだった。

[現在、鎮圧行動モードです。投降は常に受け付けています]

「……………。赤外線機銃……か」

 スーツに円く開いた焦げ跡、および敵の頭部単眼に収納されるレンズ状機器から、攻撃の正体を推量する。
 恐らくは牽制用レーザー兵器。致命的な威力を持たないとはいえ、回避は至難だろう。
 起き上がりながら、方策を考える。まずはこの攻撃手段を潰すべきか。

[警告レベルV。あなたは鎮圧ターゲットとして……]

 多少は巨体の動きを阻むかと思われたカウンターは、内側からの拳の一撃で丸ごと破砕した。
 一切の障害を意にも介さず、XTA-45HLが迫る。

 男の側は、着地には失敗したものの、それによるダメージはまだ軽微だ。
 冷静に呼吸を整えつつ、内ポケットからサバイバルナイフを取り出す。

 しかし彼我の距離はナイフどころか、接近戦の間合いですらない。故に、

[ロックされています]

 対魔人兵器の攻撃は継続する。一瞬の展開機構で単眼が変形し、レーザー機銃が露出する。
 数秒でも男の足が止まれば、XTA-45HLの格闘の間合いである――

「ふッ!」

 が、灼熱のレーザーは繰り出されない。
 男が呼吸と共にナイフを『持たない側』の左腕を振り、それで終わりだった。

[……。…………。チチ、チチチ、
 エラー。機構98B2に障害が発生]

 男の左腕は、真新しい創傷から滴る鮮血に濡れている。
 先のナイフを抜く動きの中で、同時に自らの左腕を切りつけていたのだ。

[クライアントにメンテナンスを要求します。詳細なデータはオオツキ重工へ……]

「さて、次だ」

 動きを止めた巨体を一瞥だにせず、男は本棚の立ち並ぶホールへと向かっていく。
 予想外のエラーに無意味な電子音声を響かせる旧式兵器の頭部では、
 黒く固まった血がレーザー機銃のレンズをべっとりと覆っている……

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……何者だ? こいつ」

 二階事務室。監視カメラのから送られる戦闘の様子をPCモニタ上で注視していた次動は、額に冷や汗が浮かぶのを感じている。
 レーザー兵器に対して、一瞬の判断で自らの血液を飛ばす。
 しかも兵器自体の熱で水分を蒸発させ、こびりついた成分でレンズの機能を封じた――
 その対応力に対しての驚嘆、ではない。

(ナイフの構えが明らかに素人じゃあない。
 あのデカい的……それも近距離だったとはいえ、血液を飛ばして頭部に当てる精密さ。プロの戦闘屋か……?)

 いや、それ以前にあの出で立ちでナイフを隠し持っていた事に、そもそも違和感がある。
 武器があのナイフ一本というはずもないだろう。男の能力すらまだ不明なままだ。

「あ、あの」

 背後からの声に思わず身を竦ませた。
 見ると、申し訳なさそうな顔をしたいずみが、寸断された大量の木片を抱えて立っている。
 自身の過剰な臆病さにさすがに呆れ、僅かにため息をつく次動。

「いい、言われたとおり……その、本棚……とか。とにかく、二階のき、木はなんでも……
 き、切って……まいりました……けれど……それは……?」

 いずみが不思議そうに次動の周囲を見渡す。乱雑に散らかっているのは、バラバラに分解された蔵書である。
 ページの一枚一枚がクシャクシャに丸められ、しかも何らかの液体で濡れている……

「フン、さすがに早いな。『切断』にかけちゃあいい仕事をしやがる」

「……お、音も……紛れっ、させ……
 気付かれなかったと……思い、ますので……」

「ちょうど狐をホールに追い込んだとこだ。材料も揃ったし、こっちもボチボチ始めるとするか」

「な、何をする、んですか……?」

 いずみが訝るのも無理はないだろう。
 彼は乱雑な木片を積み上げ、周囲の湿った紙片をかき集めて中に仕込んでいく。

「臭いで分からねぇか?」

「……?」

 付け加えると、紙片を濡らす液体の正体は、次動の所持品――バイクの燃料タンクから得たガソリンであり。

「こうするんだよ」

 ライターによる着火と共に、木片を巻き込んで淡い炎を舞い上げる。

「えっ……!」

「そして、こうだ」

 更に次の挙動の間も、次動はニヤニヤと笑う不敵な表情を崩しはしなかった。
 彼は白紙のコピー用紙を、それを握る右手ごと燃え盛る木片に叩き付け――

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 背後の対魔人兵器は、システムのキャリブレーションにまだ多少の時間を要するだろう。
 レーザー機銃そのものの耐久力が不明だった点も理由の一つだが、
 破壊を敢えて狙わず、血液によるエラーを引き起こした意味はそこにある。

(――とはいえ、対魔人兵器に正面から相対するのは愚策だろうな。
 復帰まで長くて十数秒といったところか? 単純な対策しか取れないが)

 索敵の障害となり得る本棚の立ち並ぶ図書館の環境は、概ね男に有利に働いていると見えた。
 本棚の一つに潜伏すると、取り出した極細のワイヤーを動脈止血点に巻きつけ、左腕の応急処置を試みる。
 慣れた仕草でワイヤーの端を口に加え、右手のナイフで切断する。
        、、、
 男の持つ現状の装備は、このワイヤーとサバイバルナイフ2本。そしてもう一つ――
 無手を装いながら個人携行できるものとしては、最大限のそれであるといえるが。

「……さて」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 男の予想よりも早く、XTA-45HLはエラーから復帰していた。
 赤外線レーザー機銃の破損を認識し、内部ロジックが格闘戦型へと切り替わる。
 前方には広大なホール。整然と密集する本棚は、標的物の存在を覆い隠している。
 劣化に劣化を重ねたXTA-45HLの感知システムは、本来ならば障害物に隠れた対象を認識できないが……

[警告します……警告……]

 魔人兵器の撮像素子は抜け目なく標的の痕跡を捉えている。

 床に点々と滴る、男の左腕の傷――その血痕、である。

[現在、鎮圧行動モードに]

 血痕の先はひとつの本棚の影へと続いており……
 死角となったその本棚の通路からは、西日の影がこちらに伸びている。
 仮にそれが人間のハンターならば、会心の笑みを漏らしたであろう光景だ。

 ――瞬間、巨重がその本棚を破砕する。

 愚鈍な印象の巨体からは想像もつかぬ、戦慄的なタックルの強襲であった。
 そこに隠れていた存在も本棚と同様、粉々に砕け散った事を撮像素子は確認している。

 呻き声を漏らす時間すらも与えない。

[標的排除を行いました。お疲れ様でした]

 歓喜も怒りも、油断もない。思考に一切のタイムラグが生じない。
 それが人間に対する兵器の強みである。

 しかし。

 対魔人兵器の人工頭脳は肉片と化した標的を捉えようと試みて、
 そこに一切の有機物が存在しないことを認識した。
 XTA-45HLの足元に散らばるのは書籍の破片のみで、
 先程まで西日の影を投げかけていた質量を思わせるものは、どこにも存在せず……

 カシュ、という、プラスチックを打ち合わせるような音が、唐突に響く。
 内部の人工頭脳が、肘関節部への鋭い衝撃を検知する。

「やはり、ロジックは未熟か」

 声はXTA-45HLの背後からである。

[……標的の]

 カシュ、カシュ、カシュと、音が連続した。
 装甲の隙間。右肘。右膝。左肘。
 ここに至り危険を認識したXTA-45HLは、左半身から圧搾空気を吹き出して瞬時に反転する。
 バランサーへと衝撃が伝播したのか、その巨体がゆらりと揺れた。

 反転した前方にダークスーツの男の姿。
 彼がいつ通路の背後に回りこんでいたのか、未熟な戦闘ロジックは判断する事ができない。

「単純な機械が相手なら、この手に限る――」

 兵器の関節部を四連続で紛れもなく撃ちぬいたのは、男が右手に携えた自動拳銃である。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 初速が音速を下回る45ACP弾は、発射に際し衝撃波を発生する事がない。
 故にサプレッサーによる消音効果は最大限に働く。
 男の装備はこれで全てだ。H&K社、P9S――残弾数は3発である。

(可能であれば、新手が現れるまでは隠しておきたかったが……この状況ではな)

 貴重な弾丸だ。撃つからには背後から確実に当てねばならない。そのための仕掛けは講じていた。
 十数秒の猶予で用意できたのは……点々と続く血痕を目印として魔人兵器の視線を誘導し、
 自分の身長の高さまで積んだ『本』で位置を誤認させる影を作り出しただけの、単純な仕掛けではあったが。

[標的……標的をロックしています]

 損傷した関節部からギチギチと異様な音を発しながら、兵器が前傾姿勢を取る。
 予備動作の内に、既に男は横に飛びのき本棚の影へと逃れている。

 暴風のように駆け抜けるXTA-45HLの拳の一撃が、轟音と共に床を穿った。
 単眼が奔り、本棚の合間に隠れた男の姿を捉える。

[エラー4885。メンテナンスを要求しています]

 圧搾空気によるターン。本棚の間の通路は3m近くの巨体が入り込むには狭すぎるが、
 両の豪腕は本棚をなぎ倒しながら、自ら道を作り出す。
 一切の障害物が存在しないかのように。その侵攻は、捕食者めいて速い。

(――だが、狭いスペースでは先のような突進は使えない、か)

 恐らくは、巨体を制御するバランサーの関係だろう。先ほどの貸出受付内での攻撃についてもそうだ。
 この地形で戦う限り、距離を保つことは……可能と判断する。
 整った顔に人形じみた無表情を浮かべたまま、男は地形と敵のスペックとを照らし合わせる……

(この距離での戦闘ならば、初手でレーザー機銃を無効化できたのは僥倖だったか。
 もっとも、こちらが拳銃を握っている今では、迂闊に機銃部を開くわけもないが)

[現在鎮圧行動モード中です。エラー5913……メンテナンスを]

 踏み込みと共に振り回される拳が、男の存在していた空を切った。
 男は横の本棚を踏み台にして、体操選手じみた三角飛びで逃れている。
 着地しながらも、抜け目なく背後を確認する男。洗面所への案内板。
 そして貼り出された館内見取り図が、奥の通路に見える。

(方策は見えた……か)

 その時。男の眼前に、何かがバラバラと落下した。
 明らかに対魔人兵器の行動ではない。

「何……」

 空中より飛来したイレギュラーに、男は眉を顰めた。それは――
  、 、 、 、 、 、 、 、 、
 炎を上げて燃え盛る、無数の木片である。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「まさかと思ったが、やっぱ拳銃を持ってやがったか。装弾数は何発だ……?」

 次動ギルロイは、今は中二階で推移する戦況を観察していた。
 立ち並ぶ本棚で視界を閉ざされたのは、実は対魔人兵器だけではない。標的の男も同様だ。
 よって上に立つこちらにとっては、こうして目視確認した所で、
 相手に発見されるリスクも低い、というのが理由の一つではある。

 そしてもう一つの理由は無論、『攻撃』のためだ。

「あ、あの……本当にこんなので……
 こ、ここ殺せる、んでしょうか、あの」
                  、 、 、 、 、 、 、
 座り込むいずみの前には、無数の紙飛行機が並んでいる。
 この殺伐とした戦闘風景には、およそ似つかわしくない、幼児性すら感じさせるオブジェクト。
 コピー紙で作られた白い紙飛行機の一群が、この場に存在する事自体が異様である。

「……。なあ。二次元の世界ってよォ~~~~ッ。疑問に思ったことあるか?」

 その一つをおもむろに拾いつつ、次動は口を開いた。

「『空気』はどうなってるんだろうな、ってよ。
 二次元人になったとして、まず呼吸できるのかって思わないか?
 それともまさか、空気まで二次元の状態で存在しているのか?
 族の中にもたまに、『二次元に行きたい』とか言ってる連中がいるけどよ……
 そこんとこ考えた事あるのかね、って俺は思うぜ」

「え? さ、さあ……おおお、思い、考えた、事も……
 い、至らずに申し訳……ありま……」

「まあ、正確なとこは俺も知ったこっちゃないんだけどな。
 だが、どうやら……俺の認識の世界では『ある』事になってるらしい」

 眼下の戦闘を見下ろす次動は、スーツの男へ向けて紙飛行機を投げる。
 どだい正確な命中など望むべくもない試みだが、この『攻撃』の目的はそれではない。

「……く、空気が……ある?」

「そうだ」

 また一つの紙飛行機を拾い、紙を広げてみせる次動。
 飛行機を構成していたのは、単なるコピー用紙ではない。そこには一つの絵が描かれている。
                 、 、 、 、 、 、 、 、
 積み上げられた木片が、炎を上げて燃え盛る絵だ。
 それは動画じみて今も蠢き、中に含まれる『実物の炎』のゆらめきを再現している。

「……『ギルロイ参上』。
 さっきのキャンプファイアーをコピー紙の平面に押し付けて、炎ごと『絵画化』した。
 小さい炎も、紙の絵の中で燃やし続けりゃあ、安全に大きくできる……
 俺の『絵画』の中は呼吸だってできるし、バイクのエンジンだって問題なく動く。
 エンジンが動くって事は、炎も燃える。つまりは空気があるってことになるよなァ……」

「じゃ、じゃあ、さっきから……な、投げ、ている『それ』って」

「だから決まってるだろ? ヒャハハッ、奴の周りに『放火』してやるんだよ!
 俺は臆病だからな。近づかずに決めるにはこいつが一番だ!
 それにこっちの兵隊は『機械』だぜ。炎に巻かれようが関係ねェよな~~~?」

 また一つ、紙飛行機を投げる次動。
 軌道は標的の男から大きく外れ、その8m程右方に曲がっていくが……
 次動は関係ないとばかりに『ギルロイ参上』の『絵画化』を解除。燃える木片を投下する。

「……わ、私……」

「出番がないのを残念がる気分は分かるけどよ。
 乱戦なんざチキンな位が丁度いい。奴が隠してる魔人能力で一掃されちゃあかなわねえし、
 テメーが飛び込んで炎に巻き込まれるのもまずい。
 いや……実際一番まずいのは」

 喉を鳴らして笑う。
 あの対魔人兵器には、もう一つの特殊兵装が搭載されている事を標的は知らない。
 殴られれば、あの男はどちらにせよ終わりだ。
 正確には、『殴られる距離まで近づけば』終わりという種の兵装だが。

「あの兵器に巻き込まれる事さ。一番怖いのは味方ってな」

 『感染兵装7008』。排気ガスに紛れて散布するバクテリアにより対象の視力と抵抗を奪う、生物兵器。
 XTA-45HLの鈍重な外見に隠された狡猾極まるブービートラップ。
 次動ギルロイは……『危険な敵』にも『危険な味方』にも近づきはしない。

 さらに2つ、紙飛行機を飛ばす。
 それらは次動の能力によってさながら爆撃機のごとく機能し、図書館へと炎を投下していく……

 スプリンクラーは既に事務室からの操作で点検モードへと設定し、動作を封じている。
 遠隔から無数に投下される火種から広がる炎は、対魔人兵器からの退路を確実に断つだろう。
 巻き上がる煙は、生物兵器の排気ガスを覆い隠し、男を中毒症状で殺す。
 そしてその包囲工程は、閉所で戦闘を強いられる男の預り知らぬ所で完成しつつあるのだ。


 ホールに男を追い込んでからの状況は全て、次動ギルロイの思惑通りであった。
 外見とは裏腹の狡猾な頭脳を回転させて、次動は刻々と刻々と、次の戦略を練り上げていく……

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……やれやれ。信じられんな」

 パチパチと木が弾ける音が、本棚を通しても聞こえてくる。
 男は完全に炎の壁に包囲されているようであった。
 関節部の損傷で動きは鈍っているとはいえ、XTA-45HLの格闘性能も強大だ。
 背後から炎に取り巻かれては、距離を取り続けるこの戦術も早晩困難となる事だろう。

[投降を受け付けています。こちらは不審な熱源の存在を感知しています。
 武器を捨て投稿すれば、即座に救助行動モードへと移行し、状況からの救出を……]

 振るわれる兵器の右拳が、二架先の本棚を巻き添えにして横殴りに吹き飛ばす。
 飛び散る鋭い木片を、格闘技のような後方ステップで滑らかに回避。
 空中を舞う本の一冊を手に掴み、着地と同時に兵器の頭部へと投擲する。
 一方で飛来物を検知したXTA-45HLは、左腕でそれを自動的に叩き落した。
 その分だけ僅かに足が止まり、距離が再び、辛うじて開く。

[エラー! メンテナンスを要求してます!]

「……。この状況は明らかに魔人能力だが。遠隔発火か?」

 男は飛来する紙飛行機に関しては、既に目視している。
 だが能力の正体の看破にまでは至っていない。

 紙飛行機の形状に折りたためば、絵画の描かれた面を完全に隠すことも可能なのだ。
 自らの能力を明かさずに敵を追い詰める、次動ギルロイの戦術の狡猾さであった。

[警告レベルV。あなたは鎮圧ターゲットとしてロックされています!]

 鋼鉄のゴーレムは無慈悲に電子音声を響かせながら、狭い通路を進撃する。
 戦闘技術では男が格上だが、それだけで凌げる状況も終わりを告げようとしていた。
 もうすぐ本棚の間を抜け、背後はT字路状の壁だ。
 ここまで男は狭い通路を選んでジグザグに逃げてきたが、炎に囲まれた今はそれも不可能である。

 そして前方が開けたその時には、間違いなくこあの恐るべき突進で勝負を決めにくる――

(一種の賭けだが……やってみるか)

 既に止血した左手でナイフを取り出し、投擲。
 兵器の肘関節を正確に狙う技術は驚嘆すべきものではあるが。

[警告レベルV!]

 躊躇を持たない機械の反応速度には、全く及ばない。
 凄まじい勢いで叩き落とされたナイフは白い床に柄まで食い込み、その暴を物語る。

「……」

 形成の不利を見て取ったのだろう、今度は背を見せ、形振り構わず駆け出す男。
 レーザー兵器を失ったXTA-45HLはそれに対し、全速の歩行で追いすがるしかないが……
 既に地形はT字路。前方を遮るものは何もなく。

[排除を――]

 両側を炎に塞がれて壁を背にした標的を、圧搾空気による前方突進で葬る事が可能となる。

「……追い詰められたか」


      [――行います]


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

[ゴバッ、ボババッ……チチチ、チチ……バッ、
 エ、エラー……機構12C、78D6、ゴバッ、98B2、チチチ……エラー、エ……]

「……」

 勝負は既に決着していた。

 壁に拳をめり込ませたXTA-45HLは内部から小さな破裂音を響かせながら機能を停止しており、
 そして男は、拳を紙一重で躱した体勢のまま、壁にもたれて佇んでいる。

「何が……起こりやがった……?」

 中二階で状況を確認する次動ギルロイにとっても、この事態は予想外だ。
 回避不能の速度で繰り出されたはずのXTA-45HLの必殺の突進軌道が、何故か直線上の男から外れたのである。
 そして背後の壁面を破壊した瞬間、対魔人兵器は無力化された――

「……」

「水……くそッ、水……か……」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「可動部の多い人型で巨体を保つ場合、気密性の確保は極めて困難となる。
 それが老朽化した旧型兵器ならば尚更だ」

[ヂッ、ヂヂッ……]

 男の右方の火勢は既に弱まっている。
 XTA-45HLによる突進の一撃を受けた壁の巨大な破壊痕から、凄まじい勢いで水が噴出し続けているためだ。

「加えて、先の銃撃で肘関節部を重点的に破壊させてもらった。
 水密性は相応に奪われたはずだ。そして点在する洗面所の位置と……館内の見取り図が揃えば。
 水道管の位置の推測は、可能だ」

 貼り出された見取り図を見た時から、この敵を倒す方策は出来ていた。
 ジグザグに逃げたその経路も、この地点へと誘導し、突進攻撃で水道管を破壊するための布石である。
 体末端、肘関節部の隙間から内部に大量に流し込まれた水は……
 体内の電子部品をショートさせ、この巨大兵器を無力化したのだ。

(こちらも回収しておかなければな)

 男は、先ほど立っていた位置の眼前……空中に張られたワイヤーをもう一本のナイフで切断し、回収する。

 先のナイフは、敢えて叩き落させるために投擲したものだった。
 その柄には、腕の応急処置にも用いた工業用高張力ワイヤーが結び付けられており……
 埋めこまれたナイフを楔とした一本のトラップワイヤーが、XTA-45HLの突進軌道の先へと張られていたのだ。

 バランサーの不具合は先程からの交戦で確認している。
 さらに圧搾空気による突進は、障害物の存在する閉所では制限される、極めて直線的な攻撃手段だ。
 それがただ一本のワイヤー程度の『線の防御』だったとしても、予期せぬ力を加えてやれば。

 巨体は容易に転倒を引き起こし、その軌道を乱す事ができる――

「こんな玩具を作らせるために予算を与えているわけではないのだがな……」

 スーツを翻して、呆れたように呟く男。
 直後、弾かれたように跳躍。そのスーツの脇腹が裂けた。

「――」

 着地と同時に、男は炎の途切れた右方へと向き直る。
 XTA-45HLの駆動音に紛れて、もう一つの駆動音が接近していた。
 新手。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「クソッ、勝手に前に出やがって! 何考えてんだ……!」

 中二階から再び事務所に戻った次動は、モニタの映像に頭を抱えた。
 破壊されたXTA-45HL。独断で出撃した速川いずみ。
 どのみち炎だけで標的を仕留められるとも思っていなかったが、これでは戦略も大幅変更だ。

「ああ、ホストの俺が行ったら、血液に引火しちまうしな……!
 これ以上炎を投下したら、こっちも戦力を失う可能性もある……
 ……どうする……?」

 そこかしこに本が存在する大図書館だけあって、火の回りは次動の予想より早い。
 だが、紙に燃え移る火は長持ちするものでもない事も知っている。
 近代的な建物の構造も、火災に対する対策は万全と考えていいだろう。
 図書館そのものを炎上させるには、やはり火力が足りない。

 だからこその、XTA-45HLとの併用であったのだが――
 あの速川いずみに、この炎の地形を活かすことは可能だろうか?
 連続殺人鬼の精神性故なのか。確かに恐るべき能力だ。
 標的を自ら殺すために飛び出したほどの、後先を考えぬ殺戮本能を以てすれば……
 対魔人兵器以上の『生きた殺人兵器』として、あの男に勝てるだろう。

 だが……

「――あの男」

 中二階で見た光景を思い返す。XTA-45HLとの決着の直後。
 標的は確かにその拳を『紙一重』で躱して、至近距離に立っていた。はずだ。

「『感染兵器』を受けたのか?」

 モニタを通して見る限り、その動きに不自由さを見て取る事ができない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 絶え間なくエラーメッセージを吐き続けるXTA-45HLを背に、ダークスーツの男とセーラー服の少女が対峙する。
 全てに絶望しているかのようないずみの陰鬱な視線を、男は冷徹な黒い目で、ただただ機械じみて観察している。

(攻撃手段は斬撃。接近戦を挑んできた事からしても、炎の魔人とは別と考えて良いだろう。
 しかし、能力は……)

 男は今しがた脇腹を切り裂いて足元に落ちた、『単なる文庫本』に視線をやる。
 初手が死角からの攻撃だった事もあって、能力は未だ不明だ。
 少女がぎこちなく笑って、頭を下げる。

「は、初めまして……わわ、私……速川いず」

 カシュ、という音と共に、P9Sのスライドが後退する。
 魔人能力者の自己顕示に付き合う趣味はない。

 額に銃弾を受け、仰け反ったかに見えた速川いずみだったが――

 その顔面を守るかのように、セーラー服の首元からは銀色の刃が生えていた。
 男が拳銃を持っている事は、先ほどの次動との観察で既に知っている……!

(――チェーンソー!)

 斬撃武器。奇襲の際に聞いた振動音とも符合する。
 いずみの体から生えるチェーソーの刃は、もはや首元だけではない。胸。肘。背。脚。
 全身からハリネズミの如く凶悪な刃が伸び、直後、一斉に回転を開始する!

「は、速川……」

「速川いずみと……申し……ます!」

 文字通り全身凶器と化したいずみは、もはや本能のままに殺戮に取り掛かるのみだ。
 靴裏のキャタピラ状チェーンソーで体躯そのものを加速、前方の男を挽き潰しにかかる!

「……!」

 一瞬でその能力の凶悪性を悟った男は、先ほど回収したワイヤーの片端を、突進するいずみに投げ込む。
 攻撃を目的とした投擲ではない。ワイヤーは全身で駆動する回転刃に巻き込まれ……
 その力はワイヤーのもう片端を握る男を、不規則な方向へと引きずり倒す。

「ぐぅッ!」

 倒れた男の真上を、空気を切り裂いて通り過ぎる刃。
 ワイヤーを介し、敵の回転に敢えて『巻き込まれる』事で、銃撃直後の回避を無理やりに間に合わせた。
 わずか1秒にも満たない、一瞬の判断である。

 ワイヤーは握った手から離れ、刃の回転に巻き取られて消える。
 いずみは男の3m前方に着地。ガリガリと地を削りながらドリフトし、こちらへ素早く反転した。
 男は直線上の位置取りを外すかのように、本棚の角を曲がり通路へと退避。

「……」

 視線を切った隙に無言で右手の拳銃を懐に仕舞い、新たなワイヤーとナイフを、ポケットから引き出す。
 あのチェーンソーの刃は、こちらを削り取る武器であると同時に、身を守る鎧だ。
 先の銃撃でも少なくない衝撃が彼女本体には伝播したろうが、残り2発の銃弾を撃ち込むには効率が悪い。

「に、逃がし……ませんよ、ふ、ふふ……」 

 男を追って、いずみがゆらゆらとその姿を現す。
 男が逃げ込んだこの通路は特に火勢が強い。男を挟んで、速川いずみと炎。

(全身のチェーンソーは解除している……か)

 現れたいずみは、先ほどのようなハリネズミ状の異形ではない。
 全身にチェーンソーを生やした状態で格闘戦を試みれば、自身がその刃で傷つけられる。
 頭部を守れば、分厚い刃で視界も狭まるのだろう。解除そのものは妥当だ。

 裏を返せばそれは、先の銃撃に反応した時のように、
 一瞬で防御の盾を生やす事ができるという自信の表れとも言えるか。

(付け入る隙があるとすればそれは)

 男は思考する。魔人能力には必ず弱点が存在する。
      、 、 、 、 、 、 、 、
(攻撃の予備動作を見せないこと)

「あ、あの、私……こんな……不束、ですけど」

 炎が、少女の陰鬱な笑みを赤々と照らす。
 エンジンの駆動音が高まっていく。
 先ほどと同じように、突進する気なのだ――男の背後に炎が控えているのにも関わらず。

「私、あなたを、殺し……たくて!」

(来る!)

 突撃と同時、男は右手で懐に手を差し入れる。
 拳銃を取り出す動き。それをいずみへと『見せる』ためだ。
 だがそれよりも数瞬速いタイミングで、既に左手は最小限の動きを済ませている。

 手首のスナップによるナイフの投擲だ。
 先ほどと同じように、柄にワイヤーを結んだナイフを投げつけ、刺す!

「ふふふっ……!」

(避け……?)

 拳銃を警戒しての動き出しであれば、対応できないタイミングだったはずだ。
 だが彼女は、ごく小さな左手の動きに即座に反応して、ぐにゃりと柔らかに上半身を反らし。

「っあはッ、ご、ごめんなさい! ごめんなさい……!」

 上半身ごと横の本棚に突っ込むかのように、チェーンソーでそれらを切断!
 炎で焼かれた本棚が丸ごと傾ぎ、倒れる……男の頭上から、本棚の残骸と燃える本の束が振り注ぐ!!

「げはッ! あッ……!」

 苦痛の呻きが喉から漏れる。
 伸し掛かる質量は軽い。だがこの一瞬では致命的だ。
 この体勢では、速川いずみの直線的な突進を回避する事は叶わない……

 ……が。

「!?」

 瞬間、いずみの体が空中へと投げ出される。

(……。あの動作に反応されたのは予想外だった……が)
                                             、 、
 ナイフを投げたのは……いずみに対してではない。その突進軌道上。床だ。
 動作に対して反射的に回避したのだろうが、元より狙ってはいない。
 いずみの転倒は、床に刺さったナイフに躓いたためである。

「本能的な回避だったか? ……無駄な行動だったがな」

 まるで坂道の自転車事故のように、成す術なく宙を舞ういずみ。
 その困惑の表情は、本棚の残骸から右手を突き出す男の姿を捉えている。

 銃声。即座にチェーンソーの刃を生やし、銃弾を防いだ。
 男の予想通りの反応。空中で体勢を崩したいずみは弾かれる。

 その進行方向……通路を包む炎の中へと。

「これで二人か」

 ワイヤーを引き、ナイフを回収する。
 炎の中のいずみにも油断なく気を配り、次の襲撃へと備える。
 だが、その視界も炎も、直後に無数の水滴で覆い隠された。


 ……室内に雨が降り注ぐ。スプリンクラーが作動したのだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「予定通り……予定通りでは、ある」

 事務室でスプリンクラーの設定を変更した次動ギルロイは、しかし冷や汗を浮かべている。
 ホストの弱点は、炎。ならばそれを敵に逆用される事こそ、最も恐るべき事態だ。
  、 、 、 、 、 、          、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
 故に燃やした。燃え得る薪を、全て燃やし尽くすために。
 紙飛行機を用いた放火戦術は、この段階を見越した上での策である。

 初手で事務室のシステムを掌握し、いざという時の放水を可能にしておいたのも、この時のためだ。
 焼け焦げた水浸しの図書館。これでもはや炎は使えないだろう。敵も味方も。
 しかし、これほどまでに敵が手強い点……その一点だけは、予想外だ。
 何らかの手段でXTA-45HLの『感染兵器』を防いだ事は明らかだ。
 少なからず消耗してはいるだろうが、それとて次動が期待した成果ではない。

 速川いずみの殺戮本能は強い。その強さ故に、今回は虚を突かれたが……

「次は助けらンねぇぞ……」

 事務室の中央に鎮座するバイクが、場違いに夕日を浴びている。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ハァーッ……ハァ――ッ……」

「投降してもこちらとしては構わない。が、その場合は仲間の情報を吐いてもらう」

 男は無慈悲な眼差しのまま、焦げ跡で息をつく速川いずみへと銃口を向けている。
 纏うセーラー服は所々焼け焦げ、その下の白い肌を露出させている。
 だが、それが致命的なダメージであるか……と問われれば、外見からは判断できない。
 この最後の一発を撃ったところで、防御されずに銃弾が届くものだろうか?

「随分消耗しているが、戦闘を続ける動機が君に存在するのか?」

「ハッ……ち、違う……そういうの、じゃあない……です……」

 むき出しになった小さな肩を見せるように、半身になって構えるいずみ。

「ふふふ、ふふっ……死んだ人と、なら……話せますので……
 わ、私でも、あなたと…………
 だから今まで……た、たくさん、殺し……」

「……」

 その体がゆらり、と動く。少女の体躯に相応しい、柔らかな動きで上半身を捻り。
 半身で隠していた後ろ手の武器を投擲する……手芸用リボン!

「決裂か」

 リボンからは当然チェーンソーの刃が生え、凶悪な分銅の如く男の首を刈りにかかる!
 だが男は身を沈めてワイヤー付きナイフで迎撃、リボンを弾く!

「回転刃でワイヤーを切断する事はできない。
 切断する前に、回転に逆らわず巻き込まれてしまうためだ――故に」

 男は投げたナイフをそのまま手元で翻して、いずみへ向けて投擲……
 信じ難い手際で、首に巻き付けるようにワイヤーを絡ませる!

「……『絞め落とす』。それが考えられる対策の一つとなる」

「う、うゥ……かはっ、けほっ……!」

 悶え苦しむいずみだが、首にぴったりと巻きつくワイヤーをチェーンソーで切り落とす事は不可能だ。
 精密な調整の効かないチェーンソーの斬撃は、間違いなくワイヤーもろとも自らの頸部を傷つける。
 更に男が言ったとおり、回転刃にワイヤーが巻き込まれれば……
 それは自らの首を文字通り絞め、切断する事になりかねない。

「始末させてもらう」

 だが、いずみはチェーンソーを生やした。
 位置は首ではない……自らの手元だ!

「ちッ!」

 足元から走る激痛! 予期せぬダメージに男が呻き、拘束が緩む!
                    、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
 チェーンソーが巻き取るのは、先程攻撃に使ったリボンとて同じだ。
 男が回避したはずのそれは、手元のチェーンソーの回転でヨーヨーのごとく巻き戻され――
 今、男の右足を斬りつけた!

 土壇場の状況判断で危機を脱したいずみは、絡むワイヤーから逃れるように床へと倒れる。
 その行為に危険を察知した男は、ナイフを回収すると同時にバックステップで逃れる!
 刹那、床からチェーンソーが突き出す!

「……能力射程は」

 『触れた物体にチェーンソーの刃を生やす』。
 これが速川いずみの能力。『東亰チェヰンソウマサクゥル』。

「2m……といったところか」

 床であれ衣服であれ、接触した物体上であれば、その2m圏内に『チェーンソー』を生やす事ができる――

「ハァ……ッ、ハァ……
 お、お願い……お願いします……お願いします……」

 長い前髪に隠れた瞳から涙をぽろぽろと流しながら、少女は再びエンジンを駆動させる。

「ば、バラバラに……なって……!」

 本棚の残骸を越えて、男は距離を取らざるを得ない。
 しかしその時、背後の本棚から化物じみた巨体が飛び出し、男を強襲した。

 それは二輪の機械だ。スズキGT380。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(決まった……確実に! 奇襲だ!)

 総重量183kg。最大時速にして175km/h。それ自体が全身の骨を砕く質量砲弾。
 自らをバイクごと絵画化して本棚の平面に潜んでいた……
 次動ギルロイは、勝算のない賭けはしない。

「……君が最後の一人か?」

 しかしその勝算は、男の呟いた一言で呆気なく崩れ去った。
 背後からの奇襲を如何にして関知したのか、男は事もなげにステップで特攻を回避し――

「甘ェ、んッ、だよッ!」

 長く伸ばされた腕が、そのダークスーツの襟首を後ろから掴む!
 上級ホストの筋力に任せた、型破りな路上喧嘩殺法。
 次動は十分に加速の乗った体をバイクから投げ出し、掴んだ男を回転と共に地に叩きつける!

「残念だが」

 だが、男は絶妙な体重移動で投げの衝撃を殺し着地!
 低い姿勢で体全体を回転させるように、襟首を支点に振り回される次動へと正拳を叩きこむ……!

「ゲホォッ!!」

(クソッ! 分かって……分かってたはずだ!
 今までの戦いを見れば分かったはずじゃねぇか!)

 胃液を吐き、不毛の焼け跡を転がる次動。
 苦痛と、苛立ちにも似た感情が胸の中を駆け巡る。

(回避の精度に……射撃と投げナイフの正確さ!
 こいつの格闘能力は、俺らの誰よりも上だ!
 近接戦闘を極めてやがる!)

 痛みを頭の中でカットし、即座に起き上がる。
 しかし既に男は、既に次動の眼前十数cmの至近距離へと迫っている!

「うおお!」

 苦し紛れに繰り出した前蹴りは無言のまま手の甲で逸らされ、当たらない。
 手首のスナップによる裏拳が次動の顔を打つ!
 ダメージに怯みつつも後方への回避を試みるが、不可能だった。
 足だ。男の爪先が、次動の足を踏んで押さえ込んでいる!

「君は、近接向きの能力ではないな」

「ひ!」

 恐怖。あまりにもレベルが違いすぎる。まるで作業のような、精密極まる格闘……!
 生まれ持った臆病な精神性が次動の中で頭をもたげる。
 ゆっくりと流れる視界の中で男は既に、ナイフを取り出している……!

(し、死ぬ……ッ!)

 片手でねじり込むように心臓を、


 ――パン、という硬質な音が、二人の間に割って入った。

「殺す」

 ナイフの刃が折れている。割り込んだのは速川いずみだ。
 リボンに生やしたチェーンソーで、ナイフの一撃を遮った!

「こ、こ……殺す殺す……殺させて……殺させてください……!」

 そして次に繰り出されるのは、当然リボンの『巻き戻し』の一撃!
 飛来するチェーンソーに男は距離を離すしかなく、
 次動はその機を逃さず後方に突っ込んだバイクへと逃れ、エンジンをかける!

「……君からか?」

 特に怒りも敵意もなさそうに、男が無表情をいずみへと向ける。
 暗い衝動に燃えるいずみの目が、再びその本能を取り戻す。
 それが合図となる。

「シッ!!」

 靴裏の刃を稼働させ、野獣じみて襲いかかるいずみ。
 男はワイヤーを首に絡ませようと試みるが、それは首を交差するように守る両腕のチェーンソーに阻まれる!
 回転刃に巻き取られたワイヤーごといずみの方向へ巻き取られ、加速で宙に浮く男。
 しかし男は逆にその加速に乗り、片手に隠し持った木片を投擲する! 軌道は眼球!

「クッ……!」

 咄嗟に顔面を覆うチェーンソーの刃。視界が隠れた衝突の一瞬。
 防衛のため再びハリネズミ状の刃を纏ういずみ!
 だが男はそのタイミングに合わせて折れたナイフの鋸部(セレーション)を振るい、
 チェーンソーの刃の一本へと引っ掛け……引き切る!

「そう――チェーンソーの場合、刃を出現させてから『回転』させる必要がある。
 故に出現の瞬間は切断力を殆ど持たないタイムラグが存在する……」

 いずみとゼロ距離まで接近した男は、しかしまだ絶命してはいない。
 この近距離では、次の突進に対しての回避には間に合わないだろう。
 しかし回転開始までのタイムラグの一瞬、その僅かな隙間に潜り込んだのだ。
 男はいずみの体を蹴って彼我の距離を取り――!

「死ッ……ね!」

 いずみを覆う全身のチェーンソーが駆動!

 その時、切れ込みの入った一本のチェーンがレールから弾け、回転の勢いで暴走する!

「うぁあっ!?」

 体表で暴れまわる刃に、苦痛の叫びを上げるいずみ。
 しかし、弾けたチェーンはさらに隣接するチェーンソーへと命中、
 切断された二本目のチェーンが連鎖して弾ける!

「グッ……アアアアッ!! うぐぁっ、あっ!?」

「私が『切れ込みを入れた瞬間』は、顔面を防御したチェーンソーで見えてはいない。
 が、その状態で駆動させてしまえば……」

「あっ、ああッ、んッ、グッ、ぐブッ」


    「――それが君の能力の弱点だ」


 暴れまわるチェーンは、チェーンソーの刃を次々と断ち切り、連鎖する。
 ハリネズミのように全身に生やした、全ての刃を。
 連鎖、連鎖、連鎖、連鎖、連鎖――!!

 肉を引き裂く絶叫と共にズタズタの切断死体と成り果てて倒れる、小さな塊。

 不吉な夕日の血溜まりに沈んだ速川いずみを見下ろす男の目に、やはり感情はない。
 銃を取り出し、構える。

 敵はまだ存在する。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 二次元の世界の中でも、持ち前のバイク技術は活かすことができる。
 XTA-45HLと速川いずみが刻んだ、無数の切断跡。
 『整った平面』という制約がある『ギルロイ参上』の絵画化状態での移動では、
 それらの痕跡は避けながら移動しなければならない。

(ついに……俺一人か)

 旧式兵器と狂人が相手では望むべくもない事だったかもしれないが、
 次動は仲間との連携を蔑ろにしていたわけではない。
 むしろ、環境を整え、スプリンクラーを起動させ、致命的な状況で奇襲を仕掛けるといったサポートでいえば、
 彼こそが最も仲間と『協力』した魔人であったと言えるだろう。

 だが現実として、三対一のこの戦いは、こちらが二人の魔人を失い……
 そしてダークスーツの男には、未だ有効打を与えるに至っていない。
 ワイヤーやナイフといった単純な現代兵器のみで戦い、魔人能力すら見せないこの謎の男に。

(『図書館の男』――)

 ――この男は何者だろうか?

 最初に脳裏に浮かんだ疑問が、今更になってリフレインする。
 武術家じみた凄まじい戦闘能力。その判断力。
 だがそのスペックそのものはやはり、人間の域を超えるものではない。

 池松叢雲のような超人であれば、正面からあのXTA-45HLと戦ったとて、装甲を貫く事が可能だろう。
 兼石次郎が相手ならば、次動もいずみも、身動きすら取れず殺戮されていたに違いなかった。
 彼らと比すればあの男とて、人外と呼ぶには程遠い。
        、 、 、 、 、 、 、 、
 あるいは、戦闘力以外の理由なのか?

(考えても仕方ねェ。やるしか……やるしかねぇ)

 そうだ。残っているのは、次動ギルロイ一人だけなのだから。

 環境は整いきっている。
 完全に万策尽きた今。次動の優秀な頭脳は、この今をすら想定していた。

(ヤツらは、標的のダメージ以外の部分じゃあ十分に働いてはくれた……つまり)

 今の状況を見渡す。大半が焼け焦げ、水に濡れ……
 そして本棚から散乱した本に埋め尽くされた、今の大図書館を。
 、 、 、 、 、 、
(散らかすこと。これが俺の環境だ)

 水に濡れて床に張り付き、あるいはグシャグシャのペースト状になって飛び散る、無数の『紙』。
 それらはおあえつら向きに、次動の能力の媒介を隠してくれる――

 即ち、絵画化し得る平面。『床』の存在だ。

(俺はこのまま床に潜み……テメーを殺すッ!
 二次元の空気は三次元とは別の『空気』だッ!
 絵画の中でいくら全速でエンジン吹かそーが、三次元のテメーには聞こえねェーッ!
 さっきの奇襲みてェに、一瞬でも三次元に出て察知させたりもしねェッ!)

 無音にして一撃。敵に察知されない状況から一方的に、自分だけが攻撃する。
 チキンの覚悟を心に秘め、次動ギルロイは待ち構える。
 食虫植物のように、静かな殺意で。
                     、 、 、 、 、 、
(今のその戦場から離れて……傷ついていない床に一歩踏み出した時!
 その時が、スーツ野郎!)


(テメェーの最後だッ!!)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「はぁ……はッ……」

 疲労を押さえ込みながら、傷口の応急処置を済ませる。
 脇腹はともかく、リボンで切りつけられた右足の傷は相当に深い。
 傷口を縛る布には、肉塊と化した速川いずみのスカーフを用いている。
 男は元より、そのような行為に何らかの感慨を持つ人間ではなかった。

 単独で対魔人兵器と二人の魔人能力者を相手取ったのは、初の経験だ。
 自分の腕も鈍ってはいるとはいえ、一筋縄ではいかない相手ばかりである。

(だが……故に、もしかしたら)

 連戦の憔悴の中に浮かぶのは、淡い期待。
 この戦いは今男が抱えている疑問に、答えを出してくれるかもしれない。

(この目で、それが分かるかもしれない)

 ずるずると足を引きずりながら、男は本棚の間を抜けて、最初のホールへと出る……
 破壊の痕跡のない、ホールへと。

 今やドロドロの塊になった本の残骸を、革靴の底が踏んだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ――今だ。今しかない。

 エンジンを全開に。特攻の初速は最大でなければいけない。
 平面から絵画化を解除する時……当然ながら、物体はその面から垂直の方向に飛び出す。
              、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
 故に、奴の足元から最大加速で飛び出すことができるというわけだ。
 平面から三次元世界を見る時、その世界はモニタに写ったように『面』を通した視界で見ることができるが……
 当然、本の残骸が散乱した今は、こちらからの視界も劣悪になる。
 真っ白なペースト状の紙が一面を覆って、まるで敵の位置が分からないように見える。

「……だが、違うんだな」

 平面の中で呟く声は、三次元に漏れることはない。

 次動は自らの能力の弱点など、とうに把握している。
 この床からの奇襲が有効となる、平面が不透明な物体で覆われた状況下において……
 明確な『目標』となり得る存在が、一つだけある。

「それは」

            、 、 、
「それはテメーの『靴の裏』だ」

 床に潜む次動の目は、既に前方遠くに、男の革靴を捉えている。

「万が一にも『靴を脱いで回避』なんてマヌケな真似はさせねェからな……!
 だから動きの止まった瞬間じゃねぇ、歩いているその時を狙うッ!」

 スズキGT380の大質量で……175km/hの最高時速で床から垂直に飛び出し!
 回転する前輪でただ直接に、標的を砕き散らす!

 捻りも何もない。この上なくシンプルな策だ。
 だが、まだ奴に自分の能力は知られていない! そこが他の2人と異なる点だ!

 ――故に、この奇襲だけは決して避けることは……できない!!

「実力を……能力を発揮できねェーまま!
 砕けッ散りやがれェェェェァァァァァ――――――ッ!!」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 男は一瞬だけ足を止めた。

 背後ではやはり彼の予想した通りの事態が起こっており、
 男はそれを当然のように冷徹に眺めた。

「……ゲハッ、くそっ、な……なんで……」

 そこにはバイクごと転倒した次動ギルロイが、床に呻いていた。
 肩は脇腹までにかけて深々と切り裂かれており、『絵画化』も無論解除されている。

 奇襲は完全に失敗した。男の足元に辿り着くまでもなく。

「お、俺の戦略は……完璧だった、はずなんだ……
 失敗する要因なんざ……一つもなかった……」

「君の能力は、傷ついた平面上で発揮できる性質のものではない」

「……!?」

 次動の能力を的確に指摘する呟きに、目を剥いて男を見上げる。
 『能力は看破されていない』。その前提で動いていた彼にとってそれは、あまりにも予想外の一言だった。

「絵画となって壁面を移動しているとき、
 45式の破壊痕やチェーンソーの切断痕を避けていた点が決め手となった。
 これは仮定だが、君の能力は……絵画化した状態でも、絵画を破壊すればダメージを受けるのだろう」

「な、なんで……? そこまで……」

 絵画化の状態でダメージを受ければ、それは対応する部位へのダメージとなる。
 その特性はこの戦いの中で、一度も発揮されたことはない。
 もっとも、そのリスクがあるからこそ次動は最後まで裏方に徹し、直接戦闘を避けてきたわけだが……

「『既に破壊された平面に突っ込むとどうなるのか?』
 ……そこから演繹すれば、その結論にも辿り着くことができる。
 絵画の状態で平面を破壊される事で、それが伝達してダメージとなる。
 そして君は破壊された平面を避けて動いている。
 ならば君の能力は、絵画化した状態で破壊された平面に接触してもやはり、ダメージとなるはずだ。例えば――」

 ――このような、小さな切り傷でも。

 次動は、持ち上げられた男の右足裏を見た。
 遠目では判別出来なかった靴の裏。
 その溝の中には……いずみの一撃で折り取られたサバイバルナイフの先端が、ワイヤーで固定されていて。
                            、 、 、 、 、 、 、 、
「ぐ、足を……引きずってやがったのは! そのためだったのか……!
 負傷の『せい』と見せかけて! 床に……床にナイフで『傷』を刻むために!」

 次動ギルロイのバイクは、既に平面に『刻まれた』切り傷へと、自分から突っ込んでいったのだ!
 本来ならば、傷の存在にも気づくことができたかもしれない!
 だが……あの状況、ドロドロに溶けた紙が床を覆い尽くすあの状況では……

 ナイフの小さな傷は、他に溶け込んで見えなくなってしまう!

「……種明かしは、終わりだ。
 君たちの正体を教えてもらおう。
 こちらの銃弾はまだ一発残っているし、答えによってはそれを君のために使うこともできる」
                              、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
「いや……待て……まだだ……どうしてあんた、俺の能力が絵画化だって分かった!?
 炎の時だって、巧妙に隠して……バイクで奇襲した時も本棚の平面に隠れたッ!
 最後に平面化したのだって、あんたがあのガキと戦っている間にだ……! なのに……」

「こちらから言うことは、何もない」

 負けだ。自分の負けだ。
 それだけは完全に自覚している。

 だが銃口を突きつけられながらも、次動の頭脳はその事だけを目まぐるしく思考していた。
 何か、何か違和感はなかったか。この男の強さの正体は――

「それに……それに『感染兵器』だ……
 ずっと、見えていたとしかッ……!!」

 「……」

              、 、
    「…………。 『見て』、いたのか……!」

 夕闇に包まれつつある窓の外を、次動は弾かれたように見上げた。
 黒く揺れる枯れた並木には、烏の群れがまるで――


 ――まるで監視するように。


 やはり『感染兵器』は、この男の視力を奪っていたのだ。
 そして、いずみや次動が何度も繰り出した死角からの攻撃への、異常な対応力。
 それは空気の震えの感知や、ましてや第六感などではない!

 次動の『絵画化』の能力など……一階での出来事は、一部始終を俯瞰で見られていたのだ。
 彼らの人数が全部で3人であった事すら、この男は知っていた……!

「カラスには人間の6倍の視力がある、らしいな」

 男はやはり何の感慨もなく、無表情に呟いた。

「……俺の負けだ。名を聞かせてくれ」

「フジクロ」

 次動を見下ろす端正な顔は、夕闇の逆光に暗く染まっている。


        、 、 、 、
       「陸軍一佐、フジクロという」




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最終更新:2011年12月05日 14:39