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ライダークロス 隣り合わせの灰と青春(前編)

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ライダークロス 隣り合わせの灰と青春(前編) ◆MobiusZmZg


【0】


【僕等の絆、深めよう】

今は【憎】しみあっているけれど
だんだん【疑】いだすようになって
形だけ同【盟】を結んでみたりしながら
【義】理で気を使ってやってるうちに
「僕等って【友】達?」なんて思ったりして
きっと【信】用出来るようになるだろうから
その時、永遠の仲間と【誓】いあって
僕等は深い【絆】で結ばれるんだ!


~ピピンの詩集より~                    


 ×◆×◇×◆×

【1】

 天の海から地の潮海へ。
 世界を白と黒の二極に分ける閃光ののち、背筋をなぜる轟音が束ねて落ちた。
 落雷である。海の向こうにある塔は、天の奏でた雷の直撃に耐えかね、崩壊している。
 崩壊の塔、神の家。それは豊かな街で出会った、占いで日銭を稼ぐ魔法使いの札にも似て――
 かつて盗賊の鍵を求めて向かった建造物は、アルスの視界であっけなく輪郭を崩したものだ。
 サマンサを運んだ教会に開いた窓から射し込み、広間を満たした閃光の余韻は……今も消えない。
 干し肉の切れ端をしがんでいた口許を、手袋をはめた勇者の右手が、つよく押さえ込む。

「違う。あれは嘘なんかじゃ、ない」

 生唾とともに食料を飲み込んだ勇者は低く声を継ぎ、困惑を鎮めようとつとめた。
 しばらく経ってのち、彼は、自分ひとりだけで衝撃に備えようとしていたことに気付く。

「――ごめん、ニム」

 確かめるように名を呼べば、声をかけた相手はそっと視線を合わせてくれた。
 僧侶でありながら漆黒に染められた異形の姿を与えられ、故郷の仲間であるサマンサ――
 少し先の未来で、精霊ルビスのもとに集ったという仲間を目の前で亡くした者に、一体どう接したものか。
 甘えが過ぎていないか、それともよそよそしいのかと考えつつも、アルスは黙ることだけはしなかった。

「別の次元とかって、ノアは最初に言ってんだよな。
 地表とアレフガルドどころじゃなくて、根元から違う世界があるって。
 実際、俺の前でロシェやフランが使った魔法は、聞いたことのないものばかりだった」

 言の葉には、返答が欲しい。
 疑問には、応じて欲しい。
 孤独からは、守って欲しい。
 きっと相手もそうだから。

「だけど、あの雷だけは」
「うん。私も近くで見てきたから、間違えようなんかない」

 そして、異次元の技術がもつ恐ろしさを体験した、ニム。
 異次元の世界のはらむ残酷さを見聞きしてきた、アルス。
 こんなふたりだからこそ、郷愁ともいうべき感覚は研ぎ澄まされる。

「あれは、ギガデインだ」

 導かれたものは、ただひとつ。
 天に選ばれた者だけが使える呪文。故郷における、勇者の証であった。

「でも、私たちの世界じゃあ、勇者オルテガの息子は――」
「俺だけだと思いたいよ、いろんな意味で」
「ありえん(笑) ……いや、ほんとに。アルスのお父さんが浮気なんてしないでしょ」

 断言調のツッコミに対して、少年は中途半端な笑みを返した。
 ポカパマズ。ある村でそっくりだと言われた者の正体が父と分かるまでは、ずっと不安でいたことがある。
 我ながら思い込みが強いとは思うものの、いつ、どんな行動に出るか分からないのが根無し草というものだから。

(あの時の俺は、ぱふぱふって単語に何を期待してたんだろうな)

 人恋しさに苛まれたときのあやまちを思い返しつつ、勇者の息子はするどく呼気を押し出す。
 気分を入れ替えるがはやいか、予想出来る可能性を提示し、吟味する作業を始めた。


 ……まず、《別の時間軸》から呼ばれた勇者がいたとする。
 サマンサやニムが、アルスよりも少し先の時間から呼ばれていたのと同じ理屈だ。
 アルスの生きる時代でも「雷は勇者の呪文」であるがゆえに、古代や未来の勇者が呼ばれてもおかしくはない。
 だが、呪文に限らず、すべてのものは時代が進むほどに様式や体系が整えられていくものだ。
 そんななか、雷をあやつるすべだけが年月を経ても様変わりしないという理由もない。
 洗練の方向性が《消耗する精神力の減少》や《詠唱時間の短縮》となれば話は別だろうが――
 当の使い手であるアルスにも、少なくとも現状ではそうした術式の書き換えなど出来そうになかった。


 では、《別の次元》から呼ばれた勇者がいたとすればどうか。
 これはアルスの理解を超えかけているが、サマンサの例が類推の助けとなった。
 ゾーマ打倒のために選定された「勇者の仲間」は、サマンサとニム、クルガンと名乗る盗賊の青年が最初の三人。そののち、クルガンの代わりにバニー・ガールと名乗る女性が加わったらしい。
 しかし、サマンサが倒れてしまった時点で、アルスの仲間は数を減じてしまっている。
 そうした歴史の分岐点……あるいは転換点が、殺し合いに呼ばれる前にあるとすればどうだ?
 自分ではない《アルス》が、別のアレフガルドで旅をしている可能性まで想像すると、正直なところ頭が痛い。
 とはいえ、ノアが世界の時間軸を前後出来るというのなら、同じ世界にある「もしも」の数々――
 故郷の世界に生きるアルスらには《枝葉》となる部分をたどれないと、断言も出来ないのが現状だった。


「つまり、ノアは縦軸の……時間移動が出来た。横滑りして、別の次元や世界も見てたんだよね。
 そんな前例があるのに、同じ世界の《横》だけ掬えないのはおかしいって話でいい?」
「だいたい、そんな感じだ。どこから世界が枝分かれしたかなんて、考えてもキリがなさそうだけど……」
「うん。考えても結論の出ないことは置いとくとして、ありそうな線はふたつめのほうかな。
 ノアに出来ないことがあるとしても、私たちが証拠を集めるのは難しすぎるよ」

 教会の人間も、疑わしきを罰したいときはそういう論法を使うから。
 いち僧侶は、物騒ながらも納得のいく論拠を提示してくれる。

「結局、あれを使った本人に会わなきゃ、絞り込みだって出来ないな」

 だからこそ、先の展望の見えたアルスは、苦いものを双眸に浮かべた。
 雷を使った者に会うのなら、雷の落ちた塔の跡に向かうことが正道と言えよう。
 初めて塔に向かった時は西の洞窟を経由したものだが、鍵のかかった扉はすべて開いている。
 自分の呪文やニムの膂力を考慮すると、最悪、壁や瓦礫を叩き壊しても進めるはずだ。
 こうした現状をかんがみると、いまの自分たちが最短で雷のもとに向かえる経路はひとつだけ。

「……だったら、城に行かないと。地下牢から続く通路も、あの塔に繋がってるんだ」

 教会の西に流れる堀を挟んで、白くそびえる建造物。
 王の居城であり、自分が最初に送られた場所を示したアルスは、眉根を寄せた。
 急に黙ってはニムに悪い。それでも、直面すべき事態を解決出来るような手は見えてこない。
 最善手を通り越して理想型となりうる言葉など、そうそう出てくるはずもないだろう。
 だから長々と考えて、猶予期間をもらって、少しでも寄り道をしたのだ。

「巧く言おう、巧くやろうって考えるから、あとが続かないんだよなー」

 けれど、ありふれていようとも重かった悩みの種は、たやすく看破されてしまう。
 迷いを見破ったニムの抱いている言葉は、意図は、仮面ごしであろうと密に伝わるかのようだ。
 肩を抱かれたような心地を受けて、こわばっていたはずの頬が。吐く息が熱くなっていく。

「べつに、下手でもいいじゃない。サマンサのときは私が動いたでしょ」
「うん。下手でも言ってみて良かった。きみを信じて良かったよ」
「なのに悩むってことは……ロシェって人は、感情じゃ動いてくれなかったか」
「それもある」

 率直に信頼をぶつけても、それを受けるかどうかは相手の自由――。
 殺し合いに呼ばれたアルスは、他人との間に生まれるズレや摩擦を改めて認識している。
 故郷の世界で過酷な冒険を続けてきた者が、初対面の人間相手に折れること自体が異常であるとも。
 疑問が積もりに積もって孤独であることを辞めた勇者と、ロシェのような手合いは根が違う。
 人々を救う。そのために現状を割り切れた人間には、割り切れない者の気持ちなど分からないだろう。
 アルスにしても同じだ。あれほどに落ち着いた騎士の選択、その裏にあるものを類推できても理解はできない。

 そしてなによりも、『戦わなければ生き抜けない』と。

 刃を交えた際に見た騎士の瞳は、なによりも雄弁に彼の真実を語っていた。
 自分の見立てが正しいのなら、彼に相対するには真正面から戦うことこそ最善ではないかとも思える。

「正直言って、俺はロシェをどうしていいか分からないんだ。
 俺たち以外に、ここに人がいるとは思えない。あの人は、まだ殺してないかもしれない。
 だけど、もう殺してたとして、本当にいいのか? もう後戻り出来ないんだって、俺の基準で決めていいのかな」

 それがアルスの甘さだった。あるいはロシェへの贔屓目だった。
 殺し合いに呼ばれて、初めて出会った際の会話と、その後の戦いによって――
 こうありたいと思える自分を見つけるきっかけを寄越した相手に対する、躊躇だった。
 全力で戦って欲しい相手に対して本気を出さないことが、どれほど礼を失したことであるのか。
 戦おうが殺しあおうが、腰を引いていては勝てない相手だと、本当に分かっているのか。
 そんなことは分かっている。だからこそ、自分の手からあふれうる、可能性の多寡を知るのが怖いのだ。
 沈黙が続く。こうして、時を浪費するほどに消極的な選択しかできなくなるとしても、
 自分を信じてくれる仲間にまで、失敗や失点を背負わせてしまうのは、
 自分に、誰かを背負い切れるほどの力がないと分かってしまうのは、

 腰を据えて考えていくほどに、どうしようもなく、怖い。

「そうやって悩んでるあいだは、アルスはマジメで、誠実で、正しいままでいられるよね」

 そうして、表面的には仲間のために考え、悩んでいたがゆえに。
 ニムの言葉を耳にした瞬間、アルスは吸気をするどく肺に満たした。
 耳触りがいいはずの単語の群れに対した少年の視界に、火花が散る。腹の底が熱をもつ。

「違う! 俺はただ……なるべく、みんなと」

 けれど、反射的に返した言葉にこもった荒々しさには、彼自身が驚いた。
 仲間ならば、女性ならば。ニムには仲良く、親しく――優しく、触れていたい。
 許容の欠片もなく相手の言を否定するだけの叫びに、そんな思いはこもらなかったのだ。
 あきらかな失態を犯したことへの羞恥が、声量をしぼらせてしまう。その現実が情けなく思える。

 情けない。
 ……情けない。
 こんな、無様な自分は自分でも見たくないのに、どうして。
 どうしてニムは、名簿をしまって、隣にいる自分に手を伸ばすのだろう。

「分かるよ。皆と仲良く。ロシェも許す。すごく良いと思うけどさ。
 実際は他の人に『わだかまりを飲み込んで我慢しろ』って言うのと、あんまり変わんないから」

 無意識に刻みつけて、普段は忘れていた言葉を、アルスはニムの腕の中で聞いた。
 魔王バラモスを討伐する旅において、ひとりを選んだのは自分自身だったのだから、と。
 不平不満は《我慢》して当然だった勇者の深みに没していた歪みが、そっと掘り起こされた。
 少し前の戦いで、フランや父親に向けられた愚弄をこらえきれずに弾けた思いが、ふたたび胸を衝く。

「でもね」

 懊悩。怒り。戸惑いと、羞恥と、おののきと。
 変遷する感情を扱いかね、頭を真っ白にした勇者に対して、僧侶は言葉に笑みを添えた。

「私も、最初は元に戻りたいとか、こんな格好はマズイとか思ってたけど、今はそんなでもない。
 だって、こんなんでも頑張ったら、信じてくれるひとはいたじゃないか」

 水着も似合ってないって、言ってくれたし。
 おどけているようなニムの声は、おおげさであっても嘘がなかった。
 むしろ、アルスが子どもっぽい揺らぎを見せたことのほうが嬉しいのだと。
 守られるばかりでないことが嬉しいのだと言わんばかりに、彼女は勇者の両肩に手を載せる。

「だから、なにが変えられるか、変えられないかを見極めるのは大事なんだ。
 甘い顔だけで人付き合いができるわけでもないんだし……自分がしたいように動いて、苦労しようよ。
 ロシェって人が変われるかどうかなんて、それこそ顔を突き合わせなきゃ分かんないでしょ」

 姉とも、兄ともつかない、がっしりとしたニムの、異形の手のひら。
 彼女のあたたかみと、耳に痛い言葉が両立している事実こそが、アルスには嬉しかった。
 背負って、背負われていく。本来ならば、ああして明言せずとも築けていけたはずの気持ち――
 一気に積み上げた信頼の、理想の過多な輪郭が、徐々に現実味を帯びていくように思われたために。

「うん」

 涙声を恥ずかしいと思ういとまもなく、少年は素直なうなずきを返した。
 感慨をかみしめた数瞬を経て、彼の視線はニムから外れる。
 ゆがむ視界のなか、仲間の肩ごしに、少年は稲妻と別種の光源に目を奪われていた。
 目の前の状況に、言葉が出ない。息が吐けない。息が吐けないから、吸うこととてかなわない。

「アルスっ!」

 その様子を見た僧侶は、迷わず彼の手を引いた。
 究極的には本人にしか分からない思いの渦に、彼女自身が取り込まれたときの記憶は新しい。
 振り向いた先にあるのは、教会の窓。石に囲まれた長方形は、神の威光を示して大きいものだった。
 だから、落日が近い状態であろうとも、この場所は薄暗いだけですんでいる――

 ゆえにこそ。

「行こう! もうありえたことなんだ。後悔する前に理解しなきゃッ!」

 勾配の利いた雨水とりの屋根。きっちりと葺かれた瓦が、崩れるさまを。
 風食よけの石灰が塗られて生白い壁。隙間なく積まれた石灰岩が、砕けるさまを。
 勇者の生家に及ぼされる破壊の様子を、彼女らの視界にあますところなく収めさせたのだから。


 ×◆×◇×◆×

【2】

 ……もう、誰も背負いたくなかった。
 世界のため、血筋のため、仲間のため、己の体面を気にしたため。
 そうした認識は、重荷を背負って歩くうちに、たやすく意味を変えたから。
 世界のせい、血筋のせい、仲間のせい、己の体面を気にしたせい。
 いかな理由であろうとも、肩にかかるものの重さを認めるのはごめんだった。
 自分の中でどろどろと渦巻くものを見据えて、それに抗い続けることにも疲れていた。

 ……もう、誰にも背負われたくなかった。
 誰かを、何かを背負い続けて砕けた自分には、背負う側の気持ちが分かるのだ。
 自分のために。自分を思って。美しく聞こえる言葉は「自分のせい」と同義なのだから。
 魔王を倒せと、勇者であれと言われて育った自分は、強いと目された。強くあろうとしていた。
 端から重荷を抱えた自分が倒れてしまえば、こちらを支えようとした者が折れてしまうほどに。
 自分が苦しめられてきた思いに誰かが苛まれるところなど、もう、見たくもなかった。

 ならば、自分に背負って欲しいと思う資格など要らない。
 最初からないものと思ってしまえば、涙だって流れない。
 相手が自分を背負わないのなら、自分が誰かを背負わない選択をすることだって容易だ。
 誰にも背負われたくないのなら、背負う必要もないような者に身を落としてしまえばいい。
 だから、クルーザーに乗った彼女は、勇者であったミレニアは、迷いなくアリアハンを目指した。
 出たくもなかった旅の、始まりの地を。憎んで恨んでもてあそばれた、勇者の血筋が生まれた場所を。

「イオラ」

 ほんとうに自分の故郷であるかどうかも分からない、そこを壊すためだけに。
 すでに、銃とやらの光線によって要石を砕かれていた壁は、爆発呪文に耐えられなかった。
 海風や雨の侵食を防いでいた漆喰が焼け、隙間なく積まれていたはずの石灰岩は容易に輪郭を崩す。
 旅をしてきた瞳で見れば、ミレニアの生家は人形の家を思わせて小さく、崩落のさまは戯画的でさえあった。

 けれど彼女は、縁を切り、捨てたはずの家に、入ることなど出来なかった。
 ふくらはぎがこわばるほどに、彼女には、家や血筋が。逃げようのなかったものどもが怖かった。
 形もなく、利率や対価も知れない負債にも似て粘着質なものどもが、重苦しくてならなかった。

 優しい家族。あたたかな家。
 常識に照らし合わせるほどに、自分の抱く感情のほうが間違っていると思わされた。
 だから、黙っていれば重苦しさも極まるばかりだと分かってもなお、本音は封殺するしかなかった。
 旅立ちの日の朝、「旅が辛いか」と問うた母親にさえ、彼女は作り笑いを返したものだから。

(……楽になる余地なんて最初からなかった。あたしが、なくしてたよ)

 夢も不満も沈黙のなかに押し込めて、ただただこなした十六年。
 勇者の娘として生き延びるうちに堆積した感情の澱は、少女から表情を消せしめた。
 憎しみの声も、子どもに帰ったような慟哭も、望みを捨てた彼女の目には浮かんでいない。
 ただ、気に入らないものが崩れ去るさまを眺めていると、自然と自嘲まじりの笑みがうかんできた。
 流す涙もなくしたのなら、後生大事に抱えてきたものを、笑ってしまえばいいと思えた。
 それに、土煙が収まるまででいい。このまま、街にただずむことにだって意味はある。
 悪意と破壊の痕がもうもうと立つ廃墟には、正義ぶった人間が現れるはずだから。
 雷霆でもって打ち据えてきた塔で、ミレニアの捨てた光をいまだ瞳に宿せる、


「きみは……!」


 まさに、人の望む勇者のごとき存在が。
 調和も仲間も望みも捨てたミレニアにとって、心底忌むべき者たちが。

「――あた、し」

 気に入らない物を壊して、餌として、引き寄せられた気に入らない者を蹴倒す。
 そんなことを考えていた少女は、対面した少年を前にしながら、無様に息を呑んでいた。
 逆立てた黒い髪。意志の強そうな曲線を描く眉。《勇敢》の石言葉をもつ碧い石の嵌った頭冠。
 黄色基調の鎧下も、なめし革の手袋と長靴も、綿を入れた青い旅装も。彼とはすべてが揃いである。
 相手が唯一まとっていないマントにしても、きっと同じ紫だろう。根拠のない確信が胸を衝く。

「俺の、家を……どうして壊した」

 沈黙を切った問いの中身は、外堀を埋めるようなものだった。
 ミレニアの存在に驚きを示しながらも、少年は己の口ぶりに確たるものをにじませている。
 自分の家。自分こそが勇者オルテガの残した、唯一の希望であったのだ――と。

(そうだったら良かったのに)

 《別の次元》。
 現状を説明するに、最も易しい言葉がミレニアの胸におちた。
 たとえば、最初に突き落とした女性に配されていた、マスクドライダーシステム。
 加えて、ユーリの墓標となったベルト。魔法使いの呪文に拠らずに、人の姿を変じさせるモノ。
 雷を吸収されてしまった、魔王や魔族ではない、人間の命を聞いて行動していたモンスター。
 故郷とは根本からして違うものに立脚した《別世界》の生んだものには、この数時間で少しく触れた。
 それならば、ノアが同じ法則に拠って生まれた世界の枝葉を掴めないという可能性は低いと言えるだろう。
 あのカラクリが真に次元を渡れるというのなら、《大》に《小》を兼ねることが出来ない――
 世界を渡るほど大きな力を、いち世界の分岐点に使えないといった理屈がとおる例など、そうそうないはずだ。

「あたしの家だよ。貴方みたいに男には生まれなかったけど、男みたいに育てられたな」

 なにより、《もうひとりの勇者》は現実にいた。互いに存在を知ってしまったのだ。
 自分の目で見たものに対する反証を挙げていくことなど、きっと、この場の誰もが望むまい。
 ミレニアに至っては、少年の側が斧を携えた仮面の異形を連れている点を救いだとさえ感じていた。

「さっきの、ギガデインは」
「それもあたしだ。ただ、塔が崩れるのは予想外だった」

 ため息で、ミレニアの語尾がぼやける。
 こいつは光の側にいる。それが、相手の様子を見るほどに分かったから。
 こいつは、他の誰かを求めることができて、相手に求められることがかなったのだ。
 自ら光を放つべき勇者の責務を果たすにあたって、肩を支えてくれる者がいるのが何よりの証拠だ。
 ひょっとすると、相手は勇者である自分を、勇者でしかいられない自分を、認められているのかもしれない。
 勇者オルテガの息子でいられたことを、父の仕事を継いだことを、光栄に思えているのかもしれないと。

「……貴方はいいよね」

 見知らぬ少年の人となりを想像するほどに、ミレニアの視線は下に向いていった。
 限界を超えてこぼれたのは、短い言葉。そこに至る彼女の思考の委細を略した、結論だ。
 直後、とげとげしい声が予想外であったとばかりに少年が息を吸い込む、そのさまを聴いて得心がいく。

 こいつには、こいつには絶対に、分からない。
 同じ世界に育とうとも、同じ世界を救っていようとも、同じ家に生きていても、分からない。
 こいつには、自分の家族があたたかいものと思えるのだ。こいつには、この家が優しいものに思えていたのだ。
 同病相哀れむとはいかなかったことにではなく、ミレニア自身に向かった思いが、胃壁をなぜていく。

 こいつは選ばれて、自分は選ばれなかった。
 それとも、すべてを拒んで憎んで恨んだ、あたしのほうがすべてをねじ曲げた?
 家族や血筋を受け入れなかったあたしが、父を許さなかったあたしが間違っていると?
 仮にあたしが正しいとして、じゃあ、どうしてあたしにはいるべき仲間も、拠り所もないのか。
 勇者は仲間とともにあるもの。相手を見ていると、そんな暗黙の了解があったかとすら思えてきて、

 気に入らない。

 それは、とても気に入らないことだ。
 こいつの穏やかそうな顔が、仮面の仲間が、やつらの瞳にある輝きだってそうだ。
 こいつらを見ていると、ずっと頑張ってきたあたしの、頑張り方さえ間違いだったと言われるようで。
 そんなこと、絶対に認めさせないと思えてくる。絶対に、許せるわけがないと思えてくる。
 同じ勇者? 同じ、マスクドライダー? そこに、いったいなんの関係がある。
 初めて会った――人間に――真面目くさった顔で――まるであたしのためと言わんばかりに――
 あたしの気持ちをどうこうされたくなんか、ない。

「家族を信じられるんだから。仲間に頼れるんだから。
 だったらどうして――貴方が、代わりに《ここ》に生まれてきてくれなかったのかなあ。
 光なんか、勇者なんか。あたしが穏やかに暮らすためには、何の役にも立たなかったのに!」

 だから、少女は一方的にまくしたててやった。
 胸を抉られる前に、相手を踏みにじれば、彼らが手を伸ばす前に封殺出来ると信じて。
 実際のところ、彼女は相手からの理解も、同情も、優しさも、哀れみも、反発すらも要らないのだ。
 いい勝負。泥仕合。そんなものは同程度に要らない。闇を知らない相手を引きずり下ろせればそれでいい。
 伏し目がちの瞳に妬心と闇を隠したミレニアは、ゼクトバックルの蓋を。これから煮詰まる魔女の大釜を、開く。


「変身」


 誰かに聴かせるためではない嘆息にこもる敵意と諦念は、わずか一節に収斂された。
 いつのまにやらやって来ていたのは、表裏を緑と茶に塗り分けられたバッタ。ホッパーゼクター。
 その四肢を折って緑の体をベルトに収めた虫は六角形のセルを展開し、彼女を異形の姿に変えていく。
 仮面ライダーキックホッパーとなったミレニアは、変身の直後、ゼクターの脚を指ではじき――
 左のふくらはぎに装着されている、バッタの脚に似たアンカージャッキをたわませた。

 しかし、彼女とて即座に大技を使うほど愚かではない。
 相手どった勇者とライダー。嫌になるほど手札の分かる者たちに、過小な評価もくださない。
 なにより、ミレニアのもつ《大技》とは、予備動作と本命が完全にひと組になったものなのだから。
 予備動作とは《ライダージャンプ》。たわめたバッタの脚を伸ばして、高空へと跳び上がるわざ。
 本命となるのは、その脚を落としての蹴り。重ねて跳べば大型の魔物すら塵と変えた《ライダーキック》だ。
 この、ライダーキックの前段階となるライダージャンプを使った時こそが彼女の勝機であり、弱みといえよう。
 滞空の間に回避行動など出来ない以上、必殺の一撃を加える際のミレニアには、いかな反撃も防げない。

 だから少女は、踏み込んでなおゼクターに自身の意志を伝えることもなく。
 まずは《勇者》の少年へ、正拳による一撃を加えることをこそ選んでいた。
 目指すべきは一対一。彼女の身に、大技による楽勝しかもたらさない状況。
 警戒すべきは仮面の異形。おそらくは彼女と同じ、ゼクターに選ばれた者。
 型もなにもないが、腰のひねりを加えた拳は、少年の顎を目指してうなる。

「ぐぁッ!」

 マスクドライダーシステムによって強化された膂力と脚力は、少女の期待以上に働いた。
 半身を引いて急所と腕を守ろうとした少年は、バッタの踏み足が生む瞬発力に対応しきれない。
 結果、急所こそ外したものの、利き腕の肩をとらえたミレニアの拳は硬い感触に包みこまれていた。
 水気まじりの響きは筋繊維が断裂する音。それを聴くよりも先に、『とった』という実感が胸に落ちる。
 そればかりか、跳躍の寸前にかるく払った脚にさえ、少年は対処しきれないまま重心を崩される。
 受け身もとれない勇者を一瞥すると、もやに満たされていた胸が僅かにうるおう。
 二手に満たない手数で導いた、圧倒的な優勢。これこそ正しく、彼女の望んだ“楽勝”だ。

「ライダージャンプ」

 鼻にかかった声は――しかし、なんらの感慨もあらわさない。
 跳躍と同時に聞こえた単語、“アルス”とは、まずもって少年の名だ。
 この期に及んで仲間の心配に注力する敵を睥睨する少女は、晴れすぎた夕空に暗緑の軌道を刻む。
 ゼクターの放つ無機質な音声とともに、アンカージャッキから途方も無い大きさの力が伝わってきた。宿屋の壁を一瞬の足場にした少女は、いつか仲間が見せてくれた三角蹴りの要領で、相手に飛び込んでいく。《ライダーキック》。すべてを蹴散らし、蹴落とす脚にはしった緑の電光は、さながら常闇に燃える流れ星か遠雷か――。
 漆黒のマスクドライダーをねめつける少女は、先刻はじいたゼクターの後ろ脚を降ろす。

 稲妻。
 天地を引き裂くもの。
 水天の一碧をすら結ぶもの。
 今は、ミレニア自身がその一条となる。
 ミレニアが勇者であった証の最たるものは、切っても、逃げても、払うことなどできない。

(だったら、使ってやる。あたしのために……使ってやる!)

 異形が放った絶対零度の氷結魔法を、少女は真っ向から蹴破っていた。
 砕けて飛び散る氷は、左脚を起点に矢と化した彼女の体をかするにとどまる。

「バギマ!」

 だが、砕けてなおも巻き上がった氷塊については別だ。
 氷。異形にとっては即席の盾であり、ミレニアが跳ぶには不安定な足場であったもの。
 竜巻の力で蘇った氷の欠片は、殺傷力を有すると同時に、少女の視界をもさえぎってしまう。
 いちどライダーキックさえ当ててしまえば、あとはどうとでも料理出来ると思っていたのに。

「っ、ぐ――せぁああああああッ!!」

 なによりも呪文の主の存在、それ自体が彼女の声を荒らげさせる。
 僧侶呪文を使うマスクドライダー。ただのミレニアを背負ってくれた彼女の仲間と、敵手は同じだった。
 そう。ユーリと同じ技を持つアルスの仲間は……アルスの仲間だけ、どうして、今も生きている。
 少し前、彼によって取り落とす羽目になった腹切りソードを、だから少女は振りかぶっていた。
 氷の嵐へ肩口から突っ込んだミレニアは、ライダーの装甲に防御の一切を任せて、刃を振り切る。
 斬り裂いて、斬り伏せる。思い出を無造作に掘り起こすものの余韻すら、この地に残すまいとして。
 いつしか叫びは詰まった吐息に、吐息は乾いた笑いに遷移している。

 そのまま、斬る。かわされる。
 つづけて、斬る。防がれる。
 それでも、斬る。斬る。
 斬る。斬る斬る斬る、

(斬らせてよ――!)

 いくら斬撃を重ねようとも、剣戟には終わりの予感もみえなかった。
 傍から見れば一方的な展開が繰り広げられているにもかかわらず、僧侶に傷をつけられない。
 瞬間、マスクドライダーの装甲すら目に入らないミレニアの聴覚を、治癒呪文を編む声がかすめた。

「――そうか。そう、すれば」

 真空呪文の影響から少し離れた場所にいるはずの勇者が、ちいさくひとりごちる。
 背後を振り見れば、アルスがなにかを求めるように右腕を動かすさまが視界に入った。
 異形の唱えた僧侶の呪文を受けても癒しきれない肩を押さえつつ、手のひらを陽にさらしたのだ。
 いくばくも経たずして、開かれた少年の手には……夕空へ金色(こんじき)を散らした影がおさまる。

「変、……身ッ!!」

 間髪入れることもなく、アルスは決定的な声をつむいだ。
 彼の左手は、いまだ右肩を押さえており、右手は左の手首に添えられている。
 だのに。両腕で我が身を抱くかのような姿勢とは裏腹に、一音節が強く、はっきりと発音される。
 左腕に巻き付いた腕輪に嵌め込まれて、流線を生み出したもの。黄色と黒の蜂は誇らかに輝いていた。
 勇者の放つ光。そのまばゆさにひるみ、その汚れなさを忌んでやまぬ少女は、舌打ちと同時に身を動かす。
 呆けていた彼女が重ねたのは、左脚。急所である脇の下か、呼吸器官への衝撃を狙った中段回し蹴りは――


 ―― HENSHIN ――


 キックホッパーのそれとは違う、殻を思わせて分厚い胸甲にはばまれた。
 真っ白な胴鎧をいろどっているものは、蜂の巣を想起させる六角形の意匠だ。
 少年がまとった仮面に宿る深緑の視線。相手の立ち姿を前にした少女の脳裏にひらめきがはしる。

 こいつは、きっと“あれ”だ。
 目の前にいる勇者が呼び寄せ、まとったものは、例の虫だ。
 少し前、自分のもとから離れていった黄金色の輝き。
 ついぞ自分が手にすることの出来なかった、大切なもの。
 輝かしいものを体現したかように煌めく羽で、迷いなく飛び去ったスズメバチ。

「ニム! 新しい力に慣れないなら、無理はするな! 俺も、いまの俺に出来ることしかやらないッ」

 マスクドライダーシステム、ザビー。
 ここに立つミレニアを見限った、蜂を統べる女王で間違いない。

(ほら。どうせあたしなんか……要らなかったじゃない)

 なにものかに選ばれなかった自分。
 なにものかに認められなかった自分。
 自身の影をなす像が、またひとつミレニアの胸にふくれた。
 ユーリが認めてくれた、背負ってくれたという輝きを、暗中に埋めてしまうほどに。
 もとより、彼とも死別し決別しているのだ。ここにはもう、彼女を否定するものしかない。


「……俺自身がいくら変わっても、《ここ》に生まれることだけは変わらなかったんだな。
 だったら、このことが幸せだったと受け取れるように――俺は俺を貫いてみせる。
 大切な人と支えあえるなら、針を使って戦う時を迷ったりしない!」


 とくに、三人目のマスクドライダーに感じた不快感は別格といえよう。
 彼は、アルスはミレニアの捨てざるを得なかったものを貪欲に拾ってなお、真摯に言葉を紡げるのだから。
 少年は殺し合いの場にあってなお光の道を目指せる類の人間で、少女の目指せないものを体現しているから。
 鏡合わせと言うにも皮肉な《もうひとりの勇者》に向かって、もと勇者は再度左脚をひらめかせた。


058:Red fraction 投下順に読む 059-b:ライダークロス 隣り合わせの灰と青春(後編)
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043:血も涙も、故郷(ここ)で乾いてゆけ アルス 059-b:ライダークロス 隣り合わせの灰と青春(後編)
ニム
050:ハートに巻いた包帯を僕がゆっくりほどくから ミレニア
036:この剣に懸けて ロシェ



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