緊急事態と言うのは、いついかなる時代でも人を狂わせる。
ゾンビ騒ぎに紛れての犯罪行為など、もはや日常茶飯事になりつつあった。
そんな中でも、常にメイデンと居るあなたは被害者になってしまう事もほとんど無かったのだが――
「へへっ、こいつぁスゲエな!」
「きっと高く売れますね!」
――迂闊だった。
手に入れたばかりの、宝石で装飾が施されたカトラスを剥き身で持っていたあなたは、
一瞬のスキを突かれて野盗にそれを奪われてしまったのだ。
一緒に居たメイデンがそれを奪い返すため追いかけ――ようとするが、
次瞬間、その野盗の動きが止まる。
「いでっ!? で、で……? ち、力が入らねえ……」
「な、なな……なんだ、身体がしび、しびび……」
まるで全身が麻痺したかのように、野盗は動かなくなった。
よく見ると、野盗の身体には半透明の触手のようなものがまとわりついている。
「――全く、先行き不安だねぇ」
倒れた野盗の向こう側には、透き通るような青い肌をした女性が一人立っていた。
半透明の触手は、彼女の背中側から生えているようだ。
「ほら、ちゃあんと持ってなよ。人間サン」
女性は野盗が取り落としたカトラスをひょいと拾い上げると、あなたに握らせる。
そしてそのままあなたを抱くようにして密着し、間近で眼を合わせ――
「こいつは大事なお宝だ。
無くしたりしたら……ただじゃおかないよ?」
――威圧的な言葉だった。
だが、あなたは同時に不思議な安心感を覚える。
言葉の棘の裏に隠された暖かさは、まるで海のような母のような――
「……さ、行こうか?」
ぼんやりしているうちに、同行は決まっていた。
どうやら、メイデンを連れた人間が居ると聞いてあなたを探していたらしい。
その真意を知るのは、もう少し先の話。
最終更新:2016年06月06日 09:40