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2509■死と飢えのガザ

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dunpoo

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 23年10月以来のイスラエルのガザ攻撃は、国際社会からの非難の声にもかかわらず続いていた。米国やハマスと関係の深いカタールなどの仲介で停戦交渉が繰り返されてきたが、イスラエルとハマスはなかなか折り合わなかった。イスラエルの国内ではハマス掃討より人質解放を優先すべきという声も強まってきたが、連立政権を組んできた極右政党の閣僚らの戦闘継続の主張などもあってネタニヤフはハマスの壊滅をめざす強硬姿勢を崩さなかった。一方ハマスはイスラエル軍のガザからの完全撤退という条件を譲らなかった。
 イスラエルは、ガザへの人道支援物資搬入を厳しく制限する兵糧攻めも行った。国連機関は25年8月、ガザの人口の4分の1にあたる50万人以上が「飢饉」の状態に陥っているとした。栄養失調などで亡くなる子どもが相次いだ。
 イスラエル軍は9月15日、100万人が住むガザ最大都市であるガザ市への地上侵攻を開始した。ハマスを掃討するとして市内の建物に砲撃を加え、テントで避難生活を続けてきた住民にも多数の死傷者が出た。戦争勃発以来のパレスチナ人の死者数はこの月6万5千人を超えたとガザの保健当局は発表した。

停戦発効

 こうした中、トランプ政権は和平案を策定し、それに基づいた停戦が10月10日ようやく発効した。幹部の多くを殺害されて追い詰められていたハマスは人質全員の解放に合意し、イスラエル側も捕えていた受刑者らの釈放を進めた。だが、停戦の発効後も衝突は散発的に発生し双方に死傷者が出た。ハマスの人質返還は予定より遅れ、イスラエル側も人道支援物資の搬入を制限するなど、厳しい状況が続いた。
(2026/09/13更新)
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