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覚醒 01
ㅤ帰ってきた答案の最後には100%の文字が入力されていた。退屈なテストだ、調べて、書いて、そして終われば忘れる。彼女たちが覚えておく必要は無い、情報は全てウェブにあり、そこにはいつでもアクセス出来る。必要なのは、情報が正しいのかどうかを検証する力だけ。それもやっぱり調べ物だ。退屈だ、コッペリオンに検索ワードを打ち込むだけなんて。
「今日も上位者を発表するぞ。いつもの事だが、クラス唯一の100点満点は来ヶ谷だ」
ㅤ拍手の中で、来ヶ谷小夜子は空白だった。退屈だ、こんなことで賞賛を得られてしまう世間が退屈だ。出来ることをやるだけの生活なんて、もううんざりだ。誰もやってないことがやりたい、このクラス全員がやろうとも思わないこと。
ㅤ放課後は真っ直ぐ家に帰る。友達なんて居ない。ウェブ上になら数人いるが、下心と下世話さが見え透いた胡散臭い奴らだ、そのうち縁も切れるだろう。人を騙すして奪い取るしか脳のない、しかもその脳すら小夜子に見透かされてしまう、これまた退屈な奴らだ。
ㅤ帰っても誰もいない。両親は共働きで、二人とも千早のサラリマンだ。千早に務めていることを誇らしげにあの二人は言うが、千早のサラリマンなんて、それこそごまんといる、そんなに珍しいことでもない。たしかに割合的には低いが、彼らが彼らの親の元に生まれたからには全然有り得る話だ。
ㅤ小夜子も、彼らの元に生まれ。
ㅤ新星帝都に入学し。
ㅤいずれ卒業し。
ㅤ適当な有名企業に就職して。
ㅤ同じような境遇の男と結婚して。
ㅤ子供を産んで、その子供も同じような。
「あーあ」
ㅤ退屈だ。同じことの繰り返し。
ㅤこの境遇の女の子が絶対にしないようなことがしたい。ここはN◎VAだ、何かあるはずだ。それだけが原動力で、小夜子は、勉強を強要する両親の居ぬ間に少しだけスリリングなウェブサーフィンをする。検索ログを残さないようにするのは容易い。
ㅤ今日この日、小夜子はとある掲示板に行き着いた。そこは、なんともまあウェブ特有のヘイト、憎悪の掃き溜めみたいな場所だった。匿名システムなのをいいことに、日々の恨みつらみを相手の名前は実名で出してぶちまけている人達ばかりだった。なんだったら掲示板上で互いに罵りあっているのもいる。民度の低い奴らだ、退屈だ。
ㅤその中で気になるスレを見つけた。なぜ気になったかといえば、長文だったからだ。およそ1万文字に渡る、憎悪の呪詛の塊だった。半分は恨みの相手の個人情報で、もう半分は彼が行ってきた悪事について。最後の文章が嫌に目に焼き付いた。
『誰かあいつのこと、ボランティアで殺してくれないかな』
ㅤ殺されろとまで言われる相手がどんな人間なのか気になって、調べてみることにした。大量の個人情報が提供されているとはいえ個人を特定するのは難しい。難しいと言っても、それは既存のツールを使う場合のは話である。小夜子はその場で、個人情報から個人のIANUSを特定するツールを作り上げた。さすがに少し時間がかかってしまったし、まだ足が着きやすいだろうな、とりあえず試験的に使ってみるかと、件の人間を追跡してみた。イワサキに務めている女性だった。部署内で幅をきかせていて、悪質ないじめをしているようだった。恨まれても仕方ないような言動をしているが、社外に出ると打って変わって普通の人になってしまう。家に帰ると幼い息子がいて、いじめをしている時の陰湿な笑みとは違う、慈愛に満ちた心で彼を愛する母となる。息子も、夫も、彼女が会社でそのようなことをしているとは知る由もないようだ。人は見かけによらないものだと、小夜子は心底驚いた。そしてこの猫を被っている女に、小夜子自身も苛立ちを覚えた。くだらない奴だ、こんな奴が有名企業就職の数パーセントの内容なのだから笑えない話だ。もしかしたら、小夜子自信が、このまま成長していって彼女のようになるのではないかと考えてしまっていたのかもしれない。ありえない話ではないし、それは自己嫌悪でもあった。
ㅤああ、苛立つなぁ、この女をギャフンと言わせる方法はないだろうかと、小夜子はツールをいじっていた。ここをいじるとどこまで行けるだろう、IANUSは使う人によって構造ががらっと変わる、奥が深い所ではない、深層意識のようなものが存在するのだ。ここまでは行ける、こっちにも行ける、そうして出来ることをやっていくうちに、小夜子はふと気づいた。
「今日も上位者を発表するぞ。いつもの事だが、クラス唯一の100点満点は来ヶ谷だ」
ㅤ拍手の中で、来ヶ谷小夜子は空白だった。退屈だ、こんなことで賞賛を得られてしまう世間が退屈だ。出来ることをやるだけの生活なんて、もううんざりだ。誰もやってないことがやりたい、このクラス全員がやろうとも思わないこと。
ㅤ放課後は真っ直ぐ家に帰る。友達なんて居ない。ウェブ上になら数人いるが、下心と下世話さが見え透いた胡散臭い奴らだ、そのうち縁も切れるだろう。人を騙すして奪い取るしか脳のない、しかもその脳すら小夜子に見透かされてしまう、これまた退屈な奴らだ。
ㅤ帰っても誰もいない。両親は共働きで、二人とも千早のサラリマンだ。千早に務めていることを誇らしげにあの二人は言うが、千早のサラリマンなんて、それこそごまんといる、そんなに珍しいことでもない。たしかに割合的には低いが、彼らが彼らの親の元に生まれたからには全然有り得る話だ。
ㅤ小夜子も、彼らの元に生まれ。
ㅤ新星帝都に入学し。
ㅤいずれ卒業し。
ㅤ適当な有名企業に就職して。
ㅤ同じような境遇の男と結婚して。
ㅤ子供を産んで、その子供も同じような。
「あーあ」
ㅤ退屈だ。同じことの繰り返し。
ㅤこの境遇の女の子が絶対にしないようなことがしたい。ここはN◎VAだ、何かあるはずだ。それだけが原動力で、小夜子は、勉強を強要する両親の居ぬ間に少しだけスリリングなウェブサーフィンをする。検索ログを残さないようにするのは容易い。
ㅤ今日この日、小夜子はとある掲示板に行き着いた。そこは、なんともまあウェブ特有のヘイト、憎悪の掃き溜めみたいな場所だった。匿名システムなのをいいことに、日々の恨みつらみを相手の名前は実名で出してぶちまけている人達ばかりだった。なんだったら掲示板上で互いに罵りあっているのもいる。民度の低い奴らだ、退屈だ。
ㅤその中で気になるスレを見つけた。なぜ気になったかといえば、長文だったからだ。およそ1万文字に渡る、憎悪の呪詛の塊だった。半分は恨みの相手の個人情報で、もう半分は彼が行ってきた悪事について。最後の文章が嫌に目に焼き付いた。
『誰かあいつのこと、ボランティアで殺してくれないかな』
ㅤ殺されろとまで言われる相手がどんな人間なのか気になって、調べてみることにした。大量の個人情報が提供されているとはいえ個人を特定するのは難しい。難しいと言っても、それは既存のツールを使う場合のは話である。小夜子はその場で、個人情報から個人のIANUSを特定するツールを作り上げた。さすがに少し時間がかかってしまったし、まだ足が着きやすいだろうな、とりあえず試験的に使ってみるかと、件の人間を追跡してみた。イワサキに務めている女性だった。部署内で幅をきかせていて、悪質ないじめをしているようだった。恨まれても仕方ないような言動をしているが、社外に出ると打って変わって普通の人になってしまう。家に帰ると幼い息子がいて、いじめをしている時の陰湿な笑みとは違う、慈愛に満ちた心で彼を愛する母となる。息子も、夫も、彼女が会社でそのようなことをしているとは知る由もないようだ。人は見かけによらないものだと、小夜子は心底驚いた。そしてこの猫を被っている女に、小夜子自身も苛立ちを覚えた。くだらない奴だ、こんな奴が有名企業就職の数パーセントの内容なのだから笑えない話だ。もしかしたら、小夜子自信が、このまま成長していって彼女のようになるのではないかと考えてしまっていたのかもしれない。ありえない話ではないし、それは自己嫌悪でもあった。
ㅤああ、苛立つなぁ、この女をギャフンと言わせる方法はないだろうかと、小夜子はツールをいじっていた。ここをいじるとどこまで行けるだろう、IANUSは使う人によって構造ががらっと変わる、奥が深い所ではない、深層意識のようなものが存在するのだ。ここまでは行ける、こっちにも行ける、そうして出来ることをやっていくうちに、小夜子はふと気づいた。
ㅤここをいじれば、脳に数千ボルトの過剰な生体電流を流せる。
ㅤ流せばどうなる?
ㅤ死ぬ。
ㅤ間違いなく、人間に耐えられるわけが無い、死ぬ。
ㅤあれっと拍子抜けで、一体それがどういうことなのか、小夜子は理解するのに時間がかかった。そしてじわ、じわと実感が湧いてきて、悪いことをしているという自責にたどり着いた。否、自責ではなく、ただの罪の意識だ。捕まる、逮捕される、という反射的恐怖だった。
ㅤ慌ててツールを閉じようとしたが、そのうえでまだ気づいたことがあった。対象の彼女が、気づいていないのだ。自分のIANUSの中に、小夜子がいることに。そりゃ気づかれないように、ログに残らないように細心の注意を払ってはいたが、自分のハッキング力がIANUSのセキュリティを上回っているとは露ほどにも思っていなかったのだ。
ㅤ彼女は気づいていない。たとえ、万が一、もしも、今ここでエンターキーを押して、彼女が死んだとしても、ログには残らない、なんならIANUS自身も破壊される。ブラックハウンドだって気づかない。誰にも、気づかれない。
ㅤ今、誰も知らない中で、知らない誰かの命が、手のひらの中にある。
ㅤその実感を覚えた瞬間に、両親が帰ってきた。小夜子はどうするか迷った挙句、今の掌握状態を維持したまま
ツールを閉じて、タップをスリープモードにした。
ㅤ慌ててツールを閉じようとしたが、そのうえでまだ気づいたことがあった。対象の彼女が、気づいていないのだ。自分のIANUSの中に、小夜子がいることに。そりゃ気づかれないように、ログに残らないように細心の注意を払ってはいたが、自分のハッキング力がIANUSのセキュリティを上回っているとは露ほどにも思っていなかったのだ。
ㅤ彼女は気づいていない。たとえ、万が一、もしも、今ここでエンターキーを押して、彼女が死んだとしても、ログには残らない、なんならIANUS自身も破壊される。ブラックハウンドだって気づかない。誰にも、気づかれない。
ㅤ今、誰も知らない中で、知らない誰かの命が、手のひらの中にある。
ㅤその実感を覚えた瞬間に、両親が帰ってきた。小夜子はどうするか迷った挙句、今の掌握状態を維持したまま
ツールを閉じて、タップをスリープモードにした。