02
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覚醒 02
ㅤ退屈な日が巡る。眠れない夜と孤独の朝を繋いで、小夜子は今日も学校に行く。決められた時間、決められたルートで、毎日同じように繰り返し、繰り返し。
ㅤ前述した通り、小夜子に友達はいない。小夜子があえて作ろうとしていないからだ。それは小夜子の努力であり、つまり他の人間がどう思っているかは別の話である。
「来ヶ谷、おはよう!」
ㅤなんとも清々しくて一周回って普通にうるさい挨拶をかましてきたのは美加登宙成(みかどちゅうせい)。N◎VA中の名家の子息が集まる帝都学園だが、その中でもトップクラスに有名な生徒のうちの一人で、その好青年な人当たりが拍車をかけてクラスの人気者ポジションに落ち着いている、本来は小夜子と縁のない人間のはずだが、いかんせんクラスメイトという腐れ縁は確固として存在する。彼は小夜子にも容赦なく、彼の「いい人」を振るってくる。小夜子はそれに無視を決め込んだ。
ㅤ人気者とか、別に珍しいものでもない。どのクラスにだって一人はいる。
ㅤ小夜子は自分の席に座った、と妙なARポップアップが目の前に浮かんでいるのが見えた。何も書かれていないダイアログに、OKのボタンだけがある。見覚えのないウィンドウに、とりあえず消そうと何の気なしにOKを押したが、それがトリガーだったのか、同じウィンドウが少しずれたところに、今度はふたつになって再出現した。なんだか嫌の予感がしつつ、立て続けに両方のOKを押したが、今度は溢れんばかりのポップアップが一気に視界を覆い尽くし小夜子の周囲を取り囲んだ。
ㅤイタズラか、と小夜子はあくまで冷静だ。よくある手口だ、ニューロなクラスメイトは結構いるし、これぐらいのイタズラツール、誰でも入手できるだろう。解除にちょっと手間がかかりそうだなとため息をついてタップを立ち上げようとしたら、それらは小夜子が消す前に、別の誰によってひとつ残らず強制終了させられていた。消えたポップアップの向こう側には眉間に皺を寄せた宙成が立っていた。宙成はくるりと教室全体を振り返って。
「誰だよこんなことしたやつ!ㅤ来ヶ谷が可哀想だろ!」
ㅤと糾弾した。そしていじめは絶対に許せないとか、明るく楽しいクラスのはずだとか、そういったことを演説し始めた。そして最後に小夜子に向かって。
「次何かされたら、いつでも俺に言えよ!」
ㅤ小夜子はそれを、もう既に聞いてなかった。お約束だ、いじめも、その手法も、人気者も、その物言いも、全部が初めから決まっているお約束。まるで台本のある演劇だ、それもとびきりつまらないやつ。
ㅤ退屈だ、この舞台は。いっそ斧でも持ってきて役者を全員退場させて、舞台装置をぶっ壊して回りたいものだが、例えば荷物に爆弾を忍ばせて、トイレにでも行ってる間に起爆すればできることだろうが、もちろんそんな勇気は、そんな度胸はない。この舞台から連れ出してくれる道化師も期待できない。この退屈さから逃れることは出来ない。
ㅤーーふと、昨日のことを思い出した。
ㅤ帰ってから、小夜子は早速昨日のツールを起動した。あの猫かぶり女へのバックドアは維持されていて接続のし直しは容易に出来る状態が保たれていた。誰にも気付かれずに、人の命を握る道具。小夜子は何の気なしに、宙成のIANUSへのハッキングを始めていた。宙成は名門・美加登の子供、いわば要人である。そう簡単にはいかないだろうなと思っていた。事実、猫かぶり女にはなかったセキュリティが何重かにしてかけられていた。
ㅤやっぱり難しいかなあと思いつつダメもとで取り組んでみた。ひとつ、またひとつと、出来ることを着実にしていく。パズルか迷路みたいなものだと思った。時間はあっという間にすぎて、そうしているうちに一つ目のセキュリティを完全突破してしまい拍子抜けした。うそ、簡単じゃん、次はどうかなと、またひとつと、またひとつとセキュリティを外していく。そして昨日と同じような時間になる頃には、宙成のIANUSにも高圧電流が流せるようになってしまっていた。
ㅤここでエンターキーを押せば、あのウザったらしい好青年はあの教室に二度と来なくなる。そう思うとどこかねじれた、しかし今の小夜子の不満をぱっと晴らしてくれるような快感があった。ねじれといえば、それは間違いなく人を一人殺すことに対する後ろめたさだろう。
ㅤ小夜子はベッドに身を投げて、天井を眺めながらぼーっと考えた。大丈夫、今のところ、本当に人を殺しているわけじゃない。いつでも出来るということと、本当に実行することには大きな違いがある。
ㅤそして、クラスメイト全員をクラッキングして、殺して、日常を破壊する妄想をした。妄想だけなら大丈夫。妄想だけなら。
ㅤ次の日には、実際にクラスメイト全員の名前が、ツールの一覧に追加された。
ㅤ前述した通り、小夜子に友達はいない。小夜子があえて作ろうとしていないからだ。それは小夜子の努力であり、つまり他の人間がどう思っているかは別の話である。
「来ヶ谷、おはよう!」
ㅤなんとも清々しくて一周回って普通にうるさい挨拶をかましてきたのは美加登宙成(みかどちゅうせい)。N◎VA中の名家の子息が集まる帝都学園だが、その中でもトップクラスに有名な生徒のうちの一人で、その好青年な人当たりが拍車をかけてクラスの人気者ポジションに落ち着いている、本来は小夜子と縁のない人間のはずだが、いかんせんクラスメイトという腐れ縁は確固として存在する。彼は小夜子にも容赦なく、彼の「いい人」を振るってくる。小夜子はそれに無視を決め込んだ。
ㅤ人気者とか、別に珍しいものでもない。どのクラスにだって一人はいる。
ㅤ小夜子は自分の席に座った、と妙なARポップアップが目の前に浮かんでいるのが見えた。何も書かれていないダイアログに、OKのボタンだけがある。見覚えのないウィンドウに、とりあえず消そうと何の気なしにOKを押したが、それがトリガーだったのか、同じウィンドウが少しずれたところに、今度はふたつになって再出現した。なんだか嫌の予感がしつつ、立て続けに両方のOKを押したが、今度は溢れんばかりのポップアップが一気に視界を覆い尽くし小夜子の周囲を取り囲んだ。
ㅤイタズラか、と小夜子はあくまで冷静だ。よくある手口だ、ニューロなクラスメイトは結構いるし、これぐらいのイタズラツール、誰でも入手できるだろう。解除にちょっと手間がかかりそうだなとため息をついてタップを立ち上げようとしたら、それらは小夜子が消す前に、別の誰によってひとつ残らず強制終了させられていた。消えたポップアップの向こう側には眉間に皺を寄せた宙成が立っていた。宙成はくるりと教室全体を振り返って。
「誰だよこんなことしたやつ!ㅤ来ヶ谷が可哀想だろ!」
ㅤと糾弾した。そしていじめは絶対に許せないとか、明るく楽しいクラスのはずだとか、そういったことを演説し始めた。そして最後に小夜子に向かって。
「次何かされたら、いつでも俺に言えよ!」
ㅤ小夜子はそれを、もう既に聞いてなかった。お約束だ、いじめも、その手法も、人気者も、その物言いも、全部が初めから決まっているお約束。まるで台本のある演劇だ、それもとびきりつまらないやつ。
ㅤ退屈だ、この舞台は。いっそ斧でも持ってきて役者を全員退場させて、舞台装置をぶっ壊して回りたいものだが、例えば荷物に爆弾を忍ばせて、トイレにでも行ってる間に起爆すればできることだろうが、もちろんそんな勇気は、そんな度胸はない。この舞台から連れ出してくれる道化師も期待できない。この退屈さから逃れることは出来ない。
ㅤーーふと、昨日のことを思い出した。
ㅤ帰ってから、小夜子は早速昨日のツールを起動した。あの猫かぶり女へのバックドアは維持されていて接続のし直しは容易に出来る状態が保たれていた。誰にも気付かれずに、人の命を握る道具。小夜子は何の気なしに、宙成のIANUSへのハッキングを始めていた。宙成は名門・美加登の子供、いわば要人である。そう簡単にはいかないだろうなと思っていた。事実、猫かぶり女にはなかったセキュリティが何重かにしてかけられていた。
ㅤやっぱり難しいかなあと思いつつダメもとで取り組んでみた。ひとつ、またひとつと、出来ることを着実にしていく。パズルか迷路みたいなものだと思った。時間はあっという間にすぎて、そうしているうちに一つ目のセキュリティを完全突破してしまい拍子抜けした。うそ、簡単じゃん、次はどうかなと、またひとつと、またひとつとセキュリティを外していく。そして昨日と同じような時間になる頃には、宙成のIANUSにも高圧電流が流せるようになってしまっていた。
ㅤここでエンターキーを押せば、あのウザったらしい好青年はあの教室に二度と来なくなる。そう思うとどこかねじれた、しかし今の小夜子の不満をぱっと晴らしてくれるような快感があった。ねじれといえば、それは間違いなく人を一人殺すことに対する後ろめたさだろう。
ㅤ小夜子はベッドに身を投げて、天井を眺めながらぼーっと考えた。大丈夫、今のところ、本当に人を殺しているわけじゃない。いつでも出来るということと、本当に実行することには大きな違いがある。
ㅤそして、クラスメイト全員をクラッキングして、殺して、日常を破壊する妄想をした。妄想だけなら大丈夫。妄想だけなら。
ㅤ次の日には、実際にクラスメイト全員の名前が、ツールの一覧に追加された。
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