your fairytale/Bad Apple princess◆HOMU.DM5Ns
時は遡る。
くるくるまわる。狂々おどる。
軸はあいまいに。系列はあやふやに。くるりと翻り、秒針をまわす。
過去を今に、今を過去に、さかしまにまわす、まわす、まわす―――
聖杯戦争が正式に開始を通達した、最初の夜を過ごすスノーフィールド。
始まる儀式。英霊同士の武闘。拡散する魔術。奇術。詐術。闇中で密やかに交わされる謀略。
ここから先、スノーフィールドの闇で繰り広げられていく数多の戦いを前にして、各々の主従は思案する。
目的に沿う道筋を考察し、敵方が取るであろう対策を講じる。
大半はまず、街に繰り出して地盤固めに奔走していくだろう。人気の少なくなり被害に遠慮がいらなくなる夜こそ、聖杯戦争の本番だ。
あるいは本格的な動きに備え、今は見に徹し朝を待つ者もいる。自己の能力を弁え慎重を期するなら、これも確かな戦略である。
しかしその中で、恐らくは唯一、戦略の組み立ても、勝利に対する展望もないままに、スノーフィールドの街中をあてもなく彷徨うマスターがいた。
白いサテンドレスの少女はてくてくと街を歩く。
西欧の顔立ちは衣装とあいまって愛らしく、そのままパーティーの場に入っても自然と迎え入れてもらえる姿だ。
今いる場所がホテルの前の噴水広場であれば、遅れて式に入る来賓にも映るだろう。
しかし少女はホテルマンはおろか、道を通りかかる誰の目にも映ってはいない。心配して声をかける者も、邪な意図で近づく輩も皆無だ。
淡い印象の少女は、その存在を完全に"無い"ものとして街に、住民全てに扱われていた。
少女の背後に護衛のように張り付いている、見るもおぞましい怪物にすら気づいてないことからそれは明らかである。
怪物……バーサーカーを従えたマスター、
ありすは聖杯戦争の始まりの日でも、孤独にスノーフィールドを徘徊していた。
「んしょっと。ふう、ずっと歩いてたら疲れちゃった」
噴水前のベンチに腰掛ける。組み上げられた水は宙に舞い散り、辺りに置かれた照明に反射して幻想的な光景を生み出す。
水玉が飛んでは散っていく様を、ありすは足をぶらぶらさせながらつまらなさそうに見上げていた。
「あたしたちとおんなじ人、いないねー」
「……」
「そうだよね、つまんないよねー」
バーサーカーは答えない。理性を剥奪されるクラスであるが故、問いを返す能力がこのサーヴァントには欠如している。
そうと知ってか知らずか、それでも少女は気にせずこうして言葉を投げかけている。
「ひょっとして、みんなで隠れんぼしてるのかな?ありすが鬼役で、見つけないとずっと隠れたまま、遊んでくれないの?」
「……」
「どうすれば見つかるのかな。お家の中、森の中、迷路みたいでひとりじゃ見つけられないかも……」
「……」
「うん、そうだね。あなたもいるものね。壁をみんな壊しちゃって、森もぜんぶ真っ平らにすれば、アリンコみたいにみんな出て来るもんね」
従者との会話……と言えるかも分からない一方通行でもありすは止めようとはしない。
それは人形や玩具に語りかけるような、幼さからくる意思の疎通が成り立ってないことへの理解の欠如なのか。
傍目には一方通行に見えても、二人の間では、まるで双子のように心が通い合っているのか。
彼女らを見つけられる相手が今いない以上、全ては詳らかにされることはないが。
ともあれ、事実として。
少女は孤独を癒され、今は快活に日々を過ごしている。
砂糖菓子の如き脆い時間、火の点いた蝋燭の身とも知らずに、無邪気なまま。
やっと手に入れた遊びの時間を楽しむ自由を、体いっぱいで謳歌していた。
「よし、今日はありすがみんなを見つけよう!女王がばらまいたトランプ探し!
この街になら遊べる相手がいるって、お姉ちゃんは教えてくれたし!」
椅子から立って、くるくると回り廻る。
どうやら修道女の監督役からの通知、
ルール説明を拙くも読み解き、とりあえず『トランプ集め』なる催しに自分も参加する資格があるとこまでは理解したらしい。
当てがないのは相変わらずだが、とりあえずの目的はできた。遊びの形が決まれば、あとは一直線である。ぱたぱたと駆け出して広場を後にしようとする。
―――聖杯符を核とするサーヴァントから抜き取る行為が何を意味するか。己がサーヴァントを失ったマスターの運命がどこに行き着くか。
その残酷さに気づくことのないままに、少女は聖杯戦争のルールに則ってしまっていた。
「あれ?」
そこで、彼女は『視線』に気づいた。
自分を見る目。注視している気配。
誰もありすに気づかない群衆の風景の中で、ただひとつありすの方を向いている、赤い影。
他人に顧みられることのなかったありすには、その視線の意味……ありすを見る意図の感情に気づくことはなかったが、それだけに敏感に反応した。
「見つけた!」
華咲く顔で、指を指して、めいっぱいに叫んだ。
声も届いたのか、影は生い茂る木々の隙間にするりと入って消えていく。ありすも臆することなく後を追いかけていく。
「あは、追いかけっこだね!まてー!」
なにせやっと見つけた遊び相手だ。逃げられたくはないし、逃してしまえば遊びは自分の負けだ。
なにより、怪物以外で自分を見てくれたのが、どんな顔か見てみたい。
気分はまるで時計ウサギを追いかける童話のアリス。小さな体を急かし立ててありすを走らせる。
とはいえ、逃げる方が成人程度の背丈があるのに対して、追う方は十にも満たぬ矮躯である。歩幅からして違いが大きすぎる。
体力の差も鑑みれば、逃げる方が立ち止まらない限り、捕まえられる可能性など微塵もないのは当然のこと。
時間が経つにちれ、見る見る内に影は遠ざかってく。何度目かの裏路地の角を曲がり、このまま置き去りにして眩ませてしまおうかという段に―――背後からの声に呼び止められた。
「追いついた!ありすの勝ち!」
声の主は当然、期待に胸を膨らませたありすだ。
少女が思いの外健脚ったのか、しかし近道もなく数十メートルの距離を一瞬に詰める移動をしても、息ひとつ切らした様子もない。
もし逃げた人物に、ここ最近スノーフィールドで流れる極東の噂話の知識があれば、
電話をかけるたびに受けた相手に近づく少女の霊の怪談を思い出したかもしれない。
それは超常。それは魔術。
転移という、ある地点から地点への移動を過程を抜きにして空間を直接飛び越えて終える、魔術の最奥のひとつ。
空間転移は根源―――魔法の領域に指をかけている術だ。実現するには稀代の魔術の腕と然るべき費用と時間を求める。
遊び目的で追いつくために使用するのも埒外なら、準備も時間もかけず式を完了させているのも埒外だ。
さらに彼女はサーヴァントではない。神代に生きた稀代の魔術師ならいざしらず、魔術を知らない幼子の業と知れば、尋常の魔術師が見れば卒倒しかける光景であっただろう。
「お姉ちゃん、あたしが見えるのよね?ね、一緒に遊ぼう?」
為した事の異常さを自覚せず、ありすは影―――いや、この距離まで近づけば後ろ姿からでも体格からで判別できる女へと話しかける。
女は立ち止まったままありすに振り返ろうとしない。
「なんだか真っ赤っかなかっこうね。赤ずきんみたい」
ありすが言った通り、女の姿は赤一色だった。正確には腰まで伸びた黒の長髪が見えているが、女が着る赤いコートの色がそのような印象を与えているだけ。
薄暗い道にあって、その赤は色濃く映り、その空間だけ赤い血で染められているかのよう。
あるいは、生き物の血に爛れた口内か。
それから、ゆっくりと女が振り向いた。
顔の大部分は白いマスクに覆われて表情は窺えない。見えているのは両眼のみ。
その眼が、ありすを見る。愛おしそうに、羨ましそうに、妬ましそうに、憎らしそうに。禍々しく、悍ましく、恐ろしく、凄まじく。
マスクの紐に指がかかる。ずれたマスクの端から黒い孔が覗いた。
かけた指を引き離す。両の耳まで裂けた、女の貌の全てが露わとなる。
そして裂けた口で、ありすにこう問うた。
「私、綺麗?」
女が嗤う。
女だった妖怪(モノ)が嗤う。
いや、嗤ってなどいないのかもしれない。不出来な三日月のように弧を描いた口が、思い切り顔筋を釣り上げた笑みを浮かべているように見えているだけ。
その本質は殺戮。目的は恐怖。
問いに意味はなく答えもない。出会う者を区別なく自分と同じ醜き顔に引き裂く通り魔。
都市伝説。スノーフィールドに俄に立ち昇っている、唐突に極東の国より流れてきた妖怪の話。
口々に『乗る』噂という特性が生んだ例外的な騎乗手(ライダー)。
話には尾ひれが付き口伝で歪み本来の形すら忘れられ、ここに幻想と成って果てた、"口裂け女"という伝説が舞台に昇ってきた。
その伝承の残り滓、出逢えば刻まれてしまう妖怪を目の当たりにしたありすは、
「きゃっ」
と、可愛らしい悲鳴を上げるのみだった。
「びっくりした。赤ずきんかと思ったらおおかみだったのね。おばあちゃんに化けて娘をひと呑みにしちゃう、わるいおおかみ!」
「私、綺麗?」
どこからともなく包丁を取り出して近づいてくる口裂け女を前にして。
嬉しそうにはしゃぐありすの顔は、死を間近にした恐怖の色に染まってはいなかった。
「やったあ!一緒に遊んでくれるんだね!あたし、ずぅっと待ってたの!」
むしろサーカスで楽しみにしてた出し物を見たような、好奇心と期待をありありと乗せている。
感情が喪われている、わけではない。少女の数ある恐がるものの中に、今襲いかかる妖怪は含まれていないというだけ。
本の物語に出てくる『こわいかいぶつ』が、『病院や医者』のような痛い記憶を生み出さないだけのこと。
「ァ゛―――――――」
「…………あ」
そして、彼女は怪談に出てくるただの被害者ではない。
認識しておらずとも彼女はマスターであり、そこには常に、傍に立つ守護者にして破壊神が在る。
「ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
地を震わす咆哮と共に凶獣が動く。
流れる緑の血は異形。引き裂かれるまでもなくその口は人ならに獣のそれ。
死神のバーサーカー。無垢なる少女の魂の安寧を願うべくその心を代償にした堕ちたる英霊は、にじり寄る口裂け女の前に立ち塞がった。
「■■■■■■――――――!!」
「ぁぁあああああああ…………!」
人語にならぬ狂声が混ざり合う。
対峙する妖怪(クリーチャー)と怪物(モンスター)。
相克する伝説(フォークロア)と神話(ミトロジー)。
ここには正しき英雄など存在せず。しかし紛れもなく、聖杯戦争のあるべき形を取っていた。
「それじゃあ、遊びましょう?たのしいたのしいトランプ遊び。ポケットの中、服の下、ぶ厚い肉の底に隠したトランプを引っ張り出しちゃおう!」
緩やかなありすの声を合図に、二体は互いの武器を振るった。
化物同士に、殺し合いの前に気取った挨拶も客員作業もない。獲物がいて敵がいる。それで理由は両手に余る。
赤い妖怪(ライダー)が手にした包丁を振るう。構えも歩幅も出鱈目な、素人目にも洗練されてない動きだが、生まれる早さと重さは常識外だった。
自己保存の防衛本能など捨てた妖怪は、後先を考えずに自己崩壊も厭わずに相手を殺そうと全力を投入する。
恐怖の濃度で能力が高まる都市伝説の特性、様々な妖怪の伝承を取り込み、魔獣の位階に達したものに付与される怪力性。
その全てを砕き散らして、緑の怪物(バーサーカー)の暴威が妖怪の裂け広がった口に叩き込まれた。
「ぁ゛、あ゛あ゛……!?」
赤いコートが、新鮮な赤色で塗り直される。
噂話にある、口裂け女に出会った被害者と同じ結末。違いは自身の血で濡れている点。
喉の奥まで腕を突っ込まれ悶絶する口裂け女。
バーサカーの腕は全身が禍々しく突起に覆われており、この時点で口腔内はズタズタに刻まれ今なお鮮血を撒き散らす。
このまま出血多量か窒息に死に至ってもおかしくないが、口裂け女もさるもの。絶命する最後の瞬間が来るまで抵抗の意思を消しはしない。
腕を一本塞いだのを幸いに、まだ手に握った刃を距離が詰まったバーサーカーに突き刺そうとする。
「■■■■■■■■■――――!!」
だがそれよりも一手早く、バーサーカーは突き入れたままの右腕を『下に振り下ろした』。
ベリベリと肉を引き剥がす、聞くだに恐ろしい破滅的な音。
口裂け女の姿は、今までは人の姿を保っていただけまだ生温かった思わせるほどの変貌していた。
下顎どころか胸元を心臓ごと抉り持っていかれた格好は、皮肉にも恐怖の度合いは数段増していて、もはや女としてすら映らなかった。
声を発する器官も潰され、ぜいぜいと断末魔の痙攣を繰り返す口裂けの妖怪を、バーサーカーは逆の手に持った鎌で何の躊躇も見せず首を切り落とした。
縦横に割れた顔が地面に落ち、制御を失った胴体も崩れ落ちる。
それで終幕。
小波を大波が飲み込んだ後のようにあっさりと。サーヴァント戦と呼ぶにはあまりに呆気ない始末。
血の水溜りに転がった死体はそれきり動かず、次第に砂の粒子に崩れていく。
加害者は被害者に置き換わり、通り魔事件は過去の記録として幕を閉じる。
やがて死体は完全に消え去り、後には何も残らなかった。
「あれ?」
その結果にありすは首を傾げた。
「トランプ、どこにもないね。持ってなかったのかな?」
目当てだった聖杯符(トランプ)を落とさず口裂け女が消えた地面を不思議そうに見つめる。
これが常なるマスターであれば、異常な事態に思考を働かせ、様々な可能性に思い至るだろう。
しかしぼんやりとした感覚でしかルールを把握してないありすは、ただ呆然としているだけ。
このまま時が経てば綺麗さっぱり忘れ、また新たな遊び相手を探し回りに行くのだろう。
しかし、そうはならなかった。
「―――演劇中断(カット)」
落ち着いた男の声が、こぼれて聞こえた。
光の届かない森の闇から、新たな影が足音も立てず浮かび上がる。
「カットと言うしかあるまいよ」
深夜の大気を切り取った色をしたローブを纏った、金髪の男だった。
洒脱な雰囲気は貴族めいており、そのまま落成式やオペラの舞台にでも上がれそうでもある。
「劇の最中に割り込みとはマナーがなってないお嬢さんだ。しかも役者を壇上から叩き出してしまうとはあまり感心しないな。
出番が待ち遠しいにしても、演目(ステージ)のお披露目は順番を守っていただかないとね」
「おじさんはだれ?」
「誰、か。その問いに意味はない……と言いたいところだが、生憎今の私は『噂』に成り果てるより前の個として成立してしまっている。
さりとて自ら名を明かして『私』を広める必要もなし、なにより芸がない。ここはひとつ、タタリとでも呼んでくれたまえ。
精緻な硝子細工のお嬢さん。君の名を伺っても?」
「あたし?あたしはありすだよ。タタリのおじさんも、ここに遊びに来たの?」
「ふむ?」
ありすはどこまでも無邪気に聞いてくる。
目の前の男が人を喰らう
吸血鬼の王の一角、500年に渡って血の海を飲み干してきた真性の怪物であるなどと露とも勘付かず。
その反応を怪訝に思ったのか、ズェピアはありすに再度問いかける。
「聖杯戦争、という単語に覚えは?」
「なにそれ?」
即座に返された答えに、何かを精査するように硬直するズェピア。
一秒の後、指先の伸びた爪を額に乗せて、全てに合点がいったという風に頷いた。
「ありす……ああ、ルイス・キャロルだね。異界を迷い歩くヒロインの物語。
世界で最も広まった童話は、それ故に後世にて多くの改変を受け世に再版された、メジャーな二次創作ともいえる。
……ふむ、これは拾い物かもしれんな」
「?」
形の良い貌には、笑みが張り付いていた。夜空に浮かぶ、細い弧月の形。
「まさかこのような場所で、かつての『私』だった姿と相見えようとは。
君は過去を捨てることで童話の住人そのものへと転生を遂げた。その肉体もある種人々の夢想で形作られた魂の外装であり―――」
口裂けた形相のまま、不思議そうに見つめるありすにゆっくりと歩を進めていき―――大気を震わす狂気にそれ以上の前進を阻まれた。
「■■■■■■■■■■■……!」
意味を見出だせない獣の唸り声を上げるバーサーカー。
顎を開き、死神の鎌を掲げ威嚇する様は、口裂け女との比ではなかった。
空気が膨張せんほどに溢れる殺意は、狂戦士としての戦闘本能だけに収まる理由ではない、明確な意志を示していた。
――――それ以上彼女に踏み込んでみろ、俺は貴様を殺す。
「カテゴリー番外位(ジョーカー)か。面白い」
前にこそ進まないがそれを涼風と受け流すズェピア。
ともすれば通常のサーヴァントに匹敵する霊基を保有した吸血鬼は笑みを引かせ、興味の対象を怪物に移した。
「先程の戦闘を見せてもらったが、名に違わぬ鬼神の如き強さだ。
忌々しい代行者の声を借りた監督役によれば、聖杯苻の数字とサーヴァントの割り振りに直接の因果関係はないらしいが、君に限ってはそうではないらしい。
単なる数値上の話だけではない、我々のような死徒と同様―――人類の歴史そのものを否定する概念に即した力の類が垣間見える。
もし君の性質が絵札の通りだとすれば、人に属するサーヴァントに対して絶対的な権限を押しつけられると踏んでるが、どうかね?
おっと失礼。狂気の淵にいては返答を望むべくもないか」
次々に言葉を並べていく。科学者が自身の考察と持論を聴かせるのと同じ風に。
しかし聞く相手に理解を求めず展開していくのはむしろファックスの用紙を流し続けるコピー機の方が似ていた。
「トランプゲームのおけるジョーカーとは、最強の一枚に数えられるのが常だ。スートの番外位であり単純にあらゆる札に強く、ペアでは他の札の代用に使えるからだ。
あらゆる役に成り代わり、圧倒的に場を蹂躙していく死神道化。ああ、私(タタリ)の性質にも近しい部分でもあるだろう。
しかし何事にも例外はある。とかく最強や無敵と安く冠されるものについては特にそうだ。公正を旨とするゲームでは尚更さ。私(ズェピア)がそうであったようにね」
一度、そこで言葉を切る。
「ちなみに、あるゲームにおいてジョーカーは、特定のスートの3の札に弱いとされている」
再び言葉を出した後、わざとらしく懐から出した懐中時計を開いて見せた。
「"丑三つ時"だな」
呟いた、瞬間。
「私、綺麗?」
有り得ざる声が、閃光と同時にありすに降りかかってきた。
頭上から伐採用の鋏を持って落ちてくるのは、誰あろう都市伝説。
赤いコート、耳まで裂けた口、どれもがさっき逆に引き裂いた口裂け女と同一の姿だった。
「■■■■■■■■!」
しかし能力も同一であったのか、奇襲にも関わらず口裂け女の斬撃はバーサーカーの黒い手に掴まれた。
飛翔能力で飛び上がろうとしたが、バーサーカーの腕力でそれも叶わずそのまま壁に叩きつけられる。
死亡確認もせず幾度となく繰り返し、掴んだ肉塊が「たたき」になっても生命活動が終了した途端に肉体は崩れ去り、同じく塵へと帰っていった。
それでもバーサーカーの怒りは止まない。二度に渡って己のマスターを狙うのは日に油を注ぐに等しい行為だ。
仕掛け人である今のライダーのマスターに相違ないズェピアの方へ向いて―――肝心の敵が既に消えていた事によりたちまち殺意が冷却された。
『ここまでだな。流石に軽々に三体目を失うわけにはいかない』
声のみが空間に反響して聞こえてくる。
二体目の口裂け女の出現はありすの殺害ではなく、場を仕切り直すための時間稼ぎだった。
「タタリのおじさん、あたしと遊んでくれないの?」
『済まないが私は多忙の身でね。この街により多くの物語を配給しなくてはならない。噂を流し、恐怖を広め、中途で頓挫した劇の再演に至らなければならない」
つまらなさそうに顔を膨らませるありす。やっと遊び相手になれそうな人を逃したことが不満の様子だ。
そんなありすを宥めようとしたのか、ズェピアから言葉が付け足された。
『だが……君に遊びの場を提供するぐらいはできる』
「ほんとう!?」
飛びつく勢いでありすが聞き返した。
『ああ。既にヒロインは先約済みだが、飛び入りを認めぬほど無粋ではないよ。劇のキャスト欄に加えておこう。
―――君という亡霊を、新たな都市伝説に組み込む。挿絵から飛び出たナーサーリーライム。しかし具現するは悪夢!
そも童話とはアンデルセンを引き合いに出すまでもなく、陰鬱を秘めるのが常。幕間の題材としては上々だ。
そうすればこの街の住人も、もう二度と君から目を離さずにはいられなくなるだろう』
「わあ……!」
ありすの瞳にたちまち星の輝きが満ちていく。
ありすの欲しがっていた、決して手に握れなかったものを、与えようと。
どれだけ絢爛華やかな景色であっても、その中で切り離されていたありすにとって、外の世界はどこも色褪せていた。
誰とも話せない、誰にも見向きもされない。生きていないありすの時間は、活きてすらいなかった。
そのモノクロだった世界に、色が取り戻される。想像するだけで
――――――"タタリの夜"による再現という、致命的な齟齬に気づかぬまま。
「チケットは後で手配しよう。脚本にそれなりに時間はかかる。
それまで自ら噂を生み出すもよし、新たに舞台を立ち上げプリマドンナに躍り出るもよしさ。
ああ、それとこれは助言だが、君に気づいた相手とは積極的に遊ぶといい。その分だけ開幕のベルは早まるからね―――」
そんな言葉を最後に、今度こそズェピアは消えた。姿から遅れて声の残響も完全に無くなり、夜の静けさを取り戻す。
「ありがとうおじさん!あたし待ってるね!」
どこに行ったのかは分からないため、適当な方向に手を振って見送る。
二人きりになっても、ありすの興奮はまだ冷めなかった。くるくる回って喜びを表現する。ほんのり赤くした白磁の頬に夜風が心地いい。
このまま朝まで街中を探し回りたい気分だったが、そこで限界が訪れた。子供には決して耐えられぬ誘惑が。
「あれ……なんだか眠くなっちゃった……」
急速に睡魔に襲われ倒れかかったありすをバーサーカーが受け止めたる。触れれば肌が裂ける突起だらけの腕で、決して傷つけないように。
「……」
「そうだね、もう夜だもん……寝なくちゃいけない時間だったけど……あんまりにも楽しくて忘れちゃった……」
空間転移を苦もなく使用し、魔力喰らいのバーサーカーを容易く運用するタネと仕掛け。しかし消耗自体が皆無なわけではない。
気づかぬ内にも刻一刻と砂時計の中身は下に落ちていく。その果ては器ごと割れ砕ける魂の全損。
本人にとっては、単なる遊び疲れとしか捉えないだろうが。
「……」
「そうだね……今日はもうお休みにしよう……。これからは、色んな人達といっぱい遊んべるんだもん……。
お茶会もして……鬼ごっこや隠れんぼをして……」
微睡みに落ちていく中でもありすは言葉を止めようとはしなかった。
うつらうつらと、明日やりたいことを口にする。そうすれば、希望は現実に成ると夢見るように。
「ずっとずっと……楽しい時間を…………永遠に……………………」
やがて瞳が閉じられ、静かに寝息を立て始めたありすを、バーサーカーは抱えた状態でその場に佇み続ける。
放出していた獣の威圧も静まり返った夜気に消え、伝説にある戦いの後のベルセルクの戦士のように虚脱に陥っている。
それは狂気が消え、空虚な精神の中から表層に現れたただ一つの意志。
死神は眠る少女の安寧を乱さぬよう、只々鎮まり、立ち尽くしていた。
降り注ぐ雨風を凌ぐ家のように、堅固に。
我が子を抱き寄せて守り抜く、母の彫像に似て。
いつまでも。
いつまでも。
♡♥
――――――――死神を連れた白い少女の噂―――――――――
♡♥
【どこか/一日目 早朝】
【ありす@Fate/EXTRA】
[状態] お休み中、魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[所持カード]
[思考・状況]
基本行動方針:遊ぶ
1. ゆめのなか。
2. タタリのおじさんの劇で、みんなと遊べるといいな。
[備考]
※聖杯戦争関係者以外のNPCには存在を関知されません。
【バーサーカー(
ジョーカーアンデッド)@仮面ライダー剣】
[状態] 狂化
[装備] 『寂滅を廻せ、運命の死札(ジョーカーエンド・マンティス)』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:ありすの守護
1. ――――――
2.―――■■
[備考]
※聖杯戦争関係者以外のNPCには存在を関知されません。ただし自発的な行動はその限りではありません。
【いずこか/一日目 早朝】
【ズェピア・エルトナム・オベローン@MELTY BLOOD(漫画)】
[状態] 魔力消費(小)
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[所持金]
[所持カード]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を以て再び第■法に挑まん
1. 『口裂け女』の噂を広め、ライダーの力を増す。
2. 次善策にありすを『都市伝説』に組み込む。
[備考]
『死神を連れた白い少女の噂』を発信しました。ありすや口裂け女への影響はまだ未知数です。
【ライダー(口裂け女)@地獄先生ぬ~ベ~】
[状態] 2体消失(即時補給中)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:殺戮
1. 私、綺麗?
2. これでも?
[備考]
最終更新:2018年04月15日 21:18