始まりはZero、終わりならZet◆yy7mpGr1KA




建物から建物に飛び移り、街中を移動する男がいた。
速度で言えばそれは英霊に及ぶべくもない。
しかし看板や僅かな凹凸を利用して飛んで撥ねて移動するその新しい技術は英霊であっても真似るのが難しいものだ。
そんなフリーランの技術をサンドマンが披露するのもこのあたりではそう珍しいものではなくなりつつあった。
赤信号であっても道を飛び越えることで渡る彼の姿に驚く者もいるが、写真を撮ったりといった反応は見られない。

『調子はよさそうだなマスター』

サンドマンの脳裏に相棒の念話が響いた。

『二つ先の建物の屋上にいる。合流してくれ』

聞こえた通りに前方やや上に視線をやると穏やかな笑みを浮かべたジェロニモの姿が見えた。
大きく加速し、建物をクーガーのように上って即座にそれに合流する。

「やあ、新しい靴には慣れたかな」
「問題ない。大枚叩いただけあっていいものだ」
「何よりだ。足元を固めるのは大切だからな。新兵にモカシンづくりを教えたのも懐かしい思い出だよ。君も教わったかな?」
「昔、姉と一緒に父から教わった。今でも一族の誇りとしてよく覚えているよ」

二人して思い出話に浸る。
しかしすぐに気持ちを切り替えるようにジェロニモは懐から凶器を取り出し、サンドマンへと差し出す。

「では先日も言っていた精霊の祝福を受けたナイフだ。これならサーヴァント相手の殺傷もできる。
 何分シャーマンとしては二流もいいところでね、精霊との交渉に時間がかかって済まなかった。出来はその分保証する」

サンドマンはゆっくりとそれを受け取り、手ごたえを確かめるように二度三度振るうと、鞘に納めて腰に下げた。

「それだけか、と思うかもしれないが下手な武装を与えるよりは君のスタンドの方が有効打になりそうだしな」
「いや、これで十分。刻む音と衝撃音はこれで出せる。あとはどこかでライターでも調達すれば武装に足る」
「そう言ってくれると助かるよ。それに手土産には他にもある。情報というね」

知的な笑みを深め、コヨーテの精霊に確認するようにジェロニモの声が飛ぶ。

「……さて。君には教会を離れたあと足元を固めてもらっていた。その機動力は間違いなく武器になるからね。
 その間に私は武器を作るとともに精霊の声に耳を傾けていた。やはり私以外にも魔術でもってこの地で暗躍するものがいる」

ジェロニモは指を三本サンドマンに立てて見せた。

「まず一人。私と同じように土地の魔力を借り受けている者がいる。奪うのではなく、借りる。おそらくは私と同じシャーマンか、その系譜だ」

相手の魔術師は精霊と直接交渉していなかったため、コヨーテの精霊と直接やり取りするジェロニモ相手にその存在を秘することはできなかったのだ。

「さすがに素性まで明かしてはくれなかったが、魔術師としては私と比しても格下だ。こちらから相手の魔術を完封することも難しくないだろう」
「ねらい目か?」
「落ち着け。サーヴァントならば容易い相手ということだが、マスターだとするなら未知数になる」

急いた発言をするサンドマンを制するように指を折ってみせる。

「二つ目は極めて広範囲かつ高度なものだ。立木の一つ一つから未知の一本に至るまで恣意的に作られている。
 魔術の寓意だけでなく現代の技術も用いられているらしい。精霊にも私にも分からないことが多い」

屋上から街並みを見渡すようにジェロニモが視線をやる。
サンドマンもそれを追うように見た。
目に映る街並みに魔術的に手が加えられているというのは驚きがあるが、納得する点もある。

「そこまでの大規模となると一参加者のものか疑わしいな」

SBRレースの裏の目的にも、アメリカ大統領が絡んでいた。
開催する側のものならそれくらいはやっているだろうとサンドマンには思えた。

「私もそう考えるよ、サンドマン。神秘の秘匿というのは個人の裁量以上に組織的な都合が大きいはずだ。おそらく運営の仕込みではないかな」
「なら運営に睨まれるには相当やらかさなければ問題ないか」
「多少の騒ぎなら一般人は気にしないようになっているのだろう。事実君が街中を跳びまわってもあまりに反応が薄い」

少し悪戯気味に笑っていうジェロニモにサンドマンもつられて笑う。

「試していたのか」
「結果的にはな。だが得たものはある――」

突如としてジェロニモがサンドマンを屋内に放り込み、自らも即座に霊体化して姿を消す。

「どうした!?何があった!?」

咄嗟にスタンドを出し、サンドマンも戦闘態勢に入る。
だが敵がいるなら霊体化するのはおかしい。

『いや、少なくとも精霊の気づく範囲に敵はいない。サーヴァントの感知能力のさらに外からだ、視線を感じた』

先ほどまでの動作とは裏腹に落ち着いた調子の念話がサンドマンに届く。

『何度も戦場で囚われたおかげか、どうも視線には敏感でね。隠れはしたが見られてしまったな……
 だがこの距離では向こうも何もできないだろう。このまま死角を動こう』

建物を目立たないように降りるよう示され、それに従って階段を降りだす。

『歩きながら続けるぞ。最後の一件は恐らくだがこの視線の主だ。
 この先に水族館がある。そこにも魔術師がいるらしいと精霊に聞いてね、何となく惹かれるものがあって様子を見ようと思っていたんだが……』

じっとサンドマンを観察するように視線を走らせるジェロニモ。
正確にはその背後に展開したスタンド、イン・ア・サイレントウェイを。

『悪魔の手のひらで目覚めたその異能……どうやら精霊の中にそれと似たものを知っているものがいるらしくてね。
 水族館にも似たものを感じていたのだが、それ以上に今の視線から嫌な予感がする。私が最後に囚われたあの戦いと同じ空気だ。単独で挑めば帰れまい』

ジェロニモの口から苦々しいものがもれるのをサンドマンは初めて聞いた。
その言葉に込められた痛苦も警戒も真摯に感じられる。

「となるとここは撤退か」
『そうだが、ただで退くつもりはない』

ジェロニモの口調に強さが戻る。
格上相手の戦いなど生前腐るほど経験した英雄だ。多少の実力差に怯えるだけなどということはない。

『最初に話した、土地の力を借りている者のことは覚えているな?高い確率でこの魔術師は我らの同門だ。
 最も攻略が容易い相手であり、同時に最も交渉もしやすい相手だろう。君の能力は使い魔を利用すれば強力なゲリラ戦術がとれる、有効なものだ』
「組めればよし。組めなければ――」
『ああ。故郷のために流す血としてしまって構わない。先も言ったが魔術師としては私が優る』

強い声に、さらに冷徹な響きが混じる。
獲物を見定める狩人のものだ。

『とはいえ敵と運営の情報を手土産にするのだ。そう無碍にはされんだろう』
「ああ。となると後の問題は」
『視線の主だな。無視してくれるならいいが追われると面倒だ』

建物の出口にたどり着き、ナイフをカーブミラーのようにしてサンドマンが周囲を見渡す。
ジェロニモがそれを感じた視線の死角となるように誘導する

『戦闘態勢は怠るな。これは逃亡ではなく撤退戦だぞマスター』
『わかっているさ、キャスター。多少はやらかしても運営も目こぼししてくれるというなら、加減も油断もしない』





【E-5 水族館から少し離れた地点/1日目 午前】

音を奏でる者@Steel Ball Run 】
[状態] 健康
[令呪]残り三画
[装備] ナイフ(精霊による祝福済)
[道具] 安物の服、特注の靴
[所持金] サンドマン主観で数カ月一人暮らしには困らない程度
[所持カード]
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯により知識と富を獲得して土地を取り戻す。
1. ジェロニモに従いこの場から離れる
2. ジェロニモと同じタイプの魔術師に興味


[備考]
※スノーフィールドでのロールはオールアップ済みのB級映画スタントマンです。



【キャスター(欠伸をする者)@Fate/Grand Order 】
[状態] 健康、霊体化
[装備] ナイフ
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針:サンドマンのために聖杯をとる
1. 視線の主から離脱する
2. 土地の力を借りる魔術師に接触する
[備考]
※精霊を通じて水族館に魔術師が陣取っていること、自分以外にも土地の力を借りている魔術師がいること、土地自体に魔術的に手が加えられていることを把握しています。
他にも何か聞いているかもしれません。







第八階位(カテゴリーエイト)……)

目に付いたのは偶然だった。
何かから逃避するように、何かに惹かれるようにスタープラチナで彼方を見るとその視界に黒人男性が突如として飛び込んできたのだ。
同時にその男がサーヴァントであることと、付随する情報が視界に映るが、次の瞬間には霊体化したのか姿を消したため殆ど記憶には及ばなかった。
認識できたのは容貌とカテゴリーだけ。
その後はマスターらしき男も、サーヴァントの残影もなく、身を隠しているのか見渡してもスタープラチナの眼ですら見つけられない。

(1キロ以上は離れていた。サーヴァントの認識能力もそこまでは及ばない筈だ。だがスタープラチナで見つけた瞬間姿を消し、それからも隠れているらしい。まさか気付いたか……?)

腕利きの工作員のように、ただ用心深く身を潜めるのが習慣になっているというだけの可能性もあるが、承太郎は戦場でそんな楽観視をできるタイプではなかった。
こちらの視線に、こちらが向こうを見つけたのに気付いていると断定する。
サーヴァントの感知の及ばない範囲であろうと、そういう能力とは別の次元に戦士というのは存在することを承太郎自身が歴戦の戦士である故に認識していた。
大海原で漂流していようと、砂漠の真ん中だろうといわゆる直感だけで敵の存在に気付くことはできるのだと。
では気付いたとしてどうなるか。
あの黒い偉丈夫は敵に気付かれ、気付いたとしてどう動くのか。

(撤退か、交戦か、交渉か、ってとこだが。明確な敵対はまだしていない相手に軽々に仕掛けるのはよほどの自信家か、あるいはバカかだ。もっとも……)

己の従える邪悪なる魔術師を討ちたいというのなら分からなくもないが。
自分ですら歯噛みする生粋の反英雄に、まともな英霊ならば強い反感を抱くことは間違いない。
しかし捕捉されたことを即座に認識し、姿を隠す聡明な英霊が拙攻に走るとは考えにくい。
一時的ではあろうが撤退するのが賢明な判断だろう。

(もし乗り込んでくるとしても、キャスターが手を加えたここを容易くどうこうはできないだろう。
 もしできたとしても……それはそれであのキャスターの消滅に繋がるなら構いはしない)

半ば自棄のような結論を出して、割り当てられた待機室のデスクに身を投げる。
深く息をつくと目にしたサーヴァントの姿がなんとなく目に浮かぶ。
力強さと知性の同居した色黒の戦士の姿はかつての仲間を想起させた。
歳をとりセンチになったせいか、次々と戦場を離れていった戦士たちのことが脳裏によみがえる。

(アヴドゥル、イギー、花京院。ポルナレフ、じじい……お前らならどうするだろうな)

イギーはさすがに想像が難しい。
誇り高くはあるが結局のところ人間の倫理観とは価値観を異にする生き物だ。
赤の他人より家族をドライに優先するだろうか。
花京院は、どうだろうか。
家族に何も告げずにエジプトにまで来た男だ。
家族思いではないのかもしれないが、スタンドという共通項のある仲間のためなら命を投げ出せる男だった。
家族もスタンド使いであるのなら、それを守るために修羅になることもあったりするのだろうか。
……いや、運命の車輪の本体を探して茶店の客を全員ぶちのめそうとしたときあいつだけはそれを止めた。
あの時のメンバーで、見ず知らずの人間を最も思いやれるのは花京院だった。あいつは、きっと悪意には染まらない。
アヴドゥルとは、歳の近い花京院やポルナレフと話すことが多かったせいかあまり家族のことなど腹を割る機会はなかったな。
あるいはあいつ、私の母のことやポルナレフの妹のことを気遣ってそうした話題を避けていたのか。
断言はしかねるがあの男が非道に手を染めるとは思い難い。
その気になればいくらでも好き勝手に振る舞う力のあるのがスタンド使いという人種だ。
特に強力なスタンド使いであるにも関わらず、占い師なんて殊勝な生き方を選ぶことのできる男が、DIOの誘惑も撥ね退けた男が堕ちるなどあり得るものか。

(……ああ、やっぱりいい奴らだった。あいつらならオレよりよっぽどいい父親になれただろうよ)

家族を失うどころか、伴侶を得ることすらなく逝ってしまった仲間たちに思いを馳せると、現状の自分の情けなさも相まって泣きたくなってくる。
自分と同じように、娘ホリィを守るために戦い抜いたジョセフと比べてなんと無様な。

(娘を守るために戦う父親の背中ってのはあの時さんざん見た。あんたがオレにDIOの能力を伝えてくれたから、あんたの娘の命は救われたんだ。
 命を懸けて、最期まで戦って、あんたは娘を救った。オレは…私はあなたのようにはなれなかったよ、おじいちゃん)

もしかしたら自分がDIOに勝ったように、徐倫がプッチに勝利することもあるかもしれないと何度希望的観測に逃げようとしただろう。
そのたびに出来るわけがないと歳をとり現実的に思考するようになった一面が否定するのだ。
娘の死という定まってしまった運命は承太郎を幾度も絶望へと追い込む。
しかし、時が経過するたびに娘を亡くした空洞を別のものが埋めていくのも実感していた。
娘を亡くした空虚な胸中に恨みというカスが満ち、承太郎の心を漆黒の殺意で染め上げていく。

(ポルナレフが復讐に走るのも分かるってなものだ。プッチの野郎をぶちのめせるなら10年の雌伏なんてなんでもない)

娘、ではないが妹を辱められたうえに殺され、復讐に生きた白銀の騎士がいた。
今の自分の心境に最も近いのは彼だろう。
彼は審判の暗示を持つスタンドに縋ってしまったことがある。
妹と仲間の命を、願望器に託したことがあるのだ。当時ならともかく今同じ状況に置かれた自分はその気持ちを痛いほどに理解している。

(……いや、違うな。オレはまだポルナレフと同じにはなれない。妹と親友の仇をとった誇り高い騎士と同じステージにオレは辿りつけていない)

復讐を遂げ、己の心に決着をつけたからこそ、ポルナレフは再会を望んだのだ。
未だそれを成していない自分がポルナレフと同じなどおこがましいにもほどがある。

(徐倫のいない世界であるならばなおのこと。プッチに、然るべき報いを与えなければならないッ!)

仇をとる。邪悪を討つ。
そのためならばまだ立ち上がれる。
黄金とは言えない意思の輝きが傍らに立つ像に力を吹き込んでいくのを感じられる。

(思えば失くしてからの戦いというのは殆ど経験がないな)

スタンドに目覚め、戦いに身を投じて20年以上経つ。
しかしその大半が母や叔父、娘を守るための戦い……1を0にしないための戦いだった。
失ってマイナスになってからの戦い、ましてやマイナスを取り戻して0に戻るなど奇跡的な機会に恵まれたことなど――

(たった一度だけ。殺された仲間の復讐だった。そして死んだ肉親を生き返らせた戦いでもあった)

DIOとの戦いが唯一の経験。
花京院とジョセフは直接、イギーにアヴドゥルは間接的に殺されその仇に燃えていた。
そして殺したDIOから血を奪い返すことでジョセフを生き返らせるという希望に縋りもした。
復讐のための戦いであり、同時に奪われた命を取り戻し0に戻るための戦いでもあった。
あの時の自分が一番強かったことはここでもケープ・カナベラルでも、13年前の杜王町でも痛感した。
ならばあの時の空条承太郎に立ち返ることこそが肝要。

たった一人の母親の命を守るためで、そのために仲間たちだけでなく、無関係の一般人やSPW財団員なども含め多くの命が犠牲になった戦いだ。
ジョセフの蘇生も相当のギャンブルだった。
吸血鬼の血を注がれたジョセフがもとのままであるかという不安はあったし、ジョセフもまたその可能性に即座に思い至っていた。

1を0にしないために、多くの命を費やした。
マイナスになったことに納得するため、復讐に身を投じた。
マイナスから0に戻るために外法に手を伸ばした。
なぜそれを罪悪とは捉えない?

――――――そこに巨悪を討つという正義があったからだ。
DIOという巨悪に貸していたものを取り戻すために、アヴドゥルも、イギーも、花京院も、SPW財団員も戦い、散ったのだ。
そしてプッチというその後継たる邪悪を討つべく徐倫のもとには多くの仲間が集い、逝った。
去っていった者から受け継いだものを大切に思うなら、その正義を違えることはできない。
まだ、自分には為さねばならないことがある。

(プッチを殺し、仇を討つ。決着を終えないうちにその先のことなど考えてはいられない)

希望に縋るのはあくまで『最後』だ。
では、『最初』にすべきは何だ?希望を眺め、絶望の中でいかにもがくべきか。

(笛木という邪悪も許してはならない……だろう)

迷いはある。
娘を亡くした父という同類ゆえの憐れみか。
聖杯戦争を戦うための同胞としての期待か。
だが揺蕩わず、僅かとはいえ偏った天秤は即座に傾く。
心中のくすんだ黄金が告げる。悪を討てと。
心中の鈍く光る漆黒が告げる。背を預けるに足る信頼がないと。

自嘲がこぼれる。
昔から理由さえあれば拳を握れるタチだった。
母や叔父は戦いの本能が不足したせいでスタンドに取り殺されかけるくらいには優しく穏やかだというのに、それに比べて自分の何と荒っぽいことか。
歳をとって昔よりは落ち着いたと言っても性根は変わらない。
一度そうと決めればプッチを、笛木を倒すべく思考は回り、腕に力がみなぎる。
右手に宿った令呪に命令を下そうとして――

(いや、キャスターは私の意向にかかわらず活動するだけの魔力をすでに得たと言っていた。
 事実上、いつでも私との契約を切ることができるということだ。ならばこの令呪もどこまで切り札になるか……過信はできない)

自害を命じようとするも思いとどまる。
決定的な決裂を生む命令を下せばさすがにあのキャスターも重い腰をあげてこちらを始末にかかってくるだろう。
真っ向勝負での勝機は薄い。
隙をつき倒す術か、上回る新たな力が必要だ。

(倒す手段……そもそも奴にスタープラチナは通じるのか?)

かつて日本で幽霊相手にスタンドが有効なのは確認した。
では英霊相手には?神秘を纏わなければ干渉すらできないというサーヴァントにはどうなのか。

(恐らくだが通じるはずだ。スタープラチナならサーヴァントを殴れる、有効打となりえる)

キャスターとの戦いで奴はこちらの攻撃を全ていなし、躱して見せた。
一つも直撃はしていない。
その技巧は目を見張るが、もし効かないのならばわざわざ避けるような真似などしないだろう。
あえて受けて見せた方がより深く絶望を演出できる。あの男がそれをしないとは思えない。

(ではなぜ効く?やつ固有の弱点なら、アキレウスの踵のような急所があるのか、ヘラクレスに対するヒュドラの毒のような死に関わる逸話なのか。あるいはサーヴァント全般にスタンドは有効な武器となりえるのか……)

倒しきる武器が用意できるならスタンドにこだわるつもりは毛頭ない。
必要なら銛やナイフを投げてもいいし、銃だって調達しよう。
何なら効果があるのか、知ることはそれが武器となる。

(私のスタンドはDIO、ひいてはジョナサン・ジョースターの肉体から影響を受け目覚めたものだ。生まれついてのものではない。
 だがスタンドは遺伝する。ジョースター家、ガイル親子に吉良親子、ダービー兄弟、虹村家にDIOの息子。それは確かだ。
 DNAにスタンドを発現する要素が刻まれ、脈々と受け継がれているのだ。ではそれはいつから?100年前?1000年前?もしかすると数万年遡るのか?)

待機室のデスクに深く腰掛けるとこの水族館のパンフレットが視界に入った。
風にあおられたか、そのページが捲れここで飼育されている幾つかの生き物の名前が目に付く。

(アロワナか。数万年前の化石そのままで発見されることもある古代魚、生きている化石。数万年前っつうーと人類最古の英雄より先輩だな。
 スタンド使いという人種がその時代からいたとするなら……スタンドが神代の産物だとするなら。
 神代の技能を再現しているならサーヴァントの有効打になるのも納得だが……)

ではなぜ、人類の遺伝子にスタンドの要素が発現したか。

(カギは弓と矢だ。あの鏃は成分的にはケープヨークに数万年前落下した隕石と同質のものだとSPW財団の調査で分かっている。
 隕石の中に眠っていた、宇宙由来のウイルスによりスタンドが目覚めるものだと。突然変異でなくウイルス進化によってスタンドがDNAに刻まれる。
 ならば隕石が飛来した数万年前の時点で、感染し進化した存在がいたはずだ。人間に限らず、犬やオランウータン、ネズミやハヤブサの祖先にもな)

仮説ではあるが。
ローマの建国も置き去りにするほどの神話の時代においてスタンド使いはすでに生まれていた。
もしやスタンドを宝具とする神話の英雄とてあり得るかもしれない。
DNAを通じて脈々と伝承に語られるような力を受け継いできていたと考えられる。

(神代の維持者…いや、ウイルスのキャリアというべきか。神代の保菌者……伝承の保菌者?
 ……やれやれ、妙な学名をつけたがるのは学者のサガか。それともアヴドゥルが移ったかね。
 だがもう一歩。実習と実験が必要だな。再現性がなければ仮説は仮説で終わる)

スタンドが実際に通用するかどうかは確かめておかなければならない。
そしてできるなら時を止める以外にももう一つ欲しい。
スタンドのその先、サーヴァントにも鬼札となりえるものが。

(吉良はどうやら矢を改めて突き立てることでバイツァ・ダストなる能力を発現したと予測されていたな。
 結局行方不明のまま終わった矢と同化することで吉良はさらに進化したと、SPW財団内では考えられていた。
 貴重な矢で、命がけでやる実験としちゃリスクが過ぎるせいでやれてなかったが、ウイルスを直接大量に体に取り入れることでスタンドは進化する可能性がある。
 スタープラチナでも、スタープラチナ・ザ・ワールドでも届かないなら更なる高みへと手を伸ばす必要がある)

だがここに弓と矢はない。
ウイルスをブチ込んで進化させるのはできそうにない。
ならば、スタンドの進化について思い当たる手段はもう一つしかない。

(必要なものはスタンド、ザ・ワールドである……問題ない。スタープラチナとザ・ワールドは同じタイプのスタンドだ。
 私は断じて奴の友ではないが、この身に流れる血は奴の体、ジョナサン・ジョースターのそれを受け継いだもの。資格はある。そもDIOやプッチの野郎が天国にいけるというなら欲望をコントロールできる聖人である必要性なんざあるとは思えねー)

脳裏に浮かぶのはかつて焼き捨てた悍ましき進化への道筋。
24年前に一度見ただけで今もなおはっきりと記憶している。

(らせん階段。カブト虫。廃墟の街。イチジクのタルト。カブト虫。ドロローサへの道。カブト虫。特異点。ジョット。天使‐エンジェル‐。紫陽花。カブト虫。特異点。秘密の皇帝)

14の言葉。
その意味など分からないが、これも覚えている。

(スノーフィールドの座標もどうやら緯度上はケープ・カナベラルに近い。重力の条件を満たす地点もあるはずだ)

最大の問題であるものの入手もこの地では用意されている。
ダービーのようにコインにするでもなく、プッチのようにDISCにするでもなく、誰もができる手段で、この戦場では魂を保存し手元において置くことができる。

(必要なものは極罪を犯した36名以上の魂である。だがこれがあくまで罪人の魂に強い力が宿るからだというなら、より強大なエネルギーを持つ者を用意できれば36も必要ないはずだ)

そう。
例えば、英霊の魂ならば1つでも十二分な力を秘めている可能性はある。

(キャスターは力を得る行為のことを魂喰いと言っていた。サーヴァントは人の魂を喰らい力を蓄える特質がある。
 そして監督役が言っていた。聖杯符はサーヴァントの核……おそらくは魂を固定したものだと)

聖杯符を糧に、引力の力をこの身に受ければ。
恐らく、スタープラチナ・ザ・ワールドはスタンドのその先、天国の果て(オーバーヘブン)へとたどり着くだろう。
加速する時間の果てに何があるのかは分からないが、恐らくは伝承保菌者(ゴッズ・ホルダー)のかつてあった形へ。

(サーヴァントと戦い、スタンドが通用するのか確信を得る。
 あわよくばそのサーヴァントから聖杯符を手に入れ、プッチや笛木を倒す切り札とする。
 最初にすべきことは、そのあたりか。幸いターゲットも目に付いた。まるで引かれあうようにな)

決意が定まる。
全身に力を漲らせ、ゆっくりと椅子から立ち上がると

「スタープラチナ・ザ・ワールド」

その呟きと共に世界が染まる。
動く気体も流れる液体も全てが静止した、たった一人の冷たく孤独な世界に。

「あと4秒」

視点を一ヶ所に定めると承太郎は歩き始めた。

「あと3秒」

歩んだ先には黒い魔犬を模した笛木の使い魔がいる。

「あと2秒。オラァッ!」

軽めのパンチをスタープラチナが繰り出し、使い魔へと直撃させた。

「少しだが安心したぜ。使い魔を殴れるならこの調子でサーヴァントも殴れるといいんだが……あと1秒」

残心もなく使い魔に背を向け、座っていた椅子の前に戻る。

「そしてサーヴァントといえど止まった時を認識することはできないらしいな。文句の一つも飛んで来やしねえ。
 ……時間だ。時は動き出す」

世界に色と命が戻る。
止まっていた空気が震えて音を伝え、拳を繰り出す音と直撃した音が同時に承太郎の耳に届く。

「聞こえてるな、キャスター。第八階位(カテゴリーエイト)を発見した。まだ近くにいるはずだ……倒すぞ」

どす黒い殺意の籠もった声でそう告げた。
その意志の向かう先は娘の仇か。使い魔の向こうの邪悪か。
…………あるいは彼のすがる最後の希望か。
黄金の意思を黒い殺意で鍍金して、クルセイダーは歩み出す。



【F-6 水族館内、待機室/1日目 午前】

空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 Part6 ストーンオーシャン】
[状態] 漆黒の殺意、若干の迷い
[令呪]右手、残り三画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金]
[所持カード]
[思考・状況]
基本行動方針: 『最初』に邪悪を滅ぼす。『最後』には……
1. 第八階位(カテゴリーエイト)を発見し倒す。
2. スタンドがサーヴァントに通用するか実験する。
3.聖杯符を入手し、可能ならスタンドを進化させる。

[備考]
※スノーフィールドでのロールは水族館勤務の海洋学者です。
第八階位(カテゴリーエイト)のステータス及び姿を確認しました。


006:少女と竜と分岐点 投下順 008:your fairytale/Bad Apple princess
時系列順 009:英雄と蛇、邂逅(前編)
OP2:オープニング 音を奏でる者 010:止まる『世界』、回る運命(前編)
キャスター(欠伸をする者)
空条承太郎

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最終更新:2018年01月22日 22:38