少女と竜と分岐点◆aptFsfXzZw
奴隷と王様と、貧者と金持ちと、英雄と悪漢と
役割に甘んじるかぎり、誰もが運命の下僕に変わりはしない。
シェイクスリー公爵 「劇場の世界の劇場」 皇歴一二九年
◆
スノーフィールドの東西南北を取り囲む、四種の大自然。
その内、東に広がる湖沼地帯に、
ティーネ・チェルクを載せた車は到着していた。
「お疲れ様でした、ティーネ様」
「そちらこそ」
労いの言葉を掛けてくる、偽りの同胞に言葉を返しながら、ティーネは脇に目をやった。
この運転手にティーネが魔術による暗示を施した後、実体化していた同乗者――セイバーのクラスで以って現界した英霊に。
アッティラ・ザ・フン――今は
アルテラを名乗る、偉大なる征服の大王。
「……む」
可憐な少女の姿で顕れた破壊の大王は、最早好意を隠すことなく、カエルを模したマスコット人形をその胸の中に抱いていた。
曰く、日本を端とするこのゲコ太人形というキャラクターグッズは、在住する熱烈なファンが本国より取り寄せ続けた結果、スノーフィールドの街でも取扱店舗が存在するようになったらしい。
どこまで本当なのかはわからないが、何故か土地守の民の役割を与えられたNPCはこれをティーネの慰みにと購入してきたらしい……確かにアメリカ製品を渡されるよりは遥かにマシだが、その行動は理解に苦しむ。
だが、そんなNPCの行動も、セイバーの興味を惹いたのならば悪くはない、のかもしれない。
寸前までの、今にも街を焼き払いかねなかった剣呑な雰囲気は何処へやら。ティーネからその人形を献上されたセイバーは、「ゲコ太は良い文明」などとすっかり気に入っていた。
それまでの機械的な印象を裏切る彼女の様子は、ティーネがその人となりを理解するにはまだ及ばずとも、一先ず良い方向に機嫌を動かせたのなら好ましいと思えた。
「畏れながら、大王」
「……わかった」
その愛着も、制御に難が出るほどの執心ではないことは幸いだ。ティーネが促せば、セイバーは惜しむ様子ながらも一旦人形を手放し、霊体化して姿を消してくれる。
聖杯戦争という本題を見失うことなく、不可視化したセイバーを伴って、ティーネは車から降りた。
スノーフィールド郊外の中でも、比較的開発の進んだこの一帯には、幾つかの別荘地が点在している。
この場所はその内の、ティーネ達の一族が所有する――と、ムーンセルに設定されたペンションの所在地だった。
そして、この街中から外れた宿泊施設にティーネ達が今回足を運んだのは、もちろんここで愛すべき郷土が誇る大自然を満喫するため、などではなく。この場所を隠れ家として提供した外様との協力関係を、再確認するためだ。
即ち、国境を越え活動する破壊活動組織『曙光の鉄槌』との、確固とした同盟締結が目的なのだ。
――堕ちたものだ、とティーネは内心で嘆息する。
魔術という拠り所すら存在しないとはいえ、誇り高き土地守りの一族が、テロリストと手を組むなど。
「(マスター)」
所詮、ムーンセルが配役したに過ぎない偽りの同胞ではそんな程度か――などと一方的な落胆を続けていたティーネの脳内に、直接響く声があった。
「(いかがされましたか? 大王)」
霊体化したセイバーからの呼びかけだと気づいたティーネは、何を考えているのか伺えない、抑揚のない声に尋ね返した。
「(居るぞ、この中に――サーヴァントが)」
セイバーは変わらない様子のまま、その続きの言葉をティーネに聞かせた。
◆
数分後。
『曙光の鉄槌』が拠点とする屋敷、その地下室。
その扉の前に、ティーネは一人で立っていた。
随伴するはずだった一族の大人達も、浅黒い肌に彫りの深い顔つきの『曙光の鉄槌』の構成員たちも、ティーネが一人で屋敷の最深部に進むことを見咎めもせず、むしろ彼女から離れるようにして館の入口近くに固まっている。
「大王。ここに……」
ティーネの問いかけに、ああ、とセイバーが頷いた。
この扉の奥に、サーヴァントが存在するのだと。
道中、出会う相手には片っ端から魔術による暗示を施して進んできた。
そのために、幼いティーネの単独行動が咎められることはなく。また同時に暗示に抵抗できる者、即ち無力なNPCではない者の識別も兼ねることができた。
結果、ここまでそれらしき該当者は皆無。サーヴァントを従えるマスターが居るとすれば、やはりこの最深部――『曙光の鉄槌』の党首が待つという部屋しかあり得ない。
意を決して、ティーネは扉を開いた。
軋みを上げて、視線を遮る壁が半ばまで退いたその先。無機質な青い照明で照らされた部屋の奥。
そこに砂色の男が一人、佇んでいた。
傷が縱橫に走る皺深い顔からは、老いよりも強靭さが感じられた。遮光眼鏡で隠された容貌にはセイバーの物とも異質な威圧感、万年の星霜を耐えた砂漠の巨岩の如く静謐なそれがある。
どこか不吉な印象の彼が、この館に潜むというマスターなのだろうか。
無言の来訪者に、男は錆びた声で呼びかけた。
一瞬だけ、何故、という疑問に頭を支配される。しかし眼前の男が、『曙光の鉄槌』党首のズオ・ルーの特徴を満たす人物であるとティーネが把握していたように、相手もまたこちらの情報を事前に知っていたに過ぎないのだろうと推測できた。
相手の迫力に呑まれていた己の弱気を叱咤して、ティーネは口を開く。
「――それでは、早速ながら夜会を始めよう」
だがそこから言葉を発するより早く、聞き覚えのない声が響いた。
ティーネの真横、墓土の臭いがする冷たい息が漂ってくるほどの至近距離から。
「――ッ!?」
不意に吸い込めば息を乱されるほどに濃密、かつ悍ましい魔力の波長に、ティーネの眼球だけが先んじて声と瘴気の出処に向かう。
視認したのは、過剰なほどに白く塗られた化粧の上に、青い入墨のような意匠を刻んだ容貌。
放蕩貴族か、悪趣味な道化のような姿をした怪人物。彼は何の前触れもなく、ティーネの肩に顎を載せられるほどの至近距離に出現していた。
「既に朝日は昇ったが、場所には恵まれている。君も聖杯戦争の演者だろう? では、我らと踊って貰わねば」
(――敵っ!)
自らの素性を明かすような問いかけに、ようやっと状況を一つ把握できたティーネが咄嗟に魔術を練るより早く、炎を宿した道化の指先が少女の顔面に迫り、
そのいずれよりも先んじて、極彩色の閃光が駆け抜けた。
迸る三原色の煌めき。道化の腕と脳天を灼き払う輝きを束ねた、軍神の剣。
それを執るのは、純白の戦装束を纏った剣姫。
ティーネを庇うように姿を現し、理不尽な死の肉薄を退けたのは、褐色の肌をしたセイバーだった。
彼女は無言のまま、残心を挟むこともなく前進。苛烈な勢いでその剣を正面へと振り下ろし、衝撃を空間に波打たせた。
「――今のは危なかった。まさか私の反応を越えかねない起動で、迅速に急所を狙ってくるとはね」
セイバーが峻烈な踏み込みを行った、その少し先の空間。そこに、呑気に呟く道化が居た。
数瞬前、軍神の剣で確かに両断されたはずの肉体に、瑕疵一つ残さぬ姿を晒して。
幻視を疑うティーネはしかし、更なる驚愕と混乱に見舞われていた。
「■■■■■■――ッ!」
何故なら彼とセイバーの間を阻むように立ち塞がり、代わって軍神の剣を受け止めた、一騎のサーヴァントが存在していたからだ。
雪のように白い肉体を毒々しく鮮やかな紫色の装甲に包んだ、竜の意匠を持つ異形の鎧騎士――あるいは、魔性の装備により変生した怪物。
そのようにしか形容できない姿をした狂戦士が、握り締めた戦斧で以ってセイバーの光刃を食い止めていたのだ。
「無事だな、マスター」
「は、はい……っ!」
「そうか」
文字通り竜の膂力を誇るバーサーカーと鍔迫り合いを続けながら、その事実を忘れさせる平坦な声でセイバーが言った。
その確認に答えながらも、感情を捨てたつもりであったティーネは、未だ混乱から立ち直りきれてはいなかった。
セイバーと切り結んでいるのはバーサーカー――ならば、奥にいるあの道化は?
……つい先程、ティーネの真横に居たのはあの男で間違いない。
突如として接近した異様な魔力を持つ道化に、ティーネを護ろうとしたセイバーが実体化と同時に攻撃を加えた。ここまでは理解できる。
しかし、頭部を破壊する一撃を受けてなお道化は生存し、五体満足な姿を披露している。
その事実が、ティーネを大きく動揺させていたのだ。
何故なら、マスターの特権があればわかってしまうのだ。人間であれば不可能なはずの再生を見せたあの道化は、サーヴァントではない――と。
サーヴァントではなく。しかし人間よりも、英霊に近い強大な魔力を有する何者か。
使い魔を持つとは考え難いバーサーカーの背に隠れたその正体が果たして何であるのか、ティーネには皆目見当も付かなかった。
そんな少女の疑問の視線を知ってか知らずか、自身の前で激しい鍔迫り合いを演じる二騎のサーヴァントを道化は興味深そうに観察する。
「今の挙動は超速反応というより、未来予知の領域だ。なるほど、これが三騎士に適合する英霊というわけか」
「アムプーラ。何をしている」
道化――アムプーラと呼ばれた彼のさらに奥から、砂色の男が声を発した。
「何とは、決まっているだろうレメディウス。君と我らの契約に基づき、聖杯戦争で勝利するための先制攻撃だ」
ズオ・ルー――ではなくレメディウスと呼ばれたその男の存在が、ティーネにとってアムプーラの存在をより一層不可解な代物としていた。
自軍以外のサーヴァントはあの、第六階位(カテゴリーシックス)のバーサーカーのみ。おそらくマスターはレメディウスと呼ばれた男だろうと、ティーネはバーサーカーの動きを見て判断する。
であれば、やはり――アムプーラとはいったい、何者なのか?
そんな疑問にティーネが囚われている間に、地下室の空気に波紋が生じた。
……否、波紋だけではない。
朧な光が虚空に踊り、複雑怪奇な術式をそこに描いていた。
一瞬の後、数多描かれた術式から、実体を持った何かが次々と顕現し始める。
「――ッ!」
アムプーラのそれには規模が届かずとも。同質の悍ましき気配と、その予感を違えぬ醜悪な光景に、ティーネは思わず息を詰めた。
顕現したのは、既存の生物学を完全に無視した異貌のものどもだった。
関節の折れ曲がったヒトの手足と、正気を失った人面が無数に生えた、内蔵を裏返したような肉色の球体。
金属格子の拷問檻に頭部を、杭や針で縫い付けられた僧服に体を包まれた骸骨。
眩く白い女人の下半身に繋がる、何十本と生えた青い刺胞動物のような触手で構成された上半身。
無数の立方体や三角錐の集合した幾何学的な構造の浮遊物。
さらに種々多様な禍々しい怪物たちが、次々とその姿を実体化する。
幻想種、だとしても度を越した異形の群れ。まさに魔界の軍勢が顕現したとしか思えない百鬼夜行が、ティーネとセイバーを円状に取り囲む。
「さぁ、月の聖杯を賭けて我らと踊ろう。人類の代表、英霊とそれを従えし魔術師よ」
悪魔たちの支配者であるかの如く鷹揚に。アムプーラと呼ばれた道化師は、そのような宣言を口にした。
◆
高次元に存在する生きた咒式――禍つ式の軍団が室内を満たした直後、第十二階位(カテゴリークイーン)のセイバーとバーサーカーは磁石の反発し合ったようにして互いを弾き、距離を取った。
同時、後退しながらセイバーが手にした光輝の刀身が何倍にも伸長、死を齎す神の鞭のようにうねり、縦横無尽に駆け巡る。
移動する一瞬の片手間に繰り出されたその一撃と、彼女の右手側に展開していた下級禍つ式達は打ち合うことすら叶わなかった。
十体近い悪魔の一軍が、構えた武具や硬質の表皮ごと三色の光芒に切り刻まれ、ヘモシアニンの青黒い血霧となって四散する。
(――強いな)
体内に複数存在する脳や心臓。その全てを破壊しなければ、禍つ式は活動を停止しない。
斯様に強靭な生命力を誇る異貌のものどもに対し、瞬く間に繰り広げられた殺戮を前にして――そんな当たり前の事実を、改めてレメディウスは認識する。
予選期間中に自らを襲ったサーヴァントは、アムプーラと双璧をなす最上級の大禍つ式(アイオーン)、〈戦の紡ぎ手〉と呼ばれた魔界の猛将、ヤナン・ガラン男爵を含む二十体の禍つ式を一方的に葬った。
そのサーヴァントと比較して、全てのパラメータで上回るセイバーの圧倒的な戦力は、マスターであるレメディウスには一目瞭然の事実であったのだ。
自己強化の宝具と狂化スキルの働きにより、件のサーヴァントを圧倒したバーサーカーにも遜色しないステータス。その持ち主が十全な技量を発揮できるという脅威もまた、レメディウスは充分に理解していた。
加えて、禍つ式の何割かは『今は無き欲亡の顎(メダガブリュー)』の判定に失敗し、味方から重圧を受けて能力が下降している有様だ。判定を成功しているセイバーに鎧袖一触されるなど、当然の帰結に他ならない。
原則として――サーヴァントに対抗できる者は、サーヴァントしか存在しないのだから。
「■■■■■■――ッ!!」
獣の如き咆哮を上げ、バーサーカーが翼を開いた。それが大気を叩く力を利用し、瞬間的に敏捷性を倍加させた狂戦士は、宝具たる戦斧を掲げてセイバーへと直進する。
無造作に禍つ式を屠殺していたセイバーもまた、一瞬たりとも異形の戦士から注意を逸らしてはいなかった。即座に手元に戻した剣の刀身をバーサーカーに向けると、今度は三又に分裂・伸長させた刺突として一撃を放つ。
バーサーカーもまた、両肩に備えた角を延ばす。紫水晶の戦斧と、双振りの槍と化した金色の角。都合三つの凶器は見事にセイバーの三点同時攻撃を迎え撃ち、その勢いのままバーサーカーの肉体が旋回した。
力負けした、わけではない。それはセイバーが持ち得ない四つ目の武器、長大化した尻尾による一撃を繰り出すための動作だった。
初見殺しに等しい異形の殴打を、セイバーは事前に知悉していたかのように身を浮かせて回避する。そうなれば今度はバーサーカーが隙を晒した形だが、彼女は見当違いな方角へと剣を揮った。
光輝の奔流と化した斬撃はその先に在った禍つ式の軍勢、そして密かにセイバーのマスターたる少女へと接近を試みていたアムプーラを薙ぎ払い、それから再びバーサーカーの打ち込みへの防御に回された。
如何にセイバーと言えど、空中にあってはバーサーカーの豪腕には踏み止まれない。何とか衝撃の向きをいなし、床へ着地した彼女に向けて、何条もの光が殺到する。
禍つ式どもは、無抵抗に殺されるのを待つばかりではなかった。
観測効果による作用量子定数や波動関数への干渉――即ち咒式を用いて、反撃へと打って出たのだ。
咒力を介することで、局所的に物理法則を変異させ、任意の物理現象を引き起こす超常の術式。ヒトが手にする遥か以前より、竜や古き巨人らと共に禍つ式が操ってきた異能の力だ。
それによって紡がれた、電磁光学系咒式第四階位〈光条灼弩顕(レラージュ)〉の遠赤外線レーザーの集中砲火。
光速まで加速した高密度の自由電子の矢は、幾何学的な紋様の刻まれたセイバーの肌に到達した途端に弾け、散乱した。
咒式もまた、異なる世界線で発展した魔術の一種であるとムーンセルには記録されている。それ故に、実在する物理現象を再現するだけの術式もまた魔術と見做され、神秘を帯び、サーヴァントへの殺傷力を持ち合わせる。
だが、魔術であるとは即ち、騎士クラスのサーヴァントが保有する対魔力スキルの影響を受けるということだ。
発動を観測したことで、レメディウスが把握できたセイバーの対魔力スキルはBランク。大魔術・儀礼呪法であっても、ほとんどダメージを受けないほどの性能だという。
それはつまり、第五階位までの咒式を完全無効化するあのヤナン・ガランやレメディウス自身の咒式干渉結界に匹敵するだけの、咒式への抵抗力を常時有していることを示していた。
人間の咒式士とは桁違いの咒力を誇る禍つ式でも、下位の個体の遠隔咒式ではセイバーには通用しない。
ならばと、咒力を載せた武具を直接叩き込もうとする四本足に馬頭の騎士が嘶きとともに突撃するが、間合いに入る前にその脇に抱えた槍ごと長大化した光剣に両断され、胴が落ちるより早い追撃で縦にも割られて消滅した。
バーサーカーを相手取りながら、その合間に次々と禍つ式を殲滅して行くセイバー。大胆に素肌を露出した格好でありながら、未だ負傷どころか返り血の一滴にもその身を汚さず君臨している戦闘力は凄絶の一言に尽きた。
「■ォ■■――!」
異質な知性体である禍つ式たちにさえ畏怖を抱かせ、女神の如く戦場を支配する褐色の剣姫へと、恐怖を知らぬ狂戦士が三度目の突貫を開始する。
一合、二合、三合。レメディウスに誘導される破壊衝動だけの怪物と化した紫のバーサーカーと、殺戮機械のように冷徹な白いセイバーの間で、地下室内を揺るがす重い剣戟が交わされる。
乱雑な戦斧の猛打を、流麗な半月を描いて光刃が弾き返す。即座に戻って来る強靭な筋力のバネに、セイバーの天性の肉体も競り負けはしない。
必殺の威力を秘めた連撃、両者の回転数は互角。故に双方ともが直撃には至らず。それでもリーチと柔軟性に勝るセイバーの剣が、防がれた上から徐々にバーサーカーの装甲の表面を削り始める。
その度にバーサーカーの霊基を構築するセルメダルが蠢き、欠損を埋めた完全な姿を即座に復元する。しかしいずれも軽傷未満とはいえ、被弾を許しているのはバーサーカーばかり。
このままではいずれ押し負ける。本能で判断したバーサーカーは素顔を隠す仮面から、強烈な冷気として魔力を放出した。
打ち合いの最中、予備動作なしに放たれた竜の息吹――それさえ読んでいたかのように、セイバーもまた剣から冷気を放出し、その勢いを相殺した隙に距離を取って仕切り直す。
直後、またも長大化させた光剣を大きく振り被り、一閃。バーサーカーに戦斧を両手で構えた防御を余儀なくさせ、強烈な一撃でその場に釘付けとする。
「やはり、彼女には予知能力でも存在しているのか?」
バーサーカーに浴びせた大振りの一撃は、凍てつく古の暴君だけを諌めるための物ではなかった。
長大化させた間合いにより、またもアムプーラを薙ぎ払い、レメディウスに声が届く後方までの退避を余儀なくさせていたのだ。
さらには、バーサーカーを援護しようとした禍つ式らの伸ばした触手の群れをも根本から切り払っていた。
下位の禍つ式同様、幾度となくセイバーに刻まれながら、アムプーラだけは五体満足で生存し続けている理由。それはこの怪物が連続使用する咒式に秘密があった。
数法量子系咒式第七階位〈軀位相相換転送移(ゴアープ)〉は、自己の体を量子段階まで情報化させ、物質波動として別の座標に転送し、再生・統合して再度物質化するという、自己の連続性を無視した危険な咒式だ。
代償として、術者は咒式展開前後の損傷を無視した擬似的な不死性の獲得と、障害物を無視した完全な光速での転移を可能とする。
最初にティーネの真横に忽然と出現したのも、他の禍つ式に先んじて実体化したアムプーラが〈軀位相相換転送移〉を使用した結果だ。暗殺にも非常に有効な咒式であると言えるだろう。
しかし、子爵級の大禍つ式たる〈墓の上に這う者〉、アムプーラの咒力と演算能力をして、一度に転移できる距離は数メルトルが限度であり、情報化したままでいられる時間も限られている。さらに言えば、咒式の発動前に本体を絶命させられれば、転移も復元も不可能となる。
それはそもそもの物理的思考速度が禍つ式に及ばない人間の咒式士には、ほとんど存在しないと同義の瑕疵。しかしアムプーラさえ凌駕する反応速度のサーヴァントならば、充分に突き得る隙となる。
先日のサーヴァント戦でも、敵マスターが不在の状況では自身が倒されないよう防戦一方となるのがアムプーラの限界だった。
その事実を踏まえても、セイバーの対応力は異常なレベルであった。
常にアムプーラを監視しているわけではない。にも関わらず彼女はバーサーカーと交戦しながら、都度転移先を誘導するような攻撃を仕掛け、アムプーラの魔の手がティーネに及ばぬように立ち回っていたのだ。
レメディウスやアムプーラさえ上回る超演算能力か、はたまた英霊の持つ物理法則を越えた直感による未来予知か。いずれにしても、一手先の脅威を知悉しているかのようにセイバーは動いている。
それは、アムプーラに対してだけではない――と、レメディウスは視線を巡らせる。
一切劣化しない脳内の記憶映像と、同じように。隙を突いてティーネに攻撃を仕掛けようとした禍つ式が一体、彼女が瞬時に呼び起こした巨大な炎の顎(アギト)に呑まれて焼失する。
どうやらティーネは、特異体質の咒式士と同じように、咒式具の補助なく魔術というものを行使できるらしい。その実力は、強力な干渉結界を有さない個体程度ならば悠々討ち果たせるほど高位のようだ。
逆を言えば、干渉結界に優れた禍つ式ならばティーネに対して優位を取れる――が、それらが接近しようとすればセイバーが漏らすことなく殲滅していたために、禍つ式に包囲された少女はなおも健在だった。
危機への選択をまるで誤らず、淡々と冷徹に対処し続ける、恐るべき戦闘機械。ただ強いだけではないセイバーの脅威を、レメディウスはそのように認識した。
――その能力の高さに加えて、彼女らにはこれと言った消耗が見られない。
お互いに、未だ宝具の真名解放に至っていないから――という問題ではない。サーヴァントの行使と併せて本人も強力な魔術を行使しながら、ティーネの魔力値が減少する気配がまるでないのだ。
レメディウスもまた、ウコウト大陸有数の超高位咒式士である。燃費の悪いバーサーカーに全力戦闘をさせながら、まだまだ咒力は余裕がある。
それでも、こちらばかりが燃料を消費しているとすれば、ただでさえ不利な戦況がさらに悪化の一途を辿ることは明白――と、砂礫の人食い竜は現状を把握する。
「――それでは、私も動こう」
自らの考える勝利の一手を指すために。レメディウスは英霊同士の対決を見守っていた魔界の子爵に、そのような言葉を投げかけた。
◆
散乱した肉片の、汚泥のような腐臭が充ちる地下室内。次なる異形の襲撃に身構えるティーネの眼前で、セイバーとバーサーカーの攻防が続く。
足を止めての打ち合いではセイバーを切り崩す勢いが足りないと判断したのか、バーサーカーの攻めは一層苛烈さを増していた。
翼による加速を利用した超音速の突撃と、その繰り返し。一撃離脱戦法の合間に、両肩の角や尾の伸縮による間合いの操作、時に怪物たちさえ巻き込む凍気の放出といった変幻自在、かつ疾風怒濤の猛攻を見せる。
その悉くを、セイバーはなおも剣一本で捌き切っていた。
セイバーこそ最優のクラス、とされる対応力の高さを実演される形となったティーネは、自らの悪運に幾許かの感謝を覚えていた。
だが、胸を撫で下ろすのはこの戦争に勝利してからだと、偽りの大地から魔力を汲み上げることに集中する。
土地守りの一族として、故郷の大地と共生する彼女の魔術回路は地脈から湧き出るマナを即座にオドとして利用できる。それはこの月に再現されたスノーフィールドでも変わらない。
セイバーのように霊格の高い、強力な英霊を休むことなく運用しても、魔力の在庫が尽きる心配はまずない――が、戦況が急に変化することもある。一時的にティーネの中に貯蓄できる魔力量には限りがあるのだ。それがセイバーの要求する魔力量に追いつかなくなれば、一転して不利に転ぶことも考えられる。
――自分は考えず殺すだけだと、セイバーは言った。だからおまえが使いこなせ、とも。
実際にはこちらから何を言うまでもなく、セイバーはティーネを護り、敵と戦っている。
マスターを失えばサーヴァントは現界できない。その前提があるからこその行動であることは理解できる。その後の戦闘行為も、若輩のティーネなどより英霊である彼女に任せた方が間違いがない。
考えることを任せる、と言われながら、結局はそれらしきことをティーネは何もできていない。
だからせめて、十全な魔力を供給することだけは怠るまいと努めるティーネの視界の隅に、奇妙な影が映った。
「また……!」
それは連続の転移で迫る、アムプーラの姿。
ここまでの対決で推測できて来たが、おそらく彼らは魔術式そのものが受肉した怪物だ。言うなれば伝説に聞くソロモン王が束ねた真性悪魔に近しい存在、であるとすら言えるのかもしれない。
しかし性質こそ似通っていても、その存在規模は真性悪魔として伝承される者どもと比べて途方もないほどに小さい。だからこそあのバーサーカーのマスターも、別枠の使い魔として契約して連れて来られたのだろう。
故に、サーヴァントの敵ではない。それどころかティーネ自身も既に三体、醜悪な肉塊を己の魔術で焼き払っていた。
「【 】」
極限まで詠唱を圧縮し、無音で構成された魔術の焔をティーネは再び呼び起こす。
――だが、アムプーラという道化だけは、他の使い魔どもとは格が違った。
ティーネの放った劫火に呑まれたと思った次の瞬間には、その中から影が消える。セイバーの攻撃からさえも生き延びている超速度の転移と再生の魔術は、ティーネの手に余る脅威だ。
しかし、一瞬でも時間を稼いだ意義は大きかった。
バーサーカーとの攻防、その一瞬の隙を衝いたセイバーがティーネの頭上に転移したアムプーラを切り捨て、さらに星の紋章スキルに内包された直感に従って、ティーネの周囲で伸長させた切っ先を踊らせる。
転移先を致死の斬撃で満たされたアムプーラはティーネから離れた空間に再出現し、再び様子を見る構えとなり――
「バーサーカー。宝具を使え」
「■■■■■■■――ッ!!」
そちらの対処にセイバーが割いた時間だけ、バーサーカーは自由行動を許されていた。
咆哮するバーサーカーの掌には、褪せた分厚い銀貨が三枚。それが高密度の魔力の結晶であることを、ティーネは一目で看破した。
バーサーカーはその硬貨を、暴君竜の顎を模した大斧に貪らせる。生々しく硬い破砕音を立てて、戦斧がそれらを咀嚼し、嚥下した。
《――プ・ト・ティラ~ノ・ヒッサーツ!――》
そうして高密度の魔力を"喰らった"ことで、まるで生きているように噫気を漏らした戦斧――バーサーカーの宝具が奇妙な詠唱を歌い上げる。
……未だこの英霊の正体はわからないが、真名解放に等しい行為を完了したのだと、押し寄せる禍々しい魔力の波動にティーネは確信する。
同時。セイバーは一度、狂気の暴君に怖気立つティーネの傍まで後退してきた。
「……その文明を粉砕する」
そのままマスターであるティーネを庇うように改めてバーサーカーと対峙し、重心を落として愛剣を真っ直ぐ突き出す形で構えたセイバーは、呟きを一つ口にした。
――直後。軍神の剣の刀身が、高速回転を開始する。
撹拌された大気中の魔力が、渦に囚われたようにしてマルスの剣に飲まれていく。
飲まれた魔力は三原色に入り混じり、虹色に変化した波長として零れ出す。たちまち地下室を充たす光の粒子。半分近くに数を減らした不浄の軍勢が、その眩さに圧されたかの如く後退する。
「■■ッ■ァ――ッ!!」
圧倒的な輝きを前に一歩も引かないのは、やはりバーサーカーだけだった。一切の躊躇なく、こちらを蹂躙せんと進撃して来る。
「『軍神の剣(フォトン・レイ)』――!」
破壊的な魔力で構成された巨大な刃。それを纏った戦斧を片手に迫るバーサーカーに対し。魔力の制御に集中するように一瞬だけ伏せていた瞳を見開いたセイバーは、その剣の真名を詠い――迸る虹の光を推進力に、自身を浄化の矢の如く射出した。
……文明を滅ぼすものと、欲望を否定するモノ。
世界を焼く魔の箒星となって飛翔するセイバーと、生命を無に帰す大地の怒りを解き放つバーサーカー。
双つの破壊の刃を隔てていた距離は瞬く間に消え失せ、そして宿命のように、両者は正面から激突した。
「――――……ッ!?」
膨大な魔力の衝突による眩い白光が、ティーネの網膜へ強烈に灼き付いた。次いで耳を劈く轟音と、肌を打ち据える烈風が叩きつけられる。
「■■■――ッ!!」
魔術の補助で即座に明順応を果たしたティーネの視界が捉えたのは、『軍神の剣』の勢いに打ち負けたバーサーカーの握力から解放された戦斧が、地下室の天井に逆しまの流星の如く突き刺さる瞬間だった。
――だが、セイバーも完全に打ち勝ったとは言えなかった。
衝突の瞬間、その威力の拮抗によってセイバーもまた、剣の鋒を逸らされていた。バーサーカーの中心を貫くはずだった剣は上段からの打ち込みに対抗した結果、双方の宝具が解放していた魔力の大部分が相殺し、わずかな余力の残っていたセイバーがバーサーカーとその手斧を上向きに跳ね飛ばしただけという結末に終わってしまっていた。
「――充分だ」
武器を失いながらも、即座にバーサーカーが構えを戻したその時、錆びた声がティーネのすぐ近くから聞こえた。
気づけば、帯剣していた得物を抜いたバーサーカーのマスター――レメディウスが、ティーネのすぐ傍まで肉薄していた。
「! 【 】」
慮外の接近を受け、ティーネは反射的に魔術を行使する。
……命を奪う、までの覚悟と選択は、咄嗟にはできなかった。
しかし充分な魔力を扱えるマスター相手に、暗示が効くとも思えない。
故に手足の片方ずつに、深い裂傷を負わせ無力化する――そういった術式に基づいた灼熱の刃が飛翔し、レメディウスに届く寸前の空間で停止した。
次の瞬間には、ティーネの魔術は宙を漂う儚い魔力にまで分解され、何一つ為さぬままに霧散した。
「結界……!?」
それも、ここまで強力な。
驚愕に打たれた一瞬。その一瞬の内に、鈍色の刃がティーネの細い首に押し当てられていた。
「マスター……!」
この戦闘が始まってから初めて、感情の揺らぎが込められた声をセイバーが発した。
だが、彼女も動けない。この瞬間、セイバー自身に仕掛けてきたアムプーラの奇襲を防ぎながら、さらに未だ全身の凶器が健在なバーサーカーとも対峙している状況に足止めされていたからだ。
今背中を見せれば、ミイラ取りがミイラになる。少なくとも、これからティーネの首が刎ねられるのには絶対に間に合わない。
「……っ!」
遮光眼鏡越しの碧玉の瞳に射竦められ、ティーネは敵の思惑を理解した。
バーサーカーの宝具開帳は、この盤面を作るための布石。
宝具とは文字通り英霊の切札だ。その絶大な威力を前にすれば、こちらもまた宝具で迎え撃つ他ない。
それで一時的に、セイバーの注意は惹いてしまえる。その激突を目眩ましに、レメディウス本人が接近できる程度には。
「これで状況は収まる」
だがその作戦を実行させた原因は、宝具を伏せたまま戦い続けたセイバーではなく、唯一の武力である魔術に頼りきったティーネにある。
自分が、敵の目の前で手の内を晒し過ぎたのだ――マスター同士だけの戦闘で、容易に制圧できる程度でしかないと。
「それでは予定どおり、同盟を結ばぬか」
「……え?」
しかし、刀身から伝わる冷たい絶望に満たされつつあった少女が聞いたのは、死の宣告ではなかった。
――悪運は、どうやらまだ尽きていないらしい。
◆
重々しい軋みを上げて、館の扉が閉じられた。
そこから脱したティーネは世話役に案内されたまま、帰りの車まで足を運んだ。
「交渉、お疲れ様でした」
「――いいえ、そちらこそ」
本人は認識していないが、何もせず待機していただけのNPCに心の篭もらない労いの言葉を返しながら、ティーネは車の後部座席に身を預けた。
緊張から解き放たれた体が、柔らかなシートに沈み込む。あの地下室の、青黒い血肉の腐乱したような臭いから解放されたことに心地良い目眩を覚えた。
――だが、その喜びを堪能することなど、今のティーネにはできなかった。
「……申し訳ございませんでした、大王」
館の中に居たテロリスト達。そして世話役を含む土地守りの一族。改めてその全員に施したそれに続いて、運転手の認識に暗示を及ぼしたティーネは隣の空席に向けて謝罪を述べた。
その言葉が合図であったかのように、セイバー――
アルテラが瑕疵一つない天性の肉体を結実させ、車内にその姿を晒した。
「貴方様は、ただの一騎で大軍を圧倒しておりました。だというのに、私は……」
何という無様。
戦力として縋るしかないとしても、本心の知れぬセイバーには頼れない。
そう思っていた矢先の初陣で、自分は敵のマスターに遅れを取り、虜となった。
戦場においては、孤軍奮闘する破壊の大王の急所としてしか存在できなかった。
果たしてセイバーは、かくも情けない命綱(マスター)をこの先どう扱うだろうか。
心を殺す決意を固めておきながら、実際のティーネは不安に消え入りそうだった。
彼女に見限られてしまえば、一族の悲願は、私は――
「構わない。生きているのなら、それで良い」
そんなティーネに対し、セイバーは平坦なままの声音で告げた。
文面だけならば、穏やかな言葉。一方で感情の読み取れない、機械のような声だった。
やはり彼女の本心が知れない……などと、幾らか怯えるティーネの横で、セイバーは朴訥と話を続ける。
「あの同盟で私達が不利となる事柄は特にない。ならば何も責める理由などない――むしろ、敵の進行を許した私の落ち度だ」
述べられた言葉は、やはり優しかった。
だがそこには、先のティーネも比にならぬほど感情が篭っていない。ただ路傍の石ほどにも興味が無いだけにしか思えない。
確かにレメディウス――本人はズオ・ルーを名乗っているが、アムプーラがそうとしか呼称しなかったバーサーカーのマスターが提案した同盟は、不利益の目立つものではなかった。
その内容はNPC時代から引き継ぐ役割上の立場と、聖杯戦争の参加者、その両面での協力体勢の構築という、極めてシンプルな内容だった。
曰く、ムーンセルに与えられた立場上、レメディウスには自由が少ない。潜伏には協力者が必要となる。
そのためにティーネら土地守りの一族は有用な協力者であり、その内に聖杯戦争の事情にも通じる者が居た方が都合が良いのだそうだ。
単純に、今回の戦闘の後始末でも、暗示の魔術を修めているティーネの存在が有意義だとも述べていた。
そして今回の交戦は、発端こそ形式上の使い魔であるアムプーラが独断専行で仕掛けてからのなし崩しの戦闘であったが、こちらばかりが被害を受けたことで手打ちにして欲しい。
以後は、聖杯戦争の参加者として互いに要請があれば可能な限り協力すること――という、少なくともセイバー陣営としては、一方的な損のない取引だった。
王手をかけた状態からすればあまりにも手緩く、令呪による縛りすら求められない同盟への合意か、無意味な死か。後者を選ぶ理由は誰にもなかった。
当然、危険な戦場に送り込まれる可能性は考慮すべきだが、それはこちらからも等しく打てる手だ。事実上は単なる共闘関係を結んだだけの落とし所となっている。
しかしそれは、結果論に過ぎない。早々に脱落寸前まで追い詰められたことは紛れもない事実なのだ。
「――とはいえ、次からは気をつけるのだな。おまえが死ねば、契約もそこまでだ」
故に、ティーネにはもう見切りをつけ、機があれば他のマスターに乗り換える――そんな思惑だから興味がないのだろうと疑っていたが、セイバーは淡々としたまま、しかし彼女にしては饒舌な様子で言葉を続けていた。
「だが、それはあまり面白くない。今の私は、この隷属から自由になるよりも――」
そこでセイバーは、傍らにあったゲコ太人形を抱き上げた。
「――もう少し、おまえの横に居てみたい。なので、せいぜい死ぬな。壊れた命は、取り返しがつかないのだから」
そして、そのように願望を吐露していた。
「――――セイバー」
無意識の内に、ティーネは彼女の名を呼んでいた。
慈しむように、その手の中に人形を抱き締める彼女の姿は、何かを欺くためのものとは思えない。
ならば、同時に放たれた言葉もまた、嘘偽りのない本心なのだろうか?
あるいは、先程までに口にしてくれた優しさも。
――これまでの私は、いつもそんな選択しかできなかった。
ふと、今朝交わした言葉が蘇る。
何も考えず、何も感じないと言っていたセイバーはしかし――きっかけや理由はどうあれ、『今の』彼女は、ティーネという個人に関心を持ち、無事を願ってくれた。
生前は、抗えない衝動に呑まれていたという
アルテラは、しかしそれが薄まったという今は、自らの心を宿したのではないのだろうか?
初めて得た物だから、未だ、出力の仕方こそ覚束なくとも。
肚の知れない英霊などではなく。彼女は最初から、もしかすれば誰より誠実に――――
他ならぬ己も、それを伝える術を確立できていないままでも。
自らの心を殺そうとする少女はその時、自らが契約した英霊に対する印象が大きく変わるのを自覚した。
◆
「それで、何故あの場で殺してしまわなかったんだい?」
同盟相手が居なくなった途端、アムプーラがレメディウスへと問うてきた。
「戦力の補充なら、わざわざ同盟を組まなくともセイバーを『聖杯符』として手に入れれば済んだのでは?」
「同族で殺し合うのが不思議だと揶揄しながら、それか」
「その不等式は不可解だが、君は既に避けられないことと断じて、我らと契約しているのではないか。制約がないなら、勝利条件である『聖杯符』の獲得は満たしておくべきだったのではないか?」
「確かに貴様が私に協力させられているような、明確に縛鎖となる式はない。しかしその意見は拙速に過ぎるだろう」
人間の文化や社会への馴染みが極端に薄いためか、はたまたマスターではないからか。異邦人は極端さから短絡的な疑問を抱いていたようだ。
「第一に、あのセイバーのステータスを維持しながら今のバーサーカーを従えるのは、私の自業自得だが流石に消耗が激し過ぎる。対して、絡繰は知らぬがティーネはそもそも魔力を消費している様子がない。ならば、第十二階位(カテゴリークイーン)を彼女に維持させたまま、利用できる方が効率的であろう」
使い魔たる禍つ式どもの頂点に、レメディウスは判断の根拠を述べて行く。
「第二に今の段階では、監督役どころか警察に目をつけられても面倒に過ぎる。対外的にも穏便に事を済ませるには、NPCの認識を操れるティーネの協力が必須であるだけだ」
「だとしても甘い。真名ぐらい明かさせれば良かったと思うのだが」
生きた咒式、それ故の愚直さから駆け引きの一つも解さぬ分際で、アムプーラは契約者の采配に不満を並べる。
「君たち人類が抱く錯覚の一種……面影、と言うのだったかな。ナリシアのそれを、ティーネに感じでもしたのかい?」
「浅はかだな」
穏和な選択肢の理由として、アムプーラが疑う二人の少女の類似性への感傷を、レメディウスは失笑と共に否定する。
「ナリシアはナリシアだ。今も私の目の前で笑い、泣き、歌い、祈り、そして死に続ける。そこに別の誰かが重なるものか」
レメディウスは全てを記憶し続ける。し続けてしまう。一ビットルの劣化もなく。
今のこの瞬間にも、レメディウスの眼前には、彼女と出会ってからの全ての景色が展開されている――残酷なほど、鮮明に。
ならば圧制者から故郷が解放されることを願い、絶望に抗う少女を新たに目にしても。記憶する感情の引き出しを混同することなど、ありはしない。
「他人に死者の影を見て、甘さが出るとすれば。それは、"私"ではないだろう……忌々しいことであるが」
言葉と共に、レメディウスは傍らの異形を一瞥する。
ヒトの姿を喪ったバーサーカー――
火野映司は令呪に増幅された狂気に澱んでなお、最後の一線で踏み止まっていた。
セイバーは対象外だったが、バーサーカー自身はティーネに被害が及ぶ事態に抵抗していたのだ。本来なら地下室を丸ごと、指向性を持って凍結させられるだけの魔力放出を全開にしなかったのはそういうことだ。
あるいは、セイバーがサーヴァント戦の最中あそこまでアムプーラを牽制できたのも、バーサーカーが禍つ式を巻き込んで暴れたのも、全ては同じ理由なのかもしれない。
己の全てを差し出した後もなお駆動するそれは、英雄の精神が備えた気高さか、もしくは彼自身を追い詰めた異常性か。
いずれにせよ、その最後の自制が働くのは、ルウを思わせる幼い少女に対してのみなのか、あるいは……レメディウス自らが動いた時には邪魔をしなかったことから、パスを通じて伝わった――
「くだらない。実に、な」
軟弱を、レメディウスは唾棄する。
結局のところ、あの時ティーネを仕留めなかったのは、そうすることが最善手だったからに過ぎない。それで説明できる以上、くだらない推理ごっこに意味はない。
「そもそも、あの少女がナリシアであったなら……悪魔を呼び込む片棒など、私が担がせることはない」
そして当人には伏せた思惑を語りながら、レメディウスは目を伏せた。
最悪の咒式兵器、超定理系第七階位〈六道厄忌魂疫狂宴(アヴァ・ドーン)〉。
世界に次元の穴を開け、疫鬼の群れを解き放つ大量虐殺咒式。
スノーフィールド市民もろとも敵対するマスターを一度に殲滅し、なおも残存するサーヴァントをも一掃するための一大戦力、伯爵級以上の大禍つ式を招く呼び水となるレメディウスの切札。
その死神を、形を模しただけとはいえ――八十万の人命で満ちる彼女の故郷へ炸裂させるために、レメディウスはティーネを利用するつもりでいた。
それはナリシアが生きていれば、決して許さなかっただろう悪行であり、大罪である。
だが、その仮定は無意味だ。ナリシアの生きられる世界であれば、僕(レメディウス)は私(ズオ・ルー)にならなかったのだから。
しかし、既に供物は捧げられた。もはや砂礫の竜には乞われた通り、罪とされる人食いを以ってウルムンの、そして人の世の敵を殺す以外の道はない。
……分岐点など、とうの昔に過ぎている。
【E-7 湖沼地帯 別荘地区/一日目 午前】
【
ティーネ・チェルク@Fate/strange Fake】
[状態] 健康、乗車中
[令呪] 残り三画
[装備] なし
[道具] 不明
[所持金] やや裕福
[所持カード] なし
[思考・状況]
基本行動方針:セイバーの力を利用して、聖杯を獲る。
1.セイバーを信頼しても良いのかもしれない。
2.レメディウスとの同盟をこの先どうするか……
[備考]
※スノーフィールドにおける役割は原住民「土地守の一族」の族長です。
※第六階位(カテゴリーシックス)のバーサーカーが宝具を使用するところを目撃しましたが、真名は把握していません。また彼らと同盟を結びました。
【セイバー(
アルテラ)@Fate/Grand Order】
[状態] 健康、乗車中
[装備] 『軍神の剣』
[道具] ゲコ太人形
[所持金] なし
[所持カード] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従い、戦闘行為を代行する。
1.マスターに従い、戦闘行為を代行する。
2.ゲコ太は良い文明。
[備考]
【E-7 湖沼地帯 『曙光の鉄槌』隠れ家/一日目 午前】
【
レメディウス・レヴィ・ラズエル@されど罪人は竜と踊る Dances with the Dragons】
[状態] 健康、魔力消費(小)
[令呪]残り二画
[装備] 魔杖剣「内なるナリシア」
[道具] 超定理系第七階位咒式弾頭〈六道厄忌魂疫狂宴(アヴァ・ドーン)〉×2
[所持金] 不明
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を掴む。そのために手段は選ばない。
1. 〈六道厄忌魂疫狂宴〉で最も効率的な戦果を得られるよう、準備を進める。
2. そのためにも当面はティーネとの同盟関係を活用する。
[備考]
※スノーフィールドにおける役割は潜伏中の破壊活動組織『曙光の鉄槌』の党首です。砂礫の人食い竜ズオ・ルーの異名を有しています。
※アムプーラ麾下の禍つ式の軍団と咒式による契約関係を有しています。半数近くはセイバー(
アルテラ)に倒されましたが、禍つ式の具体的な総数については後続の書き手さんにお任せします。
※第十二階位(カテゴリークイーン)のセイバーの宝具使用を目撃しましたが、まだ真名を把握していません。また彼女たちと同盟を結びました。
【バーサーカー(
火野映司)@仮面ライダーオーズ】
[状態] 仮面ライダーオーズ プトティラコンボに変身中(※令呪により常時暴走)、ダメージ(小)
[装備] 『今は無き欲亡の顎』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:なし(レメディウスに従う)
1.――――
2.■■■■■■■■■■■
[備考]
[全体備考]
※E-7 湖沼地帯『曙光の鉄槌』隠れ家地下室が半壊しています。
最終更新:2020年07月14日 22:48