ここは、
ローイア諸島が
タイコウ国にある街。大きくもなく、小さくもなく中規模なそこは、観光地から離れたいわばタイコウ国民の住居地だった。
しかし今は・・・・その街の半分ほどの面積が炎に包まれていた。
「む、これだけやればいいだろう・・・ご苦労だったな、トリガ、
チェダー」
「かんたんかんたーん」
「あと半分は燃しちゃあいけねェんだったよなァァ・・・」
街の燃えつつある背の高い建物の上で会話する影が三つ。轟々と燃え上がる町並みを見下ろすその姿は、口調こそは軽いモノがあったが、至って平静そのものだった。
三つの影の死角、その炎の中の一郭で、激しい蒸気が巻き起こった。するとそこの炎が消え去って、地面につくかつかないかくらいの長い髪の少女が荒い息をつきながら立っていた。
少女はあたりの様子を伺って、自分以外に動くものはないと確認すると、息が整わないまま炎の中を歩き出す。きらきらとした氷で己を守りながら呟いた。
「・・・何気ない日常がある日突然終わるってのは、こういうことをいうのかな・・・・」
その言葉に悲しみも何もなかった。ただ自分が生き残ることだけを考える。
そして、また別の建物の一角、いやごうごうと燃え盛る通路の一角。熱を持った石床の上を、ネコミミバンダナの少女が歩いている。少女は夏場の公園に居るような顔をしている。足元は、歩を進める度にジュッ、ジュッと何かが蒸発している。
「うふふふ!みなさん、ちゃんと命令はきいてくれたみたいですね!大成功です!新入りさんがなかなかやってくれましたからねーんーふーふっ」
独り言が、爆炎の中それだけ確として聞こえる。
その独り言は炎から脱出したあの少女の耳にも届いていた。曲がり角を曲がって様子を伺うと、きらり、と細かい氷の粒が舞う。
邂逅。
ネコミミバンダナの少女の金色の目と、氷の少女の紅玉色の目がぴったりとあった。・・・あってしまった。
「い、いやんっ、今の独り言聞いてました?」
「・・・なに、キミ・・・・」
氷の少女は、相手の周りの状況に、不似合いな態度。それに思わずあっけにとられたように数秒停止してしまった。けれど直感する。この娘はこの町の人間ではなく、生き残りでもない第三者であると。
「にゃっ!うふふ・・・よくぞ聞いてくれました!あたしはですね・・・・平和を乱す悪の大ボス・・・町を戦火に陥れる悪魔(デーモン)・・・言うならば、革命家です!うふっふっふ!」
まるで質問されたのとは違う内容をして、笑顔で応じる少女に、氷の少女はじり、と一歩下がった。
全身全霊が告げる。目の前に「危険」があると。
すると不意に、バンダナの少女の表情と空気が代わり、笑みに閉じられた目が開かれた。
「氷霰のお姫様(グラス・グレイル・プランセ)・・・・・・あなたが生きていたのは、あたしに出会うためです!うふふ、どーです、今は?ごきぶん。」
金色の双瞳は恐怖と同時に非現実感を、氷の少女の心中に植え付ける。
それはびりっと肌がしびれるような、心が束縛されるような感覚。そして恐怖よりもずっと、大きな「何か」の感覚。
「・・・気分は、あまり、いいもんじゃない・・・・死ぬトコだったんだ・・・事実あたしの周りのやつらはみんな死んだ。別にそのことに関しては悲しくもなんともないけど・・・『あたしに会うため』とか、ずいぶんなこというもんだね。」
この状況下、何故か少女はぽつぽつと長く答えた。不思議と逃げることが頭に思い浮かばなかった。自分の周りの冷気で炎をふさぎ、状況を把握する感覚が麻痺してるせいかもしれない。あるいは、あの金色の瞳がそうさせたのかもしれなかった。
「うふふ!それでもあなたは、あなただけは生き残った!これはなんとも、祝福すべき事です!」
するとバンダナの少女は先ほどまでの笑顔に戻ると、周囲に水が集まり炎を鎮火する。まだ熱を持った道路もあるが、ウソのように涼しくなっていく。そして氷の少女の手をとった。
「逃げ出しましょう!焼き尽くされた過去(ウォーフレイム・メモリーズ)から!」
「・・・!?」
ぱしっ、と思わずその手をはじいて後退した左手の甲の上には、三本の氷の爪が浮かび上がっていた。
その際に爪がバンダナの少女の手をひっかき、手の甲から出血する・・・が、血の筋だけ残してそれはすぐ無くなった。
「何が、目的?」
バンダナの少女の意図が全く読めなかった。いや、読み取ろうともしなかった。
「あなたを掴みたい・・・でも、その前の余興もいいかもしれません。」
そう言った途端、体表が、水になり溶けてゆく・・・解けた「肉」は次第に波打ち、雷電を帯びて巨大化・・・それはまぎれもない変身。少女は一瞬にして、巨大な体躯の怪人となった。
その様子に目を見開き、氷の少女は長い髪を躍らせて、思わず氷の爪を投げつけた。やらなければやられると思ったからだった。・・・実際はこちらが慌てて思わず手を出してしまっただけだったのだが。
そして氷の爪は水の鎧に取り込まれ、電熱によって溶解。そのまま鎧の一部となって・・・右手からそっくり生えてきた。
「・・・? いいですね、遊びましょっ!あなたが望むならっ!」
くり、と首をかしげた怪人は、笑う。相手のあせりを遊びと解釈してしまったようだ。
そして次の瞬間、氷の少女の頭上を掠めるように爪を振ると、圧縮された水の爪が建物をそのまま「削」る。
それを見た瞬間、目を見開いた。刹那、パキパキと氷が軋む音。
「遊びって・・・レベルじゃないっ!」
背中から三対、まるでハリがねように氷の翼がはえて、それはそのまま伸びて怪人に向かっていく。
「炎に燃える街も、何もかも・・・遊びです。ずっと、子供の時から続いているんです。」
しかしそれも圧縮された水の鎧に、氷の翼は表面で止まる。表面で拮抗しているうちにまたも電熱がそれを融解させ、取り込んでしまった。
「・・・『子供時代』は終わらない。あなたのも、私のも。」
するとやはり、融解した翼がそっくり背中から現れる。そのシルエットはまるで悪魔。赤い、戦火の悪魔。
びりっ、とした感覚。先ほどから感じている「何か」の感覚が、時たまそのように強く脈打つのだ。
それは怪人の言葉であったり、死に物狂いで戦っているこの瞬間であったり・・・つまらない日々になかったものだった。そして日常だったもの、それはもはや過去・・・・ここで我にかえった。
「真似、するなっ!」
怪人の翼と爪が形状を変えて体内を移動する。翼と爪だったものは、巨大な両端に刃を持つ薙刀として現れていた。
遠距離攻撃では氷は吸収されてしまう。イメージする。あの水の鎧が強く、硬く、凍りつくイメージ。すると怪人の足元から氷が構築されていく。
怪人は動かない。まるでその時を待っているかのように。
ぱきぱきぱき、と音を立てて怪人はどんどん足元から凍る。そのあらぶる冷気からか、少女自身の肌にもところどころ薄く氷が張っていた。少女の長い髪が鋭く凍ってるのがみえた。
ぐっ、と足に力をこめる。クラウチングスタートのような構え。そして駆け出す。それは今まで少女が体験したことのないスピードだったがそれに今気づくわけもない。
自分の髪を完全に凍りつかせて鋭い武器と化し、そのまま怪人に突きつける。
怪人は飛び込んできた少女を抱きとめる。融合した氷は溶けず、表面である程度拮抗したモノも「体内」に取り込まれ、中身のマリヴィンの腕や足に突き刺さり、傷をつけた。
しかしそれでも、怪人は少女の声で笑っていた。
恍惚とした表情。抱きとめた腕先。突き刺された箇所から流れ出す血から氷結していく。すると、少女を殺さない程度の電撃が少女の体を駆け巡らせた。
少女はたまらず叫んだ。つきつけた氷の刃はそのままに・・・。
「聞こえますかー、見えますかー?あなたの変身した姿(ヴァリアブル・シフトシング)・・・」
叫ぶ少女にその声は届かない。けれど、少女の心に少しずつ形となっていく「何か」があった。
頭の中で
言の葉が吹き荒れる。音がメチャクチャに響きあって奏でる。絵が白昼夢から目覚めるように脳裏に呼びかける。
少女には聞こえていた。少女には見えていた。
守る。鎧。強固な。冷たい。絶対零度。攻撃。最大の防御。武器。刃。槍。針。変化自在。氷。流氷。天使。
すべてが、凍りつく。
「ああああああああああああああアアアアアアアアアっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ぱき、という氷が更なる寒さで軋む音がした。
突如、少女と怪人を中心に、ひどく無慈悲で冷たい突風がはじけるように広がり、そのあたりは炎すら凍りついた。
- やがて、雷水の巨人と少女を包み込んだ突風が晴れる。
周囲の全てのものは止まり、霜、雪さえその表面に湛えていた。
「・・・うふふっ」
その中で最初に動いたのは怪人の声だった。
水の中で、笑う。まるで友に微笑みかけるかのように。
巨人の目の前の、塵埃と霜が晴れていく―――目の前には。
すべてが氷でできている人型のものがいた。
つるつるとした氷の顔面は鏡のように怪人を映し、その頭上から二本生えている氷の触角は怪人に突き刺さっており、サイドには同様の氷の触手が四本ついていた。まるで先ほどの少女の髪型がそのまま氷の武器と化した様な。
背中からは一対の大きくまるいかたちをした羽が生えており、下はドレスのような広がりをみせる。
そして氷の身体の胸の中にはまっかなルビー球体が透き通ってみえた。
自身の変化に気づいているのかいないのか、少女はそのまま残りの触手もすべて怪人につきさす。
「エネルギジン・グレイヴ!!」
それを契機とばかりに、右手の薙刀で今まで突き刺さっていた分全てと、今襲い掛かってくる分全ても切り落とす。しかしその声は喜びに溢れていた。
「ハッピー・バースディ!プレスティージ・スキル・ユアパワー!」
砕け散り飛び交う氷の欠片達、ぶぅんと虚空をきって振り回される薙刀、形成される氷山、奔る雷撃、降り注ぐ氷の雨、湧き出る水のマグマ、凍りつき、砕け、また砕け散って飛び交う。
解き放たれた疾走感が「場」を支配する。
この場に生きていた者は、何人たりとももう普通ではなかった。
「ふふっ・・・・・・」
少女がやっと笑った。それは目の前の怪人と同じ笑いだった。
触手がすべておられたところで翼を羽ばたかせ、怪人から距離をとり、氷の軌跡をのこして浮かび上がる。
「なんとなく」自分のこの「目覚めた力」について既に理解していた。いや、今まで気づかなかっただけなのだろう。
自分のこの力にも、眠っていたこの鼓動にも。
「わたしは、『クラストアンジェ』。『あなた』は?」
そう、少女は目覚めたのだ。目の前の怪人の導きによって。
「私は・・・」
バチバチ、と周囲の空気が電撃によって震える。
彼女も歓喜に喚起を重ねているのだ。
「『曙光を叩き折る戦士(エレキリフレックス)。』・・・ようこそ、『こちら』へ!うふふ、ふふっ!」
笑みが鎧越しに感じてとれる。
クラストアンジェがふわ、と地面に降り立つと、霜がゆるく舞った。
「わたしが目覚め(リバースデイ)を迎えられたのはあなたのおかげ。ありがとう、エレキリフレックス。」
「ふふ!どういたしまして!」
もう戦う必要はなくなったと感じたのか、澄んだ音をたててクラストアンジェは砕け散る。すると先ほどの少女が再び姿を現した。
そして霜が降りかかり、エレキリフレックスの水の鎧を凍りつかせていく。
次第に氷り果てた鎧は、赤い結晶を撒き散らして砕け散る。
その後には、紅晶(ルビー)のような欠片の真ん中に立つ少女達。
「行きましょう、ここから先があなたの本当の未来!駆け巡る永劫(レインカーネーション)から解き放たれた生です。」
マリヴィン・アクロイドは少女の手を取った。そしてにこりと笑う。
「・・・じゃあ、あなたの名前、教えてください。」
それに氷の少女は微笑み返す。ルビーの様なまっかな目を細めて、嬉々として
マリヴィンの手をとった。
その後、事態を聞きつけたタイコウの王都から軍が派遣された。
しかしその町は既に焼きつくされ、その上からまるでコーティングのように凍らされていた奇妙な光景が広がっていた。
死体は何故か、すべて身元確認ができる程度に残っていた。同時にそれはその町全員が死んだ・・・否、殺されたという事実にもなった。町があった場所には使者の名前がひとつひとつ彫られた墓石が立ち並び、国の戸籍から彼らの名前は消された。
ただ一人、たった一人の少女の名前を除いて。
最終更新:2012年03月28日 00:57