鴎が空高くで鳴いている。夏の日差し、海の漣の音、南国の花の匂い・・・ローイア諸島は今、夏の真っ只中、年で最も盛り上がりを見せる観光シーズンだった。
一行は、そんな夏の
ローイア諸島が一国、
エルオランの南に位置する小島に、秘密裏に集められていた。
一行を集めた依頼主は
デュランというエルオランの民の一人だった。
彼が言うには、今から三ヶ月ほど前に、一人の男が登場した。
その男はあらゆる栄光を見せ付けて、たちまちエルオランの民や王族を虜にしてしまったという。・・・否、虜などではない。あれはもはや洗脳だ。国を、人を混乱させる災厄。
その男こそが神札
ヘラクレスだった。
それを知った彼は神札事情に詳しい一行に今回『神札ヘラクレスの討伐及び、エルオラン国の奪還』を依頼として出したのだ。
作戦はこうだ。
一行は陽動班と潜入班の二手に別れ、陽動班が王都の気を引いてる隙に潜入班が王城に潜入、そして玉座で待ち構えているヘラクレスを討伐する。
「・・・今、王都の者共はヘラクレスの狂信者と化している。二班ともに、エルオランの兵士、民草関係なく襲ってくるだろう。しかし、二班とも何人たりとも殺してはならぬ。既存物の破壊も最小限にとどめていただこう。・・・至難を申していることは承知の上。しかし、国を奪還した後の民のことを思うと、すぐにもとの生活にもどれるよう、どうしてもできる限りのものを残しておいてやりたいのだ。どうか理解して頂きたい。」
何処と無く高貴な雰囲気が漂う頼み方をするデュラン。エルオランの事情をよく考えてこうして頼んでくるということは、彼はこの国の官吏か貴族だったのだろう。
一行の誰かが、ふとこう思った。
こうしてデュランの案内で王城に潜入した一行は、騒ぎを聞きつけ、未だ城に残っていた国軍第四部隊(召喚士部隊)と交戦、更にヘラクレスに仇名すものを打ち倒そうと追いかけてくる
メイドやコックや小間使いに負われながらヘラクレスがいる玉座の間を目指す。
そして途中、一行の行く手を阻む三つの影があった。どうみても貴族であろうその姿の
エルオラン族の三人を見ると、デュランは一行の案内を己が召喚獣ジャンヌに任せ、その人物らを食い止めんとした。
そうしてデュランを置いて、一行が進んだ先にあった巨大で豪奢な扉。これが玉座の間へと繋がっているのだ。
その前で待ち構えていた一人の男がいた。いつか
ナームが出会ったディオという青年だった。彼はその綺麗な瞳で、一行の瞳を覗いてから「何も気にせずにいっておいで。」と彼らを送り出す。
一体なんだったのだろうか、不審だが敵意のない彼の言葉のまま、一行は己が為すべきことをするために、扉を開けた。
そうして、玉座に居座っていた男がいた。彼こそが神札ヘラクレスだった。
人懐こい笑みを浮かべ、放った言葉。
「すぐにキミたちもボクの虜になる。」
そして彼は片手で大きなダイヤモンドを握りつぶした。その圧倒的で、まさに栄光を掴むモノ。英雄と呼ぶに足る力。
それこそがヘラクレスの神札としての能力だった。己の力を見せつけることによって相手を自分への狂信者へとしてしまう。
しかし、それを見せ付けられた一行には何の変化も訪れなかった。
いぶかしむヘラクレス。しかし一行はそんなこと知る由もない。戦いの・・・英雄への謀反(アンタースィア)の始まりである。
戦いの中でヘラクレスの心情や過去が吐露される。彼は孤独だった。寂しかった。誰かに自分を見て欲しかった。認めて欲しかった。
無視されるというのは自分の存在を見てもらえないということ、存在していないのと同じだ。それがとても辛かった。
だから彼は自分を見てもらえるように力を振るった。英雄として祭り上げられるような、偽りの栄光。
ケビンが激昂する。トルメンタが駆ける。
突き抜けるは緋色。軌跡を描くは流星。
こうして打ち砕かれたヘラクレスの甘い甘い夢。しかしその夢を砕いた一行に対する代償も大きかった。トルメンタを始めとして重傷者が多かったのだ。ヘラクレスの実力は確かなものだったのだから。
一行に駆け寄ってくる影がある。それはあの時、デュランが足止めしていたウチの一人の女性だった。
彼女はなんとこのエルオラン国の皇女であり王位第一継承者のエカテリーチェだった。そしてデュランは彼女の弟・・・つまり皇子であるという。
その事実に半ば驚き、半ば納得した一行は王城で手厚く、エルオラン国を救った「英雄ご一行」として迎え入れられ、その日はお祭り騒ぎだった。
実はというと、一行がヘラクレスの能力を見たにも関わらず狂信者とならずに済んだのは、決して彼ら自身の精神力云々だとかそんなものではない。
そもそもヘラクレスの魅了・・・とでもいうべきか、それの弱点は既に魅了状態にされている相手には無効なのだ。
では一行はいつ魅了状態にされていたのだろうか。そもそも、その魅了状態を与え、解除したのは誰なのだろうか。
答えは
ムーサだけが知っている。
後日、一番の重傷を負って入院したトルメンタのもとへ足繁く通うデュランがいたのは誰も知らない物語。
最終更新:2013年12月02日 20:59