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Happy-go-lucky (幸運) 5

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Happy-go-lucky (幸運) 5 ◆Live4Uyua6



 ・◆・◆・◆・


カラカラと朝からのつきあいであるワゴンを押してクリスは通路を進み、そしてそこまで辿りついてぴたりと足を止めた。
その先。そこから一歩踏み出せばこの豪奢なホテルのロビーにへと出ることになる――が。

目の前の光景は初めてここに来た時とはその様相を全く変えてしまっている。
クリスが感嘆の息を漏らした上品さは見る影もなく、今はサイケデリックかつサイコパスでサイアクかサイコウな有様が広がるだけだ。
ドクター・ウェストの研究室。ここより未だ姿を現さないドクター・ウエスト。彼を呼びに来たというのが今のクリスに与えられた仕事である。



「すやすや~……」

かくしてドクター・ウェストはまだ睡眠中であった。
果たしていつ頃彼が就寝したのかは定かでないが、ともかくとして今はボロいソファーに横になって惰眠を貪っているご様子。

「わ、我輩もう食べたくないのであ~る……――は! き、貴様が……貴様が……このような悪魔の発明を……」

あまり広くないソファの上で身体を丸め苦悶の表情を浮かべている様を見るにあまりすこやか様子ではなく、また近づきたくもないが、
それでも仕方なくといった風情でクリスは彼に近づきその肩を揺さぶった。
ゆさゆさ、ゆさゆさとまるで爆発物を扱うがごとく恐る恐ると眠れる狂人を起こそうとクリスは肩を揺さぶる。

「う、う~ん。あと5……、あと5光年先に我輩は未知なる新生命誕生の輝きを見る……むにゃむにゃ」

だがその効果は芳しくない。ならばもう少し強くするべきだろうかと考え、しかしクリスは手を離してドクター・ウェストから離れた。
なにやら手にねちょりと嫌な感触。見れば”キラキラとした何か”が博士の肩を汚していたらしい。よくよく見ればそれは床にもこぼれている。
それが何なのかと考えることは放棄し、また仕方なくといった感じでクリスは机の上から一本をバールの様なものを持ち上げた。

思いのほかずっしりと重たかったが、もはや直接触れるのも躊躇われるのでそこは仕方がない。
クリスはバールの様なものを構え、先日この場所で見た深優と博士とのやりとりを思い出す。
……少し強めなぐらいがいいだろう。そう考え、クリスはバールの様なものを振り上げ、そして振り下ろした――――――ドガッ☆



「グッモォォォォォォォニィィィィィィィィ……グッ! おはようエブリ、モーニンスタアアアアアアァァァァァァアアアアッッッ!
 が、がぁ……目の前にチカチカ輝くシャイニースター。ここは宇宙であるか? 我輩は今、刻の涙を見る……?
 まるで脳天をバールの様なもので殴打されたかのような痛みが全身を駆け巡るが、さすが我輩転んでもただでは起床しない男。
 さて、この激的な目覚めのパッションを音に表現したくともあいにくここに来てもギターの持ち合わせはナッシィィィン!
 となれば、我輩自身の肺と喉と口腔をば使用してそれを再現するほかなく、それではご静聴お願いいたします……あー、こほん。

 ギャギャギャギャギャア――――ン! ペレポロペレポロキュイィンィンイィィィ――――――ンンンッッッ! チュワ~ン♪

 ふぅ……と、やれ見ればレインオンエブリデイなスイーツボーイ・クリスではないか。
 息災であるか? 我輩はこの通り朝からビンビンである――と、思わずパブロフの犬よろしくツッコミに身構える私☆
 であるが、ここにはあいつはおらぬのであったな……と、これはこっちの話。なぁに、貴様がごとき若造が関わる話ではないのである。

 さてと我輩、いつの間に眠っていたのやら。
 え? ボケがはじまった? ノンノン、我輩の宇宙一高性能な脳にボケなど存在はしないのであああぁぁぁああある!
 メモリのロード完了――って、何であるかこの忌まわしき記憶のメモリはっ!?

 七色の吐瀉物を撒き散らしながら七転八倒する我輩プロデュースドバイ大十字九郎!? お、おのれぇ謀ったなシャア!
 が、しかーし! ここで我輩に止めを刺せなかったのがユーの甘いところで、ズバリ命取りなビィッグ・ミスティク!
 間一髪危機を脱する我輩! 立ち上がる我輩! 危ない眼差し、不敵な笑み、弾ける胸! 記憶の中の我輩に我輩もうっとり♪

 さぁて! ここに取り出だしたりしますはにっくき仇敵をギャフンと言わせるためのニューアイテェム!
 大十字九郎を懲らしめる。カジノでメダルをわんさと稼ぐ。どっちもやらないといけないのにどっちもこなす一石二鳥な新発明☆
 その名も! 『ドクター・ウェスト式ギャンブル必勝マシーン・”TOBAKU☆APOCALYPSE”くん』なのであーる!
 狂気の沙汰ほどモアファニー♪ レッツゴー! ワンモアステップデッドライン! くっくっくっ……ヌルリときたのであるよ。

 では少年よ。ここで会えたが百年目。明日となれば百年と一日目ではあるが我輩は急用がある故に、ザ・グッバイ。
 貴様の持つ特異性に興味津々ではあるし、あの不可思議な楽器とK-ON!といきたいが、それはまた次の機会に預けておくのである。
 それまではくれぐれも自己の研鑽を怠るではないぞ。例え天才であろうとも、我輩天才大天才の前には何者も揃って凡愚と同じ。
 死に物狂って生きて帰って初めて我輩と同じラインに立てると自覚するのがよいのである。

 では、些か喋り足らぬがここでシー・ユー☆」



雷の様に目覚め嵐の様に走り去ったドクター・ウェストを見送り、クリスは「はぁ……」と声に出るほど大きな溜息をついた。
一方的に捲くし立てられただけではあるが、その異様と迫力に背中は汗に濡れ、緊張に眩暈を、狂気に身体は脱力感を訴えている。
とりあえず、これで一通りに仕事は終わったはずだが、もしかしたら彼を起こすだけというこれが一番辛い仕事だったかもしれない。

これから彼が起きたことを九条へと報告――する必要はないだろう。あの喧しさである。報告せずとも自然と目に付くはずだ。
なので今は少しだけ休憩を。そうしてもかまわないだろうと、クリスはロビーを離れまだ上品な趣を維持しているラウンジへと移った。
ワゴンを止め、ふかふかの柔らかいソファに身を沈め、薄く目をつむり、そして少し考え事をはじめる――……。


 ・◆・◆・◆・


雨音が絶え間無く聞こえてくる。終わらない雨の音が。
そういえば、この島でも雨は一度も止むことがない。
おかしな話だと思う。ここがピオーヴァであるわけでもないのに。
それなのに、雨は止まずに降り続いていた。

僕の周りと僕自身が目まぐるしく変わっていく。
そしてリセが死んで、トルタが死んだ。
もう二度と戻らない命。失われてしまった命。
きっと、あのいつもの日常に戻ったとしても、もうあの時と同じようにはいかないのだろう。
本当、色々と僕の周りで変わっていった。

それなのに雨だけは変わらない。
ただ、雨だけがずっと変わらずに降り続けている。



……何故だろう。
この雨音を聞いていると懐かしい気持ちになり、同時に不安が襲ってくる。
余りにも聞きなれている音だというのに。
……いや、この三日間、雨音すらゆっくりと聞く暇も無かったのだ。
それくらいにまでに激動と言える三日間だった。

色々なことが変った三日間。
唯湖と出逢って、なつきと出逢い結ばれて――そして、まるで『僕』そのものが組み変わってきているように思える。
……本当にこの島は僕が持っていた全てを奪い、そして新たなものを与えてくる。
もし、これがそのナイアなる者の仕業とするならば、正直、困惑するのだ。
実際に神がいるらしい。
もっともそれは僕らが信仰しているような神とは程遠いのらしいけど。
その神がこんな僕を残してどんな役割を期待していると言うのだろうか?

最初に思った事をまた考えてしまう。
変ってしまった今だからこそ思い浮かぶ疑問。
僕をこんなにも変えてまで何をさせたいのだろうか。
……言いたくもないけどもっと適任といえる人間は居たんじゃないだろうか。
少なくとも最初の僕よりはやる気がありそうな人間が。
それなのに僕を選んだ意味。僕の環境を変えて選んだ意味。



それを考えた事で答えなんて思いつかないけど。
でも、それでも。
僕はそのままでいいとも思う。
唯湖を救おうという気持ちは、紛れもない僕自身の意志なのだろうから。
そして、なつきを好きになったのも確かな僕の意志なのだから。
少なくとも僕自身はそう思っている。
それで、いいのだ。
だから、僕はここに居るのだろう。
今は唯湖を救う為に。



もう二度と護れないというのは、い――……



…………まただ。また、そう考えてしまう。
ずっと前から、たまにこんな考えが思い浮かんでくる。
何故だか判らないけど、この島から来てからというものそれが思い浮かぶようになっている。
いつか一度、『護れなかった』事があるって。
何だろう……何か、とても大事な事を忘れているような。
何かを……何かを。



……わからない。
もしかしたら忘れてないだけなのかもしれない。
何なんだろう、この感覚は。

思い出したほうがいいのかもしれない。
思い出さないほうがいいのかもしれない。

……そんな気持ちが廻り続けていて。
本当によくわからない。
本当に……なんなんだろう。

この島に来て、やっぱり何もかもが違ってしまった。
いいことも悪いことも。
あの日常から、あの雨の街から何もかもが変った。
でも、それでもそれでいいのだろうと思う。
なつきと逢えて今ここに居る。
それはきっともう手放したくは無いものなんだろう。
なつきと一緒にいる。
僕はそれを最も大切したいと思う。

でもそれを思うと同時に、どうしようもなく罪悪感のようなものに襲われる。
それの正体はもうとっくの昔に気付いている。
誰にも言わないだけで。
ずっと、ずっと考えている。
ずっと、ずっと前から。
僕が、僕だけの手で決着しなければならない事。

――アル、アリエッタ。

僕の……僕の好きだった人。
いや……今も好きなんだと思う。
その感情のベクトルが変っただけで。
でも、それでももう二度と想えないんだろう。

『恋人』として。

なんて……なんて身勝手なのだろうか。
唯湖と別離した直後にも思って。
裏切りなのだろうと思って。
そしてもう一度、でも今度は確かに自らの意志で彼女を裏切ろうとしている。
あれだけあの時アリエッタを望んだというのに、僕はもう振り向く事すらしようとしなかった。
何て我が侭なんだろう、僕は。
あれだけ迷って悩んで……そしてその先に選んだのはなつきだった。
亡くなったトルティニタ、リセルシアは僕をどう思うのだろうか?
……きっと応援してくれるだろう。
哀しくても無理をしてまでそうしてくれるだろう。
彼女達はそういう人達だったから……優しい人達なんだから。
それに僕は甘えているのだろう。

ならアリエッタはどう思うのだろうか?
僕は彼女にどう伝えるのだろうか?
彼女は僕になんて答えるのだろうか?

……いや、僕はもう答えは知っている。
アリエッタは……きっと自分から身を引いてしまうことを。
それを……あのアリエッタの手紙を読んですでに『知って』しまったから。

ありえない手紙だった。
僕が居た日の先の未来からの。
きっとどこかに『有り得た』未来なのだろう。
実感はないけれども……でも、あの手紙に綴られていたのは正しくアルの言葉だった。

アリエッタは自ら身を引くだろう。
僕を思って。
僕だけを思って。
アリエッタは哀しく笑って僕を許すのだろうということ。
それを……知ってしまった。

僕はそんな彼女になんて言葉をかけるのだろう?
謝りの言葉なのだろうか。
許しを得る為の言葉なのだろうか。
それともなにも喋ることができないのだろうか。
そしてなによりも、僕はもう一度彼女に会えるのだろうか?

……それは無理だ。
僕はもう二度と彼女に会うことはできない。
もうこれ以上彼女を哀しませる事なんてできないのだ。
一度消えた僕がまた現れたとして、告げる言葉が別れの言葉だなんて……言えるわけがない。
僕はなつきが好きだから。
だから……もう二度と『アリエッタ』を愛する事はできない。

でも……、
僕は高慢だけど……高慢なんだろうけど。



――『アリエッタ』が僕を愛する権利を奪いたくない。



なんて、下らない自意識だろう。
なんて、下らないエゴだろう。
憐れで救えなくて……本当に駄目だ。
でもこうすることがきっとアリエッタの幸せになるのだとも思う。
たとえ、それが僕を縛る罪の十字架になるのだとしても。

だってそうしなければアルは僕を許す。
どんなに哀しくても。
どんなに辛くても。
どんなに苦しくても。
きっと許す。
そんな子だから。

だったら……許されない方がいい。

僕は二度と彼女の前に姿を現さない。
僕は二度と故郷に戻らない。
戻る事はもっとアリエッタを哀しませることにしかならないのだから。
戻ったとしても、君は全てを解った上で僕から離れるか、大丈夫と意地をはって全てを終わらせるのだから。
だから、僕は帰らない、君の元に。

そうすれば僕は失踪という形になる。
死んだ事になるかもしれない。
それでも……いいと思った。
アリエッタは哀しむかもしれない。
でもそれでも、帰って別れを告げるよりかはいいと思う。
だから……僕はもう二度と帰らないだろう。
これが逃げだとしても。
傲慢な考えだと思うけど。
それが一番幸せな答えなんだろうと思ったから。

アリエッタ。
謝る事はできない。
謝る事こそが君への侮辱になるだろうから。



君は手紙の中で遠くなったと書いていたよね。
……本当に遠くなったよ。
何もかも。
僕は僕自身が思ったよりも遠くに来た。
今までの日常も遠くなって、もう二度と戻らなくて。
僕自身も変り始めていて。
僕は僕自身は何処に行くのだろう?
答えは僕自身しか分からないのだろうけど。

でも解る事はひとつ。
僕に進むべき場所なんて無いんだろう。
元の場所に戻れないなら僕は何処に進む?
そんな事知る訳が無い。
何処に行くのかも分からないのだ。
だからわかりやしない。

……ああ。

僕はこうなのだろうか。

結局の所。
僕に戻る所も無いし、僕が進む所も無い。
それにとっくに気付いてるのにそれを実感したくないからこそ大切な人に縋っている。

それが自身のせいであることは解っているのに。
それをそうだと認めたくない。
不安で、怖くなってしまって。
だからなつきを求めてしまう。
それでしか自分を保てないのだろう。

……本当に……本当に愚かだ。

なつき。
なつきは今どう思っている?
僕は君が好きだよ。
大好きだ。
君と居たいよ。

君と一緒に居たい。



目をゆっくりと開ける。
雨音が少し強くなっている気がした。
何故か目が少し滲んでいた。



……そういえば、一つだけ心残りがある。
あの妖精は。
僕の部屋にいついているフォーニはどうなるんだろうか?
僕はもう二度とあの部屋には戻らない、戻れない。
ならフォーニは独りのままだ。ずっとずっと。
何故だろう。
それが堪らなく哀しく感じられた。
あの優しい妖精はずっと独りで待っているのだろうか。
それが何故か、すごく心苦しい。
そう、なにか途轍もない過ちを犯しているような……、そんな――

それは、そんな憂鬱さをともなう心残りだった。


 ・◆・◆・◆・


「残念ながら映画はやってませんかー」
「私としてはこんなに大きなスクリーンが見られただけでも驚きものよ」

ホテルの5階と6階を合わせて使用しているシネマコンプレックス。
ファルと美希は何も映さない真っ白なスクリーンを見上げながら客席に身体を預け二人でポップコーンを食べていた。

二人以外に人の気配はなく、もちろん従業員の一人もいない。
ゆえに映画が上映されていることもなかったし、ポップコーンだって無人の売店から美希がちょろまかしてきたものである。
時間が経っているせいか少ししけってはいたが、まぁそんなに悪くはないなとファルは思っていた。

当たり前だが人気がないのはここだけではない。
ここに来るまでに寄って来たお店でいくつかお気に入りの服が見つかったが、お金は払っていなし今更それを気にしたりもしない。
洗濯をする人間もいないので衣装は着てそのままだが、当面の間は困らないだろうと、思うのはそれぐらいなものだ。
ちなみにベッドメイキングするメイドもここにはいない。なのでたった一晩で美希のベッドはぐちゃぐちゃになっていた。
やよいは意外としっかりしているのでそのへんはそつがない。もちろん、ファル自身もベッドを乱したままにすることはない。

「……ボンベイの最後の日」
「はい?」
「私が知っている映画のタイトル」

真っ白なスクリーンを見つめたまま、ファルはまるでそこに見えているかのようにその物語のあらすじを美希に聞かせはじめた。
もっとも、ファルもその映画は見たことはない。興味はないでもなかったがその機会はなく、知っているのは原作の話である。

「ある日、ボンベイの街に一人の伝道師が現れこう言うの――この街は幾日か後で滅びてしまうとね。
 だけど街の住民はそれを信じはしないわ。当然よね。そんなこと知らない人に言われたとしてもそう簡単に信用はできないわ」

どこかで聞いた話ですね。と、美希は隣で呟いた。そう、聞いたような話だからこそファルもこの話を思い出したのだ。

「まぁ、途中の経緯は省いちゃうけど、ついにその終わりの日は本当にやってくるの。
 ある夏の日。街は円形劇場で催されている競技会で賑わっていたわ。それこそ街中の人々が集まってのお祭り騒ぎ。
 その最中にベスピオという名前の火山が噴火するのよ。それで街はたちまちの内に火と灰の中に埋まり、呆気なく滅びてしまう……」

美希の溜息を聞いてファルは微笑を浮かべた。

「つまりあれですか。美希たちもうかうかしているとお星様が落ちてきて一網打尽になると……?」
「さぁて、別に私はこれを何かの教訓にしようとして話したわけじゃないわ。ただ思い出したから話しただけよ」

意地悪ですね。と頬を膨らませる美希を見てファルはころころと笑う。
こんな何の意味もない、何のためにもならない笑い声をあげたのはいつぐらいぶりだろうか――……。



「うぅ……、さすがにここにあるものを勝手に貰っちゃうのは恐れ多いですよねー……」
「そうかしら? 持ち主がいないことには変わらないと思うけど」

ポップコーンを食べ終わったファルと美希が次に訪れたのは、光り輝く金属や石が出迎えてくれるひとつの宝飾店であった。
ショーウィンドゥの中にはルビーやダイヤモンドといった高価なものから、トパーズやアクアマリンなど安価なものまでずらりと並んでいる。
もちろんただの石というわけではなく、プラチナや金と合わさり指輪やネックレスなどに仕立て上げられたものばかりだ。

「でも、さすがに美希めにはここにあるものは似合わないっぽいですねぇ……所詮、美希はまだ子供です」
「私も似たようなものよ。もっとも似合うものがあったとしても別に欲しいとは思わないけど」

美希の目には輝いて映る宝石も、ファルからしてみればただの石ころでしかない。
奇麗だとは思うしそれなりの美的感覚はあるつもりだ。しかし、宝石も才能と同じでそこに価値を認める社会と世界がなければ意味はない。
この誰もいない。ましてや作り物だと言う世界では、目の前の宝石はただの奇麗なだけの石ころにすぎないのだ。

「(……意味がない)」

自分にとって自分である意味とはなんだろうか。ファルはそう思い、そう考えてしまう。
ここに来るまでは、いや”あのクリス・ヴェルディン”に会うまではそこに疑問は存在しなかったのに、今はそのテーゼがひどく重い。

ギリシャ神話に語られるパンドラの箱。そこに残された最後の不幸は予兆だという話しがある。
人は未来のことを知ってしまうとそれがいかなる内容であれ、今の生に意義を持てず絶望してしまうのだという。
ファルも知ってしまった。彼女の前にありえた別の可能性。逆に言うと――彼女が手にすることのできなかった未来の形。

それだけでなく、別の世界。別の時代。別の在り方をファルは知ってしまった。
その輝かしいものたちを見てしまった後に振り返る自分の人生。自分の世界は、目の前の宝石と同じく、酷く、色褪せたものでしかない。



「美希さんは将来の夢をもっているの?」
「え? あの、それって、誰かお婿さんにしたい人がいるかーとかどうかとかそういうお話ですか……?」

目の前には純白のウエディングドレスが飾られている。
そういえばこのホテルには教会もあるのだったか。だとすればここで全部が揃うのだから随分と便利なものだとファルは思った。

「別に、それだけに限ったことじゃないわ。あなたには何か未来に望むことがあるのかという話」

まぁ、ウエディングドレスを前に聞けばそう受け取るのも無理はないとファルはクスリと笑う。
しかも反応を見るに全く当てがないわけでもなさそうである。偶然とはいえ、これは悪くない収穫かも知れない。

「えー……、あー……、未来、ですか……。うーん、未来かぁ……」
「特に大きな夢はもっていない? それとも、好きな人と結ばれればそれで十分に満足というわけかしら?」
「なんというか、ですね。美希に未来はないんです。ちょっと込み入った事情がありまして……えへへ」
「未来が、ない?」

予想もしなかった返答にファルは言葉を詰まらせる。
未来がないとはどういうことなのだろうか? 彼女もまた未来を見たのか、それとも傍目にはわからないが病気を患っているのか。
ただ、ファルが気づけたことは自分に”事情”があるように、また彼女にも”事情”があるということ。誰にでも”事情”はあるだろうということだ。
それはきっと、あの無駄なことですら頑張れずにはいられない彼女も同じなのだろう。

「……そう。悪いことを聞いたかしら? だったら謝らせてちょうだい」
「いえいえそんな。別になんでもないっていうか、むしろ嬉しいぐらいですよ」
「嬉しい……?」
「ええ。美希は色んなことが嬉しいです。でもって夢はー……ずっと嬉しいことかな。できれば、”みんな”と一緒に」

美希は向日葵のように笑うと、次に行きましょうと踵を返して早足に歩き出した。
ファルはその後を追う。だけど決して追いついたりはしない。彼女の顔を覗き込んだりするようなそんな無粋な人間ではないからだ。
だから、その背中にありがとうとだけ、今度は確かに声を出して感謝の意を彼女に伝えた。


「あれ? どうしてありがとうなんですか。美希は別になにもしてませんけど」
「さぁ、なんでもよ。私の好意には価値があるわよ。わからなくとも黙って受け取っていればいいのよ」
「えへへ。なんだかそれって怖いですね。”ただより高いものはない”っていいますもの」
「”恩恵は束縛する”ね。なぁに、あなたは可愛いから恩を返す方法なんていくらでも見つかるわ」
「美希はまだヴァージンなのでお手柔らかによろしくお願いします」
「お手柔らかならばいいんだ……?」

「これがほんとの、抜き差しならぬ関係……なんつって」
「……あなた。そのセンスだけはなんとかしないといけないわね。決してそんなことをベッドの上で口にしちゃだめよ」
「は~い」
「わかればいいのよ。なんなら今晩。ベッドの上でじっくりとそこらへんの”マナー”を教えてあげるけど」
「授業料は払えそうにありませんが」
「言ったでしょう? 払う方法はいくらでもあるって……?」



しばらく後、冗談とも本気とも取れぬ可笑しなやり取りで互いに明るさを取り戻した二人が次に入ったのはフィットネスクラブであった。
別に身体を動かしに来たわけでもなく、ただ片っ端から部屋の中に入っているだけだが、そこで二人は偶然にも彼女の姿を見つける。

「うっうー! 努力と根性で頑張ります!」
「おうよ。俺とお前のバーニングが合わされば、たったひとつのバーニングもブレイジングになる。そうなりゃ無敵だっ!」
「言ってる意味はわかりませんがすごい自信ですー!」
「意味なんて後からついてくるんだよ。今は特訓だ。動け動け!」
「てけり・り」

広い部屋の片隅で、ファルからすれば無駄でしかない努力を何の疑いもなくただひたすらに頑張り続けるやよいの姿を。


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