Happy-go-lucky (幸運) 4 ◆Live4Uyua6
・◆・◆・◆・
「お話ができて嬉しかったわクリスさん」
クリスと美希との三人とで他愛もない会話を交えながらすごす穏やかな一時。
それを終えると、ファルは次の仕事場へと向かうクリスに感謝の言葉を送り、またゲーム盤の方へと向き直った。
ガラス板の中に映し出されているのはブラックジャックというカードゲームとしてはポピュラーなもので、ファルもこれはよく知っている。
それを終えると、ファルは次の仕事場へと向かうクリスに感謝の言葉を送り、またゲーム盤の方へと向き直った。
ガラス板の中に映し出されているのはブラックジャックというカードゲームとしてはポピュラーなもので、ファルもこれはよく知っている。
「じゃあ、再開しましょうか」
「あいさー」
「あいさー」
ブラックジャックというゲームは簡単に言うと、伏せられたプレイングカードを何枚か引きその合計が21に近ければ勝ちというゲームである。
基本的に親(この場合は機械)と子の勝負であり、ルールに従い互いにカードを引き合う。
21になるか相手よりも21に近い数字を作れれば勝ちだが、21を超えた場合は問答無用で負け。
故に、次のカードを引くか、それとも止めて現状の数字で勝負するか――これはその判断力を競い合うゲームだと言えるだろう。
基本的に親(この場合は機械)と子の勝負であり、ルールに従い互いにカードを引き合う。
21になるか相手よりも21に近い数字を作れれば勝ちだが、21を超えた場合は問答無用で負け。
故に、次のカードを引くか、それとも止めて現状の数字で勝負するか――これはその判断力を競い合うゲームだと言えるだろう。
「美希さん、このゲームはサレンダー(降り)よ」
「はーい」
「はーい」
ファルと美希は二人で一つのゲームをプレイしている。
機械に疎いファルの代わりに美希がボタンを操作して、隣からファルがどの様に勝負するのかを指図するという形だ。
これだけでは特に不思議はないが、先ほどクリスが疑問に思ったとおりに何故か盤の上にはゲームとは別にカードが広げられている。
それは何故だろうか?
機械に疎いファルの代わりに美希がボタンを操作して、隣からファルがどの様に勝負するのかを指図するという形だ。
これだけでは特に不思議はないが、先ほどクリスが疑問に思ったとおりに何故か盤の上にはゲームとは別にカードが広げられている。
それは何故だろうか?
ブラックジャックというゲームの特徴としては、サイコロやルーレットというランダムな要素が介在しないということがある。
使うカードの数は一組か二組であるがどちらにせよ有限であり、途中で捨て札をシャッフルしないことからここにもランダムな要素はない。
つまり、最適解。もしくは確率的にそれに近い解というものが常に見えている必勝手順の存在するゲームなのだ。
使うカードの数は一組か二組であるがどちらにせよ有限であり、途中で捨て札をシャッフルしないことからここにもランダムな要素はない。
つまり、最適解。もしくは確率的にそれに近い解というものが常に見えている必勝手順の存在するゲームなのだ。
仮に7という数字がすでに全て使用されていれば、仮想の中の選択肢からこれを取り除くことができる。
他の数字にしてそれは変わらない。そしてゲームが続けば続くほど残りカードは減り、最終的にはその中身がわかるようになる。
配られるカードが判明しているならば、常勝とまではいかずとも負けない勝負を続けることは容易いだろう。
他の数字にしてそれは変わらない。そしてゲームが続けば続くほど残りカードは減り、最終的にはその中身がわかるようになる。
配られるカードが判明しているならば、常勝とまではいかずとも負けない勝負を続けることは容易いだろう。
とはいえ、大量のカードの使用状況をゲームを続けながら全て把握するのは不可能に近い。
なのでこの”カウンティング”と呼ばれる行為を行う者は、数字の大小といった大雑把な把握だけで済ましたり、
あるいは行為に専念する人間をゲームの内外に立てたりとそれなりの工夫を行ったりするものなのだが、ファルはと言うと――
なのでこの”カウンティング”と呼ばれる行為を行う者は、数字の大小といった大雑把な把握だけで済ましたり、
あるいは行為に専念する人間をゲームの内外に立てたりとそれなりの工夫を行ったりするものなのだが、ファルはと言うと――
「美希さん、もう一枚引いて」
「今、19ですよ? ……って、ブラックジャックだ」
「今、19ですよ? ……って、ブラックジャックだ」
――彼女はゲームに挑戦するにあたってもう一組のカードを用意させた。
盤の隣に並べ、ゲームの進行にあわせて使われたカードを裏返し――つまり堂々とあからさまにカウンティングしているのである。
ブラックジャックの歴史は子のカウンティングと親のカウンティング阻止の歴史だとも言われ、それほどその行為は有効だと認識されている。
だがしかし、ここに子のカウンティングを阻止する親はいない。機械の中のディーラーに不正を働くファルの姿は見えないのだから。
なので、黙々と、淡々と、豪胆に、最早不正としかとれない行為をファルは堂々と繰り返すだけなのであった。
盤の隣に並べ、ゲームの進行にあわせて使われたカードを裏返し――つまり堂々とあからさまにカウンティングしているのである。
ブラックジャックの歴史は子のカウンティングと親のカウンティング阻止の歴史だとも言われ、それほどその行為は有効だと認識されている。
だがしかし、ここに子のカウンティングを阻止する親はいない。機械の中のディーラーに不正を働くファルの姿は見えないのだから。
なので、黙々と、淡々と、豪胆に、最早不正としかとれない行為をファルは堂々と繰り返すだけなのであった。
「ちょっと飽きちゃいましたね~……」
「そうね。メダルを増やすためとはいえ、これじゃあただの作業と変わらないし」
「そうね。メダルを増やすためとはいえ、これじゃあただの作業と変わらないし」
それからしばらく、ゲームに一区切りがついたところでファルと美希は盤から離れた。
片手にソーダ水を持ち、もう片手にジャラジャラと音を鳴らす袋を持つ二人が稼いだメダルの枚数はおよそ3000枚。
最初に1000枚持っていたから、小一時間程度で2000枚ほど増やしたという計算になる。
拳銃一つを手に入れるのには悪くない効率だが、しかし諸手を上げられるほどには華々しい成果でもない。
一度に賭けられる枚数が少なく制限されていたところを考えるに、おそらくは不正行為を前提として設定されたゲームだったのであろう。
片手にソーダ水を持ち、もう片手にジャラジャラと音を鳴らす袋を持つ二人が稼いだメダルの枚数はおよそ3000枚。
最初に1000枚持っていたから、小一時間程度で2000枚ほど増やしたという計算になる。
拳銃一つを手に入れるのには悪くない効率だが、しかし諸手を上げられるほどには華々しい成果でもない。
一度に賭けられる枚数が少なく制限されていたところを考えるに、おそらくは不正行為を前提として設定されたゲームだったのであろう。
「どっか、遊びに行きます?」
言って、美希は袋を景品交換機の前の箱に放り込む。逆に言われたファルは同じようにしようとして固まっていた。
「……え?」
この子は何を言い出すのかと。
確かに自分達にできることなど限られている。冷静に評価すれば役立たずだろう。だからといって全てを放り投げるというのはどうなのか。
心証というものがある以上、自分が必要だと最低限は証明しておきたい。少なくともそれなりに真面目ですよというポーズぐらいは。
確かに自分達にできることなど限られている。冷静に評価すれば役立たずだろう。だからといって全てを放り投げるというのはどうなのか。
心証というものがある以上、自分が必要だと最低限は証明しておきたい。少なくともそれなりに真面目ですよというポーズぐらいは。
「だって、ファルさん朝からずっと全然つまらなさそうじゃないですかー。
そりゃあ美希だって銃の練習とか別に面白くないですけど、それとは別の意味でファルさんは今がつまらないですよね?」
そりゃあ美希だって銃の練習とか別に面白くないですけど、それとは別の意味でファルさんは今がつまらないですよね?」
言葉につまり、平静を保とうとし、失敗した。手に持っていた袋が落ちて床にメダルが散らばってしまう。
同類と呼ぶ彼女。自分とよく似て人の変化に敏い子だ。だから知られていることは前提で、しかしそれでも取り繕い凌ごうとしていたが、
こんなにあっさりとボロを出すほど自分は追い詰められているのかと、ファルは自覚し、少しだけ笑った。
同類と呼ぶ彼女。自分とよく似て人の変化に敏い子だ。だから知られていることは前提で、しかしそれでも取り繕い凌ごうとしていたが、
こんなにあっさりとボロを出すほど自分は追い詰められているのかと、ファルは自覚し、少しだけ笑った。
「私があなたと同じ立場なら、私は私を放っておいたと思うわ。美希さんは少しおせっかいさんなようね」
「そうですかねー。美希が落ち込んでたらファルさんは助けてくれると思うんですけど?」
「そうですかねー。美希が落ち込んでたらファルさんは助けてくれると思うんですけど?」
散らばったメダルを拾い集めながらファルは喉をならす。どうしてか愉快な気持ちだった。
「落ち込んでいるなんて、私そんなことをあなたに言ったかしら?」
「強がってもだめなんですから。さぁさ、行きましょうよ」
「強がってもだめなんですから。さぁさ、行きましょうよ」
美希も笑っている。自分も彼女も心の中のどこかに冷たい自分を持っている。だからこれは仮面の笑みだ。けれど――
「どこへ連れて行ってもらえるのかしら? 私は右も左もわからないし、そう遠くへはいけないでしょう?」
「ホテルの中で探検しましょうよ。色々あるみたいですしー。ウィンドウショッピングなんてどうです? 泥棒でもいいですけど」
「ホテルの中で探検しましょうよ。色々あるみたいですしー。ウィンドウショッピングなんてどうです? 泥棒でもいいですけど」
――今はそれが嫌じゃない。少なくとも心の中で美希に感謝するぐらいにはと、そうファルは思った。
・◆・◆・◆・
左手に荷物を抱えた深優がその空間に足を踏み入れた時、独特の匂いが彼女の鼻腔を刺激した。
ただよう埃に、鉄くささと油の匂いとが混じった独特の匂い。
自動車などの整備工場によくある匂い、と言えばわかり易いだろうか。
ある意味では日常的といっていい、その匂いの中、薄く残る硝煙の香りがそれを否定する。
ただ、それを非日常と感じるのは風華の地の深優の生活とは異なるものであるからで、
その場所の主、と呼んでいい人物からすれば、その非日常の匂いこそがむしろ日常的なものでもある。
ただよう埃に、鉄くささと油の匂いとが混じった独特の匂い。
自動車などの整備工場によくある匂い、と言えばわかり易いだろうか。
ある意味では日常的といっていい、その匂いの中、薄く残る硝煙の香りがそれを否定する。
ただ、それを非日常と感じるのは風華の地の深優の生活とは異なるものであるからで、
その場所の主、と呼んでいい人物からすれば、その非日常の匂いこそがむしろ日常的なものでもある。
その人物、深優の目的の相手は、やって来た彼女に一瞥をくれただけで、それ以降は作業を続けている。
黒光りする銃と、幾つかの工具、そしてオイルにタオルなどを用いた、銃の手入れ。
彼にとっては生活の一部、と言わんばかりにまで手馴れた、日常的な作業。
黒光りする銃と、幾つかの工具、そしてオイルにタオルなどを用いた、銃の手入れ。
彼にとっては生活の一部、と言わんばかりにまで手馴れた、日常的な作業。
その姿に、一瞬、僅かな躊躇を覚えながらも近づいて行く。
ほんの数十歩程度の距離が、何故かとてつもなく長く感じる。
普通に歩いているはずなのに、その足取りが重く感じる。
背中に回した両手に、知らずのうちに力が入る。
そうして、一度深く息を吸い、一言。
ほんの数十歩程度の距離が、何故かとてつもなく長く感じる。
普通に歩いているはずなのに、その足取りが重く感じる。
背中に回した両手に、知らずのうちに力が入る。
そうして、一度深く息を吸い、一言。
「玲二、食事を用意してきました」
言葉とともに、何故だか背中に隠していたバスケットを見せる。
密かに恐れていた拒絶の言葉は、無かった。
密かに恐れていた拒絶の言葉は、無かった。
「別に気を使われなくても後で行くつもりだったんだがな」
「高槻さんが食べつくしてしまいそうな勢いでしたので……。
それに、放っておくと適当な栄養食で済ましかねない、と碧先生に言われましたし」
「む……」
「高槻さんが食べつくしてしまいそうな勢いでしたので……。
それに、放っておくと適当な栄養食で済ましかねない、と碧先生に言われましたし」
「む……」
図星という訳でもないが、玲二としてはそれでもいいか、という考えがあったのも事実である。
「しかし……多すぎはしないか?」
「そうですか……?
余るようなら後でおやつにでも食べてください」
「そうですか……?
余るようなら後でおやつにでも食べてください」
敷き物があるでもなく、空が見えるでもない地下駐車場にて、据え置きのベンチに並んで座る二人。
三人掛けの両端に座り、間には深優の持参したバスケットが開かれ、明らかに詰め込みすぎの中身が色とりどりの花を咲かせている。
腕を振るった深優としては、本当はもっと色々と持って来たかったのだが、
あまり多すぎてもはしたないか、と一応自重したのだが、それでもかなりの量である。
三人掛けの両端に座り、間には深優の持参したバスケットが開かれ、明らかに詰め込みすぎの中身が色とりどりの花を咲かせている。
腕を振るった深優としては、本当はもっと色々と持って来たかったのだが、
あまり多すぎてもはしたないか、と一応自重したのだが、それでもかなりの量である。
中身は、一般に連想される『お弁当』のような主食とおかずが分けて並べられた物ではなく、サンドイッチなどの軽食の類であった。
深優の持つ知識では、お弁当というのは食べやすいものが好ましいらしい。
それに加えて、元々深優に与えられていた情報、それと密かに調べ直した情報を総合した結果、
玲二自身も食べやすい物のほうが好ましいだろう、という考えの元、用意した料理をパンに挟んでサンドイッチとし、
またサンドイッチが好みで無かった場合に備えて、おにぎりに饅頭、ピロシキやパニーニなども持って来た。
その試みが功を奏した、という訳で無いのだろうが、玲二は特に構わず適当に摘んでいる。
深優の持つ知識では、お弁当というのは食べやすいものが好ましいらしい。
それに加えて、元々深優に与えられていた情報、それと密かに調べ直した情報を総合した結果、
玲二自身も食べやすい物のほうが好ましいだろう、という考えの元、用意した料理をパンに挟んでサンドイッチとし、
またサンドイッチが好みで無かった場合に備えて、おにぎりに饅頭、ピロシキやパニーニなども持って来た。
その試みが功を奏した、という訳で無いのだろうが、玲二は特に構わず適当に摘んでいる。
あくまでエネルギー補給、という分類故か特に会話することも無く黙々と食事をする玲二と、
それを内心緊張しながら(邪魔にならないように)眺める深優。
それゆえか、しばし、もくもく、という咀嚼音だけの、会話の無い食事が続いた。
ただ、その状態は、二人ともあまり気にしては居ない。
むしろ、この沈黙が好ましい、とも深優は思っている。
それを内心緊張しながら(邪魔にならないように)眺める深優。
それゆえか、しばし、もくもく、という咀嚼音だけの、会話の無い食事が続いた。
ただ、その状態は、二人ともあまり気にしては居ない。
むしろ、この沈黙が好ましい、とも深優は思っている。
“特に用事は無いんだけど一緒に居たいとか、側にいると何となく心が落ち着くとか”
「…………っ」
「ん、どうした?」
「い、いえ……そういえばやよいさんと言えば、彼女たちのほうはどうですか?」
「……まあまあだな」
「ん、どうした?」
「い、いえ……そういえばやよいさんと言えば、彼女たちのほうはどうですか?」
「……まあまあだな」
饅頭の残りを口に放り込みながら、玲二が言う。
「高槻は真面目さと恐れとを併せ持っている。 一皮向ければ恐らく一番化けるだろう。
逆に山辺はまるで銃を恐れていない、散弾か機関銃を持たせれば現状でも予備戦力としては使えるな。
ファルシータはその中間あたりか、安定さで言うなら一番かもしれないが」
逆に山辺はまるで銃を恐れていない、散弾か機関銃を持たせれば現状でも予備戦力としては使えるな。
ファルシータはその中間あたりか、安定さで言うなら一番かもしれないが」
言って、深優の持参した水筒の中身を飲む。
空になった蓋に、すかさず深優が継ぎ足す。
空になった蓋に、すかさず深優が継ぎ足す。
「実際に、連れて行って大丈夫、と思いますか?」
「さあな、問題は敵を目の前にして実際に撃てるか、だが……。
こればっかりはいくら訓練したところでどうしようもない、そういう意味だと一番安定した戦力は山辺というところか」
「なるほど……」
「さあな、問題は敵を目の前にして実際に撃てるか、だが……。
こればっかりはいくら訓練したところでどうしようもない、そういう意味だと一番安定した戦力は山辺というところか」
「なるほど……」
蓋に八分目まで満たされたところで水筒を戻す。
玲二は三個目を手に取り、一口齧る。
玲二は三個目を手に取り、一口齧る。
「ん……?」
「どうしました?」
「いや、これは……確かロシアの……ピロシキだったか?」
「……ええ、そうですね。それはトーニャさんの作った……」
「最初のは日本のおにぎり、さっきのは中華風の饅頭で、今度はピロシキか、色々と作ったんだな」
「どうしました?」
「いや、これは……確かロシアの……ピロシキだったか?」
「……ええ、そうですね。それはトーニャさんの作った……」
「最初のは日本のおにぎり、さっきのは中華風の饅頭で、今度はピロシキか、色々と作ったんだな」
ピロシキに反応した事で、本人も気付かないうちにトーンダウンした深優に気付かず、玲二は軽く賞賛する。
それが料理全体に対するものである事で、深優の声がまた知らぬうちに元に戻る。
それが料理全体に対するものである事で、深優の声がまた知らぬうちに元に戻る。
「詳しいんですね」
「スラムには何しろ色々な国の料理の店がいろいろあったからな。
昨日まで中華料理屋だった店が次の日には日本料理の看板を出してトムヤムクンを出していたこともある」
「…………はあ」
「スラムには何しろ色々な国の料理の店がいろいろあったからな。
昨日まで中華料理屋だった店が次の日には日本料理の看板を出してトムヤムクンを出していたこともある」
「…………はあ」
それは何か違うのではないか、とも思う深優であったが、玲二は構わずに食べる。
そうして、四つ目を手にしたところで、ふと声を掛ける。
そうして、四つ目を手にしたところで、ふと声を掛ける。
「お前は、食わないのか?」
「え……」
「え……」
深優には、その言葉は完全に予想外であった。
「いえ、これは……玲二の為に用意したものですし、何より私はそれほど食事を必要としては……」
「いいから食べておけ、いざというときにモノをいうのは体力だ。それにどの道一人では食いきれん」
「……はい」
「いいから食べておけ、いざというときにモノをいうのは体力だ。それにどの道一人では食いきれん」
「……はい」
適当に手渡されたそれを両手にとり、少しだけ齧る。
玲二は特に考えた訳では無いのだろうが、それは今玲二が食べているのと同じもの。
オーブンで焼いたチキンと新鮮な野菜を焼いて潰したパンで挟んだイタリアのパニーニ風。
調理時に味見をしていたのだが、どういうわけだか、記憶にあるそれよりも、美味しい。
玲二は特に考えた訳では無いのだろうが、それは今玲二が食べているのと同じもの。
オーブンで焼いたチキンと新鮮な野菜を焼いて潰したパンで挟んだイタリアのパニーニ風。
調理時に味見をしていたのだが、どういうわけだか、記憶にあるそれよりも、美味しい。
と、そこで親指に少しの汚れを見取る。
挟んだ際か、それとも運んでくる時か、少々多めに入れたソースが零れて、それが付いたのだろう。
ちらり、と横に目をやれば、玲二は特に気にもせず、堂々と指についたソースを舐め取っていた。
挟んだ際か、それとも運んでくる時か、少々多めに入れたソースが零れて、それが付いたのだろう。
ちらり、と横に目をやれば、玲二は特に気にもせず、堂々と指についたソースを舐め取っていた。
“そ、その吸血とか……く、口移しとか”
“ああ、ただの緊張感の欠片もなく人目も憚らず年中発情中の色恋のおばかさんですね”
“ああ、ただの緊張感の欠片もなく人目も憚らず年中発情中の色恋のおばかさんですね”
「…………」
僅かに、はしたないとは思いながらも、指についたソースを舐め取った。
大した事の無い行為の筈なのに、頬が少し紅潮しているの気がする。
大した事の無い行為の筈なのに、頬が少し紅潮しているの気がする。
「イタリアの、パニーニだったか?」
「ええ、ご存知なのですか?」
「ああ、キャルがやたら喜んでいた。
『また行きたい』とそう言っていたな」
「ええ、ご存知なのですか?」
「ああ、キャルがやたら喜んでいた。
『また行きたい』とそう言っていたな」
結局、その機会は訪れる事はなかったのだが。
「そう、ですか」
「ああ、だがこれはあの時のより美味いな。
ファルシータ……はここにいたのだから作ったのはクリスか?」
「え…………」
ファルシータ……はここにいたのだから作ったのはクリスか?」
「え…………」
だが、その冷めた感覚の中でなお、深優を呼び覚ます言葉が投げかけられる。
深い意味など無い言葉なのだが、そうと気付かずに自然と口が流れる。
深い意味など無い言葉なのだが、そうと気付かずに自然と口が流れる。
「ん、違うのか?」
「…………私、です」
「…………そうなのか?」
「はい、この中だと、おにぎりと饅頭とパニーニとサンドイッチは私の……」
「…………私、です」
「…………そうなのか?」
「はい、この中だと、おにぎりと饅頭とパニーニとサンドイッチは私の……」
要するにほとんど全部なのだが、焦っている深優は気付かない。
息継ぎも忘れて、己が手を振るった料理を告げる。
息継ぎも忘れて、己が手を振るった料理を告げる。
「そうか、料理、上手なんだな」
「いえ、それほどでも…………変ですか?」
「意外ではある」
「…………」
「ああ、すまないな、悪気は無いんだ」
「余計に、失礼ですよ」
「それも、そうだな」
「いえ、それほどでも…………変ですか?」
「意外ではある」
「…………」
「ああ、すまないな、悪気は無いんだ」
「余計に、失礼ですよ」
「それも、そうだな」
言い終わるが早いか、玲二は今度はサンドイッチに手を伸ばす。
まるで、その食べっぷりが悪気の無い証拠だ、と言わんばかりに。
その気遣いを嬉しく思いながら、深優はそんな玲二を眺めていた。
まるで、その食べっぷりが悪気の無い証拠だ、と言わんばかりに。
その気遣いを嬉しく思いながら、深優はそんな玲二を眺めていた。
”もっと近くにいたい、とかそういう感情の事、心当たり、無い?”
(これの、ことなのでしょうか……?)
会話の無い静寂、それが、何故かひどく安らぎを感じさせた。
だが、その静寂は長くは続かなかった。
鈍く響く機械音と共にエレベーターの扉が開き、中から現れた四人の人間によって、静寂は突如喧騒にとって変わられた。
鈍く響く機械音と共にエレベーターの扉が開き、中から現れた四人の人間によって、静寂は突如喧騒にとって変わられた。
「……あ」
「どうかしたの、て、あら……」
「どうしたのだ?」
「あー、これはタイミングが悪かった、のかな?」
「どうかしたの、て、あら……」
「どうしたのだ?」
「あー、これはタイミングが悪かった、のかな?」
あちゃー、と頭に手を当てる碧と、目を丸くするむつみ。
そして、その後ろからヒョコと顔を出すいつも通りななつきと、言葉とは裏腹に楽しそうな那岐。
そして、その後ろからヒョコと顔を出すいつも通りななつきと、言葉とは裏腹に楽しそうな那岐。
「ああ、深優、これから訓練をするのだが」
「あ…………はい、わかりました」
「あ…………はい、わかりました」
明らかに『やっちまった……』という風の碧、
興味深そうに、だがそれでいて少し悔いるような表情のむつみ、
楽しそうな、それでいて少し意地悪そうな笑みを浮かべて、黙っている那岐。
そんな三人を他所に、状況に気付いていないなつきは、平然と深優に声を掛ける。
興味深そうに、だがそれでいて少し悔いるような表情のむつみ、
楽しそうな、それでいて少し意地悪そうな笑みを浮かべて、黙っている那岐。
そんな三人を他所に、状況に気付いていないなつきは、平然と深優に声を掛ける。
と、そこで碧がなつきをコツン、とやる。
「痛っ! いきなり何をするんだ!」
「なつきちゃん、赤点ね」
「私たちの連帯責任ではあるけど、確かに今のはなつきが悪いわね」
「なっ、ママまで、わ、私が何をしたと?」
「うーん、なつきちゃんて……実はかなりのひとでなし?」
「貴様に言われたくは無い! というか何の話だ!?」
「なつきちゃん、赤点ね」
「私たちの連帯責任ではあるけど、確かに今のはなつきが悪いわね」
「なっ、ママまで、わ、私が何をしたと?」
「うーん、なつきちゃんて……実はかなりのひとでなし?」
「貴様に言われたくは無い! というか何の話だ!?」
明らかに四人とも空気をかき乱しているのだが、もはや言うまい。
こうなってしまっては今更どうしようもないのだから。
こうなってしまっては今更どうしようもないのだから。
「少し、のんびりしすぎたか……」
「玲二、どちらに?」
「カジノだ。 装備の調達をしてくる」
「玲二、どちらに?」
「カジノだ。 装備の調達をしてくる」
言う終わるよりも早く立ち上がった玲二は、そのまま碧たちの側を通り駐車場から出て行った。
気づかぬまま、後を追うように立ち上がった深優には、振り向かぬままに。
気づかぬまま、後を追うように立ち上がった深優には、振り向かぬままに。
「あー、ごめんね深優ちゃん、タイミング悪くて」
「いえ、そのような事はありませんが……何の御用ですか?」
「貴女達Himeの力の確認をしておこうと思ってね、それで来たんだけど」
「そうですか」
「いえ、そのような事はありませんが……何の御用ですか?」
「貴女達Himeの力の確認をしておこうと思ってね、それで来たんだけど」
「そうですか」
もう少しゆっくり来るべきだったか、と悔いる碧とむつみに、何事も無かったかのように無表情で答える深優。
戦力の確認は大事なのだから、それ以上に優先するべきものなど無い、と己に言い聞かせながら。
戦力の確認は大事なのだから、それ以上に優先するべきものなど無い、と己に言い聞かせながら。
「ここで行うのですか? それとも何処か別の場所で?」
「ああ、場所はちょうどいいから此処でやろうと思っていたのだけど」
「そうですか、では準備を」
「ああ、場所はちょうどいいから此処でやろうと思っていたのだけど」
「そうですか、では準備を」
持ってきたバスケットには、まだいくつか食べ物が残されている。
ここに置いておいたとして、後で玲二が食べてくれるだろうか?
とはいえ、持っていく、という選択肢は取れそうに無かった。
ここに置いておいたとして、後で玲二が食べてくれるだろうか?
とはいえ、持っていく、という選択肢は取れそうに無かった。
「えーと、その前に深優ちゃん……」
「何ですか?」
「手、洗ってきたら?」
「何ですか?」
「手、洗ってきたら?」
楽しさ半分、同情半分といったところの那岐が、気付いていない深優に指摘する。
言われて、深優は己が先ほどから手にサンドイッチを持ったままであることを思い出した。
気づかないうちに、両手に力が入っていたのだろう。 サンドイッチは潰れ、ソースが手を伝い手首のほうにまで流れていた。
言われて、深優は己が先ほどから手にサンドイッチを持ったままであることを思い出した。
気づかないうちに、両手に力が入っていたのだろう。 サンドイッチは潰れ、ソースが手を伝い手首のほうにまで流れていた。
「あ、いえ、これは……」
僅かに慌てながら、証拠を隠滅するように、潰れたサンドイッチを口に放り込む。
口に含んだそれは、何故だか、先ほどよりも酷く味気ないものに感じた。
手首に伝わったソースを、舐め取ろうという気は、起きなかった。
口に含んだそれは、何故だか、先ほどよりも酷く味気ないものに感じた。
手首に伝わったソースを、舐め取ろうという気は、起きなかった。
・◆・◆・◆・
いくら魔術の鍛錬と言えども行う場所というものがある。
例えば魔力を紡ぎ練り上げるために適した霊的な場。
精神の統一が図りやすい静かな場所。と色々な場があるだろう。
例えば魔力を紡ぎ練り上げるために適した霊的な場。
精神の統一が図りやすい静かな場所。と色々な場があるだろう。
彼女達が集まった鍛錬の場は。
白く、限りなく太陽の光に偽装された照明設備。
広大な敷地のど真ん中に配置された、これまた巨大な円形のプール。
プールの周りにはデッキチェアとパラソルが立ち並び。
自動販売機に行けば冷たいジュースを買うことができる。
お腹が空けばかき氷や焼きそばやラーメンを買うことができるのだが、生憎従業員は存在しない。
白く、限りなく太陽の光に偽装された照明設備。
広大な敷地のど真ん中に配置された、これまた巨大な円形のプール。
プールの周りにはデッキチェアとパラソルが立ち並び。
自動販売機に行けば冷たいジュースを買うことができる。
お腹が空けばかき氷や焼きそばやラーメンを買うことができるのだが、生憎従業員は存在しない。
そう、ホテルの敷地内にある室内プールが特訓の場となっていた。
そこに集まった華やかな水着姿の乙女達。
彼女達は来るべき決戦に向けて猛特訓を―――
そこに集まった華やかな水着姿の乙女達。
彼女達は来るべき決戦に向けて猛特訓を―――
「―――するわけねえだろ……」
と、プールサイドに座り込みがっくりと項垂れる九郎だった。
「おい、アル。普通に考えてこんな所で特訓なんてありえんだろ……」
「うぐぐ……何を言っておる九郎。桂を見てみよ! 刀の素振りをしているではないかっ!」
「あーそうですね。やっと遊ぶに飽きて、取り合えず刀の素振りを始めてみたのが30分前の出来事ですが何か?」
「うぐぐ……何を言っておる九郎。桂を見てみよ! 刀の素振りをしているではないかっ!」
「あーそうですね。やっと遊ぶに飽きて、取り合えず刀の素振りを始めてみたのが30分前の出来事ですが何か?」
刀の素振りをしてる桂を見てぼやく九郎。
水着姿で刀を振るう桂の姿は端から見ればすごくシュールな光景である。
水着姿で刀を振るう桂の姿は端から見ればすごくシュールな光景である。
「那岐の奴……神崎の監視がどうとか言って本当はただ女の子の水着姿が見たかっただけだろうが……
しかも気がついたらいつの間にかにどっか行ってるし……」
しかも気がついたらいつの間にかにどっか行ってるし……」
発案者である那岐は知らぬ間に姿を消していた。
碧は遊ぶだけ遊んだ後、カジノへ行った。
なつきも特訓らしい特訓もしないままクリスのところに行った。
碧は遊ぶだけ遊んだ後、カジノへ行った。
なつきも特訓らしい特訓もしないままクリスのところに行った。
結論:何も特訓していない。
「ゆ、柚明は汝が付きっ切りで特訓していたぞ!」
「ちげーよ。あれは水泳の練習って言うんだよ! ずっと柚明さんに泳ぎを教えて俺はヘトヘトだっつーのッ!」
「ちげーよ。あれは水泳の練習って言うんだよ! ずっと柚明さんに泳ぎを教えて俺はヘトヘトだっつーのッ!」
まともに顔を水に付けられない柚明にひたすら付きっきりだった九郎。
特訓の甲斐もあって25メートルを足を付かずに泳ぎきるぐらいまでは成長したのである。
素晴らしい特訓成果である。万歳三唱。
特訓の甲斐もあって25メートルを足を付かずに泳ぎきるぐらいまでは成長したのである。
素晴らしい特訓成果である。万歳三唱。
「腹減った……もう昼前じゃねえか……」
九朗は膝を抱えぼうっと辺りを見回す。
視界に桂の姿が目に入る。
縦に、横に刀を鋭く振るう桂の姿に九郎はある違和感を覚えた。
視界に桂の姿が目に入る。
縦に、横に刀を鋭く振るう桂の姿に九郎はある違和感を覚えた。
「なあアル。桂はサクヤの血で鬼になったんだよな?」
「ああ、そうだ」
「鬼ってなんだ、ただの女子高生でもそれなりに様になる剣術を身に付けられるものなのか?」
「いや……そのようなことは……素の身体能力は遥かに人を凌駕しておるが戦闘技術そのものは素人そのものだ」
「桂の素振りちょっと見てみ、あの振りは素人のそれじゃないぜ」
「ああ、そうだ」
「鬼ってなんだ、ただの女子高生でもそれなりに様になる剣術を身に付けられるものなのか?」
「いや……そのようなことは……素の身体能力は遥かに人を凌駕しておるが戦闘技術そのものは素人そのものだ」
「桂の素振りちょっと見てみ、あの振りは素人のそれじゃないぜ」
九郎の促されアルは桂に視線を移す。
刀を振るう桂のその姿はしっかりと腰が入った物であり、
武術に関しては門外漢であるアルにとってもそれが完全な素人の物には思えなかった。
刀を振るう桂のその姿はしっかりと腰が入った物であり、
武術に関しては門外漢であるアルにとってもそれが完全な素人の物には思えなかった。
「よう、いい感じじゃねえか」
「あ、九郎さん! ほらわたしもちゃんと練習してるよーっ」
「あ、九郎さん! ほらわたしもちゃんと練習してるよーっ」
そう言って刀を振るう桂。
ヒュンと風切り音を発して刃が振るわれた。
ヒュンと風切り音を発して刃が振るわれた。
「それは良いことなんだが……桂、お前剣道が何かやってたか?」
「ううん、何にも」
「いや、剣の素人にしては筋が通った振りしてるなと思ってな。それに構えもそれっぽいどこかの流派っぽく見えたんだが……」
「うん、烏月さんの太刀筋を真似してみたんだけど……やっぱりうまくいかないや」
「(……アル、見よう見まねって簡単に出来るものなのか)」
「(まさか……よほどのセンスがないかぎりはそんなうまくは……)」
「ううん、何にも」
「いや、剣の素人にしては筋が通った振りしてるなと思ってな。それに構えもそれっぽいどこかの流派っぽく見えたんだが……」
「うん、烏月さんの太刀筋を真似してみたんだけど……やっぱりうまくいかないや」
「(……アル、見よう見まねって簡単に出来るものなのか)」
「(まさか……よほどのセンスがないかぎりはそんなうまくは……)」
「どうしたの二人とも?」
「いや、何でもない。練習続けてくれ」
「うんっ」
「そういや柚明さんは?」
「柚明お姉ちゃんならあそこだよ」
「いや、何でもない。練習続けてくれ」
「うんっ」
「そういや柚明さんは?」
「柚明お姉ちゃんならあそこだよ」
そう言ってプールの隅を指差す桂。
「サンキュ、ちょっと柚明さんのところに行ってくる」
一人剣の練習をする桂をよそに九郎とアルは柚明の元へ向かうことにした。
広大なプールの隅に様々な武器や道具が散乱している。
これらは全てアルが持ってきた物、この島で集めた武器道具である。
本来ならこれを手にして特訓を行うはずであったが、結局は遊びの場と化してしまい、
邪魔だからという理由で隅に追いやられてしまっていた。
物言わず照明の光を反射し煌く騎士王の聖剣の姿が物悲しい。
これらは全てアルが持ってきた物、この島で集めた武器道具である。
本来ならこれを手にして特訓を行うはずであったが、結局は遊びの場と化してしまい、
邪魔だからという理由で隅に追いやられてしまっていた。
物言わず照明の光を反射し煌く騎士王の聖剣の姿が物悲しい。
そんな忘れ去られた場所に柚明の姿があった。
ずっと泳ぎの練習をしていたが、さすがに何もしないのはばつが悪いと思い。
なにか今後の役に立ちそうな物はないかと探しに来ていたのである。
ずっと泳ぎの練習をしていたが、さすがに何もしないのはばつが悪いと思い。
なにか今後の役に立ちそうな物はないかと探しに来ていたのである。
柚明の課題は攻撃力不足。
確かに柚明は月光蝶という能力を持っており、攻撃・防御・回復と汎用性が高い。
しかし月光蝶による攻撃はいささか効率が悪い。
実体のない霊体のみの存在や、霊体が実体化した存在―――今の柚明やアルのような存在には効果が高いが、
霊よりも肉に重みをおいた人間、ましてやロボットような存在には相性が悪いである。
もっと物理的な攻撃力を、接近戦で剣を振るうにはあまりにも練度が足らない。
最悪銃を使えばいいのだが、素人である以上命中率は期待できそうにない。
そこで何か魔術的な道具はないかと探しにきた柚明であるが―――
確かに柚明は月光蝶という能力を持っており、攻撃・防御・回復と汎用性が高い。
しかし月光蝶による攻撃はいささか効率が悪い。
実体のない霊体のみの存在や、霊体が実体化した存在―――今の柚明やアルのような存在には効果が高いが、
霊よりも肉に重みをおいた人間、ましてやロボットような存在には相性が悪いである。
もっと物理的な攻撃力を、接近戦で剣を振るうにはあまりにも練度が足らない。
最悪銃を使えばいいのだが、素人である以上命中率は期待できそうにない。
そこで何か魔術的な道具はないかと探しにきた柚明であるが―――
「……っ」
軽い眩暈を覚える。
チリチリと脳に微弱な電流が走る奇妙な感覚。
柚明は何かに導かれるようにそれを手に取った。
古びた羊皮紙で綴られた一冊の魔導書、それが違和感の元だった。
チリチリと脳に微弱な電流が走る奇妙な感覚。
柚明は何かに導かれるようにそれを手に取った。
古びた羊皮紙で綴られた一冊の魔導書、それが違和感の元だった。
柚明はページを捲る、どこの国の単語かわからない謎の言語の羅列。
だけど読める。
読めるけど内容を理解できない。
内容を理解してしまえば狂いかねない、外道の知識。
なのに脳は一言一句、それを焼き付けていく。
だけど読める。
読めるけど内容を理解できない。
内容を理解してしまえば狂いかねない、外道の知識。
なのに脳は一言一句、それを焼き付けていく。
「くぅ……うっ……!」
バチバチと脳の回路がショートし寸断されていく。
まるで神経細胞そのものがぶちぶちと焼き切れていくような感触
背中に火掻き棒を差し込まれたような熱い痛み。
まるで神経細胞そのものがぶちぶちと焼き切れていくような感触
背中に火掻き棒を差し込まれたような熱い痛み。
「っぁ……」
バラバラになった配線が再び形を成す。
新たに組みあがった配線―――魔術回路が柚明に刻み込まれる。
新たに組みあがった配線―――魔術回路が柚明に刻み込まれる。
「はぁっ……はぁっ……」
肩で息をする柚明。先ほどから感じていた眩暈も、身体中を駆け巡る痛みもすっかり治まっていた。
そんな柚明のところに九郎とアルがやってきた。
そんな柚明のところに九郎とアルがやってきた。
「おーい柚明さん……って何やってんの」
「あ、あの……」
「あ、あの……」
柚明の手に抱えられた一冊の本にアルは気がついた。
「柚明……汝はそれを読んだのか!?」
「は、はい……」
「身体の調子はどうだ? 頭痛がしたり幻聴や幻覚を見たりはしなかったか?」
「読んでる時、頭痛や身体中が痛くなりましたけど今は平気です……」
「ふむ……一応は柚明と相性が良かったというわけか……」
「アル、柚明さんは何を読んだんだ? 見たところ魔導書だと思うが……」
「ああ、屍食教典儀だ」
「ぶっ!?」
「は、はい……」
「身体の調子はどうだ? 頭痛がしたり幻聴や幻覚を見たりはしなかったか?」
「読んでる時、頭痛や身体中が痛くなりましたけど今は平気です……」
「ふむ……一応は柚明と相性が良かったというわけか……」
「アル、柚明さんは何を読んだんだ? 見たところ魔導書だと思うが……」
「ああ、屍食教典儀だ」
「ぶっ!?」
アルの答えに吹き出す九郎。
「おまっ、屍食教典儀と言えばティトゥスの持ってた正真正銘の魔導書じゃねえか! そんな物まで持ってきてたのかよっ!」
「そうだ、少しでも戦力の足しになるかと思ってな。
本当なら妾が側について危険な様ならすぐに止めるはずだったが……この様子だと心配は無さそうだのう」
「アル……まさか妖蛆の秘密はここにないだろうな?」
「安心しろ、さすがにアレは厳重に保管しておる」
「そうだ、少しでも戦力の足しになるかと思ってな。
本当なら妾が側について危険な様ならすぐに止めるはずだったが……この様子だと心配は無さそうだのう」
「アル……まさか妖蛆の秘密はここにないだろうな?」
「安心しろ、さすがにアレは厳重に保管しておる」
数々の人間の運命を狂わせた妖蛆の秘密。
それに比べて屍食教典儀は剣を生成すると言った単純な物、
ゆえにアルは大きな危険性はないと判断し、魔力を扱える人間に使わせようとしていた。
柚明が先に読んでしまうという誤算はあったものの、魔導書による副作用は今の所見当たらない。
アルは柚明に屍食教典儀を託すことにした。
それに比べて屍食教典儀は剣を生成すると言った単純な物、
ゆえにアルは大きな危険性はないと判断し、魔力を扱える人間に使わせようとしていた。
柚明が先に読んでしまうという誤算はあったものの、魔導書による副作用は今の所見当たらない。
アルは柚明に屍食教典儀を託すことにした。
「柚明、術式の組み方と組んだ術式の制御は解るか?」
「はい、感覚的にですが……」
「十分だ。今から柚明は妾と特訓だな。ある程度身についたら……ふむ、模擬戦をやってみるのも悪くない」
「はい、感覚的にですが……」
「十分だ。今から柚明は妾と特訓だな。ある程度身についたら……ふむ、模擬戦をやってみるのも悪くない」
「「模擬戦!?」」
アルの意外な提案に声をハモらせる九郎と柚明だった。
「う~ん、模擬戦はさすがに危ないんじゃないか?」
アルの提案した模擬戦は2vs2のタッグマッチ。
アル・九郎ペアと桂・柚明ペアである。
もちろん九郎とアルはマギウススタイルで桂と柚明を相手にすることになる。
アル・九郎ペアと桂・柚明ペアである。
もちろん九郎とアルはマギウススタイルで桂と柚明を相手にすることになる。
「来るべき戦いに向けて己の力量を計るのは当然のこと。考えてもみよ、我らは数少ない戦闘要員なのだぞ?
それだけ相手も強力な者をぶつけてくるだろう。それに柚明の魔術がいかほどなものか見てみたいしのう」
「柚明お姉ちゃんの新しい必殺技なんだねっ。わたしも見てみたいなあ~」
「そうは言うがよ桂……模擬戦とはいえ本格的な物だぞ? 普通に殴られたり怪我するかもしれないんだぞ?」
「大丈夫だよ九郎さん、わたしならちょっとやそっと殴られても平気だもん!」
「いや俺が困るんだが……女の子を殴るのはさすがに気がひけるし……」
「なんだ九郎、そんな理由とは汝も存外ヘタレよのう……汝より年下の人間が意気込みを見せておるのに」
それだけ相手も強力な者をぶつけてくるだろう。それに柚明の魔術がいかほどなものか見てみたいしのう」
「柚明お姉ちゃんの新しい必殺技なんだねっ。わたしも見てみたいなあ~」
「そうは言うがよ桂……模擬戦とはいえ本格的な物だぞ? 普通に殴られたり怪我するかもしれないんだぞ?」
「大丈夫だよ九郎さん、わたしならちょっとやそっと殴られても平気だもん!」
「いや俺が困るんだが……女の子を殴るのはさすがに気がひけるし……」
「なんだ九郎、そんな理由とは汝も存外ヘタレよのう……汝より年下の人間が意気込みを見せておるのに」
やれやれといった表情のアル。
「うっ……うるせぇ! わかったよ! やりゃ良いんだろやりゃあっ!」
「柚明お姉ちゃんはもちろんするよね?」
「えっ……!?」
「するよね?」
「柚明お姉ちゃんはもちろんするよね?」
「えっ……!?」
「するよね?」
ニコニコと笑顔で柚明の顔を見つめる桂。
その笑顔のプレッシャーに負け仕方なく「うん」と答える柚明だった。
その笑顔のプレッシャーに負け仕方なく「うん」と答える柚明だった。
「でもその前にお昼にしようよ。わたしお腹すいちゃった……」
「ああ、俺もハラ減った……メシ抜きで模擬戦はさすがに無理」
「ま、腹が減っては戦はできぬと言うしのう……模擬戦は午後からよの」
「ですね。それじゃあ食堂に行きましょう」
「ああ、俺もハラ減った……メシ抜きで模擬戦はさすがに無理」
「ま、腹が減っては戦はできぬと言うしのう……模擬戦は午後からよの」
「ですね。それじゃあ食堂に行きましょう」
こうして四人は空腹を満たすべく食堂に向かうことになったのである。
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