ハイラル城の一室に運び込まれた頃にはゼルダはとっくに意識を取り戻していた。
男性二人の会話が聞こえた時には恐怖を抱いた。自分はこれから殺されるのではないか、と。
しかしクロノとグレイグの会話の内容から彼らの方針を聞き出して、それが杞憂だったのだと思い知らされた。
しばらくはこのままクロノ達から情報を聞き出そう。そう思い狸寝入りを続けていたが彼らの会話の内容はゼルダの想像を絶するものだった。

「――とまぁ、こんな感じだな。中々ロマンチックだろ?」
「異なる時間を行き来して世界を救う、だと……信じ難いな……」
「そりゃお互い様だろ。一度世界が滅ぼされ、それでもそっちの世界の魔王を倒すなんてすごい話だ。……どうやらお互い、違う世界から連れてこられたみたいだな」

彼らの語る己の世界での出来事はおとぎ話のようだった。
厄災ガノンという異質な存在を目の当たりにしそれの退治に全力を尽くしてきたゼルダも十分現実離れしているが、彼らは度を越えている。
特にクロノに至っては過去や未来を行き来し世界を滅ぼす存在を打倒したという話だ。
リンクを百年治癒させたように時の流れを止める術は思い当たるものの、過去や未来に行くなどという芸当聞いたこともない。
思わず声を上げそうになりながら、ゼルダは一人思考に耽けていた。

(――もしも、私が過去に戻れたならば……)

ハイラル城陥落の原因の一つとして、ゼルダの研究したガーディアンや神獣がガノンに乗っ取られたことにある。
ゼルダ本人は無論ガノンに対抗すべく研究を進め、その起動に成功したときにはゼルダのみならず英傑たちもそれを喜び讃えた。
ガーディアンや神獣の破壊力ならばガノンに勝てる――そう思っていたのに。
復活した厄災はガーディアンや神獣を操り、英傑やハイラルの人々を圧倒的な力で惨殺した。
そしてリンクが眠りについた理由もガーディアンの大群から命を懸けて自分を守ったからだ。
考えないようにはしていたが、もしも過去に戻れたならば遺物研究などという”余計なこと”はしないだろう。

「……失われた時は戻らない。俺はそれで心を壊した人を知っている」
「それって……さっき言ってたマルティナって子の話か?」
「ああ。イレブンは世界樹崩壊を阻止すべく過去に戻ったが……俺たちはこの世界で生きている。世界は必ずしも一つではないのだ」
「……、……そりゃ俺にとっちゃ耳が痛い話だね。じゃあアンタは過去に戻りたいなんて思わないってのか?」

ゼルダは最初、この二人と行動を共にする予定だった。
グレイグとクロノは話を聞く限りリンクに匹敵するか、それ以上の力の持ち主だ。
無力な少女を演じればきっと守ってもらえるだろう。そして参加者が減ってきた頃に不意をついて殺せばいい。
そう思っていたが、

「――悔やむことはある。あのとき俺がこうしていれば、と己を恥じることなど常日頃からだ。しかし、俺が過去に戻ることで誰かが悲しむのならば……俺だけが何もかもが上手くいき、恵まれた世界に向かう権利などないだろう」

それを聞いてゼルダは確信する。
ああ、彼らと自分は分かり合えない――と。


「……ん、……」
「目が覚めたか、気分はどうだ?」
「悪いな、こんな埃っぽい部屋で。休めそうな場所がここぐらいしかなくてさ」


ゼルダは再び孤独の道を歩む算段を立てる。
自身が生まれ育ち、百年間ずっと暮らしていたハイラル城。その土地勘を活かし計画を企てることは容易だった。
さらに言えばゼルダが眠っていた部屋は他ならぬ彼女自身の私室。
――最高のスタート地点を手に入れたゼルダにとって、彼らを思い通りに動かすことなど造作もなかったのだ。

私室から牢屋の入り口へ向かい、スタルヒノックスと遭遇させるために片方の靴を落とす。
そして適当な場所で叫び声を上げ、グレイグとクロノをおびき寄せる。
その足で見晴らしがよく、弓を引くには十分のスペースを持った展望室へと向かう。
一連の流れに一切のムダはない、断言できるほどの最短。環境すべてを味方につけたゼルダは実力以上の力を発揮することができた。




矢の速度とは素人の射ったそれでも簡単に見切れるものではない。
シャドウとの戦いを繰り返し修羅場を潜り抜けてきた千枝がゼルダの矢を躱せなかったように、その理はこの場でも通用するのだ。それが同時三本となればなおさらに困難となる。

そのはずなのに、ゼルダの予想は裏切られることとなった。

「……な、……!」

目の前のグレイグは同時三本の矢を対処してみせた。
頭を狙う矢は身を屈め、脇腹を狙う矢は盾で弾き、足元を狙う矢は斧で切り払う。
一本一本に対する対処ならばゼルダの知るリンクでも十分可能な域だ。しかしそれが同時三つとなると話が違う。
幾百の戦場にて無敗を誇るデルカダールの英雄の二つ名は伊達ではない――!

「ゼルダ姫。貴方は私では考え付かぬ苦難の道を歩んできたのかもしれません。貴方が私に矢を向けたのも、相応の事情あってのものなのでしょう」

重く踏み込むグレイグを見てゼルダは再び矢をつがえる。
しかしゼルダが弦から指を離すよりも早くグレイグは彼女の懐へ潜り込んだ。

「ですが……」
「あっ――!」

あっという間に組み伏せられたゼルダは勢いよく地面に衝突する。
その衝撃に悶える間もなくグレイグの荘厳な顔が視界を覆い、一切の抵抗を許されなかった。

「――貴方は、人を殺してはならない!」
「っ……!」

あまりの剣幕にゼルダは押し黙る。
そうして暫し睨み合い無言の時が流れ、優位に立っているグレイグが最初に切り出した。

「ゼルダ姫、貴方はなぜ殺し合いに乗ったのですか!」
「彼らの言う願いを叶えるという褒美……それを求めたのです。私には叶えるべき願いがあります」
「だからといって、己の欲望のために他者を殺すなどあってはならない! そんなことをせずとも他に道はあるはずです!」
「――貴方は強いからそんなことを言えるのです!!」
「っ……!」

ゼルダの反論にグレイグは厚い喉を震わせる。
知っているからだ。力を持つ自分を追い求め、魔物となった戦友ホメロスの存在を。
人間とはどうしても自分を中心に世界を見る生き物だ。将軍の名の通り猛威を振るった自分ではホメロスの気持ちを理解することはできなかったように。
それが原因でホメロスは――

「くッ……!?」

蘇る記憶に苛まれ力を緩めてしまった一瞬、ゼルダは辛うじて動く右手でアンティークダガーを握りグレイグの胸元へと振るう。
間一髪で身体を離し避けたものの拘束を解く形になってしまった。拘束から逃れたゼルダはすぐさま立ち上がりグレイグと見合う。
問題ない、弓は遠くへ弾いてある。加えてダガーも持ち手が素人な分対処に苦労はしない。
将軍としての冷静な洞察はしかし、次のゼルダの一手に崩されることとなる。

「……やはりグレイグ、貴方は強いのですね。だからこそこんな殺し合いに縋ることしか出来ない人間の気持ちなど、理解できないのでしょう」

ダガーを握るゼルダの手が震える。
紡ぐ言葉にも恐怖が混じっているのがわかった。

「だから……」
「なっ、まさか――!?」

小刻みに揺れるダガーの行き先はグレイグではなくゼルダ自身の喉元だった。
その行為が何を意味するのか。最悪の結末を予想したグレイグは即座に駆け出した。

「こんな理不尽な世界、生きる意味などない」
「やめろっ!! ゼルダ――!」

手を伸ばす。もう目の前で命を失わせなどしない。
手を伸ばす。救える存在が救えぬなどあってはならない。
手を伸ばす。二度と同じ過ちを繰り返しはしない。


そうして伸ばした将軍の右手は――刃に貫かれた。


「……な」

右手首に深く突き刺さるダガー。
溢れる鮮血に次いで激痛がグレイグを支配する。
力の入らない右手はカランとグレートアックスを落とした。見上げれば、バルコニーから抜け出したゼルダが弓を拾い上げ矢をつがえている姿が映る。

「無力な少女だと、油断していたのでしょう」

ヒュン、と聞き覚えのある風切り音と共にグレイグの身体に三本の矢が突き刺さる。
吐血と同時に枯れた息を漏らした。言葉を紡ごうにも喉から出てくるのは空気ばかりで、声にならない。

「相手は何も出来ない少女だ、負けるはずがない――そう考えていたのでしょう、グレイグ」

再び訪れる矢の雨にグレイグはついに膝をつく。
狙いが粗雑とはいえ肉を貫く感覚と痛みは将軍の意識を容赦なく白く染め上げる。
もはや言葉も届いていない。そう理解したゼルダは冷徹に第三の矢を放つ準備を整えた。

「――あなたに、私の気持ちは理解できない」

放たれた矢は面白いほどにグレイグの正中線を貫いた。
胸、腹、喉を潰されたグレイグはスローモーションのように倒れ込む。
その様は世界を救った英雄にしてはひどく無様で、呆気なくて、ゼルダは初めて人を殺した恐怖よりも先に、こんなものなのかという憐れみさえ湧いた。

いつクロノが来るかわからない。
現場を見られてしまえばお終いだ。ゼルダは慎重にグレイグの支給品を回収しようと踏み出し――歩みを止める。
瞠目するゼルダの瞳は、揺りかごのように揺らめいていた。

「な、なぜ……!」

ありえない。こんなこと、あってはならない。
手首を貫き、体中を矢で射抜かれたはずなのに。


「――なぜ、生きているのですかっ!?」


将軍、グレイグは立ち上がりゼルダを見据えていた。



□ □ □



いつだっただろうか。
イレブンが過去に戻り数ヶ月が経った頃、魔物退治の旅の途中で俺たちはキャンプをしていた。
旅の中心だったイレブンがいなくなったことでパーティの雰囲気はどこか重く暗いものとなっていた。
無論、みな自覚などしていないだろう。俺だって自分が気づいていないだけで、雰囲気を悪くしている原因の一つなのかもしれない。

シルビアやロウ様が場を盛り上げ、カミュが茶化し、セーニャがそれを見て笑う。
前と変わらないように見えるが、それを見るたびに違和感を覚えてしまう。あいつが、イレブンがいないことに。
付き合いの浅い俺でもそう思うのだから、他の仲間たちはさらにひどいはずだ。
それでも表には出さないでいられる彼らがとても眩しく見えて、俺はいつしか彼らと距離を置くようになった。
彼らと俺は違う。俺に仲間面する資格などはない――それをせめてもの罰として、彼らに対する罪悪感を具現化していた。

皆が寝静まった頃、俺は不意に目を覚ました。胸に妙なざわつきを覚えたのだ。
水でも飲もうかと立ち上がった時、小岩に腰掛け海を眺めているマルティナ姫を目にした。

おそらく姫はイレブンを失って最も影響を受けた人物だろう。
姫はイレブンを想っていた。鈍い俺でもその程度のことは察していた。
イレブンが過去に戻った後、マルティナ姫は次第に心を閉ざしていった。仲間とも話さずただ一人で魔物を狩り続ける姿は、見ていて悲痛だった。

だからこそ、俺は彼女の傍に居たかった。
俺が仲間たちと距離を置いたもう一つの理由が姫と共にいる為だったのだから。
その甲斐もあってか滅多に口は開かないが、姫は俺だけは避けずにいてくれた。

『ねぇ、グレイグ』

壮観な海を眺めながら姫が呼びかける。
俺は静かに彼女の隣に移り、共に海に視線を寄越した。

『私たちの今いる世界って、なんなの?』

風に溶ける姫の言葉の意図を俺は掴むことが出来なかった。
世界がなにか、とはどういう意味だろうか。そうして答えあぐねている内に姫が言葉を続ける。

『イレブンは過去に戻って、きっと世界樹崩壊を食い止めたんでしょう。ベロニカも死なずに済んだんでしょうね。それ以外にも沢山死んだ人の死をなかったことにして、彼にとっても皆にとっても理想の世界となったはずよ』

早口で捲し立てる姫様の様子はいつにも増して異質だった。
不穏な予感が胸を打つ。聞いているだけで姫の境遇の片鱗が心に渦巻き、心を重くする。
俺はただ相槌を打ち、頷くことしか出来なかった。

『じゃあ、この世界はなに? 世界が滅び、ベロニカが死に、イレブンが過去に戻って……悪いことばかり。救われなかった世界ということ? そんなの不平等よ。きっとあっちの世界の私はこんな苦悩知らないで、イレブンと一緒にいられるのに……――この世界の私は、イレブンにとって本当の私じゃないの?』

言葉の節々に怒りと悲しみを交える姫に、俺は口を噤んだ。
答えられなかったのだ。感情を殺しつづけた姫がようやく吐き出した不安を俺は受け止めきれなかった。
違うと否定するべきなのかもしれない。それでも出てくる言葉はどれもがあまりに陳腐すぎて、軽すぎて、躊躇ってしまう。
言葉を探し続ける俺を見かねたように姫は溜め息を吐き、「忘れて」と寝床へと戻っていってしまった。

未だに後悔している。
悩みを打ち明けてくれた姫に答えられなかったことを。
救えたかもしれないのに姫の心を殺したままにしてしまったことを。

だからもし、”次”があるのならば――――



□ □ □



白濁とした意識の中でグレイグは思う。
あの時で言った”次”とは、まさに今なのだと。

後悔だらけの人生だった。
何をするにしても空回り、救える存在に手を伸ばせなかった。
だが今の目の前にいる。自分が救えるかもしれない存在が。贖罪を果たすべき相手が。
グレイグは無意識に目の前の悲壮の少女をマルティナと重ねていた。

もし彼女の心を救えるのならば、こんな命くれてやろう。
だが今失うわけにはいかない。あの時の答えを告げるまでは、死ぬわけにはいかない。
でなければついぞこの生涯に意味はなく、後悔だけで終わってしまうからだ。

「こ、来ないでっ!!」

ズダダッとグレイグの身体が射抜かれる。
派手な血飛沫が舞い辛うじて保たれていたグレイグの意識がさらに遠のいた。
それでもグレイグは怯むことなく幽鬼のような足取りでゼルダの元へ進む。
不死身を思わせるグレイグへの恐怖に悲鳴を上げながら、ゼルダは最後の一本となった木の矢をつがえた。

「いや……いやぁっ!!」

狙いなどろくにつけていないそれだが、矢を放つには近すぎる距離感のおかげかすべてがグレイグに降り注いだ。
身を捻るような激痛はまともな思考さえ許してくれず、僅かだった寿命を半分以上削り取る。
それでもまだ生きていられるのは理屈で説明できるものではない。ただ、グレイグの信念がそうさせているのだ。

矢を失ったゼルダに抵抗の術はなく、恐怖で身を竦ませている為逃げることも出来ない。
ただゆっくりと近づくグレイグを前に自分の死をイメージすることしかできず、そのたびにリンクの顔がチラついた。

嫌だ、嫌だ、嫌だ、死にたくない、死にたくない、彼に愛されぬまま死ぬなんて嫌だ――!

恐怖を駆り立てる欲望とは裏腹に、グレイグはゼルダのすぐそこまで迫っていた。

「ひっ……!」

殺される――急激に寒さを帯びるゼルダの身体を、暖かな熱が包み込んだ。
その熱の正体を知ったゼルダは驚愕と困惑に声を漏らす。今まさに命の灯火を失いかけているグレイグが、ゼルダの小さな体を抱きしめていたのだ。
逃げるべきだと頭では理解していても身体が動かない。握られたダガーは音を立てて床へと転がった。

「――姫、よ……」

潰れた喉からグレイグは声を絞り出す。
そのたびに生ぬるい血反吐が込み上がり地獄のような苦しみを覚える。
それでも、いい。問題ない。一人の少女を救えるのだとしたら安すぎる代償だ。

「あなたは、あなただ……世界にたった一人だけの……、……本当の自分は、常に自分の中に、いる……! もしも、この世界が望むべき、ものでなくとも……俺たちは、生きている……! 偽物などでは、ないのだ……!」

視界はすでに白く塗り潰されていて少女の顔を見ることすらできない。
少女を抱き締める腕の感覚すらなくなってきている。もう、数秒も生きられないのだろう。
恐怖はない。後悔もない。もしも神がいるのならば、ここまで寿命を引き伸ばしてくれたことに感謝しよう。
だがもう少しだけ、時間がほしい。たった一言だけ伝えなければならないことがある。


「――俺は、あなたの味方です……姫」


その言葉を最後に、微笑みを浮かべたグレイグはだらりと脱力する。
突如降りかかるグレイグの体重を支えきれずゼルダは背中から倒れ込む。
けたたましく打ち鳴らされる鼓動がグレイグの身体を伝い己に跳ね返る。その鼓動の中に、グレイグのものは含まれていなかった。

「あ、あ……あ……」

死んだ。今度こそグレイグは死んだ。
途端にゼルダの身体はガクガクと震え上がり、失いかかっているグレイグの体温に縋る。
これが人を殺すということなのだ。脳内を真っ黒に塗り潰されて狼狽することしかできない極限の状況にゼルダは追い詰められていた。

「私、は……! 私は……!」

数分の時が経ち、恐怖を取り戻したゼルダは冷たくなったグレイグの遺体を押しのけて己の体を抱きしめる。
グレイグの死の瞬間が頭の中で何度もフラッシュバックした。矢を何度も受けて、それでもなお己を抱き締め語りかけるグレイグの言葉が頭の中を満たす。

グレイグの言葉はゼルダにとっては的外れもいいところだった。
当然だ、グレイグはマルティナに対しての答えをゼルダに告げていたのだから。
結果、グレイグの言葉はゼルダには届かなかった。彼女を正しい道へ進ませることも、救うこともできなかったのだ。

それでも、なぜだろうか。
決意したはずなのに。自分の手を汚すことなど恐れていなかったのに。
殺人を犯した自分がひどく遠いものに感じて、恐ろしくて、逃げ出したかった。
”味方”だと言ってくれたグレイグが死体となり転がっているこの場所が、百年過ごしたはずなのにまるで別の場所に思えてくる。
自分は取り返しのつかないことをしてしまった――グレイグの優しい微笑みを見て、ゼルダはそれを実感する。

「グレイグ、グレイグ……!」

自らが殺したというのにグレイグを揺さぶるゼルダの声はひどく泣きそうだった。
もしかしたらまた立ち上がってくれるかもしれない。意識せずとも心の奥底でそう期待していた。
しかし現実は非情だ。グレイグは二度と起き上がることはなく、彼の温もりも永遠に戻ることはなかった。

「う、あぁぁぁ……! ああぁぁぁぁ……っ!」

原因不明の涙がゼルダの頬を伝い、どうしようもない絶望を表現する。
そうしてゼルダは泣いて、泣いて、泣き続けて――それでも蘇るグレイグの言葉とリンクの顔が衝動となり、彼女の体を突き動かした。




不気味なほどに静かだった。
スタルヒノックスを打ち破り、再び城内を探るクロノは止まぬ胸騒ぎに危機感を抱く。
ゼルダはともかくとしてグレイグの声までが聞こえない。まるでこの城には自分ひとりしかいないのではないか、そう思ってしまうほど静かだ。

クロノの足は導かれるように展望室へと向かっていた。
壊れかけの扉を蹴破り中へと転がり込む。と、そこには見慣れた男の姿があった。
ただしそれは生きている姿としてではなく、無残な遺体として。

「――グレイグ」

重く、静かに名を呼ぶ。
グレイグは応えない。クロノはうつ伏せに倒れ込む彼の遺体を仰向けに直し、顔を顰めた。
右手首に深い刺し傷が刻まれ、体の至る箇所にはおびただしい数の矢が刺さっている。
あまりに惨たらしい傷跡を残しながらもグレイグの顔はどこかやりきったような笑みを浮かべていた。

「……はは、なんだよこれ。俺、なにやってたんだよ」

クロノは膝から崩れ落ちながら乾いた自嘲を漏らした。
ここで何があったのか想像するのは容易だ。なんと言ったってグレイグに刻まれた傷跡はゼルダの持つ武器と一致しているのだから。
頭の中で最悪の光景がイメージされる。ああ、そうか。まんまとハメられたわけだ。
ゼルダがグレイグを殺した。そう結論づいた瞬間この殺し合いで自分が行ってきたことすべてが茶番に思えてきた。

グレイグとともにガーディアンを殲滅したことで、ゼルダの行動範囲に自由を与えることになった。
ガーディアンとの戦いで傷ついたグレイグの手当てに時間を要したが、そのグレイグは死んでしまった。
倒れているゼルダを助け部屋に運び込んだことで、この悲劇が生み出されてしまった。

すべてが空回り。意味のないどころか悪い方向に運んでいる。
六時間という貴重な時間を無駄にしてクロノが得たものといえば、このどうしようもない虚無感だけだ。
時計を見ればもう放送が近い。今からゼルダを追う気にもなれず、クロノは半ばやけになったように座り込んだ。


――こんなはずじゃなかった。


クロノはこの殺し合いを壊し、英雄になるつもりだったのだ。
志を同じくしたグレイグという強力な仲間を連れ、ゼルダを助け、仲間を増やしていくつもりだった。
事実クロノは元の世界で仲間を増やし、人々を助け、そうして世界を救ったのだから。
けれど今はどうだろう。力を持ちながらそれを活かせず、なんの成果も得られないまま放送を迎える。
クロノの心に影が手を伸ばす。味わったことのないほど大きな挫折はクロノから器を削ぎ落とした。

「なぁ、グレイグ……アンタは一体、最期に何を見たんだ?」

苦悩する自分とは真逆に微笑むグレイグを見て、クロノは問いかける。
やはりグレイグは応えてくれない。クロノは再び自嘲を浮かべ、白く輝く刀を床に突き刺した。


【グレイグ@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて 死亡確認】
【残り61名】

※グレイグの遺体はハイラル城の展望室に放置されています。

【A-4/ハイラル城 展望室/一日目 早朝】
【クロノ@クロノ・トリガー】
[状態]:健康、虚無感
[装備]:白の約定@NieR:Automata
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(1個)
[思考・状況]
基本行動方針: 英雄として、殺し合いの世界の打破……?
1.放送を聞く。
2.こんなはずじゃなかったのに。

※ED No.01 "時の向こうへ"後からの参戦です。
※元の世界の仲間が参加していることを知りません。
※グレイグからドラクエ世界の話を聞きました。





グレイグの支給品を回収し、展望室から抜け出したゼルダはふらふらと森を歩いていた。
おぼつかない足取りは今にも転んでしまいそうなほど危なっかしくて、左手に構えた盾の重さで何度かバランスを崩しかけている。
そんな危ない状態でもなんとか前を歩けているのは一重にグレイグのおかげだった。

「……グレイグ、貴方の死は……なかったことになどさせません」

元々芯の強い性格だったゼルダはグレイグの死を経て、より決意を固めることとなった。
グレイグは言った、あなたはあなただ――と。その通り、ゼルダはゼルダに他ならない。封印の力しか価値のない女王などではない。
グレイグは認めてくれたのだ、ゼルダという存在を。リンクを百年前に戻すため自らの道を血に汚す自分を応援してくれたのだ。
ならばグレイグの遺志を引き継ぐ権利がある。

私室で話していたように彼は過去に戻ることや出来事をなかったことにすることに抵抗がある。
だから、彼の死はなかったことにはさせない。グレイグはグレイグとして死んだ。願いでそれをなかったことにするなど、彼の誇りを汚すようなものだ。
それはあってはならない。だからこそ願いはリンクのためにとっておく。
それがグレイグの遺言を間違って汲み取ってしまった姫が生み出したこの殺し合いにおいての自分の在り方だった。

皮肉なものだ。
殺しをやめさせるべくグレイグが遺した言葉が原因で、ゼルダはより人を殺す決意を固めたのだから。

しかし自分が参加者全員を殺し回れると思うほどゼルダは馬鹿ではない。
実際、グレイグへ全ての矢を消費してしまったのは痛かった。残っている武器はアンティークダガーと雷の矢が一本、そして自分が扱えないグレートアックスのみ。
こんな状態では千枝やグレイグ、クロノのような強者が相手ならば殺すどころか逃げ切ることすら怪しい。
せめてキリキザンを治療したいが、それよりも効率的な方法がある。

「私を、守ってくれる存在を探さないと……グレイグのような優しい人も、きっといるはずだから……」

当初考えていたステルスマーダーとして生き残る計画。
無力な自分が勝ち残るにはその道しかない。となれば、グレイグ達のように力を持った善良な人間を探さなければならない。
マーダーとの鉢合わせを避けるため、これからは幾分か慎重に動かなければならない。
靴が脱げ裸足となった右足を土で汚しながら森を歩くゼルダの姿は、誰が見ても無力なか弱い少女だろう。
正直に言えばそういった印象を抱かれることは好ましくないが、この際しかたない。
不思議なことにゼルダの心からは恐怖が消えていた。


時を刻む時計。
その時計の針は波乱を経て段々と狂い始める。
失った時を悔やみ己が責任を果たす者、過去の勇者を求める者、過去や未来の時を渡った者。
時に囚われし者たちの邂逅は、この殺し合いをどう乱すか――――


【A-4/ハイラル城外 森/一日目 早朝】
【ゼルダ@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド】
[状態]:ダメージ(小)、疲労(大)、決意、右の靴が脱げている
[装備]:アンティークダガー@Grand Theft Auto V、古代兵装・盾@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド
[道具]:基本支給品×2、オオワシの弓@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド、雷の矢@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド、モンスターボール(キリキザン)@ポケットモンスター ブラック・ホワイト、グレートアックス@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて、グレイグのランダム支給品(1個)
[思考・状況]
基本行動方針: 殺し合いに優勝し、リンクを100年前の状態に戻す。
1.誰かに守ってもらい、不意打ちを狙う。
2.私は、私……。
3.今のリンクは、騎士として認めたくない。
4.最初の会場でダルケルと目が合った気がするけど、そんなはずは……。

※ガノン討伐後からの参戦です。
※グレイグとクロノからそれぞれドラクエ、クロノ・トリガーの世界の情報を得ました。

【モンスター状態表】
【キリキザン ♂】
[状態]:ひんし
[特性]:まけんき
[持ち物]:なし
[わざ]:つじぎり、シザークロス、ストーンエッジ、メタルバースト
[思考・状況]
基本行動方針:主人に従う。
1.???


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049:金と銀のカギ 時系列順 051:ゴローン?
投下順
042:迷える者たちの邂逅 グレイグ GAME OVER
クロノ 069:夢の終わりし時
ゼルダ

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最終更新:2022年06月23日 13:16