カイムはしばらくの間、静かで冷たい世界で蹲っていた。
敵対した青い服の男、リンクから受けた斬撃の嵐は、彼が予想する以上に傷を与えていた。
このまま休まず戦い続ければ、そう遠からず死に至る。
それが分かったカイムは、そのまま動かずに、地虫と共に休息を選ぶことにした。
彼は賑やかな戦場だけでなく、争いのない静かな世界も好む。
帝国軍と戦う一人の戦士となる前、カールレオンの王子だったときもそうだった。
黒い竜の襲撃で、両親を失う前から、一人静かに素振りを続けることが好きだった。
『………カイム。』
闇の中で、決して大きくない、けれど野太い、良く響く声が聞こえた。
彼がフリアエと並んで、望んでいた者の声だった。
彼の目の前には、長い間共に戦った赤き竜がいた。
あの時の女神の城の中庭と、同じ光景がカイムの目の前に広がっていた。
「………!!」
カイムは表情を変えた。
修羅のごとき形相を面に貼り付けていた男が、子供のように驚いた後、人らしい笑みを見せた。
それでも言葉を話さない。
赤き竜との契約により、言葉を失っているのもあるが、元々無口で人付き合いを苦手とする性格である。
帝国軍に追い詰められ、契約を交わしてから、掛け替えのない仲間となった。
竜族ですら恐れ慄く、エインシャントドラゴンすら共に倒した。
そんな友が目の前にいても、言葉を話すことも、手を伸ばすことも無い。
『驚いた顔をしておるな。我らの契約が、離れ離れになった程度で終わるとでも思ったか?
我らが竜の契約が、人間の小娘如きに消せる訳がなかろう。』
それが夢なのだと、すぐに分かった。
今この場に、友がいるわけなどないのだから。
それでも、不思議な安らぎが、カイムの冷え切った心を包み込んだ。
『お主、我とほんの数刻顔を合わせない内に、元に戻ってしまったようだな。』
夢なのに奇妙なことを言うものだ
その言葉を聞いて、カイムが思ったことはそれだった。
元に戻ったとはどういうことだ。
言葉には出さず、出せなかったが、表情には出ていたようだ。
『決まっておろう。 お主は我と相まみえる前に、一人で全てを薙ぎ払おうとしていたな?』
だから何だというのだ。夢に出てきた割に随分変なことを聞くんだなと思った。
カイムにとって、一人で多人数を一掃する戦いは、食事のような物だ。
高揚感はあれど、それ以上の物は無い。
やらなければ生き残れなかった。ただそれだけのことだ。
『だが、我と出会い、他の者と出会い、共に歩む道も見つけたはずだ。』
カイムの味方はいなかったわけではない。
同じように帝国軍に大切な者を奪われたレオナールとアリオーシュ。そして、連合軍の兵士。
だが、皆死んだ。
帝国軍の空中要塞の圧倒的な力に、そしてマナの開いた殺し合いによって、死んだ。
それで殺しの手を止めるカイムではない。
最愛の妹を失った傷の強すぎる痛みは、他の小さな傷の痛みを忘れさせた。
そして、赤き竜はここにはいない。
『元に戻っても仕方あるまい…か。そうかもしれぬな。』
言葉にため息が混ざる。彼は変わらない。この世界でも元の世界でも。夢でも現実でも。
夢とは言え、ここまで思ってることを読まれるのは、絶妙に癪だと感じた。
いや、本物の赤き竜も、自分の心を見透かしたかのように、話かけてきたこともあった。
仲間を作れと言いたいのだろうか。レオナールやアリオーシュのような。
カイムは端からその様な、回りくどい真似をするつもりはなかった。
この世界の参加者は、全てカイムにとって、マナの下へ行く障害物だった。
『ならば、何故海岸で、あの時邪魔になるはずだった少女を、殺さなかった?』
竜はカイムから視線を逸らすことは無く、ただじっと彼を見つめていた。
『魔術でお主を縛った少女も、殺さなかったな?』
世界を救うために子供を殺してしまえば 人の道を外れたくない
子供など殺さなくても それよりも他に 殺したい獲物はまだいるはず
邪魔だった あと少しで邪魔された それよりも雷を落とした人間を
また新しい魔術で動きを止められたら、マナの所へ行く時間が 怖かった そんなわけではない。
カイムの胸の中を、様々な言葉が渦巻く。
舌で言葉を紡げない分だけ、心の中で様々な言葉が矢継ぎ早に現れる。
『人とは変わらぬ日々を好む。たとえ日が西から登っても、頑なに寝床を変えることは無い。』
竜の言う通りだ。
たとえそれを続けていれば破滅すると分かっていても、中々やり方を変えようとしない。
そして、頭の鈍い人間ですら、方法を変えぬ言い訳は無限に思いつく。
だが、その愚かさが人の世界を発展させ、同時にカイムという一人の男を強くしたとも言える。
長年零れ落ち続けた水滴が、岩に穴を開けるように、愚直さを貫いた先に何かが変わることもある。
(――――――――――――!!?)
その時、彼らの静かな世界を揺らす、無粋者が現れた。いや、産まれたという方が正確か。
暗闇が照らされていく。彼の心を鎮めていた闇が、白く白く溶けていく。
カイムを斬り刻んだ英傑が見せた、トライフォースの光とは違う。眩しいだけで暖かさがまるでない光だ。
光の先にいるのはマナではない。イウヴァルトでもない。
そもそも、カイムはその無粋者の名を知らない。姿さえ見たことが無い。
だが、遥か遠く離れていても気づくほど、凄まじい魔力を感じ取った。
魔力だけではない。刺すような殺気と、蜜のような甘さをも感じる。
天突くほどの大きさを持つ怪物さえ、臆することなく討って来たカイムであっても、反射的に跪きたくなるほどの崇拝と畏怖を覚えた。
神を目の当たりにした人間が感じるのは、このような気持ちなのだろうか。
初めてだった。イウヴァルトが契約したブラックドラゴンに敗北を喫した時でさえ、手が震えることは無かった。
2人だけの世界を侵蝕されれば、普通は怒りを感じるものだ。
なのに、姿さえ分からぬ相手に、怒りすら飲み込む恐怖を感じてしまった。
『……臆したか?お主らしくもあるまい。』
その時、この世界のカイムが知る場所で、究極の生物が生まれた。
精神の世界だからこそ、より遠くから神聖で邪悪な力を感じたのだろうか。
はたまた、カイムが持っている正宗が、その生物と縁のある武器だったからか。
知らなければ、恐怖を感じずにいたというのに、不幸にも知ってしまった。
『あくまで、意地を通すつもりか。だが変わらねば、“神”の模造品には愚か、あの青服にすら勝てぬぞ。』
今更、参加者を殺さず、手を組めと言うのか。
やり方を変えるつもりは無い。これまでもこれからも、剣と共に薙ぎ払っていくつもりだ。
『我と出会った時の様に選べ。赤子すら糧にして生きるか、我といた時の様になるか。』
そして、静寂の世界は消える。
友はおらず、激しい光も無く、そこには青空が広がっていた。
帝国軍の空中要塞で見た赤い空とは違うが、禍々しさを放っているのは変わらない。
あの世界の空では見えなかった太陽は輝いているが、殺し合いという舞台の照明の様にしか見えない。
その太陽が一番高くに登った時、2度目の放送が流れた。
マナの声ではない、知らない男の声。
カイムはその変化を気にしない。
ただ禁止エリアを地図に書き込んでいく。
どの道マナも、それに協力する者も殺すのだから関係ない。
それ以上に気になったのは、あの世界で見た、光の正体だ。
誰なのかは分からない。あの時感じていた気配は、今は感じない。
だが、この世界にいる誰かだと言うことは、理屈も無くはっきりと分かった。
そして、マナのもとへ行く上で、手ごわい障壁になることも。
――臆したか?
夢とも現とも分からぬ世界で、契約相手から言われた言葉。
それを、言葉を持たぬ男は心で否定する。
剣を一振り、もう一振り。
僅かな間だが、休息が出来た。巨大な剣を振り回せるぐらいには。
また戦えることを確信したカイムは、再び殺すために歩き始めた。
【C-2/海岸 日中】
【カイム@ドラッグ・オン・ドラグーン】
[状態]:ダメージ(大)、魔力(小)、全身に裂傷
[装備]:正宗@FINAL FANTASY Ⅶ
[道具]:基本支給品 エアリスの基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:優勝し、マナを殺す。
1.目の前の敵を殺す。
2.自分よりも弱い存在を狙い、殲滅する……つもりだったが?
3.あの世界で見た存在(セフィロス)は何だったのか?
4.最後まで抗い続ける
最終更新:2024年10月30日 17:54