『────トウヤ、難しいね。自分と向き合うのは。
自分のイヤなところや、嫌いな部分ばかり目につくよ』
──カノコタウン、チェレン
◾︎
何が起きたのか分からなかった。
困惑に置き去られた少年と少女は、崩れ落ちるレッドの姿を見て呆然と立ち尽くす。
「ベホマ!!」
一番最初に動いたのはイレブンだった。
レッドの身体を優しい光が包み込むが、焼け石に水。
胸に空いた穴は塞がらず、中途半端な再生が止血だけを施した。
誰がどう見ても致命傷。
喉奥から迫り上がる血液に噎せ返り、痛々しく痙攣する彼の姿にトウヤは正気を取り戻す。
「えっ、え…………レッド、さ……ん…………?」
「ベルはここにいて! あなたはここをお願いします!」
今にも崩れてしまいそうなベルの肩に手を置き、レッドを治療する青年の方へ視線を向ける。
それを受けたイレブンは大きく頷き、周辺への警戒を最大限に引き上げた。
(今のはハイドロカノン……! 方角は、あそこか……!)
先程の奇襲────ハイドロカノン。
襲撃者はバトルが終わったあのタイミングで、トウヤだけを狙っていたように見えた。
心臓を這う悪寒が、襲撃者の輪郭を朧げに映し出す。
よりにもよってこの城、そして自分を強く恨む人物など察せない方がおかしい。
レッドの手から零れ落ちたボールを手に取り、激流の放たれた方角へ走り出す。
「トウヤっ! 待って、行かないで……!」
と、背中をベルの声が叩いた。
悲痛な少女の声に、ほんの少しだけ次の一歩を躊躇い、けれどまた踏み出す。
本当は、戻るべきなのかもしれない。
チェレンを喪い、最後の幼馴染が危険に立ち向かう姿など見たくないはずだ。
もう誰も喪いたくないと、たとえ極悪人を前にしても平気でそう言いのけるだろう。
「ごめん、ベル」
けれど、トウヤは違う。
あの神聖なる戦いに、文字通り水を差した〝悪人〟を許すことなど出来ない。
自分とレッドが築き上げた誇りを、栄華を穢しておいて、むざむざと逃げ果せようとする悪を看過できない。
「トウヤっ! トウヤぁぁっ!」
泣き崩れるベルの身体を支え、イレブンがトウヤの背中を見送る。
その傍では数刻の猶予も残されていないレッドが、失った胸の上下運動を繰り返していた。
「…………、ぁ…………」
「え……?」
重い息衝きに交じり、レッドが懸命に言葉を紡ごうとしている。
もはや意味は無いと知りながらもベホマで苦痛を取り去り、イレブンは静かに耳を貸す。
一つの単語を紡ぐのに、数秒。
掠れた砂嵐のような声色は、彼に遺された時間を物語る。
それでも魔力の消耗を省みず、イレブンは懸命に治療を重ねて、紡がれる言葉を拾い上げる。
────〝あいつを、助けてやってくれ。〟
たったそれだけを言い残して。
助けを乞う訳でもなく、心残りを託して。
赤い焔は、音もなく掻き消えた。
「…………レッド、さん……」
薄く見開かれた目元から、光が失われる。
熱が落ちてゆくレッドの身体へ、未だ現実を受け止め切れないベルは縋り付く。
もう一度目を覚ましてくれるのではないか、と。子供でも分かる現実に目を逸らして。
「うあ、あぁ……っ! う、あぁ……!」
甲高い嗚咽をかき鳴らして、みっともなく泣き散らして。
年端もいかぬ少女は、醜い現実に打ちのめされる。
「…………ベル」
イレブンは、何も言えない。
自分が何かを言ったところで、彼女の心を救うには酷く足りないだろう。
穴の空いたバケツに水を注ぐように、まるで気休めにもならないとわかっているから、イレブンは立ち尽くすことしか出来ない。
無念に満ちたレッドと目が合って、その目を閉じる最中──初めて、自分の手が震えていることに気がついた。
「イレブン」
どれだけの時間が経っただろうか。
涙も乾き切らない内に、ベルが口を開く。
「あたし、トウヤを追う」
「え……、……」
飛び出した宣告に、イレブンは言葉を失った。
そう、言葉が出なかった。
本来であれば制止しなければならないのに、それすらも出てこなかったのだ。
何故なのか、イレブン自身でも分からない。
奇しくもその理由は、ベルの口から代弁される形となる。
「トウヤまで、喪いたくないから……!」
そうだ。
イレブンは、ベルの気持ちが分かってしまう。
幼馴染が、仲間が、友人が、手の届く場所で散っていく残酷さを、イレブンはよく知っている。
一度そうなってしまえば最後。
どんな言葉を投げられたところで、自分を呪わなければ生きていけなくなる。
無力な自分を心の底から嫌いになって、そんな己を騙す為になにかを成そうとする。
それがいかに無謀でも、危険でも。
自分がああしていればという後悔から目を逸らすために、自分を怨み傷つける。
(…………これじゃあ、まるで……)
イレブンが〝呪い〟を掛けられたのも、あの時からだった。
ウルノーガの手によって故郷が滅び、幼馴染のエマや家族たちが行方不明となったあの日。
自分が故郷に残っていれば。
デルカダール王を疑っていれば。
もしかしたら、エマ達を助けられたかもしれない。
そんな風に思う内に、自分を呪うようになった。
勇者という重荷を背負うには、あまりにも無知で無力で。期待の眼差しを向けられるより、罵倒を浴びせられていた方がずっと楽だった。
ああ、はずかしい。
何も出来ず、誰も守れない自分が。
どうしようもなくはずかしくて、憎かった。
「待って、ベル──!」
そして、こうしてベルが走り出すのを止められない今も。
レッドを喪って傷心する彼女へ、〝大丈夫〟とひと声かけることも出来ない自分が。
狡猾な悪意に苛まれて、身勝手な善意に溺れて。
何をするにも、自分の意思では動けずに責任を撮ろうとしない。
卑屈と躊躇いに囚われて、常に後ろを歩こうとする自分が。
はずかしくて、堪らなかった。
◾︎
「カメックス! 何をしているのです! さっさと戻りなさいッ!」
二階の一室、ゲーチスの叫びが木霊する。
彼の手持ちであり、レッドを殺害した下手人──カメックスは、目一杯の咆哮と共に暴れ狂っていた。
ボールに戻そうと奮闘しようにも、床や壁を砕き暴れる巨体を前にすればロクに動けやしない。
結果ゲーチスは、この部屋で二の足を踏むこととなっていた。
「まずい、ワタクシの計画が……! くそッ! なぜ、なぜ従わないのです!?」
ゲーチスの計画に不備はなかったはずだ。
周辺を警戒するという理由で王の間を離れ、手頃な部屋に籠り機を狙う。
トウヤが消耗したところでカメックスのハイドロカノンで狙撃し、殺害。
その後カメックスに自身を攻撃させてボールに戻し、襲撃された状況を装ってイレブン達を欺く。
カメックスという手持ちが誰にもバレていないこと。
イレブン達を救出したことで彼らの信頼を得ていること。
移動ルートを熟知している城であること。
この好条件を踏まえて、ゲーチスの作戦はかなり分のある賭けだった。
しかし、ただ一点。
不測の事態が全ての歯車を狂わせた。
(あのレッドという子供は、なぜトウヤを庇ったのですか……!?)
不可解だった。
自身の命を捨てて他人を救うなど、理解不能の自殺行為。
レッドが異常者であるという一言で片付けてしまえばそれまでだが、そもそもとして疑問はそれだけではない。
なぜレッドはあの奇襲を察知できたのか──破綻の終着点はそこにある。
(仕方がない、ギギギアルを使って一度戦闘不能に……)
いくら考えたところで目前の問題は解消しない。
〝なぜか〟自分に従わないカメックスを落ち着かせるためにギギギアルを繰り出し、十万ボルトを浴びせようとして。
「っ、……誰だ!?」
蝶番の軋む音と共に、扉が開く。
目を向ければそこには、幼くしてイッシュのチャンピオンとなった少年が佇んでいた。
「トウヤ…………!!」
「やっぱり貴方だったんですね、ゲーチスさん……いや、ゲーチス」
体躯に見合わない重圧を伴う威容。
思わず後ずさりそうになる片足を抑えて、冷静に状況を鑑みる。
戦力分析を終えたゲーチスは両腕を広げ、高らかな哄笑を響かせた。
「フフ、ハハハハハ……! お前一人で何をしに来たのです!? もう手持ちのいないお前に! 何ができる!?」
なにも焦ることはない。
今のトウヤはレッドとの戦いに敗れ、戦えるポケモンがいないはずだ。
対してこちらはカメックスとギギギアルの二匹を従えている。生身の人間が太刀打ちできる戦力ではない。
トウヤは顔を俯かせて、手を挙げる。
降参宣言かと嗤ってやろうとして、彼の手に視線をやったゲーチスの目が見開く。
その手には、赤と白のボールが握られていた。
「────力を貸してくれ、ピカ」
重力に従い、ボールが地に落ちる。
少し転がった後に勢いよく上下に開き、赤い閃光が前方の床へ飛散。
眩い光と共に顕現したポケモン──ピカチュウは、はち切れんばかりの怒りと哀しみを投影させて、ゲーチスを睨む。
「…………ハッ」
なにが来るのかと思えば、と。
身構えたことが馬鹿馬鹿しくなり、ゲーチスは嘲笑を飛ばす。
「そんな瀕死の雑魚一匹でどうするつもりです?」
ゲーチスの言う通り、ピカチュウはもう戦える状態ではない。
既に越えている限界を、気合い一つで持ちこたえている状態だ。
かすり傷一つで意識が刈られる状態だというのに、それでも尚立ち上がる原動力は、仇敵への怨みに他ならない。
「見なさい、この戦力差を! そんなネズミ一匹で勝てるわけがない!」
しかし、非情な現実は変わらない。
威圧感を纏って佇むカメックスとギギギアルは、明確な敵意をその身に纏う。
たとえ天地がひっくり返っても勝ちは揺るがない。
多少計画は狂ったが、ここで始末する。
そう、本気で思っていたのに。
「憐れだな、ゲーチス。お前もNのようにポケモンの言葉が分かれば、この計画も遂行出来たかもしれないのに」
「なに……!?」
他愛もない挑発。
しかしその真意を汲むよりも早く、ゲーチスの頭は綿が詰められたかのように真っ白に染め上げられた。
自分があのN(バケモノ)と比べられ、あろうことか同情された。
捨てきれないプライドに罅が入り、激情が理性を上回る。
もはや言葉の応酬など付き合うことない。
崇高な自身を見下した罪を、その身で償わせてやろう。
「「カメックス!」」
名を呼んだのは同時。
なぜトウヤが敵の手持ちであるカメックスに呼びかけたのか。
駆け抜ける疑問に無視を決め込んで、ゲーチスは指示を飛ばす。
「ハイドロカノ──」
「そんなやつに従う必要なんてない!」
ゲーチスの攻撃指示が掻き消される。
トウヤは最初からゲーチスなど眼中になく、なにかに抗おうと悶え苦しむカメックスにだけ意識を向けていた。
「なにをし──」
「そいつは、レッドさんの仇なんだ!!」
耳奥をつんざく叫び。
それを聞き届けたカメックスは、ハッと目を見開く。
まさか、と。今更になってトウヤの意図に気がついたゲーチスは、顔面を歪ませて焦燥を顕にする。
「カメック──」
「呑み込まれるなカメックス! 自分がどうするべきなのか、よく考えるんだ!」
そう、最初から。
トウヤは気がついていたのだ。
なぜレッドはあの時、はるか遠くにいるはずのカメックスの存在に気がついたのか。
その答えは、実に単純であった。
この部屋に入ったその瞬間から、じたばたと暴れ狂うカメックスの瞳を見て。
まるてなにかを訴えるかのような、悲痛な叫びを聞いて。
トウヤは確信した。
────カメックスは、レッドの〝仲間〟なのだと。
ゲーチスはとんだ思い違いをしていた。
レッドがトウヤを庇ったことが、筋書きを狂わせた最大の〝不運〟だと思っていた。
けれど違う。
ゲーチスは、一度たりとも〝幸運〟であったことなどない。
レッドの長い旅路を共にしてきたカメックスを、この計画に利用した時点で。
一人劇に勤しむ憐れな道化の目論見は、破綻していたのだ。
「ガァァ……メェ……!!」
そこには幸運も不運もない。
あるのは、積み重ねた悪事への報いだけ。
ポケモンを己の為に利用し、絆や愛情など持ち合わせず、Nのように心を通い合わせる事も出来なかった男の末路。
空気が震える。
悪の総帥は、あまりの悪寒に総毛立つ。
己を護る双璧の片方が、音を立てて倒壊したような錯覚に陥って。
「ガァァメェェェエエエ────ッ!!」
噴き出す水流が天井を打ち崩す。
制限を越えた一度きりの〝抵抗〟により、天井の一部が瓦礫となって崩落した。
咄嗟に腕で顔を覆うゲーチスは、自身へ接近するトウヤへの反応が送れた。
「が、…………っ!?」
振り翳されるモンキーレンチ。
飛び込む形ですれ違いざまに放たれた横薙ぎが、ゲーチスの頭を撃ち抜いた。
歪な音を聞きながら、勢いよく床へと背中を打ち付けられるゲーチス。
朧げな視界に追撃を仕掛けるトウヤの姿が見えて、声を張り上げた。
「ぐっ……ギギギアル、……十万ボルト!!」
迸る稲妻がトウヤの行き先を封じる。
トウヤは咄嗟に後方へ跳んで躱すが、距離を取らされる。
額から血を流しながら立ち上がるゲーチスは、充血した瞳でトウヤを睨む。
「許、さん……! このワタクシを、ここまで、コケにしてくれるなど……! そこのネズミ諸共、地獄に落としてくれる!!」
脳を蝕むような痛みが、逆にゲーチスに冷静さを与える。
トウヤの肩に乗るピカチュウは動きを見せない。
当然だ、あの傷では放てる攻撃は精々一撃。トウヤとしても下手な指示は出せないだろう。
ならばカメックスがおらずとも十分に勝てる──と、未だに藁に縋るゲーチスへ。
「あの、ゲーチスさん……?」
遂に、幸運の糸が垂れ落ちるかのように。
歪む扉が開いて、第三の乱入者が現れた。
◾︎
「ベル、来ちゃダメだ!」
「え……っ?」
位置関係の都合上、扉に一番近いのはゲーチスだ。
駆け出すトウヤよりもゲーチスの方が早く、無我夢中で少女の身体を絡め取り、背後へ回り込む。
声を上げる間もなく、華奢な首筋には隠し持っていたガラスの破片があてがわれた。
「ひ、……っ!?」
「動くなッ! 動けばこの子供を殺す!」
──形勢逆転。
予期せぬ事態にトウヤは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、額に汗を伝わせる。
追い詰められた今のゲーチスはなにをするか分からない。
ピカチュウの電撃はベルを巻き込む可能性がある上、頼みのカメックスも再び頭を抱えて苦しんでいる。
ゲーチスはこちらを視界に捉え、いつでもギギギアルに指示を飛ばせる状態。
「トウ、ヤ…………」
「…………ベル」
────何を迷う。
過去の残影が、トウヤに語りかける。
そう、人質に取られているのは〝どうでもいい〟と切り捨てたはずの幼馴染。
レッドの仇を取るという目的を果たす上で障壁となるのなら、今まで通り見捨てればいい。
一緒に踏み出したはずなのに、自分は遥か先を進んでいて。
後ろを振り返らなきゃ姿が見えない〝落ちこぼれ〟。
ひたすらに前を進み、山を登るうちに、遂に影も踏ませなくなった。
そんな眼中にない存在一人見捨てたところで、自分にはなんの影響もない。
『ねぇ、トウヤ! みんなで一緒に一番道路に踏み出そうよ!』
ああ、確かにそうしたかもしれない。
かつての自分なら、きっとそうしただろう。
けれど今は違う。
レッドから教えてもらったことは、そうじゃない。
強さの代償に今まで築き上げた大切なものを切り捨てるなど、あってはならない。
「…………わかった。ベルには、手を出すな」
警戒をそのままに、トウヤはレンチを手放す。
肩に乗るピカチュウも同様、頬に走らせていた電気をおさめ忌々しげにゲーチスを睨む。
「それでいい……ハハ、まさかこの小娘がこうも役に立つとは…………!」
「っ……、……」
右腕の中で囚われるベルは、目尻に涙を浮かべてトウヤを見つめる。
恐怖と戸惑いによって声も出せず、必死になにかを伝えようとしているが届かない。
しかし命を握られていることよりも、ベルの心を追い詰めているのは。
彼を助けようと飛び出したのに、逆に彼の足枷となっている状況そのものだった。
「ギギギアル、ラスターカノン!」
「っ…………!」
銀色の砲弾がトウヤへと向けられる。
即座に横へ飛んで回避するが、爆風によって壁へ叩きつけられた。
受け身を取ったとはいえ、疲弊した身体には無視できないダメージだ。
よろりと立ち上がるトウヤは、服の汚れを払ってゲーチスの前へ。
「おや、外しましたか……ではもう一度、ラスターカノン!」
「────トウヤっ!!」
少しずつ、小動物をいたぶるように。
かつてバイバニラにされたことの意趣返しをするかの如く、トウヤを痛め付ける。
衰えぬ反射神経により直撃は避け続けるが、消耗した体力が次第に身体を重くする。
三発、四発。繰り返される乱撃が、トウヤの肌に生傷を作り上げてゆく。
「────…………はぁ、…………はぁ……」
「ほう、……存外しぶといですねぇ。ですが次で終わりですよ」
ギギギアルの口元に銀色の粒子が集う。
容赦のない死刑宣告を受けた囚人はしかし、ギロリと威圧を込めた眼光を飛ばす。
次弾を躱す余裕はない。
着弾点が分かっていても、脳内のシミュレーションで直撃している。
困憊した足が縺れたところを狙い撃ち。
そんなつまらない終わりが見えて、トウヤは。
「お前は、悲しい人間だ」
精一杯の強がりを見せた。
「……ギギギアル、ラスターカノン!」
それに誘われてか否か。
放たれた光撃は、トウヤの腹部へ突き進み。
──ああ、やっぱり。回避を試みたトウヤは、足が縺れて。
その身体に、衝撃が突き刺さる。
────はずだった。
「な、──キ、サマ、は……ッ!?」
黄金の一閃が尾を引き、空を裂く。
音をも遅れて辿り着くかのような、洗練された達人の剣技。
白昼夢じみた技巧は容易くラスターカノンの炸裂を呑み込み、トウヤの身体には掻き傷一つ見えない。
「ゲーチス、さん」
呆然と驚愕、それら各々を瞳に乗せて。
全ての視線が集う部屋の中央に──茶髪の青年が静かに佇む。
それは地獄に舞い降りた天使の如く場違いで、ひどく空想的だった。
「ベルを……離してください」
──〝勇者〟イレブン。
目前の惨状に抱くのは、激情か哀愁か。
眉間に皺を寄せ、眉尻を下げながらも全身から滲ませる風格に、一同は息を呑む。
気弱さなど微塵も感じさせない精悍な顔つきはまさしく、勇者の名に相応しい。
◾︎
遡ること、数分前。
中庭にてレッドの最期を見届け、ベルがこの場を去ってすぐ──イレブンは人目もはばからず蹲っていた。
「う、──っ、──ぐ、ぅっ…………!」
蘇るのは、溢れんばかりの後悔と自己嫌悪。
目の前で誰かを喪うことを恐れる癖に、学びもせず取り返しのつかない失態を犯す男。
イレブンはその男が嫌いで、嫌いで、大嫌いだった。
声を押し殺して涙を流す。
みっともない、情けない、はずかしい。
頭は夢の中にいるような浮遊感に満ちて、身体は一向に動こうとしてくれない。
──ああ、またこれだ。
一体何度これを繰り返せば、本当の〝勇者〟になれるのだろう。
『疑問:イレブンの心的状態』
その時、無機質な女性の声が鼓膜を撫でる。
くしゃくしゃに歪んだ顔面を上げればそこには、空中に漂うポッド153がこちらを覗き込んでいた。
「はずかしい……!」
『はずかしい、とは?』
「もう誰も死なせないって、そう誓ったのに……! 結局、それも破って……っ! 今も、足を踏み出せない……!」
懺悔を絞り出す。
唯一の告解の相手が神父ではなく、機械という数奇な光景。
しかしそれでも、誰かに聞いてもらいたくて。
自分を責めて欲しくて、ぽつぽつと続ける。
「僕は、勇者失格だ……!」
それがイレブンの〝呪い〟。
自分を否定することでしか心を保てない、残酷な神からの賜物。
教会へ行こうとも決して克服出来ないこの呪いは、一生ついて回るだろう。
──ああ、はずかしい。はずかしい。
こんなことをしている間にも、救える命はあるかもしれないのに。
ベロニカやシルビア、グレイグという勇敢な者たちが死に、自分が〝生きる〟理由は。
自分よりも彼らが生き残った方が、事態は好転したのではないか──なんて、無意味なたらればすら頭を巡る。
──ああ、はずかしい。はずかしい。
ポッドは何を思うだろうか。
感情を持ち合わせない機械だから、冷淡で合理的な答えを出すだろうか。
それでもいい。最初から答えなんて求めていない。
こんな不甲斐ない自分を叱責して、どうするべきかを指示してくれるのなら。
──ああ、はずかしい。はず──
『構わないではないか』
え──と、素っ頓狂な声を洩らしてポッドを見る。
発せられた声色は、普段の無感情なものとはどこか違う。
どちらかといえば、落ち着き払った大人のような印象を受けた。
『生きるという事は、恥にまみれるという事だ』
──その言葉を受けた瞬間。
イレブンの視界が、鮮明に色を取り戻す。
空虚で満ちていた頭はまるで花火が上がったように活力を取り戻し、脳が思考を開始する。
先ほどの鬱屈とした気分が嘘のように、すんなりと身体が起き上がった。
「──っ、はは」
イレブンは思わず笑う。
言葉一つで立ち上がる単純な自身への自嘲か。
感情を見せなかったポッドが見せた人間らしさへの戸惑いか。
そのどちらでもなく。あまりに簡単に示された〝答え〟への呆れに近い。
────ああ、そうか。
自分が求めていたのは、〝否定〟ではなくて。
ずっと、誰かに〝肯定〟してほしかったんだ。
勇者だから、完璧であれ。
勇者だから、正しくあれ。
正義感と責任感に押し潰されて、自ら作り上げた期待の壁を越えられず。
力不足を自分一人で抱え込み、自虐の癖を作り上げてしまったイレブンは。
情けなくて人間臭い弱音を、〝構わない〟と言って欲しかったのだ。
勇者とは程遠い、気弱で臆病で恥ずかしがり屋な自分を。
そんな生き方があってもいいじゃないかと──そう、言って欲しかったのだ。
「ありがとう、ポッド」
自分でも驚くほど、声に震えはなかった。
七宝のナイフを手に取り、ベルが向かった先の景色を見据える。
中庭の出入口から見えるロビー。左右に続く階段を右に昇れば、目的地へ辿り着ける。
『回答:どういたしまして』
ポッドの声は再び機械音へ。
イレブンは穏やかな微笑みを返し、転じて険しい視線を先刻の光線により割れた窓へ。
瞬間、両足に力を込めて──ドン、という地鳴りじみた音と共に勇者の姿が消える。
ぽつんと残されたポッドは一人、世話の焼ける──と、これまた人間らしい台詞を吐いた。
◾︎
大部分の倒壊した一室に、瞬きすら許さない緊張が漂う。
しかしその圧力が向けられる対象は、ゲーチスただひとり。
カチカチと震える腕が目の前の青年の危険度を如実に示し出す。
その風格たるや、かのレシラムにも匹敵するとさえ感じてしまう。
(なんだ、こいつは……!?)
ゲーチスは、イレブンを知っている。
山小屋で襲撃されて気絶し、その後の情報交換でもしどろもどろ。
ベルという少女に引っ張られなければ主体性を持ち合わせない、危険性の低い人物だと認識していた。
なのに今はどうか。
まるで自分の知るイレブンとは別物だ。
「ゲーチスさん、お願いです……」
懇切丁寧に、悲願とも取れる言葉遣い。
しかし有無を言わさぬ迫力が、ゲーチスの警戒を色濃くさせる。
「あなたを、傷つけたくありません……」
──本気で言っているのか、この状況で。
ゲーチスが彼の正気を疑うのも無理はない。
ベルという替えの利かない人質を取り、カメックスとギギギアルを従えている有利な状況。
いつ誰が殺されてもおかしくないのに、なぜ奴は〝自分を〟気に掛けることが出来る?
侮辱されている。
ゲーチスがそう結論付けるのに、時間は要さなかった。
「っ、まずい──」
トウヤが声を上げる。
ベルの首元に突き付けられた硝子の刃が、薄皮に食い込み赤い雫が落ちる。
ゲーチスも冷静な判断を下せなくなったのか、人質という優位性に傷を付けてまで〝プライド〟を示そうとした。
「イレブン」
痛みと恐怖を押し退けて、ゲーチスの腕の中から鈴音のような柔声が鳴る。
いつ命を取られてもおかしくないのに、ベルは不思議と自信を持てた。
今のイレブンは、とても頼りになるから。
まるで絵本の中から飛び出してきた王子様みたいに。
だから安心して、この台詞を言える。
ずっと無理に抑え込んできた不安を、言葉にできる。
「────助けてっ!!」
一瞬の出来事だった。
細長い影が、宙に舞う。
未練たらしく硝子の刃を握り締めるそれは。
他ならぬ、ゲーチスの右腕だった。
「は、──ぇ、ぁ──?」
疑問、そして激痛。
獣のような雄叫びを上げながら、ゲーチスは目を剥いて膝から崩れ落ちる。
綺麗な断面を残して消失した右肘から先。その根元を左手で支え、半狂乱になりながら叫んだ。
「カメックス、ハイドロカノンッ!! ギギギアル、はかいこうせんッ!!」
降り注ぐ破滅の二重奏。
青と白の光は、人体が触れればもれなく消滅するほどの破壊力を伴って暴れ狂う。
慌ててイレブンは解放されたベルを抱きかかえ、屈み込んだ。
「うわっ、──きゃっ──!?」
「っ、──ダメだ、動けない……!」
ロクに狙いを定められず、滅茶苦茶に放たれる予測不可能な線条はかえって対処が難しい。
今のゲーチスは正気ではない。もはや一人でも多く殺すことが最優先なのだろう。
自分一人の捨て身であれば話は別だが、ベルの傍を離れるわけにはいかない。
かといってこのまま指を咥えて見ていれば、部屋が保たずに倒壊する。
「どう、すれば……!」
と、思考を巡らせるイレブンの傍ら。
一人の少年が、暴風雨の中を駆け抜ける。
彼の右肩には、黄色い電気鼠がしがみついていた。
「トウ────駄──!」
ベルの声が、破壊光線の慟哭に掻き消える。
イレブンも同様に、殺されてしまう──と止めようとして。
それが杞憂であるのだと、次の光景を見て思い知らされた。
「いけるかい、ピカ」
「ピィィカァ……!」
少年、トウヤは。
二つの光線が織り成す超危険地帯を、まるで微風をやり過ごすかのように進み。
必要最低限の動きで躱し、跳び、舞踏の延長線のようにゲーチスへ距離を詰めてゆく。
どこから攻撃が来るのか、どう動けば避けれるのか。
まるで最初から分かっているかのように。
「な、ぜだ……ッ! なぜ、当たらないのです──!?」
全てのポケモンの技を、癖を熟知しているトウヤにとって。
狙いもつけずに放たれた攻撃など、当たる方が難しい。
「……本当に、いいんだね」
瓦礫が頬の傍を通り、一筋の傷を作る。
その傍らにてしっかりと敵を見据えるピカチュウへ、トウヤは〝最後の〟確認を。
仇敵からライバルへ。ちらりと向けられる瞳の奥で唸る決意を見て、トウヤはふっ──と笑う。
────聞くまでもない。
そう叱責されているようで、自身の無粋さを省みた。
「この──汚らしいネズミがぁぁッ!!」
吠えるゲーチス。
傍らに従えたギギギアルにラスターカノンの指示を飛ばし、接近するトウヤへ照準を定める。
しかしトウヤは減速せず、寸前で滑り込む形で回避。
後方からの爆風によってトウヤの身体が前へと投げ出されるが、これすらも〝計算〟の内。
「ピカ────」
トウヤは空中で、抱きかかえていたピカチュウをゲーチスへと放り投げる。
自由落下の勢いを付けた小柄な身体は、まるで因果律の収束の如く、真っ直ぐに総帥へと猛進して。
トウヤは、大きく息を吸う。
「────ボルテッカー!!」
その輝きは、あまりに眩く。
今まで見せた中で、最も強い彗星となって。
悪の総帥を、呑み込んだ。
◾︎
決着が、ついた。
倒壊を食い止められた部屋の中、遺された者にあるのは種々の感情。
「イレブン、っ──! ありっ、がとう……! こわかった、……こわかったよお!」
「ベル……ごめんね。もう、大丈夫だよ」
部屋の片隅で、子供のように泣きじゃくるベル。
悍ましい死線を経て、今になって実感と恐怖が湧き上がってきたのだろう。
彼女の背中を擦るイレブンの目には、どこかやるせなさが映されていた。
「────仇、討てたね。ピカ」
ゲーチスの遺体の傍にて。
主を失ったカメックスとギギギアルをボールに戻し終えたトウヤ。
やり遂げたような、誇らしげな顔のまま眠りにつくピカチュウの頭を撫でる。
ボルテッカーの反動により、限界を迎えたピカチュウの身体は徐々に熱を失い始めていた。
悪意の連鎖は、断ち切られた。
その犠牲は、決して小さくはないけれど。
長き戦いの末に得たものは、彼らにとって大きな一歩となる。
「トウヤ、少し……変わったね」
やがて、暫くして。
イレブンの腕の中で、目を腫らしたままベルがそう問いかける。
含まれた感情は幼馴染の成長の喜びと、一抹の寂しさ。
「……ああ」
トウヤは、過去に想いを馳せる。
本当に、本当に色んなことを思い返して。
穴の空いた天井へ手を伸ばし、忘れていた〝善意〟を掴み取る。
「────呪いが、解けたんだ」
【レッド@ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー 死亡確認】
【ピカ@ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー 死亡確認】
【ゲーチス@ポケットモンスター ブラック・ホワイト 死亡確認】
【残り36名】
◆
終わらない道
終わらない 出会いの旅
終わって 欲しいのは
この ドギマギ!
それでも なんとなく
気づいているのかな おれたち
そう 友だちのはじまり!
ありがちな話
最初どこか 作り笑い
でも すぐホントの 笑顔でいっぱい!
風よ運んで
おれのこの声 おれのこの想い
はるかな町の あのひとに
──〝おれは大丈夫!〟
──〝めっちゃ大丈夫!〟
──〝ひとりじゃないから〟
──〝仲間がいるから大丈夫!〟
◆
【全体備考】
※ゲーチスの基本支給品、 【雪歩のスコップ@アイマス+マテリア(ふうじる)@FF7】、【モンスターボール(空)】はゲーチスの遺体の傍で放置されています。
※ピカチュウの死亡により、モンスターボールが空になりました。現在はトウヤが所持しています。
【C-2/Nの城 二階の一室/一日目 午後】
【イレブン@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて】
[状態]:疲労(中)、MP3/5
[装備]:七宝のナイフ@ブレワイ、豪傑の腕輪@DQ11
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(1個、呪いを解けるものではない)、アンティークダガー@GTA、ブルーオーブ@DQ11、ポッド153@ニーア、モンスターボール(オーダイル)@ポケモンHGSS
[思考・状況]
基本行動方針:ウルノーガを倒す。
1.トウヤと話をする。
2.ブルー以外の他のオーブを探す。
3.ひとまずNの城を拠点にする。
※ニズゼルファ撃破後からの参戦です。
※エマとの結婚はまだしていません。
※ポケモン世界の情報を得ました。
※恥ずかしい呪いを克服しました。
【ベル@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
[状態]:疲労(中)、気疲れ(大)
[装備]:ランラン(ランタンこぞう)@DQ11
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:チェレンの死を受け止め、歩き出す。
1.イレブンとトウヤについていく。
2.ポカポカ(ポカブ)を探す。
3.レッドさん……。
※1番道路に踏み出す直前からの参戦です。
※ドラクエ世界の情報を得ました。
【トウヤ@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
[状態]:全身に切り傷と打ち身、ダメージ(中)、疲労(大)
[装備]:モンスターボール(オノノクス)@ポケモンBW、モンスターボール(ジャローダ)@ポケモンBW、モンスターボール(空)@ポケモンHGSS、チタン製レンチ@ペルソナ4
[道具]:基本支給品、モンスターボール(空)@ポケモンBW、モンスターボール(カメックス)@ポケモンHGSS、モンスターボール(ギギギアル)@ポケモンBW、カイムの剣@DOD、煙草@MGS2、スーパーリング@ドラクエⅪ
[思考・状況]
基本行動方針:???
1.オレは──……。
※チャンピオン撃破後からの参戦です。
※全てのポケモンの急所、弱点、癖、技を熟知しています。
【モンスター状態表】
【ランラン(ランタンこぞう)@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて】
[状態]:MP消費(小)
[持ち物]:なし
[わざ]:メラ・ギラ・メラミ
[思考・状況]
基本行動方針:ベルについていく
1.ベルに褒められて嬉しい。
※トレバーとの戦闘を経てレベルアップしました。
【ポッド153@NieR:Automata】
[状態]:健康
[持ち物]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
※Eエンド後からの参戦です。
【オノノクス@ポケットモンスター ブラック・ホワイト ♀】
[状態]:ひんし
[特性]:かたやぶり
[持ち物]:なし
[わざ]:りゅうのまい、きりさく、ダメおし、ドラゴンテール
[思考・状況]
基本行動方針:トウヤに従う。
1.???
【ジャローダ@ポケットモンスター ブラック・ホワイト ♀】
[状態]:ひんし
[特性]:しんりょく
[持ち物]:なし
[わざ]:リーフストーム、リーフブレード、アクアテール、つるぎのまい
[思考・状況]
基本行動方針:トウヤに従う?
1.???
【オーダイル@ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー ♂】
[状態]:ひんし
[特性]:げきりゅう
[持ち物]:なし
[わざ]:かみくだく、アクアテール、きりさく、こおりのキバ
[思考・状況]
基本行動方針:シルバーが見つかるまでレッドと行動する。
1.???
【ギギギアル@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
[状態]:健康
[特性]:プラス
[持ち物]:なし
[わざ]:10まんボルト・ラスターカノン・はかいこうせん・きんぞくおん
[思考・状況]
基本行動方針:???
1.???
【カメックス@ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー ♂】
[状態]:健康
[特性]:げきりゅう
[持ち物]:なし
[わざ]:ハイドロカノン・ラスターカノン・ふぶき・きあいだま
[思考・状況]
基本行動方針:???
1.レッド……。
最終更新:2025年06月05日 21:26