冴える月光、歌う木々。
平たい岩を椅子代わりに片膝を立てて座る少年はさあさあと流れる夜風を感じていた。
「殺し合い、か」
少年の唇から溢れた声は驚くほどに落ち着いていた。
いや、落ち着いていたというよりも感情すら読み取れない。
動揺も、興奮も、悲壮も、憤慨も――人にあるべきはずのそれらが一切こもらない機械的なものだった。
少年、トウヤは事実殺し合えと言われてなんの感情も抱かなかった。
自分が気づかなかっただけで心の揺れはあったのかもしれない。が、それも認識できないほど微細なものだ。
異常だと自覚はしている。しかしそうならざるを得ない道をトウヤは幼くして歩んでしまったのだ。
■
自身を見上げる人々がありったけの歓声と羨望を浴びせる。
チャンピオンを撃破し、名実ともにトウヤはイッシュ地方最強のトレーナーとなった。
旅立ちから夢見ていたポケモンリーグ制覇という願望を果たし、ポケモン図鑑を揃え、全てを手に入れた少年は栄光の山を登るような充実感に満たされていた。
しかし、頂上にあるのは下り道だけだ。
上がいないという現実はトウヤの心から何もかもを奪い去っていった。
宇宙のように無限に続くと思っていた探究心も、目に映るもの全てに湧き上がっていた好奇心も。
バトルのたびに胸を燃やしていた底熱い競争心も、敗北をものともしない向上心も。
その全てが幻のように消えていった。
敵のいないトウヤはそれでもトレーナーとしての腕を磨き続けた。
時にはポケモンの生態を学び知識を高め、時には野生のポケモンとの実戦で判断力や瞬発力を鍛えた。
目的もないのにまるであるかのように偽り、ただ無我夢中でトウヤは強くなり続けた。
辞書のように分厚い本を何十冊も読み漁り、全てのポケモンの急所や弱点を学んだ。
森や山から野生のポケモンが姿を消すほどバトルを重ね、全てのポケモンの癖や技を覚えた。
愛情があればどんなポケモンも強くなると思っていた。
しかし実際は違う。同じポケモンでも個体差や能力値の違いがあり、感情論でそれが覆ることはありえない。
それを知ったのは随分と前のことだ。気がつけば何千ものポケモンを捕まえては能力値を確認し、弱いものは切り捨て強いものを厳選していた。
最初こそ多少罪悪感があったものの、慣れるのにそう時間はかからなかった。
そうしてトウヤが行き着いた先にあったのは――どうしようもない虚無感だった。
いつからだろう。ポケモンバトルを作業のように感じ始めたのは。
いつからだろう。全てのポケモンがデータとして見えるようになったのは。
いつからだろう。自分の行動全てに意味を見いだせなくなったのは。
頂点に立ったトウヤは毎日を無気力に、無意味に生きていた。
そんな中突然顔を出した殺し合いという”刺激”。生きる意味を失いかけていた今、別に自分の命が惜しいわけでもないし他人を殺したいというわけでもない少年はそれに動じることはなかった。
しかし同時に、空っぽだったトウヤの心に僅かな期待が灯るのを感じていた。
ウルノーガという未知なる生物への興味。その力の片鱗への関心。
久々に味わう刺激に対して少年は笑ってしまうほど敏感で、殺し合いが始まってからもただ一つの期待が頭を支配していた。
もしかしたら、自分を満たしてくれる存在に出会えるかもしれないと。
期待を裏切られるのには慣れている。その期待が大きければ大きいほど裏切られた時のショックが大きいのも勿論知っている。
だが、賭けてみたくなった。この虚無感を拭ってくれるのならば喜んで主催者の掌の上で踊ってみせよう。
もう自分が真っ当な人間ではないのだと悟りながらトウヤはデイパックを漁り、見慣れたそれを取り出す。
モンスターボール。同梱された説明書にはこう記されていた。
オノノクス ♀
特性:かたやぶり
覚えているわざ
簡易なポケモンの説明を読み終えたトウヤはある一つの感想を抱く。
――まぁ、使えなくはないかな。と。
ふっ、と思わず小さく噴き出した。
使えなくはない。以前の自分ではそんなこと考えもしなかっただろう。
少なくともあの時は、己の確たる信念と意思によってゲーチスを打ち倒したあの時は、ポケモンを使える使えないの基準で見てはいなかった。
だが今は違う。
トウヤの有り余るトーレナーとしての才能が、並外れた努力が、トウヤという人間を変えてしまったのだから。
「オノノクス」
冷淡な声と共にモンスターボールを投げる。
不思議な機械音に遅れ、上下に開いたボールから威圧的な風貌のポケモンが飛び出した。
斧のように巨大で鋭利な二又の顎を持つそれの名はオノノクス。百八十センチを越える巨体はトウヤを大きく上回り、全身を覆う甲冑のような黄金の甲殻は銃弾をも弾くだろう。
しかしその怪物はトウヤの顔を見下ろすやいなや従順な様子で姿勢を低くする。
自分の主がこの少年なのだと認識したオノノクスに逆らう理由はない。トウヤはそんなオノノクスを一瞥し、すぐに視線を別へ移した。
「君はオレの指示に従ってくれればいい。わかったかい?」
「グルルル……」
はばかるように低い唸り声に了承の意が込められていることをトウヤはわかっている。
通常、モンスターボールの持ち主にポケモンが逆らうことはないのだから。
岩から降りたトウヤはもう一つの支給品であるチタン製レンチを片手に”ついてこい”とオノノクスに命じる。あてもなく歩を進めるトウヤの後を大地を振動させながらオノノクスが続いた。
オノノクスをモンスターボールに入れない理由は二つある。
一つはその方がスマートにバトルに移れるため。ポケモンバトルという
ルールに則った枠組みならまだしも殺し合いという状況では不意打ちの危険もある。
もう一つは脅し道具として利用するため。オノノクスのような威圧的なポケモンは連れているだけでもプレッシャーとなり弱者を引き寄せないことを知っている。
トウヤが求めるのは弱者への一方的な蹂躙ではなく強者との心躍る戦い。あくまでも効率重視、それが今のトウヤのスタイルだ。
(……とはいえポケモンは多く手に入れたい。空のモンスターボールが無い以上、他の参加者から奪うしかないのか?)
極力無駄な接触は避けたいが、オノノクス一匹では自分の全力が出せるとは言い難い。
万が一に今の状態で他人に負ければ言い訳ができてしまうのだ。自分の手持ちが悪かった、と。
トウヤはそれを嫌い、戦力を増やしたかった。モンスターボールどころかまず野生のポケモンも見当たらない現状、捕まえるという手段は現実的ではないだろう。
となると他者から奪うのが合理的だ。トウヤは驚くほど冷静にその思考へ至った。
殺しはしない。ただ、ポケモンを持っている人物と出会った場合は力づくで奪う。
まるでプラズマ団だな、とトウヤは鼻で笑った。自分が潰した組織と同じ思想を持つなど皮肉でしかない。
だがいまさら正義のヒーローを演じるつもりもないしそんな道を歩めないことも知っている。すべてを手に入れた少年は、すべてを失ったのだから。
「――オレに、生きる実感をくれ」
ぽつりと呟いた言葉にオノノクスが反応する。
しかし当のトウヤはひたすらに進んでゆく。離される距離をオノノクスは大股で取り戻し、トウヤは帽子を深く被り直した。
ああ、月の光が鬱陶しい。
”一緒”に踏み出した足は誰よりも遠く、遠くに向かっていた。
【E-2/一日目 深夜】
【トウヤ@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
[状態]:虚無感
[装備]:モンスターボール(オノノクス)@ポケットモンスター ブラック・ホワイト、チタン製レンチ@ペルソナ4
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:満足できるまで楽しむ。
1.自分を満たしてくれる存在を探す。
2.ポケモンを手に入れたい。強奪も視野に。
※チャンピオン撃破後からの参戦です。
※全てのポケモンの急所、弱点、癖、技を熟知しています。
【モンスターボール(オノノクス)@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
トウヤに支給されたオノノクスが入ったモンスターボール。元の持ち主はアイリス。
特性はかたやぶり、覚えているわざはりゅうのまい、きりさく、ダメおし、ドラゴンテール。
最終更新:2019年07月05日 21:41