その美術館は、かつて彼女が来た時に比べて、変わり果てた姿になっていた。
パチパチと音を立てる残り火、溶けた防護ガラス、真っ黒になった絵や彫像。
辺りには煙や煤臭さが充満している。もう、この美術館に客が来ることは無いだろう。
「これは一体…あれから何があった?あの絵が燃えなかったのは幸いだが……」
そんな終わってしまった美術館に、紫のドレスを着た茶髪の少女が一人。
彼女の口調は少女らしからぬ、思慮を含んだものだった。少女の姿はただのカモフラージュなので、年不相応の口調も当然なのだが。
{しかし、この威圧感は?誰かいるのか?}
少女の姿をした怪物、メルトアは目を細め、敵陣に乗り込んだ兵士のような表情で廊下を歩く。
誰を食い殺し、塗料にしてやろうかと、意気揚々と美術館に現れた時とは違う。
美術館の変貌もそうだが、油断をすれば食われる。そんな存在が、この場所にいる。
そして、彼女が恐れていた存在は、案外すぐに見つかった。
目が合って、すぐに確信した。この醜く美しい男は、絶対に食えないと。
銀髪の端正な、美しい肉食獣のような箇所も、人間らしからぬ触手が蠢いている箇所も。
食ったが最後、全てを極彩色で塗りつぶしてしまう、地獄のような塗料になり得ると。
「何をしに来た?」
たったそれだけの言葉で、多くの人間を食らってきたメルトアが怯んだ。
一番恐ろしいのは、その男が片足だけで蹲っていると言うことだ。
すなわち、歩くことさえ出来ない相手だと言うのに、一瞬で殺されるほどの恐怖を感じてしまう。
(これがあの方の言っていたセフィロス……恐ろしいほどの威圧感だ……
わらわを倒した人間共でさえ、これほどの魔力は持っていなかったぞ……?)
彼女は絵の怪物でなければ、額から嫌な汗が流れていたはずだ。
言葉を出そうにも、どういう訳か、喉から思うように出せない。
しばらく沈黙が続いていたが、セフィロスの方から声を出した。
「なぜ首輪をしていない?」
これはまずい。すぐにメルトアは気づいた。
以前星井美希を取り込んだ時は、首輪をしていないことに気付かれなかった。
非常識極まりない状況で、冷静な思考も難しかったからだ。
だが、目の前の相手は、経験も常識も通じない。
隠し事など出来そうにない今、正直に答えるしかない。
だが答えれば、主であるウルノーガを裏切ることになるのではないか。そう思った。
「大方、あの主催者と関わっている者だろう。違うか?」
まさか歩くことすら出来ない者に、ここまで追い詰められるとは、メルトアとしても予想外だった。
セフィロスはそれ以上話すことは無く、獲物を見つめる肉食獣のような表情を浮かべている。
抵抗しても、しらを切っても無駄だ。目の前の怪物が、片足が無くても貴様如き殺すのは容易だと、その目で語っている。
「そ、それが分かるのなら話が早い!わらわの前で下らぬマネをしてみろ!
すぐにでもあの方が、貴様の首輪を爆破してくれるぞ!!」
「……言いたいことはそれだけか?」
メルトアが必死で紡いだ言葉は、ただの脅しと一蹴された。
自分の今の状況、主であるウルノーガはどう動くかは不明だ。
だが、星井美希の捕食をやめろと言われたこともあり、自分のために動いてくれるようには思えない。
「つまらぬ脅しには興味はない。何をしに来たかだけ答えろ。」
「………首輪をつけた死人の回収だ。どこに転がっているか思い当たりはあるか?」
下手な嘘や脅しは通じないし、嘘をついても良いことがあるようには思えないので、正直に答える。
当初メルトアはウルノーガから、『首輪をはめた人間を吸収しろ』と命じられた。
しかし星井美希を取り込んだ際には、『この娘を逃がせ』と言われた。
一見矛盾しているようなことだが、ウルノーガは死体の首輪を回収しろと命令しているのだと解釈した。
「ああ。それならすぐ近くに、私の片足を斬り落とした狩人の物があるはずだ。」
「……助かる。」
すんなりと話が通じたことに、逆に驚いてしまう。
それでも、警戒を怠ることはないまま、その死体を探し始める。
言われた通り、頭部が胴体から離れた死体が、すぐそこにあった。
首輪のみを回収し、残りは塗料にしてしまおうと考えた。
「待て。」
「ま、まだ何かあるのか?」
「首輪だけにしてくれないか?その男は私を負かした強者だ。生きた証すら消えてしまうのは、私としても望ましくない。」
「……分かった。首輪の方は良いのか?」
メルトアとしては、別にハンターの死骸を食えなくても良かった。
貴重な食料にありつく機会だが、こんな怪物が近くにいる中で、食欲など出る訳もない。
一体この男は何者なのか、その相手にそこまで執着するセフィロスは一体何なんだという疑問は残るが、一刻も早くこの場から離れたかった。
ハンターの首輪を回収し、無事だった絵の世界に戻ろうとする。
「ああ、そうだ。貴様が主催者と関りがあると言うのなら、教えて欲しいことがある。」
交渉と言うのは、当たり前だが強者に有利なものである。
何しろ強者の側は『自分が危害を加えない』ということだけで一つの交渉カードになるからだ。
今の状況もそうだ。セフィロスが自分を殺さないと言うだけで、彼の頼みを承諾せねばらなない。
ここでセフィロスにとって都合の良いことを言えば、ウルノーガから罰を受けるかもしれない。
かといって、この男に嘘をつけば、即座に殺されてもおかしくはない。
「少し前の放送の…あの男の声は誰のものだ?」
二度目の放送で聞いた声は、セフィロスにとって知らない人物のものだった。
この殺し合いが始まる時にいた2人、マナのものでも、ウルノーガのものでもない。
全てを食らいつくし、征服し、究極を証明するには、知らないことがあるとどうにも不都合だ。
「あの方と同じ場所にいる、足立という男だ。それ以上はわらわは知らぬ…待て……」
メルトアは、ウルノーガ以外の主催者のことは知らない。
自分を殺した者たち以外にも、参加者のことは、ウルノーガを通してある程度だが知っている。
だが、ウルノーガ以外の主催者のことは、どのような者か、どのような思想を抱いているのかは教えてもらってない。
知っていることは、ウルノーガとのやり取りで聞いた名前と情報ぐらいだ。
だがそのやり取りから、セフィロスと言うのは主催者の一人である、宝条の息子だと知っていた。
「貴様は、宝条という名に、覚えはあるか?」
一瞬の間があった。
それから僅かながら驚いたような表情を浮かべ、ニヤリと笑った。
越えてはいけないラインを越えてしまったかと焦るが、すぐにセフィロスは口を開いた。
「ハハハハハハハ!!」
「何がおかしい?」
「いや失礼。あまりに久々にその名を聞いてな。」
7年前、まだセフィロスが自らの存在に疑問を抱くことが無く、ソルジャー1stとして活動していた時。
何の因果か今と同じように、唐突に高笑いをした。
それもまた、宝条に関することだった。
――ある男がな、不思議な力なんて非科学的な言い方は許さん!魔法なんて呼び方もダメだ!そう言って怒っていたのを思い出しただけだ。
――神羅カンパニーの宝条。偉大な科学者の仕事を引き継いだみじゅくな男だ。コンプレックスのかたまりのような男だな。
「だが、奴は死したはず…いや、それは私も同じか。」
宝条の死は、ライフストリームを通して知っていたことだ。
なぜここで主催者をやっているのかは疑問だが、蘇ったのは自分も同じことだ。
確かにこのような露悪的な催しを、好みそうな男ではあると納得してしまう。
「驚いたのか?この殺し合いに、貴様の父親が加わっていたと。」
「……今、何と言った?」
迂闊なことを暴露すれば、セフィロスに寝返ったとして、主に殺される可能性もある。
だが、今のメルトアは必死だった。とにかくこの場を生きねばと。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言うが、必死で紡いだ言葉が、思わぬ効果を発揮することもある。
それは、今のセフィロスの表情が物語っていた。
「我が主の伝手で聞いたことだ。奴…宝条は言っておったぞ。
優勝者など『聞くまでもないだろう。無論、セフィロス――私の息子だ!』と。」
お前は何を言っているという表情で、メルトアの顔を見る。
メルトアの方も、余計なことまで言い過ぎたかと考える。
静かな、しかし刺々しい空気が辺りを覆っていた。
セフィロスは宝条博士など、ただのつまらぬ男としか思っていなかった。
そして宝条自身は、そのセフィロスに父親とも思われぬまま、見下されていることを知っていた。
――セフィロスのやつ、私が父親だと知ったらどう思うかな
――あいつは私のことを見下していたからな
とにかく、セフィロスは宝条が父親だと、終ぞ知ることはなかった。知らずにその生を終えたはずだった。
だが、どの歯車が狂ったかは不明だが、極めておかしな形で、その事実を伝えられることになった。
別世界の、本来ならばセフィロスとも宝条とも関わるはずのなかった怪物の言葉で。
「わらわが出まかせを言っていると思ったか?」
今度は打って変わって、メルトアの方が笑みを浮かべていた。
対照的にセフィロスは、苦虫を嚙み潰したような表情を見せ続ける。
(今だ!!)
「……?ブリザガ!!」
彼女の目が輝き、2本の光線がセフィロスに襲い掛かる。
マヒャド、いや、マヒャデドスにも並ぶ氷魔法であっさり無効化されたため、彼にダメージが通ることは無かった。だが、これで十分。
すぐさま、彼女は首輪だけ握って、脱兎のごとく逃げ出した。
勿論、逃げた先は絵の中。美術品の大半は焼けたか瓦礫に埋まったが、彼女の世界を繋ぐ絵だけは無事だった。
■
「もう少し、回復には時間がかかりそうか。しかし……。」
メルトアは姿を消し、その場には回復中のセフィロスのみが残された。
彼の胸の内は、複雑だった。まさか何の存在価値もないと思っていた男が、主催者の一員であり、しかも彼は自分の父親だったと。
あの怪物が出まかせを言ったようには思えない。
クラウドの死を感じ取ってから、もう自らの過去には用が無いと思っていたが、そうでもなかった。
「これは……なるほどな。」
敵はハンターのような未知の世界の強者のみならず、自らの世界の過去にもいるかもしれない。
さらに、もう一つ気づいたことがあった。
この世界で自分がジェノバ細胞を植え付けた女、セーニャの感知が出来なくなった。
何処に逃げたか彼女の居場所を知ることは、もう不可能だ。
遠くに逃げたから分からなくなったのか、はたまた外部からの要因かは不明だ。
一時的か永続的か知らぬが、彼女はジェノバ細胞の支配を逃れたということだ。
「まだいくらでも楽しめるということか……」
過去も未来も食らいつくし、改めて星と一つになる。
その先には何があるのか。未だ消えぬ未知への探求心は、留まることが無かった。
【B-4/崩壊した美術館跡/一日目 日中】
【セフィロス@FINAL FANTASY Ⅶ】
[状態]:G-ウイルス融合中、上半身裸、ダメージ(小)、左腕から右脇にかけて裂傷、左足首切断、傷再生中、MP消費(小)、高揚感
[装備]:バスターソード@FINAL FANTASY Ⅶ
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(確認済み、武器の類ではない)
[思考・状況]
基本行動方針:全てを終わらせる。
1.全ての生物を殺害し、究極を証明する。
2.スネーク(名前は知らない)との再会に少し期待
3.宝条が私の父親……?分からぬこともあるものだ。
4.あの少女(メルトア)は何処から来た?近くに主催者の場所へ行ける何かがあったりするのか?
※本編終了後からの参戦です。
※メルトアから、主催者にはマナとウルノーガのみならず、宝条博士と足立という男がいると分かりました。
※心無い天使、スーパーノヴァは使用できません。
※メテオの威力に大幅な制限が掛けられています。
※
参加者名簿に目を通していません。
※セーニャが手に入れた情報を共有しました。しかし現在は少なくとも近づかない限り、情報をインプットすることが出来ません。
※G-ウイルスを取り込んだ事で身体機能、再生能力が上昇しています。
※左腕がG生物のように肥大化し、背中の左側には変形可能な肉の翼が生えています。
※炎、熱を伴う攻撃は再生能力を大幅に遅れさせます。
最終更新:2025年06月17日 00:02