ゲーチスには野望があった。

表向きは「ポケモンを人間から解放する」という思想を掲げ、その真意は「自分だけがポケモンの力を利用できる世界を作る」という途方もない理想の世界を築こうとプラズマ団を立ち上げた。
その表向きの思想に賛同する者も少なくはなく、順調とは言えないが着実にその野望は現実になろうとしていた。

しかし、それは一人の少年の手によって失敗に終わる。

費やした努力や時間とは不釣り合いなほどに呆気なく彼の野望は崩れ落ちた。
理解できなかった。納得いかなかった。しかし現実はゲーチスを置いてけぼりに進んでゆく。
年端もいかない少年に敗北したという現実に自尊心をへし折られ、アデクとチェレンに連行される中でゲーチスは心の底から願った。

やり直したい、と。



『この殺し合いの優勝者は元の場所に帰れる権利と、何でも一つ願いを叶えられる権利が与えられるの』



地獄へ向かうゲーチスの目の前に一本の蜘蛛の糸が垂らされた。




殺し合いの場に降り立って二時間ほど、ゲーチスは草原にて一人の女性と出会った。
名をエアリスというらしい。軽い自己紹介の中で二人は互いにこの場で初めて出会った参加者だと知る。
エアリスはどこか不思議な雰囲気を纏っていた。普通こういう状況での女性といえば慌てたり泣き喚いたりしてもいいものだが、エアリスはそれがない。
どころか毅然とした態度を崩さず、場慣れしているように感じられた。

聞けばルール説明の際に飛び出した黒髪の女性は彼女の仲間らしい。
それを聞いてゲーチスはなるほどと頷いた。知り合いがいることを確認できた上、明確に反逆の意志を持っている仲間がいるからこそ冷静でいられるのだろう。

「ゲーチスは、知り合いとか見なかったの?」
「……いいえ、残念ながらワタクシは誰も」
「そっか。よかった……のかな」
「良かった、というと?」

後ろ手を組み草の上を歩きながらエアリスがぽつぽつと紡ぐ。
舞台の上で演じているような彼女にゲーチスは視線を注ぎながら疑問を呈した。
当のエアリスはスラムでは見れない夜空を見上げ、ゲーチスと視線を合わせようとしない。

「殺し合いになんて、呼ばれない方がいいよ」

その一言でゲーチスは察した。
このエアリスという女性は”使える”と。

「……そうですね。ワタクシとしたことが、考えが及びませんでした」
「ううん。不安な気持ちはみんな一緒だから。しかたないわ」

表向きの穏和な微笑みを浮かべながらゲーチスは内心でほくそ笑む。
言うまでもないがゲーチスの目的は優勝一択だ。しかし実力でそれを目指すのが無謀だということは理解している。
だからこそゲーチスは対主催の立場を演じる。いわゆるステルスマーダーのスタンスを選択した。
プラズマ団の表の顔を演じてきたゲーチスの素性は簡単に見破れるものではない。
しかしそれだけでは不安要素が残るゆえ、エアリスという少女を手元に置いておきたかった。

無力な女性と行動を共にする紳士的な男性。この肩書きを見ればまず警戒されることはないだろう。
エアリスの言うように自分の素性を知る者と出会ってしまえばそれも崩れるが、およそ七十に至る参加者の中で出会う確率は低い。
それにもし出会ったとしても、紳士という外面を崩さずにいればその場しのぎの嘘でどうとでもなる。
なんせ殺し合いという状況下。誤魔化しようなど幾らでもあるのだから。

「エアリスさん、支給品の確認は?」
「あ、忘れてた」

武器が欲しいゲーチスの発言により二人は互いの支給品の確認に移った。
ゲーチスの支給品はあまり恵まれているとは言えず、大きなスコップと緑色の珠、スタミナンXと書かれた飲料と一見まともとは思えない組み合わせだった。
緑色の珠に至っては使い道すら分からないが、エアリスによればマテリアというらしい。自分が持っていても仕方がないとエアリスに譲った。

エアリスのバッグから出てきたのは黄金の装飾が施された派手な弓と矢筒。矢筒の中には二十本もの矢が入っていた。
それだけならゲーチスも驚きはしなかったが、続いて彼女の手に握られたそれを見て目の色を変えることとなった。
モンスターボール――下手な銃器よりもよほど頼りになるそれはゲーチスにとって是非とも手にしておきたい代物だ。ゲーチスはエアリスに頼み込み説明書と共に自分の支給品に組み込んだ。


バイバニラ ♂
特性:アイスボディ


覚えているわざ
  • ふぶき
  • ラスターカノン
  • とける
  • ひかりのかべ


「バイバニラ、か……」

説明書に目を通すゲーチスの顔はお世辞にも喜んでいるとは言えなかった。
バイバニラは存在こそ知っているが使い馴れたポケモンではない。わざの構成も、ゲーチスが普段行っている状態異常や天気を駆使するものとは違い守り重視となっている。
しかしレベルは自分のポケモンよりも高いようで、立派な戦力であることに変わりはない。
ゲーチスの握る説明書に横からエアリスが不思議そうな視線を覗かせた。

「ねぇ、それってなに?」
「ああ、バイバニラです。ワタクシはあまり使い慣れていないポケモンですが……」
「ポケモン?」

ポケモン、という単語に疑問符を浮かべるエアリスにゲーチスは怪訝な視線を向けた。
まるでポケモンを知らないような反応だ。どんな片田舎に住んでいようともポケモンの存在くらいは知っているはず。
しかしそんな常識はエアリスの「ポケモンってなに?」という質問によって打ち砕かれた。

ここで初めてエアリスとゲーチスは互いの世界の違いを知る。
ゲーチスはミッドガルという都市の存在など知らず、エアリスもイッシュ地方どころかポケモン自体を知らない。
簡素に互いの世界の情報交換を終え、エアリスは夢見がちな瞳でぽつりと呟いた。

「なんだか不思議。召喚獣みたい」
「はは、ワタクシとしては貴方の言うミッドガルという場所に興味があります。是非一度行ってみたいものですね」

そう笑うゲーチスの瞳は冷徹にエアリスを見下す。
ゲーチスは元々エアリスの言葉を信じてはいなかった。エアリス自体がユートピアじみた雰囲気を醸していることもあり、全て彼女の脳内での空想なのだろうと冷静に切り捨てる。
ミッドガル、召喚獣、魔晄、ソルジャー――くだらない。そんな幻想に付き合っていられるほど暇ではない。
早々に会話を切り上げたゲーチスはモンスターボールを握りしめ、紳士然とした態度を維持しようとエアリスへ声を掛けた。

「エアリスさん。ワタクシはこのNの城という場所に向かいたい。実はこの場所、ワタクシの住処と同じ名でしてね。本当にワタクシの知る場所と同じなのか確認したいのです」
「うん、そこに行きましょう。けど、途中でティファを探したいな」
「勿論人探しも兼ねてです。運が良ければワタクシ達のような殺し合いに反対する方々とも出会えるかもしれませんから」

にこやかな笑みを浮かべるゲーチスにエアリスが快く頷く。
怪しまれている様子はない。今の自分はエアリスという少女と共に同じ志を持つ仲間を探す勇気ある紳士なのだ。
殺し合いを生き残るにはこの表向きの顔を崩す訳にはいかない。

「では行きましょうか、エアリスさん」

うん、と返すエアリスを横目にゲーチスは右方へ向き直る。
今のところ粗野な振る舞いはない、完璧だ。計画は順調に進んでいる。
そんなゲーチスの揺るぎない自負心は次の瞬間、慢心へと落ちた。







「お久しぶりです、ゲーチスさん」







なっ――と、思考よりも先に口がそれを漏らす。
ゲーチスの左目は信じ難いものを見るかのように見開かれ、瞳孔に驚愕の色を乗せていた。
そうだ、聞き違えるはずがない。ゲーチスはこの声を確かに聞いたことがある。
ひび割れた皿のように充血する瞳に映る少年の影はまさしく、自分の野望と心を打ち砕いた紛れもない存在。

「ア、ナタは……っ!?」

短い時の中で築き上げた冷静沈着な態度も紳士然とした振る舞いもかなぐり捨て、喫驚に浸るゲーチスは隣のエアリスを置き去りにする。
きょとんと首を傾げる彼女など既にゲーチスの視界には入っていない。
現在、一番出会いたくない人物が。七十分の一という確率を潜り抜けた脅威の塊がそこにいるのだから。

「どうしたんですか? ゲーチスさん」

ざ、と草を踏み締める少年の後ろには黄金の甲殻を纏うポケモン、オノノクスが低い唸りを響かせている。
しかしそれよりも数段、否圧倒的にゲーチスの恐怖心を煽るのは彼の帽子の奥に光る双眸。
以前出会った時とは比にならぬ威圧感にゲーチスは思わず一歩後ずさった。

「出してください――あなたのポケモンを」

やがて少年、トウヤは顔がはっきりと視認出来る距離まで近づいた。


もはや無視はできない。自分一人だったならば戦線を離脱できたかもしれないが、エアリスが居る以上不審な挙動は避けたい。
逃走という選択肢を除外したゲーチスはぎこちない笑みを浮かべ、「知り合い?」というエアリスの問いかけも無視して必死に言葉を募らせる。

「これはこれはトウヤさん。アナタもこんな悪趣味な催しに誘われていたとは、実に嘆かわしい。まだこんなに年端もいかぬ少年にこのような過酷な命運を背負わせるとは許しがたい! どうですか、トウヤさん。ワタクシ達と共にこのふざけた運命を打開――」
「オノノクス」

ゲーチスの演説を遮る呼びかけに応じ、傍らのオノノクスが吠えトウヤの前へ躍り出る。
臨戦態勢に入るオノノクスの全身から溢れる闘気がゲーチスの肩を震わせる。それはゲーチスに争いは避けられないと理解させるには十分すぎた。

「ゆ、ゆきなさい! バイバニラッ!!」
「バニ~」

震える左手でモンスターボールを投げる。
すると中からソフトクリームを模したような顔が二つ並んだ氷の異形が飛び出した。
ふわふわと宙を浮くバイバニラの姿にエアリスは可愛いとどこか場違いな感想を心の内に抱く。
しかし現状の雰囲気はそれと真逆。戦いの火蓋は既に切って落とされているのだ。
それを感じ取ったエアリスは慌ててその場から離れ岩陰に隠れる。

「とける!」
「りゅうのまい」

各々の指示に従いバイバニラが己の体を溶かし、オノノクスが舞踏を刻む。
形状が変化し衝撃を吸収しやすくなったバイバニラの防御が上がり、神秘の舞を踊ったオノノクスは攻撃と素早さが上がった。

ゲーチスの思考は冷静だ。だからこそこの戦いを買った。
まず、この場で支給されるポケモンはランダムだ――ゲーチスにはポケモンすら配られていなかったが――すなわち、自分の手持ちや得意とするポケモンが配られる可能性は非常に低い。
ゲーチスの手に扱ったことがないバイバニラが渡ったように、トウヤもまたオノノクスを扱ったことがないとまではいかずとも元の手持ちのように駆使することは出来ないはずだ。
この時点で互いの条件はほぼイーブンとなる。

更に言えば、オノノクスはドラゴンタイプだ。
様々なタイプに耐性を持つドラゴンタイプは脅威とされているが、そんなドラゴンタイプも無敵ではない。
例えばバイバニラのようなこおりタイプの相手には相性が悪く、場合によっては完封されることも珍しくはなかった。
おまけにバイバニラはオノノクスのレベルを大きく上回る。まともに戦えばまずバイバニラが負けることはないだろう。

それを踏まえた上でゲーチスはバイバニラに指示を下した。


「バイバニラ、ラスター――」
「右へ跳んでそのまま接近しろ」

しかし生憎、この少年は”まとも”ではない。

バイバニラの口からラスターカノンが放たれたときには、既にオノノクスは回避行動を終えていた。
標的を見失った光線は月光よりも鋭く瞬き、大地をえぐり土煙を巻き上げる。
即興の煙幕に乗じてオノノクスは指示通りバイバニラの元へ重厚な見た目とは不相応なスピードで肉薄した。

「付け根を狙ってきりさく」
「な……!?」

二つの顔の間の急所を的確に切り裂かれるバイバニラを見てゲーチスはようやく自分が読み負けたことに気がつく。
苦悶の声を漏らし後退するバイバニラ。しかし抵抗は許されず、そのままオノノクスが牙を振るい追撃の餌食になった。

「きょ、距離を取れ! ひかりのかべだ!」
「りゅうのまい」

慌てて下されたゲーチスの指示にバイバニラが後方へ下がり、ひかりのかべを生み出す。
りゅうのはどうなどの遠距離攻撃対策に備えられたそれだが、物理攻撃しか覚えていないトウヤのオノノクスからすれば無駄行為だ。
生み出された僅かな時間で再び龍の舞を踊らせる。

「左側から回り込んで目を狙え」

二段階の強化を経たオノノクスの身体能力は先の比ではない。
バイバニラとゲーチスの反応を許さない速度で左側に回り込んだオノノクスが牙を振るう。と、バイバニラの左目が鮮血を巻き上げて視界を遮断させた。
残りの目が三つあるとはいえ突如失った視界は遠近感を狂わせるには十分だ。
絶叫を上げるバイバニラは辛うじて聞こえたゲーチスの指示によりラスターカノンを黄金へ放つ。
しかしその座標は失った左目の弊害により僅かにオノノクスの位置からずれ、結果反撃の刃を急所にもらうことになった。

「ちぃっ……! バイバニラ! とけ――」
「りゅうのまい」

吹き飛ばされたバイバニラの防御を固めるためゲーチスがとけるを指示する。
しかしそれよりも”先”にトウヤはオノノクスに龍の舞を踊らせた。
これが何を意味するのか――つまりトウヤは、バイバニラから攻撃が来ないことを読んでいたのだ。

「ばかな……っ! 読まれていたのかッ!?」

ゲーチスの戦い方や思考、バイバニラの動き、癖などから読み解いたそれはもはや先読みという領域を超えている。
未来予知――現実的ではない単語が脳裏によぎるほどゲーチスは追い込まれていた。
トウヤは以前戦った時よりも桁違いに強くなっている。無駄のない指示と的確な先読みがその現実を嫌という程教えてくれる。
ポケモンのレベル差によりなんとか体力を保っていられているものの、バイバニラは既にあと一、二発でも貰えば倒れてしまうほど消耗していた。
対するオノノクスは無傷。一発逆転の手であるふぶきを狙いたいがタイミングが掴めない。

「さがれバイバニラ!」

もはや悪あがきに近い指示がバイバニラを全力で下がらせる。
三段階の強化を経たオノノクスにとっては無いような距離だが、なぜか接近してこなかった。

「ゲーチスさん」

疑問に思うゲーチスへトウヤが珍しく口を開く。
返事をする間もなく、これを好機とばかりにゲーチスはバイバニラを更に下がらせギリギリふぶきが届く範囲にまで離す。
いける――! 勝利を確信したゲーチスがふぶきと言葉にするよりも早く、トウヤの双眸がゲーチスを射抜いた。


「バイバニラの四つめのわざ――ふぶき、ですよね?」


どんな揺さぶりが来ても中断する気のなかった指示はしかし、少年の預言により封じられる。
凍りついたのはオノノクスではなくゲーチスだ。なぜ、と掠れた声が溢れ落ちる。
激しい動揺と混乱により刹那の時間ゲーチスが置物と化す。当然、彼からのふぶきの指示はない。
判断を待つバイバニラは目前に黄金の閃光が迫りくるのを眺めることしか出来なかった。

トウヤが何故ふぶきを見抜いたのか、それは勘などではなくれっきとした推察によるものだ。
まず、ラスターカノンととける、ひかりのかべという三つのわざ。見ての通りの耐久型でラスターカノンだけでは火力不足が否めない。
ゲーチスが浮かべていた勝利を確信した顔からするに、ドラゴンタイプを一撃で屠るこおりわざを持っているのだろうと踏んでいた。
しかしゲーチスは最初からそれをせず執拗にラスターカノンを乱射していた。
つまりラスターカノンよりも使い勝手の悪いわざということになる。これにより、ラスターカノンと似た攻撃方法であるれいとうビームは択から消えた。

加えてゲーチスはこの戦いでバイバニラを頻繁に後方へ下げようとしていた。
そしてゲーチス自身はバイバニラの後ろにつくように位置を変えていた。わざによる巻き添えを食らいたくなかったのだろう。
ならば考えられるのは広範囲系のこおりわざ――こごえるかぜ、ふぶきの二つに限られる。
しかしこごえるかぜは威力が低いため無傷であるオノノクスを一撃で倒せるという保証はない。

つまり、答えは決まっていた。

「きりさく」

それは少年による戦闘終了の合図。
重ね掛けされた龍の舞によって倍以上の威力となった剣閃がバイバニラの急所を捉え、その身体を吹き飛ばす。
二度のバウンドを経てようやく草原へ留まるそれは、誰が見てもひんしの状態だった。

「っ!? バイバニラ! 立ちなさい! ワタクシに……ワタクシに恥をかかせる気ですかッ!?」

糾弾虚しくバイバニラは意識を失ったまま身じろぎ一つしない。
もはやポケモンバトルとも呼べない圧倒的な蹂躙。その結果がこれだ。
勝てる戦いだった。相性もレベルもバイバニラのほうが上回っていた。
だが敗北したどころかオノノクスは傷一つ負っていない。これほどまで明確にトレーナーの力量差が示されたことなど歴史上でも初と言っても過言ではないだろう。

「……ゲーチス」
「やめろ! ワタクシをそんな目で見るなっ! ……こんなこと、こんなことあっていいはずがない……!」

切なげに呼びかけるエアリスは今の今まで傍観者の立場から抜け出せなかった。
いや、実際には援護はしようとしていた。オノノクスに向けてゲーチスから譲られたふうじるマテリアを構え、スリプルの魔法を詠唱しようと試みていた。
しかしその最中、目が合ったのだ。激闘を繰り広げているはずのトウヤと。
オノノクスへ指示を下しながら、全く別方向にいるエアリスへ意識を向けるトウヤの視野と虚無を携えた眼光が彼女の妨害を許さなかったのだ。

「…………」
「うっ!?」

立ち竦むゲーチスの傍へ、トウヤがオノノクスを連れ歩み寄る。
少年のものとは思えぬ威圧感とフラッシュバックする蹂躙がゲーチスの口から情けない声色を転がさせる。
そのまま手の届く位置にまで近寄ったかと思えばぴたりと歩みを止めた。無言のままゲーチスを睨む少年が不気味でたまらなくて、ゲーチスは思わず外聞も捨てて怒鳴り散らした。

「なんだ!? 何が望みなんだッ!? 金か、名誉か!? 欲に塗れた薄汚いネズミめ……! そんな下らぬものを手に入れるために、ワタクシの理想を邪魔するのかッ!」
「そんなもの、もうとっくに持っています。オレがほしいのはポケモンですよ」
「な……ポケモンだと!?」

ゲーチスの豹変ぶりに困惑するエアリスに視線すら向けることなくトウヤの欲望を反芻する。
ポケモンがほしい――確かにそれは万人が抱くであろう欲望だ。だが、それを口にするタイミングがおかしい。
通常他のトレーナーの手持ちのポケモンを奪うことは禁止されている。まっとうな人間ならば野生を捕まえたり、卵を孵化させたりと正規の手段でポケモンを得るはずだ。
それこそプラズマ団のような例外を除いて――

「まさか……ッ!?」
「ええ、そのまさかです。オレ自身、気付かない内に貴方の考えに侵食されていたのかもしれませんね」

平然とした顔で語るトウヤにゲーチスは言葉を失う。

(……こいつは、本当にあの少年なのか――?)

本来悪という立場であるはずのゲーチスがそれを疑うほどに目の前の少年は淀んでいた。
それもゲーチスのような表向きの顔を必要としない、裏も表も黒く染め上げられた逸材。
実力も、頭脳も、威厳も――その全てが支配者であるはずのゲーチスを上回っている。
これでは……これではまるで、自分の立場が無いじゃないか。
ゲーチスの心に言いようのない無力感が襲いかかる。がくん、と途端に脱力した足が崩れ落ち、両膝を落として項垂れる姿勢になった。

「これはもらいますよ」
「……はは、好きにしたらいい。どのみちそんな使えないポケモン、ワタクシには必要ありません」

ありがとうございます、とトウヤは放り投げられたモンスターボールを拾いひんしのバイバニラを戻す。
使えないポケモン、という言葉に反論を示さないトウヤの様子はやはりゲーチスの目から見ても異常だ。
尋常ではない強さといい、機械じみた態度といい、もはやゲーチスのいる世界とは違う世界に住んでいるのではないかとさえ疑った。

「あ、あの!」
「ん?」

なにも言わず立ち去ろうとするトウヤをエアリスが呼び止める。
振り返るトウヤの瞳は相変わらず無機質で、魔晄を帯びた者とはまた違った異質さが感じられた。

「あなたは、なにがしたいの?」

シンプルな、しかしゲーチスも気になっていた質問はトウヤの目を僅かに見開かせる。
僅かな逡巡ののち、トウヤはエアリスと向き直った。

「生きたいんです。今のオレは死んでいないだけですから」
「……よくわからないわ。どういう意味なの?」
「さぁ、オレもよくわかりません」

では、と早々に切り上げて再び背を向けるトウヤ。
今度はエアリスは呼び止めることは出来なかった。

「ああ、そういえば」

だが呼び止める必要はない。
トウヤ自身が足を止め、エアリスではなく項垂れるゲーチスに視線を向けたのだから。

「オレは貴方の考えに侵食されてるのかも――って言いましたが、厳密には違います。この世でオレ一人だけがポケモンを使えるようになっても、つまらないですから」

それは、ゲーチスにとってトドメとなる言葉だった。
トウヤとしては何の気なしに、ただ訂正しておこうかな程度の気持ちで言い放ったものだ。
だがそれは、トウヤという自分を上回る存在の登場により自尊心を傷つけられ、無力感に苛まれていたゲーチスの逆鱗に触れた。
自分の理想を叶えられるかもしれないトウヤが、その理想自体をつまらないと切り捨てる。これほど屈辱的なことがあるだろうか。

「……けるな」

杖代わりに地に立てていたスコップを強く握りしめる。
明確な殺意を湧き立たせるゲーチスにエアリスは制止の声を上げるが、それを聞く理性は持ち合わせていない。

「ふざ、けるなぁぁぁぁ――ッ!!」

トウヤの元へ駆け出し、怒りに任せゲーチスがスコップを振るう。
しかしそれをトウヤは難なく一歩横にずれてやり過ごし、逆に勢いよくスパナを振るいゲーチスの側頭を打ち抜く寸前でぴたりと止める。
度重なるバトルによって鍛え上げられたトウヤの動体視力の前にゲーチスのおざなりな一撃など通用するはずがなかった。

「……あ、……」
「オレはポケモントレーナーです。こんな真似はさせないでください」

低声の忠告。命を狙った相手にそれだけ言ってトウヤは再び背を向ける。
その背中はひどく無防備だ。だが崩れ落ちるゲーチスにはすでにトウヤへの敵対心は残っていなかった。
ただあるのは踏み躙られた醜いプライドの欠片と無力感のみ。

(……ゲーチス、本当にいい人なの?)

傍に付き添うエアリスには彼の気持ちはわからない。
だが、スラム街で育った彼女にはある程度いい人なのか悪い人なのかを見抜く目がある。
その目を持ってしてもゲーチスがどちらなのか判別がつかない。自分と接してくれた際は優しげだったが、あの少年やバイバニラに向けた態度はとても善人とは思えぬものだったから。
どちらにせよ今は彼の傍を離れるべきではない。今の弱々しいゲーチスを放っておけば、きっと良くないことが起こる。

「ワタクシは……ワタクシは……!」
「…………」

なんとなくだが、そんな気がしてならなかった。


【E-3/草原(西側)/一日目 黎明】
【ゲーチス@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
[状態]:戦意喪失、無力感
[装備]:雪歩のスコップ@THE IDOLM@STER
[道具]:基本支給品、スタミナンX@龍が如く 極
[思考・状況]
基本行動方針:優勝し、野望を実現させる。
1.このワタクシが……。
2.エアリスを利用し対主催を演じる。

※本編終了後からの参戦です。
※エアリスからFF7の世界の情報を聞きましたが、信じていません。

【エアリス・ゲインズブール@FINAL FANTASY Ⅶ】
[状態]:健康
[装備]:王家の弓@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド、木の矢(残り二十本)@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド
[道具]:基本支給品、マテリア(ふうじる)@FINAL FANTASY Ⅶ
[思考・状況]
基本行動方針:ティファを探し、脱出の糸口を見つける。
1.今はゲーチスに付いて行きティファを探す。もし危なくなったら……。
2.ゲーチスの態度に不信感。

※参戦時期はデート後~死亡前までの間です。
※ゲーチスからポケモンの世界の情報を聞きました。


【雪歩のスコップ@THE IDOLM@STER】
ゲーチスに支給されたスコップ。
たとえ地面がコンクリートであろうと穴を掘れるトンデモ性能。
本来の持ち主である雪歩がこれを持てば無敵とまで言われていた。

【スタミナンX@龍が如く 極】
ゲーチスに支給された飲料。
体力を大きく回復させる効果がある。

【王家の弓@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド】
エアリスに支給された弓。
黄金の装飾がなされ、入手のしやすさと高い攻撃力から作中でもかなりお世話になるはず。
セットで木の矢が二十本入っている。

【マテリア(ふうじる)@FINAL FANTASY Ⅶ】
ゲーチスに支給されたマテリア。
これを手に持っているか、あるいは武防具に装着させることで魔法が使用可能。
使える魔法は「スリプル」と「サイレス」。






「なにがしたいの、か」

エアリス達から見えなくなった頃、トウヤはぽつりと一人呟く。
エアリスの問いは予想以上にトウヤに響いた。もっともそれも考えを改めるほどのものではないが。

「そんなの、オレが知りたいよ」

あの時は適当なことを言ってしまったが、あながち本心じゃないとは言い切れない。
生きているとはなんだろうか。何度か考えたことがあったが未だに答えは見つからない。
ただ、この場なら見つけられるかもしれない――隣歩くオノノクスの甲殻を軽く撫でながら、トウヤはまだ見ぬ強敵の予感に想いを馳せた。

(……それにしても)

トウヤの脳裏に蘇るゲーチスの姿。
参加者は各地から無差別に選ばれたのだと思っていたばかりに彼が居たのは意外だった。
ゲーチスがいるということは自分の関係者も、例えるならチェレンやベルもいるのだろうか。あの二人ならきっと自分とは違う道を行くだろう。

「まぁ、どうでもいいか」

だが、彼らへの意識はトウヤが口にした一言が如実に表している。
どうでもいいのだ。対等なスタート地点から同時に足を踏み出したのにも関わらず、終始自分の遥か後ろを歩いてきた弱者など。
今のトウヤが求めているのは興奮に値する強者のみ。

【E-3/草原(東側)/一日目 黎明】
【トウヤ@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
[状態]:虚無感
[装備]:モンスターボール(オノノクス)@ポケットモンスター ブラック・ホワイト、チタン製レンチ@ペルソナ4
[道具]:基本支給品、モンスターボール(バイバニラ)@ポケットモンスター ブラック・ホワイト
[思考・状況]
基本行動方針:満足できるまで楽しむ。
1.自分を満たしてくれる存在を探す。
2.ポケモンを手に入れたい。強奪も視野に。
3.バイバニラを回復させたい。

※チャンピオン撃破後からの参戦です。
※全てのポケモンの急所、弱点、癖、技を熟知しています。


【モンスターボール(バイバニラ)@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
エアリスに支給されたバイバニラが入ったモンスターボール。元の持ち主はアデク。
特性はアイスボディ、覚えているわざはふぶき、ラスターカノン、とける、ひかりのかべ。


【ポケモン状態表】
【オノノクス ♀】
[状態]:健康
[特性]:かたやぶり
[持ち物]:なし
[わざ]:りゅうのまい、きりさく、ダメおし、ドラゴンテール
[思考・状況]
基本行動方針:トウヤに従う。
1.トウヤに従い、バトルをする。

【バイバニラ ♂】
[状態]:ひんし、左の顔の左目失明
[特性]:アイスボディ
[持ち物]:なし
[わざ]:ふぶき、ラスターカノン、とける、ひかりのかべ
[思考・状況]
基本行動方針:???
1.……。

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投下順 023:Must Die
NEW GAME ゲーチス 058:殺意の三角形(前編)
NEW GAME エアリス・ゲインズブール
008:夢の果て トウヤ 040:その男、龍が如く(前編)

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最終更新:2019年09月26日 11:52