颯爽と飛び立つ夜風が波を生む。
露を含んだ清涼なそれはミファーの頭から伸びた赤いヒレをひらりと揺らした。
崖に腰掛け、遠くを見つめる虚脱したような落ち着いた表情とは裏腹に、彼女の右手は胸に抱いた決意を形にするように強く短刀を握り締めていた。
――殺し合い。
その言葉の意味を理解するのにそう時間は要さなかった。
ミファーは元々誰に対しても心優しい人徳者で深く広い愛の持ち主だったが、英傑である以上それ相応の振る舞いは見せていた。
厄災ガノンの復活の予兆を知らしめるように増え続ける魔物を自慢の槍で薙ぎ払い、圧倒的な水練により海を自身の領域とした。
リーバル、ダルケル、ウルボザと各々確固たる戦力を持っているが、水中というフィールドであればミファーの右に出る者はいない。あのリンクでさえも。
結果、ミファーの英傑としての活躍は海の平穏に大きく貢献していた。
しかしそれも長くは続かなかった。
厄災ガノンの復活――恐れていたことが起きてしまった。
感じたことのない禍々しい魔力と闇がハイラルに広がる中、他の英傑達が各々の神獣へ乗り込みリンクとゼルダがガノンの元へ向かう。
彼らの背中を見ながらミファーは思った。
怖い、と。
ライネルやヒノックスといった強敵とは比にならない威圧感。
本当に勝てるのかとさえ思った。そんな負の感情に囚われる自分の肩に、ぽんと手が置かれた。
リンクだった。一刻も早くガノンの元へ向かわなければならないというのに足を止め、ミファーの傍に居てくれていたのだ。
『大丈夫、きっと勝てるよ』
その時の彼は少しだけ微笑んでいた。
昔の無邪気なものとは違う、誰かを勇気付けるためのそれを見てミファーは決意した。
例えどんな事があってもリンクだけは守らなければならない、と。
そうしてリンクとゼルダを見送り、自身も神獣ヴァ・ルッタに乗り込もうとした刹那、視界が暗転した。
■
「リンク……」
淡い呟きは波のさざめきに消える。
ミファーはあの最初の会場にてリンクの横顔を見つけた。
間違えるはずもない。彼が四歳の頃から一緒にいたのだから。
自分がこの殺し合いに巻き込まれたということは彼もいるのではないか、という危惧はしていた。
杞憂に終わってほしかったが見違えようのない彼の横顔がそれを事実だと突きつけてくれた。自分一人だけならばどれほど良かっただろう。
いざ厄災ガノンを討たんとするタイミングで開かれた催しはミファーから余裕を奪い去り焦燥を残した。
「……ねぇ、リンク。貴方は優しいからきっと、他の人を助けようとするよね。……自分の命を懸けてでも」
言葉にすればするほどにミファーの右手は強く握られる。
リンクが人助けに駈ける姿は容易に想像できる。そんな心優しく、勇敢で、強い性格に恋したのだから。
きっと彼は今こうしてぼうっと海を眺めている自分とは違い、既に他の参加者と出会い殺し合いを打破する道を探っているのだろう。
「――けど、それじゃダメなの」
僅かに顔を俯かせたミファーが立ち上がる。
そう、リンクは希望なのだ。ハイラルにとって、厄災ガノンを討てる可能性がある数少ない英傑の一人。
五人の英傑の中でも抜きん出た実力の持ち主である彼は厄災ガノン討伐の要だ。ミファー達は神獣でそれを援護する役割が与えられた。
つまり、だ。ハイラルの安寧の為リンクがこんなところで殺される訳にはいかない。
「大丈夫、貴方は私が守るから。……それが例え、許されざる道だとしても」
口にすることでより決意を固める。
セピア色の記憶が蘇る。父が、弟が。ゾーラの里の皆が。
この記憶を途絶えさせる訳にはいかない。家族を、ハイラルを守るためにはリンクの力が必要なのだ。
ミファーは自分の命の価値を軽く見ているわけではない。しかし、自分とリンクのどちらを取るかと言われれば後者を取るだろう。
それは単に彼が自分よりも厄災ガノンに対抗できる存在だからという理由だけではない。
ミファーはリンクを――愛していたのだから。
「リンク……貴方は気付いてないかもしれないけど、私、少し寂しかったんだ。隣りにいた貴方に置いていかれる気がして」
子供だと思っていたのに、背丈も実力もすっかり抜かされてしまった。
自分では苦戦するであろうライネルを剣一本で圧倒する姿は美しく心強いと思う反面、彼が遠くに行ってしまったような錯覚を覚えた。
その場にいるはずなのにまるで舞台を眺める観客と主役のような、そんな絶望的な差があった。
けれど唯一、彼の隣にいられる瞬間があった。
リンクが戦いで負った傷を治癒するときだ。あの時間は彼との差を忘れられる。
また彼の隣にいたい――そんな叶わぬ願望を抱きながら、彼女の中である一つの決断が下された。
「私は、貴方を優勝させる」
それがミファーにとっての最善。
リンクという特別な存在を、ハイラルを救う希望を自らの手で生かす。
他の参加者の命を天秤にかけてでも成し遂げなければならない。数十人の命で国民全員の命が救われるのならばそちらを選ぶ理屈は間違っていない。
彼が生き残りハイラルを救ってくれるのならば自分は喜んで汚れ役を買おう。
「――けど」
だけど、リンクには汚れてほしくない。
リンクが人を殺す姿は見たくない。彼の英傑としての誇りは汚してはならない。
だから彼以外の全ての参加者を自分が殺す。その苦痛は計り知れないが、やらなければならないのだ。
悲劇のヒロインを演じるわけではない。立ち向かう道を逸れ、自ら血に濡れた道を選んだのだから。
立ち止まる時間はこれまでだ。
腰を上げ地に足を着けるミファーの顔は先程までよりも険しく、厳しいものに変わっている。
ゆるく揺らめく水面に映る自分の顔を見て、それを破るように勢いよく飛び込んだ。
急な質量を浴びせられた海は盛大な水音を立てて飛沫を上げる。瞬間、魚雷の如きスピードでミファーが海中を駆けた。
水中というフィールドで彼女の右に出る者はいないと言ったが、それはこの場所でも適用される。
七十という参加者の中でもミファーよりも早く、自由に水中を泳ぎ回れる人物は誰一人としていないだろう。
つまりそれは水中であれば誰にも負けないということ。事実がどうあれ、彼女にはそう思わせるに値する確かな技術があった。
デイパックが防水なことは確認している。水面にデイパックが浮き上がり参加者に発見されるという恐れを潰すため背中から腹側へと背負い直す。
ヒレを目立たせぬよう深く、かついつでも飛び出せるように浅く。絶妙な深さを維持して縦横無尽に夜の海を駆ける。
深夜ということもあり注視しなければ気が付かないはずだ。崖際で無防備な姿を見せる参加者を仕留めるには絶好の状況。
これがミファーに与えられた特権なのだ。地以外のフィールドを持っているという強みは生存確率を底上げさせる。
(……こんな風に、人を殺すために使う日が来るなんて)
水を掻き分け爆発的な速度で海を進むミファーの心中は穏やかとは言えない。
子供の頃から、それこそリンクが生まれるずっと前から特訓を重ね完成させた泳ぎが、自分の誇りが今人を殺すために使われている。
その事実は消えない。目を逸らさずに受け入れてやる。
どう言い繕っても、自分はもう英傑と呼べる存在ではないのだから。
(リンク、私は貴方を――)
闇色のカーテンじみた海をミファーは駆ける。
星々の瞬きも月の光も届かない水の中でも、記憶の中のリンクという輝きは消えない。
その一筋の光を頼りにミファーは自ら漆黒となった。
【C-3/海中/一日目 深夜】
【ミファー@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド】
[状態]:健康
[装備]:龍神丸@龍が如く 極
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(確認済み、0~2個)
[思考・状況]
基本行動方針:リンクを優勝させ、ハイラルを救う
1.海を移動し、不意打ちで参加者を殺して回る。
2.呼ばれたのは私とリンクだけ……?
※百年前、厄災ガノンが復活した直後からの参戦です。
※治癒能力に制限が掛かっており普段よりも回復が遅いです。
【龍神丸@龍が如く 極】
ミファーに支給された短刀。
体力が減るほど攻撃力が上がり、最終的には短刀の中でもぶっちぎりでトップレベルの火力となる。
また、武器を手にしている間は炎上効果を無効化する能力も持っている。
最終更新:2019年09月19日 20:49