「ホメロス、俺たちはどっちへ向かうんだ?」
ホメロスと花村陽介。
本来は永久に交わることの無かったであろう2人の人間は、殺し合いの舞台の中心地である公園に配置されていた。
中心にいるということは、つまるところどの施設に向かうことも出来るということだ。
西と東の施設に向かうには一面に広がる海によって渡れなくなっている。公園のある島は、北と南に設置されている橋でしか他の施設のある島と繋がっていない。
だがどこを目指すにしても、距離的に目指すのが困難な場所というのは存在しない。
北に行くか南に行くか、これはこの世界での自分たちの運命を左右する選択であると言えよう。
「南へ向かうぞ。」
それに対し、ホメロスは迷うことなくそう言った。
理由はシンプル。
北にイシの村が配置されてあるからだ。
この誰がどこにいるか分からない世界。イレブンをはじめとする元の世界での宿敵たちは、仲間との合流を図ってほぼ全員が目指す土地だろう。
南を目指す場合、彼らと出会うことを避けられる可能性が高い。
もちろん打倒ウルノーガのスタンスを貫くことにおいて、イレブンたちと協力する必要があることは理解している。
だが陽介と2人で彼らと会うことは危険だと判断した。
故郷も第2の故郷も自分とウルノーガによって滅ぼされているイレブン。
警戒心が強く、協力するのが難しそうなカミュ。
その死に深く自分が関わっているベロニカと、彼女の死を最も深く悲しんでいたであろうセーニャ。
イマイチ掴みどころのないシルビア。
そして宿命の期間という意味では最も長いマルティナ。
グレイグはともかく、他の全員は陽介のように自分と冷静に話し合える相手だとは限らない。
自分の顔を見た途端に襲いかかって来てもおかしくはないだろう。そう言えるだけのことを自分はしてきたのだから。
また、ウルノーガと敵対するであろうことを考えると彼らもまた対主催集団を形成していてもおかしくはない。
では一触即発の相手と平和的交渉を成すための最たる手段とは何か──古来よりそれは武力であった。
向こうは向こうで集団を形成しているであろう中、こちらも同じように集団を作る。
そうして出会った時、自分と敵対すれば対主催集団同士のぶつかり合いというこの上ない不毛を招くというある種の『人質』を用いて協力を持ちかける。
勢力均衡による武力衝突の抑止──それがホメロスの狙いである。
「なあ、ホメロス。お前の話でひとつだけ気になった部分があるんだけどよ……。」
「どうした?」
ホメロスは陽介に自分の境遇を偽り無く話した。矛盾などは生まれるはずがない。
「お前……もしかして既に死んでるのか?」
「……ああ。ウルノーガの奴によって生き返ったらしいがな。」
そういうことか、とホメロスは面倒そうな顔をする。
そのプライドからかハッキリと『自分は死んだ』と口にしたわけではなかったが、陽介はその様子から直感的にそう感じ取った。
「まじかよぉ……。ウルノーガの奴、人の生き死にまで自由自在だってのかよ……」
凡そ人智を超えた何かの存在に陽介は悪寒を覚えた。仮にこれがペルソナについて知る前であれば、急激な尿意に襲われていたことだろう。
「奴が何だろうと関係ない。俺を蘇らせたことを後悔させてやるさ。」
対するホメロスは、陽介の中でウルノーガの株が上がったことに不服な様子を見せた。
「死ぬのって……どんな感覚なんだ?」
「……馴れあうつもりはないと言っただろう。お前もいずれ分かる。それがこの世界でないことを祈っておけ。」
「ああ、そうかい。」
ホメロスの澄ました態度はどこか気に食わないところもあったが、陽介はそれ以上突っ込むのはやめておいた。
どこか深入りして欲しくない雰囲気を感じ取ったのもある。
そしてそれからはしばらく、無言の時が続いた。
ホメロスは馴れあうつもりはないと言うだけあって気にかけている様子は無さそうだったが、陽介は無言が辛い性格である。
どこか気まずくなり、 口を開こうとしたその瞬間であった。
(──ごめんね…………)
音にならない声と共に、一体の影が陽介の身体を引っ張った。
「うおっ!?」
襲撃者──ミファーの不意打ちに抗えず、陽介は橋から足を滑らせる。
橋に向けて伸ばした手は虚しく空を切り、陽介の身体はポチャンという心地良い水音と共に闇の中へと引きずり込まれて行った。
「おい、陽介!」
何が起こったかを即座に把握したホメロスが叫ぶ。
水からの奇襲、それは以前ダーハルーネでカミュを人質に取った際にもしてやられた手段である。
お前はウルノーガの配下だった頃から何も変わっていないと、何かしらの大きな存在に囁かれているような錯覚に襲われた。
(否……俺は、あの頃とは違うッ!)
内なる声を振り払い、目の前の現実に目を向ける。
陽介の救助に間に合うかどうか──恐らくは絶望的だ。
わざわざ海に落とすところを見るに、相手はマーマンなどの自然系の魔物か、そうでなくとも水中戦を得意とする者だろう。
陽介を助けるために自らも海に飛び込もうものなら相手の思うツボだ。
(ちっ……情けないものだ……他の参加者より優遇されておきながら、人間ひとり守れないとはな……)
ウルノーガの嘲笑う声が聞こえた気がした。
ウルノーガは自分の力を認めているなどと言いながら、子供の手を引く親のように自分の支給品に使えるものばかりを入れていた。
そのような待遇を受けておきながら、この体たらくである。
ホメロスのプライドなど、保たれるはずもない。
(待てよ……支給品……?)
そんな時、支給品の中のひとつの道具をホメロスは思い出した。
■
(さて、まずは1人……)
陽介を水中に落としたミファーは、最も失敗しやすいこの奇襲の第一段階が成功したことにひとまず安堵する。
陽介を狙ったのに深い理由は無い。ただ陽介の方が位置的に狙いやすかった……陽介の運が無かったというだけだ。
水中に落としたのなら後は殺すだけ。陽介がどれほど戦いに精通している者だとしてもゾーラ族の中でもトップクラスの実力者である自分に水中で勝てるはずがない。
支給された短刀、龍神丸を手にする。心臓に一突き、それで勝負は決する。陸からはある程度の距離を取っているため、もう1人の男がこちらの邪魔をするのであれば向こうも海中に入ってこなくてはならない。そして海中に入って来るのであれば、それこそミファーの絶好の獲物だ。
ミファーは急速に接近し、龍神丸を振りかざす。
「ごめんね、貴方に罪はないけれど──」
ミファーは今から殺す陽介に目を向ける。
その顔からは、怯えていることが痛いほど伝わってきた。
そしてミファーはその顔を知っていた。
厄災ガノンに怯えるハイラルの人々も同じ顔をしていたからだ。
そんな人々を脅威から解放するために修行を積んできたはずなのに、今や自らが脅威と化している。
こんなはずではなかったと心は嘆く。
英傑としての正義感も倫理観も、殺しに走るミファーを止めようとする。
だけど、ミファーには止まれない理由がある。
「──これは、彼のためだから……」
この殺し合いにリンクが招かれている。
たった1人しか生き残れないのなら。
そしてその1人は本来何十人もの命を背負わないといけないのなら。
──私がすべて背負って、あなたの闇となる。
ミファーはそのまま、龍神丸を陽介の心臓に向けて突き出した。
■
「──これは、彼のためだから……」
人を殺す決意を固めるための言葉を、陽介は聞いた。
それを聞いて、陽介は思った。
──勝てない、と。
彼のためと言っているところを見るに、この少女は"彼"を優勝させようとしているのだろう。"彼"とやらに生きていてほしいがために、"彼"を生かして死ぬつもりなのだろう。
それほどまでに、"彼"のことを想っているのだろう。
他人のために自らの命まで捧げる覚悟──陽介にはミファーが羨ましく、そして眩しく見えた。
──ドラマのような恋がしたかった。
人を心から好きになり、相手のためならば見返りを求めない、そんな恋愛。
誰もがそれを純愛だと讃えるような恋がしたかった。
先輩が殺されて、その手がかりがテレビの中にあると知った時は、先輩の仇を取りたいと言って迷うことなくテレビの中へと飛び込んだ。
だが自分のシャドウに本心を伝えられ、真っ向からそれを否定された。
自分は退屈な田舎暮らしに刺激が欲しかったに過ぎなかったのだ。
事実、小西先輩がテレビの世界で殺されてからもなお、自分の世界は大して変わることなく動き続けていた。
ただ心のトキメキを感じさせる事象のひとつが無くなったに過ぎなかった──否、むしろペルソナという新たなワクワクの扉を開いたことで充足感すら覚えていた。
陽介は、それが自分の持つ恋愛観だったのだと思い知った。
自分はこの少女のような決意は出来ない。
この少女に説き伏せるに足るだけの恋愛観を陽介は持っていない。
この少女に、自分は勝てない。
(だけど……だけどよお……)
龍神丸の刃が陽介に迫る。
「だったらなおさら……死ぬ訳にはいかねえよなぁ!」
「なっ……!」
龍神丸が心臓に届く寸前。
陽介は震える両手を心臓の前方に構えた。
英傑としての腕力と龍神丸の殺傷力が相まって陽介の両手を貫くも、そこで止まる。陽介の心臓にはギリギリ届かない。
「ぐっ……離し……」
「離す……もんかよ……!」
ミファーは一旦龍神丸を陽介の手から引き抜こうとするも、陽介は龍神丸の刃を掴んで離さない。刃を握りこんだことでさらに陽介の手のひらから流れ出る血液が、闇のように暗い海を赤く染めていく。
陽介を突き動かしたもののひとつ、それは意地であった。
ミファーはかつて自分が憧れた恋を実践している、言わば眩しい女の子だ。対比的に自分が浅ましくすら思える。殺し合いに乗っていない自分は倫理的に見れば正しいはずなのに、だ。
"彼"──リンクのことを陽介は知らない。
だが"彼"とやらが、ミファーが命を張って築き上げた屍の山の上でミファーの屍に感謝しながら優勝者の特権を貪るような男であるのなら、そんな男はクズだ。ミファーのキラキラな恋心を向けられる資格などない。
"彼"がそんなクズでないのなら、ミファーの行いは自己満足にしかならない。少なくとも自分は小西先輩にこのような献身は求めていなかった。
ミファーの言葉からかつての自分の理想像を連想してしまったからこそ、ミファーの行いがどう転んでも悲劇に繋がるのを黙認など出来ない。
ここで易々と殺されるわけにはいかない。
だがいくら陽介がもがこうとも、海中で陽介がミファーに勝てる要素はない。そしてミファーは決して陽介に陸に上がる余裕を与えない。
陽介の抵抗は本来、死期を遅らせることにしか繋がらない。
「──ドルモーア!」
しかしそれは、陽介が独りの場合である。
乱入者にして第三者、ホメロスの唱えた闇の呪文がミファーを襲う。
闇とはすなわち、光をねじ曲げるほどの重力。ドルモーアの闇の力が攻撃対象のミファーを魔力の中心に引きずり込まんとする。
(もう1人の男の乱入……!?何にせよこのままでは……致命傷は免れない……!)
そう判断したミファーは仕方なく、未だ陽介が掴んで離さない龍神丸を諦めドルモーアの攻撃範囲から咄嗟に離れる。
そして得体の知れない呪文という水中での攻撃手段を持つホメロスを沈め、窒息死させようと計る。
陸地から離れた自分を、陽介を巻き込まずに正確に攻撃するには、ホメロスも水中に入っているのだろうとミファーは考えた。
しかしその計画は、実行のためホメロスのいる方角を視認した瞬間に諦めることとなった。ホメロスは水の上に氷の足場を生成して立っていたのだ。
これで水中というミファーの強みは半ば失われたに等しい。
ここでのミファーの誤算はホメロスの持つ『シーカーストーン』を考慮に入れていなかったということ。ホメロスはシーカーストーンの持つ機能の一部、アイスメーカーの力を用いて海上に陸地を作りながら陽介の襲われている場所に辿り着いたのだった。
とはいえミファーの知る限りではシーカーストーンを使えるのはリンクだけであるし、アイスメーカーの機能もミファーのいた頃にはまだ開発されていなかった。そしてそもそもホメロスの持つシーカーストーンに気づいていなかったため考慮に入れること自体不可能だったのだが。
海に陸地を作る得体の知れない力を前に、これ以上戦うのは危険だとミファーは本能的に察する。
ホメロスに背を向けると、水底に潜っていって逃げ出した。
陽介に刺さった龍神丸を回収出来なかったのはこの先を考えると痛手ではあるが、言うまでもなく生き残る方が優先だ。
最悪凶器がなくとも、海の中に数分間沈めておけば人は殺せる。
ミファーは再び、闇の中へと沈んでいった。
■
「おい陽介、無事か!」
アイスメーカーで陽介の足場を確保して、ホメロスは陽介の元へと駆け寄る。
「無事じゃ……ねえ……。いてぇんだよこれ……!」
両手に刺さった龍神丸は、海水に浸かっていたこともあってまさに傷口に塩状態であった。
2人は同時に3つまでしか作れないアイスメーカーの足場を移動しながら生成し続け、元の橋の上に戻る。
「いってぇ……ったく……殺し合いなんて冗談じゃねえぞ……。」
「……命があるだけ幸運だったと思え。」
龍神丸を引き抜き、陽介に最低限の応急処置を施しながらホメロスは言う。最下級の回復呪文であるホイミくらいは最低限習得していたのだが、部下を捨て駒のように扱ってきたこれまでの戦闘ではほとんど扱ったことはなかった。
そのためホメロスは回復魔力があまり成長していない。
また、この世界では回復効果が制限されていることもあり、効力はかなり薄いようだった。
しかしそれでも最低限手を動かせるくらいまでには回復したようだ。
「なあ、ホメロス。」
自分の回復呪文方面の疎さを考えてもなお、傷の治りが遅い。この世界は回復効果が鈍っているのか?
そんな考察をしているホメロスに、陽介は話しかける。
「俺って、生きているんだよな……。」
先の戦いで、痛みに耐えながらもミファーの繰り出した刃を掴んで離さなかった陽介を突き動かしたもののひとつが彼の意地であることは間違いなかった。
しかし、そんなものより強く、陽介を突き動かしたものがある。
「なあ……死ぬのってさ、怖いんだな……。」
それは死への恐怖、或いは生存本能とも呼ぶもの。
陽介がいま両の足で大地を踏みしめているのは奇跡などではなく、彼が生きようともがいたからに他ならない。
(死ぬのが怖い、か……。)
対するホメロスは思い出す。自らの最後の光景を。
(──お前こそが……俺の光だったんだ……。今の俺があるのはお前のおかげだ。ホメロス、何故それが分からぬ。)
(──グ…グレイグ……。)
全てに気付かされたあの時に強く、強く湧き出てきた感情。
もっと、言葉を発したかった。
もっと、何かを伝えたかった。
そのためにももう少しだけ──生きたかった。
「ああ、そうだな。」
ホメロスと陽介の生きる世界は全く異なる。
戦いの在り方も異なる。
善悪という区切りさえも異なる。
だけどその根底だけは、どこか繋がっている──馴れ合いなど真っ平御免だが、その時ホメロスはそう感じた。
【D-4/橋/一日目 早朝】
【ホメロス@ドラゴンクエストXⅠ 過ぎ去りし時を求めて】
[状態]:健康
[装備]:虹@クロノ・トリガー
[道具]:シーカーストーン@ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド モンスターボール(ジャローダ)@ポケットモンスターブラック・ホワイト 基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:打倒ウルノーガ
1.絶対に殺してやるぞ……!
2.自分の素性は隠さずに明かす
【花村陽介@ペルソナ4】
[状態]:両手に怪我
[装備]:龍神丸@龍が如く 極
[道具]:基本支給品、不明支給品1~3個
[思考・状況]
基本行動方針:仲間と共に完二の仇をとる
1.とりあえずホメロスについていく
2.死ぬの、怖いな……
※参戦時期は少なくとも生田目の話を聞いて以降です
※魔術師コミュは9です(殴り合い前)
【D-4/海中/一日目 早朝】
【ミファー@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(確認済み、0~2個)
[思考・状況]
基本行動方針:リンクを優勝させ、ハイラルを救う
1.海を移動し、不意打ちで参加者を殺して回る。
2.呼ばれたのは私とリンクだけ……?
※百年前、厄災ガノンが復活した直後からの参戦です。
※治癒能力に制限が掛かっており普段よりも回復が遅いです。
最終更新:2021年01月17日 17:48