1:
「実に素晴らしい手腕だったよ、君」
黒檀のプレジデントデスク越しに、体格の良い白人男性が、実に機嫌の良さそうな笑みを浮かべてそう言った。
見るからに上機嫌と言うような体である。この場に彼だけを取り残したら、最高級のウール絨毯が敷き詰められたこの部屋で、1人スキップでもし始めそうである。
「恐縮です、局長」
局長と呼ばれる男性の目線の先に居る、首にクラバットを巻き、ワインレッドのスーツを身につけた男が、恭しく一礼する。
貴族然服装をした、実にきざったらしい男性であるが、その恰好が妙に様になっているのが、また奇妙だった。
「確か向こうでは20歳で検事になったそうじゃないか。自由の国アメリカでも、この年齢で検事になるのは大変な事だよ。
君は、日本の検察界における麒麟児として、法曹の世界で見られていたのではないかね」
「いえ、私は少しだけ記憶力が人より優れていたものですから……知識の詰め込みが得意だっただけの事。私が今のような検事になれたのは、私の師の存在があってこそです」
「日本人は謙遜が上手いなぁ」、と局長は笑い飛ばした。つられてワインレッドのスーツの男も微笑みを浮かべる。しかしスーツの男の胸中は複雑であった。
スーツの男はどちらかと言えば、自らに検事の何たるかを叩き込んだあの男の事など、もう2度と思い出したくない程トラウマだった。
だがしかし、どんなにあの男の事を嫌悪しようが、忌避しようが、結局自分が今検事と言う身分で活躍出来ているのは、ひとえにその男が検事として、
そして指導力が優れていた、と言う事実が確かにあるのである。このような場で話のタネになれる事が、せめてもの幸い、と言うものなのだろうか。
「それにしても、同じ師匠に師事した検事が日本から研修にやって来ると聞いた時には、どんな恐ろしい人物がやって来るものかとハラハラしたが……。
君のような人物ならば、私も歓迎だよ。どうだね、此処で働いてみないかね。待遇は向こうよりも良くしてあげるが」
「ハハハ、お誘いの言葉は嬉しいのですが、私はあちらの方が性に合ってるのですよ、局長。それにゴッサムの検事局には、私の姉弟子がいる筈。
彼女を抑えている限りは、十分局長の評価は約束されておりますよ」
と、スーツの男はやんわりと局長のヘッドハントを断るが、局長はそれに対して少しだけ渋面を作る。
どうもスカウトを断られた事よりも、スーツの男が言った、冥と言う人物に対しての表情のようだ。
「うーむ……冥くんの事か。彼女も確かに優秀なのだが、いかんせん……」
「いかんせん……?」
「……法の庭で鞭はいただけないんだよなぁ」
「御尤もです」
スーツの男は苦笑いを浮かべた。あのじゃじゃ馬は、この地でも相変わらずであったようだ。
「兎に角、今日は御苦労だったな御剣くん。下るであろう評価を、楽しみにしていたまえ」
「ありがたい事ですな」
「下がっても構わんぞ、ゴッサム地方検事局にいたいと言うのならば、部屋に残っても構わんがね」
「いえ、失礼させて貰います」
ハハ、とゴッサムの地方検事局長は、乾いた笑いを浮かべるが、瞳は余り笑っていなかった。
デカい魚を釣り上げかけ、あと一歩と言う所で逃してしまった釣り人のような表情で、局長は、日本から海外研修にやって来たエリート検事、
御剣怜侍の退室を見送った。
退室しドアを閉めてから、ふぅ、と一息つく御剣。
あそこまで解りやすいヘッドハントを受けるとは思ってもみなかった。御剣も人間であるから、高い給金にはそれなりの魅力を感じる。
しかし、故郷である日本を離れてまでは……、と言うのが、彼の偽らざる本音でもあった。それに、このゴッサムでヘッドハントをされたとしても、意味がないのである。
そろそろ検事局を退社する時間だ。今日は1件、携わっていた裁判案件を解決させてやや疲労が溜まっている。帰って少し、身体を休める必要があるだろう。
そう思い歩きだし、十m程進んだ、その時だった。真正面から、とてもよく見知った女性が、此方へと近づいてきた。
「局長から随分と気に入られたのではなくて、レイジ」
ジュラルミンのような銀髪をした、如何にもタカ派、と言う風な装いの美女が、棘を含んだ声音でそう言った。
狩魔冥。40年間と言う驚異的なまでの無敗記録を誇る、伝説の天才検事、狩魔豪を父に持つ、紛う事なき天才検事。
そして、御剣の妹弟子――冥の方は断固として自分の方が姉弟子であると譲らない――でもある女性である。
「熱烈なアプローチを受けて来た所だよ。断ったが」
「あら、このゴッサムで活躍するのが怖かったのかしら、レイジ?」
「君の検事局での居場所を奪うのが忍びなかっただけだ、メイ」
優越感溢れる笑みを浮かべていた冥の顔が、途端に不機嫌そうなそれに変わる。
そして次の瞬間、懐からビニール製の一本鞭を取り出し、ピシィッ、と床を強かに打ち付けた。
床を叩いた時の音と言い、見事なまでの鞭捌き、と言うものだった。
「被告はゴッサムの中堅マフィアの幹部達、そして弁護するのはそのマフィア達の顧問弁護士。馬鹿が見たって解る、黒い弁護士よ。
社会のゴミから有罪を勝ち取る気分はどう? 胸が空くような気分じゃないかしら、レイジ?」
「弁護団の悔しそうな顔と被告側の怒号が今でも思い出せる。あれは良いものだったな、日本では味わえない」
日本ではどちらかと言うと、被告の側にも少しばかり同情の余地がある者を相手にする裁判の方が多く、有罪を勝ち取った御剣でも、
本当にあれで良かったのかと思う事は多々あったが、ここゴッサムでは麻薬を売買だったり殺人や強盗だったりと、
法の素人が見ても有罪確定の犯罪者を相手に裁判をする事が殆どだ。こう言う相手には御剣も心置きなく、全力で有罪を勝ち取りに行ける。
そうして勝ち取った有罪判決は、何とも快哉を叫びたくなるような気分になるのだ。被害者の権利を守ると言う検事の仕事の意味を実感できる瞬間であった。
「……貴方が此処に研修にやって来ると聞いた時には、驚くと同時に、内心喜んだわ。姉弟子としての力を見せつけてやれるのだから」
「私としてはメイが此処にいると聞いて憂鬱だったよ。こんな所でも鞭に打たれると思うと気分が晴れない」
「歳は貴方の方が上だけど、此処では私の方が先輩よ。ありがたく鞭を頂戴しておく事ね」
ここでは後輩は冥に鞭で打たれる事が当たり前らしい。何とも酷い職場もあったものである。
「アメリカでの初の裁判を勝利で飾れた事は姉弟子として誇らしく思うわ。だけれども、アメリカは私のホームグラウンド。日本の常識は通用しないわ。
このゴッサムで、どちらが検事として優れているか、そして、私の検事としての実力をとくと目にしておく事ね!!」
再び、床を鞭で一叩きした後で、ツカツカと御剣の横を冥は通り過ぎて行く。
心なしか、イキイキとしているように御剣には思えた。このゴッサムに見知った顔、しかも同じ師を持つ人物がやって来たのである。
ライバルとして認識し、張り合いがあると思うのは無理からぬ事かも知れない。
このゴッサムでの狩魔冥は本当に、御剣怜侍のよく知る彼女そのものだった。
最後に出会った時と、些かもその峻烈さは変わっていない。だからこそ、御剣には信じられなかった。
あの狩魔冥が本物の狩魔冥ではなく、ただのNPCである、と言う事実が。
2:
無二の親友である成歩堂龍一の月給を24ヵ月分は貯めなければ到底買えない程の値段の真っ赤なスポーツカーを運転し、御剣は夕のゴッサムの都会を走っていた。
総生産額で言えば東京の方が遥かに上であり、その面だけで見るならばあちらの方が都会であろう。
しかしゴッサムシティーの、近未来的なデザインの高層ビルが立ち並び、幾億ものネオンが光彩陸離と乱舞するその夜景はまた、格別のものがある。
見知った東京の光景よりも、此処ゴッサムの方がより進んだ都会に見えるのは、御剣が長い事東京で過ごしていたせいであるからだろうか?
アメリカ暮らしの長い冥には、この光景が当たり前なのだろうか。
ゴッサムシティなる都市は、アメリカ合衆国には存在しない。
過去本当に、アメリカに海外研修に行った事のある御剣は、アメリカの地理にはそれなりに明るい。
無論、極めてマイナーな田舎レベルの町は流石の御剣も知識の範囲外であるが、ゴッサム程進んだ都市を御剣が知らない訳がない。
……尤も、そんな推理を巡らせるまでもなく、御剣はこの街が偽りのそれであり、何故自分がこんな所にいるのか、と言う事もしっかりと理解していた。
簡単である脳に刻み込まれているのである。この街の情報、そして、聖杯戦争についての事柄が。
国内で起ったある殺人事件を、御剣が担当していた時の事。
相棒であり腐れ縁とも言うべき糸鋸圭介刑事が、奇妙な人形を殺害現場から発見し、御剣に対してそれを渡して来た事があった。
明らかに日本でよく見られる様な和風のデザインでなく、外国の土産屋で売っていそうな風のデザインをしていたその人形。
奇妙に思い調べてみると――御剣怜侍は、アメリカはゴッサムシティーへと転移させられていた。
自らの本当の記憶を取り戻したのは、数日前の事だった。
日本からやって来た海外研修にやって来たエリート検事と言うロールを与えられた御剣は、その時は自分の行っている事に疑問を覚えず、担当事件の解決に当たっていた。
しかし何かが引っかかる。自分が担当していた事件は、別にあったのではないか。其処まで考えた瞬間、御剣は全てを思い出していた。自宅の執務室での事である。
そこからの展開は、さして特筆する所はない。
混乱こそしたが、自分が取り組んでいたゴッサムでの案件を粛々と処理し、擁護の余地もない、冥に言わせれば社会のゴミに有罪判決を下させて。
結局この地でも、検事としての役割をただこなしていただけであった。
海外研修の最中に住む事となっていると言う設定の、如何にもアメリカと言うか欧米風と言うか、兎に角豪華な一車庫付き一軒家の賃貸住宅に到着する御剣。
車庫にスポーツカーを入れ、玄関から自宅のなかに入る御剣。1人で住むには広すぎて、逆に不便になる程の大きな一軒家だ。
「真宵くんを案内したらはしゃぎそうだな……」と、ふと、元居た世界での知り合いの事を考える御剣。
この世界には成歩堂と真宵はいないだろう。アメリカ、しかもなにしおう犯罪都市で生活するNPCとしては、あの2名は明らかに不自然である。御剣は、そう考えていた。
家の大きさに見合った広さのリビングへと足を運び、御剣は革製のソファへと腰を下ろした。
ビジネスバッグから書類を取り出し、リラックスがてらにその書類に目を走らせる。それは、次に御剣が引き受ける裁判の参考書類であった。
「随分と働きますねぇ、御剣検事」
何処からともなく、楽しむような声が聞こえてくる。声の方角から言って、御剣の前方方向からだった。
しかしそこには、80インチもある大きな液晶テレビと、クリスタルガラスの長テーブルがソファとテレビの間においてある以外には、何もない。
それこそ目に見えない幽霊が物を喋っていると解釈しなければ、声を発する者などいる筈がないのだ。
ただ御剣はそう言った現象には慣れているらしく、書類に目を通しながら、口を開いた。
「検事と言う仕事は暇じゃないのだよ、ランサー」
御剣の言葉に呼応するように、彼の前方方向、より詳しく言えばガラスのテーブルを隔てた向こう側に、書き割りを変更するように1人の男が現れた。
茶色の後ろ髪を長く伸ばした、眼鏡をかけた赤目の長身男性。かなり若々しい美形である。果たして誰が信じられよう、この男が三十路を超えた年齢であると言う事実を。
この男よりも老けている二十代の男性など、世に掃いて捨てる程存在しよう。此度の聖杯戦争に於いてランサーのクラスで召喚されたこの男。
真名を、
ジェイド・カーティスと言うらしい。御剣には俄かに信じられない事であるが、彼のいた世界とは根本的に異なる世界の住人であると言う。
「ハハ、こう見えても国家の要職に携わっていた身ですから、法廷周りの忙しさは理解していますよ。ただ、貴方の場合は、働き過ぎですよ」
「そうだろうか」
書類に目を通しながら御剣は言う。ジェイドには、目もくれなかった。
「聖杯戦争の参加者はNPC、貴方とは何の縁もない人間ですよ。少しばかり手を抜いて臨んでも良いと思いますが」
「ランサー。国家の要職に就いていた貴方には釈迦に説法と言うものかもしれないが、正式な法手続きを経て下された判決と言うものは、非常に重い意味を持つ」
「理解しております」
「弁護人は依頼人の利益の為に動き、依頼人の無実を証明する為にいる。対して検事は、被告人に有罪の立証し、被害者の溜飲を下げ、彼らの権利を守る為にいる。
行う仕事は全く違うが、共通して言える事がある。それは我々が、人の社会的な地位と、これからの人生を守る事も滅茶苦茶にする事も可能だと言う事だ」
「正式に下された判決と言うものは、基本的には正しいものとして扱われ、民衆もその判決は事実なのだろうなと認識する」
「その通り。だからこそ、我々は手を抜いてはならない。人はどうしても間違いを犯す生き物だ。正しいと思っていた事柄が実は間違っていたなどと言う事は良くある事。
だが、裁判でそれは許容できない。無罪であった人間を有罪にする、有罪の筈の人物を無罪にしてしまう。後からそれが間違いだと気付き、判決を撤回させても、
彼らが心に負った傷と、失った社会的な立場は、永久に取り戻せはしないのだ。我々は、責任の重大な仕事に就いているのだ。手を抜く事は、出来ないよ、ランサー」
思い出すのは2年前、御剣に殺人の濡れ衣を着せようと画策した、灰根高太郎の事である。
御剣が検事を志す決定的な要因となったあのDL6号事件の被告人であり、ある時まで当該事件の犯人であると思われていた人物。
結局あの事件は解決し、真犯人も灰根ではない事は今となっては明らかな事なのだが、彼は1人の心無い弁護士による弁護を受け、心神喪失のフリをして無罪になれ、
と強要され、ありもしない濡れ衣を着せられた結果、家族を失い、社会的な地位も失ってしまった。
自分に罪を着せようとした灰根に対して怒りを覚えるのが普通の筋なのだろうが、御剣にはそれが出来ずにいた。
確かに怒れる所もあるのだが、灰根に対する同情の余地が其処にあるからだった。
弁護士と検事が仕事を適当にやるだけで、此処までの禍根を残すと言う事実を、御剣は身を以て知っている。
だからこそ、例え呼び出された仮初の世界とは言え、与えられた役目が検事と言うそれであるのなら、御剣は全力でこれに打ち込む。
御剣怜侍は完璧をもってよしとするのだから。
「成程。御剣検事、確かに貴方の言う事は尤もです。人の命運を左右する職業の以上、生半な仕事は許されない。素晴らしいプロ意識だと思います」
「ですが」、そう言ってジェイドは言葉を区切った。御剣はなおも書類の文面に目を走らせていた。
「それだけが本心ではないでしょう」
「何の事だろうか」
「あなたは聖杯戦争から逃げているのではないのですか?」
ピクッ、と、御剣の身体が反応した。
尚も書類に目を通してはいるが、瞳は、其処に記された文字を追っていなかった。
「聡明な貴方に聖杯戦争についての概要を教える事はしません。ですがこれだけは、重要な事柄なので何度でも言います。聖杯戦争は戦争の名の通り、人が死にます。
そして、我々は生き残りたいのであれば少なくとも人を殺します。NPCだけじゃありませんよ、マスターもサーヴァントも、です」
理知的な光の宿った赤色の瞳を御剣に向けながら、ジェイドは言葉を続ける。
「御剣検事。私には貴方が、直視したくない辛い現実から目を背けたいが為に、聖杯から与えられた仮初の役割に打ち込んでいるように見えてならない」
重い沈黙が、リビングに流れる。ジェイドの方は御剣に目線を投げ掛け続け、御剣は書類に穴が空く程目を向け続ける。
その状態を破ったのは、御剣だった。ガラステーブルの上に書類を置き、胸中に渦巻く深い悩みを雄弁に語る大きなため息を吐いてから、口を開いた。
「私は弱い人間だろうか、ランサー」
「そんな事はないと思いますが」
「貴方の言う通りだ。私は人を殺すと言う現実を到底許容できなかったから、検事としての本分に打ち込む事で、それから逃げていた。検事の仕事をしている間だけ、辛い事実を忘れる事が出来た」
心底苦々しい笑みを浮かべる御剣。
「検事が人を殺す事は出来んよ。全く……、君も弱いマスターに当たったものだな」
「私は人生のある時期まで、人が死ぬと言う悲しみと恐怖を、人を殺すと言う事にまつわる恐ろしさを、理解出来ていなかった時期がありました。
今となっては、流石に理解出来るようになりましたがね。兎に角私は、人生の中の決して少なくない時間を、愚かな人間として過ごしていた時がありました」
「ランサーが、か?」
「とてもそうは見えませんか? まぁ性格面以外は優秀ですから」
肩を竦めて皮肉っぽく口にするジェイドだったが、何故だろう。
御剣にはそれが嫌味には聞こえず、寧ろ、ジェイド自身に対する果てない嘲りの念が、見え隠れしてならなかった。
「人を殺す事に忌避感を覚える貴方の方がむしろ普通なのですよ。検事の方が正しい。人を殺す事に慣れてしまう事の方が、異常だ」
「だが、聖杯戦争では人を殺さなければならない筈では……」
「どうも言い方を変える必要があるようだ。こう言った方が宜しいでしょうか、人を殺めねばならない覚悟が必要だ、と」
「覚悟」
御剣がその言葉を反芻する。そう、とジェイドは相槌を打つ。
「正直な話、私は聖杯戦争については懐疑的です。万能の願望器と称される聖杯もそうですが、それに至るまでに人を殺して行かねばならないと言う蠱毒の如き方法にも。御剣検事の事です、其処までは考えていましょう」
「一応は、な」
「これは私の推測なのですが、聖杯と言うものはどんな形であれ存在し、願いを叶えると言う力もある程度事実に基づいているのでしょう」
「……私もそう思っている」
でなければ、全く異なる世界の住民であるジェイドと御剣をこのゴッサムに呼び寄せる、と言うそれこそ神の御業のような力が納得いかない。
しかもジェイドは元居た世界では天寿を全うしていると言う。如何なる方法を用いてか、過去の人物をこの世界に呼び寄せているのだ。
過去の一件で霊媒を筆頭としたオカルトについて強い憎悪を抱き、それらをインチキと揶揄している御剣ではあるが、此処まで我が身を以て奇跡の一端を示されてしまえば、
納得せざるを得ない、と言うものであった。
「聖杯が存在するかもしれない……この事実が重要なのです。どのような人物が聖杯戦争に参加しているかは解りませんが、当然、
あるかも知れない聖杯に縋ってでも叶えたい願いの為に、人を殺しに掛かる者、最悪、思想や正義など関係なく、殺人を兎に角犯しに掛かる人物も、いないとは言い切れません」
「降りかかる火の粉は払わねばならない、と言う事か……?」
「その通り。本職の検事に説明するのは馬鹿馬鹿しいので行いませんが、正当防衛と言う奴ですよ」
「……正当防衛、か」
舌の上でその言葉を転がす御剣。検事として勉強していた時も、見事検事になって以降も、幾度となく耳にして来た言葉である。
「私は貴方に非情になれとは言いませんし、殺人を進んで犯せとも言いません。ですが、殺しに掛かって来た相手に無抵抗でいる事は、よしなさい。何の意味もありません。
そう言った輩は殺す、と言う覚悟を持っておいた方が良いですよ、検事。……無論貴方が、自らの意思で聖杯戦争を戦う意思を見せ、積極的に殺しに行くと言うのであれば、止めません。私もマスターやサーヴァントを殺しに行きますがね」
恐らくジェイドは本気で言っていた。顔つきがいつも浮かべているにこやかな笑みではなく、剣呑とした物を孕んだ表情に変化していた。
このランサーは恐らく決して少なくない数、いや寧ろ多くの人間をその手で殺めて来たのだろう。言葉の端々から感じられる重みと覚悟が違った。
張り詰めたような、緊張した沈黙が場を支配する事、十秒程。それだけ時間が経過してから、御剣が言った。
「……事件の真実に辿り着く事に必要なものと言うのは、1つには粘り強く計画的な捜査、1つには様々な人物との協力体制……そして最後が、決して考えるのを諦めない事だ」
無言で御剣の言葉をジェイドは待つ。御剣は、更に言葉を続けた。
「私はこの聖杯戦争の真実を暴いて見せたい。時には他の参加者と同盟を組む事も、視野に入れている。
……こう言った過程で、我々を殺しに掛かる者が現れたのならば、しっかりと対処する。……それで良いだろうか?」
「検事がそれを望むのであれば、私はそれに応えるまでですよ」
真面目な表情から一転、あの人を食った様な不敵な笑みを浮かべて、ジェイドが返す。
ふっ、と、御剣もつられてふてぶてしい笑みを浮かべる。緊張がほぐれた瞬間だった。
「共に、聖杯戦争で足掻こうか。ランサー」
「えぇ、そう致しましょう。検事」
言ってジェイドは霊体化を始め、部屋から姿を消す。
それを合図に、御剣はガラステーブルに置いていた参考書類に手を伸ばし、再びその書面の目線を走らせる。
書類に集中しながらも、御剣は、自分の下した判断について考えていた。それが正しいものであると、信じていたかった。
「(これで良かったのだろう……? 成歩堂。……父さん)」
このゴッサムにはいないであろう人物の事を夢想する御剣。
1人は、灰根高太郎が仕掛けた冤罪と、師匠である狩魔豪の裏切りから自分を救ってくれた友人である、成歩堂龍一に。
そしてもう1人は、DL6号事件のせいで亡くなってしまったが、今でも御剣が尊敬している父親であり最高の法律家、御剣信。
あの2人は、御剣のこの折り合いを納得してくれるだろうか。余りにも理不尽が過ぎる聖杯戦争についての御剣が行う付き合い方、これを2人は良しとするのだろうか。
「(……貴方は私の判断をどう思うのでしょうかね……。ルーク)」
同じような事を考えているのは、霊体化しているジェイドとて同じだった。
既に答えを決めているような態度で御剣と話してはいたが、内心ではジェイドも悩んでいた。
本人の意思とは関係なく、シャブティなる人形を手にしただけで殺し合いの舞台へと招聘される、と言う余りにも理不尽かつ不条理な聖杯戦争。
それに対してはどう向き合い、どう付き合うか、ジェイドとて解らずにいた。だから、ジェイドは妥協した。
殺しに掛かって来る者は応戦し、御剣の言うところの真実を求める人物と同盟を組み、聖杯戦争のシステムそのものに立ち向かう。
嘗て仲間達と共に世界の命運をかけてヴァン謡将と死闘を繰り広げた時の事と聖杯戦争が被って見える。但し、聖杯戦争の方がその意図はより悪辣なようだった。
この最低の街と、今のところ正義の欠片もない意図で行われそうな聖杯戦争に対するスタンスは、これが正しいのだろうかと。
今この場にはいない、ジェイド・カーティスの人生で最も影響を与えたあのレプリカの青年の事を、彼は考えていた。
2名の真実へと向おうとする試みは、まだ始まったばかり。
【クラス】
ランサー
【真名】
ジェイド・カーティス@テイルズオブジアビス
【ステータス】
筋力C 耐久B 敏捷C 魔力A 幸運A 宝具B+
【属性】
秩序・悪
【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
【保有スキル】
魔術:A
第七音素を除く、第一~第六音素全ての属性の譜術(魔術)を操る天才譜術師。
ランサーに唯一出来ない術の種類は、第七音素の素養を持たない為の、回復譜術のみである。
魔眼:B
大気中に満ちる大量の音素(魔力・霊力)を取り込む事で、譜術の威力を向上させる譜眼を両目に施している。
譜眼の制御装置である眼鏡を外すか、霊地や魔力に優れた土地で戦った場合、魔力ステータスと魔術ランクに大幅に有利な補正が掛かる。
魔力滞留:B
もと居た世界に於いて、フィールドオブフォニムスと呼ばれていた技術。
強い属性の音素(魔力)の攻撃・魔術を行う事で、一定の土地にその属性の音素で満たさせ、そのフィールド内で特定の攻撃或いは魔術を放った場合、
その攻撃や魔術の威力がワンランクアップ、或いは全く別の強力な技・術に変化する。
但し、フィールドオブフォニムスは相手にも利用される事があり、相手サーヴァントに逆手に取られる危険性は、十二分に認められる。
話術:C
言論にて人を動かせる才。 国政から詐略・口論まで幅広く有利な補正が与えられる。
【宝具】
『不可視にされし微粒子の槍(コンタミネーション・スピア)』
ランク:C+ 種別:対人宝具 レンジ:自身 最大補足:自身
物質同士がフォニムと元素に分離して融合する、コンタミネーション現象と呼ばれる現象を、ランサーが応用した技術が宝具となったもの。
ランサーは普段は槍を何処にも持っているように見えないが、これはコンタミネーション現象を利用し、槍を目に見えない程の微粒子状に分解させ、
右腕に融合させているからであり、必要な時になると瞬時に槍を取り出し、応戦する事が可能。
『惑星譜術』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1~20 最大補足:1
元いた惑星オールドラントに於いて、創世歴と呼ばれる遥か昔の時代に勃発した譜術戦争の際に考案されたが、運用される前に戦争が終結してしまい、
歴史の流れの中に消えてしまったと言う譜術が、宝具となったもの。その内容は、『星の質量をそのまま任意の相手に激突させる』と言うもの。
攻撃に用いる譜術としては先ず間違いなく最高峰の譜術であり、生前ランサーはこの譜術を用いて、暴走した自らの恩師を葬っている。
発動には真名解放と令呪1区画の消費のみならず、マスターの魔力も多大に要する。
安定して惑星譜術を放つには、本来ならば惑星譜術の触媒となる6つの武器が必要かつ大規模な譜陣(魔術陣)が必要になり、生前ランサーがそれだけのお膳立てを整えて、
この術を発動した時ですら、未だ術の全容が明らかになっていない宝具の為本来の半分以下威力しか発揮出来なかった。
サーヴァントとして呼び出され、更にキャスタークラスでなくランサークラスでの召喚、かつ触媒もない状態では、
生前放った威力の更に半分の威力しか発揮出来ないが、対人宝具としてはそれでもなお、破格の威力を誇る。
【weapon】
フォニックランス:
人為的に生み出された大地であるホドに眠っていた、古代の譜術戦争時に用いられたという槍。業物ではあるが、宝具と呼ばれる程ではない。
普段は目に見えないが、前述の宝具により、右腕に微粒子状の姿になって融合している。
【人物背景】
天才的なまでの譜術博士であり譜術師としての技量と、見事なまでの槍術を操る、マルクト帝国軍第三師団の師団長。階級は大佐。
優秀な軍人を数多く輩出してきたカーティス家の養子。旧姓をバルフォアと呼ぶ。
その勇名は敵対国家であったキムラスカ王国の軍人、将軍だけでなく、世界中の譜術師や科学者達に知られている程
階級こそ大佐であるが、実際には将軍職に就ける程の実力と功績を持ち、かつ皇帝の幼馴染であると言う過去から、皇帝の懐刀とも呼ばれている。
輝かしい来歴の一方で、戦場で骸を漁るなどの噂から「死霊使い(ネクロマンサー)」の異名でキムラスカ・マルクトの両国から軽蔑されてもいた。
作中世界で多くの不幸と事件を生み出して来たフォミクリーの基本理論の開発者であり、ジェイド本人はこの装置を過去に開発した自分を殺してしまいたいと言う程嫌っていた。
人生のある時期まで、生物が死ぬと言う事象について感情が抱けなかった事があり、笑顔で魔物を殺すと言う側面があった。妹のネフリーをして、悪魔とすら言わせしめる程。
ある日、素養の無い第七音素を扱おうとした結果、恩師ネビリムを死に至らしめ、瀕死の彼女にフォミクリーを掛け、レプリカとして蘇生させようとしたが、
精神バランスの崩壊した不完全なレプリカ(モンスター)を生み出してしまう。
以降、幼馴染の1人であるディストと共にネビリムの復活を目指して研究を続けていたが、皇帝のピオニーの説得で研究を放棄。
これ以降生物のレプリカ開発を禁忌に設定。同時に、過去に行った全ての行いを悔いるのであった。
【サーヴァントとしての願い】
特に未練なく生きて来られたので、特にはなし。
【基本戦術、方針、運用法】
ランサーを名乗ってはいるが、実際は槍より魔術の方が得意である、と言うクラス詐欺も甚だしいサーヴァント。
しかし魔術の腕前は本物で、槍術の腕前自体も、実際にはそれ程低くはない。余程相手が優れた三騎士でなければ、それなりに対等に戦える。
痒い所にも手が届く、器用なサーヴァントであろう。話術も地味に小回りが利いている。
惑星譜術は言うまでもない、ジェイドの切り札である為、使用には慎重を期す必要がある。
【マスター】
御剣怜侍@逆転裁判シリーズ
【参加方法】
殺人事件の現場に落ちていた、証拠品と思しき人形を糸鋸刑事が持って来た所、それがシャブティだった。
【マスターとしての願い】
聖杯戦争の真実と、その裏にいるであろう巨悪を暴く。
【weapon】
【能力・技能】
検事として優れた頭脳と推理力を誇る。が、身体能力については、特筆するべき所はない。
【人物背景】
優れた検事である狩魔豪に師事した、若干20歳と言う年齢で検事になった天才検事。
検事となって以降は一度も無罪判決を出した事がなく、間違いなく天才の誉れが高かった検事。
彼が初めて敗北を喫したのは、小学校時代の親友である成歩堂龍一と争った時である。
父親に、当時は高名な弁護士であった御剣信を持ち、ある時期まで父のような弁護士を目指そうと決意していた事があったが、
9歳の時に経験したDL6号事件と言う事件を切欠に父親を亡くし、それ以降、犯罪者と弁護士を憎むようになる。
DL6号事件での挫折から、嘗てのような正義感を失っていた御剣だったが、親友の成歩堂と出会い、彼と裁判上で争った事で心境に変化が見られ、
実際に殺人事件の被告人に御剣がなってしまい、成歩堂が彼の弁護を引き受けた結果、完全に心境が変わる。
以降は検事について深く考える為に検事業から身を引き、1年後に復帰。ある時期まで海外研修を行っていたが、友人の矢張から成歩堂の事故を聞き、緊急帰国。
彼の代わりに特別弁護を行い、事件解決後は、再びアメリカに戻り、1か月の研修を行うのだった。
今回の御剣は、逆転検事2の第5話と逆転裁判4において成歩堂が法曹の世界にいられなくなった事件が起こる間の時期からの参戦である。
【方針】
検事業を続けながら、他の参加者を探してみるか。
最終更新:2015年04月20日 02:25